巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
屋上にたどり着いた主人公は、巨影愛好家の赤間と合流する。
彼女の提供するドローンを操り街の様子を撮影するが、強きも弱きも死んでいく地獄のような光景が広がっていた。
そして突如現れた、体長六十メートルはあろうかという超大型巨人。
その瞳の見つめる先に、主人公たちは居た。
屋上に避難していた者は一人残らず、ただ唖然としてその巨人を見上げていた。大型、いや“超大型”と言うべき巨人は、全身から煙を立ち昇らせ、口角を上げて眼下に群がる人間を見下ろしている。煙の量から分かるが体温が以上に高いらしく、サウナのような熱気が常に全身を包み込んでくる。こちらを見下ろすその双眸は、俺を捉えているように思えてならなかった。
「全員逃げろぉ!」
その声を皮切りにようやく時間が動き始めた。声の主に振り返れば、それは巨人を討伐していた三人組の、最後の一人となった若い彼だった。ワイヤーとガスを使いこの屋上に降り立った彼の切羽詰まった様子に、出会った時のひょうきんな雰囲気は微塵も無い。
「突っ立ってんなよ! こいつは俺がやる!」
乱雑にブレードを振るい指示する彼に近づく。
「待った、こんなデカブツ倒せるのか!? あんたも避難を――」
「いいや、逃げない! 俺は逃げねえ! 一匹でも多く、こいつらを道連れに!」
巨人を睨みつける目は血走り、こちらの制止には耳を貸そうともしない。彼の姿は復讐に取り憑かれた鬼のようで、俺は二の句が継げなかった。
「うおぉぉぉっ!!」
彼が雄叫びを上げて上空へと身を躍らせる。超大型巨人の体にワイヤーを突き刺し、周囲を旋回するようにして見る間に上昇していく。
「カメさん、逃げましょう!」
「あ、ああ」
こうなっては彼を引き留める術も無く、一刻も早い避難が今できる最善手だった。
「赤間さん!」
そう呼びかけるが彼女の反応は鈍い。屋上の人々はようやく現状を飲み込めたのか、たちまちに悲鳴が響き、一斉に階段室へと押し寄せていく。俺はその人波を躱しつつ赤間さんの肩を掴んだ。
「何やってんです、逃げますよ!」
俺に背を向け、超大型巨人を見上げている彼女の表情は読めなかったが、肩が僅かに震えていた。当然それは恐怖によるものだと思ったが、彼女は静かに……笑っていた。
「赤間、さん?」
「ふ、ははは。逃げる? まさか。こんなものを前にして、そんなわけ!」
赤間さんは突然振り向くと、俺のカメラを奪い取ろうと躍起になって掴みかかった。その様子は飢えた獣か餓鬼の如く。先ほどまでの理知的な振る舞いが嘘のように豹変した彼女に、俺は心底震えあがった。
「な、なにを!」
「使わないなら寄こせ! 撮影は続ける!」
あまりの迫力に圧されカメラを手放してしまう。煽るような角度でコンパクトカメラを構えた赤間さんは笑いながら言った。
「キミは逃げたまえ! 早く!」
「行きましょうカメさん! これ以上は!」
「く、そっ!」
赤間さんを尻目に、他の者と同じく階段室へ駆ける。最寄りに居た数名がバリケードを外し、扉を開けた時、その一帯が巨大なデッドゾーンに呑み込まれた。ぞわりと肌を粟立たせながら見上げると、超大型巨人は目障りな蚊を叩き落すように、雄叫びを上げ斬りかかる彼を掌で叩き潰した。まさに血を蓄えた蚊のように、掌に小さな血だまりができる。
しかしそれが網膜に焼き付いたのも一瞬のこと。超大型巨人はそのまま掌を振り下ろし、階段室へと叩きつけた。凄まじい破砕音と衝撃波が身を打ち、飛散したコンクリートが耳元を掠め、立っていることもできずに尻餅をつく。咄嗟に展開したATフィールドに何か赤い物体がべしゃりと張り付いたが、激しく吹き付ける煙でよく見えなかったし、見ようとも思わなかった。
やがて衝撃が収まり煙も晴れると、隕石でも降ったかのように屋上の半分が崩落しており、屋上室やそこに逃げ込んだ人たち、更にはその近辺にいた者までもが、跡形も無く瓦礫と化していた。
運よく生き残った一人の女性が、俺の隣でがちがちと歯を鳴らしている。片腕を失った男性が悲鳴を上げてもんどりを打っている。頭部を半分失い、眼球をでろりと垂れ流す骸が痙攣している。
「ああ、いいぞ! この絶望感! 圧倒的質量に屈服する人類の姿!」
地獄のような光景に響く赤間さんの笑い声に、ガンガンと頭を打たれながらも、“楽しそうだな”などと妙に緊張感に欠ける感想が浮かび、苦笑する。
立ち上がって見上げれば、超大型巨人は暫しこちらを見下ろしていたようだったが、やがて宙に舞う煙を引き裂くように腕を振りかざす。それと同時に、屋上全域をデッドゾーンが彩った。逃げ場は……無い。
「カメさん、飛び降りて!」
ユーコの声と同時に、全身に締め付けられるような感覚があり、かなりの重量がのしかかる。見れば、かの三人組と同じように、俺の腰には長方形のケースと謎の機械、そして手に一対のブレードが握られていた。
「立体機動装置! コピーしておきました!」
「つ、使えないだろ!」
「私が何とかします! とにかく、ここから逃げて!」
飛び降りる、など正気の沙汰とは思えないが、ここは彼女を信じる。しかし、その前に――
「赤間さん、こっちに!」
屋上の縁に駆け寄りながら、背中越しに赤間さんを呼ぶ。この状態でもせめて一人くらいは、と考えていたが、赤間さんはこちらを一瞥し、再びカメラを構えた。ひしゃげた柵を超え、いつでも飛び降りられる状態でもう一度叫ぶ。
「赤間さん!」
「ちょっと待っててくれ!」
何を悠長なことを、と怒鳴りそうになるが、それより先に赤間さんはシャッターを切り、そしてカメラをこちらに投げた。放物線を描くそれを慌ててキャッチして彼女を見ると、清々しい微笑みが俺に向けられていた。
「キミに託す! 後は任せた!」
喉の奥から出ようとする言葉が、掠れて消えていく。何を言ったところでもはや届かないことは、彼女の目を見て分かってしまった。
「カメさん!」
そして超大型巨人の腕は振るわれた。屋上を横なぎに払う腕は、コンクリートを波のようにめくり上げながら迫り来る。その波に次々に人が呑まれては消えていく。
屋上から飛び降りることにもはや恐怖は無かった。それ以上の絶対なる“死”が、目に見える形で切迫する中で、恐怖の格付けは転じていた。
「だあぁぁぁっ!!」
気合を上げ宙へと身を投げ出す。一瞬で襲い来る浮遊感、しかしすぐさま腰の機械からワイヤーが射出され、隣接するビルの壁面にアンカーが突き刺さった。それを支点として、落下による位置エネルギーは、ワイヤーの緊張と共に運動エネルギーへと切り替わっていく。
同時に、頭上では爆音のような破砕音が鳴り響き、大小多数の瓦礫が俺と同方向へ吹き飛ばされていく。その破片が降り注ぐ中なんとか姿勢を保とうとするものの、肩に破片が直撃し体勢を大きく崩してしまった。
「ぐっ、うあっ!」
それと同時にアンカーが外れ、俺は宙へと投げ出されてしまう。
「AT、フィールドッ!」
迫り来るアスファルトへとATフィールドを展開し、落下の衝撃からかろうじて身を守ることには成功したが、勢いは抑えられずそのまま車道を転がり、天地も分からなくなってようやく停止した。
「破片がまだ降ってます! もう一度!」
「ああっ!」
荒い呼吸もそのままに、再びATフィールドを展開する。俺は仰向けになっていたようで、降り注いだ瓦礫が眼前で弾かれていく。そして全てが止んだ静寂の中、息も絶え絶えに胸を抑えながら、ビルの向こうにそびえる超大型巨人を睨む。奴も俺を見ていたが、やがてこれまで以上の白煙を全身から吹き上げて、それが晴れると奴の巨体は消えていた。
「くそったれ、まるで、悪夢だ……」
がっくりと首から力を抜き、一息つく。その時、背にした道路上から振動が伝わる。ゆっくりとした二足の歩調。
「か、カメさん!」
「そう、いるんだよな、まだまだ……」
うつ伏せの体勢になって道路の先を見れば、でっぷりと肥えた体系の、体長十メートルほどの巨人がおれを見て笑っていた。迷いなく、その歩みは俺へと向かっている。
「立ってください! 立体機動装置が使えません!」
「そうしたいけどさ、全身、いったくて……」
立ち上がる力も湧かなければ、どうやら頭を打ったのかまともな思考能力すら怪しく、食べるなら頭から一気に頼む、などと諦観にも似たものを抱き始めていた。しかし、ユーコの声が俺を内側から怒鳴りつけた。
「何を諦めたようなことを! ここで死ぬつもりですか! あなたはいったい、何のために生き延びたんですか!」
痺れるような、初めて聞く剣幕の怒声に、ようやく頭の回転が復活し始める。しかし予想以上にダメージを負った体は、それでも言うことを聞いてはくれそうになかった。
気づけば、背後からも十五メートル級の巨人が迫っている。こちらはマッシブな体格をした男性型の巨人だった。巨人による挟み撃ち、あるいは餌の取り合い、ときたものだ。
しかし、俺はブレードを握り直し、寝ながらにして前へ突き出した。
「分かった。どこまでやれるのか、試してやろうじゃないか」
巨人たちの足音が近づき、振動で体は軽く跳ねあがる。足は言うことを聞きそうにないが、もう諦める気は無かったし、負けるつもりも無かった。朝日が雲間から差し込み、ブレードが瞬いた。
「ようやく目が覚めてきたよ、ユーコ」
「カメ、さん」
ユーコの声が震えている。俺はそれに気づかないふりをして、口元で笑った。超大型巨人に立ち向かった彼の気持ちが、少しわかるような気がしてきた。前方から来る肥満体の巨人は、とうとう手を伸ばせば届くような距離にまで近づいた。
「来いよバケモン共……!」
啖呵を切ってブレードを握り込んだ、その時。
俺の体が激しく跳ねあがる。後方から迫っていた男性型の巨人の足が、至近距離に強く踏み込まれたのだが、彼は俺を襲うでもなく、なんと肥満型の
「……え?」
唖然として見上げると、その男性型の巨人は大気を震わせるような咆哮を上げた。びりびりと肌がひりつく。
彼は身を起こそうとしている肥満体の巨人に近づき、そのうなじ付近を激しく踏みつけた。何度も何度も、執拗に繰り返されるその行為は、激しい感情――怒りすら感じ取れるような、激烈な光景だった。
やがて肥満体の巨人がピクリとも動かなくなると、男性型の巨人は勝鬨の如く咆哮を放った。
「ユーコ……こいつは、何だ?」
「分かりません……何も、浮かんできません」
うなじを狙って踏みつける、つまりは巨人の弱点を知っている。知性を持ち、なおかつ巨人に敵対する巨人。これまで見てきたどの巨人よりもイレギュラーな存在。
その時、交差点から二体目、三体目の巨人が相次いで現れる。一体は同程度の十五メートルほどある。俺はようやく動き始めた体を懸命に引きずり、道路脇の建物の下まで逃げ込んだ。
振り向いてみれば、男性型の巨人は両腕を顔の高さに上げ、待ち構えていた。それは間違いなく“構え”であった。
「武術、にしか見えない。こいつは本当に、なんなんだ……?」
その疑問に答えることは無く、巨人たちは戦闘状態に入った。襲い掛かってくる十五メートル級の巨人をギリギリまで引き付けた男性型の巨人は、間合いを図っていたのか、思い切り横合いからのフックを見舞った。そのあまりの威力に十五メートル級の巨人の首はねじ切れ、ビルの合間を通り抜けて吹っ飛んでいく。
血しぶきを上げて倒れる体を足場にするように、男性型の巨人は高く跳躍した。その尋常ではない運動神経に口が開いてしまう。そして残る巨人の脳天目掛け、高い位置から肘打ちを叩き落した。鈍い音と共によろける巨人の髪を掴み、顔を上げさせる。そして足を引いて勢いをつけると、顎を打ち砕くように膝を叩き込んだ。
顔中から血を噴出させた巨人がビルに倒れ込むと、その後頭部を掴んで一階部分まで叩き付ける。ガラスが砕け散り、ビルの表層に抉られた跡が残る。そして倒れ伏す巨人のうなじに噛み付き、唸りながら肉を深く食い千切った。
「す、げぇ……」
血をまき散らし咆哮を上げる男性型の巨人に、もはや何を言うこともできなくなる。
雲間から差し込む朝日を浴び、咆哮を上げる鬼神の如き姿。敵とも味方とも知れない、恐ろしいはずのその巨人を、しかし俺は憧憬を持って見つめ、そしてシャッターを切った。
「なあ、赤間さん……見てるかい」
この一枚は、希望だ。絶望の中に射した、一筋の光。
「死んだ甲斐があったな……」
ネタバレされるとキツイ作品なのでユーコの知識はだいぶ制限されてます。
*
次回予告(NA:ユーコ)
巨人の蔓延る街から脱出した主人公。
満身創痍の彼の前に、巨影は再び現れる。
相撃つ二体、人造人間エヴァンゲリオン。
その残酷な
次回『夕影に問う命の選択』