巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
白い巨人の援護、そして地球のマナをかき集めたことにより、辛くもレギオンに勝利したガメラ。主人公は携帯を回収し、ガメラ飛来をメールで告げた叔父の大塚秀靖の無事を確認しようとしていた。
変哲もない日常の終端は、唐突に、しかし静かに訪れた。ビルの合間からのっそりと現れた
その日は元より、何か妙な気分だった。普通の街、行き交う人々、曇りがちの空。変哲もないそれらが、やけに
誰かの悲鳴が響く。
*
レギオンが消滅し、ガメラが飛び去った朝焼けの街。小型レギオンを誘導するために放置した携帯を回収してみれば、運よく破損は免れていた。
かなり早い時間だが、そんなものはお構いなしに叔父、大塚秀靖の名を選び、電話をかける。メールにてガメラの復活を知らせてくれた叔父だったが、やはり直接声を聞き無事を確かめたかった。数度のコールが鳴る間、圧し付けた耳の血管を通し心臓の音がよく聞こえた。
『よう、あの後どうした、ガメラは』
前置きも無く応答した叔父の声は、若干掠れてはいたが、いつもと変わらず小憎たらしい、小僧のような声だった。満面の笑みを浮かべるユーコと顔を合わせる。
「ああ、撮影完了。タイトルは“レギオンを打ち倒すガメラの雄姿”かな」
『なんだ、撮れたのかよ。良い運してるぜ。羨ましいねぇ、ったく』
じわりと、胸に温かいものがこみ上げてくる。しかしあの叔父相手にそんなそぶりは露とも見せたくないので、冗談めかして言う。
「そっちは
『平気なもんかよ。目覚めてみりゃグルグル巻きでベッドの上だ。こんなことしてる暇ねえってのに、ッテテ……』
「若いのに任せて寝てなよ、
叔父の入院先は北方都市の外れに位置する市立病院だった。草体の爆発から免れた地区であり、避難勧告に従わなかった愚か者共の中で、とりわけ運の良かった生存者がまとめて担ぎ込まれたらしい。
『ま、というわけでゆっくり来い。あ、そうそう。ついでにちょっとお使い頼まれてくれねえか』
相変わらずの太々しい態度に、ため息と苦笑が漏れ出す。
「起きて早々、人使いの荒い……はいはい。で、どこに何を?」
『ああ、実はな――』
ユーコの変身したキャンピングカーにて泥のように眠った俺は、明くる日の夜明け前、叔父の指定した街へ向かって車を走らせた。叔父のお使いとは、その街に住む巨影愛好家の同志に会って“ある物”を受け取ってこい、というものだった。ある物とやらの正体は「お楽しみ」の一点張りで明かされなかった。
「そういうサプライズはいらないんだよなぁ。持ちきれないものだったらどうするんだよ、ったく」
「あはは……まあ、何はともあれ一安心ですね」
「今にして思えば、そのままくたばってくれててもよかったよ。巨影サイトは俺がちゃんと運営していくからさ」
その発言は多分に照れ隠しが含まれてはいたが、実際、俺が撮影した巨影の写真・動画の数々によって、サイトのアクセス数は今や国内トップクラス。これは個人運営のサイトとしては異例の数字だった。現在、有志の手により各国語への翻訳作業も着々と進んでいるらしい。このままいけば、世界トップクラスのアクセス数を稼ぐことも夢ではない。
「ふふふ……巨影を信じようともしなかった世間が、今やその巨影に夢中。良い気分だよ」
「カメさん、なんだか顔が邪悪ですよ」
おっといけない。しかし日陰者の暗い喜び、とでも言えばいのだろうか、しばらく口角は元に戻らなかった。
やがて朝日が山の向こうから差し込んだ。道の先には、目的地である地方都市の街並みが広がっている。
出勤者に混じって俺もビジネス街を歩く。どうやら同志は昨日から泊りがけで仕事をしているらしく、直接職場へ向かっているところだ。……彼の勤務先は大丈夫なんだろうか。
まあ、それはともかくとして。
人混みに紛れ歩道を歩いているこの現状に、俺は不思議な感覚を覚えていた。巨影を追い、常に死と隣り合わせの非日常を過ごしていた俺が、スーツを着て、いつも通りに出勤する人々の中に混ざっている違和感が、その正体かもしれない。
彼らはきっと何年も繰り返した動作をするため、今日も動いている。その中にあっては、巨影などという非常の存在に疑念を抱くのは無理からぬ話だと、何となく思えた。
ふと、ビルの谷底を見下ろして飛ぶ、二羽の鳥を見上げる。曇天の空を往く彼らの姿がビルの影に消えた時、ふと、視界の隅に強烈な違和感を覚えた。
「……え?」
思わず声が漏れる。ビルとビルの隙間に裏道があるが、その縁。三階部分付近から、
なぜ? 人の足? モニュメント? いや本物だろ? パフォーマー?
あらゆる方向性に思考が乱れ飛んでいく。気づけば俺は足を止め、傍目からすればぼんやりと、それを見上げていた。
やがて一人、また一人と、俺と同様にその光景を見上げ立ち止まる。誰も、何を言うわけでもないが、しかし心臓だけが早鐘のように鳴らされ、不穏な沈黙が場を包む。
視線を浴びる下半身が、少し上にずれた。プラプラと揺れる足から革靴が脱げ落ちる。
すうっ、という感じで、いかにも自然に、その下半身を咥えた“巨人”が裏道から歩み出た。身長は十メートル前後で、服は着ておらず、性器の類が見受けられない。大きすぎる目が爛々と輝く横顔は、デッサンが狂ってしまっているような、見ているだけで不安と嫌悪を掻き立てる不気味なものだった。
巨人はどこを見ているのか、真っ黒な瞳孔で上を見上げつつ、口元から出ている下半身を軽く
人々は動かない。いや動けない。あまりにも唐突、あまりにも荒唐無稽な現実に、脳の処理が追い付いていないようだった。それは俺も同じこと。
「カメ、さん……逃げてください!!」
「え、あ……」
車道で車が停止し、そこに後続の車が追突したのだろう。激しいクラッシュ音が体の芯を打つ。その音が起因となって、巨人が下半身を……いや、人を噛み千切った。スローモーションで落ちるそれは断面から鮮血をまき散らし、作り物でないことを否が応にも悟らせた。
まるで催眠術を解く拍手のように、それは全員の危機感を奮い立たせた。女性の甲高い悲鳴を皮切りに、皆一斉に巨人に背を向け走り出す。俺は道の脇に避け、反射的にカメラを取り出し撮影を開始した。
「うわぁぁぁぁ!!」
「早く行け、早く!」
恐慌状態に陥った人々が隣の者を押し退け、怒鳴り散らし、我先にと逃げ出す。その騒動に気が付いたのか、巨人はぎょろりと瞳をこちらに向け……笑った。頬まで深く裂けた口元から、赤黒い液体が漏れ出している。
巨人は屈みこんで、転倒し逃げ遅れたOL風の女性をむんずと掴み上げた。彼女の絶叫が心の奥底まで響き渡り、寒気がするほどの恐怖が背筋をせり上がっていく。
巨人は両手で掴んだ女性を、人形でも眺めるようにまじまじと観察した後、人間と同じような歯が並ぶ口を大きく開いた。
「やだ、うそ、待って、待てっ!! なんで、やめてっ!!」
女性が喉を突き破るような悲鳴を上げながら、必死に巨人の手を殴りつけるが、それを意に介する様子も無く、巨人は彼女の頭を口腔に運ぶ。その声がくぐもり……肉が裂け、骨が砕ける音と共に止んだ。残った体がまだぴくぴくと動いている。
悲鳴が一層強く上がり、俺はこみ上げる吐き気に口元を押さえた。
「カメさん、早く!」
「あ、ああ! くそっ、なんだよこいつは!」
俺も巨人に背を向け走り出す。後方からはまた絶叫が聞こえ、既に次の犠牲者が出かけていることを察する。
「あれは、私にも詳しいことが……! 人を食う巨人、ということしか!」
「それは見たよ! 何か弱点とか、そういうの!」
「ええと……うなじ! うなじの肉を削げば殺せます!」
「はあ!? 無理に決まってるだろそんなの!」
「だから逃げてください! もっと早く――止まって!」
全くメチャクチャな指示だが、その通り全身を使って止まる。集団の先を走っていた男性が、横合いから伸びてきた手に掴まれた。交差点の角から現れたのは、後方の個体よりいくらか小ぶりな巨人だった。目は落ち窪み、口はへの字に曲がっており、一見すれば悲哀を浮かべているようにも見える表情だったが、その目に感情らしい感情は浮かんでおらず、あるのはただの――食欲だった。
「ああぁぁぁっ」
男性の細く甲高い悲鳴が途切れる。胸元まで齧られた上半身から両前腕がボトリと落ち、湧き水のように血が溢れて巨人の腕を伝う。
人々が逃げ道を車道に求め飛び出すと、そこに突っ込んできた車に撥ねられ、血を噴き出しながら幾人もが宙に舞った。咄嗟にハンドルを切ったのか車が車道側へ逸れ、俺の目の前で電柱にぶつかって停止した。
前方と後方で、逃げ惑う人々を食い散らかす巨人を見やり、俺は――運転手を救出するために近寄った。
「おい、大丈夫か! おい!」
運転手の男性の頭部からは血が流れている。呻き声が微かに聞こえ、気絶していると察する。
「待ってろ、今出してやる」
既に運転席横のガラスは砕け散っているため、俺はそこから手を伸ばし、シートベルトを外そうとした。
「ダメ、逃げて!」
ユーコの声に体が反応すると同時に、視界がデッドゾーンに包まれた。急いでその場から飛び退くと同時に、十メートル級巨人の手が車を掴んで傾けた。四つん這いになった巨人は運転席の男性を見てにんまり笑うと、指で掻き出そうと弄り始めた。
「カメさん、もう無理です! 今のうちに逃げてください!」
「くっ、そぉ!」
振り返らず、車道へと逃れて走り出す。それは元より目指していた同志の職場へ向かう方向だった。幸いにして既に目的地は見えている。正面にT字路の突き当りがあるが、その正面にでんと構えているのが彼の職場だった。
「テレビ局だ! あそこに逃げ込むぞ!」
横に長く、高さもそこそこにあり、何より頑丈そうな建物だ。一旦そこに逃げ込むことにした。
巨人たちは絶えず誰かを襲い、次々に食らっていく。そこに老若男女の差は無い。次々に人が、まるで猿に拾われる木の実のように食われていく。まさに地獄としか言いようのない光景が広がっていた。
「みんな逃げろ! 怪我してる人に手を貸して!」
一人の警官がそこに駆け付け、小さな拳銃で巨人に発砲する。勇気溢れる彼の行動も、巨人にとってはほんの些細な抵抗でしかない。着弾個所から煙のようなものが漏れはするものの、巨人はそれで怯むことなく、むんずと警官を鷲掴みにした。カチカチと、拳銃がか細い音を上げる。
「あっ、待って、あああ! 嘘ですごめんなさい! もう撃ちませんごめんなさ」
水っぽい音を立て、彼も食われた。警察という、日常で考え得る最も身近な最高戦力が、あっけなく死ぬ。その事実にまた狂乱の度合いが引き上がる。
その時、ぞわりと総毛立ち、自身がデッドゾーンの中に入っていることを知る。反射的に横を見れば、ビルとビルの隙間で、まるで蜘蛛のように壁に張り付いている巨人が、にんまりと笑ってこちらを見ていた。
「うわぁぁっ!」
前転するように逃れると、飛び出した巨人が服を掠めるような距離を通過し、俺の横合いを走っていた数人を巻き込んで転がった。倒れた巨人の体の下で、腕のひしゃげた男が血を吐いている。
「止まらないでカメさん!」
ぐっと力を籠め立ち上がり、テレビ局へ向かって一心不乱に走っていく。
「いったい、何体、いるんだ!」
「い、いたるところに、です! そこら中にいるんですよ、いつの間にか!」
まるで分からない。ユーコがこんな距離に接近されるまで気づけないなど、普通ではない。とはいえ、今はその答えを求めている場合でないことも分かっていた。
「もうすぐだ、もうすぐ――」
着くぞ、という言葉が、T字路の横合いからやってくる化け物を見てかき消える。
それはこれまでの巨人とは明らかに違った。巨人は例外なく人を狙い、食らっていた。しかしその巨人は足元を逃げ惑う人たちを、停車した車ごと蹴り飛ばしながら、猛スピードでこちらに走り寄ってきた。これまで見た個体の中で最も大きい巨人が、内股の奇妙な姿勢で迫り来る様相は、鳥肌が立つほどの悪寒と恐怖をもたらした。
「カメさん、避けて!」
避けて、と言われても、既に道路の大部分は真っ赤なデッドゾーンで埋まっている。感覚的に分かってしまったが、これはもう――間に合わない。
しかし諦めることはしない。がっしりと地面を踏みしめ、巨人と正面から向かい合い、ATフィールドを展開する心構えをする。数度のレギオンの突進で破られてしまったような技だが、それでも試さず死ぬわけにはいかない。
迫り来る地震のような衝撃、弾き飛ばされる群衆。ふっと息を吐き、腹の奥に力を込めた、その時――
巨人の背後に三筋の煙が伸びていることに気付く。まるでガメラのジェット噴射のような煙を吐くその影の一つが、巨人のアキレス腱をまず切り裂き、続く二つの影がほぼ同時にうなじを切り裂いた。
ぐらりと前のめりに倒れた巨人が、慣性に乗ってアスファルトの上を滑りこんでくる。俺の眼前で停止したそれは、濛々と煙を立ち上らせ、ピクリとも動かなかった。
「し……死んだのか……?」
「はい、彼らが、殺しました」
巨人の背中を歩いて、三つの影が煙の中から現れる。奇妙な機械を装着し、カッターを巨大化させたようなブレードを両手に構える彼らは、いかにも軍人然とした、屈強な男たちだった。
「ああ、死んだぜ。あんたは生きてる。運が良かったな」
巨影都市の次回作は絶対に進撃の巨人を追加するべきです。実写特撮もやりましたし。ミニチュア特撮好きの方は観て損は無いですよ。ミニチュア特撮のシーンは。