竜守ノ君   作:浜西幻想

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四十三話 領主の胸中

「ふぅ……」

 

 ナホウは、額から吹き出てきた汗を拭った。緊迫し続けていた精神がようやく解きほぐされる。

 

(『竜』を知り、〈竜域〉に直に赴いてなお、かの民を前にした途端にこのザマか。私も器が知れるな)

 

 相手は世間を知らない十一の子供だ。誘導は簡単で、取引もこちらが圧倒的に有利。少年の逆転の目はない。

 それでも、ナホウは安心できなかった。対面してみて、よくわかった。

 

(地位も名誉にも興味がない。権威も役に立たず、おそらく命の保証をしても彼は首を縦には振らないだろうな)

 

 今の状況も、少年からすれば助けられた、ではなく〈竜域〉への道を塞ぐ邪魔者にしか見えていないだろう。

 ――さて……どうやって抱き込むか。

 逃がすわけにはいかない。少年に言ったことは、なにひとつ嘘はないのだから。

 〈竜域〉の隙間を安全に通行できるようになれば、東と西への直通路が完成する。

 これまで以上に人の行き来は活発になる、皇都を超えるほどに。

 そうなれば、あの気に食わない『譜代』も顔を青くするだろう。

 

「どうするか……」

 

 まずは少年の協力を取り付けなければ机上の空論もいいところだ。

 ナホウは報告にあった内容を脳裏でまとめあげる。少年の能力ではなく、その人柄について。

 保証も権威も暴力でさえ通じないなら、情に訴えるのが最も効果的な方法になる。

 幸い〈竜守ノ民〉とはいえ、感情そのものに大きな違いはない。親しい人間を数人作らせ、じわじわと外堀を埋めていくのも手だ。

 

(どちらにせよ、彼を〈竜域〉まで護衛して『竜』を鎮めてもらわねば……)

 

 皇都に連行され、殺されでもしたら『外様』は甚大な被害を受け続けることになる。

 ――すでに、出自の問題だけではなくなっているのは確かだ。

 面倒なときに最大の機会がやってきた。盤上のすべてをひっくり返せる切り札が。逃すわけにはいかなかった。

 北を治めるナホウにとっては、皇国の滅びと領民の命は等価だ。

 なにより、帝は北が『竜』について調べている事実を、()()()()()()

 追放されたシキを匿い資金と人員を提供している時点で察しているにもかかわらず。

 危険に過ぎる橋ではあるが、渡る価値は十分にある。たとえ禁忌だとしても。

 

「……ああ、喉が」

 

 引っ付いてしまいそうなほどカラカラになっていた。ナホウは茶を煎れるために部屋を出た。

 女官に持ってこさせた方がよいが、淹れたて熱々の茶を飲むには自力が一番だ。

 それと、自分で淹れた方が圧倒的に美味い。

 ここの者達は精力的に働いてくれているが、茶があまり美味くないのが唯一の不満点だった。

 歩いていると、塀に囲まれ外と切り取られている庭が軒下の廊下から見える。

 数代前は皇都の貴族なら当たり前に持っているこの光景がなかったと、ナホウは亡くなった父から聞いたことがあった。

 険しい土地がほとんどである北は、その厳しさを一身に受け、貧しい。

 開墾して作物を育てても、土地の差があり成果にどうしても開きが出てしまう。

 どうやっても、平等には程遠い。

 『外様』の転換点は〈八竜槍〉のひとり、イスズの生家であるシスイ家と帝が協力し、教育に力を入れ始めたときにあった。

 皇族とシスイが全額を負担するという異例中の異例だったが、皇都周辺の町と村、都には大いに効果があった。数多くの人材が育ち、皇都へと集まったのである。

 対して、北は。――作用と反作用が大き過ぎた。

 効率的な農業の技術は、確かに生産性を比較にならないほど向上させた。

 同時に、皇都への人口流出が始まりもしたのだ。与えられた知識は、煌びやかな皇都への憧れを増大させたのである。

 『譜代』の人間が『外様』の一部に対して移動制限を掛けるのは、人員の流出、皇都で職にあぶれる者が出ないためでもある。

 ナホウにとって悲しいことだが、北では将来がないと思う若者は年々増加の一途をたどっている。

 歯止めをかけるには、手遅れになる前に策を打たなければならなかった。

 北が、資源も土地も余っている〈竜域〉に目を付けたのも自然な流れであったのだ。

 国が自分達を守らないのなら、禁忌を破るのさせ当時の人々は厭わなかったのである。

 ナホウの二代前、祖父の時代から続いて来た研究が今、実を結ぼうとしている。

 後戻りなど、できるはずがなかった。

 

(すべてを解決するための鍵が、私の手にある。正念場だな)

 

 庭から視線を外し、再びナホウが足を動かしたとき、廊下の奥の暗闇で、人影がうごめいた。

 音もなく標的に近寄り、首に手を掛けようとした瞬間――裏拳が飛んだ。

 パン! と軽快な音が鳴り、襲撃者は顔の横で拳を受け止めていた。

 受け止められるやいなや、ナホウはその場から飛びのく。

 

「何者だ!」

 

 庭に飛び出ると、ナホウは敵を睨み付ける。

 涼しいはずの夜が、急速に闘争の熱気を帯びる。ナホウの顎から汗が落ちた。

 

(結界に反応がない……どうやって侵入した!?)

 

 術者であるナホウは、結界にも知識がある。張り巡らされている術に一切関知されず侵入してきた襲撃者たちの技量に、背筋に冷たさが走る。

 敵は、ただの町民の格好をしている、どこにでもいそうな男性だった。

 

(〈影〉に忍ばせた間者から報告はなかったはずだが……何者だ?)

 

 ――いや、目的だけははっきりしているか。

 リュウモだ。それしかない。

 ナホウは徐々に敵から距離を取り、リュウモがいる部屋へ向かおうとする。

 大きな音が二階から聞こえてきた。

 

「――!」

 

 すでにリュウモの居場所まで掴まれていた。ナホウの目線が上に逸れる。

 プっと、空気を噴き出した音が鳴った。

 

「ぐ……!?」

 

 首に痛み。細い針が血管にまで刺さっていた。即座に引き抜いたが、遅かった。

 

「――、ぐ……――!」

 

 視界が曇る。指先から感覚がなくなり始め、足の踏ん張りがきかなくなった。

 体が地面に崩れ落ちる。頭を打ったのに痛みを感じない。誰かが近寄って来る。

 ――動け、動け、動け……! こんなところで死ねん、民のため、皆のため――!

 願いは届かず。怨念さえ気圧される覚悟は空回りし続ける。

 嘲るかのように、男がしゃがみ込みナホウを見下ろした。

 

「家の者は殺していない。朝になれば目が覚める。貴方にはまだ北の領主をやってもらわなければならない。しばらくは」

 

 男の手がナホウの目を覆う。暗くなった世界に引きずり降ろされるように、ナホウは動かなくなった。

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