巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回までのあらすじ

ガメラを見失い、首都に帰ってきた主人公たち。
繁華街での買い物を終えると、突如としてギャオス二体とガメラが飛来。
撃墜されたギャオスが街中に落下、それを追ってガメラも降下してくる。
ギャオスへとどめを差すガメラ。その余波による人的・物的被害は甚大なものになった。


stage13:飛来する巨影たち ②

 飛来したギャオスは二体。残る一体のギャオスが、地上の炎に照らされ夜空の中に浮かび上がる。

 ガメラはその軌跡を目で追いながら、接近すべく踏み出した。駅舎や百貨店()()()()()、と形容すべき消し炭を砕き、彼は高架の向かい側へと歩んでいく。

「今なら逃げられますが……どうします?」

「もちろん追う、近づける限界まで行くぞ!」

 駆け出し、人の流れに逆らってガメラを追う。

 間もなく、高架橋を潜る道路へと差し掛かるが、高架の反対側からは大勢の人が押し寄せて来ていた。

 ここから見える駅前広場は既に炎に包まれており、その中に悠然とガメラが構えている。皆はそこから命からがら逃げだしてきたのだろう。

 その光景を撮影していると、何者かに正面から激しく衝突され、お互いが揃って転倒する。

「てて、おい大丈夫か」

「すいませ、ああ、そんな、卓也ぁ……」

 手をついて俯くその女性は、俺の言葉には殆ど応じず、うわ言のようにそう呟き泣いていた。

「どうした、何があった?」

「子どもが、子どもがまだ……人に流されて、はぐれてそのまま、ああ、戻らないと……!」

 彼女は立ち上がろうとするが、今の転倒で足を挫いたのか、再びしゃがみ込んでしまった。俺は燃え盛る駅前広場とガメラを見て、言う。

「あんたは逃げろ。地下だ、とにかく深く潜れ」

 ユーコを横目で見る。彼女は微笑み、一つ頷いた。

「俺が行く。名前は卓也だな」

 彼女は目を見開いて俺を見上げ、腕に縋りついてきた。

「お願いします、お願いします……!」

「分かったから、早く逃げなって。死ぬなよ!」

 そう告げて走り出す。

 

 高架下から見ると、広場は酷い有様だった。街路樹は燃え盛り、あちこちで車も炎上している。まるで戦場のような光景の中心に、上空を見据えるガメラが佇んでいた。

「突っ切ろう。ATフィールド……!」

 ATフィールドを展開し、肘の内側で口元を押さえながら、舞い上がる炎の中を駆け抜けていく。轍ができるように炎の壁が裂け、僅かな道が切り開かれていく。それでも熱は遮断しきれず、一瞬で全身の汗腺が開き切った。

 ふと、足元に倒木のような物が見え――すぐに目を逸らす。黒ずんだ炭のようなそれは、確かに、人の腕だった。呼吸の乱れは、決して運動のせいだけではなかった。

「カメさん、大丈夫ですか?」

「なわけ……!」

「引き返しても、誰も責めませんよ」

 ユーコは、優しさからだろう、そう甘い言葉を吐いた。

「ダメだ! いや……嫌だ」

 これはもう、意地なのだ。

 乱れに乱れた心でガメラをふと見上げる。彼は足元を過ぎる俺に気付かず、またギャオスに向かって一歩踏み出す。激しい衝撃にコンクリートが砕け、俺の体も一瞬宙に浮いた気がした。

「カメさん、あれ!」

 ユーコの指さす方を見れば、ガメラの進行方向あと一歩分という位置に、地面に倒れる少年が見えた。小学校低学年程度だろうか、怯える彼の瞳は迫り来るガメラを捉えている。

 あの子が卓也くんだろうか、などと考える暇は無かった。

「ユーコ、立体機動装置!」

「はい!」

 ユーコが立体機動装置に変身し、全身をハーネスがきつく締めあげる。この機具を自在に操れるわけではないが、一度大きく進むだけなら使えるはずだ。

 腰の位置からアンカーが射出され、ビルの外壁に突き刺さる。ワイヤーの巻取りで体がぐんと引き寄せられ、十数メートルの跳躍を果たす。

「いてっ!」

 着地に失敗し数回転がるが、ちょうど卓也くんに手が届く位置まで近づけた。

「もう大丈夫だ!」

 怯える卓也くんを抱きあげたその時、まるで刀の一閃のような細いデッドゾーンが出現する。見上げると、やはりそれはギャオスの超音波メスによるものだった。遠方から迫るギャオスの影に、黄色い閃光が瞬く。

 突然のことに足が動かず、咄嗟に腕を突き出す。ATフィールドで防ぎきれるものではないのだろうが、それは反射的な防御姿勢だった。

 ギャオスの口腔からレーザー状の光線が発射され――ガメラの巨大な手の甲がそれを防いだ。緑色の血しぶきが上がるものの、光線は鏡に当てた光のように反射し、付近のビルを貫くだけに終わった。

 見上げる俺の顔にガメラの血がかかる。俺たちを庇ったガメラの、苦悶の声が響いた。

「ガメラ……この子を?」

「……分かりません」

 変身を解除し、霊体に戻ったユーコがそう呟く。卓也くんもその光景を見上げ、茫然自失といった様子だった。

 ギャオスの光線は乱れ、いくつものビルを両断した後、止む。反撃と言わんばかりにガメラが火球を放つが、ギャオスは機敏な動きでそれを回避した。ガメラは火球を乱射するものの、縦横無尽に飛び回るギャオスになかなか命中しない。

 ギャオスは這うように低空を飛び回る。それを狙う火球が次々にビルに着弾、爆破炎上させていく。

 そしてとうとう、街一番の商店街に火球が落ちた。ビルの合間で炸裂した火の塊は、商店街を嘗めるようにして一瞬で焼き尽くした。巻き上がる炎の中に、人影のようなものが混ざっていることに気付き、卓也くんの目を塞ぐ。

 しかし音はどうしようもない。爆発の轟音の中でも、甲高い悲鳴は聞こえてしまった。

 歩行者天国になっている、平日夜の商店街だ。大勢の人がそこには居たはずだろう。

「ガメラが動きます!」

 ガメラの足の形にデッドゾーンが出現していた。その中には入っていなかったが、念をとってビルの直下まで避難する。

 見上げれば、ガメラは既に口腔に炎を溜めている途中だった。閉じた牙の間から炎が漏れている。

「ギャオスは今どこに!?」

「あのビルの向こう、延長線上です!」

 ユーコが指さすビルを見れば、ちょうどガメラの顔の位置に当たるフロアで、多くの人がガメラを眺めていた。そしてそのフロアを……デッドゾーンが貫通する。

 この後起こることが予見でき、無駄と知りながらも手を振って叫ぶ。

「逃げろ! 早くそこから――」

 ガメラが振り向きざまに火球を放つ。見物人たちを呑み込み、ビルを貫通した火球がギャオスに直撃した。

 驚くことに、ギャオスはこの一撃に耐えてみせた。しかしそれも一瞬のことで、続けざまに放たれた第二、第三の火球がギャオスの体を穿ち、そして上空で爆発四散した。激しい光と熱の奔流から卓也くんを庇い、自分も目を塞ぐ。

「まずい、()()()きます!」

 ユーコの言葉に目を開けば、周囲一帯を覆うように大小のデッドゾーンが出現していた。見上げると、爆散したギャオスの肉片が炎上したまま、まるで隕石のように街に降り注いでいる。

「うおっ、やべ!」

 今立つ位置も直径五メートルほどのデッドゾーンに呑まれており、卓也くんを抱え大わらわで駆けだす。そして間一髪のところで背後に巨大な肉片が落下し、衝撃と風圧に押されてつんのめる。

 次々に降り注ぐ肉片を見上げながら、安全地帯で待機する。俺にはそこが分かっているが、いつ肉片に潰されるか気が気でない卓也くんは怯えてしまっている。

「大丈夫、ここなら降ってこないよ。もうギャオスは消えたから、大丈夫」

 そう言いつつ、ガメラを見る。ガメラは降り注ぐ肉片を見上げていたが、一瞬だけこちらに瞳を向けた、ような気がした。

 やがて両腕を広げヒレ状にすると、両足部分からジェットを噴射し、ガメラは夜空へと昇っていった。

 

 ガメラの飛び去る様を撮影していると、卓也くんのお母さんが、男性に肩を借りながら迎えに来た。卓也くんも泣きながら駆け寄り、彼女たちは膝を突いて抱き合った。

「ガメラは僕たちを助けてくれたよ」

 卓也くんは泣きながら、母の腕の中でそう言った。彼女はそれを聞く余裕が無さそうだが、彼女に肩を貸しここまで随伴してくれた男性が、困ったように横目で俺を見た。

「ガメラが助けてくれたよ……ねえ、そうだよね」

 卓也くんが俺に尋ねる。俺は口の中を湿らせてから答えた。

「ああ、そうだな……助けてくれた」

 努めて笑顔を浮かべながら、卓也くんの頭をそっと撫でた。

 

 何度も頭を下げる母親と、手を振る卓也くんと別れた後、俺は先ほど火球の直撃を受けた商店街に足を運んでいた。

 ……目を覆いたくなるような惨状だった。

 消火用レイバーのサイレン音が、遠くから聞こえ始めた。

 




今回の選択肢
「ガメラが助けてくれたよ……ねえ、そうだよね」
①ああ、そうだな→本編通り
②無言で立ち去る→なんとも言えない雰囲気
③いや、偶然だろう→子ども泣く
④いや、助けたのは俺だろうが→親子、気まずげに感謝する
 男性「なんだこいつ」



次回予告
カメ「崩壊した繁華街。しかし泣きっ面に蜂、消火にやってきたレイバーさえ暴走し始めた」
ユー「こんなこと、前にもありましたよね」
カメ「苦い記憶だ。そんな折、レイバー部隊の話をユーコが盗聴してくれた」
ユー「人聞きの悪い!」
カメ「感謝してるって。浮かび上がる暴走の原因。鍵は洋上の方舟に! 次回、『方舟の影、招かれざる獣』!」
ユー「ターゲット、ロック・オン!」

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