巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
襲い掛かるバルディエルに対し、抵抗に迷いのある初号機。
拘束され、首を絞められ絶体絶命という中、初号機に変化が表れる。
途端に凶暴性を発揮し、逆にバルディエルの首を折らんばかりに迫る初号機。
しかしバルディエルにも子どもが乗っている。
このままでは、と思われたその時、ウルトラマンが割って入った。
三つ巴の様相を呈する中、初号機の異常を解決するべく、主人公たちも行動を起こした。
ユーコが立体機動装置に変身し、全身に重みが加わる。エヴァにアンカーを打ち込み、ワイヤーを高速で巻き上げると、その加速度で傷んだ体が軋みを上げた。
「エヴァが人造人間でも、プラグは機械だ! その異常なら、ユーコ!」
「はい! 私が何とかします!」
歯を食いしばり、エヴァの体に沿って夕空へと昇っていく。その最中、初号機は縛めを解こうと身を捩っていたが、ウルトラマンの拘束はよほど固いのか、頭を振るだけで精一杯という様子だった。
腰の付近に一度足を付け、肩甲骨部分の突起にワイヤーを射出し、ワイヤーとガスの力で一気に上昇する。初号機を縛める鎖のような光輪を通過した時、熱とは違う確かなエネルギーを肌に感じた。
慣性によって一度中空へ放り出され、重力との均衡が逆転した地点から、浮遊感が臓腑を包み込んでいく。
「あ、ってぇ~……!」
うなじに着地する直前に噴出されたガスにより、着地の衝撃は最小で済んだが、このボロボロの体にはそれだけで鋭い痛みが走る。立体軌道は全てユーコ任せで、ただ姿勢を保っていただけの俺が何を甘ったれたことを、と心中で自分を叱咤する。
「大丈夫ですか!?」
「ああ! それより、ここだな! エントリープラグの挿入口!」
「はい!」
以前シャムシエルとの戦闘に巻き込まれた際、初号機のエントリープラグに避難した記憶から、その装甲板の真下がプラグであることは理解していた。
立体機動装置からアンカーが射出され、紫の装甲にめり込んで爪を立てる。ピンと張りつめたワイヤーが俺の体を初号機に縫い止めた。
「ユーコ、これは?」
「“変身”と“同化”を同時に行います! いざという時、カメさんが投げ出されないように」
「できるのか?」
「できます! そんな気がするんです!」
分かった、と頷いてワイヤーを握りしめ腰を落とす。彼女ができると言う以上、俺はそれを信じるだけだ。
「コントロールがパイロットの彼に戻ればいいが、最悪プラグを抜き出して救助しよう! 初号機さえ動かなければ、後はウルトラマンに任せられる!」
「はい!」
そう返事を残し、ユーコの声が消える。直下のエントリープラグと同化を果たし、統制下に置こうと奮闘しているのだろう。
ふと視線を上げる。エヴァの首から後頭部にかけてを間近に観察し、その巨大さに今更ながら冷たい汗が背を伝う。
ふと気づくと、縛めに対し抵抗を見せていた初号機が停止していた。
「ユーコ、今どうなってる!」
「初号機の奪い合いです! こいつ、ダミーシステムと!」
またユーコの声が消えた。かなり必死な様子だったが、どうやらそれはプラグに居る何某か……ユーコ曰く“ダミーシステム”というそれも同様らしい。激しい統制権の奪い合いの最中では、初号機を動かすだけの余裕は無いようだ。
しかしエヴァ参号機、ことバルディエルはそうではない。今も獣のように雄叫びを上げながら、光輪の拘束を破ろうともがいている。
その時、ウルトラマンが初号機を庇うように踊り出た。その緊張に漲る背中から、彼の放った拘束技が限界を迎えようとしていることを察してしまう。
まさしくその通り、バルディエルは四本の腕で、金色の光の輪を千切るように破った。腰を落とし構えを取るウルトラマンに、敵意の籠った赤い瞳が鋭く光る。
「ユーコ、頼むぞ……!」
返事は無い。それが彼女の懸命の闘争を物語っており、手さえ空いていれば組んで祈りたい気分だった。
バルディエルが四足の、いや六足の姿勢を取り、反動をつけるように大きく右手を引く。
「やばい、ウルトラマン!」
覚えのある挙動から、ウルトラマンに発した警告はしかし間に合わなかった。再びゴムのように伸びた腕はウルトラマンの首を狙う――が、彼はその手首を掴み、重ねて迫った左手も同様に掴み封じた。
おお! と感嘆と安堵の声が漏れるのも束の間、バルディエルは肩口から発生させた二肢を同時に振りかぶり、ウルトラマンの首を今度こそ掴み取り、締め上げていく。ウルトラマンが苦し気に呻く。
「ああくそ、まずい!」
参号機パイロットを半ば人質とされているウルトラマンは現状、攻撃という手段を取れない。尚且つ初号機を守りながらでは、その力を振るうこともできるはずがない。焦燥が身を満たしていくその時、ユーコが叫んだ。
「カメさん、初号機に力をあげて!」
「なに!?」
「前みたいに、早く!」
「わ、かった!」
四の五の考えている暇は無い。ワイヤーを一度握り直し、赤紫色に輝き始めた掌からワイヤーを通して、初号機に力を与えていく。掌、そしてワイヤーにぼうっとした蛍光色の光が灯り、体から徐々に力が抜けていく。
「さあ、さっさとこいつを黙らせちゃってください! あの子のピンチなんですよ!」
ユーコが俺以外の何物かと会話を始める。あの子、とはパイロットの少年のことと思うが、正直なところ彼女の様子を気にかけている余裕が無い。折れそうになる膝に力を籠めることで精一杯だ。
その時、突如として初号機が暴れ始めた。先ほどを遥かに凌ぐ激烈な様相は、まるで猛毒に体内を侵されもがき苦しんでいるようだった。
「この、最後の悪あがきを!」
必死に足を突っ張り、ワイヤーを握り続ける。こうしている間にもウルトラマンが……!
「ユーコ、変身を解け!」
「え!?」
「完全に同化して、とどめ刺してこい! 急げ!」
「は、はい! どこかに掴まって!」
言われるまでもなく、装甲板の切れ目を掴み全身でへばり付く。途端に全身を絞め付けていた立体軌道装置のハーネスから解放された。その解放感は現状味わいたくない、なんとも心許ないものだった。
初号機が身を捩る度に体が一瞬浮きあがり、すぐ腹から叩き付けられる。傷の痛みも感じないほどの死線に必死で食らいつき、ユーコからの朗報を待つ。
しかしそれより先に、初号機がとうとう光の拘束具を弾き飛ばした。その衝撃はこれまでの比ではなく、俺の体はあっけなく空中に放り出された。初号機の額から伸びる角を超える高さにまで達し、そして当然落下を始める。
「カメさん!」
俺に引きずられてエントリープラグから抜け出したユーコが、必死に俺に手を伸ばす。無我夢中なのだろう、俺たちは決して触れ合えないというのに……
加速した思考の中でそう冷静に見つつも、俺の手は彼女に伸ばされていた。指先が求めているものは決して、物理や温度によるものではないと、何とはなしに分かっていた。
俺とユーコの手が空中で重なった瞬間、視界が紫色の影に覆われ、そして凄まじい衝撃が全身に走った。
呼吸と思考が一瞬停止し、次に自分の生存を確かめるために動員される。全身が痛むが息を吸える。五感が残されている。俺はまだ生きていた。
仰向けに落ちたそこは、巨大な紫の指に囲まれた掌だった。見上げれば、瞳に明るい色を灯し、こちらを見つめる初号機と目が合った。思わず、空気を吐き出すような笑いが漏れ、ぐっと親指を立てる。初号機は機械的な軋みを上げながら、一つ頷いてくれた。
しかし事態はまだ切迫している。俺は寝返りを打つように転がり、ウルトラマンを締め上げつつこちらを観察するバルディエルを指さす。
「エントリープラグが射出できないんだ。菌糸のようなもので覆われてる」
そこで再び視線を初号機の顔へ戻す。その向こうにいるかの少年に語り掛けるように。
「行きずりの人間が、ましてや大人が頼むようなことじゃないが。頼む、助けてやってくれ。ウルトラマンを、参号機のパイロットを」
傷が痛む。全身から力が抜け、立ち上がることもままならない。
「俺なんかじゃ、もうどうしようもないんだ……頼む」
初号機は間髪置かず、先ほどより深く、強く頷いた。
地面がみるみる近づき、田畑の脇の農道に手の甲が接地する。転がるようにして俺が地に降りると、俺を覆っていた初号機の影が立ち上がる。そして迷いのない歩調から加速し、苦しむウルトラマンに駆け寄っていく。振り絞るような微かな声が、思わず溢れ出す。
「行け、エヴァ……!」
初号機が腕を突き出し、ウルトラマンの正面にATフィールドを発生させた。それに弾かれた四本の腕は元の長さに戻り、バルディエルは警戒するように後退する。
よろけるウルトラマンの背を、初号機が支える。振り返ったウルトラマンはその様子を見て、しっかりと頷いた。初号機も首肯で返し、二体は夕暮れの空の元、並び立った。
赤と銀色から成る光の巨人。紫を基調とする機械仕掛けの巨人。全く違うバックボーンを持つ二体の巨影が、護るため、救うために手を取った。それがどうしようもなく胸を熱くさせて、俺は夢中でカメラを構え撮影を始めた。
バルディエルの咆哮で全てが動き始めた。同時に駆け寄るウルトラマンと初号機。バルディエルは同時に四本の腕全てを振りかぶり、眼前の二体を滅ぼすべく伸ばした腕を殺到させた。しかしウルトラマンたちはそれを冷静に見切り、一人二本ずつ、一度に払いのけた。弾かれた腕を慌てて収縮し、もう一度放とうとした時には既にウルトラマンが迫っていた。
ウルトラマンは至近距離で放たれた腕を、二本は手で掴み、残った二本は脇で挟むという荒業をやってのけた。もはや単なる見物人と化した俺たちのボルテージも上がる。
「すごい!」
「今だエヴァ!」
ウルトラマンの背後から跳ね上がり、夕暮れ空を背景に鮮やかに舞った初号機が、激しい水飛沫を上げてバルディエルの背後に着地する。それと同時にエントリープラグをがっちりと掴むが、粘菌のようなものに触れた途端に、初号機の様子が変わった。
「使徒が侵食しようとしています! このまま触れ続けるのは危険です!」
しかし初号機はプラグを離さない。挙動から、激しい痛みに苛まれていることは明白なのに。
「痛いはずです……でも」
「離さないな、ああ。離さない」
胸にこみ上げるこの感情を何と言うのだろうか。それは言語化されることなく、ただの叫びとなって放出された。
「いけーっ! エヴァー!」
「頑張れー!」
テレビに夢中になる子どものように叫び、純粋に初号機を応援する。こんなことを言わなくても、彼は頑張るというのに。
初号機の満身の尽力によって、徐々にプラグが抜き出され、粘菌が引きちぎられていく。それに痛みを伴っているようにバルディエルが叫び暴れるが、ウルトラマンは決して掴んだ腕を放しはしなかった。
そしてとうとう。初号機の雄叫びと共に、参号機のエントリープラグが完全に取り外された。
「よしっ!」
「やったぁ!」
俺たちが歓喜に包まれている間に、初号機は油断なくバルディエルと距離を取り、戦線を離脱していた。それを見届けたウルトラマンがバルディエルの腕を引き一気に引き寄せると、強烈な前蹴りを放って吹っ飛ばした。
激しい飛沫を上げ水田を転がったバルディエルが、明らかに鈍った動きで身を起こす。その隙を見逃さず、ウルトラマンは両手を組み、スペシウム光線を放った。水田に青白い光線が反射し、鏡像のバルディエルの体を穿つ。
耳を覆いたくなるような壮絶な絶叫を上げ、バルディエルは参号機の機体ごと爆発した。激しい衝撃波が俺の体を打ち、怪我を一層痛ませる。
しかしそれが収まった後、痛みを忘れさせるような、充足感と安心感に満ちた空気が里山に満ちていた。
プラグを大切そうに抱えた初号機と、ウルトラマンがゆっくりと向かい合う。そしてどちらからともなく差し出された手が、結ばれた。
日が沈み、濃紺が迫る暮れの空に、巻き上げられた飛沫が虹をかける。その下で手を取りあう二体の巨影に、俺はたった一回しかシャッターを押せなかった。どうしようもなくその光景に見入ってしまったのだから、一枚でも収められてだけ上々だ。
ウルトラマンが虹のかかる空を見上げ、両手を上げた飛行姿勢で彼方へと去っていく。その姿を見送ったところで、世界が
「カメさん!?」
「……あれ?」
アスファルトが体をぐいぐいと押す。夕闇に冷やされたそれは火照った体に心地良くて……
意識はそこで途絶えていた。