巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
超大型巨人は屋上を薙ぎ払い、そこに避難していた人々は赤間を含め、ことごとく瓦礫に消えた。
唯一主人公は、立体軌道装置と化したユーコによって路上に逃れたが、一時的に立ち上がれないほどのダメージを負ってしまう。
そこに現れた二体の巨人。主人公は最後の抵抗を見せようとするが、筋肉質な体格の男型巨人が、なんともう一方の巨人を撲殺した。
主人公たちが呆気に取られている間にも、男型巨人は次々に巨人を殺していく。
その姿に、主人公は僅かな希望を抱くのだった。
頭を、腕を、足を……食いちぎられ、潰され、壮絶な絶叫を上げ死んでいく人々。喜色満面に肉を裂き、血に塗れていく巨人たち。それらが閃光のように過ぎ去った後、巨大な口が俺を食らわんと迫り――
足がハンドルにぶつかった。
「……いってぇ」
車の天井をぼんやりと見つめ、自分の置かれている現状を徐々に思い出す。
「よかった、お目覚めですかカメさん」
スポーツカーに変身したユーコの声に安堵が滲んでいた。
「俺、どれくらい眠ってた?」
「二時間くらいです。びっくりしましたよ、いきなり道路脇に停めて寝ちゃうんですから」
「まあ、ほぼ気絶みたいなもんだ……緊張が緩んだから」
周囲を見渡す。そこは山間の長閑な田園地帯で、太陽は既に鉄塔に張り巡らされた電線の向こう、西の空へ沈み始めていた。ここには巨人の影も、人影も見当たらない。
ふと腕を上げて見れば、擦り傷や打撲痕など生傷が目立ち、ずくずくと全身が痛んだ。それに気付いたのかユーコが心配そうな声音で聞く。
「大丈夫ですか? 痛いですか……?」
「ん、まあ痛いけど、大したことないよ。むしろ、ちょっとありがたいかもな……生きてるって分かる」
血が滲むこと、痛むということ、それらはあの地獄から逃れてなお命があるということを実感させた。
かの男型の巨人が次なる獲物を求めて去った後、ユーコが変身した車に乗り込み、命からがら街から脱出し今に至るが、その道中は惨憺たるものだった。先ほど見たフラッシュバックのような悪夢は、一生忘れることができないだろう。
情報を集めるためにラジオを点けてみる。どうやら巨人の出現はあの地方都市に限った話らしいが、あまりに突然の事態だったため、初動の遅れもあり被害は甚大であるとのこと。既に軍が出動し対処に当たっているが、事態の収束には時間がかかり、犠牲者はまだ増えるだろうという見立てがなされていた。
周辺地域にも避難が呼びかけられているため、付近に人影が見当たらないのはそのせいだろうか。
「どうします、私たちも避難しますか?」
「……いや、幸い動けないほどの怪我じゃない。運転ならできる。このまま叔父さんの所へ行こう。ちょうど病院だしな」
「ですが、どこかで体を休めてからでも……」
「それじゃダメだ。一掃できればいいが、もし討ち漏らした個体が叔父さんのいる北方都市へ向かったらどうする? 距離的にはあり得ないことじゃない」
「それは……確かに」
「だろ? 早いところ叔父さんの所に行って、いつでも逃げられるようにした方が良い」
「……分かりました。でも無理は禁物ですよ。痛かったり疲れたりしたらすぐに言ってくださいね」
過保護気味なユーコの労りが温かく、しかし子どもに対するような扱いに苦笑が漏れる。
「分かってるって。よし、それじゃ行くか!」
「はい!」
エンジンスイッチを押し、いざ出発……というところでふと思い出し、すぐにエンジンを切る。
「待って待って。そうだ巨人の写真と動画上げなきゃ」
「ええ……? だって早く大塚さんの所へって」
「その大塚さんが怒るから早いとこ上げるんだよ。“情報は生ものだバカ野郎”って言うよ、あの人は」
「……お二人の関係、ちょっと難しいです」
それは全面的に叔父が悪い、と俺は思っているのだが、第三者から見ると同じ穴のムジナというやつなんだろうか。少し不服だ。
アップロードを終えると、アクセス数やコメントに目もくれず出発したが、日は既に没し始めていた。北方都市に着く頃には夜になってしまうだろう。
それからしばらくは穏やかな、それこそただのドライブのような、弛緩した気配が車内に満ちた。鉄塔の長い影が落ちる水田は、朱色に染まりゆく夕空を映し、陽光に瞬く。緑を湛え連なる山には、斜陽の影が刻まれる。里山に流れる穏やかな時間が、先ほど起こった悲劇をまるで夢のように感じさせた。
しかし、やがて不気味な異変の兆しを感じ取る。巨人の蔓延る都市からそれなりに遠ざかったというのに、未だに車の一台、人の一人も見当たらない。走る内にいくつかの集落に通りがかったが、まるで人の気配が無いのだ。
それは今しがた走っている街道においても同じで、夕日が真っ直ぐ差し込むこの道に、動くものは俺たち以外に無かった。
「これってあれですか、過疎化ってやつですか?」
そんな言葉どこで覚えてくるんだ? と突っ込みつつ。
「いや、絶対そんなことじゃない。生活感はあるんだ。まるでみんな一斉に避難したような……」
その時、叔父からの電話があり、路肩に車を寄せて応答する。
『おい、お前今どこにいるんだ。大丈夫なのか?』
「ああ、平気だよ。今は逃げ出して、そっちに向かってる途中だ。ったく、心配してる割には連絡遅いじゃないか」
『俺のせいじゃねえ。看護師の奴ら、わざわざ巨人のこと黙ってやがったんだ』
あんたが無茶すると思われてんだろ、というのは怒りの炉に燃料を投下するだけなので黙っておく。
『まあいい、それよりお前の投稿見たぜ。よく撮れてるじゃねえか。反応も上々だ』
上機嫌な叔父の声に、なんと答えるべきか迷う。あの惨劇を目にしての感想としては薄情に聞こえるが、元よりそういうタチの人間だと分かっているため、そこは問題ではない。肝心なのは……赤間さんについて何と報告すべきか。
暫し閉口し考えた末、包み隠さず彼女の死を明かした。無言で聞き終えた叔父は一つ呼吸を置き、声のトーンを落とした。
『そうか。赤間、か。小生意気だが優秀で、熱意のある奴だった。俺たちはあいつの分も頑張んなきゃな』
「ああ、そうだな――」
「カメさん、巨影の気配が!」
突然のユーコの声に反応し、電話から耳を離して周囲を確認する。フロントガラスから見える範疇にそれらしき影は見当たらなかったが、耳を澄ましてみれば、何か巨大なものがゆっくりと歩んでいるような、大気に響き渡る足音が聞こえた。叔父の呼びかけを無視し、音の在処を探る。
「……後ろだ」
ドアガラスを開いて顔を覗かせると、“それ”は山間部からゆっくりと、夕日を背負いこちらに歩んでいた。人間の形をしているが手足は長く、一歩を踏み出すたびに脱力した腕が左右に振れる様は、さながら幽鬼の如く不気味なものだった。
しかし、その姿に俺は強い既視感を抱く。
「……エヴァ?」
体格や肩のパーツ、また装甲の柄など、かのエヴァンゲリオン初号機に似通った点が多々ある。額の角が無く、また体色が黒であることを除けば、ほぼ同じと言っていいだろうが、何も思い出せないということは、初めて見るエヴァに違いなかった。
『おいどうした、おい!』
「叔父さん、エヴァだ! 撮影するから切るぞ!」
『おお! よし、撮れ撮れ!』
物分かりの良すぎる叔父は自ら通話を終了させた。
早速窓から上半身を乗り出して撮影を開始する。街道沿いに立ち並ぶ電柱と、そこに張り巡らされた電線の向こう、茜空と夕日を背景に、背を丸めて歩くエヴァの姿は、不気味でありながらもどこか退廃的な美を感じさせる画だった。
それにしても、と疑問を口にする。
「様子が変だな。本当に人が操っているのか? あの歩き方、まるで何かに取り憑かれているみたいじゃないか」
その時、ユーコが息を飲んだ。
「あのエヴァ、参号機、なんですが……エヴァじゃありません」
「は? エヴァ参号機、じゃないなら何だよ?」
「あれはもう……使徒、です」
こんどは俺が息を飲む番だった。
ゆったりと、山間の田園地帯を歩くエヴァ参号機――だったものに合わせ、時折振り返りながらアクセルを踏み、速度を合わせる。
「あれはバルディエルという粘菌状の使徒です。参号機は今、この使徒の支配下にあります」
「粘菌状? 使徒っていうのはまるでデタラメだな……じゃあ、寄生虫か何かみたいにエヴァを操ってるってわけ、か」
その時、恐ろしい想像が脳裏を掠め、車を停める。カメラのズーム機能を用いて参号機を観察すると、装甲の剥げたうなじの部分に、果たしてそれを見つけてしまった。青い粘菌のようなもの――恐らくこれがバルディエルだろう――が、エントリープラグに絡みつき、捕らえている様子を。
「ユーコ、あれにはまた……子どもが乗っているのか?」
「恐らく、その……乗っていると思います」
ダッシュボードを殴りかけたところで、車体がユーコであることを思い出し、震える拳をハンドルに戻した。
「ユーコ、立体軌道装置であそこまで行けないか」
「な、無茶ですよ! そのお怪我ですし、第一、行ったところでブレードの刃が通るとも思えません。相手は使徒です。一人の人間では、とても……」
ハンドルに額を押し当て、熱い息を吐く。顔を上げてアクセルを踏み込むと、図らずとも急発進になった。
「いったい……エヴァってのは何なんだ。なんでこんな……!」
腹の底から湧き上がってくる怒りを抑えきれない。それは使徒に対してか、エヴァに子どもを乗せる
「カメさん! このルート、このままでは北方都市へ……!」
ユーコの声に我に返る。そうだ、このまま山間を行けばいずれ北方都市に出る。使徒の目的や行動原理は分からないが、このままでは……
アクセルを強く踏み、無人の街道を走り抜ける。こうなれば、救える命を何としてでも救うという、なけなしの気概しか残されていなかった。
山沿いの道を往き、暖色の明かりが灯るトンネルを抜ける。その抜けた先で、田畑の中心に佇む巨大な影に気付き、ブレーキを踏む。
「初号機!」
それは夕日を受け、参号機を待ち構える巨大な紫色の巨人だった。手にはサブマシンガンのようなものを携え、既に照準は参号機、いやバルディエルに向けられているようだった。
「初号機には、やっぱりあの子が乗っているんでしょうか」
「乗ってない方がまだいい……これから、自分と同じような子どもを……」
その先は言葉にできなかった。彼らに待ち受ける残酷な宿命に、ハンドルを握る手が白んだ。
俺は街道を急ぎ、撮影に適した場所で車を停めた。二体の衝突を真横から観測できる位置だ。
「カメさん、大塚さんを迎えに行かれた方が……」
「ユーコ、さっき俺と叔父さんの関係が難しいって言ったな。概ねこんなもんだ。お互いの命より、大切なものがあるんだ」
たぶんな、と一言付け加える。
巨影を撮らねばならない。それが俺と叔父に共通する絶対の認識なのだろう。……いつも薄情で身勝手に思えた叔父の行動に、いつの間にか近づいていた。やはり同じ穴の、というやつだ。
バルディエルは電線の張った鉄塔の間を、我関せずといった風に通過し、伝染はスパークを上げて引き千切られていく。そして二体のエヴァは夕影の中、ついに向かい合った。一方は腕をだらりと垂らし、一方は銃を構えたまま、しかし距離を開けてお互い動かなかった。逆さになった二つの巨影が、波紋一つ無い水田に映る。
「やはり、撃てないか……!」
プラグの中で震えていた華奢な少年を思い出す。人が搭乗したままのエヴァを使徒と認識し、あまつさえ討ち倒すなど、到底彼にできるとは思えなかった。彼が今プラグの中でどんな思いでいるかを想像するだけで、あまりに痛々しい。
一瞬の静寂が里山を包んだその時、バルディエルの口が震えた。そして大きく仰け反り、敵意と殺意に満ち溢れた咆哮を響かせる。
こんな巨影が見たかった④
・「トレマーズ」より“グラボイド”
歩くだけで感知され、高所に逃げても追い詰められる。恐怖の地底生物との息詰まる攻防戦は、実は結構低予算。グラボイドの移動は土が捲れるだけなのでね。
しかしコンクリに頭を強打すれば死ぬので、現代日本ではあまり活躍できないかもしれない。地下鉄にぶち当たって死にそう。