巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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あらすじ

叔父、大塚秀靖の入院先である病院までたどり着いた主人公。
しかし彼自身も満身創痍であり、ミイラ取りがミイラ、入院患者となってしまう。
病床の彼の前に、モスラの巫女であるコスモス姉妹の像が現れる。
彼女たちによれば、ガメラの繰り出した禁じ手によって地球のマナが枯渇し、その影響は巨影にまで及ぶかもしれないという。
不確定な話ながらも、主人公たちは不気味なものを感じていた。


stage10:英知の光に差した影 ②

 薄闇に包まれ沈殿していくような、居心地のいい微睡みだった。しかし遠くから俺の渾名を呼ぶ声に、徐々に意識が浮上していく。

「カメさん!」

「ふぁい」

 寝ぼけた俺の間抜けな声が聞こえた。目を開くと、消灯時間になったのか光源がほぼ無い。目を擦って上半身を起こせば、仕切りのカーテンの向こうを覗き見るユーコの臀部が目に入ってしまった。

「ようやく起きてくれまし、ちょっと! また寝ないでくださいよ!」

「いやその、すまん。ちょっと自己嫌悪で」

 枕に突っ伏す俺にユーコは首を傾げたが、切迫した様子で迫ってきた。

「それより緊急事態です、巨影ですよ」

「なに、どこに!」

 周囲の入院患者が目を覚まさないように小声で問いながら、カメラの電源を点ける。

「そこかしこに。この病院中、巨影の気配だらけです」

「は? 病院中? なんで今まで気づけなかったんだ?」

「私にもさっぱり。突然現れたようにしか感じなかったんです。しかも他の患者さん、それに看護師さんもいつの間にかいないんです」

「それは……ユーコって居眠りとかする?」

「しませんよ! ぼーっとしてる時がないかって言うと、まあ、あれですけど」

 俺が寝ている時はそう過ごしているのか。ちょっと申し訳ない。

「でも、こんな変化に気付けないなんて普通じゃないです。なにか妙ですよ」

「そうだな……まさかそれも巨影の影響なのか」

 しかし、今はそれを考察している場合ではない。光が漏れないよう、布団の中で携帯を点け、時間を確認する。日付が変わっていくらも経っていない。俺が眠っていたのは三時間ほどか。

「この階に巨影は?」

「おそらく一体だけ。動きは早くなさそうですが……しっ!」

 ユーコの顔つきが一層強張る。

「近づいてきます……音を立てないで」

 息を潜め、身じろぎせずにじっと耳を澄ませる。廊下の奥の方から、硬質な足音がガシャガシャと近づいてくる。雰囲気からして多脚のようだ。その特徴から、ふと小型レギオンが脳裏に浮かんだ。

 やがてその足音は病室の前に差し掛かったところで、止まった。心臓がぎゅっと縮小する。

 呼吸さえ喧しく感じる静寂の中、その巨影は病室に踏み入ってきた。足音は振動となり、ベッドを通じて接近を感じさせる。

 いざとなればATフィールドを使う心構えをし、恐怖心を押さえ込む。

 巨影はついに俺が眠る窓際のベッドの目前まで迫った。網目状になっているカーテン上部から、刺々しい頭部の先端が覗く。外から差し込む街灯の光によって、巨影のシルエットがカーテンに映し出された。

 大小の多脚が蠢く胴体。そこから細長い首が伸び、側頭部には両刃の斧のような器官が備わっている。レギオンとは全く異なる異形の巨影は、暫し窓の外を観察するようにそこに留まった。

 息の一つ吸うことさえ忘れ、ただ恐怖を押し殺し気配を潜め続けた。すると間もなく、巨影は多脚を忙しなく蠢かして反転し、廊下へと去っていった。ゆっくりと息を吸い、またゆっくりと吐く。

 ユーコがカーテンから身を乗り出し、去っていく巨影を観測する。

「あれはデストロイア、の幼体です。かつて地球に生息した微生物が、オキシジェン・デストロイヤーの作用で異常進化した姿です」

 俺が押し黙ったままユーコを見続けていると、そこで気づいたように彼女は振り返った。

「あ、もう声を出しても大丈夫ですよ。小さく小さく」

「……オキシジェン、デストロイヤーって、なんだ」

「いや、私もそこまでは……少なくとも、あれは友好的な生命体ではありません」

「まあ、そういう気はする」

 シルエットの刺々しさと言うか、禍々しさのようなものが、外敵に対する攻撃性を表しているように思う。これはレギオンにも通じる特徴だ。

 その時、ユーコが再び何かに気付き、カーテンの外を覗き込む。

「どうした」

「……あ、大丈夫です。でもなんで」

 その口ぶりに首を傾げていると、抜き足差し足で忍び寄る人の気配に気付く。そしてゆっくりとカーテンが開かれた。

「しっ、もう大丈夫ですよ」

 口元に指を立ててそう笑いかけたのは、あの妙に緩い看護師の山根さんだった。

「なんでここに」

「こっちのセリフですよ。どこに居たんです? 避難のときにいなかったから、先に逃げたとばかり」

「え?」

 ここで眠っていただけなのに、いなかった? いや、口ぶりからして彼女は直接病床を検めたわけではなさそうだが……

「患者さんを無事に返すことが病院の務めです。さ、逃げましょう」

 ギプスを嵌めていない右足に靴を履かせてくれた山根さんは、俺に肩を貸して立ち上がった。

「ちょっと頑張ってくださいね」

「す、すいません……ありがとう」

「務めですから」

 そう言って笑う山根さんは、昼間とは別人のような強い意志が感じられる。それと同時に伝わってくる体の震えが、転じて彼女の勇気の象徴のように思えて、俺の心にも熱を伝導させた。

 

 停電しているらしい院内は、非常電源を引いている照明だけが弱々しく灯り、一層こちらの恐怖を引き立てた。どこから現れるかも分からないデストロイアに戦々恐々としながら、もどかしいまでのペースで歩みを進める。足がこの状態で、尚且つ移動に静音性が求められるとなると、速度を犠牲にせねばならなかった。

「変です、この階のデストロイアの気配が読みづらく……」

 ユーコの不穏な呟きにまた不安を掻き立てられるものの、ひたすらに階段へと歩を進める。

 山根さんは男である俺に体格の上で当然劣るが、体重がかかる絶妙なタイミングで踏ん張りを利かせ、俺の体重を支えてくれる。そのなんと頼もしく、ありがたいことか。白衣の天使だなどと手垢まみれの表現だが、俺の目からはまさにそう見えていた。

 俺も山根さんも呼吸は浅く、不安に震えていた。しかし張りつめた警戒感をよそに、デストロイアはあの足音を聞かせることなく、姿形を見せない。

 階段まであと僅かという折り、複数の足音ががやがやとそこを昇ってくる音がした。間もなく現れた彼らの正体を視認する前に、眩いライトに照らされ目を細めた。

「まだ残ってたのか」

「要救助者発見、避難誘導開始します」

 それは暗色のプロテクタに身を包んだ、特殊部隊らしき五名の男たちだった。

「そっちの彼は怪我人か」

「は、はい」

「自分が背負います」

 てきぱきとした動きで俺の前に隊員の一人が屈む。山根さんはほっとした様子で、他の隊員に連れられ階段へ向かおうとしていた。まさにそのタイミングでユーコが叫ぶ。

「上です!」

 その瞬間足元に広がったデッドゾーンを見るや否や、俺の体は脊髄反射と言える速度で動いた。隊員の背中を抱え込んで、無事な右足で自分ごと前方に飛ぶ。

 うつ伏せに倒れると同時に、天井の崩壊する轟音が背後から鳴り響いた。

「撃てぇ!」

 四人の隊員がサブマシンガンを掃射する中、俺を引き摺るように階段方向へ移動させた隊員が、山根さんに俺を預けた。

「先に行って! こいつは引き留めます!」

「は、はい!」

 言われるがまま返事をした山根さんが、再び俺の右腕を自分の肩に回し、階段へ向かう。その最中に振り返ると、マズルフラッシュに照らされたデストロイアの威容が覗けた。

 赤い表皮は甲殻類のような質感を持ち、鋏のような腕、鋭い多脚といった特徴からも、どこか蟹を連想させるが、その容貌は恐ろしいの一言に尽きる。

 鋭く光る黄色い瞳が細められると、斧のような側頭部の器官が発光し始めた。同時に、隊員の一人を貫くデッドゾーンが見えた。

「避けろ!」

 そう叫んだが、銃声によって届かなかったのか、あるいは素人の発言に信憑性など無いのか、対象の彼は動かない。そしてデストロイアの口から発射された白い光線はその隊員の胸を貫き、彼は四・五メートル吹っ飛ばされてナースステーションのガラスをぶち破った。

「下りますよ!」

 山根さんの声に振り向けば、足は既に階段に差しかかるところだった。後方から響く銃声と、その中に時折混ざる悲鳴から意識を逸らし、必死に階段を下っていく。

 一階ぶん下り、そして次の踊り場に差し掛かった時、暗がりの中から異様な匂いが鼻を突いた。

「これは」

「見ないでください、足を、動かして……!」

 山根さんはこれを見て、俺の元まで来てくれたのか。このおぞましい血の海を乗り越えて……

 口を噤み、意識をも周囲から逸らし、彼女の言う通り懸命に足を進める。時折水たまりのようなものに足を踏み入れてなお進み、べちゃりと鳴る靴を引き摺りながら階段を下りきる。

 そこは三階だった。あと少し、と思った矢先、階段が奥から黄色に染まっていく。死が確定するわけではない黄色のゾーンは、この状況ではおそらく、デストロイアとの遭遇だけを指しているのだろう。我ながら便利な能力だ。

 足を止めた俺に山根さんは怪訝な顔を浮かべた。

「ここはダメだ、どこか別のを」

「どうし――」

 質問は、階下から聞こえた硬質な足音に窄んで消えた。三階の廊下へと踏み入れた俺たちの背後から、黄色いデッドゾーンが迫ってくる。

 もはや足音を消すことさえできないまま、懸命に歩みを進める。そんな俺たちの努力をあざ笑うように、正面の廊下の角から、あの恐ろしいシルエットが伸びてくる。それに伴い黄色いデッドゾーンも廊下に広がっていく。

 背後の足音と正面の影から、挟撃の形に追い込まれたと気付いた山根さんは、体を強張らせ立ちすくんでしまった。顔を見れば、目じりには涙さえ浮かんでいる。

 なんとかこの女性だけでも救いたい。そう強い意志が胸にこみ上げてくる俺の目に、ふと最寄りの病室の名札が飛び込んでくる。

『大塚秀靖』

 それを見つけた瞬間、山根さんの体を押すようにしてその病室へ入っていた。何か確信があるわけでもなし、なぜそのような行動をとったのか自分でも分からない。

「ここ、大塚さんの……」

 山根さんも、窓際の病床で巨影を追っていた大塚の姿を思い出したのだろうか、そう呟いた。

 ベッドの前まで来て、少し開いたカーテンから中を覗き込むと、やはり叔父の姿はそこに無かった。

 しかし枕元に置かれたカメラに気付く。それはバルタン星人襲撃の際にわざわざ持って逃げた最新型だ。

「叔父さん、逃げられたのかな」

 俺の独り言に、山根さんは分かりませんと首を振った。

「あの人なら大丈夫か。あとは山根さんだ」

 え、と目を丸くする彼女をぐいと押し、叔父のベッドの下へ入るよう促す。

「隠れて。俺が気を引くから、隙を見て逃げてください」

「そ、そんなこと……!」

「カメさん、ダメですよ!」

 俺の袖を掴む彼女の手を引き剥がし、ユーコに一つ目線をやる。

「奴らにバレた時だけです。きっと平気ですよ」

 たぶん無理だろうな、とどこかで予感はしていたが。

 山根さんは納得しがたい様子でいたが、俺がベッドの影にしゃがむと、度し難いと判断したのか、素早くベッドに下に身を潜ませた。

 鼓動がうるさいくらいに拍動する中、廊下の端から伸びてきた黄色いゾーンは合流し、やがて出入口付近に二体のデストロイアが姿を現した。いずれも病室の中を覗き込み、今にも進入しようとしていた。

 それを確認した時点で、俺はベッドに手を突いて立ち上がり、ギプス付きの左足を引き摺りながら病室中央の通路へと進み出る。下方から、山根さんが息を飲む音がした。

 窓枠に体を預け、挑発的に笑って見せる。

「よう化け物ども。最後に一枚いいか」

 叔父のカメラを構え、わざわざフラッシュを焚いて執拗に撮影する。撮れているかは問題ではない、こちらに気を引かせればいいのだ。

 二体のデストロイアは目を細め、狙い通りこちらに照準を絞ったようだ。

「カメさん、合図したら横に飛んでください」

「ユーコ?」

「大丈夫、信じて」

 後方から聞こえた彼女の、揺るぎない声に頷く。

 デストロイアたちが縦に並んで迫り来る。細められたその目は、獲物を嬲る愉悦を至近の未来に見ているようで、なんとも腹立たしい。

「今です!」

『どけえぇぇい!!』

 ユーコの声と、その雄叫びはほぼ同時だった。叔父のベッドの陰に倒れ込んだ瞬間、凄まじい轟音と共に、巨大な黒い鉄塊が窓と壁を粉砕し押し入った。その衝撃に戸惑うような鳴き声をデストロイアたちも発する。

 煙が舞い上がる中、鉄塊――黒光りするリボルバーの撃鉄を、巨大な白い指が引き起こした。

 窓の外を見る。その姿を見た瞬間湧き上がった歓喜と混乱、そして辟易した気分は、筆舌に尽くしがたい。

「なんでいるんだ……!?」

 リボルバーを構えるイングラム二号機に向かい、そう問いかける。返ってきたのは、いつぞやも聞いた怒号だった。

『往生せいやあぁぁぁぁぁっ!!』

 

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