あの時の内容となります。
それはとある日。
山打紗和が、親友の時崎狂三ととある約束をしたその帰り道。
狂三は用事を済ませてから紗和の家に来るとのことで、一人帰宅を急いでいた。
そんな紗和の眼前に、何の前触れもなく突然、黒く幼い少女が姿を現した。
「きゃっ!?」
いきなり現れた少女に驚いた紗和は、その場で尻餅を突く。
それからその状態のままゆっくりと顔を上げて、その少女を見て更に驚く。
それはただの少女ではなかったからだ。
『闇』そのものがそこにあるかのような、真っ黒い長髪と深淵が覗く黒い瞳。
『闇』を纏ったかのような真っ黒いドレスを着ており。
その背には『闇』の如く真っ黒い六対十二枚の『翼』を広げていた。
この世のものとは到底思えない少女を前に、紗和の体は金縛りにあったかのように動けず、ただただ恐怖に支配されていった。
恐怖で声も出せず、唯一動かせる眼球で少女から目を離さないように努める。
その少女は無言で紗和を見下ろしていると、不意に口を開き告げた。
「ヤマウチサワ。悪いけど君には死んでもらうんだよ」
「……え?」
少女の口から発せられた突然の死刑宣告。
紗和は意味が分からないと思うも、体はいうことを効かずに動けないままだった。
そんな紗和に向けて、少女が虚空から『闇の枝』を出現させて、その鋭い『枝』で紗和の胸を貫こうとする。
抵抗も、逃亡も許されない最悪の状況の中、紗和は死を覚悟し目を閉じた――その時。
「――〈
聞いた事のない声と、知らない単語が紗和の耳に響いてくると。
目を開けると、紗和の胸を貫こうとしていた『闇の枝』は、真横から伸びてきた『光の枝』が打ち払った。
更にその者の攻撃は続いていたらしく、地面から『光の根』が生えたかと思うと、少女の腹部を強打し彼方へと撥ね飛ばした。
「………………」
あまりにも現実離れした光景を目撃し、紗和が唖然としていると。
「――大丈夫?」
「きゃっ!?」
後ろから急に声をかけられてビクッとして声を上げる紗和。
振り返るとそこには、銀色の長髪と原初の光を思わせる白銀の瞳を持つ少女がいた。
『光』を纏ったかのような真っ白いドレスを着ていて、天使あるいは女神を思わせた。
まるであの黒い少女とは対称的な存在だった。
その白銀の少女が差し伸べてくれた手を掴み、紗和は立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。危ないところを助けていただいて」
「お礼は不要だ。アレについては私もどうにかしないといけないと思っているからね」
「アレ、とは……先ほどの子のことですか?」
紗和が聞き返すと、白銀の少女は、ああ、と頷いて答えた。
「アレは最も危険な怪物だよ。どの精霊よりも凶悪かつ決して遭遇してはならないモノさ」
「……精霊?」
「ああ。精霊――世界を殺す、怪物だよ」
「――――――っ!?」
絶句する紗和。
世界を殺す怪物。
それを精霊と呼び。
紗和が遭遇したアレは、精霊の中でもとびきり危険なモノだった。
白銀の少女が間に合わなかったら、今頃死んでいると思うとゾッと背筋が凍りつく感覚がした。
紗和はふと白銀の少女を見つめ訊いた。
「えっと……貴女の名前は?」
「……ん。私は――」
そこで白銀の少女の言葉が途切れることとなる。
何故なら、紗和の胸元から、禍々しい『闇の枝』が生えていたのだから。
「……………………ぇ?」
紗和は自分の胸元から生えた、自分の血で赤く濡れた『闇の枝』に触れる。
途端、紗和は後ろから鋭い『枝』に胸を貫かれたことを理解し、口元から大量の血が溢れ出て、かはっ、と喀血した。
「――〈
紗和の背後から知らない単語を口にした漆黒の少女が現れる。
漆黒の少女が右手を振ると、紗和の胸を貫いていた『闇の枝』が消える。
瞬間、紗和の背中と胸元から夥しい量の血が噴き出す。
立っていられなくなった紗和の体は後ろに倒れ落ちる。
「…………ぁ、」
意識朦朧、霞む視界の中、紗和は漆黒の少女の顔を見上げると。
その漆黒の少女の顔は――悲しげな表情をしていた。
更に漆黒の少女がしゃがみ込んできて、紗和の耳元でこう囁いてきた。
「――ごめんね」
漆黒の少女は、紗和に謝罪の言葉を残して空間に溶けるように消えていった。
どういうこと?
どうして私を殺そうしたのに。
私に謝ったの?
どうしてそんな顔をしたの?
分からないよ……貴女は一体――
そこで紗和の意識が途絶えた。
ザザザザッ
ノイズが走り、紗和視点が切り替わる。
この視点は、おそらく漆黒の少女のものか。
映るのは、顔を真っ青にした白銀の少女。
白銀の少女――崇宮澪にとって、あの出来事はトラウマだった。
愛しい少年――崇宮真士が凶弾に斃れた時と。
紗和が胸を貫かれた光景が重なってしまったのだ。
澪はその場で膝を突き、今にも命の灯火が消えてしまいそうな紗和を虚ろな目で見つめる。
このままではこの少女は助からない。
助ける方法は、一つしかない。
澪は右手を紗和に翳す。
すると彼女の手から赤い宝石のような物が現れ、紗和の胸に吸い込まれていった。
ドクンッと大きく脈を打つ。
突如、紗和の目が開き、激痛に苦しみ始めた。
「あ――ああああああああ――――――ッ!!!」
全身を痙攣させながら絶叫を上げる紗和。
それから数秒後、紗和の全身が燃え上がり、その姿は人とは思えないおぞましいものへと変貌してしまった。
紗和を異形な怪物へと変えてしまった澪は、申し訳なさそうな表情を見せていた。
ザザザザッ
再びノイズが走り、漆黒の少女の視点は切り替わる。
炎の怪物へと変貌してしまった紗和のものだろう。
全てが炎のように真っ赤に染まった視界で、紗和は自分のものとは思えない異形な両手を見て、声にならない悲鳴を上げる。
「――――ッ!!?――――――ッ!??」
死にかけて気を失ったところまでしか記憶が無い紗和は、どうしてこんな怪物みたいな姿に変わってしまったのか理解不能だった。
全身が燃えるように熱い。
全身が軋み悲鳴を上げているような激痛。
一歩踏み出す度に周囲に炎を撒き散らしては焼き尽くす怪物。
紗和は自分のあまりにも醜い姿に絶望し、早くこの苦しみから解放されたいと思っていた。
そんな紗和の視界に、予想外の人物が映り込んだ。
それは紗和にとってとても大切な親友――時崎狂三だった。
「――――――ァ」
その時、紗和は怪物になってから初めて声のようなものを出せた気がした。
ああ、助かった。
狂三さん、私だよ!
凄く辛いの、助けて!
しかしそんな紗和の思いは虚しく――ダァン!という銃声音と共に紗和の左腕を弾丸が撃ち抜いた。
「――――――?」
紗和は撃ち抜かれた左腕を見つめて驚く。
どうして?
どうして私を撃ったの?
狂三さん?
真っ赤な視界で狂三を見つめる紗和。
狂三は冷たい眼差しで銃を紗和に向けて来るだけだ。
彼女のその眼差しに貫かれて、紗和は思わず怯む。
その隙に狂三が両の手に持つ銃を構えて、紗和に畳かけようとしたその時。
「その子は殺させないよ、トキサキクルミ」
紗和を守るように虚空から突如として現れた漆黒の少女が、『闇の枝』――〈
狂三は一瞬驚くも、特徴的な容姿の漆黒の少女を見て、怒りの形相で叫んだ。
「お前は――〈ルシファー〉ッ!!」
狂三はその怒りと共に自分のこめかみに銃口を突きつけて撃つ。
「〈
加速する狂三が漆黒の少女――〈ルシファー〉に突貫する。
〈ルシファー〉は狂三に右手を翳して告げる。
「君が使用したのは――【
そしてその瞬間――狂三の体は突貫した体勢で『停止』した。
その力に、澪が戦慄する。
〈ルシファー〉の操る『闇の枝』――〈
澪の操る『光の枝』――〈
やはり〈ルシファー〉を倒せるのは澪だけかもしれない。
自らの『時間停止』を食らったように動けない狂三に向かって、〈ルシファー〉は〈
これから無防備の狂三を殺そうとしているのだ。
それを見た紗和は、頭より先に体が動いていた。
「アアアアアアアア――――ッ!!!」
絶叫と共に燃え盛る右腕を振るって〈ルシファー〉を背後から襲った。
びっくりするほどあっさり紗和に押さえ付けられる〈ルシファー〉。
紗和もそれを不可解に思いながらもこのまま〈ルシファー〉を焼き尽くそうとするが、そっちは彼女に通用しないようだった。
無抵抗の〈ルシファー〉とそれを押さえ付け続ける紗和。
そんな紗和を、二発の弾丸が右肩と左脇腹を撃ち抜いた。
「――――――――ッ!!?」
この二発の弾丸を放ったのは、見るまでもなく狂三のものだと分かった。
なんで、どうして?
私は、狂三さんを守ろうとしただけなのに!
……私が化け物になっちゃってるから?
紗和は真っ赤に染まった視界で狂三を見上げる。
狂三も炎の怪物が自分を〈ルシファー〉から守ろうとしてくれた意味が分からないといった調子で見つめ返していた。
だが優先すべきはあの炎の怪物ではなく、〈ルシファー〉を――
「(……ッ!〈ルシファー〉がいない!?)」
狂三は〈ルシファー〉を見失って舌打ちする。
だがその刹那、背後に何者かの気配を感じ振り返ると、〈ルシファー〉がいた。
「……しまっ!?」
狂三に向かって〈
殺られる、そう思った時。
「――〈
澪の〈
「大丈夫かい、狂三?アレは私が押さえておくから、そっちは頼んだよ」
「……澪さん。しかし、」
「アレは君の手には余る精霊だ。君がこの精霊に抱く感情も分からなくないが、すまない……足でまといだよ」
「……く、」
澪に足でまといと言われて、悔しそうに顔を歪める狂三。
だがこれまでの〈ルシファー〉との戦闘で大敗を喫している狂三は、澪に委ねるしかなかった。
「分かりましたわ。澪さん、どうかお気を付けて」
「ああ。狂三もね」
狂三と澪は二人頷くと、澪はこのまま〈ルシファー〉の相手をし、狂三は炎の怪物の下へと降り立った。
銃を――〈
ああ、もう、分かり合えないんだね。
私は怪物らしく狂三さんを襲い。
狂三さんに討たれる以外に道はないのかな?
だが狂三は炎の怪物が紗和だとは全く気づいていないらしく、彼女を仕留めるつもりだ。
紗和は、泣きそうになりながらも声にならない悲痛の声を上げながら狂三に襲いかかった。
それを狂三が冷静な眼差しで見つめ返すと、〈
ダァン、ダァン、ダァン、ダァン、ダァン!
全部で五発、紗和の両腕と両脚、胸元を撃ち抜いた。
紗和の動きが止まり、その場に倒れ伏す。
これで、これでいいんだ。
だけど、最後に、最期に。
貴女に、私の親友に、狂三さんに、触れたい。
燼のような腕を狂三に向かって伸ばし――ダァン!
「――ク――――ミ――サ、」
「……え?」
狂三が炎の怪物の頭を撃ち抜いた瞬間、自分の名前を呼ぶような気がした。
それきり動かなくなった炎の怪物に、どうしてか狂三はいたたまれない気持ちになるのだった。
………………。
紗和は、炎の怪物となった自分と、それを討った狂三を見下ろしていた。
体は透けているのか、誰にも見えていないようだった。
されもそのはず、紗和は先程凶弾に倒れて死んでしまったのだから。
…………狂三さん。
結局、最後まで狂三は炎の怪物の正体が紗和だと気付くことはなかった。
だけどどこか、狂三の様子がおかしいような気がした。
最期に狂三の名を呼んだのが効いたのかもしれない。
私は、このまま天国に行くのかな……。
悪いことはしてないし、地獄には行かないよね?
などと冗談を呟いていると。
――ごめんね。
誰かが紗和に向けて謝罪の言葉を述べていた。
その声は、〈ルシファー〉のものと酷似――否、一致していた。
〈ルシファー〉の声は続けて紗和に言ってきた。
やり方を変えても、変えられなかった……ごめんね。
そう言って再び〈ルシファー〉の声が謝罪する。
やり方を変えても変えられなかった?
一体何を言ってるのだろうか。
だけど絶対に変えてみせるから。
そんな〈ルシファー〉の真剣味を帯びた声が聞こえてきて。
最後にこう残していた。
だから隣界で待ってて、必ず迎えに行くからね――ヤマウチサワ。
それを聞いた後、紗和の意識が完全に途絶えたのだった。
その後、隣界に落ちた紗和は反転した狂三と出会い、体は反転した狂三で魂は山打紗和という
そして紗和の記憶から完全に消えていた時に〈ルシファー〉が――崇宮澪真が迎えに来るのはこれより未来の話である。
〈
原作ではウェスト何某さんが使ってた魔王の一つ。
能力が〈
狂三が『加速』を使ったはずが、『時間停止』に書き換えられたというようなもの。
バッドエンド回で登場した澪真の虚無の魔王〈
原作と違って山打紗和が暴走せずに姿こそ怪物であれど自我を保っていたのは、〈
次回 紗和フレンドⅢ
紗和が体験したあの時を見た狂三と紗和。
〈ルシファー〉――崇宮澪真の不可解の言動と、彼女の真の目的とは一体何なのか。