デート・ア・ライブ 未来からの来訪者   作:問題児愛

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デアラ5期、とうとう終わってしまいましたね⋯
私は視聴こそまだですが、Xに流れてきたものを眺めて続編を匂わせそうな終わり方してるようですねえ
果たして残りの『十香ワールド』と『十香グッドエンド上下』の話をやって頂けるのかどうか⋯私は期待してます!

十七話が途中だったけれど、デアラ5期完結を記念してこちらを書かせていただきました!
このSSでは未登場のキャラが出てきてしまいますが、大目に見ていただければ幸いです。
アニメ未登場の権能が登場しますので、ネタバレ注意です。


澪真トゥルーエンド Ⅰ

「じゃあ、行ってくるね母様、父様。――未来を創り変えに」

 

「うん。並行世界(あっち)の私をよろしくね、澪真」

 

「⋯⋯ああ。けど無茶はするなよ?」

 

心配する士道に、父様は心配性だなあと苦笑いを浮かべる澪真。

並行世界(あっち)――士道が〈刻々帝(ザフキエル)〉の能力の一つ、【六の弾(ヴァヴ)】を使ってやり直したこことは別の世界。

崇宮澪真は今からそこへ向かおうとしていた。

並行世界(あっち)へ向かう術を澪真は持っていなかった。

正確にはあるのだが、如何せん()()()な為、その権能を十全に振るうことが不可能だった。

だが残留思念(少女達)のお陰でその問題は解決できた。

崇宮澪の無の天使〈   (アイン)〉によって消滅させられるはずだった夜刀神十香を救うことによって。

そして――

 

「トオカ」

 

「う、うむ!」

 

同性でもその行為は恥ずかしいのか、十香は頬を朱に染める。

一方の澪真は、羞恥の欠片もないのか十香に微笑むと、その唇を十香の唇に重ねた。

瞬間――澪真の身体の中に温かいものが流れ込んで来るのを感じ取る。

それは十香の霊力で、彼女と経路(パス)を繋いだことで得られた。

これにより足りなかった十香の霊力(ピース)が揃い、澪真は今まで不完全だったその天使の名を呼ぶ。

 

「――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!」

 

剣の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。

不完全だったはずのその天使は、ここに完全な力を取り戻した。

これで〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の権能を十全に発揮することができる。

――()()()()()()()()()()()という権能を。

あらゆる条理、概念、そして()()()()()()()をも切り裂ける権能を。

それはつまり、この世界と並行世界(あっち)との境界()を切り裂けるということだった。

 

「――はぁッ!」

 

裂帛の気合いと共に、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り下ろす澪真。

すると空間を切り裂き――三日月状の『傷』が虚空に生じた。

この世界の綻びは、並行世界(あっち)に通ずる扉。

向かう先は、並行世界(あっち)の澪が消滅する前の時間軸――二月一九日。

澪真はこの世界に別れを告げ、並行世界(あっち)へと身を躍らさた。

 

 

 

 

 

並行世界に辿り着いた澪真。

そんな彼女の目に飛び込んできたもの。

空に浮いている、漆黒の『闇』を纏ったくすんだアッシュブロンドの髪の男――サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。

彼の背後には、天を掴むように『枝』を、地を浚うように『根』を伸ばした漆黒の大樹。

枯木のように朽ち果てた表皮と、それに反するように漲った瘴気。

 

「さあ、世界を創ろうか、〈永劫瘴獄(ベリアル)〉」

 

ウェストコットは恍惚とした表情で、その魔王の名を呼ぶ。

瞬間、漆黒の大樹が胎動するように蠢き、その『枝』を天に、『根』を地に伸ばし始めた。

それと同時、大樹を中心として『闇』のような空間が、もう一つの『隣界』が世界に広がっていく。

あらゆる条理を書き換える法の魔王〈永劫瘴獄(ベリアル)〉。

世界を上書きする、それがウェストコットの望みであり〈永劫瘴獄(ベリアル)〉はその願いを叶えることができる魔王だった。

 

「――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉!」

 

瞬間、澪の背後に浮遊していた繭が展開し、『光』の大樹〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉へと変貌する。

輪廻楽園(アイン・ソフ)〉はその『光』の『枝』と『根』を広げると、『闇』の大樹〈永劫瘴獄(ベリアル)〉の『闇』の『枝』と『根』を抑え込むように絡みつかせた。

輪廻楽園(アイン・ソフ)〉と〈永劫瘴獄(ベリアル)〉が絡み合い、辺り一帯を巨大な鳥籠のように覆う。

双方が展開しようとする世界同士がぶつかり合い、周囲をノイズのような景色に染め上げた。

どうやら残された時間はあまりないようだった。

その光景を見ていた澪真は、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を持つ手に力を込める。

 

 

残り数十分あるかないかのわずかな時間で、崇宮澪(母様)は消滅してしまう。

それを回避するにはどうすればいい?

母様の代わりに、ウェストコットと相討ちになる?

わたしはそれでも構わないけれど、それだと母様は愛しい崇宮真士(カレ)と再会する機会を永遠に失うことになってしまう。

だけど母様とウェストコットが相討ちになってしまうのは、五河士道(父様)が望まない。

一体どうすれば――

 

 

ふと、澪真は自分の唇を指でなぞった。

十香とキスをすることで、経路(パス)を繋ぐことができる。

そしてもう一つ、澪真には士道と同じ力を持っていた。

それは――()()()()()()()

霊力を、封印する能力を。

だが、

 

 

ウェストコットの霊力を、わたしに封印できるの?

だって彼が恋したのは、わたしの母様。

わたしでは不可能なのでは――

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いや、できるかも、しれない。

わたしは崇宮澪(母様)五河士道(父様)、二つの霊力から生まれた存在。

精霊とは似て非なるもの――()()()()

刻々帝(ザフキエル)〉――【六の弾(ヴァヴ)】の能力で意識を過去に飛ばし、意識無き抜け殻と成り果てた五河士道(父様)に、泣きながら別れのキスをする崇宮澪(母様)

〝幸せになりたかった〟、崇宮澪(母様)のその願いを叶えるかのように、わたしは生まれた。

わたしは崇宮澪(〈デウス〉)にもっとも近き存在にして、似て非なるもの――崇宮澪真(〈デミウルゴス〉)

『光』の(デウス)崇宮澪(母様)と、『闇』の邪神(デミウルゴス)崇宮澪真(わたし)

崇宮澪(希望)崇宮澪真(絶望)

三〇年前の(絶望)とも似て非なるもの(絶望)

僥倖なことに、ウェストコットが好む属性は――『絶望(クリフォト)』。

うん、これならできる。

絶望(わたし)なら、ウェストコットの霊力を封印できる。

 

 

澪真の姿に異変が起こる。

否、本来の姿に戻る、といった方が適当か。

澪と士道の中間色だった澪真の髪色が、深淵(アビス)の如き漆黒に染まる。

原初の『光』の如き瞳と、『光』の霊装(ドレス)も、『闇』に染まる。

そして握っていた剣の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉も、剣の魔王〈暴虐公(ナヘマー)〉へと変貌する。

 

 

これで母様が消滅する未来から救うことができる。

けれど、母様を救うことができても、母様を幸せにすることはできない。

母様を()()()()で救うには、崇宮真士(カレ)を取り戻さないと実現は不可能。

でも母様ができなかったように、わたしにも崇宮真士(カレ)を甦らせることはできない。

わたしの生の魔王〈永劫祭壇(ルシファー)〉にできることは精々、崇宮真士(本物)に似て非なるもの――崇宮真士(偽物)生み出す(創り出す)ことしかできないのだから。

これじゃあ母様が作り直した五河士道(父様)と何も変わらない。

創り直すにしても、崇宮真士(本物)基盤(ベース)にしなければ意味がない。

けれど崇宮真士(本物)は三〇年前に死んでしまって、会うことすら叶わない。

一体どうすれば――

 

 

と、澪真は右手にある剣の魔王〈暴虐公(ナヘマー)〉に目をやる。

十香の反転体が有する魔王だ。

つまり剣の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と表裏一体の権能を有するはずなのだ。

――見えざるものを切り裂く、その権能が。

 

 

⋯⋯!そうか、この魔王の権能ならば、本来不可能なことも可能にできる。

暴虐公(ナヘマー)〉でも同じことができるのなら、わたしは崇宮真士(本物)に会うことが可能だ。

⋯⋯うん、絶対に、絶対に成し遂げてみせよう。

誰もが幸せになれる、そんな最高にご都合主義な幸福な未来(ハッピーエンド)を創ろうじゃあないか。

 

 

澪真は〈暴虐公(ナヘマー)〉を振り下ろす。

そして――()()()()()を切り裂いた。

澪真は新たに虚空に作った三日月状の『傷』の中へとその身を躍らせる。

そこは、真っ白い世界だった。

何も無い、『無』の空間。

その何も無い『無』の世界に――〝ソレ〟はいた。

〝ソレ〟も澪真の気配に気づいたのか、振り返ってきた。

 

 

『⋯⋯え?君、は⋯⋯?』

 

『――()()

 

『⋯⋯!?澪⋯⋯なの、か?』

 

『ううん、違うよ。ごめんね、タカミヤシンジ。君の愛しいタカミヤミオじゃなくて。ただ、わたしの中にはミオの想いがあるから、つい君をそう呼んでしまったみたい』

 

『⋯⋯?それは一体、どういう意味なんだ?』

 

『それは⋯⋯内緒さ。わたしが君に会いに来た理由は、他にあるからね』

 

澪真はそう言って、崇宮真士に向けて右手を差し出す。

真士は、不可解とばかりに顔を顰めて澪真を見つめ返した。

 

『シンジ、君には二つの選択肢がある』

 

『二つの⋯⋯選択肢?』

 

『うん。この真っ白い世界で、死後の世界でミオと永遠の刻を過ごす未来と――』

 

『⋯⋯え?澪が、死んじまう、のか?』

 

『そうだよ、シンジ。このままではミオには、ウェストコットと対消滅する未来が待ってる。⋯⋯何もしなければ、ね』

 

『何も、しなければ⋯⋯?君は、澪を救える方法を持っているのか?』

 

真士の問いに、澪真は首肯する。

 

『うん。だけれどわたしはミオに幸せになってほしいから、君が前者を選ぶのなら――わたしはミオを救わない』

 

『な、なんでだよ!』

 

『なんで?それは君が一番理解してるはずじゃないか。ミオの幸せが、どういうものなのかを、ね』

 

『⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ、』

 

真士は悲しげに目を伏せた。

 

 

そうだ、澪はずっと、ずっと俺と再会するために今日まで生きてきた。

けど、澪の作り直したはずの人物は、五河士道は俺じゃなかった。

そんな澪に、俺がいないと理解(わか)った澪に、生きていけるわけがない。

でも澪は、死にたくても、俺と違って簡単に死ねるわけじゃなかった。

黒い髪の幼い少女のいうことが本当なら、ようやく澪は死ぬことができる。

そして――死後の世界で、俺と再会でき、俺と共に歩める未来を手にすることができる。

⋯⋯ああ、そうか、だからあの子は澪を救わないと言ったのか。

なら――

 

 

『⋯⋯⋯⋯⋯⋯もう一つの選択肢はなんだ?』

 

真士がそれを問うと、澪真は微笑んで、もう一つの選択肢を口にした。

 

 

 

 

 

「――士道。君は本当に素敵だよ。私は、君のことが大好きだ」

 

そう言った澪は、冗談めかすようにパチリと片目を閉じて。

 

「――ただし、シンの次にね?」

 

優しげに微笑んだ澪は、そのままウェストコットに向かっていった。

同時、士道の身体が〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の『枝』によって、半ば強制的に後方へと離脱させられる。

否、士道だけではない。

他の精霊や真那達もまた、無数の『枝』に引き寄せられていた。

そしてみんなを引き寄せた〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉は、そのまま大きくその姿を変容させると、〈フラクシナス〉ごと士道達を包み込んだ。

 

「――澪ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!」

 

士道は、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉によって閉ざされる夜空の景色に向かって、遠く、遠く、その名を叫んだ。

 

 

 

 

 

激流の如く渦を巻くマナの流れの中心で――澪とウェストコットが対峙する。

ウェストコットは澪を見やると、口元の血を拭うこともなく笑みを浮かべた。

 

「⋯⋯〈デウス〉か。介添人が君とは豪華なことだ。私としては、ここでイツカシドウを消しておきたかったのだがね」

 

「きっと、これからの世界にいてはいけないんだ。君も、私も。――丁度いいじゃない。厄介者を纏めて処理できるだなんて」

 

目を伏せながら聞いていた澪は、ポツリと零すようにそう返す。

 

「は、は、は――」

 

ウェストコットは大仰な調子で肩を揺らすと、額に手を置き、天を仰いだ。

 

「――どこだ?一体どこで私は間違えた?魔術の秘奥を漁り、精霊術式に辿り着いたというのに。顕現装置(リアライザ)を作り上げたというのに。――今こうして、始原の精霊の力を手にしたというのに」

 

ウェストコットの言葉に、澪はスッと目を細めた。

 

「⋯⋯そもそも精霊(わたし)など、生み出すべきではなかったんだ。顕現装置(リアライザ)もね。こんな力、人間には過ぎたものだよ。ただ、まあ――そうだな、もしもそれ以外に君の不運があるとするなら――」

 

澪はふむ、と顎に手を当ててから、言った。

 

「――君は、私の好みではなかった」

 

「――――」

 

澪の言葉に、ウェストコットは一瞬呆然とするように目を丸くし、

 

「⋯⋯は、はは、はははははははははは――っ」

 

やがて可笑しくて仕方ないといった様子で、笑い始めた。

 

「なるほど、なるほど。⋯⋯それでは仕方ないな」

 

ウェストコットは笑い疲れたように身体を揺らめかせると、ゆっくりと右手を前に向けようとして――

 

「――それはさせないよ」

 

知らない少女の声と共に、ウェストコットの右腕に小さな手が優しく触れてきた。

ウェストコットは突然のことに驚き、右に目をやり――一瞬、言葉を失う。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯誰かね?」

 

ウェストコットはそう言いながらも、どうしてかいきなり現れた幼い少女に見入ってしまう。

 

 

ああ、ああ、なんて美しいんだ。

あの〈デウス〉さえ霞んでしまうほどの存在感。

そして何より――まるで『絶望』そのものが姿形を成したような『闇』の如き少女から、私は目が離せない。

 

 

「わたしは⋯⋯そうだな、そこの彼女と似て非なるもの――〈デミウルゴス〉、とでも名乗っておこう」

 

「〈デミウルゴス〉⋯⋯?ふむ、偽神あるいは邪神が、そんな名前だった気がするが⋯⋯それが君だと?」

 

「うん、細かいことはいずれ話してあげるよ。今は――全てを無に帰す無の魔王〈■■■(ケメティエル)〉をどうにかする方が先だ」

 

「な――」

 

驚愕に目を見開くウェストコット。

それは対していた澪も同じ反応だった。

ウェストコットと澪の見知らぬ少女は、〈■■■(ケメティエル)〉を知っているようだから。

だが、

 

「君は何を言ってるのかな?ウェストコットのその魔王の権能を知っているのなら、『無』に対抗できるのは、『無』しかないよ」

 

「うん、そうだね。けれど『無』と『無』をぶつけて対消滅させては、どっちも無事では済まないしそれに――わたしという無関係の少女を巻き込むつもりなのかな?」

 

「それは⋯⋯っ、」

 

「ふふ、ごめんね。勝手に巻き込まれにきた分際で、そんなことをいうのはおかしいよね――ただ」

 

漆黒の少女は、澪に向けて片目を閉じてこう言った。

 

「君達に対消滅されては――わたしの用意したサプライズが、無駄になってしまうじゃないか。そうだよね――シン」

 

「⋯⋯え?」

 

漆黒の少女がシン、と呼んだことに目を見開いて一瞬固まる澪。

すると漆黒の少女に応えるように、澪の背後から少年の声が響いてきた。

 

「――まったくだ。せっかく死後の世界から舞い戻ってきたのに、澪と入れ違いになるのはごめんだよ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」

 

再度驚愕する澪。

だってその声は、もう二度と聞けるはずのないものだったからだ。

ゆっくりと、振り返る澪。

そこにいたのは――五河士道と同じ顔だが、別の格好をした少年がいた。

しかし死んだ人間が現れるなんてありえない現象を認めたくなかった澪は、苦笑いを浮かべながら言った。

 

「⋯⋯駄目じゃないか、士道。どうやって〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の中から出てきたのかは知らないけれど――っ!」

 

「――――」

 

澪の言葉はそこで止まる。

なぜなら、士道と呼ばれたことに、少年が怒ったような顔を見せたからだ。

 

「澪、流石に怒るぞ。誰がお前の作った士道(偽物)だ!さっき言っただろ?『死後の世界から舞い戻ってきた』、って」

 

「⋯⋯っ、ほ、本当に⋯⋯シン、なの⋯⋯?」

 

澪が両の目に涙を浮かばせながら、口元を両手で覆うようにして言うと。

少年は澪を優しく抱きしめながら言った。

 

「ああ。魂と記憶が本物の、崇宮真士だ。肉体は⋯⋯三〇年前に澪に吸収されて跡形もなくなってしまったから、あの子の創り物だけどな」

 

「⋯⋯っ、シン――、シン⋯⋯!」

 

「ああ、俺だよ澪。三〇年間、俺はお前を見ていることしかできなかった。けどあの子が死後の世界に現れて、俺をこの世界に連れ戻してくれたんだ――疑似精霊としてな」

 

「⋯⋯疑似精霊?」

 

「ああ。あの子は本当に凄いやつだよ。あの子の有する生の魔王〈永劫祭壇(ルシファー)〉の権能――万物を生み出す能力で、俺を疑似精霊に生まれ変わらせたんだ。俺の魂と記憶を残したままな」

 

「――!?凄い力だね。彼女、〈デミウルゴス〉って名乗っていたけれど一体何者なの?」

 

澪が真士に訊くと、彼はフッと優しげに微笑んで言った。

 

「あの子の名前は崇宮――崇宮澪真。こことは別の世界、士道が時間遡行する前の並行世界からやってきた、澪と士道の霊力から生まれた疑似精霊だよ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」

 

 

 

 

 

一方、澪と真士の様子を眺めていたウェストコットは、深い溜息と共に呟いた。

 

「はは、参ったね。本当にこれは⋯⋯勝ち目がない」

 

「⋯⋯そう、だね。本当に、シンジが羨ましいよ」

 

苦笑を零しながら、ウェストコットに応えるように言う漆黒の少女――澪真。

ウェストコットは、そんな澪真の嫉妬しているかのような言葉に驚く。

 

「⋯⋯ふむ。君は、タカミヤシンジに嫉妬しているのか?」

 

「うん。そういう君も、彼女にフラれてなお、諦めきれない感じが見て取れるね」

 

「まあ、彼女は私の初恋相手だからね。フラれたからといって、簡単に諦められるわけないだろう?」

 

「ふふ、しつこい男は嫌われるよ。ああ、いや、最初から好かれてはいなかったね」

 

「はは、はははははは!いや、参ったね。これは一本取られてしまった。中々言うじゃあないか――タカミヤレマ」

 

高らかに笑い声を上げるウェストコット。

澪と真士の話を聞いていたウェストコットも、澪真の正体を知った。

澪と士道の霊力から生まれた疑似精霊だということを。

ならば、澪真にとって澪は愛しい存在のはずだ。

そんな彼女は、自分よりも澪の幸せを優先した。

その結果が、澪と真士の再会の実現だった。

 

 

とても心優しい子じゃないか。

タカミヤシンジに嫉妬こそしているが、その想いで力が暴走しないように抑え込んでいるみたいだね。

⋯⋯私としては、タカミヤレマの力を暴走させてみたいのだがね。

しかしどうすれば彼女は暴走してくれるのか――

 

 

「――コット。ウェストコット!」

 

「ん?」

 

「ん?じゃないよ。話しかけてたのに、無視するなんて酷いな。何か考えごとでもしてたの?」

 

「いや、なんでもな――ぐっ!?」

 

突如、ウェストコットは胸を押さえて苦しみ出した。

それと同時、彼の前に顕現していた〈■■■(ケメティエル)〉が、漆黒の『種子』が、今まさにその猛威を振るおうとしていた。

ウェストコットは苦笑を零すと、タイムリミットを告げた。

 

「――はは、どうやら時間切れのようだ。もたもたしてるから魔王にも嫌われてしまったようだね。済まないが君達にはここで、私と共に消えてもらおう」

 

『――ッ!!?』

 

そして漆黒の『種子』から『闇』が滲み出る。

全てを無に帰す『無』の魔王〈■■■(ケメティエル)〉の権能が、澪に、真士に、澪真に、主たるウェストコットにすら牙を剥いた。

絶望的な状況の中、澪は咄嗟に全てを無に帰す『無』の天使〈   (アイン)〉の権能で対消滅を試みようとするが――

 

「駄目だ、澪!」

 

真士に止められてしまう。

 

「離して、シン!アレを止めないと私達だけでなく、士道達にまで――」

 

「大丈夫、大丈夫だ、澪。あの子を――並行世界からやってきた、お前の未来の娘を、澪真を信じるんだ!」

 

「⋯⋯え?」

 

真士の言葉に、驚く澪。

並行世界からやってきた、未来の娘を、澪真を信じろと。

だが『無』の力に対抗するには『無』の力しか存在しないはずでは――

 

 

⋯⋯まさか、澪真、君は――ウェストコットの霊力を封印するつもり⋯⋯!?

 

 

士道の霊力をも有する澪真ならば、きっと霊力封印能力も使えるのだろう。

■■■(ケメティエル)〉から滲み出てくる『闇』のせいで視界は完全に塞がれ、対面にいるはずのウェストコットと澪真の様子が澪と真士には見て取れない。

そのウェストコットと澪真は――見つめ合っていた。

ウェストコットの頬を、澪真の小さな両手が優しく包み込んでる状態で。

ウェストコットは面食らったような顔で、澪真を見つめ返した。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯私に何をする気だ?」

 

「⋯⋯ウェストコット」

 

「何かね?」

 

「いや――()()()

 

「――!!?」

 

突如、澪真に愛称で呼ばれて驚愕に目を見開くウェストコット。

そんな彼に、悪戯っぽく微笑んだ澪真が言った。

 

「先に謝っておくね、アイク。――ごめんね」

 

「何を――」

 

ウェストコットが何かを言おうとしたが、できなかった。

澪真の唇が、ウェストコットの唇を塞いだことによって。

瞬間、ウェストコットが纏っていた『闇』と、この場にいた四人を飲み込もうとした全てを無に帰す『闇』が消失する。

ウェストコットは身体から力が抜ける感覚に襲われた。

立っているのさえ困難なウェストコットは、澪真に優しく抱きとめられる。

何が起こったか一瞬、理解できなかったウェストコットだったが、キスをするという行為が何を意味するのか理解した。

 

 

イツカシドウが、精霊達とキスをして霊力を封印したように――タカミヤレマが、私とキスをして霊力を封印したというのか⋯⋯!

 

 

してやられた、とウェストコットは思った。

だが何故、ウェストコットの霊力を封印することに成功したというのか。

以前、書の魔王〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉で調べたことがあったのだが、霊力を封印するには好感度というものが足りないとできないと記されていたのを思い出す。

初めて会ったはずの少女に、知らぬ間に好意を抱いていたというのか?

 

「⋯⋯一つ、教えてくれないか、タカミヤレマ」

 

「なに?」

 

「君は何故、私の霊力を封印できたというのかね?君とは今日出会ったばかりで、私がそんな君に好意を抱くとは思えないのだがね」

 

「⋯⋯ふふ、その答えは既に、君は知っているはずだよ、アイク」

 

澪真にそう言われて、ウェストコットは目を閉じて考える。

するとウェストコットは、澪真とキスをしたことにより経路(パス)が繋がっていることに気がついた。

そして意識を集中させ、ウェストコットは経路(パス)を通して流れ込んでくる澪真の想いに、思わずギョッと目を剥いてしまう。

 

 

ああ、ああ、なんて、なんて深過ぎる『闇』だというのか。

並行世界の〈デウス〉の、タカミヤシンジを二度と取り戻せないことを理解して深い、深い、『絶望』に囚われた想いに加えて。

タカミヤレマの、自分では母親を、〈デウス〉を幸せにできないことを理解して深い、深い、『絶望』に堕ちてしまった想い。

その双方の『絶望』と『絶望』を併せ持つ『深淵(アビス)』へと完全に堕ちてしまった少女。

それがタカミヤレマ、か。

はは、だからなのか。

私の霊力を封印できたのは。

〈デウス〉以上の『絶望』を抱えたタカミヤレマを。

この私が愛さないわけがないじゃあないか。

 

 

澪真のことを理解したウェストコットは、恍惚な笑みを浮かべる。

それから澪真を見やり――目を丸くした。

両の目から涙を流していた、澪真を見たからだ。

ウェストコットはそのことを訊くことにした。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何故、君は泣いているんだ?」

 

「⋯⋯っ、だって、君は、君は――()()()()()()、だったことを知ったから⋯⋯っ!」

 

「⋯⋯私が、可哀想な人間?」

 

「⋯⋯うん。ねえ、アイク。君はさ、神を恨んでないの?君を歪な人間に――不完全な人間に創った神の存在を」

 

「⋯⋯ふむ。そんなことは考えたこともなかったね。だが――そう言われると確かに気になる。何故私は、他の人間達とは異なる感情を持って生まれたのかを」

 

ウェストコットが興味深そうに、顎に手を当てて考え込む。

すると澪真が、小さな、小さな声で、ポツリと呟いた。

 

「⋯⋯もしかしたらアイク、君は――〝世界の敵〟としてこの世に産まれ落ちた、人類の『膿』、なのかもしれないね」

 

「ん?何か言ったかね、タカミヤレマ?」

 

「え?あ、ううん。なんでもないよ」

 

「⋯⋯ふむ?なら、いいのだがね」

 

誤魔化す澪真を、ウェストコットは不可解に思ったが、追及はしなかった。

一方、澪真の呟きを聞いてしまった澪は、顔面を蒼白させていた。

 

 

⋯⋯ウェストコットが、〝世界の敵〟?

それじゃあそんな彼によって生み出された私は――〝殺人兵器〟だというの?

⋯⋯そうだ、彼は私を利用して人類に復讐することを企てていた。

そして今日、私を利用して彼自身が二人目の始原の精霊として覚醒して、世界を上書きしようとした。

⋯⋯私こそが〝絶対悪〟だと思っていたけれど、真の〝絶対悪〟は彼で、私は彼が生み出した〝兵器〟に過ぎないとでもいうの?

もしも私がシンと出会わなかったら⋯⋯っ!

ウェストコットにいいように利用されて、人類に復讐を遂げていた、ということになっていたんだね⋯⋯っ。

ああ、じゃあやはり私は――この世界に生まれてきちゃいけない存在だったんだ。

 

 

震える澪の肩を、優しく包み込んだ真士が言った。

 

「澪、お前は生まれてきちゃいけない存在だと自分を責めるだろうけど、俺は――俺はそうは思わない」

 

「⋯⋯っ、シン⋯⋯?」

 

「だってお前は、俺のことが大好きな、一人の恋する女の子と何一つ変わらないだろうが!」

 

「⋯⋯っ!」

 

「確かに澪がこれまでしてきたことは許されることじゃない。誰も彼もお前が悪い、きっとそう思ってるに違いない。俺だって多くの罪の無い人達の命を踏み躙ってきた澪を、許すことはできない」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯、」

 

悲しげに笑う澪。

その通りだと、澪は真士の言葉を否定しない。

だが、真士はこう言ってきた。

 

「けどな、澪。お前は決して〝世界の敵〟でもなければ、〝絶対悪〟でもねえよ。だってお前は、ただ俺を取り戻したかっただけなんだろ?その方法が、誤った道だっただけなんだろ?」

 

「⋯⋯っ、だけれど私は、シンを取り戻すために、外道だと分かっていながらも、その道を最後まで歩んでしまったんだよ!」

 

「ああ。だがそれでなんでお前が〝世界の敵〟になるんだよ!なんで〝絶対悪〟になるんだよ!俺は知ってる!三〇年間澪を見てきた俺なら理解(わか)るんだ!お前が殺してしまった相手に対し、深い敬意と、感謝の念を持ち、そして何よりも――彼女達の死を悲しみ、悼んでたじゃないか!」

 

「⋯⋯⋯⋯っ」

 

「澪には死を悼む心がある!優しい心が、お前にはあるんだよ!人類に復讐しようと企み、人を殺してもなんとも思わねえアイツとは全然違うだろうがッ!」

 

声の限り叫ぶ真士。

真士の言葉に、ウェストコットが応えた。

 

「ああ、そうだね。タカミヤシンジの言う通りだ。〈デウス〉、君は私に利用された憐れな精霊(少女)に過ぎない。君と私が手にかけようとしている人類を天秤にかけれ ば、どちらが〝世界の敵〟にして〝絶対悪〟と呼べる存在かは、一目瞭然とは思わかんかね?」

 

「⋯⋯そう、だね。なにせアイクが手にかけようとしている人類は――法の魔王〈永劫瘴獄(ベリアル)〉が放つ瘴気に耐えられない全ての人間、だからね」

 

「はは、流石は私の霊力を封印した娘だ。よく理解(わか)ってるじゃあないか」

 

「笑いごとじゃねえだろてめぇ!」

 

自分のことをよく理解してくれてる澪真に嬉しく思い、笑うウェストコットと、そんな男に憤慨する真士。

澪は首を横に振って叫ぶ。

 

「そんなの屁理屈だよ!ウェストコットも私も、同じさ。自分の目的のためなら何でもしてきた、最悪の存在だ!今まで殺してきた人の数なんて、関係ないッ!私だって〝悪〟なんだよ!どうしようもない〝悪〟、なんだよ⋯⋯!」

 

「ああ、そうだ。たしかに澪の言う通り、屁理屈だ。そしてお前は自分が悪いことをした、って自覚してるんだな?」

 

「⋯⋯うん」

 

「なら、その罪を生きて償えよ。死んで償える罪なんてあるもんか、それこそ亡くなった人達に失礼だろうが」

 

「⋯⋯っ、そう、だね。シンの、言う通りだ」

 

「だから――()()()()()()()()()()()!」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」

 

真士の言葉に、キョトンとする澪。

真士は真剣な顔で、続けた。

 

「俺が一緒に背負ってやる、澪の贖い切れないほどの罪を。だから一緒にこの世界で生きて、生涯かけて償おう」

 

「⋯⋯っ、シンは⋯⋯こんな私でも、一緒にいてくれるの?」

 

「ああ」

 

「⋯⋯血塗られたこの手を、取ってくれるの?」

 

「そうだ!」

 

「⋯⋯っ、シンはこんな私でも――()()()()()()()()?」

 

三〇年もの間、ずっとずっと、真士に伝えたかった言葉を、澪が口に出した。

これこそ澪が胸の中に秘め続けていた、真なる想い。

真士と恋人になって、愛を育んで、結婚して、子供を作る。

シンと――()()()()()()()()()()

それが澪の、叶えたい切実な願いだった。

そんな一般人となんら変わらない願いを持つ澪を、真士は優しげに微笑んで答えた。

 

「そんなの、当たり前だろうが。俺が何のために、人間やめてこの世界に還ってきたと思ってやがる!俺だって――いいや、()()()()!澪以上にそう思ってたんだからな!」

 

「⋯⋯、シン!」

 

「愛してるよ、澪。もう絶対に、離れてやるもんか。もう絶対に、離してやるもんか」

 

「⋯⋯それ、私が言おうとしてた台詞だったんだけどなあ」

 

「はは、悪いな澪。早い者勝ちってやつだ」

 

「なにそれ、ずるい」

 

ムッとむくれる澪だったが、ふっと柔らかい表情に戻す。

そして真士と澪は互いに見つめ合い――

 

「――これからは、ずっと一緒だ」

 

「――うん!」

 

そう言って唇と唇を重ねてキスをした。

長い、長いキスをした。

それからしばらくして、名残惜しそうに唇と唇が離れて――

 

「――どうやら覚悟は決まったようだね、シンジ」

 

「どわぁっ!?」

 

いつの間にか澪と真士の傍にまで移動していた澪真が発する言葉に、心臓が口から飛び出そうなほど驚き、腰を抜かしそうになる真士。

 

「急に驚かすんじゃねえよ澪真!」

 

「ふふ、ごめんね。せっかくの熱々ムードが台無しになってしまったかな?」

 

「⋯⋯お前なあ」

 

半眼を作って澪真を見やる真士。

彼の隣で首を傾げた澪が訊いてくる。

 

「シン、覚悟ってなんのこと?」

 

「え?ああ、それはだな澪。今の俺って澪真の魔王の権能によって生み出された(創り出された)疑似精霊だろ?ただ今の俺は、とても不安定な存在なんだよ。澪真の霊力で生かされてる、っていう状態なんだ」

 

「⋯⋯っ、じゃあ澪真と一心同体みたいな感じなの?」

 

「うん。その認識で間違いではないよ」

 

今度は澪真が答える。

 

「今の状態では、シンジの存在は不安定。けれど安定させる手段は――ついさっき手に入れた」

 

「ついさっき⋯⋯?――!まさ、か」

 

「うん、そのまさかだよ、ミオ。私が今し方封印して手に入れた、ほぼ一〇〇%の――アイクの、二人目の始原の精霊の霊力。コレをあなたと同じようにわたしから切り分けて霊結晶(セフィラ)を⋯⋯いや、反霊結晶(クリファ)を生成して、シンジに与えるんだ」

 

「――――――っ」

 

澪真の言葉に、澪は絶句した。

何故ならその危険性を、誰よりも知っていたからだ。

精製する前の霊結晶(セフィラ)でさえ、人間とは相容れぬものだったというのに。

反霊結晶(クリファ)の、それも二人目の始原の精霊のものを真士が耐えられる保証など果たしてあるのだろうか?

身体は澪真の創り物であっても――その魂は人間の、真士のものなのだから。

顔面を蒼白させていた澪に、真士は優しく微笑んで言った。

 

「大丈夫、大丈夫だ、澪。俺を信じてほしい。それに俺には――澪という心強い愛人がいるんだ。『絶望』なんかに負けるもんかよ」

 

「⋯⋯シン!うん、そうだよね。シンには私がいるもんね、負けるはずがない――!」

 

澪も屈託のない笑顔で返す。

そんな澪の笑顔にドキッとする真士。

ああ、まったく――この笑顔、ずっと守ってやらないとな。

真士はそう決意し、澪真に向き直った。

そして――

 

「覚悟は決まったよ、澪真。――始めてくれ」

 

「うん、分かった」

 

真士の言葉に頷いた澪真は頷き、両手を広げて告げた。

 

「生成――『反霊結晶(クリファ)』」

 

瞬間、澪真の全身が暗く輝くと――彼女の前には、暗く輝いた虹色の反霊結晶(クリファ)が生まれた。

 

「さあ、シンジ。それに触れて」

 

「ああ」

 

澪真が言うと、真士は頷いて暗く輝いた虹色の反霊結晶(クリファ)に触れた。

 

 

 

 

 

そこは暗い、暗い、『闇』の空間だった。

元いた真士の、真っ白い世界とは対称的な『闇』の世界だ。

同じなのは、上下左右がまったく分からない、という点だった。

 

 

参ったな⋯⋯これじゃあ出口がどこか分からないじゃないか。

 

 

真士は困った顔をしながらも、とりあえず散策することにした。

不思議なことに、『闇』の中であるというのに、真士の姿だけはハッキリと見えている。

澪真の霊力によるものなのか、はたまた傍に澪がいてくれるお陰なのか分からないが、完全に見えないわけではないのでこの状況はありがたかった。

――どれくらいの時間が経っただろうか。

それすらも分からないこの『闇』の世界は、『時間』も『空間』さえ何も把握できない。

 

 

ここはまるで、アイツの『無』の魔王から滲み出てきた『闇』そのものだな。

 

 

あの時も、視界が真っ黒に塗り潰されて何も見えなかった。

本当にここが『無』の魔王が創り出した何も無い世界なら、果たして出口というものはあるのだろうか?

そんな途方もない『絶望』が真士に押し寄せてきた、その時――

 

 

『――シン!』

 

 

ハッとして真士の意識が覚醒する。

愛しい澪の声が、真士の脳に直接響いてきたからだ。

 

 

――澪?

 

『うん、私だよ――シン』

 

なんでお前の声が聞こえるんだ?

 

『ええと、それはね――シンと私の額をくっつけてる状態⋯⋯だからかな?』

 

いっ⋯⋯!?なんだその状況!物凄く恥ずかしいんだが!?

 

『ふふ、ふふふ、変なの。あれだけ私と熱い口付けを交わしたのに、額をくっつけた状態で狼狽するなんて、本当にシンは⋯⋯シンだね』

 

いやそれどういう意味だよ!?

 

『ふふ、教えなーい。それよりも、今どんな状況?』

 

さらっと流すんじゃねえ!ええと、何もかもが『闇』に覆われた世界?みたいなところだな。まるでアイツ――アイザック・ウェストコットの『無』の魔王を彷彿させるかのような場所だ。

 

『⋯⋯ふむ』

 

 

澪が何やら考えるようにしばし沈黙して。

 

 

『――私の『無』の天使で消滅させられたりするかな?』

 

え?ちょっと待ってくれ澪!

 

『え?』

 

え?じゃねえよ!『無』と『無』をぶつけたら対消滅で俺死ぬんじゃねえの!?

 

『そんなことは⋯⋯ないと思うよ』

 

せめて間を空けないで言ってくれませんかね澪サン!?

 

『⋯⋯それはそうと、どうする?試してみる?』

 

いやスルーすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

『⋯⋯あ、ごめんねシン。それで⋯⋯なんだっけ?』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ、もういいよ。俺が悪かった!

 

 

真士は深い溜息を吐く。

とはいえ澪の言った方法を、試してみる価値はあると思った。

このまま散策しても埒が明かないのは明白。

真士は意を決して言った。

 

 

――よし、澪。『無』の天使を使ってみることにした。

 

『⋯⋯え?シン、それ本気?』

 

いやお前が提案したんだよな!?

 

『あ、うん。だけれど冷静に考えたら不味いんじゃないかな、って思ったんだ』

 

まあ、そうだろうな。だが『無』をどうにかするには『無』しかないのも事実――そうだろ?

 

『⋯⋯うん。でも――』

 

大丈夫、大丈夫だ、澪。俺は澪の方法を信じる!

 

『⋯⋯信じてなかったくせに』

 

っ、うるせ!――じゃあ行くぞ?

 

『うん。気をつけてね、シン』

 

 

ああ!と強く頷いた真士は――澪真の有する、並行世界の澪の『無』の天使の権能を発動した。

 

 

――〈   (アイン)〉!

 

 

瞬間、『無』の魔王〈■■■(ケメティエル)〉の『闇』と、『無』の天使〈   (アイン)〉の『光』が衝突し――跡形もなく消滅した。

 

 

『――ン!――シン!』

 

ハッ!ココハドコ?オレハダレ?

 

『⋯⋯はぁ、よかった。巫山戯られるなら、どうやら平気みたいだね』

 

ああ。ぶっちゃけ死ぬかと思った。けど無事だったみたいだ。それに――

 

『⋯⋯それに?』

 

それに、俺の使えてたはずの『無』の天使が消滅して、代わりに『無』の魔王を手にした感覚がした。

 

『⋯⋯ふむ。なら残りの魔王二体も同じように攻略していけば、シンは晴れて二人目の始原の精霊に至れる――ということになるのかな?』

 

なんだそりゃ、そんな簡単に始原の精霊の力を手に入れていいのか?

 

『そうだね。けれど実際、シンは既に澪真と繋がってる経路(パス)を通して、並行世界の私の天使を扱えてるじゃない。なら、そんな天使に匹敵するウェストコットの魔王を手に入れることができても、不思議なことではないんじゃないかな?』

 

はは。なら無事に帰ってこれたら、澪真にお礼しないとな。

 

 

真士はそう言って、『闇』が晴れたことで今まで見えなかった巨大な扉を見つけ、次の部屋に飛び込んだ。

それから嘘のように順調に進んでいった。

 

 

法の魔王〈永劫瘴獄(ベリアル)〉には、法の天使〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉をぶつけて突破し。

死の魔王〈極死祭壇(アティエル)〉には、死の天使〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉をぶつけて相殺した。

 

 

こうしてウェストコットの魔王三体を、真士は無事ものにすることに成功する。

あとは光が射し込む扉を潜れば、彼方の世界(現実)の真士が目を覚ますことだろう。

だがふと、真士はさっきまで存在しなかったはずの扉に、首を捻った。

 

 

⋯⋯なんだ?

 

『――シン?どうしたの?』

 

え?あ、いや。なんというか⋯⋯急に無かったはずの扉が現れたんだが。

 

『⋯⋯急に?それってどういう――』

 

⋯⋯よく分からんが、開けても大丈夫だよな?

 

『――――――――――ッ!シン、駄目だ!その扉を開けちゃ――!』

 

⋯⋯え?

 

 

だが澪の静止が少し遅かったようだ。

僅かに、ほんの僅かに、扉を開けてしまった。

瞬間――

 

 

【――ありがとう、タカミヤシンジ。扉を開けてくれて。このわたしを、解き放ってくれて――!】

 

 

謎の少女と思しき声がそう言うと、真士をすり抜けるように何かが駆け抜けていった。

ぞわりと、真士の全身に悪寒が走った。

なんだろう、よく分からないけど、俺は――とんでもない過ちをしてしまった気がする。

そんな真士に、澪が切迫した様子で叫んできた。

 

 

『シン、早く戻ってきて!澪真の、澪真の様子が変なの!』

 

――え?

 

 

一体何があったというのか。

真士はわけも分からず駆け出し、光が射し込む扉を開け放ち、その身を躍らせた。

 

 

 

 

 

彼方の世界(現実)に帰還した真士はまず、澪の身を案じた。

 

「澪、無事か!?」

 

「私は大丈夫!けれど、澪真の様子が⋯⋯!」

 

焦った様子の澪に、真士もそれが伝染したように焦りそうになるが、なんとか堪えて澪真の方を見た。

すると澪真は――邪悪な笑みを浮かべながら言ってきた。

 

「――おや?さっきぶりだね、タカミヤシンジ。禁断の扉(パンドラ)を開けてくれたことには本当に、本当に感謝しているよ」

 

「さっき、ぶり⋯⋯?それに禁断の扉(パンドラ)⋯⋯?――っ、まさか!俺が僅かに開けてしまった扉から出てきたのは」

 

「ああ、わたしさ。()()()、タカミヤレマの()()だ。君達がさっきまで話していた『わたし』は――」

 

「――()()()、崇宮澪真の意識だと、そう言いたいのかな?」

 

「うん、その通りだよ。流石はわたしの――並行世界の母様だね」

 

愛おしげに澪を見つめてそう言ってくる澪真。

どうやら澪真の本物の意識を名乗る少女は、澪に害を為す存在ではないらしい。

だが澪真は、真士を睨みつけてきた。

 

「やれやれ、『わたし』にはホントしてやられたよ。まさか一〇年前に時間遡行して、不完全な天使を完全なものにして、並行世界に来てはタカミヤシンジを精霊にして母様とくっつけさせるとか、本当に余計なことしてくれたよ」

 

「⋯⋯?何を、言ってるんだ?澪真、お前は――澪の願いを叶えるために並行世界に来たんじゃ?」

 

「はあ?何言ってるの君?そんなわけないじゃん、私の願いはただ一つ――」

 

澪真は両手を大きく広げて告げた。

 

「――タカミヤミオとイツカシドウの、()()()()になること、なのだからね」

 

「「⋯⋯ッ」」

 

澪真の真なる願いを知った澪と真士は、息を詰まらせた。

その願いは、決して叶えてあげられない。

だって澪が好きなのは崇宮真士であり――五河士道ではないのだから。

すると今まで静観していたウェストコットが、口を挟む。

 

「⋯⋯ふむ、なるほど、なるほど。先程のタカミヤレマから雰囲気がガラリと変わってもしやと思ったが――」

 

それから、スッと目を細めて言った。

 

「――君が、『絶望』と『絶望』を重ねて『深淵(アビス)』に完全に堕ちてしまった意識(本物)、ということであっているかな?」

 

「⋯⋯へえ?流石は『わたし』に呆気なく封印された――『絶望』大好き変態チョロイン爺様だね」

 

「――――――」

 

澪真の容赦のない罵倒に、ウェストコットはキョトンとして。

 

「⋯⋯は、はは、はははははははははは!」

 

それから可笑しくて仕方ないとばかりに、高らかに笑い声を上げるウェストコット。

 

「いやはや、これは参ったね。まったく本当に、君の言う通りだ。情けなくて涙が出そうだよ」

 

「そんなものでないくせに、面白いことを言うね――アイク」

 

「――!?」

 

ウェストコットは目を見開き驚く。

何故、澪真の本物の意識を名乗る少女が、ウェストコットをアイクと愛称で呼んだのか。

まさか――

 

「母様は君を嫌っているけれど、私は嫌いじゃあないしむしろ――大好きだよ」

 

「⋯⋯ほう?それは嬉しいことを言ってくれるね。どうしてかな?」

 

「だって君が――タカミヤシンジを殺してくれなければ、わたしという存在は生まれてくることすらなかったのだからね」

 

「「―――ッ!?」」

 

タカミヤシンジを殺してくれてありがとう。

そう取れるような澪真の言葉に、澪と真士は怒りを覚えた。

たしかにその通りだが、それでもそれは決して二人の前で言うべき内容ではない。

いい感じに焚きつけることに成功したと、ほくそ笑んだ澪真は言った。

 

「だからね、アイク。わたしは君の――願いを叶えてあげよう」

 

「⋯⋯はは、それは嬉しいことだね。ならば力の大半を失ってしまった私の代わりに、果たしてくれるのかな?」

 

「いや、たしかに君は『わたし』に霊力の九割以上持ってかれた挙句、その力をタカミヤシンジに分け与えてしまったけれど――」

 

澪真は虚空から『闇』の帯を出現させると――そのままウェストコットの胸を貫いた。

瞬間、ウェストコットの全身に凄まじい『闇』の霊力が駆け巡る。

それはまるで、澪が自分の霊力を士道達に分け与えた時の現象に似ていた。

しかし分け与えた相手が最悪だった。

 

「――!これは、」

 

「――たとえ君の中に僅かばかりしか霊力が残っていなくても、わたしという疑似精霊(霊脈)があれば、もう一度始原の魔王として力が振るえる、そうだろう?」

 

「はは、はははははは!ああ、そうに違いない。では――往こうか、我が愛しき〈デミウルゴス〉よ」

 

「⋯⋯うん」

 

ウェストコットの手を取る澪真。

その背を怒りの表情で睨んでいた澪と真士だったが。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」

 

真士は間の抜けた声を洩らした。

真士は繋がった経路(パス)を通して、澪真の想いが流れ込んできたからだ。

 

 

ごめんね、シンジ。

酷いこと言って、君やミオを傷つけてしまって。

けれどわたしは、アイクを〝悪〟とは認められないんだ。

だって彼は望んで、ああなってしまったわけではないのだから。

本当の〝悪〟は彼をあのように産み落としてしまった――世界そのものなのだから。

だからわたしは彼を一人にさせたくない。

だからわたしは彼を選んだの。

――これで君とはお別れだ。

どうか君は――正しい選択をしてね。

最期に――ミオを、母様を、よろしく頼んだよ――シン。

 

 

それを最後に、澪真と繋がっていた経路(パス)は、ブツリと途切れてしまった。

それと同時、真士は堪えきれなくなって両の目からポロポロと涙が零れ落ちる。

 

「あ⋯⋯、あ――ッ!」

 

「シン!?どうしたの?なんで、泣いてるの⋯⋯?」

 

心配そうに言ってくる澪。

真士は乱暴に涙を腕で拭って呟いた。

 

「⋯⋯ああ、くそ。何もかもが、お前のシナリオ通りだったのかよ」

 

「え?シン、それはどういう意味なの?」

 

「どうもこうもない。澪真はウェストコットを選んだんだ、俺が澪を選んだようにな。だからそれを悟られないようにあんな芝居を打ったんだ。けど、結局良心の呵責ってやつに苛まれて俺に赤裸々に伝えちまうんだからな。まったく――悪役に向かない子だよ」

 

「⋯⋯そうなんだ、ふふ。けれど、並行世界の私の娘が、心優しい子でよかった。きっと澪真が何度も『絶望』しかけて『深淵(アビス)』に堕ちそうになっても、『絶望』に染まり切らなかったのは――()()()()()()()が支え続けてきたお陰なのかもしれないね」

 

「⋯⋯ああ、そうだな」

 

澪と真士は、ずっと澪真の傍で見守っている残留思念体(少女達)を思い出して微笑ましい気持ちになる。

だったらやることは一つしかない。

 

「⋯⋯世界を滅ぼす企みを阻止して、世界を救うだけじゃない。――澪真とウェストコットも救いに行こうか、澪」

 

「うん。絶対に、成し遂げてみせようね、シン」

 

澪と真士はそう決意し、士道達と合流すべく、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉へと向かっていった。




澪真の存在を改変してしまったので、ここでどういう存在かを書かせていただきました!
蓮みたいな子だけど、澪真の中には『憎悪』はありません。
澪真の中にあるのは『絶望』と『虚無』ですかね。

さて、今回の話はウェストコット、澪、澪真、そして真士にスポットを当てて書かせていただきました!
次話から士道達が参戦します、そしてこのSS未登場なキャラもバンバン出しますしょうがないですよね総力戦なんですから19巻の話は!
それでは執筆欲満ち溢れてるうちになるべく早めに並行世界編の『澪真トゥルーエンド』を書き終えて本編に戻りますか!
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