巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
これまでと同じ、危機に瀕し時間は静止に近づく。しかし体は思考に追いつかず、もはや銃弾の回避は不可能に思えた。おまけに、線状のデッドゾーンは次から次に発生していく。仮に、奇跡的に一発目を躱せたとしても、続く二発、三発目で俺は……死ぬ。
その本能的な恐怖は体を意思なきままに動かし、みっともなく両手を前に突き出させる、原始的な防御姿勢を取らせた。もはやこれまでと目を瞑ると、銃声が三度響き渡る。
……しかし、恐れていた痛みも衝撃も無い。目を開いてみると、そこにあったのは光の壁だった。正八角形の波紋を描き、小さな明滅と共に三発の銃弾を中空に押し留めていた。やがて力尽きたように銃弾が床に落ちると、白人男性は銃口を震わせ、おぞましいものを見るような目で俺を捉えていた。
「ナ、ナンダオ前ハ……バケ、モノ……!」
化け物。その言葉を聞いて、俺はこの光の壁に覚えていた既視感の正体に行き着く。
「これは、まさか……!?」
五年前、使徒が発生させたそれをエヴァが引き裂いた。また、上空から落下してくる使徒を受け止めるため、エヴァも展開した。使徒とエヴァのみが持ち得ると考えられた、通常兵器をほぼ無効化してしまう恐るべき特殊能力。
「まさか、ATフィールド!?」
ユーコが光の壁の名をそう呼んだ。ATフィールド……なぜ、俺がその力を。
「Fuuuuuck!!」
半狂乱の彼が捨て鉢気味に、残る銃弾全てを打ち尽くさん勢いで乱射する。しかしその全てがATフィールドの前にせき止められ、やがてオートマチックの拳銃は火薬を薫らせて全弾を放出しきった。バラバラと床に散らばっていく弾頭を見て、彼はいよいよ顔色を絶望に染めると、未だ動かない足を引きずりながら芋虫のように俺から遠ざかっていった。
「ハァッ、ハァッ、ハッ……」
自分の荒い呼吸が聞こえてくる。銃口の前に立った緊張感もあるが、この動悸の原因はそれだけではない。今しがた展開されたATフィールドはピンクに近い紫色。それは俺の持つ手の発光と同色であり、ふと見れば確かに両手はそのような光を放っていた。
やおら光が消えると、俺は動悸を抑えるため壁にもたれ掛かり、深く呼吸を繰り返す。
「AT、フィールドっていうのか、これ……」
「だ、大丈夫ですかカメさん! 何かお体に異常は!」
「いや、別に……ただ、妙な疲労感がな。タダじゃ、使えないのかもな」
何か、銃弾を受け止めるたびにエネルギーを持っていかれたような、そんな印象を受ける。既にいくつかの超能力を獲得しているとはいえ、さすがに今回は規格外だ。それなりの代償がいるということか。
「しかし、俺はいつから使徒になったのかね? それか、エヴァに。エヴァがいいな、格好良いから」
努めて笑いながらそう漏らしてみるが、ユーコからリアクションは返ってこなかった。俺の笑みはきっと、苦笑に近いものになっているだろう。
「まあたぶん、キミに関係するのは間違いないだろうけどさ。今回も最高だよ。つくづく幸運の女神だなキミは」
「ええ、つくづく迷惑をかけます。本当に、呆れかえるほどに……!」
彼女の声は自らへの怒りに震えているようだった。その厚意そのものが嬉しくて、そして余計で、俺は笑って口を開く。
「頼むからそう言うなよ。俺が文句言ったわけでもないのに、なんでそう卑下するかな」
「でも、カメさん動揺してます」
少し息を飲んで、深く吐き出す。これは一体化していることによる感情のリンクか、それとも俺が分かりやすいだけなのか。
「ん、まあ、確かにビックリしてはいるけどな。でもキミを責めようなんて思ってないのも分かるだろ。本当に助かるんだから」
「それは……そうかもしれませんけど……」
理解はしつつ、納得はしていない様子だった。
動悸と呼吸が治まり始めたことを機に、この話を切り上げようと腰を上げかけると、機首に続く扉が突然開いた。そこから転がるように飛び出してきた白人男性はこちらを一目見た後、大きなトランクケースを抱きかかえて機尾の方へと駆けだした。
「カメさん、あれ!」
「ああ! 待て、クラークソン!」
報道にもたびたび流された写真と同じ顔。いかにも神経質そうな顔立ちをした某国の事務局長は、今や誰にも守られることなく、這う這うの体で逃げ場のない機内を駆けずっている。
短い逃走は当然終端を迎え、冷気吹き込む後部出入口の前で彼は途方に暮れていた。
「もう諦めて二人を返せ、クラークソン。モスラに殺されたくないだろう」
「Shut up! ソウハ、イクカ!」
彼は懐から拳銃を取り出しこちらを牽制すると、トランクを開き、不透明の大きなガラスケースを取り出した。被せていただけのそれを取り除くと、現れたのは鳥籠のようなケースと、そこに囚われたコスモス姉妹だった。
「二人とも!」
『カメさん、ご無事なようで何よりです』
「Hey,listen up!」
クラークソンは注意を引くため大声を出し、二人に銃口を向けた。
「モスラヲ、今スグ止メロ! サモナクバ、オマエラヲ撃ツ!」
しかしコスモス姉妹は臆することなく、ゆっくりと首を横に振った。
『モスラを止めることはできません』
「ナンダト!?」
『そうでなければ、皆さんに逃げるよう忠告いたしません』
クラークソンも頭では理解しているのか、しかし認め難くある窮地に歯を食いしばり、瞳孔の開いた目を血走らせていた。呼吸を徐々に荒らげ、突如何かが
「ソウカ、簡単ジャナイカ。モスラカラ逃ゲルナラ……」
姉妹の入った籠を粗雑に掴むと、開きっぱなしになった出入口へふらりと歩み寄る。
「待て、何を――」
押し寄せた悪寒はすぐに実現した。
「コウスレバヨカッタンダ!」
そう叫んで籠を機外へと投げ出した。二人分の小さな悲鳴が風の中に消えていく。
「貴様ぁっ!」
駆け寄る俺にクラークソンは引き金を引くが、全ての銃弾を赤紫色のATフィールドで防ぎ、驚愕に目を見開く彼の顔を全身全霊で殴り抜いた。二十数年の生涯ではあるが、これほどまでに全力の暴力は久しく振るった覚えが無かった。
その拳の威力を確認する事なく、俺は迷わず機外へと飛び出す。視界が一気に開け、青空と雲海の狭間で重力に引かれて初めて、自らの行動の無謀さを理解し始めた。
「うわあぁぁぁぁっ!!」
悲鳴か、気合か。測りかねる声が喉奥から絞り出され、味わったことのない空気の抵抗を全身に打ち付けられながら、星に引かれて落下していく。
「カメさん、右!」
ユーコの声に釣られそちらを見れば、小さな籠が回転を伴って落下していく様を捉えた。
「今、行くぞぉぉっ!」
もはや彼女たちを救う以外なく、覚悟を決めて落下姿勢を制御していく。手足を広げて空を切り、少しずつにも小さな籠に向かっていくが、下方に広がっていた雲の海に呑まれ、それは影も形も消え失せた。
間もなく俺自身も雲海に突入し、かろうじて指先が見える程度まで視界は悪化する。むせ返るような湿気が全身を包み、上空の冷気と相まって俺の体温を瞬時に奪っていく。
「くそっ、どこだ! 返事を……!」
当て所も無く腕を彷徨わせていると、激しく風を切る音の中に、小さな歌声が混ざり始めた。
「カメさん、この歌は……」
もはや言われずとも分かる、これはコスモス姉妹の歌だ。聞き慣れない言語で捧げられる歌の中に、モスラという言葉が幾度か現れる。昨晩、妖精ショーを聞き流しつつ入眠した際、夢の中に流れていたのはこの歌だった。
「そっちか!」
声のする方へと導かれ、上下左右の感覚も消え入りそうな雲の中を一直線に進んでいく。それに伴い歌声は徐々に大きく響き、やがて霞む風景の向こうに淡い光を見つけた。接近し腕を伸ばして鉄製の籠を掴み取ると、胸に抱くように引き寄せる。
彼女たちはまだ歌っている。言葉を紡ぐたび二人の体は光を放ち、それは霧中のランタンのように俺の不安をかき消している気がした。いや、実際に不安など無かった。風切り音にも負けず、あの甲高い、巨影の声が間近で聞こえたからだ。
突如視界が開け、雲海の底を抜けた先が海上であることを知る。その直後、巨大な翼で雲を引き裂きながら、モスラが垂直に降下してきた。
「モスラ!」
誰の言葉か、誰もの言葉だったか。歓喜に溢れた声がモスラを呼ぶ。モスラは落下する俺を背中に押し付けるようにして同速度で降下し、そのエネルギーを逃がすように推力へと変換していく。そして海面すれすれの位置で水平飛行へと移り、激しい水柱を打ち建てながら再び上昇した。
強いGから解放され、モスラの背に突っ伏すような姿勢のまま深く息をついた。頬に当たるモスラの体毛は遠目から見た以上に長く、そして密で、極上の肌触りを誇った。堪能していたい欲求を抑え、コスモス姉妹を縛める籠の戸を開ける。微笑んで外へ出た二人と、改めて向かい合うため姿勢を正す。
「直接会うのは初めてだよな。今更本名もなんだから……改めまして、“カメさん”だ。お互い無事で良かったよ」
「私もはじめまして、ユーコです!」
『はい、はじめましてカメさん、ユーコさん。本当にありがとう。モスラも感謝しています』
その言葉に反応するようにモスラが高く嘶く。あれだけ恐ろしく強大に思えたモスラが可愛らしく見えて、素晴らしい手触りの毛並みに指を通した。
その時、上空からエンジン音が聞こえ、見ればクラークソンのプライベートジェットが煙を上げて墜落している最中だった。いや、厳密に言えばウルトラマンコスモスに支えられるようにして降下している。俺はカメラを取り出し、その光景を下方から撮影する。ズーム機能を用いれば、主翼の一部に破損が見られた。
「もしかして……モスラ、あれキミが?」
モスラは存ぜぬと言いたげにだんまりを決め込んだが、コスモス姉妹の視線が後頭部に突き刺さる。
『……モスラ?』
どこか弱弱しく声を上げたモスラがおかしくて、俺とユーコは噴き出した。
『申し訳ありません。私たちを救いに行く際、羽が当たってしまったようです』
「はは、いいよ別に。結果的にコスモスが助けてくれたしな。むしろいい薬だ、ざまぁみろ」
コスモスの手からそっと海面へ降ろされるジェット機を撮影しながらほくそ笑む。緊急脱出用のゴムボートが展開され、クラークソン一向がお互いを支え合いながら乗船していく。中には戦闘機に搭乗していたとみられるパイロットスーツの者たちもおり、コスモスが人命救助に奔走してくれたのだと分かった。
「キミたちは優しいな。あいつらに利用されてたっていうのに」
『嫌なことばかりでもありませんでしたから』
「へえ、そうなんですか」
『ええ。例えば、この服など気に入っています』
そう言ってひらりと袖を広げて見せる二人に、思わず噴き出した。
「あっはっは! そいつはいいや、出演料として持っていきなよ!」
談笑している間にコスモスが彼らの元を離れ、モスラの横へ並んだ。パチリと一枚その雄姿を収め、大きく手を振ると、彼は鷹揚に頷き、滑らかな加速から上空へと去っていった。
彼の押し広げた雲間から陽光が差し込み、波立つ大海原を煌めかせる。その光景は、全てを終えて得られた最高の結果を祝福するようで、心に染み入って潤沢な心地へと誘った。
だからだろう。その後姉妹から告げられた衝撃に、理解が追い付かなかったのは。
『草体が……爆発しました』
真偽を証明するかのように、叔父との連絡は一切が途絶えた。
今回の選択肢
「もう諦めて二人を返せ、クラークソン」
①「モスラに殺されたくないだろう」→本編通り
②「ウルトラマンに成敗されるぞ」→だいたい本編通り
③「今投降すれば命だけは助けてやるぞ!」→半狂乱で銃乱射
④「モスラにごめんなさいしよう? 俺も一緒に謝ってあげるから」→クラークソンキレる