巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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stage5:暴走する機械の影 ①

 早鳴きのセミだろうか、それとも工事現場から届くモーター音だろうか。俺は意識外でそれを聞き流しつつ、ちゃぶ台に置いたパソコンのキーを叩き、ひたすら文章を作成していく。扇風機の風に乗ってイグサが香った。

 携帯と一体化してネットサーフィンをしていたユーコが姿を現し、俺と扇風機の間に割って入った。もちろん風はせき止められないが。

「せんぷーき、っていうんですか? 面白い形ですねこれ」

「なあ、それに向かって『我々は宇宙人だ』って言ってくれない?」

「へ? われわれはうちゅうじんだー……我々って誰です?」

「いや気にするな。ありがとう」

 古来より伝わる夏の伝統行事を本物に執り行ってもらい満足。もちろんユーコの声は空気を介した音ではないので、件の宇宙人声ではないが……閑話休題。

 ここは首都、副都心も外れの住宅街。今時珍しいくらいに古臭い家屋がひしめくこの一角が、俺が仮住まいを置く場所でもある。

 一息ついて背筋を伸ばし、そのまま畳の床に寝そべる。木目張りの天井を見上げながら、エヴァから救出された後の出来事を想起した。

 

 

 エヴァが活動を停止した後、エントリープラグが排出され少年は保護されたが、俺は拘束された。そのまま注射をされ気を失い、目が覚めた時には取調室のような簡素な部屋でパイプ椅子に座っていた。

 ユーコ曰く、俺が気を失っている間に地下深くまで移動し、様々な機器による身体検査を行ったらしい。それが善意による診察ではなく実験的な意味合いが強いのは理解できた。

 俺の意識の回復を待って始まったのは、取り調べというよりは尋問だった。なぜ避難命令が出ていたのにあの場にいたのか、誰の差し金で撮影していたのか、エヴァについて何を知っているのか、などなど、かなり厳しい口調で複数の男から問い詰められた。

 なんにせよ当たり障りのない回答を繰り返した。というより、そんなに大層な秘密は持ち合わせていない。ただ警らの兵から逃げて山に入ったことだけは黙っていたが、一つの質問が俺の汗腺を開いた。

「あなた、エヴァに何をしたの?」

 その質問をしたのは、白衣を着た金髪の女性だった。部屋へ入るなり他の人員を退出させ、対面の椅子に足を組んで座った彼女は、煙草をふかしながら俺の目を見据えていた。

「あらごめんなさい、煙草はお嫌い?」

「いえ別に。それより、質問の意味を図りかねます。俺は搭乗してから何も触っていないはずですが」

 しらばっくれてみるが、彼女は淡々と続けた。

「プラグ内はこちらでもモニターしていたわ。けどあなたがパイロットと手を重ねたあたりから、映像に乱れが生じたの。だから教えてほしいのよ、あなたが」

 言葉を切り、机に乗せていた俺の右手を勢いよく掴むと、掌を開かせた。

「この手でエヴァに何をしたのか。エヴァ本来の性能を遥かに超える力を、どうやって引き出したのか」

 その目には先ほどまでの理知的な光はなく、何か狂気的なまでの探求心のようなものが見て取れた。彼女は既に、俺の行動とその結果を結び付けて当たりをつけている。恐ろしいことにそれは殆ど()()()だった。

 断じて言うが、俺だって現在に至るまでその現象について理解は及んでいない。その後はどうやっても発現せず、唯一分かっていることと言えば俺がまた一歩、人間の範疇から遠のいたということだけだ。

 白衣の彼女に気圧された俺はたじろぎながら言う。

「そう、言われても、ただ彼の力になりたい一心で、一緒に操縦桿を押しただけです。第一、ちっぽけな一人間がエヴァをどうこうできますか」

 彼女は真意を測るように俺の目を見据えて押し黙ったが、やがて溜め息をついて俺の右手を放した。

「ええそうね、検査結果でもあなたは単なる人間だった。科学者の端くれである以上、科学の出した結果は尊重すべきだわ」

 目は口ほどに物を言うとの言葉通り、彼女の目はその結果を信じ切っているわけではないと如実に語っていた。願わくは俺の目は寡黙であってくれと、動揺は心の奥底に押し込めた。

 

 晴れて解放となった時、没収されていたベルトや筆記具等の持ち物が返却されるが、その中に肝心のカメラが無かった。

「ああ、カメラは水没してデータごとお釈迦よ。こちらで処分しておくから」

 それが嘘であることはすぐに理解できた。

「いえ結構です。あれで大事なものですから、壊れていても返してください」

 白衣の彼女は持ち込んだ灰皿に煙草を擦りつけた。

「あなたの素性は調べたわ。その上で警告だけど、世の中知らない方がいいこともあるの。大人しく帰りなさい」

 会話は終わりだとばかりにマジックミラーの方へ合図を送ると、黒服の男たちが入室してきた。

「お察しのこととは思うけど、使徒とエヴァのことは全て口外無用。それが破られれば今度こそ……分かるわね」

 言うだけ言って女性は立ち上がり、俺は男たちによって机上に押さえつけられた。懐から注射器を取り出した彼女に叫ぶ。

「最後に一つだけ!」

 彼女が手を止めて俺を見る。

「あんな子どもをエヴァに乗せて戦わせるのはなぜです。もっと他のやりようはないんですか……!」

 彼女は呆れたように、それでいて少し愉快そうに笑った。

「能天気で優しい愚問ね。答えはノーよ。私たち人類にはエヴァが必要で、エヴァにはあの子が必要なの。いわば子どもを戦場に送り出すことが我々の仕事ね」

 そう言う彼女の声色は、どこか自嘲的なニュアンスが含まれていたように思う。

「念を押して言うけど、公言して世間の目をあの子に集めようものなら、一番傷つくのは彼自身よ。それは望むところじゃないでしょう?」

 最も効果的な脅しに歯を食いしばる。白衣の彼女はふと微笑んでから、俺の腕に注射針を刺した。

「あの子はあなたを心配していたわ。同時に感謝も。だから、遺体と面会なんてさせないであげなさい」

 最低の脅し文句だ、と思ったのを最後に意識は途絶え……気づけば見知らぬ駅のベンチで横たわっていた。駅舎の高い天井と、心配そうに俺を覗き込むユーコだけが視界にあった。

「……知らない天井だ」

 

 

 目を開けば、そこにあるのは低い天井の見慣れた木目だけ。非日常から日常へ帰ってきた実感が湧くが、しかし日常は既に非日常の中にある。ゴジラとビオランテ、エヴァと使徒、これらを立て続けに見せられては、もはやそれらを知る前の日常は戻りようもなかった。

「エヴァ、選ばれた子ども……ネルフ、か」

 NERV(ネルフ)――“神経”を意味するこの外来語が、エヴァを運用するかの秘密組織の名称と思われる。俺が気を失っている最中も周囲を観察していたユーコが、例の地下施設内に描かれていたマークを教えてくれた。

 ふと、網戸越しに外を見るユーコの端麗な横顔が目に入る。家に帰って以来、ユーコはエヴァについて口を閉ざしてしまった。あの少年が乗らざるを得ない理由を尋ねたことがあるが、その時ユーコは真剣な顔つきで首を横に振った。

「あの女性、知らない方がいいこともあるって言ってましたけど、これがまさにそれだと思います。知ってもどうしようもないこの事実は、優しいカメさんを苦しめます。ごめんなさい、少なくとも今はまだ……言えません」

 俯いてそう告げる彼女は見るも辛そうで、俺はそれ以上の追及などできなかった。

さて、俺は今、湖に着いてからのルポを書き上げている最中だったが、どうしてもエヴァと少年のことが頭にちらついて集中できずにいた。気晴らしに叔父の開設したホームページを開き、掲載したばかりのゴジラ対ビオランテの写真や動画の数々をざっと見返す。

近頃は山中でもネットに繋がる時代で本当に助かった。エヴァと使徒のデータはカメラもろとも失われてしまったが、湖で撮影したデータをクラウド上に保存しておいたおかげで、こうして公開することができる。

 そうだ、今や何千何万という人々がこのサイトに注目している。みんなに真実を伝えられるのは俺たちだけなんだ。きっといつかは、エヴァについても公表できる時が来るはずだ。

 そう気合を入れ直し、集中のためにイヤホンを付けて音楽のボリュームを上げる。さあと甚平の短い袖をさらに捲り、文章の作成を続行する。

 

 良い塩梅に筆が温まってきたところで、ユーコが話しかけた。

「ねえカメさん、あれって工事ですかね? 人型のロボットが家を壊してますよ」

 ユーコの声は空気を介さず、俺の脳に直接届くらしい。よって大音量の音楽にも阻まれず、彼女の言葉は一字一句逃さず聞き取れた。

 ユーコが示したのは窓枠の向こうの風景だろう。二階にある部屋とはいえ、一階建ても多いこの地域において、その窓からの展望はなかなか良好だった。俺は画面から目を離さずに答える。

「だろうな。この辺も古い建物が多いし、再開発に伴う解体は多いよ。これもバビロンプロジェクトの余波ってところだな」

 そう言っているつもりだが、自分の声も聞き取りづらい。

「バビロンプロジェクト?」

「まあ、早い話が湾を干上がらせて埋め立てて、土地を造ろうっていう国家プロジェクトだ。それにはその人型ロボ……レイバーが必要不可欠なわけだが、五年前の巨影災害で軒並み復興に回されたんで、最近ようやく再開できたってわけだ」

 へえ、と声を上げるユーコを覗き見れば、彼女の目にはどこか哀愁を感じられた。

「でも、なんだか寂しいですね。ここはどこか温かいです。小さな家がたくさん集まって、人と人の距離が近くて……この風景が無くなっていくのは、ちょっと悲しいです」

 少しその横顔に見惚れてしまったが、一人慌てて頭を振る。

「まあ、そうだな。俺もこのレトロな雰囲気に惚れ込んで、下宿までさせてもらってるわけだし」

 作業を一時中断し、ごろりと畳に横たわってその感触と薫りを味わう。

「とは言えこの家の解体は当分先さ。おやっさんもまだまだ現役だしな」

 おやっさんとは、この二階建ての木造家屋の家主のことだ。初老に差し掛かる彼は一階で中華料理店を営んでおり、下宿人の俺にも料理を振る舞ってくれるありがたいお人だ。もっとも、その料理の匂いが刺激となって飢餓感に襲われるのが、生活上の困りどころでもあるわけだが。

 考えるうちに小腹が空いてきた。昼は一階で何かいただこう。改めて、ここの生活は本当に最高だ。

「でも、あのロボット近づいてきてますよ」

「ロボじゃなくてレイバーな。……待て、近づいてきてる?」

 看過できない言葉にイヤホンを外すと、なぜ今まで気付かなかったのか、激しい倒壊音と無数の悲鳴が耳に飛び込んできた。転がるようにユーコの傍に寄って表を見ると、土色の巨体はすぐそこまで迫っていた。

 それは手足が付いてはいるが人型とは言い難く、例えるならクレーンの運転席に長い手とずんぐりした足が生えているような、まさしく作業用といった風体の、遊びの無い機体。確か名前をタイラント。

 見るからに馬力のありそうなそのレイバーは、道を挟んで向かいの家を派手に破壊しながら、淡々と歩きこちらに迫ってきた。

「こ、こっちに来ますよ!?」

「ちょちょちょ、おいマジかマジか!」

 室内を振り向けば、タイラントの進行する直線上に広くデッドゾーンが出現していた。もんどりうって携帯とパソコンを胸に抱え、真っ赤に染まったデッドゾーンから部屋の端へ飛びのく。

 それと同時に部屋が”ひしゃげた”。木材が破断していく轟音と共に、タイラントの上半身が壁を突き破り、家を横断しながら粉塵を激しく舞い上げた。雨合羽を滑る雨粒のように、無数の屋根瓦がタイラントの表面を滑り落ちて割れる音がする。

 頭をパソコンで庇っているうちに、タイラントは反対側の壁を突き破って平然と歩き去った。愛しの仮住まいは見るも無残に破壊され、今や家屋の端の僅かなスペースだけが、かろうじて倒壊せずに建っている状態だった。

 イグサ薫る畳も、貰い物のちゃぶ台も、味わい深い木の箪笥も、見る影もない。そんな光景を前にして、沸々と怒りのボルテージが高まってきた。

「あ、あのヤロォ、俺の癒しの空間をぉ……!」

 後にして思えば、その怒りは叔父やらエヴァやらの件で溜まりに溜まっていたフラストレーションの爆発と言えるだろう。すっかり怒り心頭に発した俺は瓦礫の中からサンダルを掘り出し、かろうじて残る階段を駆け下りた。

 




今回の選択肢

「最後に一つだけ!」
①なぜ子どもを戦わせる! と憤慨する→本編通り
②ネルフを公言すれば、俺はどうなるんです→「湖の魚が少し肥えるわ」
③エヴァとは、使徒とは何なんだ→「分かったら私にも教えてちょうだい」
④やめろー! 死にたくなーい!→「無様ね」
⑤是非またお会いしたい、美しいあなたに→居合わせた女性オペレーター「不潔」
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