巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回までのあらすじ

目覚めた主人公はドック内の凄惨な光景を目にする。
ユーコが事の顛末を語る。
主人公を追って方舟に乗り込んだ黒服の男たちを、廃棄物13号なる巨影が襲撃。
幾人かの犠牲者が出て、彼らは方舟の奥へと逃げ込んだ。
ドックは船の残骸等で使い物にならず、主人公たちは別の区画から脱出を目指すことに。
手負いの体を圧し、上階へ続く階段を上り始めた。


stage14:方舟の影、招かれざる獣 ④

 えっちらおっちら階段を上った先。二階層目もまた最低限の照明が灯るだけで薄暗かったが、頭上に広大な空間があることは分かった。吹き抜けに入り込んだ強風が、縦横無尽に張り巡らされた金網の通路に当たり、甲高く嘶いている。これがレイバーの暴走のトリガーだと、人間の可聴域でもよく分かった。

 だだっ広いレイバーの整備区画は、まるで整頓というものから縁遠い場所だった。随所に走る配管は剥き出しで、ほつれたカバーが風に靡く様は、海上に揺らぐ人魂のようだ。木箱があちこちに雑多に積まれ、そこに掛けられたシートは激しくたなびいている。

「方舟……こんな場所だったのか」

「何と言いますか、ごちゃっとしてますね」

「まあ、整備工場だからな」

 短いやり取りを終え、足を引き摺りながら移動を始める。台風の生温い風が全身を包み、不快な汗が背に滲む。

 ふと、吹き抜けを挟んだ隣の区画に、動く物があるのを視界の端で捉えた。咄嗟に木箱の影に身を隠し、隙間から慎重に覗き込めば、それはあの黒服の男たちだった。

「あいつら……随分少なくなったな」

「かなり必死な様子ですね」

 遠目からでも彼らの焦燥が窺い知れる。僅か五人となった彼らは常に背後を気にしながら走っていたが、やがて息を切らして止まった。どうやら廃棄物13号を振り切ったと判断したらしい。

 膝に手を突く者、拳銃のリロードを済ませるもの、酷く言い争う者。皆一様に呼気を荒げ、俺を襲った際の冷静な様子は無い。

「まずい、来てますよ! 動かないで!」

 体に緊張が走り、じっと息を潜める。悲鳴と同時に銃声が響いた。台風の轟音の中でも、彼らの叫びは届いた。

「来たぞ!」

「くそっ、来るなぁ!」

 暗闇から駆け寄ってきた13号は銃撃をものともせず、まるで暴走するトラックのように次々に彼らを跳ね飛ばした。一人は方向が災いし、吹き抜けから下階層へと落下していった。倒れ込む四人も、起き上がる様子がない。

「カメさん、見ないで!」

 ユーコの言う通りにすればよかったのだ。しかし人間の好奇心とは抑制が効かないもので、俺はほんの一瞬それが遅れた。

 脱力して動かない黒服の男を、13号は顎から伸びる触覚でまず確認した。そして頭から咥え、丸呑みするように天を仰ぎ……膝の辺りで噛み千切った。ぼとぼと、と二足落ちる。

 俺はようやく目を閉じ、顔を逸らした。

「私が、警戒してますから……じっとしててください。大丈夫です」

 声を出す代わりに頷く。彼女の言葉がどれだけ俺の救いになってくれたことか。

 しかし、この時ばかりは感謝の余裕も生まれない。聞こえてくる13号の足音。肉が裂け、骨が砕ける咀嚼音……風がもっと強く吹けばいいのにと、思わずにはいられなかった。

「ああぁ嫌だぁ! やめ、やめてぇぇっ!」

 惨たらしくも、意識の残っている者がいたらしい。子どものように泣き叫ぶその声は、恐らくいつまでも耳に残って消えないだろう。

「いだ、いだぁぁぁっ! ぐげあああげが!」

 くだんの咀嚼音と共に、その悲鳴も止んだ。胃から押しあがってくるものを、俺はなんとか堪えていた。

 するとそこへ、長く木霊する超重低音の銃声が届いた。それは一発では終わらず、続けざまに高低・大小様々な銃声が鳴り響く。

 また木箱の隙間から覗き見れば、13号も音に気づいたのかそちらを向いていた。口元には血が滴っている。

 音が遠ざかっていくと、13号は惹かれるように音の方向へと移動を始めた。その姿が闇の中に消えると、俺は全身から脱力してその場に蹲った。

「あれが廃棄物……へへ、怖いな」

 人間、恐怖も度を超えると笑いが浮かぶものらしい。引き付けのような笑いを治めた後、ゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫ですか……?」

 俺の不審な様子を心配したのか、気遣わしそうにユーコが聞く。

「ああ。それより、ちょっとまずいな。13号が行った方」

「ええ、私たちも向かう方角です……別の場所を探しますか?」

「いや、たぶんそんな時間無い。行こう」

 足を引き摺ってまた歩き出す。その最中、ユーコに語る。

「さっきの銃声、たぶんイングラムだ。あの下町や病院で聞いたそれだった」

「もう乗り込んできたんですか」

「きっとな。もうすぐ方舟の解体が始まるはずだ。その前に逃げなきゃ」

 痛む足に顔をしかめながら、改めて現状を見つめて舌打ちする。

「ああもう、なんでこんなことに……あいつらのせいでこんな所に……」

 向かいの区画に散乱する()()()()から、意図的に目を逸らす。

「第一あいつら何なんだ。結局全員やられてるし……」

「カメさん、今は頑張ってください。生きることだけ考えて……」

「分かってる。もう切り替えるよ」

 痛みと疲労で回らない頭では、何の答えも出ない。ユーコの言葉に従い、俺は前だけを見据えた。相変わらず、薄闇が続いていた。

 

 通用口の戸を開くと、そこは長く広々とした通路だった。十メートルほどの高い壁に挟まれた通路は、まるで干からびた峡谷にいるような気分にさせた。壁には等間隔に作業用レイバーが留め置かれている。それは玉座の間に傅く臣下のようで、奇妙な威圧感を放っていた。

 ごくりと唾を飲む。これが一斉に暴走を始めたら……

 その先を考えることはやめておいた。今必要なのは、蛮勇にも近い勇気だ。

 通路に踏み込み、反対側の壁の通用口を探す。

 通路の床の至る所に超大口径の銃痕が残されており、その周辺にはロボットと思わしき物の破片が四散している。レイバーから見れば遥かに小さなロボットだが、人間からすればそれは十分に大きく、軽自動車ほどはあるだろうか。

「さっきの銃声はこれか。ガードロボの類かな」

「今は……いないようですね」

「イングラムを追ったのかもな。助かったのか、そうじゃないのか……」

 あわよくば13号を倒してもらいたいものだが、期待はしないでおこう。

 風の音も遠く、不気味に静まり返った通路を少し歩くと、目的の通用口の光を見つけた。その先の区画から最下層まで下り、船で脱出……これが理想のプランだった。

 しかしそうはならなかった。ユーコが突如叫ぶ。

「走って! 後ろから!」

 躊躇せずに走り出す。しかし痛みに堪えようにも体は抗えず、そのペースは遅々として上がらない。まるで夢に見る遅すぎる全力疾走のようで、狂おしいほどもどかしい。

 後方を振り返る。闇に紛れてはっきりとは見えないが、前脚を使いこちらに駆けてくるその影を捉えた。もはや振り返るまいと決め、今できる全力で足を動かす。

 振動が徐々に近づいてくる。それを感じながら駆け、なんとか通用口までたどり着く。力を籠めてドアノブを回すが、頑として動かない。

「クソッ、こんな時に!」

「私が開けます!」

 ユーコの姿が消える。電子制御されたドアのロックを外そうとしているのだろう。しかし13号は驚異的な速度でこちらに接近していた。その恐ろしく、甲高い鳴き声が通路に響く。

「ユーコ早く!」

 既にドアノブは捻っているが、まだ動かない。13号の容貌がくっきりと見えてきた。カエルのように水かきが発達しており、大きな尾は床に跳ねている。人のような歯が並ぶ大口を開き、唾を泡立たせる。足元にデッドゾーンが広がった。

 次の瞬間ドアノブが動き、つんのめるようにして扉を開け放つ。人一人分の細い通路が目に入った瞬間、全身に壮絶な悪寒が走り、前方へと飛び込んだ。

 ドアを押し破りながら通路へと差し込まれた前腕が、俺の背と後頭部を掠めるのを感じる。

 床に落ちた痛みも感じず、必死に匍匐前進し振り返る。大木のような腕が獲物(おれ)を探して暴れ回り、床板や壁はアルミ缶のように簡単にひしゃげていった。

「ここまでくれば……!」

「まだだ! さっきの通路、天井が無かったろ!」

 13号が俺に拘るのなら、いくらでも追う道はある。

「早く行こう、先回りされる前に……!」

 足を引き摺りながら、壁にもたれ掛かるように歩き出す。13号のおぞましい咆哮が背を打った。

 




今回の選択肢

「カメさん、見ないで!」
①見る(18歳以上限定)→全シーン視聴可
②見ない→音声だけ
③見ないし聞かない→グロなし

①とに②の間が本編。CERO-Z待ったなし。
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