巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
「ユーコ、モスラってさ、せめて自動車くらいの大きさだったりしない?」
「しません」
「だよねー」
ユーコの変身したスポーツカーを走らせつつ、一抹の期待を込めて聞くも、一言で切り伏せられる。
「やっぱり二人の救出が現実的なんだが、相変わらずか?」
ボンネットから都市の風景を眺めていたコスモス姉妹が振り向く。
『はい、申し訳ありません。籠ごとどこかへ移動している、ということしか』
「私もずっと気配を探してはいるんですけど……どうも判然としませんね」
「となれば予定通りモスラの下へ、か。この胸の高鳴りはどっちかな」
モスラは姉妹の歌声に誘導されたのだから、昨晩妖精ショーが開催された劇場へ向かっていたはずだ。一先ずは俺たちもそこへ向かい手掛かりを探ることにしたのだが、その周辺は国の中枢機関が集中する地区でもある。故に先ほどから垂れ流しているカーラジオも、国そのものを脅かしていると言って過言でない、モスラに関連する情報で溢れかえっていた。
『昨晩開かれた妖精ショーを鑑賞した方の話によりますと、“自分たちを取り戻すためモスラが現れた”と、ショーの最中に小人の姉妹に注意を呼び掛けられた、とのことで――』
『主催者のクラークソン事務局長を非難し、姉妹の解放を求める声が大きくなっていますが、現在クラークソン氏は行方をくらませており――』
『彼が違法ブローカーであるとの噂もこれで肯定されたと見て間違いないでしょう』
「クラークソンとやらめ、このまま雲隠れって腹積もりか」
「許せないです! カメさん、逃がしちゃダメですよ!」
「ああ!」とすっぱり返事をしておきながら、内心では「そんなこと言われてもなあ」と弱音を吐いてしまう。どこへ逃げたかも知れない上、社会的、経済的な強者である彼に挑むのは、一小市民である俺には荷が重いというものだ。
『なお動物愛護団体が姉妹の権利を主張する声明を――』
姉妹が揃って首を傾げた。
『動物愛護?』
「気にしなくていいから、な? ほら、もう着くから」
不躾なエゴイズムから目を逸らさせようとラジオの周波数を変える。
『えー、議事堂前です。ここからでも分かるように、議事堂の左、衆議院側が破壊され、中央塔に寄りかかるように巨大な――』
「繭だよな、どこからどう見ても」
道路が封鎖されており遠目に見ることしかできないが、それでも見間違えようは無い。
蚕のそれを彷彿とさせる質感と色合いの、楕円形の巨大な繭が鎮座し、議事堂を糸で覆っている。それこそ蚕の繭部屋のようにだ。
「あれが本当にモスラなのか?」
『はい、間違いありません。モスラは幼虫から成虫になろうとしています』
昆虫型の巨影、いや怪獣……昨晩その姿を直接確認した者によれば、五年前にも姿を現した巨影らしいが、やはり繭だけを見てもその記憶は蘇らなかった。
「さて、今はこいつで撮るしかないかぁ」
携帯のカメラを起動し、ズームしていく。一眼レフと比較してはさすがに及ばないが、昨今の携帯はなかなか発達しており、それなりに見られる一枚が撮影できた。
周辺の様子も幾つか収めていると、ユーコが何かを発見した。
「わ、カメさん、あれなんですか?」
彼女が指さしていたそれは、ガードレールを破壊し歩道に乗り上げている戦闘機だった。一瞬我が目を疑ったが、よくよく観察してみれば得心がいった。
機体に傷らしい傷は殆ど見受けられなかったが、全体に渡ってクモの糸のようなものが絡んでいる。恐らく主翼や尾翼にモスラの吐いた糸が絡まり、操縦が困難になったのだろう。原型を留めて不時着していることが奇跡に近い。
「はー、これはまた……戦闘機っていうのは分かるが、詳しくないからなぁ」
規制線の張られている位置まで接近し、野次馬に紛れて撮影していると、先ほどの会話――傍からすれば独り言――を聞かれていたのか、訳知り顔の男性が話しかけてきた。
「これは
「ブイトール? と言うと、垂直に離着陸できるあれですか」
「そうそう。まあ実際は燃費の都合で短い滑走から離陸するみたいだけど、こいつじゃなかったら不時着なんてできなかったろうね」
「なるほど。……ついでに一つ聞きたいんですけど、これってこの国の機体、じゃないですよね」
規制線の奥に立ち、小銃を手に睨みを利かせている白人と黒人を見やりながら問う。
「そう、駐留軍のだよ。クラークソンの母国、いわゆる
歩哨の彼らに睨まれ、俺たちは口を噤んだ。やがて機体にブルーシートが被せられた時、複数の警察官が走り寄ってきた。
「この後モスラへの攻撃が始まりますので、皆さん急いで避難してください!」
野次馬はざわめきを残してその場を後にする。そこに紛れて歩く俺は、先ほどの男性に声をかける。
「さっきは色々とどうも。ついでに聞きたいんですけど、この辺に攻撃の様子を見られる場所ってありますかね。自分、こういう者なんですけど」
巨影サイトのカメラマンであることを示す名刺を差し出すと、彼は軽く目を見開いた後に笑顔を見せた。
「そうか、キミが大塚の甥っ子か。これも何かの縁だな」
今度は俺が驚く番だった。
「えっ、じゃああなたは……」
「初めまして同志、現実で会うとは奇遇だね。ハンドルネーム『
交渉の結果、彼の勤め先に潜り込めることになった。元よりこの騒動のせいで自宅待機の通知が届いていたようなので、ほぼ無人のオフィスビルには予想よりもあっさり侵入できた。
なぜ通知を無視して出勤したのかと彼に聞くと、「せっかく巨影が現れたのだから一目くらい見てみたい」とのことらしい。さすがは巨影を愛好する同志だ。
屋上へたどり着いてみれば、そこは議事堂と繭、その周辺まで一望できる最高のロケーションだった。
「素晴らしいですよ中将さん! これで後は……カメラさえあったなら最高だったんですけど」
「なに? 大塚は寄こさなかったのかい?」
「いえ、貰ったんですが……ちょっと、巨影を追う中で紛失してしまって」
ネルフのことは黙っていたが嘘はついていない。それを聞いた中将さんは一度自分のデスクに戻ると言い残し屋上から去った。一人残された俺にユーコが語り掛ける。
「カメさん、なんとなくですけど、あちらの方からお二人の気配がします」
「なに、どこだ!」
彼女の腕に顔を寄せて指さす方向を確かめる。不干渉の幽体であるからして、俺の頬辺りから腕が突き出す形になった。
「おそらく高い位置に来たので、障害物の干渉が無くなったのでしょう」
「先ほどまで人の手に持たれていましたが、今はまた何かに乗せられているようです」
姉妹の言うことにも耳を傾けながら、思考を口に出す。
「どこへ逃げるつもりだ? 空も海も港は抑えられているはず、なら……いや待てよ、確かこの方角……」
携帯から地図のアプリを開き、その方角に合わせてスクロールしていく。すると……
「そうか、駐留軍の飛行場だ! このままプライベートジェットで国外逃亡ってことか……!」
その時、姉妹の像にノイズのようなものが混じり始めた。
「どうやら、そのようです」
「今、籠が斜めになっています。恐らく離陸したのでしょう」
憤慨に手を握り締め、クラークソンの飛び立った空を見つめる。
『カメさん、私たちは、モスラは決して人と戦いたいわけではありません』
二人は屋上の手すりの上に立ち、俺に語りかけた。
「むしろ私たちは人が好きなのです。中には、私たちを利用する人もいます」
「しかしあなたのように助けてくれる人もいます。複雑で多様で、優しく逞しい人の心が好きなのです」
その言葉を聞いて、嬉しいやら情けないやら、支離滅裂な感情が混ざり合って涙が出そうになる。
「すまない、二人のことは絶対に助ける。だから少し待っていてくれ」
「そうです、必ず助けに行きますよ!」
二人は朗らかに笑って手を振った。
『はい、お待ちしております』
そして二人の像がかき消える。
「距離が……離れすぎました。ここからではもう何も感じられません」
一つ息を吸い込み、大きく吐いて心を落ち着かせる。今できること、そしてこの後できることはそう多くない。しかし今すべきはモスラへの攻撃の結果を見届けることだ。その結果如何では……人間の都合だけで見れば、姉妹の奪還は絶対条件ではなくなるのだ。
しかし頭を振ってその考えを――甘い皮算用、そして最悪の不義理を霧散させる。
その時、ビルの真下の道路を、軍用と思わしき車列が通過していく。大型トラクターに牽引される、巨大なパラボラアンテナのような機器を搭載したトレーラーが一際目立っていた。
「あれはもしかして、原子熱線砲か?」
横を見れば、中将さんがいつの間にか戻ってきており、俺と同様に手すりから身を乗り出して道路を覗き込んでいた。
「なんですかその原子、なんちゃらって」
「原子熱線砲。かの国が開発中と噂だった最新兵器だ。その名の通り、原子力をエネルギーにして熱線を発射するらしい」
「へえ……さすがは中将さんですね」
同志の中でもとりわけ兵器に詳しい彼は、いまだ世に知られていない兵器の情報も掴んでいたようだ。
「そうだ、これを渡しておこう」
中将さんが俺に差し出したものは、コンパクトデジタルカメラだった。
「僕の私物さ。そう値の張る物でもないけど、無いよりはマシだろう」
以前にカタログを漁った経験から、そう言って差し出されたそれが決して安くはない物だと分かる。彼は俺の話を聞いた直後に階下へ降りたので、期待が無かったと言えば嘘になるが、しかし……どうにも自分が卑しくなった気がする。
「いいんですか。正直本当に困っていたので、お借りしたい気持ちは山々なんですが」
「借りるなんて。ぜひ貰ってくれ」
彼はニヤリとあくどい笑みを見せた。
「なに気にしなくていい、後で大塚に請求するだけだからね」
それを聞き、俺も同じような笑みを作る。
「そういうことなら、遠慮なく! 叔父には飛び切り良いカメラを請求してください」
二人して笑うと、通過していく車両や、雲の多い晴れ空に飛び交うヘリ、そしてモスラの繭を写真に収めていく。
やがて繭の周辺のヘリが一斉に遠のいていく。中将さんは自身も装着しながらサングラスを俺に差し出した。
「そろそろ攻撃らしい。キミも付けておきたまえ」
「やはり光線を直接見るのはまずいんですか」
「恐らくね。雲が晴れた時を考えて持ってきたが、存外役に立ちそうだ」
突如ユーコが慌てふためき始めた。
「カメさん、私サングラスなんて付けられないです! ど、どうしましょ!」
「心配なら目つぶっておきなよ。絶対いらないと思うけど」
中将さんに聞きとられないよう小声で返すと、扱いがぞんざいだとして不服を訴えられ、俺は一人笑いを堪える。どうも俺は彼女の小言が好きなようだ。
しかし今はそんなことに構っていられないと聞き流していると、いよいよ攻撃が始まった。
ビルの影から照射された赤い熱線が繭に当たり、表面を赤く染め上げたと思うと、見る見るうちに繭は炎上を始めた。凄まじい熱が肌に伝わってくるその様を、少しでも伝えようと動画撮影に努める。
「これは……モスラの姿は、いよいよ見られないかもしれないね」
中将さんの呟きに内心で疑問を呈す。果たして、巨影とはそう簡単に駆除できるものなのだろうか、と。そこには、コスモス姉妹を取り戻すべく現れたに過ぎないモスラに対する、憐憫のような感情も含まれていたのかもしれない。
体感的にかなり長い時間続いていたように思われる照射が止む。その後に残されていたのは無残に焼かれ、白く艶やかだった表面が黒々として焦げている繭だった。その様に生命力というものは感じられず……死を迎えたようにしか見えなかった。いつの間にか、太陽は雲に隠されていた。
遠方で旋回していたヘリが戻ってくる。その中には報道ヘリも含まれているのだろう、中将さんが携帯からテレビ放送を受信していた。
『ご覧ください、モスラの繭は完全に焼かれ、もはや生きているとは思えません。一先ずの危機は去ったとみていいでしょう』
上空から映される繭も、この屋上から見るものと変わらない印象を与え、レポーターもその死を、人類の勝利を疑っていない様子だった。しかし――
俺は見てしまう。繭の上方の表面に、僅かに走った亀裂を。それはカメラマンも同様に気づいたらしい。動揺してか画面端に自らの腕が映っていることも気にかけず、大声でその亀裂を指摘している。
『あっ、あれはなんでしょうか! 繭の表面、見えますでしょうか! 僅かに亀裂のようなものが――!』
レポーターの声が止まる。裂け目は実況の暇すら与えず繭の表層を走り、何者かが内側からそこを押し破ろうとしている様が見て取れた。いや、“何者か”などと、そんなことは分かり切っている。
俺は画面から目を離し、肉眼で繭の様子を捉える。雲間から幾筋もの光が差し込こみ――たしか天使の梯子、という現象だったか――幻想的な光景を生み出していた。焦げた繭を押し砕き、顔を出した複眼の巨影……怪獣の名を、改めて俺は呼んだ。
「モスラ……!」
青く光る複眼、一対の触覚、オレンジを基調とした鮮やかな体毛。やがて全身が露出すると、朝露の中で羽化し、朝日を浴びて飛び立とうとする蝶の如く、極彩色の巨大な羽を空に広げた。鱗粉が舞い、雲間からの日差しに反射して金色に瞬く。
甲高いその鳴き声を聞いて、俺はどこか安心してしまった。どうしようもないエゴイズムだった。
今回の選択肢
カメラを貰う際
①いいんですか、と確認する→本編通り
②そんな、受け取れませんよ! と恐縮する→「大塚の甥とは思えないね」
③いいんすか!? やったー! と喜んでいただく→「ああ、大塚の甥だ」