巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回までのあらすじ

湾岸都市に出現したゴジラを撮影する主人公たち。
高層ビル上階からの撮影を敢行していると、スーパーx2が飛来し、ゴジラへの攻撃を始めた。
その最中、主人公たちのいるフロアに権藤という自衛官が現れる。
善戦虚しくスーパーx2は撃墜されるが、それは陽動であり、本命は高層ビル群から権藤らが放った弾頭だった。
全弾命中するも、標的を権藤に定めたゴジラが迫り、主人公は逃げ出す。
意地を見せる権藤は、ゴジラの口内に再び弾頭を撃ち込んだ。


stage12:巨影相撃つ ②

 果たしてその弾頭の効果とは如何なものか、ゴジラは怯むことなく再び咆哮した。

 そしてビル全体が激しく揺れる。立つこともままならずその場に座り込むと、オフィスの床が大きく崩れ、権藤さんの姿が亀裂の中に消えていく。

「権藤さん!」

 そう叫んだと思う。自分の声すら聞こえない轟音の中では、彼の声など一抹とも聞き取れるはずはなかった。

 オフィスは完全に崩落し、ドアの向こうは一瞬で外界と化した。ビルの腹を抉ったゴジラの剛腕が下方に見える。そしてそれはまだ、怒りを収める気配が無い。

 すぐさま立ち上がり、廊下の端へと走りながら叫ぶ。

「ユーコ!」

「はい!」

 横に現れたバイクに跨り、アクセルを捻る。軽く前輪が持ち上がった。

 再び激しい衝撃がビル全体に走る。床に現れたデッドゾーンを躱すと、崩落した天井の破片が肩を掠めた。

 全面ガラス張りの廊下の端が近づく。湾岸都市の町明かりが輝いて見えた。

 しかしここで視点が()()。それは眩暈だのという話ではなく、このビルの上部そのものが傾き始めており、今にも倒壊しようかという瀬戸際の現象だった。

「ああ待て待て!」

 重力の居所が変わり、床が壁へ、壁が床へと転じていく。姿勢を低くとり、思い切って壁面を走り抜ける。床と天井に挟まれ壁を走る、上下の消えた感覚は――こんな時だというのに――ふと幼い日を想起させた。

「遊園地にこんなのが!」

「なんです急に!」

 あまりの状況にハイになっていたのだろう。アドレナリンの作用か、異常なまでに視界が冴え渡っていた。

「頼む!」

 ユーコを信じ、アクセルを一層強く捻る。そしてガラスを突き破り、倒壊するビルから夜空の只中へと、俺たちは身を躍らせた。

 ガラス片がきらきらと周囲を舞い、燃える湾岸都市が眼下に広がる。冴える視界でそれらを見渡していると、ふわりと内臓が浮かび上がる感覚に襲われる。

 そして落下が始まる直前、バイクの姿をとっていたユーコが光を放ち、巨大なドローンへと変身した。胴体部分だけで一畳はありそうなサイズのそれは、俺の体重を空中でしっかりと受け止めてくれた。

「おしっ! やったぜユーコ!」

「ぶ、ぶっつけでしたけど、なんとかなりましたね……!」

 俺よりも彼女の方が肝を冷やしたのかもしれない。そのような声色だった。

「逃げよう、巻き込まれる!」

 四つん這いの姿勢で体重を傾けると、ドローンもそちらへ少し傾き、指向性が生まれる。

 振り返ると、高層ビルが崩落するまさにその瞬間だった。バランスを崩したジェンガのようにビルの上階が地上に落下し、激しく砂塵を巻き上げる。

 ゴジラが体ごと突っ込むようにビルに攻撃すれば、瞬く間にビルの形は消えていった。

 ……まったくもって、やるせない気分だった。この巨大なビルを建設するため、どれほどの人出が、どれほどの時間を費やしたのか。それがものの一分もしないうちにこの有様とは。

 巨影、いや怪獣とはひどく理不尽で、その存在はまさしく自然災害のような、手の打ちようも無い脅威であると、改めて見せつけられる。

 俺は膝を立ててカメラを構えた。両手を放すのも恐ろしい状態ではあったが、それよりも今起こっている破壊を少しでも皆に伝えたかった。

「ゴジラ……いったい、どうすれば止まってくれるんだ、こいつは」

「……待つしかないのでは」

 一面を覆った砂煙が晴れていくと、ゴジラの足元にはビル一棟分の大量の瓦礫が散乱していた。天高くそびえていたかの姿はどこにも見受けられない。

 それを撮影していると、ふと視界の端に火の粉のようなものを捉えた。ふとカメラを下げて辺りを見回すと、周囲一帯に光の粒子のようなものが降り注いでいた。

「なんだ……これ」

 上空を見上げると、それは雲間から雪のように零れ落ちてきていた。あるいは、一筋の清流が滝となって降り注ぐ様、とでも言おうか。息を飲むほどに美しいその現象の真っ只中で、俺はカメラを構えることも忘れ、しばし茫然と空を見上げていた。

「カメさん、これ、どこかで……」

 ユーコの言葉にふと記憶が蘇る。山中の湖でゴジラに敗北し、光となって天に昇っていったかの巨影を想起した。

「おいまさか……」

「ゴジラの足元!」

 視線を遥か下方へ落とす。その瞬間、舗装されたビジネスエリアの地面に、幾筋もの巨大な亀裂が走る。それが同時に盛り上がり、鋭い牙を持つ触手が無数に出現した。ゴジラがバランスを崩し、転倒しかける。

 発生した亀裂は広がり地割れとなり、周囲一帯の高層ビルが次々に傾いていく。俺たちが滞空しているエリアも、長大なデッドゾーンの中にあった。

「ユーコ、こっち!」

 荷重移動による指示でユーコを発進させる。やがてその巨体をゆっくりと横倒しにしながら、高層ビルの一つが倒れ込んできた。

 喉の奥から奇妙な呻きが――悲鳴を噛み殺す声が漏れた。

 激しく吹き荒ぶ風に身を屈めていると、背後を掠めた大質量を肌で感じ取った。そして押し寄せた風の壁に錐もみ状態になりながら、なんとかドローンにしがみ付く。

「だあああっ! 俺生きてる!?」

「瀬戸際ですけど、なんとか!」

 飛行が安定すると、体から力がどっと抜け落ちる。生きた心地がしなかった。

 しかし息つく間もなく、轟音と共にビル群が地へと沈む。下からの風圧にまた揺られながら、ゴジラを見下ろす。

「ゴジラは、巻き込まれてはないな」

「でも、()()の狙いは絶対にゴジラのはずです。触手は……?」

 気付けば、無数の触手の姿が無い。濛々と立ち込めていた砂煙が晴れるとそこは、戦場も生易しく見えるような瓦礫の山と化していた。

「カメさん、あそこ!」

 ユーコが少し向きを変え、俺にその方向を示唆する。

 少し離れた場所で、小さなビル群を巻き込みながら姿を現したのは、圧倒的に巨大な巨影の姿だった。

 シルエットはまさに山そのもの。足元からは無数の触手が伸び、ツタのようなものに覆われた腹部は暖色に発光している。

 口蓋にまで無数の牙を生やした巨大な口。その顔はワニのようでもあったが、牙などの雰囲気はゴジラを彷彿とさせた。

「前はもっと植物じみてたけど、今や動物に近いな」

「前を花獣形態とすれば、こちらは植獣状態と言うべきですか」

 ゴジラが再びまみえた敵に咆哮する。

「やっぱり生きてたか、ビオランテ……!」

 巨大な口を広げ、天に向かいビオランテも叫ぶ。喉を絞るような甲高い声の中に、獣らしい唸りも混ざって聞こえた。

 二体が睨みあっている隙に撮影をこなしていると、ユーコが自ら移動を始め、慌ててしがみ付く。

「お、おい?」

「近すぎます! もっと離れますよ!」

「う、うん。分かった」

 有無を言わせぬ迫力にこくこくと頷くことしかできない。しかし俺も夢中になりすぎる悪癖が発揮されていたようで、こうして気付いてくれるのは有難いことではある。

「この辺でいいだろ、な、な?」

「もう、仕方ないですね」

 とはいえこれが本性である。渋々といった様子のユーコの譲歩を受け、二体を真横から見てファインダーに収まる程度の距離に付ける。高度はビルの二十階程度で、ゴジラとビオランテの様子がよく観察できた。

「しかしでかいな、ビオランテは。あのゴジラより頭一つ、二つ分はあるか」

 高さもあるが、どっしりとした胴体部分も相まって質量差が大きそうだ。こと生物間の闘争において質量は重要なファクターだが、果たして巨影、あるいは怪獣という分類にあってそれは勝敗の分水嶺となり得るのか。巨影を愛好する一人のカメラマンとして、俺の好奇心は高まっていた。

 やがて事態が動く。まず仕掛けたのはビオランテだった。無数の触手でゴジラに迫るが、それを薙ぎ払うように熱線が放たれると、幾筋もの触手がちぎれ、弾け飛ぶ。

 ゴジラは畳みかけるように熱線を放ち、それはビオランテ本体の腹部に命中した。激しいスパークと共に緑色の体液が飛び散り、ビオランテは痛々しげな鳴き声を上げる。

「やっぱり、強いな」

「このまま同じ結果でしょうか?」

 しかしそうはならなかった。ビオランテは声に怒りのようなものを滲ませ、ゴジラに()()した。触手の根元を昆虫の足の如く蠢かし、膨大な煙を巻き上げながらゴジラに迫る様は、まるで山が猛スピードで動いているような、圧倒的なスケール感だった。

 宙に浮くこちらにまで伝わってくるような地鳴りに、街全体が軋む。

「え、動くの!?」

「それはまあ、生き物なので」

 ある意味でごく当然のツッコミを受けながらも、カメラを回し続ける。

 これにはゴジラの対応も間に合わなかった。それどころか、さしものゴジラもその迫力にたじろいだのか、すこし身が逃げていた。

 その隙を逃さず、ビオランテは無数の触手をゴジラに巻き付け、かの頭部に食らいついた。

「これは!」

 ユーコが興奮したように叫ぶ。その様はまるでプロレスの観戦客だとふと思った。恐らく、ゴジラもビオランテも味方とは言い難いため、どちらかに感情を移すことなく見られるからだろう。

 二体が膠着する。ゴジラは身じろぎするが、触手と大顎がガッツリと食らい込んで離さない。

 次にどちらが動くか、と注意を二体に向けていたその時、ふと二体の奥に一つの影を見る。

「……鳥?」

 そのシルエットは鳥のようでもあったが、やがて接近し鮮明になった姿を見たとき、俺の頭の片隅がずくりと痛んだ。

「あいつは……!」

 平たい頭部を持つ、翼竜のようなその姿。忘れようはずも無い。五年前の巨影災害において、人類にとって最悪の脅威となった、凶悪な巨影。旺盛な食欲を持って人を襲うその影……

「ギャオス……!」

 ギャオスはもつれ合う二体を見下ろす位置で止まり、これから襲う獲物を見極めるように、上空で羽ばたき続けた。その姿に俺は目を見開く。

「大きい……! 前はもっと小さかったはずだ」

「あれは……ギャオス・ハイパー、地球上のマナの乱れによって孵化してしまった、より強力なギャオス、です……」

 ユーコの声音だけで、彼女が巨影知識によって得た情報の空恐ろしさが伝わってくる。

 かつて猛威を振るったギャオスが、より強力になって再び出現した。この恐ろしくも重大な事実を伝えるべくカメラを構えるが、シャッターを押さえる指は震えていた。

 ギャオスの口腔内に黄色い光が収束していく。

「あれは、超音波メスです!」

「ああ、知ってる!」

 五年前にも確認された技だ。ギャオスの口から放たれたビームは、凄まじい切れ味でビルをも切断したという。

 それを放つ先がどちらかは分からないが、どちらにせよ無事で済むはずがない。俺はふと、ゴジラが傷つけられるのは嫌だと、心のどこかでなぜかそう思っていた。

 光が強くなり、耳を突くような異音がこちらにまで届き始めた。放たれると思ったその瞬間、視界の端がふと明るくなった。

 そして突如として飛来した巨大な火の玉、いや火球がギャオスに直撃した。

「あれは!」

 ユーコの声に反応し、火球が飛来した方を見上げる。そこに見えた姿に思わず笑みが零れた。

「そうだよ! 五年前もギャオスと戦ったのは、ガメラだ!」

 腕を翼のように広げ、足からのジェット噴射により夜空を飛ぶその姿。甲羅を背負った独特のフォルム。見間違えようはずもない。その勇壮なガメラの姿を、興奮と共にカメラに収めていく。

 

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