巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
ユーコが特車二課の捜査を覗き見たことで、様々な情報を得る。
相次ぐレイバーの暴走事故は篠原の最新OS、“HOS”によって意図的に引き起こされていた。
トリガーとなるのは強風による低周波音。
そしてまさに今接近しつつある台風によって、首都圏のレイバーが一斉に暴走する恐れがある、ということ。
その原因となる洋上プラットフォーム、“方舟”を特車二課が破壊するとみた主人公は、いち早い撮影のため港で夜を明かすことにした。
そんな彼らを、何者かが見つめていた。
大きな雨粒が車体を叩き、風は轟々と唸る。時折強い風が吹けば、横倒しの体が揺れる。眠りながらも五感は強烈な台風を味わっていた。
それが破られたのは突然のことだった。唐突にエンジンが始動し、キャンピングカーは急発進した。寝床からずり落ち、床に手を突く。
「ユーコ、どうした!」
「変な人たちが! 座ってください!」
運転席へ滑り込み、ユーコから運転を預かる。サイドミラーで後方を覗き見れば、スーツ姿の男たちがこちらへ駆けてきていたが、すぐ追走をやめて後方の車へ向かった。黒のセダン。あれでここまで乗り付けたのだろう。
「なんだよこいつら……!」
「心当たりは?」
「無いよ、あるわけない!」
寝起きの頭はひどく混乱していたが、例え冷静になったとしても答えは同じだ。
倉庫や工場が連なる港を疾駆していると、間もなく後方から黒のセダン二台が追い付いてきた。
「前!」
ユーコが言わずとも見えている。前方からも二台の同型車がこちらへ迫っていた。完全に挟まれた形になる。
「くそっ!」
ハンドルを切り、フェンスの合間からコンテナ置き場へと進入する。うず高く積まれたコンテナの壁に挟まれ、行く先には港の端が見えてきた。荒れ狂う白波がライトに浮かび上がる。
「ユーコ、スポーツカーに!」
「はい!」
キャンピングカーの鈍足ではいつまでも振り切れない。コンテナで姿を隠しているうちに変身し、機動力をあげつつカモフラージュも果たそうという魂胆だった。
車体が一瞬光に包まれ、次の瞬間には車高の低いスポーツカーの姿に転じていた。波打ち際からが本当の勝負、とハンドルを握り締める。
しかし勝負はそこまでだった。コンテナの壁を抜けハンドルを切ろうとしたその時、幾筋ものライトに照らされ思わず目を瞑り、ブレーキを踏む。後輪を滑らせながら半回転し、水際でようやく停止した。
「か、囲まれました……!」
うっすらと目を開けば、左右それぞれ二台ずつ、あの黒のセダンが停められ、周囲には黒いスーツ姿の男たちが群がっていた。皆一様にサングラスをかけ、逆光もあって顔立ちは確認できない。
そのうちの一人が進み出て、風に負けないよう大声で叫んだ。
「車から降りろ! 我々と来てもらう!」
「クソッたれが、我々ってどこの誰だよ」
「どうします……?」
俺が車内に留まるのを見るや、黒服たちは一様に懐に手を伸ばした。
「こちらは銃を持っている! 従わなければ、発砲も辞さない!」
一つ舌打ちを漏らし、ユーコに呟く。
「ユーコ、変身だ」
「えっ、今ですか?」
「今しかない、やむを得ないだろ」
返事を待たずドアを開け、暴風吹き荒れる車外へと身を晒す。雨粒が痛いほどに肌を打つ。次の瞬間、黒服たちがにわかにざわめく。俺の乗っていた車が突然姿を消したのだから、当然と言えば当然か。
「何をした!?」
「何って? あ、車無くなってる! なんでだろー!」
いっそ小ばかにしているようにとぼけてみるが、サングラス越しにも分かるほど、代表の男の目つきが鋭さを増した。
「シラを切るのはいいが! いいか、動くなよ! 逃げ場は無い!」
確かに、前方は黒服の集団に取り囲まれ、後方は荒れ狂う嵐の海だ。先ほど俺たちを挟み撃ちにした計四台のセダンもこちらへ向かってきている。普通に考えれば逃げ場は無い。
しかし、俺はニヤリと笑ってやった。そして一歩後ろへ下がる。踵が空を踏んだ。
黒服たちは露骨に動揺した。
「おい、やめろ! 確実に死ぬぞ!」
「ああ、だろうよ。
届かないような声量でそう呟き、後方へ軽くジャンプする。一瞬の浮遊感の後、足には確かな接地感があった。
「逃げろ!」
「はい!」
“モーターボート”に変身したユーコが発進する。大きく揺れる船底に弄ばれながら、なんとか運転席に座る。
暴風に身を打たれながら後方を振り向くと、水際まで駆け寄った黒服たちの影が見えた。
「よし、よくやってくれた!」
台風が過ぎた暁には方舟に一番乗りしようと、事前にユーコに記憶を頼んでおいたのが功を成した。嵐の海に船を出すなど正気の沙汰ではないが、あそこまで追い詰められては仕方あるまい。
「どうします、どこへ!?」
「いったん港から離れて、適当な場所に接岸しよう!」
この荒波の中では、あまり遠くへ逃げることもできない。沖へ出すぎても危険だ。闇夜に乗じてまた陸地に戻り、身を隠すしかない。
「しかし、あいつらいったい何なんだ? かなり規模はでかいみたいだけど……」
計八台、全車に四人ずつ乗っているとして三十二人。奴らの動きは周到で連携も完璧だった。
「うーん……なんでしょう、どこかで見た気が……」
ユーコのその言葉に追求をかけようとした時、高い波間にライトが揺れた。それがこちらを照らし、眩さに目を逸らすと、徐々に接近するエンジン音が聞こえてきた。
「おい嘘だろ!」
もはや相手を確認することなく、ボートの出力を上げる。
「またあの人たちです!」
「分かってる! くそ、船まで持ってるのか!」
せいぜい四人が座れる程度の屋根も無いこちらのボートに比べ、向こうは小型の巡視船ともとれるサイズ感だ。それが二隻、俺たちの後を追跡しているのだから、その圧迫感たるや絶望的なものがあった。
「ユーコ、追い付かれる! もっと速度出ないか!?」
「もう限界までやってます! これ以上は……!」
その時、体が背もたれに押し付けられるほどの急加速がされる。これまで以上の風圧と雨が体を打った。
「すげえ、やるじゃないか!」
「わ、私じゃないです! 引っ張られてます――巨影に!」
ユーコの言葉に目を剥く。
「巨影!? 下か!?」
「はい! 船の底を掴まれてます! す、すごい力です……!」
力んだ様子のユーコの声から、彼女が全力で抵抗していることが窺える。しかし船はまるで速度を落とさず、いやむしろ加速すらみせて、夜の海をかき分け沖へ沖へと滑っていく。
眼前に広がる夜の闇が、根源的な恐怖が沸き上がってくる。
「どんな巨影だ!」
「暗くて姿までは! 掴んでいるのは、大きな手のような部位で、水かきが……!」
これだけの速度で船を轢けるのだ、水かきやヒレといった器官も持ち合わせているだろう。
こいつはいったい俺たちをどうしようというのか。振り返れば、二隻の追跡者のライトと徐々に距離が開かれつつあった。あの謎の組織とこいつには、何か関りがあるのか?
考えようとも、そんな余裕は無い。
背を丸め速度に耐えていると、徐々に闇夜の中に浮かび上がる、赤い障害灯が点滅している様。遥かに見上げるような位置で光るそれは……
「まさか、方舟!?」
陸と半島に挟まれた首都湾の、その中心近くにそびえる方舟。その輪郭がぼんやりと見え始めても、船は、巨影はまだ止まる様子を見せない。
「おい、まさか」
「カメさん、掴まって!」
方舟が近づく。幾層にも複雑に積み重なった、ヘリポートのような足場。その最下層には作業船や水中用レイバーを整備するための階層があり、乗り上げのため緩やかな傾斜がつけられている。
俺たちは今まさにそこへ突っ込もうとしていた。頭を下げ、ぐっとハンドルを握る。
次の瞬間、激しい衝撃が下から突き上げ、船は宙を舞った。スローモーションのかかった世界の中で、船底が二段積みにされたコンテナに衝突した瞬間を捉える。俺の記憶が続いたのはそこまでだった。