竜守ノ君   作:浜西幻想

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十八話 帝への謁見

 少年が目覚めた。

 一報が入ると、ガジンはすぐにクウロを少年の元へ送らせた。

 牢の周りには厳重な警戒態勢が敷かれているが、万が一にも牢を破られ逃げられれば、面倒極まりないことになる。

 警備の者は全員、ガジンが認める凄腕揃いだが、いかんせん人数がすくない。

 最小限の人数で、事実を知る者がすくなくなるようにせよ、との達示だ。割ける人員は多くない。聴取の記録も、全部をクウロがすることになってしまった。

 不慣れな任務に就かせてしまったのを申し訳なく思いながら、ガジンは部屋の柱に背を預けた。

 〈八竜槍〉が使う部屋は、北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の方角にひとつずつ配置され、ガジンにあてがわれた部屋は、西だった。

 それなりに広い個室。前任者が置いて行った、結構な値打ちがするという屏風。西日が差し込んでくる窓は有り難い。〈竜槍〉を置いておくための立て掛けは、見事な黒艶に染められている。そこには今、〈竜槍〉がある。

 長年、共に戦ってきた相棒は、皇都に戻ってから、正確には少年リュウモと出会った時からざわめきを続けている。

 まるで、現状が間違っていると警告しているかのようだ。

 実際、ガジンは自分が行った選択が、本当に正しいのか、確信が持てずにいる。

 

(任は果たしている。あとは、少年から事件解決の方法を聞き出せばいい。……だが、なんだ、なぜこれほど、胸騒ぎがする)

 

 ――お前が、私になにかを伝えようとしているのか。

 〈竜槍〉は、ただ黙するだけだった。

 

(間違いなく、事態は良い方向に転じたはずだ。解決のための鍵は手に入れた。鍵穴を見つけて差し込みさえずれば終わる)

 

 しかし、だが……本当に良い方向に転じたのか。

 こちらがそうと決めつけ思い込んでいるだけで、実は少年を皇都に連れて来てしまったことで、事態を悪化させてしまったのではないか。

 少年はなぜ、たったひとりになったというのに、あそこまで頑なに協力を拒んだのだ。やはり、彼を連れて来たのは早計だったか。いや、帝の勅命に逆らえるはずもない……。

 ぐるぐると思考が回る。回って回って、意味もなく空回りする。結局のところ、クウロが少年から情報を引き出さなければ、どうにもならないとわかりつつも、ガジンは不安を拭いきれなかった。

 四半刻ほど経った。部屋の外に、音もなく誰かが近づいて来ているのを察知した。

 

「ガジン様、帝がお呼びです」

「ゼツか。わかった、用意する」

 

 帝の御前に出るに相応しい格好に着替える。

 ふと、ガジンは気になっていたことを、ゼツに聞いた。

 

「そういえば野営の時、襲って来たあの集団。お前は声を上げる間もなく昏倒させられたと言っていたが、それほどの相手だったのか」

 

 わずかだが、彼の『气』が揺れる。

 

「私めの力不足でございました。弁明させていただくならば、ガジン様とあれだけの間打ち合える手練れ相手では、私程度ではとても……」

「そうか? お前の腕ならば、不意を打たれたとしても、声をあげずにやられるとは考えられないがな」

「勿体無き御言葉。しかし、その評価は身に余ります」

 

 はぐらかされている気がしたが、ガジンはそれ以上なにも言わなかった。これではまるでゼツを詰問しているかのようではないか。

 

(いかんな。私も、あの少年に会ってからどうかしているらしい。部下たちを笑えん)

 

 なにせ、部隊のほぼ全員が任を終え散った後、御払いに神社に足を運ぶ有様である。

 呪いがどうだの、幸運が全部飛び散っただの。女々しい、と叱ろうかと思ったぐらいだ。

 帯を締め、謁見用の着物に着替え、ガジンは部屋を出た。

 

「さて、格好に関しては大丈夫かな」

 

 大丈夫とは思いつつも、一応、服装に関して見てもらう。

 ゼツは一瞥して、うなずいた。

 

「問題ないかと」

「一発合格か。私も、上手くなったものだ。就任したての頃は、こんな堅苦しいもの着たくもないと思っていたものだが……」

「もう、宮廷で十分通用するまで上達されました」

「昔は、お前たち〈影〉や仕えの者には迷惑ばかりかけた」

「それもまた我らが仕事ゆえ、お気になさらず」

 

 謁見の間に向けて、二人は歩き出した。

 先日の会議で使われた広間は、宮廷の中心より上にすこしずれた辺りにある。その奥は皇族の居住区だ。

 廊下を歩いていると、『外様』の〈八竜槍〉とすれ違う者の反応は様々だ。

 恭しく頭を下げる女官、さっと身を翻す男、敬意を持って接する槍士。

 武官に関しては、相当数がガジンに敬意を払って対応している。

 〈八竜槍〉として皇国に仕えて来た月日は伊達ではなく、宮廷に常日頃から頻繁に出入りする武官さえも、ガジンは実績と実力で黙らせることができている。

 いくら『譜代』の名家出身でも、槍士として国に仕えているからには、実力が第一に物を言う。

 出自は最早、論ずるに値しない、文字通り論外であるガジンだが、槍の腕前は帝から直々にお墨付きをもらっている。これに文句をつけることは、帝に異をとなると同義。

 〈八竜槍〉としての働きに横槍を入れて来る武官はほぼいなくなっていた。

 政などを行う文官はどうかと問われると、微妙なものとなる。

 『外様』出身のガジンを疎ましく思う者は数多く存在する。特に帝の傍にいる文官などからは、冷ややかな目を向けられるなどしょっちゅうだ。

 彼らの態度は、さすが政治に携わる人であって、表面上は非常に穏やかだ。それでも、瞳に映り出す感情までは完璧に隠せてはいない。

 川の水面は一見、緩やかに見えるが、その下は激しく流れ続けている。彼らはそれと同じだ。

 卑しい出自の男が栄誉を賜り、帝に仕えているのが、彼らは我慢ならない。

 とはいえ、積み重ねた年月はそれなりの効力を発揮し、最近は大分ましになった。が、なにか問題を起こしでもすれば、再び蛇蝎の如く嫌われるだろう。

 二人の文官が前から歩いて来た。

 ひとりは年若い。もう片方は老齢に差し掛かており、鉄面皮で顔を覆い、一分の隙も見せまいとしている。

 若い文官が、帝に対して行うようにガジンに頭を下げた。老いた文官は軽く会釈しただけである。

 任官歴が長いか短いかでまた彼らの反応が変動するため、なおさら文官から見たガジンの立ち位置は微妙なのだ。

 二人が歩いて角を曲がった後、老いた文官が注意している声が聞こえた。

 その内容は「あの者は〈八竜槍〉といえども『外様』の卑しい身分の出自だから軽々しく頭を下げるな」という、いつも通りの定型文だった。

 若い文官は「は、はぁ……」と生返事していた。

 

「ご不満ですか。彼ら文官たちの言い様が」

「む? まあ、腹が立たぬわけではない。が、怒鳴るほどでも、対立するほどでもない。彼らの言い分は、的を得ている部分もあるわけだからな。紛れもない事実もある」

「そうですか。安心いたしました。実を言うと、我らはずっと肝を冷やしていたのです。あの者、文官たちは聞こえていないつもりで話しているのでしょうが、〈八竜槍〉を舐めているとしか思えません、丸聞こえだというのに。貴方様の怒りがいつ爆発するか、何度もひやひやとしていましたゆえ」

「っく……そうか。なら、もう肝を冷やす必要もないぞ、ゼツ。あれぐらいで当たり散らすようなことはせんよ」

 

 感情を表にまったく出さない〈影〉の青年も、内心では多大な心労を抱えていたに違いない。何度か〈影〉に案内されて宮廷を歩き回ったことがあったが、他の男たちも、能面のような顔の下では、神か帝にでも祈っていたのかもしれない。

 

「もし他の者たちも同様に心配を抱えているなら、気にする必要はないと言ってやるといい」

「は、他の者にもそう伝えます。では、私はこれにて失礼いたします」

「ああ、案内、ご苦労だった」

 

 広間の扉の前で、ガジンは立ち止まった。

 門番の二人の槍士が、交差させていた槍を縦にすると、扉が開く。

 道ができあがり、労いの言葉をかけて、ガジンは敷居を跨いだ。

 槍士が再び獲物を交差させると、それが合図となり、扉が閉まって行く。

 

(さて……気を引き締めねば)

 

 恐れ多くも帝の御前である。いかな〈八竜槍〉といえ、無礼は許されない。

 背筋を伸ばし、玉座の前で一度止まる。跪き、言葉を待った。

 

「ガジン。畏まる必要はない、今はこの場に余と汝のみ」

「……は?」

 

 いや、確かに。ガジンは気配を他に探してみても、誰ひとりとして広間にはいない。

 正真正銘、帝と一対一だった。いつも口うるさく書簡を読み上げる者もいなければ、侍従も存在していない。

 ガジンは、足元が消えて暗黒の中に落ちて行くような気がした。心無しか、内臓が浮き上がったような気もする。

 

(嗚呼……きっと、私が宮廷に上がって来た時、傍にいた〈影〉も、こんな冷え冷えとした心持ちだったに違いない……)

 

 こんなことをしたら、周りがなんと言ってくるかわかったものではない。

 

「帝、恐れながら申し上げます。これは、さすがに周囲の配慮に欠けた行動かと……」

 

 帝は国の魂であり、この地上に降り立った現人神である。その影響力も絶大だ。

 

(二人きりで対談していたなどと噂が流れれば、私はともかく、帝の御威光に傷がつくやも)

 

 他者に影響を与えすぎるがゆえ、帝はおのれの行動については慎重を期さねばならない。

 水が入った桶の中に小石を投げ入れても波紋ができる程度で済むが、桶そのものをひっくり返しでもすれば、辺りは水浸しで大変なことになる。当然、処理も面倒になってしまう。

 恐々としながら、帝の返答をガジンは待った。

 

「異なことを言う。この世で最も余が信頼する者のひとりと会うに、警戒や兵を必要とするか」

「は、その、卑賎なこの身に勿体無き御言葉、感激の至りにございます」

「っふ……」

 

 信じられぬことに、面紗の奥で、帝が笑った。口角を上げたのではなく、笑ったのだ。

 

(こ、この帝、もしや偽物?! い、いやそんなはずはないか――)

 

 一瞬、ガジンの手が床に置いた〈竜槍〉に伸びかけたほどの衝撃であった。

 もしや、今回の事件のせいで調子をおかしくしているのは、帝も同じなのかもしれない。

 

「いや、意地の悪い問いをした。聞き流せ。報告を聞こう」

 

 詳細な報告は、帝の意向によりガジンが直接することになっていた。内容自体が危険物と同等であるため、帝が人払いをしたのは致し方ない対処であった。

 鷹につけて皇都に放った文も、かなり内容をぼかしたものであったので状況の説明も必要だ。

 

「かの民の少年、リュウモからわずかですが情報を得ることができましたので、ご報告申し上げます」

「ガジン、余は畏まる必要はないと言った。今ここには小うるさいことを言う者は存在せぬ。必要なことだけ話せ」

 

 帝の声には、どこかうんざりとした響きがあった。

 

「失礼、いたしました。件の少年、リュウモから聴取を行いましたが、さして重要な情報は聞き出せず、今現在、部下が再び聴取を行っております」

 

 ガジンは、少年と出会った時の状況や『竜』について話した。

 一通りの報告を終えると、帝が口を開いた。

 

「少年は、倒れたと聞いたが」

「は、途中までは整然と、我ら外の者に業を決して伝えてはならないと話しておりましたが、突然。診断の結果、体内の『气』が急激に消費されたことによる气虚状態に陥っていたようです」

「气虚……しかし、件の少年は〈影〉の追跡さえも振り切ったと聞く。それだけの能力を持ちうるならば、内にある『气』もまた莫大なのではないか?」

「推測になりますが、少年が『竜』を操る際には、多大な『气』を消費しなければならないのではないでしょうか。事実として少年が笛で『竜』を操ったあとから、体調を崩し始めておりました。あれだけ体に負荷がのしかかるならば、〈竜奴ノ業〉の多用は命に関わるかと」

「他の〈禍ノ民〉は、〈竜守ノ民〉はどうした」

「少年が嘘を言っていないのであれば、彼以外、『竜』に皆殺しにされたとのことです」

 

 帝は口を閉じ、なにかを考え込んでいる。

 

「聴取に関しては、別の〈青眼〉の男に正気が戻り次第、行う予定で」

 

 

 

「その者は、もうこの世におらぬ」

 

 

 

 帝の言ったことを理解するまで、数秒も時間を要した。ガジンは、思わず声を荒げた。

 

「馬鹿な、あの者は今回の件の鍵を握る人物に他なりません! それをなぜ!?」

「汝は、どうして〈竜奴ノ業〉が神話の時代に氏族中に広まったのか、考えたことはないか」

 

 冷然と、帝はガジンの怒鳴り声を受け止めていた。

 いきなり話題が変わったことに戸惑いながら、ガジンは答えた。

 

「いえ、ですからそれは〈禍ノ民〉である彼らが」

「今さっき、汝が口にしたではないか。『竜』を操るには多大な『气』が必要で、多用は命に関わる、と」

「帝、なに、を……」

 

 口の中が渇く。

 

「かの民は、そもそも数はすくなかった。いや、仮に多かったとしても、戦に『竜』を使うたびに倒れられ命を落とされては運用に支障をきたす」

 

 まるで、赤子に諭すように、朗々と帝は話す。

 

「有償の奇跡。使えば消えて行く、戦の盤面をひっくり返す一手。汝ならばどうする」

 

 からからになった頭は、それでも叩き込まれた知識から一般的な答えを弾き出した。

 

「安定して、運用できるよう、改善いたします」

 

 有償であるならば、無償の領域にまで堕としてしまえばいい。

 一度使い果たせば消えて無くなるなら、再び使えるようにしてしまえばいい。

 帝は口角をあげた。冷笑を浮かべているようだ。

 

「さて、そうなると困ったものだな。〈竜奴ノ業〉を使えたのはかの民だけだ。一氏族の極めて限定された異能と呼ぶべき代物。量産は不可能だ。となると、神話と汝が見た事実とおかしな点が出てくる。〈竜奴ノ業〉は『()()()()』とあるではないか」

「〈竜操具〉を、使ったのでは……〈竜奴ノ業〉によって作られたあれを、各氏族に渡したのならば、神話と合致する、かと」

 

 面紗越しに感じられるほど、酷薄な笑みを浮かべている。

「その通りだ。ではこの〈竜操具〉は、なにが最も危険なのだ? 答えよ」

「は? いえ、それは『竜』を誰でも操れてしまうことが」

「違う。『誰でも』――という部分は合っているが、〈竜操具〉の最も高い危険性は、()()ではない」

 

 『竜』を操ることが最も危険なのではない。『誰でも』の部分は合っている。

 ガジンは、おのれが住んでいる世界がぐらぐらと揺れ動いているような錯覚に苛まれる。

 頭はそれでも動く、動き続ける。断片的に手に入っていた情報を繋ぎ合わせ、答えを得ようと必死に回転する。

 〈深き山ノ民〉の氏族長の言葉が、反芻される。

 ――彼らは『竜』をよく知っており、そのための対策を持っていたにすぎないのです。

 チィエが言っていた言葉が、接着剤のようにばらばらになっていた情報を補修する。

 ――学問、技術は素晴らしいのです。修めれば性別や体格なんて関係なく誰でも使うことができるです。

 

「これは、まさか……」

 

 照らし合わされた事実に、愕然としながらガジンは言った。

 

「技術体系を確立、すれば――()()()作ることができる? それが〈竜操具〉の、いや〈竜奴ノ業〉の危うさ……?」

 

 口から出た真実は、なんともおぞましい。

 教え子が難問を解いた時に喜ぶ教師のような空気を帝は放っていた。

 

「汝は、惨状をその眼に焼きつけた。死した親友は、この世で唯一〈八竜槍〉ガジンを上回るかもしれぬ男。それが無残に殺された。――汝はこの事実をどう受け止める。〈竜操具〉によって為されたかもしれぬ、あの惨劇を」

「あれが、〈竜操具〉によって引き起こされたと、お考えなのですか」

「今回のことに関しては、別であろう。しかし〈竜操具〉が量産可能であり『竜』になんらかの作用を及ぼすとわかれば……さて、国はどうなるか」

 

 それは、神話の戦が再びこの世に現出する可能性を示唆している。

 あくまで、闇の中に垂らされた、か細い光の糸だ。それでも、糸を掴んでしまう者がいるかもしれない。

 掴んだ者が、私利私欲のために、また『竜』を操り始めたら?

 

「抑圧、不満、私腹を肥やそうとする者の手に渡れば、国が、割れることになりかねません」

「そうだ。『竜』の戦闘能力は、あのラカンさえ敵わん。ゆえに帝たる余は、そのような事態を招かぬため、禍根を断つ必要がある」

 

 少年を殺さねばならない。暗に、帝はそう言っている。

 

「しかし、帝ッ……あれは、まだほんの、幼い子供です。あれに、なんの罪がありましょう」

 

 たとえ、先祖が大罪を犯していようと、子孫である少年に罪などあるはずがない。

 

「罪は、その業を継いだこと。知っていよう、我が国では『竜』に関する事項はすべて禁忌。知ろうとした者が、どうなるか汝は見たはずだが? あの大馬鹿者を忘れてはいまい」

 

 知ろうとした友人が皇都を追放されたのを、ガジンは忘れていない。

 

「『竜』が国中で暴れる今、かの民に教えを請わねば、被害は出続けますッ」

「〈星視ノ司〉と〈鎮守ノ司〉から、半年以内に『竜』は鎮まると、昨日奏上があった」

「――ッ!」

「汝は任を終えた。通常の勤務に戻れ。下がってよし」

「ですが」

 

 ガジンは、なおも食い下がろうとした。

 

「下がれッ!!!」

 

 大喝。生まれて初めて聞いた、現人神の怒鳴り声。

 ガジンは、頭を下げ、広間から出て行くしかなかった。

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