巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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stage5:暴走する機械の影 ②

 タイラントが通った後はまるで草原の獣道のような、見通しの良い瓦礫の行路と化していた。悠然と進行を続けるタイラントの背を、おやっさんが口惜し気に睨んでいた。

「おやっさん、無事だったか!」

「ああ、そっちもな! あの野郎を追ってとっちめてえところだが、腰打っちまって動けやしねえ、クソッ」

 前屈みになって無念そうに膝を叩くおやっさんに、玄関に停められていた自転車に跨りながら俺は言う。

「任せとけ! おやっさんの無念は俺が晴らしてやるぞ!」

「おお、よし頼んだ!」

 気勢よくペダルを漕ぎだし、レイバーの進行方向に沿うように迂回路を進む。他に避難している者がもう見受けられないあたり、俺はどれだけ鈍いのかと今更に自嘲も湧いてくる。

「カメさん、無念を晴らすって具体的にどうするんですか?」

「ああ? そりゃあ……」

 勢い任せの行動であることを看破されたくなかったので、必死に頭を回転させ瞬時に質問で返す。

「ユーコは機械に変身したとき、自分である程度操作できるよな」

「え? そうですね、ちょっと腕前は不安ですけど」

「じゃあ、機械に入って観察してる時は?」

「ええと、はい。たぶん操作できますね」

 よし、少なくとも可能性はあるようだ。

 タイラントは速度を変えず進行しているようで、倒壊音が絶え間なく響き、瓦などの瓦礫がそのパワーで空に跳ね上げられる様子が時おり確認できた。

 ユーコは俺の狙いを悟ったか、じっとりとした目つきに変わった。俺は堪らず目を逸らす。

「まさかカメさん、あそこまで言って私頼みですか?」

 もはや言い逃れる余地はなく、俺はむしろ開き直った。

「ああそうとも! キミだけが頼りだ! 頼むよ相棒!」

 包み隠さず全てを曝け出したことが功を奏したようで、ユーコは得意げな笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

「ふふん、そこまで言われては仕方ありませんね! やりましょう、なにせあなたの“相棒”ですからね!」

 やたらと相棒を強調しているが、そう言われたことが嬉しかったのだろうか。いつになく上機嫌で今にも歌でも一つ歌い出しそうだ。その横顔が愛らしく、俺も釣られて口元が緩む。

「よし相棒、だいたい何メートルくらいまで接近すれば一体化できる?」

「そうですね、四・五メートルといったところでしょうか」

 全高八メートルになるレイバーが相手となれば心許ない距離だが、人命も関わる局面だ。四の五の言っている場合ではない。

 前方に、青空にそそり立つ銭湯の煙突が見えてきた。それは予想通りレイバーの進行ルートに重なっているようだった。瓦屋根でいかにも下町風情漂うその銭湯は、俺たち地元住民の憩いの場でもある。これ以上愛する街並みを破壊されてなるものかと、ペダルを軋ませて急いだ。

 

 銭湯の屋根に立ち、家屋を破壊しながら接近してくるタイラントを待ち構える。

「よし、いいか。タイラントが近づいたら一体化。機体をすぐに止めた後、運転手が武装してないか確認してくれ」

 ユーコは驚いたように目を開いた。

「武装って、なんでそんなことを」

「いるんだよレイバーを犯罪に使う輩が。特にさっき言った、バビロンプロジェクトに反対する連中なんかな。今回がそれか機体トラブルか分からないけど、故意でここまでする奴なんかまともじゃないだろ」

 この暴走の原因が機体トラブルなら言わずもがな、操作ミスによるものでも――怒りの赴くまま怒鳴り散らしたって構わないだろうが――どちらにせよ救出するにやぶさかではない。しかし相手がテロリスト等の危険人物なら逃げるより他にない。

 そうしたレイバー犯罪に対処する特科車両二課、通称“特車二課”という部署もこの首都には存在しているが、未だ彼らの要するパトレイバーは姿を見せていない。ならば素人の俺にできることなど無いのだ。

 やがてタイラントが銭湯裏手の木造二階建ての商店を破壊し、その距離はいよいよ目と鼻の先にまで迫る。

「さあ来るぞユーコ、頼んだ!」

「はい!」

 ユーコが飛び出して頭から機体へ吸い込まれていく。タイムラグがあるのは分かっていたが、それでもタイラントの巨体が一歩踏み込んでくる様は、否応なしに恐怖を引き立てた。

「頼む、頼むぞ……!」

 踏み出された一歩が振動となって伝わり、瓦が鳴動したその瞬間、タイラントは特有の軋みと共に静止した。あと一歩でも進めば煙突に衝突するほどの、まさに紙一重だった。

「よし、やった!」

 後はユーコの報告を待つだけだったが、暫し待てども彼女の声が聞こえない。

「ユーコ、どうしたユーコ!」

 しかし彼女は呼びかけに応じず、タイラントも踏み出した姿勢で依然停止したままだ。何かトラブルがあったのではと危惧し、煙突まで駆け寄って梯子を上り始める。数メートルほど上ったところで振り向けば、運転席を見下ろす位置にまできていた。窓ガラスにはミラー加工が施されており中は覗けなかったが、声や物音はせず、人の気配というものを感じさせなかった。

 俺は梯子に背を向けて掴まると、高まる心拍を感じながら一度深呼吸をする。大した距離ではないが、十メートル近い位置から跳ぶというのは経験に無く、臆病風が首元を吹き抜けて血を冷やした。

「よし……行くぞ、行くぞ……!」

 一人呟いて覚悟を決めると、軽く反動をつけて前方へ跳び込んだ。予想以上に飛距離を稼げず全身から血の気が引く。

「あだっ!」

 しかし予想以上に大した距離ではなかったらしく、着地に失敗して膝を打ち付けたものの、なんとか運転席の屋根部分へと飛び移ることができた。

「おいユーコ聞こえるか! おい!」

 日に晒され熱を持つ天板へ呼びかけてみると、おもむろに空気の排出される音が鳴り、天板の一部が僅かに開いた。そこがハッチなのだろう、俺は一つ唾を飲み、恐々と手を伸ばして取っ手を掴むと、勢いよく開け広げる。

「おい! 早く逃げ、ろ……?」

 尻すぼみに消えていく言葉を受け止めるのは、(から)の操縦席のみだった。そこでは無数のレバーだけがひとりでに蠢いていた。

「誰も、いない……?」

 その時、小さく、しかし切迫したユーコの声が聞こえた。

「入って!」

「ユーコ、うおっ!?」

 問答の暇なくタイラントが再起動し、俺は振動によって座席へと放り込まれた。ハッチが閉まるとタイラントは再び前進を始め、眼前にそびえていた煙突に衝突する。煙突は黒煙を吐き出しながらへし折れ、隣家に倒れ込んで屋根を砕いた。

「ああぁぁぁっ!」

 タイラントはそのまま浴場に突入し、富士山の描かれた壁を粉々に破壊した。ことごとく倒壊していく憩いの場に失意の叫びも漏れるというもの。

 ひとりでに前後左右に暴れまわるレバー類を必死で押さえつけていると、ようやくユーコの声がした。

「カメさん、しっかり座っていてください!」

「ユーコ、いったいどうなってる!? なんでこいつは勝手に動いてるんだ!」

「私にもサッパリです! さっきまで話す余裕も無く押さえ込んでいたんです! もう限界って時にカメさんが来ちゃったから、仕方なく運転席に入ってもらったんです!」

「ホントか! ごめん!」

 レバーは俺の抵抗虚しく動き続け、それに合わせてタイラントも前進していく。銭湯の瓦屋根を突き破り道路へ出ると、電線と電柱を諸共に引き倒し、向かいの家屋に突入した。運転席の下でトタン屋根が捲れ上がって破壊されていく。

 非常停止と示された大きな赤いボタンを発見し、アクリル板を破りながら叩いてみる。しかしタイラントの歩調に何ら影響を与えはせず、それは他の機器を弄っても同じ結果だった。

「くそっ、どれも反応なしか。普通の故障じゃないぞ」

「そうです、変なんですよ。なんと言うか、自分以外の何かが体の中に居て、操られているような、そんなイメージです」

「体の中? 自分以外の何か……」

 レイバーについて知り得る僅かな情報を記憶から洗い出し、一つ思い当たるものがある。

「ソフトウェア……まさかOS?」

「おーえす、ってなんですか?」

「オペレーティングシステム。そうだな……ユーコ、人体の仕組みは?」

「はい、ネットで勉強しました」

 もはや今打てる手は無いと見て、座席に深く座り直す。

「よし、レイバーを体と例えるなら運転手は脳、そしてOSは言わば脊髄だ。それも飛び切り優秀な。運転手()の意図を汲み、的確な指示をレイバー()へ送り、意識外には気を利かせる。ある意味、運転手よりよほど重要なものだ」

「へえ……では、それが?」

「たぶん、イカレてるのはそこだ。だから体は脳の言うことも聞きやしない」

 好き勝手に暴れまわるレバーに手を添えながら、しかし、と考える。もし本当にOSの不具合だとしたら、事態はあまりに深刻だ。

 首都、とりわけ湾岸一帯はバビロンプロジェクトのためにかき集められた多数のレイバーが目下活動中だ。このタイラントに搭載されているOSがどれほどのシェアを獲得しているかは知らないが、分母からすれば百や二百ではきかないだろう。それだけのレイバーに暴走の危険性があるとなれば……

 その時、レイバーのセンサーに怒声が届く。前方を見ればそれは、屋根に上ってタイラントを見学している豪胆な住民たちを避難させようとする警官の声だった。

『逃げろー! 早く逃げろー! コラァ! 危ないから逃げろっつってんのが分からんのかぁ!』

 どうやらこの一帯はまだ避難が完了していないらしい。パトカーの拡声器から放たれる荒々しい警告も、住民らを避難させるに至らず、それを成したのは迫り来るタイラントだった。

「おーい、どけどけぇ!」

 俺の叫声は外部スピーカーに通じていないようだったが、言われずとも住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、直前まで怒鳴り散らしていた警官も間一髪、踏み出されたタイラントの足を躱した。

 しかしちょうど足の真下にあったパトカーを踏み潰してしまったようで、民家を破壊しながら通過する際、後方から浴びせられる警官の罵声をセンサーが拾い、俺に聞かせた。

「ああもう、俺だって止めたいっての!」

「カメさん、私もう一度やってみます。しばらく集中するので何かあったら呼んでください」

「おお、よし、頼んだ!」

 ユーコの声が消えると途端に、家屋が破壊される轟音と喧しく動くレバーの音だけが際立ち、得も言われぬ心細さが運転席に満ちる。

 上空を旋回するヘリを眺めていると、機械的で重厚な、何者かの足音が後方から聞こえた気がした。その直後、益荒男じみた雄々しい声の無線通信が入る。

『暴走中のレイバーの乗員に告ぐ、聞こえるかぁ!』

 おおっ、と思わず歓喜の声が漏れる。後方の足音はこの声の主が操るレイバーによるものだろう。タイラントからの脱出に一筋の光明が差した気がした。

『こちら特車二課第二小隊! 今助けてやるぞぉ!』

 早速だが光明は断たれた。

 




こんな巨影が見たかった②

・「クローバーフィールド」の怪獣
ホームビデオ風に撮影される怪獣映画という、新地平を生み出した作品。
一人称視点独特の迫力と緊迫感は類を見ない。
しかし酔いやすい。筆者はピザポテトを食べながら見てしまい後半は吐き気との戦いだった。
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