竜守ノ君   作:浜西幻想

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五話 皇国、二つの民

 春の訪れを感じさせる、生暖かい風が、青々とした空の下に吹く。

 タルカ皇国の皇都は、季節の後押しを受けるように、商いが盛んに行われていた。明るい顔で商品のやり取りをする彼らの顔は、希望に満ちている。

 皇都で商いをすることができる者達は、かつての戦いにおいて勝利した帝側についた『譜代』達であり、国へ相応の金銭を納めることによって、手厚い保護を受けている。

 逆に『外様』は敗北した側についた民である。彼らは皇都近辺に住むことは許されず、当然、皇都では商いをすることは基本的にできない。

 大きく分けて、二つの民が暮らすタルカの皇都、帝が住まう宮廷の広間は、春先の暖かさとはまったく別種の、異様な熱気が立ち上り始めていた。

 

 巨大な円形の会議卓に、多くの皇国の民達が集まり、話し合いを進めていた。

 会議卓についているのは、皇国においてそうそうたる面子だ。『譜代』をまとめる三大領主。その下に付き従う貴族達。彼らの反対側には『外様』の三大領主と、彼らに付き従う氏族長達である。全員が政治、軍事に関わる重要な役職に就いている者だ。

 国の重鎮達が、こうやって帝が住む宮廷に集うことは滅多にない。年の終わり、もしくは重大な行事があるときぐらいだ。しかし、今回は違う。とある一件から、帝直々に彼らを招集。

 それは、四日日前に起こった監視砦の虐殺事件についてであった。ガジンが綿密に調査を敢行したところ、皇国において帝と同じ『神ノ御遣い』――『竜』が兵達を皆殺しにした可能性を示唆したのだ。これに対し、帝は即座に同様の被害が各領地に出ていないか調査を命じ、その結果を報告するよう、彼らを招集したのである。

 帝は会議卓を見下ろせる、一段高い玉座に座っている。〈八竜槍〉の三人は、帝の傍に控えるように〈竜槍〉をその手に持ち、話し合いの行方を見守っている。

 

「以上が、我が領地における『竜』がもたらした被害の全容です。これは、他の『外様』も同様。看過できないほどではありませんが、着々と被害の規模は広がっております」

 

 『外様』の三大領主の一人、ナホウが報告した被害は、ガジンの予想を遥かに超えていた。

 村が一つ丸々消えた、などの巨大な損失があったわけではない。だが〈竜域〉から湧き出た『竜』が監視砦の兵の目を盗み、村にまで下って、作物や家畜を食い荒らしているとナホウが語った際、ガジンを貫いた衝撃は、大きなものであった。

 ガジンは、『外様』の領地出身で、ナホウが言ったような村が故郷であるからだ。

 ――兄弟は、大丈夫だろうか。

 故郷にいる家族達が、心配であった。

 

「『竜』がもたらした被害は、馬鹿にはできぬもの。我ら『外様』は、今年の税の引き下げをお願いしたい。また、その分の補てんは『譜代』の方々に出していただきたい」

 

 会議の趣旨とは、いささか方向が違ったものの、ナホウの言葉は理にかなっている。だが、卓の反対側の一団の中から、声を荒げた者がいた。

 

「何を寝ぼけたことを! 税はすべて平等。片方を引き下げるのみならず、その差分を我らが支払うだと? 阿呆なことを言うな! 自らの責任を果たせぬなら、即刻その地位からおりるがよい!」

 

 『譜代』の三大領主の一人、ハヌイが大声をあげる。

 このナホウとハヌイは、実に対照的な身体つきをしている。『譜代』のハヌイは、でっぷりとした、恰幅のよい、出来の良い衣を纏い、飾りも絢爛なものばかりだ。

 反対にナホウは、すっと身体は鍛えられ、狼を思わせる剽悍な体躯だ。格好も、質実剛健といった風で、礼儀を欠かない必要最低限の装いをし、無駄な装飾品を一切つけていない。

 両者は『譜代』と『外様』の、心、身体、経済、の三つをよくあらわしているといえる。

 彼らの、谷底のような軋轢を修復したいのであれば、数百年も前に時をさかのぼっていかなければならない。一朝一夕で、両者の深い溝を埋めることは、不可能である。

 時間が、腐葉土のように積み重ねてきた現実を苦々しく思いながら、ガジンは成り行きを見守る。

 

「ただでさえ、富める者たちが多くの税を納めておるというのに」

 

 は――っと、でっぷりと富んだ腹をした領主を、ナホウは鼻で笑った。

 

「それはおかしいですな。全ての民が一定の額ではなく、所得に応じて支払うよう、随分と昔に取り決めがなされておりますな。まさか、帝の決定に異を唱えるおつもりか」

 

 まるっきり馬鹿にした態度のナホウに、ハヌイが怒りを炸裂させた。

 

「今このときにように、貴様らのような貧相な者たちが悲鳴をあげて、帝がお慈悲を授けた結果であろうが! 卑しい〈敗連ノ民〉め、恥を知れ!」

 

 今度は、『外様』のナホウが顔色を変える側だった。〈敗連ノ民〉とは、『外様』の蔑称で、今日においても明らかな差別用語である。民間でこんなことを言おうものなら、相応の罰を受けてしかるべき発言だ。

 

「貴様ァ!」

 

 一触即発。燃え盛る火のように、広間が轟々と音を立て始めた。『外様』の老若に関係なく、彼らの怒りが一瞬で限界点ぎりぎりまで浮上している。

 ――ここまで他人を怒らせることができるのは、ある種の才能じゃなかろうか。

 ガジンは怒気を隠さない『外様』の者達を見て、ため息を吐きそうになった。

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと、みんな落ち着きなさいな、帝の前だよ!?」

 

 『譜代』の三大領主、ホウリが騒ぎの中に割って入った。彼は、ガジンと昔から付き合いがある大貴族で、『譜代』の貴族であるにも関わらず、珍しい穏健派である。

 が、悲しいかな。彼のか細い声は、喧騒と大声の前にかき消されてしまった。いつもこういったときの『火消し役』を請け負うホウリが止められないとなると、もう駄目だろう。

 カンッ! ――と、騒がしくなってきていた帝の広間に、頃合いを見計らったかのように、音が響いた。

 音源は〈八竜槍〉の一人、ロウハだ。槍の石突で床を打ったのだ。言い争っていた者達の身が、痙攣したように震えた。まるっきり親から叱られた子供に見えて、ガジンは彼らのことがとても国の重鎮のようには見えず、小さく思えた。

 

「静まれ。帝の御前であるぞ」

 

 ロウハの厳めしい顔つきに似合った声色は、こういった際には役に立つ。実は、子供に物凄く怖がられているのを気にしているのだと、領主達に言ったら、どんな反応をするだろうか。いや、彼らからすれば、そんなことよりも、〈八竜槍〉を強請るネタの方が欲しいか。

 ガジンはそう考えながら、重鎮たちを見据え、厳しい目つきで威嚇するようにした。

 

「『外様』だの『譜代』だのと言っている場合ではあるまい。問題の解決には、我らが手を取り合わねばならぬ。貴様らには、なぜそれがわからん」

「お言葉ですが、ロウハ様。『外様』にのみ被害があり我ら『譜代』に死者は出ておりません。これこそ、正に天の御意思ではありませぬか」

 

 ガジンの左隣から、明らかにまずい気配がした。横目に〈八竜槍〉の一人、イスズを流し見する。人形のよう、と言われる顔に怒りで眉間に皺が寄っている。帝以外が天の意志を騙ったことに憤激しかけているのだ。

 本来『外様』出身であるガジンが、このときに発言するのはいささかまずいが、ここでイスズが口調を荒げて領主達を鎮めようものなら、余計にややこしいことになる。

 ガジンは、イスズを手で制した。何も言うなと目で訴え、自分が口を開いた。

 

「問題は、おそらくこのままでは被害が拡大することだ。それは、誰であれ例外ではない。並みの者では、止められはしまい。何せ、砦にはラカンがいてなお、あの惨状だ」

 

 両者、とくに老齢に差し掛かっている者たちの顔色が、さっと青くなった。

 

「あの男がいて、ようやく砦の外に十数人逃がす程度が精いっぱいだったのだ。逃げた者達も殺されている」

 

 親友の死を利用していることで、ガジンは反吐が出そうだったが、ぐっと喉の奥に飲み込んだ。

 

「検分を行い、ラカンの使っていた槍は、ほとんどの部分が使い物にならなくなっていた。あれは帝が直々に贈られた一級品。それが通用せんとなると、後は我ら〈竜槍〉しか対抗できる手段はない」

 〈八竜槍〉が常にいる皇都は安全で、そこ以外は生命の保証されていないと言外に示した。

 

 『外様』たちが押し黙る。同時に恨めしい視線を向けて来る。――お前は、私たちの仲間じゃないのか、と。ガジンは、まだ終わらせなかった。

 

「『譜代』の者たちも、全てが皇都に居を構えているわけではない。我らは皇都を守れても、それ以外を守ることはできん。砦の虐殺が行われたのは、一日も経たぬ時間だ。応援の要請が来たとしても、そのときにはすでに事は終わっていよう」

 

 ガジンは『譜代』の、とくに皇都に住んでいない者の一団を見据えた。彼らの顔が、青ざめた。今度はハヌイに視線を向ける。

 

「ロウハが言ったように『譜代』だ『外様』だのと言い合う段階は、遥か昔に通り過ぎている。まさか、ハヌイ殿も同胞を見捨てるような真似はなさるまい?」

「…………当然ですな」

 

 忌々しそうに、ハヌイはガジンを睨んだ。

 ガジンは、一応この男を黙らせられたと確信した。ここで不用意な発言をすれば味方の支持も失う事態になりかねない。だから、彼は黙るしかないのだ。

 

「では、我ら皇国に住まうすべての民は、過去の垣根を超え、手を取り合い、解決に向け一層協力し合うべきだ。違いますかな?」

 

 このもっともな言い分に、両者は一応平静を取り戻した。興奮のあまり席から立ち上がっていた若い者たちも落ち着き、座りなおした。

 

「と、とりあえず、『竜』に襲われて被害が出ちゃったところは、私たちから出そう。それで、いいかな、ハヌイ殿」

 

 おずおずとホウリは手を挙げて、『譜代』たちに目を向けて言った。彼が言うなら仕方ないと、渋々ではあるが頷いている。ハヌイも、下あごについた脂肪を歪ませながら、ふんと、鼻を鳴らした。彼がああするのは、了承の合図だ。

 

「そ、それで、補填についてはこれでいい、かな? じゃ、じゃあ『竜』への対策だけれど、これは……ど、どうしようか?」

「ホウリ殿、それがわかれば、こうして皆で集まりはしません……」

 

 ナホウが呆れたように、息を吐き出した。

 

「あ、ご、ごめん……」

 

 ホウリは意気消沈してしまった。大体、彼が話しの主導権を握って、会議を進めることは極めて稀だ。

 さっきのように自分から切り込んでいったのは、長年の付き合いがあるガジンから見ても、珍しいことだった。だかこそ、彼が口を開いて仲裁に入るときは、これが引き時だと、皆が拳を収めたりするのだ。互いが熱くなりすぎないための、物差しのような役割を果たしているのだが、本人にあまり自覚はなさそうである。

 

「え、ええと……『竜』に関しては禁忌で、誰も調べられないし――み、帝ッ」

 

 ガジンはホウリの行動に、胸を打たれた。基本的に臆病で、周囲に流されがちな彼が、今日はなけなしの勇気を振り絞っている。会議の最中、集まった者たちが帝に判断を仰ぐことは、滅多にない。帝の声とは天の意志であり、一度発せられれば、後は川の流れのように進む。状況を一変させてくれる、正しく鶴の一声だが、劇薬でもあるのだ。

 帝を呼ぶ声は、怖さでうわずっていたが、確かに玉座に座る帝に届いた。面紗越しに、帝はホウリに顔を向けた。彼の全身が、びくっと震えた。

 

「こ、この件に関しては、我らの裁量を越えます……ど、どうか、ご判断をお願いできませんでしょうか」

 

 しん……と、広間に静寂が広がった。所属に関係なく、天子たる帝の声を待っている。

 ガジンは自分の心臓の音を聞いた。それだけ静まり返っているのだ。痛いほどの深閑が場を支配する。やがて、ぴたりと閉じられていた帝の唇が開いた。

 

「此度の件――〈八竜槍〉に一任する。ロウハ、指揮をとれ」

 

 それが、帝の決定であった。

 

「御意にございます」

 

 帝が総指揮をロウハに任せたのは『譜代』への配慮だろう。イスズは若く、実績が無い。ガジンは『外様』の出身だ。消去法でロウハが選ばれるのは当然だった。

 

「追って通達する。――――それまで『竜』の襲撃があった場合……自衛に限り、()()()()()()()

 

 宮廷を倒壊させかねない衝撃が、広間に走った。帝が放った言葉は、弑逆と同義である。

 神の御遣いたる『竜』の殺傷許可を出すなど、尋常ではない。皇国で『竜』は天から遣わされた神聖な生き物である。建国以前、まだ氏族の集まりでしかなかった先祖たちが、恐れ多くも『竜』を争いに用いたから、天は人に罰を与えたのだと伝えられている。

 ガジンは、手に握る〈竜槍〉に目を向ける。これは、天が人に与えた至高の武具であり、最も禁忌に近い代物である。なぜなら――『竜の骨』より作り出された物だからである。

 そのため技量のみならずこれを振るうには〈竜槍〉に認められるかどうかが重要なのだ。

 この世で唯一、『竜』を殺すことのできる武器。――もし、これがラカンの手にあったならば、彼は死にはしなかっただろうか。ガジンは、あり得ない可能性を夢想する。

 

(殺傷を、許可を、砦のときに、ラカンに伝わっていたら……)

 

 数柱は『竜』を殺せていたかもしれない。そこまで考えて、ガジンは内心で首を振った。これ以上は、踏み込んではいけない領域だ。

 

「よろしい、のですか」

 

 ホウリの声は震えていた。実害を被っている者たちでさえ、帝が言ったことは心胆寒からしめる事柄だったのである。国がなってから数百の時間は『竜』という生き物に畏敬の念を抱かせているのだ。

 

「構わぬ。汝らが犯す罪は、すべて余にある。天の意志を測り間違えた余の不出来を許せ」

「も、勿体無きお言葉にございます……」

 

 ホウリが、広間にいた面々が、深々と頭をさげた。

「此度はここまでとする。皆、軽挙妄動は慎み、粛々と己が為すべきことを為すがよい。――〈八竜槍〉とホウリはここに残れ。伝えるべきことがある」

 

 広間に集まっていた者たちは、帝が言う通り争いもせず、粛々と己の務めへと帰っていく。

 

(やはり、帝のお言葉は覿面だ。覿面、すぎるか)

 

 だからこそ、帝は慎重に言葉を選ぶ。たった一言が国是を決定する、してしまう。口を開くことすらいちいち気をつかわねばならない帝の心労は、想像を絶する。それを、あの薄い面紗の奥で顔色ひとつ変えずに行える帝だからこそ、敬われているのだ。

 全員が出て行ったことを確認し、扉が閉じられた。〈八竜槍〉とホウリは、玉座の前に跪く。「面をあげよ」と帝が言い、ガジンは顔をあげ、帝を見た。

 

「〈八竜槍〉――我が槍たちよ、そしてホウリ。皆はまだ気づいていないであろうが、此度の件は、国を揺るがす、否、崩壊させる大事である」

 

 ガジンは、帝の言葉を身に刻むように聞く。

 

「ゆえに、感情が優先されてはならない。ガジン、ロウハ、ホウリ。汝らの友を失った痛み、余には想像を絶するものであろう。だが、さきほど言った通り、軽率な行動は控えねばならぬ。『外様』と『譜代』――両者の天秤がどちらかに傾けば、後に深い遺恨を残そう。そのことを、熟慮したうえで行動せよ」

 

 三人は短く、鋭い声で返答した。

 

「ロウハ、汝は『譜代』を中心に目を光らせ、彼らが独断で動こうとするならば、これを止めよ」

「承りました」

 

 この役目は『譜代』出身のロウハが適任だ。彼なら、後々面倒なことにはならないだろう。

 

「ガジン、『外様』の氏族たちを周り、伝承について調べ上げよ。しらみつぶしにだ」

「伝承を、ですか。確かに『外様』の氏族たちの間にはまだまだ残っていますが……書庫を漁ればよろしいのでは?」

 

 『外様』の氏族たちには語り部と呼ばれる存在がおり、遥か昔からの伝承を、今でも後世に残している。皇都近郊では、消え去った存在である。効率を重視するようになった皇都の民は、そのほとんどを書物として残しているからだ。

 

「皇都近郊にある書物のほとんどは、賛辞美麗に塗りたくられている。特に、禁忌にほど近い今回の件は、残されてはいない。――当時の者が国に不利益な事柄を書くはずもあるまいよ」

「それは……」

 

 どういったものか、ガジンは悩んだ。帝が言う通り、氏族間で語られる話しは、国に対して不躾なことを言っている内容が多い。――〈敗連ノ民〉の戯言だ、と『譜代』の者は口々に言うが、一片の真実が含まれていることもまた事実である。

 

「現在、そこまで多くの語り部は残されていまいが、手掛かりにはなろう」

「承知いたしました」

 

 この役目は『外様』のガジンが適任である。こういうとき、出身というものは便利だ。ただそれだけで、相手の警戒心を薄れさせてくれる。帝もそれをわかっているから、ガジンに任せるのだ。

 

「して、何を調べれば?」

「――――〈禍ノ民〉についてだ」

 

 帝が指示した信じられない内容に、ガジンの口元が緩みかけた。広間に残った者たちも、目を丸くしている。予想外の答えに、ガジンは思わず聞き返してしまった。

「なぜ、ですか」

「『竜』が深くかかわっているからだ。かの民ほど、『竜』を熟知している者はおるまい」

 

 それはそうだろう。神の御遣いたる『竜』を兵器として利用できた彼らならば熟知していよう。しかし、かの民と『竜』について調べることは、前者はともかく後者は禁忌である。

 もし、研究していることが発覚しようものならば、軽くても皇都から追放される。〈八竜槍〉でさえ、例外ではない。

 

「余が許可する。ガジン、かの民と『竜』について調べよ」

「は……」

 

 この命に、様々な修羅場を潜って来たガジンも、戸惑いと恐れを隠せなかった。

 かの民と『竜』の話なら、タルカ皇国に住む者ならば子供のころからよく聞かされる。

 かの民が一体なにをしたのか。『竜』を兵器として操った結果、なにが起こったのか。

 ガジンは、胃が締め付けられて縮こまっている気がした。鳩尾辺りがすこし痛い。

 

「っふ……若いころ、随分と無茶をやらかしてた汝でも、恐ろしいか」

「あ、いえ、その、はい」

 

 帝の過去への言及に、ガジンは脂汗が出て来そうだった。

 

「そ、その、若い頃は、無茶をやっていたのですか?」

 

 〈八竜槍〉の中で最年少である女性、イスズが思わず口を出した。彼女の中では、ガジンとロウハとは、立派な槍士であり、理想形なのだ。

 若いころの自分たちを知らないからそう思われているのを、ガジンは知っていた。できれば、ほじくり返されたくない過去である。先代帝と〈鎮守ノ司〉に直々に呼び出され、説教された者たちなど、皇国の歴史を紐解いても、まずいまい。

 イスズの言葉に、過敏に反応したのはホウリだった。ガジンとロウハは、過去から顔を逸らすように、明後日の方角を見る。

 

「そ、そうなんだよ、こいつらったらいっつも問題を持ってくるわ、それの始末をするにもなぜか巻き込まれるわ、問題を起こしたら、私とラカンも怒られて――お、怒られて……」

 

 そこまで言って、ホウリは言葉に詰まってしまっていた。ずっと昔の思い出話をしていて、ラカンの顔が脳裏に浮かんできたのだろう。ぽたぽたと涙が頬を伝って、床に落ちた。

 

「ホウリ」

 

 帝が、彼の名を呼んだ。

 

「は、はいッ」

「此度に件、汝にとっては仇討に等しくなろう。だが、誤るな。感情のまま動けば、他の『譜代』を刺激しすぎる。――気持ちはわかるが、冷静に対処せよ」

「ぎょ、御意にございます」

 

 涙をぬぐって、ホウリは応えた。

 

「死亡した者たちへの家族の見舞金は、余の懐から出そう。ホウリ、分配は汝に任せる」

「よ、よろしいのでございますか」

 

 皇族といえども、資金は無限にあるわけではない。さすがに一度の放出程度では底をつかないだろうが、帝直々に資金を捻出したという事実は大きい。

 

「構わぬ。ラカンは、短い間とはいえ、余の元でよく働いてくれた。この程度では、あの者の働きには報いることはできぬであろうが、死した者たちの家族への、せめてもの助けとなればよい」

 

 帝はそう言って、締めくくった。

 広間に、静けさが満ちた。

 

「あの、申し訳ありません。お聞きしたいことがあるのですが……」

 

 イスズが、おずおずと沈黙が降りた広間で、口を開いた。

 

「かまわぬ、申してみよ」

 

 帝の許可が出て、イスズは続けた。

 

「ラカンとは、一体何者なのでしょう? 一部の領主達も、その名を聞いた途端、顔を青ざめさせていましたが……」

 

 四人しかいない帝の間で、控えめにイスズは疑問を投げかけた。

 そういえば、完璧にイスズを置いてきぼりにしてしまっていた。彼女はラカンのことなど知らないのだ。無理もない。彼が活躍していたのは、イスズが槍士になるずっと前だ。

 ガジンは彼女の問いに答えようとしたが、意外にも先に口を開いたのは、帝だった。

 

「ラカン。かつての竜槍候補の筆頭であり、槍術の達人。腕前は、技量だけならば、ガジン、汝以上であったな」

 

 イスズの形のよい眉が驚きに跳ね上がった。彼女にとってガジンは、己を見出し、導いた師に他ならない。その実力も、身をもって知っている。だからこそ、驚いているのだ。

 現〈八竜槍〉の中で、最強であるガジンの腕前を超える槍士がいた、という事実に。しかも、帝公認である。驚かないはずがない。

 

「そして、建国より唯一――〈龍王槍〉を台座から引き抜いた男でもある」

 

 タルカ皇国に八本ある〈竜槍〉だが、この中には歴然とした『格』が存在する。とはいっても、七本は同格である。この七本が弱いわけではない。一本が別格すぎるのだ。

 〈竜槍〉は『竜』の亡骸より作られた至高の武具。ゆえに、槍自体の強さは元となった『竜』の強さに比例する。

 すなわち〈龍王槍〉とは、読んで名の如く『龍王』の亡骸より作られた槍なのだ。

 

「〈龍王槍〉を?! い、いえ、しかし、それは……」

 

 イスズのうろたえようも、もっともである。竜槍候補が〈竜槍〉が保管されている〈槍ノ間〉の台座より引き抜いたならば、その者は〈八竜槍〉として名乗ることになる。

 加えるならば〈龍王槍〉の使い手となったなら〈八竜槍〉の長ともなれたであろう。

 あの融通無碍な親友は、資格があったにも関わらず、それを手放したのだ。

 

「あの者はな、台座に槍を戻した後、余にこう言ったのだ。僕は、彼の待ち人じゃありません。彼を振るうに足る資格を持つ者は、他にいますよ、とな」

 

 ラカンの口調を真似して、当時彼が言い放った台詞をそのまま帝は口にした。

 ガジンは不意を打たれた気分になる。帝にとっては全て等しく映るはずの人間一人のことを、こうも明確に覚えているとは……。

 ――それだけ、帝にとってあいつの存在が衝撃的だったのか。

 親友を、はっきりと覚えている帝に対して、嬉しいやら、悲しいやら、複雑な気持ちだった。

 

「あの者、ラカンが〈槍ノ間〉で何を見たのかは、余にもわからぬ。しかし、間違いなく、ラカンは〈龍王槍〉の声を聞いたのだ。それだけ槍に認められてもいたのだろう。――惜しい男を亡くしたものよ」

 

 いけない。目頭が熱くなってきた。友が帝に認められていたこともそうだが、いまさらになって、ラカンは死んだのだという事実が、胸に染み渡ってきた。

 ガジンは、涙が眼からこぼれないように努めた。感情的になるなと、帝から言われたばかりだからだ。

 

「しかし、帝。あの馬鹿、失礼。ラカンが見たものとは、一体? 聞いても聞いても、答えぬので、しこたま酒を飲ませても口を割らなかったので、気にはなっているのですが」

 

 ――そういえば、そんなことがあったな。

 なにをどうしても教えてくれないので、ガジンがおごりだと言ってラカンに美味い酒を湯水のように飲ませたのである。それでも答えなかったので、さすがに厄がつく話だと感じ、追及を止めた思い出がある。ちなみに、勘定はホウリ持ちである。

 

「汝、そのような無体な真似をあの者にしたのか……」

 

 帝が呆れていた。これもまた珍しいことだった。

 

「ラカンがなにを見たのかは知らぬ。余にも話さなかったことゆえな。――さて、イスズよ」

「は、はい!」

「汝の実家にある蔵には、古今東西の物事を納めた蔵があるな?」

 

 彼女の生家は、学問を代々修めている一家である。国の伝承、歴史の編纂すら任される『譜代』の中でも特に権威のある家だ。

 

「あの蔵になら、いくつか手掛かりを見つけられよう。己の役目が終わり次第、ガジンを案内せよ」

「は、承知いたしました」

 

 恭しく、イスズは首を垂れた。

 

「汝が〈八竜槍〉になり、もう半年を超えた」

「は? は、はい……慣れぬことも多く、先達の方々にはご迷惑をかけております」

 

 突然、話題が変わり、目を白黒させながらイスズは答えた。

 

「久しく家に帰っていなかったのだ。妹に会って来るがよい。学術院からも、汝の妹が近頃元気がないと報告がきている」

「し、しかし、このような大事にわたしひとりが」

「かまわぬ。勤勉は汝の美点だが、過剰に働きすぎるのは欠点ぞ。――余が許す。愛おしき者たちと会ってくるがよい」

 

 帝の言葉に、もう一度、イスズは深々と頭を下げた。

 

「それと、兄に釘を刺せ。此度の騒ぎを解決するというお題目を掲げて、『竜』について調べ上げぬようにな。汝もまた、シスイの一族の者。興味がないわけではあるまい?」

 

 図星を突かれたのか、イスズの顔に冷や汗が浮かんでいる。

 

「非常に不謹慎ではありますが、学術的興味が無いとは言い切れません――その、わたしの一族の血なのでしょうが……」

 

 とても言い辛そうにイスズは答えた。彼女の答えを聞いて、帝の肩が大きく上下に揺れた。

 

「みよ、ガジン。こういう者を勇士というのだ。汝が見出した槍は、正に女傑と呼ぶに相応しい乙女であるぞ」

 

 帝にしては本当に珍しい、冗談めかした物言いだった。

 

「勇ましすぎると、貰い手がいなくなりそうですがな」

 

 と、こちらも冗談を言ってみる。

 

「そのときは、汝が相手を見つけてやるがよい」

 

 返ってきたのは悪戯心のこもった声だった。

 話の中心にされている人物は、どういった反応をすれば正解なのか、右往左往している。頬にも若干、朱がさしている。十七の少女には、まだまだ経験が足らないらしかった。

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