巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
テレビ局内に逃げ込み、巨人の手の届かない屋上へ向かう主人公。
しかし同行していた局員の大谷が、建物内に進入していた小型の巨人に殺されてしまう。
主人公も襲われるが、ATフィールドを使い紙一重でこれを退ける。
己の無力を噛み締めながら屋上へ向かった。
屋上には数十人もの避難者がいて、その多くが柵の付近に集まり、眼下に広がる惨状を見下ろしていた。
膝に手をついて呼吸を整えていると、一人の女性が俺の肩に触れた。
「キミ、大丈夫か」
「ああ、どうも。大丈夫ですよ」
心境としては大丈夫、とは言い難いものの、体調に問題は無い。
見れば彼女はすらりとして背が高く、顔つきも端正に整った、中性的な魅力に溢れる女性だった。彼女の首に社員証が掛かっているのを見て、尋ねる。
「あの、ここに赤間さんっていらっしゃいますか? ちょっと会う約束がありまして」
「ああ、赤間ね……」
彼女は何を言うわけでもなく、社員証をヒラヒラと振ってみせた。そこに記された名前は……
「赤間、さん。じゃあ、あなたが?」
「はじめまして、大塚のお使いさん。ハンドルネーム“アッカーマン”こと赤間だ。よろしくね」
そう言って差し出された手を握り返す。
「女生とは、正直意外でした」
「まあ、文にしてもこの口調だからね。知っているのも大塚くらいじゃないかな」
そうそう、と彼女は続ける。どこか楽し気に笑いながら。
「大塚の奴、しぶとく生き残ってたってね。悪運の強い男だよあれも」
「同感です。お見舞いには行かれましたか?」
「まさか! 確かにここからそう遠くないけど、行ったって『いいから取材行け』だの『情報持ってこい』だの喚くだけさ。怪我人でも殴っちゃいそう」
実際にそうなりそうで、俺たちは笑い合った。これが大塚秀靖という男に対しての真っ当な評価だ。
「しかし、よくここまで無事に来れたね」
「自分でもそう思います。ここに着くまで、もう何人も……」
犠牲者たちの最期を思い返し言葉に詰まる俺に、赤間さんは頷いた。
「ああ、そうだろうとも。ひどい状況だが、しかし私たちにとってはこれとないチャンスと言える」
彼女は俺のハンディカムを指さした。
「そいつで撮ってきたなら、よければ見せてくれないか」
「え、ええ……あまり気分のいいものじゃありませんけど」
そこに写されているのは地獄のような惨状だというのに、赤間さんは子どものように目を輝かせて、撮影された写真をざっと流し見る。巨影愛好家の本質は、こんな状況にあっては狂気のようにも映った。
「すごい、すごいな。この臨場感、迫力……キミ、大塚なんかじゃなくて私の元で働かないか?」
なんとも返事がしづらい勧誘は愛想笑いでごまかした。
赤間さんの少し吊り上がった口角は、最後の写真を見て直った。
「これ……社内? 襲われてるのは……」
「大谷さん、です。助けに行ったんですけど、間に合わなくて……」
「この巨人は、まだ中にいるのかい?」
「いえ。その後俺が襲われたんですけど、勢い余って窓から落ちました」
「そうか。ここの扉もしっかり塞いでおかないとな」
赤間さんは目を閉じて深く息を吐き、カメラを差し出した。
「ありがとう。大谷は良い奴だったよ。忘れない」
赤間さんは気を取り直すように頬を軽く叩いた。
「さて、悲しみに暮れるのは後。今はこの状況を最大限生かさなきゃ。ついてきて」
彼女の後に続き屋上を歩く。体力、気力のある者は柵に寄っているようだが、ひどく疲弊し、茫然自失に陥っている者もおり、彼らは方々で座り込んで俯いている。中には狂乱し泣き叫ぶ者までいる。
「大塚は簡単に言ってくれたけど、こいつを手に入れるのは結構苦労したよ」
「これ……ドローンですか?」
それは本体の四隅からプロペラが伸びる、カメラを搭載した標準的なドローン。しかし以前友人に触らせてもらった安価なものとは明らかに質感が違う。傍らでは数名の社員たちがモニターや電源の設営に勤しんでいた。
「そう。しかしこいつはそこらに飛んでるのと、文字通り桁が違うよ。二桁くらいね」
「ふ、二桁……! あの人、なんてもの取りにこさせるんだ」
目玉が飛び出るような額に面食らっていると、赤間さんはリモコンを差し出してきた。
「せっかくだから今使いたまえ。このチャンスを逃す手はないよ」
「えっ、俺がですか!?」
「そうだよ。大塚もそのつもりだったらしいし。奴はキミが操作できるって言ってたけど?」
「いや、確かにやったことはありますけど、友人の安物でしたし」
「ならますます大丈夫。安定感も操作性も値段相応だから」
にっと笑う彼女に、もはや反論することはできなかった。ユーコはドローンに顔を寄せてまじまじと観察していた。
「わっ、すごいすごい! こんなにちっちゃいのに飛びましたよ!」
ホバリングを始めたドローンに、ユーコがふわりと浮かんで近づく。屋上の避難者たちも突如聞こえたモーター音に反応しており、カメラと連動するモニターには彼らの顔が映っていた。ユーコがカメラの前で手を振るが、幽体である彼女は当然映っていない。しかし後に見返して心霊動画になっていても困るのでやめてほしい。
「よし、そのままそのまま。多少壁にぶつけちゃっても大丈夫だよ。結構頑丈だから」
「そ、それはちょっと怖いと言うか」
ふと背後に気配を感じ振り返れば、先ほどモニターやら電源やらの用意をしてくれた面々が、興味深そうに覗き込んでいた。画面を見ろと指さされたのでその通りにしたが、どうにも集中力を削がれる。
彼らに見られている手前下手はできず、慎重に運転したいところだが、いつまでも屋上でフワフワ飛ばしていても始まらない。思い切って高度を上げ、街の全景から撮り始める。地方都市と言えるそれなりの規模の街であったが、あちこちで火の手が上がっているのか、幾筋もの黒煙、そして白煙が曇天にたなびいていた。
「巨人の出現はここだけの話じゃなさそうですね」
「ああ、これほどとは……よし、道路の方も見ようか」
「はい」
降下を始め、いよいよ巨人たちの跋扈する領域へとカメラが踏み入る。そこは地獄の様相を呈していた。食い散らかされた人
背後で誰かが
「酷いな、これは……」
「ですね……でも、これ見てください」
人間だけではなく、巨人の屍も数体転がっている。道路に突っ伏すもの、ビルにもたれているもの、総じてうなじが深く切り裂かれており、全身から白煙が立ち上っている。その光景に僅かばかり安心し、ほっと溜息をつく。
「あの人たちがやったんだな」
「あの人たち?」
「ええ。さっき、奇妙な機械を付けた三人の、軍人風な男らに助けられたんですよ。彼らは巨人の弱点がうなじだと知ってました。これは彼らの戦果でしょうね」
ほう、と呟いて赤間さんは黙り込んだ。何か深く考え込んでいる様子だったが、唐突に画面の端を指さした。
「しかし、無事では済まなかったようだね」
「え……これ」
それはまるで、ビルの外壁に赤のペイントボールを叩きつけたような光景だった。外壁に刻まれたヒビの中央に張り付いているものは肉塊としか表現のしようが無いが、そこには僅かに人の形の残痕も見え、何より、彼らの用いていたものと思わしきワイヤーが垂れ下がっている。それ以上カメラを寄せる気にならず、リモコンのスティックから指を離す。
「どうやら、決して楽に駆除できるわけじゃなさそうだ」
赤間さんは皮肉っぽく笑いながらそう言う。余裕を崩さない態度は自分への鼓舞なのか、あるいは本当の強心臓なのか。少し分けてもらいたいくらいだ。
そう考えていると、ビルの影から十メートルほどの巨人が姿を見せた。男性型で頭部が小さいが、感情を感じさせないその目だけは何度見ても肝が冷える。
巨人は真っ直ぐドローンに向かって歩んで来たが、突如関心を道路脇のビルに示したかと思うと、乱雑に手を伸ばして窓を破った。そして手をビルから引き抜くと、そこには一人の女性が握られていた。
『あああぁぁっ!! がっ、ぐあ、お』
そう近い距離でもないのに、彼女の絶叫はマイクを超えて屋上にまで届いた。凄まじい形相を浮かべる顔が貪られる瞬間を、俺は直視できなかった。骨を砕く咀嚼音が僅かに聞こえる。
『うおおおおっ!!』
その時、スピーカーから雄叫びが響き、視線を戻す。三人組のうちの一人、俺に最初に語りかけてきたリーダー格らしき男が、ワイヤーとガスの噴射により画面に飛び込んできた。彼はコマのように回転し遠心力をつけると、両のブレードをうなじに叩きつけ、力任せに切り裂いた。巨人の鮮血が飛散し、その巨体がビルにもたれながらくずおれていく。俺を含め、画面を見ていた全員がおおっと歓声を上げた。
「すげぇ、何もんだよ!」
「そんなのどうだっていいよ! これなら俺たち助かるんじゃないか!?」
「ああ、よかった……!」
巨人を打ち倒す彼の姿に希望を見るのは理解できる。しかし、そうまで楽観的になれない人たちの表情は晴れない……俺も含めてだ。壁面に張り付いていたあの肉塊が脳裏から離れない。
果たしてその悲観は実現してしまった。フェードアウトしたリーダー格の彼をカメラで追うと、ビルの外壁にワイヤーでぶら下がっていたが、どうにも様子がおかしい。少し近づくと彼の焦燥した声が聞こえてきた。
『くそっ、こんな時に、なんだよ! おい、ガスの補給地点はどこだぁ!』
耳に付けている小型のインカムに怒鳴り散らしていたが、そうしている間にも大小の巨人が彼の元にゆっくり近づいていく。彼が今いるのはビルの三階程度。それは大抵の巨人の手が届く範囲だ。
「ガスが動力らしいね。これは、まずいな」
「……やられる」
彼は覚悟を決めたのか、血糊で汚れたブレードを換装し、自身を取り囲む巨人たちを睨みつけた。
『どこからでも来やがれ! 指を切り落とされてえ奴からなぁ!』
足元に殺到し、手を伸ばしてくる巨人たちの指を言葉通り切り刻んでいく。小型に対しては暫し持ち堪えたが、しかし十メートル以上ある巨人の伸ばした手が彼のワイヤーに引っ掛かり、先端のアンカーが抜けると、彼の体が重力に引かれ小型の巨人の渦へと落ちていく。
『この、クソども! 死ね、死、いがあああぁっ!!』
四方から伸ばされる巨大な手が、腕を、足を、あらゆる個所を掴んでは骨を砕き、喉奥から絞り出される苦悶の叫びが響く。やがてお菓子を取り合う子どものように巨人たちが彼を啄み始めると、そこにいるのは勇敢な戦士ではなく、一匹の餌となり果てた。
『ああああっ!! やめて、いたい、いだいぃ!! いやだああぁ!!』
やがて数体の巨人が彼を引っ張り合い、とても人間の声とは思えない悲鳴を残し、彼の体が分解された。血が噴き出し、断面から細長い腸が解れて垂れ落ちる。巨人はにたりと笑いながら彼を飲み下していく。
「なんなのよ……」
背後で女性が呟いた。その声は徐々に、感情の抑えが効かなくなったように大きくなっていく。
「なんなのこいつらは!! なんでこんなことするの!! ふざけんな、なんで今日! なんで今日なのよ!? もうやだ、いやだぁ! 誰か助けてよぉ!!」
狂乱し泣き崩れる彼女を誰も宥めることができない。皆同じ思いでいるに違いない。だが、俺は小さく、噛み殺すように呟いてしまう。
「今日じゃない」
異変はとっくに始まっていたんだ。俺はそれを知らせ続けていた。大概の者はそれを遠い世界で起こった出来事だと考えていたのか。
……いや、無理はない。俺だって今日初めて知ったんだ。この恐怖も、絶望も、今の今まで知りもしなかったんだ。
画面上、対向のビルの屋上に一つの影が降り立つ。それは三人組の一人、ノリの軽い若い男。しかし今、彼の表情にその気配は微塵も無い。下で餌食になっている仲間を見下ろし、口をわなわなと震えさせる様は、怒りによるところか、あるいは恐怖か。
彼の様子がまた一変する。弾かれたように顔を上げると、何か信じ難いものを見たように目を見開き、ぽかんと口を開けた。そちらにカメラを向け始めたとき、ユーコが叫ぶ。
「カメさん、後ろに!!」
画面上に“それ”は現れた。屋上に電波塔を備える建物の背後に、それを遥かに凌ぐ巨大な人の影が立っている。……あまりに異常な光景に、思考が一瞬停止してしまう。だって、その建物とはつまり……
画面から目を切り、痛いほど鳴る鼓動を感じながら振り返る。それは筋繊維を剥き出しにした、人体模型を彷彿とさせる姿をしていた。しかし、その天まで突き抜けるような巨体は、十メートルやそこらの巨人の比ではない。軽く五十、いや六十メートルはある背丈を徐々に見上げていくと、真上からこちらを見下ろす対の瞳と視線が合う。
今日、その恐怖を、絶望を、ようやく俺は知った。
その名は巨影。人類を見下ろす生きた脅威――
ウォッチドッグス2でドローンアクションありましたけど、巨影と相性良いと思うんです。