ガッカリしてください! 作:((+_+))
身体に違和感を感じていた。関節が軋み、動くだけで痛みが奔る。
呼吸が荒くなりながらも、どうにか人気の少ない屋上へとやってきた。
あの放送の時、全員が慎がいた校庭に向かったためだった。そして、その生徒たちも慎を自分たちの力で捕縛することは半ば諦めて居る。
「一息……つけ、そう……」
感覚もおかしくなっていた。此処まで来るのに、今の彼は数秒で辿り着いた。
しかし彼の体感時間はずっと鋭敏化されたままだったため、辿り着くのに数分は掛かったような錯覚を起こしていた。
(えっと、こういう時は鼻から深く吸って……はいて……落ち着いたら一定に……)
深呼吸をすることでその体感時間もどうにか普通に近づいていく。
これを極めればこの体質も段々掌握できるだろう、と言っていたのを思い出す。
コントロールとしてはまだまだ拙く、これもまた少し集中したり興奮すればスイッチが入るだろう。
(正直、面倒だとも思うけど……)
感覚が昂っていると、如何せん色々御座なりになりがちになる。
それはいけないことだと、先生は言った。その場その場に合わせた適当な呼吸をするだけでも身体に良いのだ、と。
――自分を大切にしなきゃ、ダメよ?
見かけ若々しい、というより幼い先生の言葉。
自分の状態とか結構
「ふぅ……ん?」
落ち着いてきたところで、校内放送が流れてきた。
放送の主はもちろん、ワラビンピックとやらを開催した五剣の人だ。
『新着情報じゃ!五剣二人を潜り抜けた転入生。いやはや大したものじゃの~。これはもしかすると、もしかするかもしれん!賭けを変えるなら今のうちじゃぞ~!』
「この声の人、人生楽しそうだなぁ……」
というか天下五剣とかいう偉い立場の人が賭博とか良いんだろうか?
この声の主に感じていた怒りが何だか呆れに変わりはじめ、笑みを浮かべる程度に余裕が戻ってきた慎は、疑問符を浮かべながら呼吸を整える。
「……?」
休憩も束の間、階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。
聴覚も視覚ほどではないが鋭くなっていたため、早めに聞き取れたそれに警戒する。
現れたのはメイド服を着た……因幡月夜の従者、エヴァさんだ。
「あれ?お嬢から聞いてたのより随分お元気そうじゃねぇですか?」
「ふぅ。エヴァさん、お久しぶりです。どうしたんですか?」
エヴァと慎は知らない間柄ではない。
エヴァにとって主人の始めての友人であり、慎にとって盲目の友人の大事な人だという理解がある。
そして因幡月夜という共通点を持つが故に、挨拶ついでにちょっとの会話程度は交わす仲だった。
「ん~?もしかして呼吸法?誰に教わったんで?」
「病院の先生ですよ」
「ほぉ、そりゃいい先生に巡り合ったんですね」
流石というべきだろうか、ほんの少し観察されただけで呼吸法を知ったことを分かられた。
まぁこちらが呼吸法を隠したりせず、治療の一環として使っているというのもあるだろうが。
「あぁそれより用事を済ませちまいましょうか」
「用事?」
「えぇ。それ以上の
「……えっと、つまり?」
嫌な予感がして、収まり始めていた警戒心が急速に大きくなりだしていた。
エヴァは月夜の従者。月夜の従者が、弱いはずはない。
「つまり、ちょいと眠ってくだせぇってことです」
「痛い眠らせ方はお断りです!!」
スカートから取り出された短い鎌を逆手に持ったエヴァ。
彼女の戦闘スタイルはよく知らないが、あの鎌……刃挽きされてる?されてるよね?
「あの、それ……それ刃挽きは?」
「あぁ流石に女子寮管理人として刃挽きはしましたけど、まぁあんま関係ねぇですね」
「でしょうね!」
刃挽きされた刀どころか、
実力は天下五剣と同じか、下手をすればそれ以上だと考えていいだろう。
そんな人が、
「――!!」
落ち着いていたタガが一気に外れ、世界が遅くなる。
ズンッとこちらが一歩下がろうとしたところに、エヴァはそれ以上の速度で突進を仕掛けてきた。
人間は後ろに下がるより前へ走る方が速いのは当たり前のことだ。
逃げられない、逃げるにしてもこの人を掻い潜って後ろの扉から脱出しなければいけない。
意を決して、振るわれる鎌を避けることに集中する。
(……なるほど、これは厄介でやがりますね)
エヴァの振るう鎌は変幻自在であり、鎌特有の刃の反りを利用した、普通の刀とは違う軌道で斬れる特異性が強みの一つだ。
そしてそれを避ける彼の動体視力もそうだが、それ以上に身体の方が問題だった。
(貰った資料よりずっと速いじゃねぇですか)
資料の更新は転入前、最後の診察のもの。だが彼の動きはそれ以上の速さになっていた。
人間の肉体は本来こんな急に、他人から見てわかるほど変わったりはしない。
だが慎の身体は、
このサイクルによって、更に身体が頑丈になっていくのだ。
しかも、命の危機を感じとって行われる働きは彼の身体から
見かけは細いのに、彼の骨密度や筋肉質はかなり高くなっている。細く、しなやかで頑丈。
こんな身体をもし武術や剣術に使うと――恐らく、かなりの工程を省略した特殊かつ迅速で強靭な
「末恐ろしい人でやがりますねぇ!」
「恐ろしいのはどっちですか!?それ、テカリ方からして何か塗ってるでしょ!?」
「あぁ気にしない気にしない」
「気にしますよ!!」
叫ぶ彼だが、エヴァは本当にこの薬に期待などしていなかった。
彼の代謝は普通ではなく、感覚も違っている。麻痺や睡眠の効果がちゃんと発揮されるか未知数なのだ。
下手な薬を使用すれば、彼のリミッターを壊しかねない事態に陥ってしまう。
(まぁ薬品使いとして、何よりお嬢の従者としてそんな不測の事態は起こすつもりはない……けど)
本当に厄介だとため息をつきたくなるエヴァ。
だが、従者である以上主人のオーダーには応えなければならない。
焦らず慎重に、しかし迅速に追い詰めていくエヴァ。
戦闘経験では不良や暴力組織を潰した慎も相当だが、年季という点で言えばエヴァの方に分がある。
それに年下の相手は得意だ。こう見えてエヴァは五人
「この」
「引っ掛かりやがりましたね」
慎が焦ってこちらの隙に手を伸ばしてくるが、それはフェイク。
ヒラリと躱すと、誘いに乗らされた慎を気絶させるため、体重のかかった脚を蹴り体勢を崩し、打ち込もうとしたが……。
「ッ」
「んな無理やり!?」
慎はそれに力技で対抗した。蹴ってきた脚を、逆に蹴り上げて見せたのだ。
本来なら勢いの乗った蹴りに対し、勢いゼロそれも重力に逆らって振り上げた蹴りが勝るはずはない。
だが、それを可能に出来るのが、彼の体質だった。
逆に体勢を崩され、急いで立て直すがもうそこに慎はいない。
「……マジっすか」
屋上から飛び降りた彼は、所々ある窓のふちなどのでっぱりや排水管を使って勢いを殺し、
追おうとしたところで、隣の中等部から、見知ったツインテールが走ってきている姿を遠目にだが、見かけた。
「……まぁ、これもお嬢のためってね」
少し考え、エヴァは歩いて追いかけることにした。
無事エヴァから逃れた慎だが、未だ警戒心を解いてはいなかった。
そもそもエヴァを抜けて扉から逃げようとしていた慎が、急に飛び降りなどという危険行為に走った理由がある。
(何だあの人、何なのこの学校!?)
扉の付近で待ち伏せをしていた、
そして降りるときに気づいた――2階以外全ての窓を
個性を潰すような同じ覆面に、こちらの動きを決定付けるための同タイミングの行動。生理的にゾッとした慎の警戒心は寧ろ急増していた。
(っていうか、あれってどう考えてもリーダーがいて、そのリーダーの命令で2階以外の窓を閉めてたよね?)
そう、これはどう考えても……誘導されている。
二階に人が見当たらないのは覆面武装女子によって人が排除されたからだろう。
そしてそんな大掛かりなことが出来るような人物は、天下五剣くらいなもの。
天下五剣が実力者であり、それを慕っているものがいるのは分かっているつもりだったが、こんな組織だった動きが出来るなんて予想外だ。
「取り合えず離脱しないと拙い……」
「どこにも逃げ場はないよ~?」
「ッ」
どこか間延びした声に驚き振り返る。
そこにいたのは、翡翠色の長髪の女子高生。
美少女なのだが、その手に握っている刀が甘く見ることを許さない。
どうやら走り過ぎた教室から出てきたらしい。
「思ったより速いんだねぇ。ちょっとタイミングずれちゃったよぉ~」
「………」
「あ、なんで後ずさるかな~?私まだ何もしてないよぉ?」
二パッと笑顔を浮かべる彼女だが、抜身の刀があるせいで全然和めない。
そして何より現状、この人があの覆面武装女子を動かしていただろう。何のつもりか知らないが、これ以上五剣とやり合うのは御免だ。
「ふーん……貴方、随分怖がりなんだね~~なっさけなーい」
「……」
随分安い挑発だ。不良たちとどっこいどっこいといった所か。
何せずっと逃げ回っているのだから、そこくらいしか挑発できるポイントがないのだろう。
「それだけの力があるならもっと色々できるだろうに、なんでしないの?」
「………」
「アハハ、ダメかー。どうしよっかなぁー。話のタネが流石にないな~。ねぇ、キミはさー」
無言を通していると、諦めたようにそっぽを向いた。
そのまま会話を続けている彼女だが、気にせず下がって逃げようとする。
――瞬間、刃がこちらに突き込まれた。
「ッ!?!?」
「おろ?」
避けれたのは半分偶然だった。
視線を少しでも外した瞬間に大きく一歩下がったのが幸いし、掠る程度に収まった。
だがこの人、そっぽ向いて斬りかかれるとは……初めての経験である。
(視線は別の方を向いてたけど、よそ見してたわけじゃない……視野が広いんだ)
視野の重要さはよく知っている。
本能的恐怖心による察知能力で回避するのが慎の得意分野だが、それ故に視界に入っている物への反応は過剰ともいえるほどだ。
防衛本能と恐怖心によって慎自身視野が広がっている自覚があり、そのおかげで何度命拾いしたか……これでプラス一回である。
だが、この人は慎以上の視野を持っている。
人間の視野限界は200度だと言われているが、恐らく限界いっぱいいっぱいか、下手をすれば少しは
「……貴女、天下五剣の人ですね」
「そうだよ~。
「眠目さん、ですか。僕、戦うのとか好きじゃないんで、引いてもらえませんか?」
もし限界を超えているのであれば、この人は同類かもしれない、と少し思った慎。
そうじゃなくとも話しかけながら、殺気も闘気も出さずに斬りかかる
少なくとも、自分同様何か大事なモノが外れている、そんな気がした。
「それはダメ~~」
「ですよね」
天下五剣と言われるのは、相応の実力があるからだ。
そしてその実力を知られているだけではなく、組織を率いている人は相応の
もしくは威圧、もしくは恐怖、もしくは――なんでもいい、舐められない理由というモノが求められる。
(あぁどうしよう、ヤのつく人を思い出してしょうがない……)
思い出しながら彼女の刃を対処する。
視線を気にしても無駄だとわかったため、警戒するのは刃そのもの。あとは彼女の体の動きだろう。
身体能力が異常な慎は
眠目さとりの『観の目』は流石という他ない。
人体の限界をこじ開けている慎の異常な動きを、見事察知して斬りかかってくる。出鱈目ならば、そういう風に見越して、彼女自身の動きにあり得ない緩急を加えているのだ。
その
慎にとって先に戦った三人の誰よりも、この目の前の少女が一番厄介だった。
「アハハ、凄い凄い、どうやったらそんな動きになるの~~?」
「殆ど力技なので何とも……貴女こそ、やりにくいったらないですよ!」
時折危ない太刀筋があり、そういったものは無理やり蹴りはらっていく。
避け避け、蹴ってまた避ける。段々動きは通常のものから外れていき、壁や天井、床すれすれを沿うように――。
「アハハ、なにそれ~?」
「……」
またもや無言になる慎だが、もう彼には喋る暇がない。
彼にとって流れる時間は眠目さとりと同じではなくなっていたからだ。彼女が一言喋る間に、慎は十以上の思考を終わらせる。
今慎が彼女と喋ろうとしても、会話はずれていくばかりだろう。
それを知ってか知らずか、眠目さとりはおかしそうに……事実おかしく、笑った。
「動物、ううん、獣みたいだね~?それが貴方の戦闘スタイルなのかなぁ?」
「…………」
天井や壁、床を全部使うためには、二本の足では足りない。
慎は自然と両手を床に着けるなどして使うようになり、まるで四足動物のような動きへと変貌していった。
「ふふふ、どうしよこんなに予測外の動きは初めてだよぉ~~!」
言いながら、それでもこちらを逃がさない剣筋はやはり異常。
彼女の観の目がどれだけ卓越したのもなのか、もはや数秒先の未来予知ともいえるかもしれない。
となると、これでは駄目だ。足りない、彼女から逃げるにはもう一工夫必要になる。
――瞬光と言います。一瞬三斬と言って、抜き放って合計三回斬り裂いてるんです。
足りないと感じた瞬間、思い出したのは一人の少女の言葉。
何時だったか、あの剣閃の詳細を教えてくれた時のことだ。
あの子は意外と人との触れ合いが大好きだ。中でもお喋りが好きらしく、色々話してくれた。
そう、瞬光は不可視の斬撃。それだけでも驚きなのに、彼女は――不可視の速度で動けるのだ。
――雲耀の説明は、少し難しいですけど……そうですね、簡単に言うと重心を体の外に持ってきて、それから――――
説明している彼女の姿が脳裏を過る。
それが砕けていっている身体が
「――」
二足での雲耀を四足で行うなど前代未聞だろう。
事実、きっともう一度やるにはまたギリギリの状態にならないと出来ないという自覚があった。
火事場の馬鹿力、限界を超えた再現
「アハ、凄いねぇ~……見えなかったぁ」
背後で崩れ落ちる眠目。
別に難しいことはしていない。鬼瓦輪の時同様、脳を揺らしただけである。
違う点と言えば、あの時と違って威力が増している上、不可視の移動を用いた高速打撃だったということだろう。
眠目さとりは崩れ落ちたまま気絶した。それを確認し、先へ進む。
「………ふぅ。さて、と」
今の攻防で腕がいかれ始めた慎だが、気にせず解すように肩を回す。解すどころか、ゴリゴリと異音の錯覚を感じるほど違和感が慎を襲った。
しかしやはり気にせず、その眼は踊り場付近にある一枚の紙きれにとまった。
それは高等部の見取り図。
貼ってあったのは偶然ではない。『ココだよ♪』という女の子らしい小さく丸い字で書かれた文字と矢印が、放送室を指していた。
(初めから負けるつもりだった、のかな、あの人?)
思えば最初に出てきたとき、問答無用で襲ってもよかったのだ。
喋りながら斬りかかることを良しとするなら、それこそ不意打ちだっていいだろう。
騒ぎを収めるという点で言えばそれで一発で仕留め、しかも報酬迄もらえるというのに。
(行動理由が全く分かんない……とも言えないなぁ)
なんとなく、自分でもこうしたと慎は思った。
だってそうだろう。此処まで大騒ぎにしておいて、その張本人が
特に眠目さとりの様な人を率いる方の人間が体よく扱われるなんて、プライドに触るはずだ。
まぁ、もしかしたら慎を軽くノした後、報酬で何かするつもりだったかもしれないが。
「先輩だか何だか知らないけど、一言文句言わないと」
誰の陰謀だろうと知ったことではない。
やりたいことをやる、それが稲津慎の本質であり、こんなところに転入してきた根本的理由である。
さしあたって今やりたいことと言えば、因幡月夜の言っていた内容の撤回と……騒ぎを極大化してくれた人へ、拳骨の一発でもくれてやりたかった。
腕がいかれ始めてるから威力は大したことないだろうし、別にいいだろう……なんて考えている慎だが、いかれててもその威力は常人を逸しているという自覚はない。
「おっじゃましまーっす!」
「な!?」「ちょ」「キ!?」
身体の痛みを必死に胡麻化そうとする脳内麻薬と、なんだかんだ強者と戦ってきた慎は割と上機嫌に放送室の扉を蹴り開いた。
なお、扉の前に三人ほど女子生徒がいたが、彼女たちは慎の存在を知覚したのは扉を蹴り開く瞬間だった。
武装少女の動体視力が追い付けない速力と、何より異常な移動手段。彼が今どれだけおかしな状態か、これだけでも察せるというモノ。
そんな異常な彼が放送室に入る……そして、ポカンと呆けてしまった。
「お、もう来たのか。速かったのぉ」
「………え?」
薄ら笑いを浮かべながら蹴り入ったというのに、そんな昂りも引っ込めてしまうほど驚いていた。
放送室にいたのは偉そうにふんぞり返っている金髪の少女……見かけ中学生ほどだが、着ているのは高等部のソレ。
そんな小柄な少女と………――そのすぐ側に寄り添うように
「く、熊ぁ!?」
彼の
回復能力が異常な彼だからこそ、こんな長期で戦えているが、それでもこの連戦で大分疲れていた。
詰まる所、そろそろ限界なのだが……目の前にいる存在はまだまだ休ませてくれそうにはなかった。
遠山先生は武装少女の前作に出てくるある人物です。
次の出番は未定。下手をすればこれっきりかも?
そして過去編が思ったより長引いてます……今話で終わるつもりだったんですが、こんなはずでは……すみません、もう少し過去編続きます。多分、次で、終わる、筈(フラグ?