巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
叔父が消息を絶った北方都市へ向かう道中、マザーレギオンと遭遇し撮影を敢行する主人公一行。レギオンの圧倒的な破壊力の前になすすべ無く蹂躙される戦車部隊。そこに飛来したのは、北方都市で復活を果たしたガメラだった。
「あれはガメラ……太古の眠りより目覚めた、地球の守護者です」
そのガメラは円を描くようにレギオンの周囲を旋回し、間合いを図っているようだった。対するレギオンも常にガメラを正面に捉えようと、巨体を引きずりながら警戒を怠らない。俺はその間にコンパクトカメラを動画撮影モードへと切り替え、夜空に白線を引くガメラを追い続けた。
旋回も二周目に入ろうかという時、ガメラはジェット噴射を地へ向けて減速し、激しい白煙がその全身を覆い隠した。そして次の瞬間に手足を生やし着地すると、勢いそのままに地を横滑りしながら、レギオンへ向け口から火球を放つ。圧倒的質量を誇る巨体が慣性に乗り、地面を抉りながら家々を破壊する様はまさに大迫力。
ガメラの放った次弾が俺の頭上を通過し、球状の業火が燃え盛る様を至近距離で捉える。
「あっつ!」
伝わる熱に呻きながらその行方をカメラで追うと、レギオンは十本の鉤爪を開き、刃のような頭部との間に電流のようなものを発生させていた。湾曲して見えるその空間に火球が吸い込まれた途端、中和されるように消滅する。
「あれは干渉波クローによる防御です! あれでは火球は通じません!」
「ま、まるでデタラメだ!」
その後発射された火球も消滅し、ガメラが放った計三発は完全に防がれてしまう。
やがて慣性を殺しきったガメラが停止し、レギオンと鋭く睨みあった。ガメラが喉を枯らすような咆哮を上げれば、レギオンもまた錆びた鉄門を開くような鳴き声を発する。
先程までとは打って変わり、緊張感に包まれた静寂が街を包み込み、俺は一つ唾を飲み込んだ。
そして二体がどちらからともなく踏み出し接近すると、その振動が足裏から伝わり心拍となって、俺も胸の高鳴り感じずにはいられない。
「きた、きたきた!」
ガメラがレギオンの腹部に体当たりをした瞬間、大気が震えたのを肌で感じ取った。
二体が並び立って改めて分かるが、レギオンの巨大さには圧巻される。ゴジラに並ぶとも及ばない体高を誇るガメラの二倍はあるだろうか、推定だが百五十メートル近くありそうだ。
故に押し合いは質量に勝るレギオンに分があり、ガメラは地を抉りながら後退していく。バイクを駆って二体に並走すると、ガメラが肘から生える鋭い爪のような部位を横なぎに振りかざした。レギオンは素早く反応し、複数の足を蠢かし今までになく機敏に後退する。
「なんだ、これまで退くことなんて無かったのに」
「あれはエルボークローという切れ味鋭い武器です。恐らくレギオンは腹部のエッグチャンバーを破壊されたくなかったんです」
「エッグ、チャンバー? それはいったい……」
疑問を解消する暇なくガメラが歩み寄り、再び懐に潜り込んでエルボークローを振りかざした。しかしレギオンは後退することなく、なんと後ろ脚と下腹部のみで
「うおぉぉっ……!」
ただでさえ規格外の巨体が更に持ち上がり、その迫力に口から感嘆が漏れ出す。二百メートルには達しようかというその位置から、レギオンは自身の頭部を振り落とした。
直撃を肩に浴びたガメラは悲痛な鳴き声を上げ、押し倒されるように甲羅から転倒する。そしてまずいことに、レギオンはマウントをとった状態で頭部を開き、光線発射のためのチャージを始めた。
「ま、まずいです!」
「ガメラー! 逃げろぉ!」
俺たちの叫びが届いたか、ガメラは転倒した状態からジェットを噴射し、その風圧かあるいは驚嘆によってレギオンを再び立ち上がらせた。ガメラが地表を削りながら離脱していくと、狙いの逸れたレギオンの光線は遠方の街を穿ち、激しい爆発をもたらした。
「ふう、なんとか逃げられましたね」
「ああ。いいぞガメラ、一旦距離を取れ……」
ガメラは付かず離れずの距離を旋回し、攻撃の隙を窺い始めたようだ。この体格に見合わぬ機動力こそ、ガメラが持ち得る最大の武器と言って過言ではないだろう。レギオンも背後は見せまいとその場で身を捩り、二体は暫し膠着状態に陥った。
それを破ったのはレギオンだった。腹部のエッグチャンバーが発光を始め、無数の小型レギオンの影が、まるで渡り鳥かイナゴの大群のように夜空へ飛び出した。
「そうか、エッグチャンバーってこういうことか!」
「はい、大型レギオンは腹部から小型レギオンを発生させるんです!」
背中の穴で子どもを育てるカエルがいたな、などと余計な連想をしつつ、一つの生物のようにうねる小型レギオンの群れを撮影する。
「飛行能力のある群体。これでガメラのアドバンテージは無くなったか」
「それどころか不利ですよ。小型レギオンに纏わりつかれればガメラは対処に追われ、隙が生まれれば大型レギオンの餌食です」
ガメラもそれを理解してか、迫り来る群れを避けるように飛び、俺たちの真横を通過していく。ジェットの風圧が前髪を揺らした。
「カメさん、ケータイ! 確かそれ、電波を出してます! 止めないと!」
「あ、ああ、そうだな」
警告に従い電源を切ろうとするが、ふと指が止まる。
「どうしました?」
「いや……もしかして、これで誘導できるんじゃないか?」
一帯は停電し、人という人が避難した町はもぬけの殻だ。ここで携帯の電源を切らずにいればレギオンを誘引できるのではないかと考えた。しかしユーコはバイクの姿から人型の幽体に戻り、厳然として言った。
「ダメです! 危険ですし、第一、成功するとも思えません。この町にもまだ電波を発している物が残っているでしょうけど、微弱すぎてレギオンは反応していないように見えます」
確かに、彼女の言うことは的を射ている。これだけ電子機器の発展した時代だ。いくら停電した
「キミ、電源を切れって言ったくせに、今度は成功しないだろうって?」
「それは、そうですけど……」
ユーコが唇を尖らせて俯く。意地悪をしすぎたかと苦笑が漏れる。
「すまない。でも試させてくれ。せめてでも何かしたいんだ」
「……分かりました、いつでも逃げられるようにはしておきます」
「助かるよ、ありがとう」
再びバイクに変身した彼女を横目に、俺は携帯を天にかざす。腕一本分の距離に意味は無いだろうが、僅かでもこちらに気を引かせたかった。レギオンの大群は真上に差し掛かろうとしていた。
「ああくそ、気づかないでくれないかなぁ……!」
空を覆いつくす影の群れに怖気づく心を、苦笑と共にそのまま吐露する。それは強がりでもあり本心でもあった。
小型レギオンたちは反応を示さない、当初はそう思ったが、やがて群れの先端が解け、それは降下を始めたのだった……俺たちに向かって。
「うわ、来たぞ来たぞ!」
「カメさん、早く!」
道路上にそのまま携帯を放置し、ユーコに跨ってアクセルを捻る。
「やりましたね、まさか成功するとは!」
「ああ、ほんとに! これで携帯に群がっているところに、ガメラが一発撃ちこんでくれれば――」
その時、背後から聞こえるおぞましいまでの無数の羽音が、遠ざからず、むしろ徐々に迫りつつあることに気付き、血の気が引いた。振り返って見れば予想通り、小型レギオンの群れは電柱を掠めるような低空飛行で俺たちに肉薄していた。
「な、なんでだ!? もう電波を発するものなんか持ってないぞ!」
「カメさん! このままじゃ追い付かれます!」
理由は全く不明だが、レギオンは携帯の電波には目もくれず、獲物を狙う猛禽類のように俺たちを見定めているようだ。その速度たるや凄まじいもので、とっくに毎時百キロを超えて走駆するバイクに悠々と追従する。
やがて広々とした国道上に、円形の小さなデッドゾーンが出現していく。小さいとはいえ続々と、それが無数に現れるのだから、気づけばバイクがやっと通れるほどの隙間しか見えなくなっていた。
「ユーコ、倒れてくれるなよ!」
「が、頑張ります!」
姿勢を一層低くし、タンクを両ひざで強く抱え込むと、デッドゾーンの密集地帯へと飛び込んでいく。それと同時に群体レギオンが一斉に降下する風切り音が聞こえてきた。小型レギオンが降り注ぎ道路上を埋め尽くすのと、俺がスラロームのようにその隙間を通過していくのは全くの同時であった。
「うおおおおおっ!」
硬質な物体が道路を打つ音が断続的に聞こえ、その恐怖を振り払うように雄叫びを上げた。やがて音が止んだことを確認してミラーを覗けば、地に降り立ったレギオンたちが俺を見送る様が映されていた。
「はは、やってやったぞ!」
「前です、前!」
その声に驚いて顔を上げると、地を抉るように引かれる赤い曲線が目に入る。それをなぞるように、俺たちを追い抜いた群れの先頭が、降下しつつ真正面から突っ込んできた。急いでバイクを傾けデッドゾーンから逃れると、横合いすれすれを小型レギオンの羽ばたきが通過する。
「まだ来ますっ!」
その通り、幾つもの赤い筋が行く手を塞ぐ。隙間を縫うように左右に車体を振って、次々に繰り出されるレギオンの突進を躱していく。その全てが肌を掠めるような紙一重。一つでも判断を、操作を誤れば即座に命を落とすだろう、最悪の土壇場。
「だが俺にはこれがある!」
躱しきれないレギオン目掛け左手を突き出し、ATフィールドを発生させる。
「うぐっ!?」
しかし全身を打つ強烈な衝撃に左手が弾き飛ばされ、赤紫の正八角形はものの一撃で破壊された。なんとかレギオンの軌道を逸らすことには成功したが、ATフィールドを使用したことによる精神的な疲労感は銃弾を受け止めた際の比ではない。レギオンの突進はそれ以上の威力を有しているのか……結局のところ、俺のATフィールドが所詮は紛い物、棚から得た牡丹餅ということか。
それでも、すがらないわけにもいかない。三度レギオンの突進を防いだところで体力的には限界を迎えたが、甲斐あって突進攻撃は乗り切ることができた。
「カメさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとか! このまま、逃げ切るぞ!」
再びタンクに覆い被さるように姿勢を下げ、アクセルを捻る。暫しレギオンは追従するのみだったが、間もなく、先程のように密集したデッドゾーンが前方に現れた。しかしその密集度は比べ物にならない。あまりに理不尽で、暴力的なまでの赤の氾濫。バイク一台分どころか、ネズミ一匹分の抜け道すら消え果てる。
「嘘だろ、おい!」
急ブレーキによる減速に、不満を漏らすようにエンジンが唸る。十メートルほど手前で何とか静止するが、次の瞬間には数えるのも億劫になるような、大量の小型レギオンが地に降り立つ。
「だ、ダメです! 戻りましょう!」
「ああ! って……クソ、間に合わない、な」
振り向けば、これまでやり過ごしてきたレギオンたちだろうか、こちらも大挙して押し寄せ、俺は通りの中央で逃げ場を失っていた。ひくりと、口元が卑屈に吊り上がる。
「サメに囲まれたサーファーの気分……」
「カメさん、今からでも戦闘機に!」
「こいつらも飛べるんだ、間に合わないよ」
徐々にレギオンの包囲網が縮まっていく。奴らはゆっくりと、まるで獲物をいたぶるように鋭い多脚を蠢かす。数多の単眼が夜の闇の中で鈍く光り、無機質に俺を見つめていた。
もはやできることはないとカメラを取り出し、高波のように迫るレギオンの群れを撮影すると、ユーコが人型をとりカメラを指さした。
「あっ! それどうなんです、カメラ! それも電磁波が出ているんじゃ?」
「まさか! 携帯無視してこっちに来るなんて、ない、だろ? ……よな?」
素人考えだが、通信しているわけでもないデジカメが携帯よりレギオンを引き付ける、なんてことがあるとは思えない。だがレギオンは現にこうして迫っているわけで……確信が持てない俺はすぐカメラを地面に置き、遠ざかった。
「ど、どうだ?」
期待していたわけではないが、レギオンは変わらず、カメラを一瞥もせずに俺に迫ってきた。
「違うのかよぉ! もう何も持ってないぞ、くそ!」
「こうなったら、戦闘機の機銃ぶっ放してやりましょう!」
「ああそうだな! やってやろう!」
こうなればもはやヤケクソとばかりに気勢を上げる俺たち、迫り来るレギオン。次の瞬間、二者を内包する暗闇は、眩い光に照らされかき消えた。その光の中央に居た俺は、突然の事態に危機感ではなく、安心感を覚えていた。その光を俺は知っていたから。
露骨なミニゲーム
*
今回の選択肢
警告に従い電源を切ろうとするが、ふと指が止まる。
「どうしました?」
①誘導できるかも→本編通り
②「いや、何でもない」と言って電源を切る→結局追われる