巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
やがて雲海の直上にまで降下すると、ジェット機は水平飛行に移行した。今後どういう航路をとるかは分からないが、どちらにせよ俺はクラークソン一行と直接言葉を交わす気でいた。そのために必要になるのが強襲作戦第二段階……殴り込みである。
「ユーコ、次だ! 右側後方のドアを開け!」
大声でそう呼びかけるとユーコの返事が聞こえ、丸みを帯びたドアが僅かに奥へ押し込まれた。内部と外部の気圧差はこの高度に来て解消されたが、しかしドアは開ききらない。ここからは人の手で成すしかなさそうだった。
「コスモス、近づけてくれ!」
全身全霊を籠めてやろうと袖を捲りつつ頼むが、コスモスは空いている片手の人差し指をドアに当てると、まるでプラスチックの玩具を壊すように軽々と押し破った。千切り取られたドアが枯葉のように後方へ飛ばされていく。
「あ、ありがとう……なんか、色々と馬鹿馬鹿しくなってくるな」
改めて思い知らされる規格外の存在に、苦笑の混じった愚痴が飛び出してしまう。
コスモスが俺を乗せた手を入り口に着けると、俺は念のため大きく跳んで機内に乗り込んだ。高級そうな絨毯の床に手をついて立ち上がり、振り返ると、コスモスは飛行機と並び飛んでこちらを見ていた。
「ありがとう。後はこの機体を守ってくれ。でも、もしモスラがあの戦闘機を撃墜したら……なるべく中の人も助けてやってほしい」
コスモスは頷くと、上方へ飛んで姿を消した。恐らく機体の直上に構えてモスラとこちらの様子を随時窺うのだろう。後ろにウルトラマンがいるということだけで、不安に駆られる心も幾分か強く持てるというもの。
俺は深く息を吐いて周囲の様子を確認する。ここは機体後方の通路となっており、奥には屈強な外人が一人倒れ込んでいた。これが急減圧による副次的効果で、クラークソン含めその周囲を固めているSPらを纏めて行動不能にしてしまいたいという魂胆があった。俺一人程度なら簡単に取り押さえられるだろう体格の男が伏している状況から見るに、この手はそれなりの効果を上げているとみて良いだろう。
その時、どこからともなくユーコの声が届いた。
「カメさん、ご無事ですか」
「今のところ問題なく。姉妹の場所は?」
「今は機体のコントロールで余裕が無いのでテレパシーはできませんが、恐らく機体前方かと。コックピット付近が騒がしいです」
「まだ残ってるのか。了解、行ってみよう」
全員が失神しているわけではないようだが仕方がない。SPの男の懐を探ると、銃火器の類は持ち合わせていなかったが、伸縮式の特殊警棒を発見した。それを拝借しつつ周囲を警戒しながら、機体前方へ繋がる引き戸の向こうの音を聞き取る。
扉に耳を当てようとしたその時、ちょうど部屋側から開かれ、俺と黒人男性の視線がバッチリと噛み合った。この瞬間俺の脳内で起きた嵐の如き思考の渦は、眼前の彼より一瞬早く次の行動をとらせることに成功した。
厚い肩を引っ張り背後を取ると、背中に延長前の警棒を押し当てて「フリーズ!」と叫んだ。さすがは銃社会に生きる人間か、すぐに抵抗を止めこちらの指示する通りに動いた。「ワカッタ、オチツケ……」と片言で語り掛けてくる。
そこはソファやテーブル、果ては大型モニターまで完備された、高級ホテルのラウンジのような一室だった。立っている者は俺と人質の男、そしてもう一人、明らかに東洋系の顔立ちで、口髭を蓄えた太った男だけ。
黒人の男を盾にする俺に、口髭の男が狼狽した様子で叫んだ。
「き、貴様! いったい誰だ! どこから潜り込んできた!」
「お空からな。もうモスラとウルトラマン……コスモスが現れたのは知ってるな」
「あ、ああ! なんだ、姉妹を返せということか!? 冗談じゃない、あれはもうウチの物だ!」
顔を紅潮させて身勝手なことをのたまう彼に、怒りがふつふつとこみ上げてくる。
「それこそ冗談じゃない、このままじゃ全員死ぬぞ! もうモスラはとっくに
「奴は護衛機が片付ける! それよりウルトラマンとやらは人間の味方じゃなかったのか! そのコスモスって輩は何をしてる!」
「貴様……!」
怒声を発しようとしたその時、どこからか聞こえた異音により全員の視線がその方角の窓へと集中する。丸みのある窓枠の向こうを、戦闘機が煙を上げながら降下していき、ウルトラマンコスモスがそれを追うように通過した。
どうやらモスラは最低限の反撃か、あるいは単なる事故かによって墜落させてしまったようだが、パイロットだけはコスモスが救ってくれるだろう。
「分かったか、モスラ相手じゃ戦闘機なんて――」
その言葉は突如反撃に打って出た黒人男性の肘打ちによって遮られた。側頭部にそれを食らった俺は部屋の端のソファまで飛ばされ、気を失っている他のSPに躓いて座面に倒れ込む。チカチカと明滅する視界に目を眩ませていると、警棒を持つ腕が押さえつけられ、首に手をかけられた。体重を乗せて締め上げられる喉から掠れた呼気が漏れ出す。抵抗しようにも体勢、あるいは体格の差によって徒労に終わり、意識が遠のく感覚を覚え始めたその時、ユーコの声が聞こえた。聞いたこともないような怒号だった。
「カメさんから、離れろっ!」
途端に地面が、いや機体が傾いた。突然の事態に黒人SPの体勢が崩れ、腕の力が緩んだ隙に腹を蹴って押しやると、重力に従って彼は反対側の壁まで転がり落ちた。間もなく機体は完全に横転し、床は壁と化し、固定されていなかった椅子や小物、気を失っていたSPたちは片側の壁面へと
咄嗟に固定式のテーブルの足に掴まっていた俺は狙いを定め、立ち上がろうとする黒人SPへと一拍遅れて落下する。
「どぅおりゃあぁぁぁっ!」
気合を込めて放たれた両足によるドロップキックが背中に決まると、彼は肺から空気を漏らし、べちゃりと潰れるようにして気を失った。
流れから暴力沙汰になってしまい、呼吸を荒げたまま立ち上がる。俺と同じタイミングで立ち上がった口髭の男は、乱れた髪の向こうから俺を睨みつけ、懐から髭剃りのような物を取り出した。それが殺虫灯のような音を発し、ようやくスタンガンであることを理解した。
その時、一帯の床が黄色に染まっていく。モスラが頭上を通過した際に出現したものと同種のデッドゾーンだった。
これの正体を後々考えた結果、準デッドゾーンと呼ぶに値するものではないかとの仮説に行き当たった。つまり、デッドゾーンはその範囲内に留まればほぼ確実に死が待つエリア。しかし準デッドゾーンは“下手したら死ぬ”という程度の危険度なのではないかと。つまり先ほどは下手こいて死にかけたのだが……閑話休題。
「ユーコ、一回転だ!」
「え、あ、はい!」
スタンガンは素人には扱いが難しいらしいが、触れただけで行動不能に陥る脅威である。接近せずに状況を打開する策はユーコにこそあると考えた。
「食らえ、ぬおっ!?」
こちらに駆けようとしていた口髭の男が、回転を始めた機体に足を取られて転倒する。俺は回転に合わせ、障害物を避けながら彼へ接近する。天井と床が完全に逆転し、まるで滑車を回すハムスターになった気分だ。頭上を通る固定式のテーブルを屈んで躱し、再び壁面を歩いた後にソファを跨ぎ、床へと戻る。しかし彼は姿勢を整えることも叶わず、ビンゴゲームのナンバーボールのように重力に沿ってもんどり打つだけだった。
機体が本来の体勢を取り戻すと、そこにあった万物は台風の後のように一辺に寄せられていた。その中から手放されたスタンガンを拾い上げ、それらしきスイッチを押してみると、電極の間に青白いスパークが発生した。
頭を打ったのか目を回している口髭の男に歩み寄り、そっと首筋に二又の先端を押し当てると、理解が追い付いていない様子で彼は俺を見上げた。
「あ」そしてスイッチを押す。
「がああっ!!」
短い悲鳴を上げると共に眼球が上を向き、筋肉が硬直し肩をすぼめた姿勢のまま倒れ込んだ。若干、アンモニアの香りが鼻を突く。
「はぁっ……ユーコ、助かった。名パイロットだな」
「もう、どうなることかと……必死で何も覚えてませんよ」
俺のために能力以上の働きを示してくれたことが嬉しくて、少し頬が緩んだ。
揺れが強くなりふと窓の外を見やると、下方の雲海に突入したのかほぼ視界が無かった。
「このまま雲の下まで行くか。コスモスも戦闘機を追って下りたし……モスラも見失って攻撃してこないかも」
ユーコが苦笑交じりに言う。
「そうですね。でも今の脅威はモスラより人間です。この後もお気をつけて」
その気遣いに頷き、スタンガンを手にしたまま次の部屋へ向かう。一部がすりガラスになっている扉の脇に立つと、壁を背にするようにして慎重に開いていき……突如鼻先に現れたレーザーポインターのような赤い線――デッドゾーンに気づき、思い切りのけ反った。
けたたましい爆竹のような音と、ガラスの砕ける音が同時に鼓膜をつんざく。降り注ぐガラスに反射的に目を瞑ると、扉の向こうから男の声がした。
「動クナ! コッチハGunガアル!」
片言でも話せる者がやたらに多いな、と思いつつ、激しく脈打つ心臓を胸の上から押さえる。
砕けたガラスの合間から部屋を覗き見ると、そこは細長いテーブルと多数の椅子が用意された会議室のような空間だった。もっとも、先程の回転のせいで椅子はことごとく倒れ散らばっていたが。
そのテーブルの向こうで、体格のいい白人男性が拳銃を構えていた。髪は乱れ、その形相には並々ならぬ切迫感が見て取れた。
「姉妹をモスラに返せ! この飛行機もじきに落とされるぞ!」
「ダマレ!」
もう一発銃声がして、俺が背にしている壁面に衝撃が走る。
「ちっ、興奮でまともに話せやしないか。飛行機の中でバカスカ撃ちやがって」
「カメさん、どうしましょう」
戸惑うユーコの声を聞きながら考える。こちらはスタンガン一つで彼を制圧しなければならないが、近づくことは困難だ。もう一度回転を挟んだとしても、よほど大きく体勢を崩さなくては照準を逸らすことはできず、しかも既に経験済みの事象で対応されるかもしれない。
ここで体にかかる浮遊感に意識が向き、この飛行機の現状を思い返す。下降、加速からの急激な機首上げ……そこから生み出される現象。
「ユーコ、機首を四十五度くらいまで上げて上昇してくれ。全力だ」
「わ、分かりました!」
恐らくユーコは俺の狙いを察していないが、素直にその指示に従ってくれた。床が傾き、体にかかるGが一挙に増す。その場に縫い付けられたように身動きが取れなくなり、これに白人の彼も騒ぎ立てた。
「ナンダ! Pilotハ何ヲヤッテル!」
残念だが今のパイロットはうちの子なんでな、と心中で小僧のように舌を出す。しかし彼はなぜ悪態ですら片言で話してくれるのか。
やがて雲海を抜け広大な青空が窓の向こうに広がり、それでも上昇を続け更に高きへと昇っていく。気圧の低下に伴い、鼓膜が膨張しているような痛みを耳孔の奥に感じ、頭痛と眩暈が襲い来る。
「ユーコ、今だ! 出力を下げて、放物線を描くように下降!」
「はいっ!」
鳴り響いていたエンジン音が収まり、機体が空中へ放り出されるような軌道を描き始める。それと同時に体にかかっていたGが一挙に抜け落ち、逆に自重が空気中へ分散していくような浮遊感に包まれていく。
「What the fuck!?」
流暢な悪態が聞こえ、彼の体も
銃声の後、もはや聞き取れなくなった外国語での悲鳴が聞こえ、俺は机の影から飛び出して天井へと≪着地≫した。逆さになった世界で彼は、ぐるぐると縦回転しながら、溺れているようにもがいていた。無重力空間で支柱も無く銃を撃てば、反動でコントロールを失うだろうとみていたが、どうやら功を奏したようだった。
天井を蹴って飛び出し、スタンガンを持った右腕を突き出して構える。
「シュワァーッチ!」
自然と出た掛け声と共に白人の彼に突っ込み、腹部へスタンガンを押し当てる。
「Ahhhhhh!!」
金切り声を上げ背筋を伸ばし、体を硬直させる彼の手から拳銃を弾き飛ばす。それは無重力の空間に漂った後、吸い寄せられるように床へと落下した。それは俺たち人間、椅子などの小物類も同様で、一斉に重力に引かれ地へと這いつくばる。
「オッケーだユーコ! 徐々に水平飛行に!」
「はい!」
機体が下降から水平飛行に移行すると、ようやく従来の重力が戻ってくるが、一時は無重力環境に置かれた身は普段以上に鈍重なものに感じられた。よろめいて立ち上がり振り返ると、白人の彼は未だ呻き声を上げて蹲っていた。
「凄いですねカメさん、今のってなんですか?」
「ああ、今のはパブリック……いやパラボ、んん? まあ、要するに無重力飛行だ。加速、急上昇からエンジンを緩めて放物線で放り出されると、機内の重力がゼロに近くなるっていう現象だ」
正しくはパラボリックフライト(放物線飛行)という。自由落下運動により無重力、もとい微小重力状態を作る技法だ。是非とも体験したく以前色々と調べたのだが、一介の学生には手の届かない価格設定であったため泣く泣く諦めたという経緯がある。命のかかる緊急時ではあったが、夢に見た無重力体験に興奮していないという方が嘘になる。
「まあ、胃の中が空になってて良かったよ。よくやってくれたな、ユーコ」
「いえそんな、ただ指示通りに……カメさん!」
機首へと向かいかけたその時、ユーコの声に振り向くよりも早く、俺の胸を貫く一筋のデッドゾーンを捉えてしまう。振り向けばやはり、這いつくばった姿勢のまま銃の元へ移動していた白人の彼が、銃口をこちらへ向けようという瞬間だった。
今回の選択肢
ちょうど部屋側から開かれ、俺と黒人男性の視線がバッチリと噛み合った。
①素早く拘束する→本編通り
②猫だましをかます→びっくりするがそれだけ。ゲームオーバー
③殴りかかる!→戦闘開始。大概負ける
④偶然迷い込んだように装う→選択式の会話が始まる