巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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stage6:繭より出でし巨影 ①

 なけなしの私財を瓦礫の中から掘り起こし、行く当てもなく街へ出て二日目の夜。俺は快適なキャンピングカー内でソファに横たわり、鬱々と微睡んでいた。

「寝床があるってのは素晴らしいな……キミには感謝してもしきれないよ」

「カメさん……言葉と声音がチグハグですよ」

「許してくれよ……とんとん拍子でカメラも家も失って、心身ともにボロボロだぁ……」

 深い溜め息が車内に漏れる。気晴らしに点けたテレビの音声も、空しく響くだけだった。

 振込まで少し待たされるが、先行きのことを考えれば、レイバー損害保険に加入しておいて本当に良かった。最近はレイバーの暴走事故が相次いでいるらしく、保険料が吊り上がるようで、こう言ってはなんだが良いタイミングでの災難だった。

 取り調べ中に聞いた“HOS”という最新OS、あれは俺の予想以上にとんでもない代物だった。搭載するだけでレイバーの性能が三割上昇するとまで謳われ、そのシェア率はこの首都において八割にも上るらしい。

 確証はないが、相次ぐ暴走事故は全てこのOSが発端ではないかと思える。一連の事故の関連性を疑う声も既に上がってきているし、未だに公式の発表は無いが、いずれは警察及びメーカーから動きがあるだろう、というのが俺の今後の見立てだ。

 もっとも、それは俺の追うべき事柄ではない。俺が追うのは巨影であって作業用ロボの欠陥ではないのだ。

「……しかしまあ、この場合は、俺たちのせいでもあるのかね」

「何がです?」

「レイバーの事故に、世間の注目がさして集まらないことが。みんな俺たちの伝える巨影に夢中だ。嬉しいけど、これも世論の沸騰の阻害かなって」

 叔父の巨影サイトの閲覧数は破竹の勢いで上昇中だ。同志による翻訳も成され、海外からのアクセスも急増している。ゴールデンタイムに流れるニュースも巨影一色で、今や巨大生物は一種のムーブメントとなりつつあった。

 今朝届いた叔父からのメールを携帯の画面に映す。

『よくやったな。羨ましいぜ、あんな距離からゴジラを見られるとはな!

 こっちは草体の花が開いたが、まだ猶予はありそうだ。レギオンどもの姿は撮影できたが、何かが足りない気がしてしょうがない。それを見極めてみるつもりだ。お前も気をつけろよ』

 添付されていた画像は、青空のもと刺々しく咲き誇る草体だった。これはサイト上でもレギオンと並んで掲載されている。

 レギオン――全身が鋭い外殻に覆われ、多脚で這いずり人間に襲い掛かる、一つ目の化け物。五年前にも群れで姿を見せ、草体直下の地下鉄構内に蔓延り人々を襲っている。巨影とは言え体高は人間とさして変わらず、既知の怪獣でもあるが、その脅威は深く思い知るところであり、人々の関心度はサイトのアクセス数に強く反映されていた。しかし叔父はそれでも“何か”が足りないのだという。

「足りないって、何がだ? 何が足りない……」

 思考にふけりながら目を閉じる。次第に意識が混濁し始め、俺を励まそうとするユーコの声が遠く聞こえる。

「あ、カメさん、テレビテレビ! 妖精ショーですって!」

「妖精ねぇ、まあ巨影ではないかな」

 適当な返事をして寝返りをうつ。

「興味あるなら点けといていいよ。俺は寝るから」

「あれ、もう寝ちゃうんですか?」

「もうへっとへとなの。あんまり騒いで起こさないでくれよ。おやすみ……」

 おやすみなさい、という耳あたりの良い声を聞き届けると、俺はすぐに眠りに落ちた。事前の会話がそうさせたのか、典型的な妖精の少女が夢の中を華麗に飛び回り、聞き慣れない言語の美しい歌を聞かせてくれた。

 

――翌朝

「なんで起こしてくれなかったの!」

「だって起こさないでくれって言うから! むしろあの騒ぎでよく眠っていられましたね!」

 全く同感だ。自分の軽率な発言と鈍重に過ぎる鈍感っぷりに遅すぎる後悔が募り、ほぞを噛む気分で俯いた。

 

 

 俺が入眠し、ユーコが妖精ショーを見終わってテレビを消した後。人々が寝静まり、都市公園の駐車場も夜の静寂に包まれた頃合いに、それは突然やってきた。

 それは地響きと共にビルの影から現れ、木々の向こうの道路沿いに、駐車場の前を横切っていったという。巨大な芋虫のような姿、段々になっている表皮を捉えた瞬間、ユーコは件の謎知識によって正体を知った。

「わ、カメさんモスラですよモス――」

 そう俺に報告しようと声をかけそうになったらしいが、ここで俺の言葉を思い出し、口を噤んだらしい。是非とも臨機応変に叩き起こしてもらいたかったものだ。

 そして彼女はどうしたものかと考えあぐねた挙句……

「モスラはですねー、成虫になるために繭を作るんですねー。お顔がちょっと可愛らしくて……」

 小声でモスラの解説を始めたらしい。なぜだ。

 やがてモスラは去ってゆき、ユーコが居たたまれない気分で過ごしていると、モスラの去った方角から幾度となく爆発音が響いたらしい。らしい、というのはつまり、そんな状況に陥ってなお、どこぞの馬鹿は高枕を決め込んでいたのだ。

 

 

 これが昨晩の顛末らしい。俺は今ソファに突っ伏して唸っている。

「あのぉ、ごめんなさい、やっぱり起こすべきでしたよね……」

 俺の情けない姿に憐憫を禁じ得ないのか、弱い声音でユーコが謝罪した。

「いや、どう考えても一から十まで俺が悪い。謝らないでくれ。むしろ余計につらくなる」

 ふっと息を吐き、自らの頬に張り手を入れて気合を入れなおすと、運転席に向かう。

「よし、ジーっとしててもドーにもならない! 今からでも追うか! ユーコ、出発だ!」

「はいっ! あ、その前にもう一ついいですか」

 ユーコも普段の快活な調子に戻ったが、俺は訝しんで返す。

「なんだ? もしかしてまだ何かあるのか」

「はい。カメさんに会いたいって子たちを紹介したいんですけど」

「は? 俺に?」

 ユーコの発言の意味が呑み込めない。俺に会いたいというのは分かるが、彼女が仲介に立つ相手となると、てんで想像が及ばない。

「いや、待て。誰なんだその、俺に会いたいって奴は」

 ふと引きつった笑いが漏れる。

「まさか、幽霊の友達なんて言わないだろうな」

「あぁ、まあ、大体そんな感じですかね?」

 歯切れ悪く、しかし平然とそう告げられ、全身を巡る血液が一気に冷やされた。

「……昨晩、俺が寝た後に尋ねてきた、って言うのか」

「はい。あ、今もう()()()()()

 心臓が跳ね上がり、車内を隅々まで見渡す。運転席、その上の寝台、キッチン、収納棚。しかしゴキブリの一匹も見当たらず、動く物と言えば、壁掛けテレビに映る二人の少女だけだ。

「なんだ、脅かすなよ、ユーコ。いったい何が来てるって?」

「彼女たちですよ。ほらテレビのそれ、妖精ショーの」

「妖精ショー? ああ、昨晩やってた。これは録画か? ……あれ、このテレビ録画なんて――」

 その時。画面の中から俺に微笑みかけていた少女たちが、まるで立体映像のように――あるいは幽霊のように――画面からこちら側へと歩み出てきた。あまりの衝撃にソファに倒れ込み、呼吸ごと言葉が止まる。

 固まっている俺に、半透明の小さな彼女たちは可憐なカーテシーを披露してみせた。

『はじめましてカメさん。あなたにお願いがあって、ユーコさんを頼らせていただきました。私たちはコスモスと申します』

 見事に同調した二人の声が、まるで脳に直接訴えるように聞こえる。これはユーコとの会話時にも通ずる感覚だった。

「ちなみにお二人の名前は私が考えたんですよ! 綺麗なお洋服で、公園に咲いていたお花みたいだなって」

 確かに、彼女たちの着ている服は淡い暖色で、まるで西洋のおとぎ話から抜け出してきたような、優美なドレス姿だった。ニ十センチ程度のサイズ感もあって、精巧な西洋人形をも彷彿とさせる。

「あ、ああ、はじめまして……だよな。ユ、ユーコ! 頼むから一から説明してくれ!」

 そしてユーコから聞くところを要約すると……昨晩モスラが去った後、コスモス姉妹がテレパシーによってこの像を飛ばし、ユーコに接触。ひいては俺との接触を願い出たという。

 どうやら二人はモスラの巫女であるらしいが、悪辣な人間に捕まり、その者の企画した妖精ショーなどという興行に出演させられたようだ。しかし番組内で披露した二人の歌に反応し、モスラが彼女たちを取り戻すべくこの首都へ現れてしまった、とのことらしい。

「まあ、そこまでは分かった、信じよう。しかしそれならモスラに助けてもらえばいいんじゃ? 人間側の被害は気にしなくていいと思うぞ。自業自得だし、話の通りの速度なら避難はできるだろう」

「いえ、それが……」

「私たちの入れられている籠に、ガラスのようなものが被せられたのです。するとモスラとの繋がりが断たれ、今のモスラは私たちを探して暴走している状態です」

 なるほど、これでおおよその成り行きは分かった。その被せられたカバーには、彼女たちの脳波でも遮断する効果でもあるのだろうか。

「ん、ちょっと気になったんだが、なぜユーコとはテレパシーが通じる?」

「それは私たちにも詳しくは分かりませんが……」

「恐らく、ユーコさんの特殊性によるもの、としか言いようがありません」

 皆が頭を悩ます中、ユーコは極めて明るく振る舞った。

「きっと波長が合ったんですよ! 私とカメさんみたいに!」

 その様子に、俺も笑みが零れる。

「ああ、そうだな。と言うか、そんなところは問題じゃないよな」

 再びコスモス姉妹と向かい合い、小さな、しかし純真に俺を射貫く四つの瞳を見つめる。

「それで結局、二人は俺にどうしてほしいんだい?」

 二人は胸の前で手を組んで俺を見据えた。

「はい。このままではモスラは暴走を続け、人間に多大な被害をもたらします。それは私たちの望むところではないのです」

「そうなる前に、私たちを見つけだして助けてください。もしくは……』

 姉妹は目配せを交わした後、こう告げた。 

『モスラを止めてほしいのです』

 

 




流れの都合上挿入できなかった会話

 なぜコスモス姉妹が現れた時点で起こさなかったのかと問うと……
「だって、カメさんが起こすなって言うし……」
「人間の睡眠がどういうものか分からず、無理に起こしては体に障ると考え……」
「あー分かる分かる! 心配ですよねー!」
「私たちにはあまり無い感覚ですからね」
「なるほど、キミたちの波長が合ってるっていうのは間違いないな」
 女三人集まればなんとやら、俺はやるせなく溜め息をついた。
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