巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
突如として出現し、人々を食らいつくさんとする不気味な巨人たち。
なすすべなく逃げ出し、テレビ局へ逃げ込もうとする主人公に巨人が走り寄る。
あわやという時、謎の機械を装着した三人の男が、鮮やかに巨人のうなじを削いだ。
「奇行種までいるとはな」
「ああ、予想以上の規模だ。手早く片そう」
巨人を踏みにじりながら現れた三人の男。巨人の血に塗れたカッター状のブレードを柄から外すと、鞘から刀を抜くように、腰に装着した長方形のケースから替え刃を抜き取る。
「あの、あなたたちはいったい……?」
聞くと、最初に俺に語り掛けてきた偉丈夫が答えた。
「悪いが、それは言えなくてな」
「正義の味方、ってとこっすよ!」
後ろに控えていた若い男が、軽薄な調子でにっかりと笑った。偉丈夫がじろりと睨みつけるとすぐに引っ込む。
「でもま、大体そんな感じだ。巨人どもは俺たちがやるから、さっさと逃げな。ある程度高い、頑丈な建物の上ならひとまず安全だ。奴らは壁を登れない」
「この、テレビ局みたいな?」
「ああ、これなら大丈夫だ。よし、行くぞお前ら!」
おう、と答え、三人はぐっと身を屈めた。俺が反射的にカメラを構えると、あの軽薄な彼が俺をブレードで指した。
「あーっ! ダメっすよ撮影は! NG!」
「あ、すいません」
しかし残る二人は顔を見合わせていた。
「そうだったか?」
「いや、そんな指令は無いぞ。いずれ明るみに出ることだし」
「かっこよく撮ってくれっす!」
途端にポーズを決める彼は、本来は目立ちたがりなのかもしれない。苦笑いで彼を撮ると、呆れたように二人は溜め息をついていた。
「ほれ、もう行くぞ。この数だ、気合入れなきゃマジで死ぬぞ」
『了解!』
再び身構える三人。彼らのやり取りは終始リラックスした様子だったが、よく見れば首筋には汗が伝い、緊張からか表情は少し強張っている。決して必勝の相手ではないということが、ひしひしと伝わってくる。
ファインダーの中で三人が飛び上がる。先程はただ飛んでいるように見えたそれは、腰の辺りから射出されたワイヤーによる挙動だと分かった。ワイヤーはビルの壁面に突き刺さり、三人は白煙を帯びて宙を縦横無尽に舞い、遠ざかっていく。
「凄い……彼らはいったい何者なんだ?」
「カメさん、それより! 早く建物に逃げましょう!」
「あ、ああ、そうだな。よし」
撮影を終了し、ひとまず目の前のテレビ局内に入っていく。
出入り口付近は開放的なガラス張りであったのだろうが、今は突っ込んできたトラックによって無残に砕け散っていた。その隙間から屋内に逃げ込むと、玄関ホールは照明が消えており、窓から差し込む光だけが石の床に薄く照っていた。薄暗いそこに多数の避難者が座り込み、肩で息をしていた。みな命からがら屋内に逃れてきたのだろうが、まだ足を休めてはいけない。
「みんな! 巨人は壁を登れないらしい! もっと上の階に行こう!」
そう声をかけると皆は顔を上げた。その中から首に社員証を下げた男性を見つける。
「屋上まで行ける階段、知ってますか」
「え、ええ、それでしたら先導します」
壊れた眼鏡の奥で彼の瞳が瞬いた。そこには戸惑いもあっただろうが、ある程度納得もしているように見える。他のみんなも外の巨人の様子を見て、高所が安全だということに得心がいったらしい。お互いに肩を貸しながら立ち上がっていた。
「お願いします。行きましょう!」
先陣を切って階段へ向かう。玄関ホールの端で振り返れば、殆どの者が俺たちについてくるようだ。しかし一部はまだ、外で繰り広げられる超常の光景に心奪われているようで、熱の籠った目でガラスの向こうを眺めていた。
「すごい。巨人が倒れていく……!」
「こ、これなら助かりそうじゃないか?」
彼らの会話が聞こえ、避難する皆の足が鈍る。恐らく先ほどの三人組が奮闘しているのだろう。彼らの雄姿をカメラに収めたい気持ちはあるが……ここはぐっと我慢する。
「それなら、上の方がもっと安全だ! 早く――」
その瞬間だった。けたたましくガラスを破り、入り込んだ巨大な腕が、窓際に居た男性の一人を無造作に掴んだ。
「ああっ、嘘だろ、やめ、助け……!」
腕がガラスの向こうへ引っ込むと、彼の悲鳴は小さくなり、やがて止んだ。それと同時に巨人の足元に血の雨が降り注ぐ。そうなると、手に負えないパニックが発生するのは必然だった。先程までの落ち着きは無く、押し合いへし合いで我先にと階段へ殺到する。
「おい、慌てるな! ここまでは巨人の手も届かないから、おい!」
「み、皆さん落ち着いて! 怪我人が出ます、慌てないで……!」
俺と眼鏡の職員が階段下に留まり皆を落ち着かせようとするが、まるで耳に届いていない。やがて彼らは嵐のように去って、靴だのペンだのが点々と散らばっていた。職員が眼鏡をかけ直して言う。
「……行っちゃいましたね」
「ええ……まあ、怪我人が出ていないだけよしとしましょう」
俺たちも後に続くように、えっちらおっちらと階段を上り始める。窓から差す陽光だけが光源だが、今日は曇天であるので薄暗さもひとしおだ。少し疲れを感じ始めたところで、後ろに続く眼鏡の彼に振り向く。彼は……不躾ながら、運動不足のようだった。
「あの、ここに勤めてる赤間って方、ご存知ですか。ええと、あなたは……」
「大谷、私、大谷です。赤間さんなら、たぶん、無事です。オフィス、上ですから。ふぅ……」
大谷さんは疲弊した様子で答えてくれた。その赤間という人物こそ、叔父からの指令で会うことになっている方だ。無事なようで何よりだが、こんな状況では当初の目的など果たせそうもない。
いくつかの踊り場を過ぎ、七階辺りに差し掛かったところで、それは起こった。重くなり始めた足を持ち上げ、高鳴る鼓動を感じていた時だった。
「カメさん後ろに!」
「うわぁぁぁっ!?」
ユーコの警告と大谷さんの悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。咄嗟に振り返ると、大谷さんが踊り場からフロアへと引きずり込まれ、闇の中へと消えていく瞬間だった。その一瞬、彼の足を掴んでいた影を見た。それは普通の人間のような姿をしていたが、ぱっと見ただけで分かる、明らかに人類の規格から逸脱したシルエットだった。
「大谷さん!」
「あああぁぁっ! はな、はなせぇっ! やめろぉ!」
大谷さんとその影は、窓も無い停電した廊下へと消えた。
「ユーコ! 今のは巨人、だよな!?」
「はい! 三メートル級ですが、性質は変わりません! 人を……!」
ユーコが言い切るより前に、俺も暗闇の廊下へと駆けこんでいく。いつの間にか大谷さんの声も潜まり、俺は最悪の予想しかできなくなっていた。
非常口の緑色、消火栓の赤色だけが光源の廊下を、一歩一歩慎重に、しかし僅かに駆け足で進んでく。
「すいません。街中に気配がするので、発見が遅れてしまいました……」
「いや、俺も油断した。まさか屋内に潜り込まれるとはな」
しかし言っても詮無き事、と気持ちを切り替え立ち止まる。
「お互い反省は後だユーコ。もう一度気配を探ってくれ。この建物に入り込んでいるのは一匹か?」
ユーコが目を閉じ、やがて首肯した。
「はい、あの一匹だけです。方向は……この先の廊下を右です」
よし、と頷いて足音を消し、壁を背にして廊下の角に立つ。そしてそっと顔を覗かせれば、非常灯の明かりを受けて、一つの影がうずくまっていた。静寂の廊下に僅かに響く、水の滴るような音が、耳の奥にこびり付くようだった。
廊下の端に転がっている眼鏡を見つけ、自分の呼吸が乱れていくのを感じる。そこで巨人に貪られているのは、やはり……大谷さんだった。腹部を貪られ、肉を齧り取られるたび、彼の体が僅かに撥ねる。その瞳に既に光は無く、口からは血が溢れ出していた。
俺はその光景を見て……カメラを取り出した。一見して非常な行いだったが、そうすることが正しいと俺は信じ切っていた。この非情な判断が、巨人の脅威を世界に知らしめることに繋がると確信を持っていた。
ふと、何を感じ取ったのか、その巨人がぐるりとこちらを向いた。影になって表情は読み取れないが、その瞳だけが爛々と輝く様を、ファインダー越しに捉えてしまった。
「逃げて!」
カメラを仕舞い、来た道を駆け戻る。すると後方から強い衝撃が
「追い付かれますよ!」
「分かってる!」
分かってはいるが、どうすればいいのか。階段の踊り場まであと少し。
まず、上りはダメだ。間違いなく追い付かれるし、屋上へ奴を誘導することになってしまう。避難した皆を危険に晒してしまう。
その程度しか考えがまとまらず、咄嗟に下り階段を駆け下りる。しかし折り返しの踊り場に着地した時点で、ユーコが叫んだ。
「危ない!」
何が起ころうとしているのか、見ずともわかる。咄嗟にATフィールドを頭上に展開すると、そこに飛び込むような形で三メートル級の巨人が襲い掛かった。腕にずっしりとした重みがかかり、骨が軋む。しかしATフィールドは破られず、巨人は弾かれて踊り場の窓へ頭から突っ込んだ。勢いあまって上半身が完全に露出し、残った下半身がバタバタと暴れている。
「落ちろ、クソッたれ!」
俺は改めてATフィールドを展開し、それを使い全力で巨人を外に押し出した。巨人は落下し、骨の硬質な音、血液の水っぽい音を僅かに響かせた。
荒げた鼓動を抑えるように胸に手を当てたまま、その場に座り込む。
「カメさん、よくぞご無事で!」
「ほんとに、よくぞ無事で済んだよ……」
やがて呼吸が収まると、改めて大谷さんの死に際が脳裏に浮かんでしまい、カメラを握りしめる。
「助けられなかった、な……」
「仕方ありませんよ、あんな状況じゃとても……」
沈黙が俺の無力を攻め立てているように感じて、どうにも居た堪れなくなる。
「ああ、そうだな。俺は……ヒーローじゃない。英雄でもない。ただの……」
それ以上を告げては、あまりに卑下が過ぎると思い、口を噤んだ。そして立ち上がると、再び屋上を目指し階段を上る。足がやたらに重かった。
今回の選択肢
俺はその光景を見て……
①すぐに来た道を引き返した→一番安全に逃げられる
②思わず悲鳴をあげた→最高難易度
③手を合わせて拝んだ→ユーコも真似する。シュール
④撮影を始めた→本編通り。一番サイコっぽい