竜守ノ君   作:浜西幻想

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二十六話 譜代 

 宮廷の中庭にある庭園は、燦々と降り注ぐ太陽の光を受けて、新緑の葉を光らせていた。均一に切り取られたいくつもの灌木。景観に色を添える灰色の石。色鮮やかで、見事な鯉は、池で優雅に泳ぎ回っている。凄腕が作り出した造形は、国の魂たる帝が住まう宮廷に相応しい品格を備えさせていた。

 中庭にある池の鯉は、世間の騒ぎなど知る由もなく、ゆったりと泳いでいる。彼らの関心は、次はいつ餌が貰えるかどうかであるだろう。

 ロウハは、中庭の廊下を歩きながら『譜代』たちが不穏な動きをしていないか、目と耳を澄ませながら歩いていた。宮廷の柱や部屋の影から、視線が突き刺さる。流れ出た噂が本当なのかどうか、ロウハの動向から推測しようというのだろう。

 

(相変わらず、ここは魑魅魍魎も怯えて引っ込む魔境ぶりだな)

 

 足を踏み入れる前までは、市井の噂だろう程度にしか思っていなかった宮廷内部が、事情に疎かったロウハでさえ、中にいると否が応でもわかる。

 宮廷の貴族たちにとっては〈八竜槍〉でさえも、政治的駆け引きの材料にすぎない。〈八竜槍〉と帝の逆鱗に触れる寸前で身を引きながらも、他の敵対する家や勢力を削ぐのである。

 檻に入れられた動物を見るような目で見られるのにも、すっかりと慣れてしまった自分に嫌気を感じつつも、ロウハは歩いた。

 その行く先を、人影が塞いだ。でっぷりとした体格をした男だ。

 

「なにか御用で、ハヌイ殿」

 

 皇国の重鎮である男は、なにも言わず首をすこし動かして、自分の意志を伝える。

 

(ついて来いって? ったく、面倒だなおい)

 

 が、無視するわけにもいかない。ロウハは黙って彼の後ろを歩く。その都度、鋭い視線が背中に突き刺さった。増々、ロウハの口からため息が出そうになった。

 

「で、どこまで掴んだ。ここではわしら以外は誰もおらん」

 

 宮廷の一室に通され、ハヌイはどかりと畳の上に座り込んだ。ロウハも同じように座り、机越しに男と対面する。

 

「まだなにも。これから色々と調査するとこだ。あんたこそどうなんだ」

「ふん、どっこいどっこいだな。わしもまだまったく情報を精査できておらん。錯綜が酷過ぎてな」

「知ってるだろうが、ガジンは〈禍ノ民〉について調べてた。そのガキを捕まえて牢に入れたまではいい。そのあと、帝と言い争いをしたらしい」

 

 いつも不機嫌そうに眉間へ皺を寄せているハヌイの顔が、魂消えるように変わる。

 

「それからは知らん。なにか、宮廷内と星視山に行ったそうだがな」

 

 謁見から一刻と経たない内に、ガジンは少年を連れ出して皇都を出た。あまりの事態の推移の早さに、対応が遅れているのが現状だった。

 

「あの男は『外様』でありながら弁えた言動を評価しておったものを……。所詮は〈敗連ノ民〉であったか」

 

 親友への侮辱に、ロウハは眉をひそめた。

 だが、目の前の男は悪人であるか。そう聞かれれば、迷いなくロウハは否と答える。迂闊な発言が最近になって目立つ男ではある。だが、言い方はどうあれ誰かが声をあげて言わなければ、狡猾な『外様』の者たちに『譜代』の権利は食いつぶされていただろう。

 時に、両者のどちらかが強すぎる発言力を持つことはあれ、今は非常に良い均衡を保っている。だが、今回の一件は天秤が揺らぐどころか、壊れてしまいかねない。

 ガジンが言った通り、身分、区別の垣根を越えて事にあたるべき時なのだ。長年に渡り『外様』と舌戦を繰り広げて来たこの男がわかっていないはずがない。ロウハは、強烈にすぎる発言をするハヌイに、ついため息を吐きそうになった。

 

「そのようなことを言うから、『外様』から敵視されすぎるんだよ」

「やつらにどう思われようが構わん。やつらは人ではない、獣よ。それも血に飢えたな。人の女房を斬りつけ殺そうとする馬鹿者共など、畜生を扱うように鞭で打つように使ってやればよいのだ」

「なるほど。――では、侍女に手を出しまくり、ぐへへ、いいではないかいいではないか、と噂されていても構わないと」

「待て。今、聞き捨てならんことを聞いたぞ。わしは女房一筋だわい!」

 

 体格と言動から、もっぱら悪代官の代名詞扱いを密かに受けているハヌイである。のだが、その実、本人が言う通り妻一筋で、他の女には目もくれない愛妻っぷりを知る者はすくない。

 貴族に仕える女性が、貞操に関してまったく心配せずに働ける職場というのも、中々貴重だろう。

 

「いや、それはいい。いや、よくはないのだがあとにしよう」

 

 自分が侍女に手を出しまくっていると噂されるのは我慢ならないらしかった。

 

(それとも、奥方の耳に届いて、引っ叩かれるのを恐れているのか)

 

 意外と小さな面があって、ロウハは笑いそうになるのをこらえた。公人ではなく、私人の一面から見ると、ハヌイは非常に人間味あふれる男だ。権力よりも、家内の安全幸福を願う人物である。

 

「まったくもってわからんのは、ガジンの行動だ。このような軽挙妄動、あの男らしくない」

「ほう、その心は?」

 

 ハヌイは鼻を鳴らした。

 

「ふん、言っただろう。弁えた言動を評価しておったと。『外様』でありながら、この国にいるふたつの民について、あの男はよくわかっておった。己に課せられた責任の重さもな。であるならばやはり、国中を騒動させる動きは理解ができん」

 

 ロウハは、ハヌイの人物評にすくなからず衝撃を受けた。彼の評価は正しく、的確にガジンがいつも行う行動についての矛盾を言い当てている。

 ――やはり、この男も、皇国の重鎮に足るものを備えているのだ。

 愚鈍にすぎる輩が、高い地位に居座り続けるほど、この国はおかしくはない。その事実は、ロウハの胸の内を多少なりとも軽くしてくれた。

 

「今からクウロへ会いに行く」

「あの副官か……」

「同行は遠慮願うぞ」

「っは、わかっておるわ。さっき貴様が言ったように、わしは嫌われ者だろうからな」

 

 ハヌイは皮肉を言って席を立った。

 

「わかっているとは思うが、下手に動くな。『外様』を刺激しすぎれば、なにが起こるか予想がつかん」

「言われるまでもない。あんたも、今はその憎まれ口を量産する口は閉じておけよ」

 

 あとは、なにも言わずに去って行った。

 

「まったく。予想外の足止めをくらっちまったな」

 

 〈竜槍〉で二度肩を叩いて、ロウハも立ちあがった。

 

(宮廷内で、様々なやつらが、動き回っている)

 

 部屋から出て、廊下を歩きながら、ロウハは考えを巡らす。

 今はまだごく一部の人間にしか、ガジンが帝に逆らってまで少年を連れ出したことは知られていない。だが、噂が広まるのも時間の問題だろう。市井に広がるのは、どんなに甘く見積もっても五日とかかるまい。

人の口に戸は立てられないのは、世の常であり、有り難いことに歴史が証明してくれている。宮廷内なら、裏をとることを考慮したとしても、遅くて二日、もしくは一日程度だろうか。

 

「ああ、くそ。こんなときに限って、お天道様は晴れ晴れとしてやがる」

 

 嫌な予感はどんどんと降り積もって行くばかりだというのに、空から差し込む春の暖かな日差しは、まるでなにかの到来を告げ、祝福しているようだった。

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