竜守ノ君   作:浜西幻想

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三十六話 禁忌を探る者

 ゼツと〈竜域〉の外で別れた後、北で唯一の都とガジンが言っていた場所へ、リュウモは足を踏み入れていた。

 なるほど、都というだけあって確かに栄えている。人通りは夜になってもそこそこある。

 だが、皇都で肌が味わった、騒がしい熱気を持つ独特な空気とは違って、冷たく閑散としているようにも思えた。

 元々、皇都と比べるのは酷なのかもしれない。

 ――むしろ、山が多い地域でこれだけ人がいるって、実は皇都よりもすごいことをしているのかも……。

 リュウモはきょろきょろと建物を目にしながら、はぐれないようにガジンの背を追う。

 都の中心近くに、目的の建物はあった。

 大きい。他の家屋と比べれば三倍の面積はあるだろう。

 門構えも立派である。が、防犯のための閂はなく簡単に敷地内に入れてしまうようになっていた。

 ガジンは勝手知ったる場初と言わんばかりに敷居を跨いだ。

 彼はいきなりしゃがんで庭にある石ころを拾うと、灯りが点いている三階の部屋の窓へ投げ入れた。

 

「ちょ、ちょっとガジンさん……!」

「いや、いいのだ。あれは研究に没頭していると他のことが抜け落ちて気づかないからな」

 

 人の家に石を投げつけておいてこの言い様である。

 ――どんな人なんだろう……?

 

「鍵はかかっとらん。用があるならさっさと上がって来い」

 

 不機嫌そうな声が聞こえてきた。悪びれた様子もなく、ガジンは玄関の扉を開けてどんどん入って行ってしまう。

 

「お、お邪魔します」

 言って、草鞋を脱いでガジンの後を追った。

 道中ですこし話を聞いた限りだと、シキという人物は『竜』についてそれなりの知識があり、また研究をしているとのことだった。

 変わり者で偏屈者、と悪態を吐いていたガジンだったが、リュウモには違って見えた。

 彼の口々から飛び出す言葉には、遠慮の無さがあり、また親しみがこもっていたのだ。

 

(……瘦せっぽちで、眼鏡をかけてて、すっごい細っこい人、とか?)

 

 そんな勝手な想像をしていると、ガジンがひとつの部屋の前で止まり、襖を開いた。

 シキの部屋へ入ると、彼の研究者としての一面が顔を出した。

 書斎にはあらゆる書物があるのではないかと感じられるほど、膨大な数の資料が巨大な棚に所せましと並べられている。

 他には、生物の標本や骨格などがいくつも飾られている。その中でひと際大きな物に目がついた。

 

(これは……『竜』? でも――)

 

 常日頃から『竜』を観察してきたリュウモからすると、飾られていた骨格は、細かい部分が似ても似つかない。特に、足腰の部分だ。本物と比べるとずれている。これでは地面をしっかりと踏みしめて歩くことができないだろう。

 

「珍しい客人もいたもんだ。久しぶりだな、ガジン。五年ぶりぐらいか」

 

 部屋の奥にある椅子に座っていた、ガジンと同い年ぐらいの男性が気軽に話しかけた。

 男性は読んでいた資料を机の上において、かけていた眼鏡を外した。

 シキは、リュウモの想像とは全然違った。

 眼鏡はかけているが、すぐ外してしまった。それに、体つきはとてもがっしりとしていて、着物の上からでもわかるほど、無駄のない筋肉がついている。

 身長も、長身のガジンよりすこし小さいぐらいだ。知的なように見えて、野性味も秘めていそうな瞳は、緑色だった。

 

「それぐらいになるな、シキ。相変わらずお前は本の虫か。身体を動かさんと鈍るぞ」

 ガジンがこれほどに親し気に相手に話しかけているのを、リュウモは初めて見た。緊張の糸が緩んでいるようだ。

「ふん、わしは追放された身よ。槍を振るうよりも、過去を遡っている方が多い」

 

 シキは、忌々しげに鼻を鳴らした。

 

「それで、なんの用だ。皇国からの要請なら、死んでも協力はせんぞ」

 

 ああ、これは駄目だな――そう、リュウモは思った。憎しみという頑健な杭が、シキの心の根まで打ち込まれている。協力は、とてもではないが仰げそうになかった。

 だが、ガジンには秘策があるようだった。

 

「昔のお前なら、この子へすぐに目がいっただろうに」

 

 ぽん、と笠越しに手を置かれた。シキが訝しげに視線を飛ばしてくるのが、リュウモにはわかった。今までのことが思い出されて、体が強張った。

 

「大丈夫だ、リュウモ。こいつは、今までの奴らと違って、お前を傷つけたりはしない。――外しても、大丈夫だ」

 

 リュウモは、ガジンの言葉を信じて、あご紐を外して、菅笠をとった。

 

「これは……。なるほど、珍客が来たと思ったら、もっと希少な客が来たか」

 

 まじまじとシキは、リュウモの青い瞳を凝視する。

 ガジンの言う通り、険悪や忌避感といったものは見受けられなかったが、まるで動物を観察するような目で見られて、リュウモはあまりいい気がしなかった。

 

「で、この子の先祖の故郷でも見つけてくれってか?」

「そんなわけあるまい。――リュウモ」

 

 ガジンに言われていた通り、リュウモは懐から〈龍赦笛〉を取り出して、シキによく見えるように両手で前に出した。――瞬間である。凄まじい勢いで彼が椅子から立ち上がった。あまりの早さに椅子が倒れて大きな音を立てた。

「そ、それは、いや、そんな、馬鹿な…………嗚呼、それは――〈竜操具〉ッ!」

 

 シキの瞼が梟のように千切れんばかりに見開かれていた。

 ――き、気持ちわる?!

 動物の表情を切り取って人間に貼り付けると、違和感が凄まじいことになるのを、リュウモは今日、知った。

 

「この幼子、まさか〈竜守ノ民〉かッ!?」

 

 今度は、リュウモが目を見開く番だった。彼は自分のことを〈禍ノ民〉ではなく〈竜守ノ民〉と言った。皇国において、その事実を知る者はごく少数のはずだ。

 リュウモが驚いていると、ガジンが補足してくれた。

 

「言った通り、こいつは歴史を調べるのが趣味でな。その昔、皇族しか入ることの許されない蔵に立ち入って見つかり、皇都を追放されたことがあるのだ」

「そ、それは、す、すごいです……」

 

 むしろ、よく殺されなかったものだとリュウモは感心した。

 

「趣味だと? 研究と言え、研究とッ!」

 

 ガジンの言い方が気に食わなかったのか、シキは憤慨して訂正を求めた。彼の中には譲れない一線があるらしい。

 

「研究者の誰もなら、一度は『竜』や国の詳しい成り立ちについて調べたい欲求に駆られるものよ。ゆえに、わしは悪くない」

 

 シキは、皇都から追放された身だというのに、まったく懲りていないどころか処遇に大変な不満を抱いている。リュウモはつい、口が滑ってしまった。

 

「いや、あの、規則を破るのは、さすがにまずいんじゃあ……」

 

 ぎろりと、音が出そうなほど鋭い視線がリュウモを射貫いた。

 

(エミさんと同じ感じの人だ絶対)

 

 つまり、余計に口を開かない方が利口であるということだ。

 

「で、なにを聞きたい。言ったが、帝からの命なら死んでも聞かんぞ」

「ラカンが死んだ」

「――――――な、に……?」

 

 ぶっきらぼうに伝えられた衝撃に、シキの表情が固まる。

 

「原因は『竜』だ。国中で『竜』が暴れ回っている。鎮めるために、知恵を貸せ」

 

 シキは舌打ちをして「反吐が出る」と吐き捨てた。

 

「親友の死を利用するか。立派な政治屋になったもんだな、ええ、おい〈八竜槍〉ガジン様よ?」

「もう〈八竜槍〉ではない。今回のことは、私の独断だ」

「あ……――は?」

 

 シキは言葉を失くした。突き付けられた現実に、思考が停止している。

 頭が動き始めると、呆れ果てたように右手で顔を覆った。

 

「馬鹿だ馬鹿だと常々思っていたが、もう、ここまでとは……。空前絶後とはこのことだ。前例がないぞ、自分から〈八竜槍〉を止めたやつは」

「外に中々出ないから、世間に疎くなるんだ。今、国がどうなっているか知らんだろ」

 

 ガジンは、現在の国がどうなっているか語った。

 

「なるほど。だからわしのところに来たわけか。欠損した伝承を補うために」

「そうだ。〈竜峰〉の場所を教えてくれ」

 

 激しい葛藤が、シキの眉間を走っていた。やがて、つきものが落ちたようにため息を大きくした。

 

「北の〈竜域〉の入り口には、大きな二つの山がある。双子山と呼ばれていたそうだ。その山間を進み続けると、森鹿という生き物の生息域に出る、らしい。そいつが次の場所へ導いてくれるのだと」

「森、鹿……案、内?」

 

 あのときもそうだった。本来、警戒心が強い彼らが近寄られても動じず、まるで道案内をするように〈禍ツ气〉の方へと導いていった……。

 

「森鹿が導く先で、ひとつの試練を行うのだそうだ」

「この世で最も強い戦士、か。だが、困る。リュウモではまず私には勝てんぞ」

「信じられないが……この試練は、人の生死を問わんのだそうだ。死者も含まれる」

「死者? 馬鹿を言うなよ、死んだ人間は生き返らん」

「わしに言うな。手記に書いてあったんだから、そうなんだろうよ。試練の場所は、馬鹿でかい蛇のような『竜』の住処近くで行われたようだったが……」

 

 シキが言った内容に、リュウモは仰天してひっくり返しそうなほど驚いて眉をあげる。

 

「竜蛇……『龍』に成る寸前の、〈天ツ气〉を扱う、『竜』――」

「『竜』が、〈天ツ气〉を扱う、だと?」

 

 シキの瞳に、研究者としての飽くなき探求心に火がついたのを、リュウモは垣間見た。

 

「どういうことだ『竜』は〈竜气〉を扱う生物なのではなかったのかいやそれ以前に〈天ツ气〉を」

 

 机から乗り出して凄い勢いで言葉を連射してきた。

 

「落ち着け馬鹿者、リュウモが困っているだろうが」

「お前に、馬鹿と言われるとは心外だ。馬鹿と言った方が馬鹿なのだ、阿呆め」

 

 どうしてだろう。子供の用言い合いが始まった。リュウモがオロオロしながら視線を右へ左に動かしていると、やっと罵り合いを止めた大人二人が「続きを」と、先を促した。

 

「ええと、ですね……」

 

 ため息を吐きたくなったが、リュウモはぐっとこらえた。

 

「『竜』の一部の個体は、いくつかの段階を得ると、蛇のように体を変えていくんです、脱皮するみたいに。それで、最後には『龍』に成り、天に昇る。その一つ手前の状態を、竜蛇というんです。この『竜』は、他のどのような種よりも強い。人では勝てない、大いなる存在」

 

 リュウモは掟の一部を破り、『竜』の生態について語った。

 シキの目に、もっと危険で燃え盛る真理探求の炎が一層強くなる。

 

「ほぅ、ほう、ほう! いかん、いかんなこれは。わしが血道をあげて積んできたものは、童の積み木遊びだったらしい!」

 

 酷い頭痛がするときのようにガジンは額を押さえた。興奮して赤ら顔になっている友人に頭を悩ませているらしい。

 

「はぁ、はぁ……! で、続きは、先はどうなる!?」

 

 リュウモは助けを請うためにガジンを見る。言われた通り、知識の一部は教えた。これで協力は取り付けられるはずである。まだ知っていることがあるなら教えてくれるはずだ。

 

「――――お前の欲する知識が失われかけているとしたら、どうするシキ」

 

 ダン! っと、シキが両手で机をぶっ叩いた。衝撃で筆や紙が床に落ちる。

 

「なぁにぃ?! それはどーいうことだ誰だ帝か殺そうとしているのは!?」

「このままリュウモが〈竜峰〉で伝承通り『竜』を鎮めると、この子は死ぬ」

 

 シキは、ガジンの落ち着いた態度に、顔を険悪で染めた。非難めいた視線を飛ばす。

 

「子供嫌いも、ここまでいくと大したもんだな、ええ?」

「苦手なだけだと言っているだろう。で、知っていることを全部話せ。そのためにここへ来た。まだ、知りたいだろう、彼らと『竜』について」

 

 親しい二人は、取引をしていた。ガジンは最高の手札を切り、シキは応じるしかなくなるところまで追い込んでいた。が、シキはどんどん顔に深い皺を作る。

 

「貴様、わしを人でなしかなんかだと思っているのか。こんな子供が死ぬとわかっていたら、助けるために力ぐらいは貸すぞ」

「――――――――――――――――――――――」

 

 ガジンが、目をひん剥いた。本気の驚愕だった。言葉を失くして数秒間立ち尽くしている。

 手から力が抜けて槍を落としかけてようやく現実に復帰した。

 

「お前、どうした……? 本物なのか丸くなり過ぎだろう」

「親しき中にも礼儀ありという言葉を知らんのか貴様ぁ?!」

 

 あんまりな言われように、さすがにシキが抗議の声をあげる。

 ガジンは肩を竦めて、苦笑した。発言を撤回する気は更々ないらしい。

 シキは、むすっとして椅子に座り直した。

 

「丸くなっただと? そんなはずあるまい」

「いいや? 人のことを気に掛けている時点で、かなり角が取れたぞ。ようやく人と交流する大切さを知ったか」

「したくもない交流をさせられただけだ。皇都と違って、当然のようにある物が無かったからな、このド田舎は。材料集めのときに、わしが嫌でも指示を出さないと効率が悪い」

 

 シキの主観で、生活必需品を開発しては住人に流し、その過程で都の住人の大半と顔合わせをしていたらしい。

 

「お前に良い影響を与えたらしいな。さて、協力してくれるんだろう? 早く教えてくれ、これでも追われる身なのでな」

「おい、暴れるなら敷地の外でやれ。――『竜』を鎮めた者は確かに死んだ。气虚を越えて体が持たなくなってな。だから、解決方法は簡単だ。貴様が持つ〈竜槍〉のように、外付けの『气』を内包する代物を使えばいい」

「そんな都合のいい物があるわけが」

 

 ガジンの口が止まる。リュウモははっとして腰にある〈龍王刀〉の存在を思い出す。

 

(まさか、このときのために……?)

 

 奏者が死ぬことがないよう、新しく『龍王』の亡骸から削り出し作成したのだろうか。

 

「これじゃあ、駄目でしょうか?」

 

 リュウモは、腰に佩いている短刀をシキに見せた。黒く、質素で、鍔も飾りもない短刀だが使い込まれて来た年月は、〈竜槍〉にも負けない代物だ。

 

「これは……?」

「『龍王』の骨から削り出された短刀、〈龍王刀〉です」

 

 シキは、驚きすぎて机にあった邪魔なものを更地にするように軒並み腕で吹っ飛ばす。なにかが壊れた音がしたから、標本に直撃でもしたのかもしれない。

 彼は、凄い勢いで食い入るように短刀を見つめ始めた。

 ――こ、こわッ!?

 獲物を狩る猛禽類もかくやという速さであった。

 

「見ても、かまわんかね?」

「あ、はい。大丈夫だと思います」

 

 リュウモは、短刀をシキに手渡した。彼は、割れ物を扱う時の慎重な動作で受け取る。何秒か短刀を眺めていると、意を決したように手をかけて引き抜こうとした。

 

「っぬ! ――ぬ、抜けんッ!」

 

 鞘と鍔元が接着されでもしたのか、びくりとも動かなかった。

 ひょっとして、力が弱いんじゃあ――リュウモは思ったが、そんなはずはない。シキの体内の『气』を感じ取るだけで、肉体は壮健であるのがわかる。

 

「おい、ガジン、そっちを持て、引っ張るぞ」

「え、なんで私まで――――はい、はい、わかったよ、やればいいんだろう」

 

 と、大の大人二人が、小さな短刀を必死で引き抜こうとする、なんとも間抜けな絵面ができあがった。しかも、両者全力だ。大きな子供が玩具を取り合っているようでもある。

 リュウモは、声をかけようかと思ったが必死すぎる大人に、どんな言葉をかければいいかわからなかった。

 机に立てかけられたガジンの〈竜槍〉が、呆れたように微妙な『气』を放っていた。

 やがて、抜けないことがわかると、大人二人は額に汗を浮かべながら、恨めしそうな視線を短刀に向けた。

 

「なんじゃ、こりゃ。本当に抜けるのか、これは?」

「貸してください」

 

 リュウモはシキから短刀を返してもらうと、柄に手をかけて鞘から一気に引き抜いた。なんのことはなく、短刀はするりとその刀身をあらわした。〈竜槍〉と同じ、真っ白な骨の身体を、短刀は外気にさらした。

 大人二人は、ぴくりとも動かなかった短刀が意図も簡単に抜けたことに驚きながら、その刀身を見つめた。

 

「ほう……こいつが。ふむ、外見は〈竜槍〉と変わらんが――さて。すこし調べてみたいのだが、触っても大丈夫か?」

「〈竜槍〉は、認めた人にしか触らせないんでしたっけ? だったら、大丈夫です。この短刀は、村の人は沢山触れてました」

 

 シキは、恐る恐るリュウモの手から短刀を受け取った。さすがの彼も、『竜の王』から作られた代物には、気後れしているらしい。彼は、手に持った短刀を机の上に置くと、どこからか虫眼鏡を取り出して、短刀を凝視する。さっき華麗に吹っ飛んでしまった物は回収しなくていいのだろうか。

 

「ふぅむ……〈竜槍〉ほどの力を感じんが、かなりのものだな」

「どう、ですか?」

「これが作られた目的と、使う対象による」

 

 具体的でない言い方に、リュウモは疑問を浮かべる。シキが続けた。

 

「〈龍王刀〉が、子供のお前でも使えるのか、それとも成人になった者が使う前提で作成されたのか。後者ならば、これでは不十分だ」

 

 リュウモは短刀を手に取って見つめた。

 

「……ありがとうございます」

「礼を言われるようなことはしておらん」

 

 素っ気なく言って、シキは顔を逸らした。

  ぶっきらぼうな言い方に、リュウモの頬が緩む。彼の態度が、まるで照れ隠しのように思えたからだった。

 

「ありがとう、ございます。外で協力してくれた人は、多くなかったので」

「ふ……その眼のせいでか?」

 

 シキは、青い瞳をじっと見つめて、鼻で笑った。

 

「目の色など、所詮、人間が他人を見分けるための目印でしかない。試しに術で目の色を変えて外を歩いてみよ。誰も貴様を〈禍ノ民〉などと呼ばんだろうよ」

 

 言われて、なるほど、とリュウモは思った。瞳を見せなければ全員が普通の対応をしてくれていた。

 中には、大変だねぇ……などと労いの言葉をかけてくれる人達もいたのだ。

 わからぬものは恐ろしい。

 ジジは、世の真理のひとつを口にしていたのかもしれなかった。

 

「所詮、我ら人間など、そんなものよ。表層ばかりを目にして深層を覗こうとしない。よしんば目に使用としても邪魔ばかりされる。このわしのようにな」

 

 昔のことを思い出しているのか、恨めしそうに舌打ちをした。

 

「まったく……忌々しい。あと一刻、蔵に押し入られなければすべての資料に目を通せたものを……」

 

 皇国の最重要施設に踏み入って皇都を追放された男は、まったく、全然懲りていないらしい。

 

「その、蔵の警備って、そんなに緩いっていうか、ガバガバなんですか?」

「ああ、こいつはこんな見た目でも結構な武闘派でな。昔、〈竜槍〉の使い手候補に選ばれるぐらいには腕が立つ。忍び込むことは、まあ容易ではなかったろうが、不可能ではなかったのだろうよ」

 

 呆れて物も言えない様子であったが、リュウモはどうしても納得できなかった。

 彼らが言う蔵が、どれだけ重要な位置にあるのかは、外で暮らしていなかったから理解が及ばない。それでも、大切で守らなければならないのだということはわかる。

 村の村長でさえ、家の地下にある碑文には誰も絶対に近寄らせなかった。〈竜守ノ民〉でさえ簡単に破壊できない錠前と、特殊な加工を施された扉で固く閉ざされていたのだ。

 小さな村でこれである。ならば、巨大な都、国の秘密を納める場所が、腕が立つといっても侵入可能な領域なのだろうか。

 リュウモは疑問をぶつけてみた。

 

「でも、国を揺るがしてしまうぐらいの情報がいくつもあるんですよね? だったら、きっと呪術とかがいっぱいあって、鍵だって特別なやつを使う。そんなところで、中を探しまわる余裕なんてあるんでしょうか」

「――――当時は、この馬鹿がやった事のでかさに困惑して考えもしていなかったが……確かに、おかしい箇所はあるな。おいどうなんだ、シキ」

「ん? ああ、それなら簡単だ。わしは先代帝の血を引いている。いわゆる御落胤というやつだ。そこら辺は、無茶がきいたのさ。ごり押ししたとも言えるがね」

 

 ガジンの顎が、外れそうになるぐらい開かれていた。

 

「はあ?!」

 

 友のいきなりの告白に、皇国最強と言われる男の口から出たのは、言葉にならない叫びだった。

 

「ああ、それとこの際だから言っておこう。昔、〈竜槍〉を引き抜く〈抜槍ノ義〉で槍を引き抜けなかったと言ったが……あれは嘘だ」

「はあ?!」

「〈八竜槍〉になったら、身元は綺麗さっぱり洗われるからな。俺が御落胤であったとばれたら大問題になった。だから一回引っこ抜いて、台座に戻した」

 

 多分、〈竜槍〉に選ばれたにも関わらず、突き返したのはこの男が初めてだろう。

 

「待て待て待て!? 皇族は一様に緑色の瞳のはずだぞ!?」

「え……?」

「これは生れ付きだ。だから、わしは皇族と認められなかった。歴史上、そうやって闇の中に葬られていった人間は、何人かいるらしいぞ? ほれ、リュウモ、言っただろう。瞳の色が変わらなければ、誰も彼も気づかないものだ」

「……お前の人嫌いは、そのせいか?」

 

 シキは口を噤んだ。

 

「ま、待ってください!?」

 

 リュウモは聞き逃せなかった言葉に声を荒げる。

 

「皇族が、緑色の瞳?! じゃあ、あのとき助けられたのは帝の」

 

 リュウモは先を言うことはできなかった。突然、ガジンが口を押えてきたからだった。

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