もう一つのシリーズも並行して進めてますが、妄想がまた一つ溜まったので消化しようと書き上げました。
なんとか二つとも完走させたい!
遠くまで澄んだ青い空、真夏の太陽がジリジリと照りつける。温く湿った空気を揺らす蝉の大合唱と吹き抜ける風の音。この世界は驚くほど静かだった。静かな終わりを迎えていた。
アスファルトの路面を割って青々とした雑草が、長く続く高速道路の路面の至る所に繁茂している。西日に照らされた片側二車線、計四車線の道路には、操縦者もなく、時を止めた色とりどりの車の群れが乱暴に路肩に投げ捨てられていた。小さな窓ガラスは全て割れ、ポッカリと空いた車の眼窩には寄生生物の様に幾重にも蔦が伸びている。 等間隔に建てられた電灯は殆どが折られ、「降り出口 二㎞先」と書かれた青い標識もシダ植物に覆われて見る影もない。
人工物を飲み込む緑の津波。
動きを止めた文明の残滓。
ひっくり返った車の横に、小さなジャポニカのノートが落ちていた。広げると格子模様の紙面に拙い平仮名で日記が書かれている。内容はその日の出来事、驚いた事、面白かった事。作者は恐らく男の子で、このノートは夏休みの宿題なのだろう。幼い子供らしい、率直で素直な作文が続く。
七月二十五日、七月二十六日、七月二十七日……。取り留めのない日常がパラパラと音を立ててめくれ、
「七月三十一日。きょうは、おかあさんたちとくるまでおでかけ。はやおきした。じしんがあるから、おばあちゃんのいえにいく。たのしみだな。」
そこから先に文はない。日付の上に小さなゴシック体で「2015年」と印字されている。
「一年前…なんだよな」
点描の様に、声が溢れる。
拾い上げた日記を静かに閉じて、
錆びの浮いた車の屋根を蹴って、次の車体の上へ。「降り出口 二㎞先」の標識を過ぎて、そろそろ十五分は経った頃だろう。
相変わらずギシギシの渋滞は動く気配がない。
額から落ちるベッタリとした汗を日焼けした腕で拭うと、徹は大きく息を吐いた。無断で店から拝借した緑のシャツと半ズボンの中に熱気が篭り、顎を伝って新しい汗が、足元に点々と落ちる。
大量の車に阻まれて草だらけの路面は通りにくいからと、車の屋根を踏みつけて進むのはどうにも安直過ぎたらしい。平坦ではないこの通り道は、常に規格の違う車体に阻まれ、結局は登って降りての繰り返しで余計に体力を消耗した。二日前から飲まず食わずの体は不調こそないものの、やはり疲労が蓄積する。
ため息が漏れた。
炎天下に呆けた脳味噌は、どうして自分は、こんな事をしているのだろうと、ありきたりなフレーズを電気信号に乗って繰り返している。 無意味で不毛な肉体労働だ。自分一人倒れたところで、何も世界中から糾弾され責任能力の有無を問われることもあるまいに。
いいや、違う。
悪態を吐く思考に割り込む声。勿論善意の第三者ではなく、自問自答だ。徹が膝を屈しそうになると、いつも律儀に語りかけてくる。
花を集めるんだ
毅然とした声が脳内で反響する。本来の目的を海馬から掘り起こし、迎合する様に徹も叫んだ。
そう、花を集めるんだ! 花を集めてっ……世界を救う?
最後の言葉の尻がすぼみ、頭がまた掻き乱される。分からない。この思考が自分でも分からない。花が世界を救う鍵だと明確に理解しているのに、何故と問われると全く理解できない。とにかく花を集めなければならないんだ。
そこらに咲いてる花じゃない。特別な特別な花。
「だから…」
いつしか蝉の声は止んでいた。
頭上に影。
言いかけた言葉を飲んで、その場を飛び退き五メートルほど離れた前方のトラックの荷台に着地。一瞬遅れて元居た車体が屋根から底まで潰され、けたたましい破砕音を撒き散らす。
「いつも通り、問答無用だな。」
腰を沈めて、着地した姿勢のまま徹は笑った。
潰れた車体の上で、白いつるりとした巨体が跳ねる。それは何度か執拗に車体を踏み潰し、やがて重力を忘れた様にフワリと宙に浮んだ。
特徴的な白い歯の並ぶ巨大な口と、手足のない深海生物の様な体。ゲームの世界の敵キャラの様などこか非生物的な不気味さを秘めたそれを、徹は「化け物」と呼んでいる。
この化け物は、複数で行動し、体格もキャンピングカーほどで統一され、一様に空を飛んでいて、徹を見つけると我先にと襲いかかる。試した限り、金属、木材、石に水、小規模から大規模に至るまで物理攻撃は全て無効化し、排泄も呼吸もしない。まるで大量生産のベルトコンベアーから生まれた様な没個性っぷりだ。本当は生物ではないのではと疑いたくなるが、食べた限り味はマズイが機械の類ではない。
そして、最大の特徴は徹以外に敵意を示さない。いや、正確には人間以外と言うべきか。
一年後のこの世界は奴らで溢れかえっている。目覚めた直後に襲われ、それを退けてからここまでの道のりで幾度となく戦った。無論、物理攻撃を無効化する相手に勝つには、こちらも特殊な方法を用いなければならないが…。
「よしよし、俺も味気ない行進に嫌気がさしていたところだ!徹底的にボコにしてストレス発散のはけ口にしてやろう!!」
徹は落ちてきた化け物に向かって叫ぶと、ズボンのポケットから手鏡ほどの小さな銅鏡を取り出した。
「変身!」
銅鏡を掲げて、徹が吠える。鏡から閃光が迸り、一瞬にして徹を包む。本能で危険を察知したのか、抵抗される前に始末しようと化け物が大口を開けて光へと疾走。重力を無視しして空中をうねる大魚となって、光と一緒に徹を一口で呑み込んだ。その瞬間、ボコっと泡立つ様に化け物の腹部が膨らみ、泳ぐ様な突進が止まる。
一瞬もがく様に白い巨体が
消滅した化け物の跡には、徹が悠然と立っていた。その姿は先ほどとは異なり、手足にしめ縄と手甲を組み合わせた様な赤色の具足。衣服も空手の道着に似た白い服に、赤い胸当てと、燃える様な赤の装甲が各所に付属している。
今日の天気は晴れ時々化け物か、と徹は内心で苦笑する。
というのも 一匹目が潰えた見るや、十となく二十となく、無数にけたたましい音を立てながら、同様の化け物が車体を踏み潰し、徹の眼前に落下してきたのだ。いづれも上下の歯を打ち鳴らし、一秒でも早く喰らい付きたいと巨体を震わせる。
群れの先頭。二匹目は、先走る様に突進を開始。
車から車へと跳ねる様にして一気に間合いを詰めると、巨大な口腔を開く。その下顎に、徹は左手で牽制の掌打を入れ、次いで右から落雷の拳を叩き込んだ。
開いた口を強制的に閉じられ、頭から顎、トラックの荷台まで拳が貫通。潰れた饅頭となった化け物の頭から、拳が乱暴に引き抜かれる。
口元には獰猛な笑み。
倒れこむ様に、徹の身体が前に傾く。みし、と足裏の重さに荷台が歪み、同時に紅蓮の圧力が動くもの全ての時間を止めた。
トラックのタ車体が路面に突き刺さる様に大きく沈んだ。
徹は一蹴りで砲弾となって疾走。白い
哀れな三匹目は抜きざまの足刀で二つに裂かれ、続く四匹目も横肘の一撃で彼方へと吹き飛ぶ。五匹目の頭に左の手刀を叩き込み、同時に六匹目の腹に右拳が着弾。雪玉のごとく弾けたそれは、直後に消滅霧散する。
化け物たちは死を恐れない。どれだけ同類が殺されようと、無感動に無感情に進軍する。
決して揺るがない白い死神。
それを喰い千切り、赤い猛虎となって徹は吠えた。白と赤の圧力が陽炎の様に車列を焦がし、巨大な暴風となって渦を巻く。
右中段の拳が
これで三十、いや四十か。倒した敵を数えているうちに、化け物達が一箇所に集まりだした。白い身体が死体にたかる蛆の様に蠢いて、一つの方向へ伸びていく。
「お、今回はトンガリか。」
化け物達はの境目が消え、つるりとした白い球体に真っ赤な角が生えた大型の個体が出現する。
徹はこれをトンガリと呼んでいる。通常の個体よりも強度が高く、またスピードもある。いわば上位個体だ。
赤い角が徹の方へ向き、即座に突進。中世騎士のランスチャージを思わせる重さと速度。直線上にあった車は風穴が穿たれ車内をえぐり取られて、なお微動だにしない。
常識はずれの貫通力だ。
「破っ!!!」
大気が沸騰する程の気勢と共に、徹は右の正拳でそれに応じた。
迎え撃つ拳が角の頂点と拮抗し、点と点が刹那の剛体となって硬質な絶叫を撒き散らす。次の瞬間、拳の圧力に打ち負けて角の頂点から真っ直ぐに亀裂がは走る。大型個体の疾走が急停止。
赤色の剛拳が無慈悲に振り抜かれ、大型個体は砕け散った。一連の化け物達による攻勢もここに崩れ、なおも抵抗する残党は勝ち目ない突撃を開始する。
「降り出口 二㎞先」の標識が示す道は、半ばから崩れてそれ以上進むことは出来なかいため、残念無念と、徹は先程と同じ四車線の高速道路へと戻ってく来ていた。
どうやら化け物の大群は幾ら倒しても無限わきする様で、実を結ばない労働の対価には肩を落とすしかない。まさか化け物達の行為に責任者が居るわけでもあるまいて、不平不満を心に詰めたままジリジリと路面を焦がす太陽の元を歩き続ける。
「さて、次は何処に行くべきか?」
弱々しい言葉ともにふと顔を上げると、またぞろ青い標識が目に飛び込んできた。
標識の上の矢印は真っ直ぐに道の先を示し
「下諏訪 二十五㎞先」
天啓の様に、白い文字でそう書かれていた。
「諏訪…か。」
皇徹は、口の中でその響きをしばらく転がした。
諏訪といえば湖があった。そこでここまでの汗を落として、一息つくのもいいだろう。それから今後の方針を…
花を集めよ。
頭の中で声が響く。
「そうだな、早く集めなければ」
徹はウンウンと、頷きながら歩き出す。陽炎が遠く見える山並みを揺らして、手招きをしている。
「よし、まずは諏訪だ。そこで汗流してから花でも草でも集めよう!」
皇徹は歩き出す。人気の絶えた道の上を。
止んでいた蝉の大合唱が、いつのまにかまた鳴り始めていた。
乃木若葉の勇者覚醒が、2015年なのは博識な諸読者の皆様にとっては、親の誕生日よりも明白な事実だと思います。この作品は、その一年後の世界。2016年からスタートします。
スタンスは西暦勇者全員集合です。もちろん、沖縄と北海道の勇者も出します(予定)。
楽しみにしててください