ガッカリしてください! 作:((+_+))
その日はいつも通り、テントまで月夜が起こしにやってきた。
朝食を手渡しで受け取り、一緒に他愛ない話をしながら有り難くいただく。
そして一旦別れ、それぞれ着替えて女子寮前で待ち合わせる。
「~♪」
そう、今日は月夜と慎がそろって出かける日。
魔物と畏れられる子兎がお気に入りの歌を口ずさんでしまっているその浮かれ具合は、寮の生徒たちが思わずガン見してしまうほどである。
――あれは誰だ?天下五剣の魔物?え?ゑ??
そんな視線を無視し、いつもと違った服装を纏った月夜は嬉しさ半分緊張半分で集合場所へと赴く。
傍らには相変わらずメイド姿のエヴァが付き従っているが、月夜は彼女自身の要望によりいつもと印象が違うものになっていた。
なるべく大人っぽいのがいいです、ということで従者エヴァはかなり頭を悩ませた。
大人っぽいというが、そもそも彼女は文字通り子供である。故にあまり攻め過ぎると〝背伸びした子供〟になってしまう。
程々に、しかし確かな変化が必要とされた。
「………え、エヴァ、おかしくありませんか?」
「はいはい、それ何度目ですかお嬢?似合ってるって言ってるでしょ、大丈夫ですって」
「で、ですか……いえ、しかしですね」
「だー、もうこれ以上は余計なんですって。ほら、行きますよー」
「うぅぅ」
段々緊張が勝っていき、既に十回目を迎える質問を繰り返す。
緊張している理由の一つとして、いつも持っている模擬刀を持っていないというのも大きいだろう。
今日の月夜は遊ぶためにお出かけするのであり、物騒なものはエヴァがお預かりすることとなったのだ。
代わりに持っているのは真っ白な杖。所々に桃色のデザインが施されており、可愛らしい仕上がりになっている。
「お、おまたせ、しました……」
「ん、いやそんなに待っては………」
「………」
寮の出入り口を振り返った慎が言葉を失った。
彼としては、いつも通りの巫女服にツインテール、模擬刀という個性感あふれる姿を想像していた。
故に、今の彼女の格好は想像から大外れのものになった。
「へ、変でしょうか?」
何時も持っている模擬刀ではなく、可愛らしい杖は彼の奥底に根付いた恐怖感や危機感を失くし、落ち着いて月夜を観察することが出来た。
月夜は不安そうにしているが、純白のレースが付いたワンピースは彼女に酷く似合っている。ワンピースというのにも色々種類があるのは知っているが、レースがあしらわれ、少しふわっとしたワンピースは可愛らしく、同時に彼女の持ち前の儚さを前面に押し出しており、非常に似合っている。
少し低めに纏めた何時もとは違うローツインテールは子供っぽさが薄れ、大人とまではいかないものの彼女が
そして鍔の広い白い帽子もローツインと合っている。少し身長が高く思うのは、ヒールを履いているのだろう。目線が高くなり、顔が近くなったことで彼女の整った顔がよく見れるが、帽子でたまに表情が隠れ、それがどこかこちらの想像を掻き立てる要因となっていた。
「エヴァに頼んだのですが……」
「え、あ、うん。凄い、可愛い、よ?」
「そ、そうですか……ふふ」
正直、慎は今の月夜をどう表現すればいいのか分からなかった。
確かに可愛らしい、しかしそれだけではない。今まで幼女扱いしていた自分は何だったんだと思うほど、彼女を近くに感じていた。
嬉しそうに笑う彼女。その表情をもっとよく見たくて近くに寄る。瞳は合っても彼女と視線を同じにすることはない――でも、視線を合わせるというのは、勝手ながらに一体感を覚えてしまう。
珍しい姿というのもあり、思わずマジマジと見る慎と、彼の視線を嬉しく感じる月夜。
「コホン」
「「!」」
数分経ったところでエヴァの咳払いが入り、二人とも我に返った。
いや、別に我を忘れているつもりはなかったのだが、完全に意識から抜け落ちていた。
目の前で
「その辺にして、そろそろ出発しませんかい?」
「そ、そうですね。行きましょう」
「う、うん」
「んじゃ、行きましょうか」
揃って校門から外へ赴く三人。
本来は天下五剣が二人居ないと外に出られないのだが、月夜が我儘を通した結果、彼女の従者が一緒なら外に出てもいいことになっている。
特例中の特例と言っていいだろう。
その我儘の代償は、月夜というよりも慎が払うことになるのだがそれはまた別の話。
「そういえば、どこに行くの?」
「取り合えず街ですね。あそこなら色々ある、と聞いています」
月夜も実はこうして外に出歩くことは少ない。
入院生活が多かったうえに、私生活の殆どを修練に明け暮れていたから仕方がないともいう。
バスに乗り、暫く揺られ、そして――。
「はい、これ」
「え?」
唐突にエヴァから紙を渡された慎。
紙には注意事項と赤い文字で書かれ、月夜に関することが羅列されていた。
日が照っている場所には留まらず、出来るだけ日陰、出来れば涼しい、しかし寒すぎない場所を選ぶこと。
値段はどうでもいいが、あまり量を食べさせないこと。
刀を持っていないとはいえ、彼女の実力は一般人から逸脱しているため、何かあったら慎が対処すること。
等々エトセトラ。
なにこれ、とエヴァを見つめる慎。
「これから自分は少し離れて行動しますんで、お嬢の面倒を代わりに見てもらわないといけないんすよ」
「え、なんでです?」
「そりゃぁお嬢のためですから。……何より近くに居たら砂糖吐きそうで」
「「??」」
砂糖を吐く?
よく分からない言葉に首をかしげる二人。
まぁ月夜のことを想っての行動なら仕方がない、慎には拒否権がないし月夜は拒否する理由が特になかった。
「あぁそれとはぐれないように手を握っておいてくださいよ?お嬢が足音で聞き分けが出来るのは分かってますけど、坊ちゃんはそうじゃないんですから」
「え、て、手を?」
「……嫌ですか?」
なんでこの少女は嬉しそうに手を伸ばしているのだろうか、というのは野暮だ。
先の通り、慎に拒否権はない。何より、嬉しそうな彼女を落ち込ませる訳にはいかないだろう。
また泣かせたりしたら、今度こそ学校中の生徒にボコられてしまう。
「嫌じゃない、嫌じゃないよ」
「ん♪」
失礼します、と手を繋ぐと月夜が心底嬉しそうに微笑んだ。
エヴァはごちそーさまデスと一言告げて、少し離れた場所でお店を物色し始めた。
端から見ると一人で買い物しているように見えるが、こちらが動くと一定距離以上は離れないように付いてきた。
「……なるほど、こういう」
「あまり気にしない方がいいですよ。それにしても、街というのは沢山人が居るんですね……」
「あー、もしかして五月蠅い?」
「少し」
耳が良い彼女は自分の声だって他の人と違ったように聞こえている。
静かな口調でクールなイメージが強いのは、自分の声で自分の耳を傷めないように加減して喋っているというのもあるだろう。
「んー、どこ行こうか」
「どこでもいいですよ」
どこでも、というが月夜は目が見えない。それに耳が良過ぎるため、映画館に連れていったら彼女には衝撃が強すぎるだろう。
慎は月夜でも楽しめそうな場所を考えていくが、元々慎のための外出なのを忘れてしまっている。
彼は自然と彼女
「んじゃ、まずはベタにカラオケでもいこうか」
「からおけ、ですか」
「そ、歌を歌う場所」
「む、知識ではちゃんと知っていますよ。行くのは、初めてですが」
「僕も久しぶりだなぁ」
カラオケなら防音のため周りの音を気にしなくていいし、音量も自分たちで調整できる。
冷暖房完備で座れるし、詞を覚えていれば画面が見えずとも歌える。
何より、ヒールに慣れていない月夜を少し休ませてあげたかった彼は、ゆっくりとカラオケの場所まで案内した。
「いらっしゃいませー、お二人ですか?」
「えっと、はい。二人です」
「畏まりました。ただいまカップル割のキャンペーン中ですが、どうなされますか?」
「「か、カップルッ!?」」
店員さんにカップル割を勧められ顔を赤くさせたりもしながら、どうにかこうにかカラオケを堪能する二人。
聞き分けがうまい月夜らしく、やはり音程も完璧だったり、二人でデュエットしたりして健全に楽しむ二人と……。
「オレの歌を聴けぇぇぇええええ!!!!!」
ストレスを発散するが如く一人っきりの個室でメイドさんが歌いまくっていた。
次に二人が訪れたのはお高いレストラン、ではなくよく在るバーガーのチェーン店。
自分のメイドが作ったことはあるが、こういう一般のは食べたことが無いという月夜の興味によってえらばれた結果である。
「これが、ハンバーガーですか……」
「そうそう。袋を使って手を汚さないように持って、かぶりつく」
「か、かぶりつく……はむ」
意を決して一口食べた月夜。
本人は大きく口を開けたつもりなのだろうが、如何せん元が小さすぎてかぶりつくというより、か
意外とウケたようで、ちょっとずつ食べていく様子は正しく兎さん……。
「美味しい?」
「はい、単純ながらも万人に好かれるだけありますね」
「そいつは良かった……あぁほら、タレが手と頬についちゃってるよ?」
「んっ」
手拭きをとり、小さな月夜の掌と頬に付いたタレを拭っていく。
こんなか弱そうな手で、あんな刀捌きが出来ているのかと思わず感心してしまう。
対する月夜は大きな男の子の手を感じ、何故だか気恥ずかしくなってしまっていた。
拭われるという子供っぽいことをされたからかとも思ったが、優しい手つきは子供を甘やかすというよりも、繊細で壊れやすいものを扱うような、丁寧さを感じた。
「……何だか、マコ君が紳士です」
「へ?」
「いえ、何でもありません」
いつも紳士なつもりの慎が疑問符を浮かべるが、詳しいことは教えてあげない。
その
「矯正の道は険しく長そうですね……」
「え、なんで矯正??」
「ふふ、内緒です」
この日、この二人が居る時間にコーヒーを頼んだ人が大勢いたらしいが、関連性は謎である。
取り合えず、三杯頼んだメイドさんはご苦労様である。
その日最後に訪れたのは、海だった。
時期が少し早いということもあり、人はまばらで静かに繰り返している波の音がよく聞こえる。
「果てない大きく静かな音と、不思議な匂い……これが、海ですか」
「流石に未だ冷たいと思うから、入れないけど。ゆっくりするには丁度いいでしょ?」
「はい……細かい砂、何だかくすぐったいですね」
「これが全部貝殻なんだから、凄いよねぇ」
二人で隣に座り合い、のんびりとした時間を過ごす。
気付けば体力の少ない月夜は、慎に抱き着くようにして眠ってしまっていた。
「………」
段々日が落ちていく中、奇麗な夕日ではなく紅い日に照らされる目の前の少女へと視線はくぎ付けになっていた。
正直、慎は月夜にここまで好かれる理由が分かっていない。
彼としては普通に話しかけ、特技を見せてもらい、友達になったとはいえ卒業後は音信不通だった。
普通なら繋がりは薄れるだろうが、なぜか再開した彼女は友好度が振り切っていた。
「……」
小さな頭を優しく撫でる。
この関係性が何なのか、それだけはちょっとわかっている。
己の周囲に友達が少ない彼女と、友と自分の為に周りの人間からの評価を陥れた彼。
数少ない友人の為ならば何でもしそうな彼女と、友だと認めた者に過敏に反応する彼。
他にも細々したパーツが嵌って出来た、そう、これは――きっと依存だ。
「まいったなぁ」
そしてそれだけではない、というのも薄々感づいていた。
変なレッテルがーとか、年齢差がーとか、色々あった言い訳が崩れ始めているのを感じる。
理由はともあれ、ここまで想われて何も思わない奴はいないだろう。慎もその例に含まれていた。
何ならこのまま時間が止まったとして、彼は喜ぶだけという自覚があるほどに。
――同時に、躊躇が理性として働く。
彼女が自分を高く評価しすぎている、ということも感じていた。
雲耀の才能がとか、抜刀術を直々に教えるとか、この異常な特技も相まって慎自身を過大評価されている。
彼はあくまで不良やあっちの道の人にイラついた、ただの不良だ。
優しい友人がボロボロになって、それを受け入れるしかないという現状が気に入らなかった。
――もう少しでいいから、僕にガッカリしてください。
ヘタレと言われようが何と言われようが、そう思わずにはいられなかった。
何かは盲目とはよく言うが、慎の隣の少女は文字通りの天才である。
情報から予測し、正解を探し理解を深める彼女が、文字通り特別視している彼を読み違えることなどない。
多少フィルターが掛かっているのは認めるが、不良だというのも理解している。
しかし
周りの人に認められなくとも、周りに流されず自分を通していた彼。
そんな彼じゃなければ、きっと自分に話しかけることもなかっただろう。周りに合わせて、周りに流されるような人だったら、自分と出会っていない。
別に合わせたり流されたりすることが悪いことではない。でも、そうしなかったからこそ今の関係に辿り着いたのだ。
因幡月夜は今の関係が好きで、これからも近くに居たいと思っている。
その今とこれからに繋がっている
不良でいい、問題児でいい、矯正したっていい、彼が彼であるなら何でもいい。
――この人が、いい。
小さな体に暖かな想いを育む彼女は、温かな感覚を覚えて目を開く。
遅くなったから帰るのだろう、彼は月夜を背負って帰路についていた。
ゆっくり歩く彼が
月夜ちゃん達の休日回という名のデート回でした。
難産でした……時系列的に、2巻と3巻の間ということになります。
ワラビンピックの後に休日があったかは謎ですが、眠目編以降は怒涛で休日を挟む余裕がなさそうだったので、此処に入れ込みました。
予定ではこの話で終了、のつもりでしたが、もうちょっと書けそうなのでまだ続くのです。遅筆ですいません!