巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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stage6:繭より出でし巨影 ③

 指揮系統が混乱しているのか、モスラへの即時攻撃は行われなかった。それは羽化から飛び立つまでの猶予を計算に入れてのことかもしれないが、そこらを飛ぶ蝶や蛾などとモスラを同等に見るべきではなかった。

 モスラはものの一分程度で巨大な羽を高々と掲げ、大きく振り下ろす。すると議事堂周辺にもうもうと砂煙が立ち込め、今にも飛び立ちそうな力強さを見せつけた。

「まさか、もう飛べるのか?」

「見る限りじゃ、そうとしか思えませんね」

 シャッターを切りながら中将さんにそう返事をしていると、予想通りモスラは二振り目で体を宙に浮かせ、一定の高度でホバリングを始めた。議事堂を覆いつくすような巨体が宙に浮かび上がる様は圧巻だったが、モスラが向きを変えこちらに向かってくると、すぐに観察の余裕は無くなった。

「おっと来た、か……!?」

「何かに掴まれ!」

 そう言って中将さんは手すりにしがみつくが、俺は足元に広がるデッドゾーンに目を見開いていた。屋上全域を覆いつくすそれは、しかしこれまでの血のような赤色とは違い、警戒色ともとれる黄色をしていた。

 時間が引き伸ばされているように感じる。しかし熟考する猶予はない。このデッドゾーンの意味は分からないが、俺が選べる選択肢は三つ。手すりにしがみつくか、今からでも屋内へ逃げ込むか、それとも室外機の影へ隠れるか。

「カメさん、早く!」

 ユ―コの声に反応し、咄嗟に手すりにしがみつく。見上げてみればモスラは目と鼻の先まで迫っており、巨大な影が俺たちを覆いつくした。黄色と朱色、そして黒から成る羽の模様は、見ようによっては太陽のプロミネンスのようで、それが日差しに透けて浮かび上がるように見えたものだから、あまりの美しさに俺はつい腕に力を籠めることも忘れ見惚れてしまった。

モスラが頭上を飛び去った、その瞬間。凄まじい乱気流が屋上に吹き荒れ、嵐に曝される枯葉のように俺の体は浮かび上がった。咄嗟に手すりに引っ掛けた指もすぐに剥がれ、空へ吸い出されるように飛ばされてしまう。

「カメさん!」

 ユーコの声は単なる悲鳴ではなく、明確な意図を持って俺の名を呼んでいた。藁をも掴む気持ちで彼女の声のする方へ両手を伸ばしてみると、掌に柱のようなものが当たり、咄嗟にしがみつく。それはしっかりと固定されているようで、俺の体をその場に留め続けてくれた。

 やがて風が止み、重力に従って足が地に着くと、力を入れることができずその場にへたり込んでしまった。荒い呼吸のまま見れば、俺が今いる場所は階段室の上で、咄嗟に掴んでいた物は避雷針だったようだ。後方は屋上の末端であり、先端が折れ曲がったこの避雷針に掴まっていなければ、間違いなく中空へ放り出されていただろう。

「はあ、生きてる……ありがとう避雷針、あとユーコ……」

「カメさん、よかった! でもついでみたいな感謝は受け付けませんよ!」

 彼女も口が良くなったなぁ、などと苦笑しながら立ち上がり、飛び去っていくモスラの後ろ姿を見上げる。あれほどの巨大生物になれば、羽ばたくだけでも甚大な被害をもたらすのだと、改めて、痛いほどに理解した。

「おーい、大丈夫か!」

 中将さんが階段室前に走り寄ってくる。

「はい、なんとか! 中将さんもご無事ですか」

「ああ、こっちもなんとか。しかし凄かったな! お互い無事で済んで良かった、が、まあ……」

 そう言葉を切って、彼は周囲の被害を確認した。俺も見やれば、屋上の室外機はバラバラに引き倒され、周辺のビルのガラスは廃墟の如く割れている。道路上を見れば車は横転し、物によっては一階部分に突入しており、街路樹も殆どがなぎ倒されていた。

「酷いですね、これは」

「ああ。何と言うかな、モスラの羽ばたきからはこう、怒りのようなものを感じたよ。早いところ姉妹を帰してやらないと大変なことになる」

「ええ……まったくです」

 俺は直接コスモス姉妹と関わりを持ち、誰よりも事情に精通している。故に打つ手の残されていない現状が心苦しい。自身の矮小に俯いていると、恐怖のぶり返しと勘違いしてか中将さんは気を遣ってくれた。

「まあ、しばらく休んでいてくれ。僕はちょっと社の被害を確認してくる」

「はい、あの。ありがとうございました」

 彼は笑って階段室へと消えた。一人きり……いや、ユーコも入れて二人きり、静かになった屋上に座りなおす。鬱屈とした気分だが、雲の合間から覗く青空は澄んだものだった。

「カメさん、聞きたいんですけど、もしモスラを追う手段があったら追いますか」

 意図は測りかねたが、熟考はせずに軽く答える。

「いや、モスラより姉妹を追うかな。あの巨体を止めるよりは現実的だ」

 モスラの飛び去った方角を見やりながら答える。大陸遠洋沿いに本国へ戻るものと思われるクラークソンの航路とは少々のズレがある。やはりモスラは姉妹の位置を特定できないでいるらしい。そうして彼女らを探して飛び回るうちにことごとくを破壊してしまうのだろう。人類も指を咥えてみているわけにもいかず攻撃を加え、モスラは反撃し……

『カメさん、私たちは、モスラは決して人と戦いたいわけではありません』

 コスモス姉妹の言葉がどうしようもなく思い返される。

「じゃあ行きましょうカメさん、追いましょう!」

 は? と口から疑問が零れ、その後に乾いた笑いが生じる。

「今更どうなるもんか。ちんけな人間一人でさ」

「カメさんは()()()なんかじゃありません! 何より、一人じゃありません!」

 その言葉と同時に、巨大な翼が屋上に現れる。二対四枚の主翼と水平尾翼、一対の垂直尾翼、鈍くぎらつくその機体に俺は見覚えがあった。

「これ、さっき墜落してた……!」

「こんなこともあろうかと! 撮影の間に観察しておきましたよカメさん! さあ、お早く!」

 体が歓喜に打ち震える。階段室の屋根から梯子伝いに急ぎ降りると、機体に抱き着いた。

「ああもう、キミってホント最高だ、相棒!」

 離陸の準備に入っているのか、機体は熱を帯びていた。

 

「おっと、ユーコ! このコックピットは!?」

「普通に操縦するのは難しいだろうと考えたので、カメさんにはイメージを伝えてもらいます。エヴァがそういう操作性に近かったので、参考にしました」

 そこには複雑な計器類などは一切なく、エヴァのプラグ内で見たものと同様、一つの座席と左右の手にそれぞれ握る操縦桿が構えられているのみだった。唯一の相違点としては、こちらには従来の戦闘機のように厳重なシートベルトが付いているのみだった。

 座席に着きベルトの装着に苦戦しながらユーコを褒め称える。

「本当に気が利くなあキミは! 実際、操縦なんかできないだろうしな」

「カメさんが脳で機体が体、だから私が脊髄(OS)、ってことですよね!」

 彼女はレイバーとOSの関連についての説明を覚えていたらしい。もっともこの場合、単なる信号の伝達役どころの働きでは済まないが。

 ベルトを締め終わりコックピット上部を覆うキャノピーが閉まると、エンジンの高まりがキャノピー越しにも鮮明に聞こえたし、体に感じられた。

「さあ行きますよカメさん、いいですか」

「ああ、よし……なあ、エヴァみたいに痛みがフィードバックするってことは」

「ありませんから! ほら、イメージしてください」

「お、おう!」

 操縦桿を握り締め、機体が垂直に上昇する様を強くイメージする。その途端一際強くエンジンが甲高い唸りを上げ、視界が徐々に昇っていく。周辺に立ち並ぶビルの丈を超えれば、角ばった首都の街並みが見渡せた。

「お、おお、すっげぇ……!」

 感動に息を飲んでしまうが、ここからが本番だ。モスラに追いつくための速度を得るべく、推力のベクトルを変えなくてはならない。

「よし、行くぞユーコ!」

「はい!」

 イメージ通りに機首が持ち上がり、下方に熱気を打ち付けていたノズルの向きは徐々に後方へと移り変わる。それに従い機体は上昇から前進に転じ、加速による圧が俺の全身に降りかかった。

「んっぐ……!」

 旅客機ならば乗ったことはあるが、あれがいかに乗客の居住性に重きを置いていたか、まざまざと感じさせられる。肺が押しつぶされるような急加速に、言葉にならない苦悶の声が口の端から漏れ出した。

 ふと横目に外を見やると、斜めになった世界が眼下に広がり、遥か遠方まで続く平野を埋め尽くす首都圏が一望できた。普通ならその光景に感嘆を隠し得ないだろうが、正直言って今は耐え忍ぶだけで精一杯であるため、表情に示されることはなかった。

 やがて低きに流れていた積雲群が眼前に迫ってくると、ようやくユーコが声を発した。

「あ、カメさん、もしかして辛いですか?」

「ああ、すっ、ごくな……!」

 何とかそう返事をすると、体にかかっていたGが突然に減退した。

「……いやなんで?」

「私の力をもってすれば、地球の物理学なんて何のそのです!」

 表情を見ることはできないが、間違いなく得意げなあの表情で胸を張っていることだろう。

「……ああ、ありがとう」

 色々と言いたいことはあるが、なぜもっと早くやってくれなかったのか、との文句を口にはしなかった。胃の内容物を見たくはなかったのだ。

 

 密にひしめいていた雲の層を超えると、遥か高層にうろこ雲が広がる、晴れやかな青空が視界を統べた。

「おお~……」

 ユーコの計らいによって余裕も生まれ、広大無辺な光景を前に感嘆が漏れる。純白の雲海の隆起がどこまでも続き、さながら天上の世界といった様相だ。

「現在モスラはこの高度、約三千メートルを維持しているようです」

「おお、吉報だな。これだけ高いなら地上への被害は一先ず大丈夫か。よし、今のうちに二人を取り返そう」

「はい! いっきまーす!」

「あー、その、上昇は徐々にでいいから……」

 先ほどの急加速に伴うGへの恐怖が体に染み付いているのか、胃がまた不快感を発し始めた。

 

 しばし雲上の世界を飛行していると、心なしか鼓膜を揺らす騒音が減少しているように感じた。

「ただいまマッハを突破しました」

「おおっ、これが音速の世界か! ……あんまり分からんな」

 見える風景は一面の雲と動きの無い青空、さらにはGまで減退されているのだから速度感というものが今一つ実感できなかった。唯一騒音が減ったような気がする、という程度だが、エンジン音を置き去りにしているのだろうか。

「この調子ならいずれ追い付けそうだな。ユーコ、反応はまだ無いか」

「はい。もう少し集中してみますので、しばらく操縦お願いします」

「了解。頑張ってくれ」

 ユーコの声が途絶える。先程からこうして、“テレパシー”と言えばいいのだろうか、彼女たちだけが持ち得る交信能力によって正確な位置を把握しようと試みている。未だ反応が無いことが若干不安ではあるが、クラークソンが本国に逃げ帰るものとの想定が的中していることを願うばかりだ。

 前方に見えていた巨大な入道雲が接近しているため舵を切る。ユーコが意識を交信に集中させているときは俺の判断を主体として舵を取らねばならないが、不安でもあり、しかし高揚を抑えきれないものでもあった。男の子の夢、パイロット。ほぼ全てをユーコに頼り切りとは言え、自ら戦闘機を駆れるなど夢のような体験だ。

 もうもうと立ち昇る巨大な入道雲に沿って迂回していく。地上に居る時は遥か遠く、一種の壁画のようにそびえていた夏の風物詩が眼前に屹立している、という非日常体験にまた高揚感が立ち昇る。

 その巨体に太陽が隠された、その時だった。

 横目に雲を眺めていた視界の端が赤く色づく。バネが仕込まれているような速さで正面を見れば、前方を遮るように巨大なデッドゾーンが出現していた。

 危機に瀕して世界にスローモーションがかかる。デッドゾーン回避のため旋回すべく舵を切り、それと同時に入道雲の側面を見やる。不気味に霞む二つの青い光が、ぼんやりと雲の奥に現れていた。一拍遅れて、それが巨大な双眼であることを理解し血の気が引く。

「うあぁぁっ!」

 機体をロールさせ旋回すると同時に、それは雲を突き破って眼前を通過した。青い複眼、三対六本の脚……巨大な翼。掠めるような至近距離から離脱した後、下方から見上げれば、モスラは青空を背景に力強く羽ばたいていた。

「カメさん、どうしましたか!」

 機体の急激な運動にユーコが気づく。

「モスラだ! 雲から飛び出してきた!」

 モスラは旋回した後、俺たちの背後へ回り追従してきた。

「なんで付いてくるんだ!?」

「わ、私たちがお二人の場所を知っていると、思っているのでは?」

「その割には攻撃的なような――いや、待てよ」

 想起されたのは数時間ほど前の会話。

『ちょっと気になったんだが、なぜユーコとはテレパシーが通じる?』

 そう、確かこの後の一言。

『きっと“波長”が合ったんですよ!』

「キミかぁ!」

「ええ、私!?」

「波長だよ! キミと姉妹の波長が似てるんじゃないか!? キミの発信したテレパシーを姉妹のものと勘違いして!」

「で、でも! じゃあなんで攻撃されるんです!?」

 後方を見れば、先程より更に接近したモスラの碧眼が俺たちを捉えている。

「姉妹の近くにいる人間は敵だからだろ! 俺が攫ったものと思ってる!」

 全て仮説ではあるがそれが真相であると確信が持てた。その証拠に……デッドゾーンが機体を覆いつくしていた。

「ユーコ、武装は使えるのか!」

「ええ!? つ、使えますけど、モスラには!」

「傷つけるわけじゃない! あれあるか、あの――!」

 モスラが一層強く羽ばたいて急接近し、機体の上方から襲い掛からんとしたその時、機体をロールさせ背面飛行をしながら、強烈な光を伴うフレアをばら撒く。それに驚いてか、機体を元の姿勢に直した時、モスラは俺たちから距離をとっていた。

「や、やりましたね!」

「一回限りだがな! 次はどうしようもないぞ!」

 速力を上げて振り切ろうとするも、モスラは俺たちの想像を超える速度を誇り、一向に距離が離れることはなかった。

 やがて狙いを澄ましたのか、軽く上昇した後、急降下と共に突進してきた。凄まじい速度で迫りくる巨体に息を飲んだ、その時。

視界の、意識の外から飛来した巨大な影がモスラに衝突し、二体は軌道を変えきりもみ状態で落下していく。積雲に突入する手前で二体は素早く距離をとり、モスラは旋回しながら上昇、横入りしてきた巨大な影……青い巨人は、俺たちに接近して並び飛んだ。

「……青い、ウルトラマン?」

「彼は……コスモス、ウルトラマンコスモス。月の優しき光の如き、慈しみの青い巨人……」

 奇しくもモスラの求める姉妹と同じく、“コスモス”の名を冠するウルトラマンは、淡く光を放つ柔和な目で俺を見据えていた。

 




今回の選択肢

このデッドゾーンの意味は分からないが、俺が選べる選択肢は三つ。
①手すりにしがみつく→本編通り
②屋内へ逃げ込む→間に合わず飛ばされ、避雷針へ
③室外機の影へ隠れる→倒れ掛かってくる室外機を躱すQTE
④気合いだ! 仁王立ち!→死
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