巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回までのあらすじ

方舟の奥へ進む主人公たち。
巨大な通路に入り、目的の区画を目指す中、廃棄物13号が迫り来る。
間一髪のところで襲撃を躱し、目的地を目指す。


stage14:方舟の影、招かれざる獣 ⑤

 人一人分の細い通路を抜けた先は、またレイバーサイズの巨大な通路だった。隔壁が降りて分断できる構造になっているようで、等間隔の()で区分されている。

 痛む足を庇いながら、その一つ目の節に駆け寄った時、ユーコが叫んだ。

「来ました、急いで!」

 顔だけ振り返って見れば、高い壁の上辺には配管を通すための空間があり、先ほど居た通路と繋がっているようだった。そこからあの廃棄物13号のおぞましい顔が、ぬらりとした質感をもって現れた。

 奴は触手を動かしていたが、やがて確信を持った動きで壁を下ってきた。まさにトカゲのような挙動で、その速度に焦燥感が沸き上がる。一つ目の節を超えようとした途端、ユーコが叫んだ。

「カメさん、一瞬止まって!」

「な、なんだよ!?」

 疑問を呈しつつも、ユーコの言葉に従い足を止める。そうしている間にも廃棄物はかなりの速さで壁を下り、とうとう床へと到達した。

「OKです、行って!」

 何が何だか分からないまま、言われるがまま再び走り出す。その時、頭上で何か巨大なものが動き始める気配がした。

「隔壁が!」

「急いでカメさん、あいつを閉じ込めるんです!」

 ユーコの狙いはそれだった。節の壁際に設置された危機に入り込み、隔壁を稼働させたのだ。

「俺たちまで、閉じ込められないか!?」

「私が個別に開けられます! とにかく、13号と同じ区画に入らないで!」

 隔壁が手前から順に降りていく。その速度は中々のもので、挟まれれば人間などまず助からないだろう。二つ目の区画を超え、三つ目に差し掛かった時、ユーコが叫ぶ。

「もっと急いで!」

「無茶を言う……!」

 足の痛みなどとうに吹き飛んでいるが、体は思うように動かない。背後から迫りくる足音と振動が、いよいよ近づいてくる。

 三枚目の隔壁が閉じる寸前、俺の体をデッドゾーンが貫いた。

「ATフィールドッ!」

 振り返りながら赤紫の光陣を形成すれば、既に廃棄物は視界を覆うほどに接近していた。

「あ」

 このとき口から漏れた『あ』は、死を読みとって漏れ出した声だった。

 そして凄まじい衝撃が全身を貫く。足が地を離れ、俺の体は弾丸のように空を裂いて飛んだ。

「ごはっ」

 落下と共に背中を強打し、肺から空気が押し出される。慣性に乗ってゴロゴロと転がり、天地の境が分からなくなる。全身に擦り傷を作り、呼吸困難に陥りながらも、すぐに上体を起こした。

 目にしたのは、三枚目の隔壁が完全に閉じられる瞬間だった。それを見てもまだ、体の緊張は解れることは無い。

 間もなく、廃棄物の低い唸りが壁越しに届き、そして奴は体当たりを始めたのか、閉じられた区画内に轟音が響き渡った。

 そこで一気に、肩の力が抜けていく。

「すいませんカメさん、あまりいい作戦ではなかったのかも……」

「何言ってるんだ、どっちにしても追い付かれてたんだ。助かったよ。それに奴も閉じ込められ――」

 その希望を打ち砕くように、厚い隔壁が僅かに歪み始めた。

「――て、はないようだけど」

「は、早く行きましょう!」

 ユーコが四枚目の隔壁を開き始める。その先にはもう、真っ直ぐ続く道があるだけだった。俺たちを守ってくれる壁はこれで全てだった。

 

 辿り着いたのは、作業用レイバーの保管場だった。かなり広大な空間のはずだが、等間隔に並ぶ無数のレイバーの圧迫感がその印象を打ち消していた。

「あれですね!」

 ユーコの指さした方を見れば、並び立つレイバーの奥に階段を示す誘導灯が光っていた。

「この中を歩くのか……」

「時間がありません、頑張ってください!」

 第二小隊による方舟の解体と、いつ壁を破るかも知れない廃棄物13号。この二つに追われている中、迂回路を探す余裕はない。

 階段まで百メートル程度だろうか。レイバーの足元を縫って歩み、その距離を縮めていく。轟々と鳴る風を聞きながら、しかし異様に静まり返ったこの空間を、汗を流して進む。巨大なレイバーを見上げていると、巨人に見下ろされているような、そんな心許ない不安が沸いた。

 風が一層強く吹いた、その瞬間だった。甲高い電子音がふと闇の中から聞こえ、それだけで心臓が大きく跳ねた。

「な、なんだ」

 それは絶え間なく、次々に、あちこちから鳴り始めた。モーターを温めているようなその音は、間違いなくレイバーの起動音だった。整然と並ぶレイバーの目元に光が灯る。それはまさに“目覚め”の瞬間だった。

「嘘だろ、今かよ!」

 右手奥から激しい衝突音と、次いで火花が散る瞬間を目撃する。恐らく、いの一番に動き始めたレイバーが隣接する機体を薙ぎ倒したのだろう。気付けば、それはあちこちで発生する現象となっていた。

 それは俺の居る位置でも同じだった。目の前に現れたデッドゾーンを見て身を引けば、そこにレイバーの巨大な足が踏み込んできた。そのレイバーは他の機体と衝突することも厭わず、一直線に歩き続け、次々に火花を散らしていく。

 そして衝突を食らったレイバーは当然、バランスを失った。優秀なオートバランサーを持ってしても復帰しきれず、そのまま俺の元へ倒れ込んできた。真っ赤なデッドゾーンが視界を覆う。

「っだあぁっ!」

 痛む足を堪えて大きく跳ぶ。眼前を機体が覆わしめた瞬間、凄まじい衝撃と音が俺の体を打つ。ほんの十センチ足らずの距離でレイバーに潰されずに済み、心臓が激しく拍を刻んだ。

「まだ来ます!」

「おい、ほんとに、死んじまうぞ!」

 パイロットも無いまま起動したレイバーたちが、続々と移動を始めている。それはまさに下宿先の下町で起こったかのレイバー暴走事故、いや()()の光景を彷彿とさせた。

 絶え間なく踏み出される巨大な足を、デッドゾーンの目視によって紙一重で躱し続ける。これほどまでに濃密なデッドゾーンに包囲されたことなど、未だかつてなかっただろう。踏み潰されミンチにならぬよう、極限まで集中力を高め続けた。

 しかし怪我もあって、如何ともしがたい場面は訪れた。頭上に迫る圧倒的質量の足を捉え、俺は迷わず手をかざした。

「ATフィールドッ!」

 赤紫色をした正八角形の光陣が、レイバーの体重を受けて軋む。瞬時に理解する圧倒的質量差と、一秒後の結末。真正面から受けては()()()()と本能で察し、ATフィールドを斜めにして踏み込むベクトルを逸らす。

 そのレイバーは少し上体をよろけさせたが、この程度ならばさすがのバランサー性能、持ち直して転倒を避けた。その間に俺は一先ずの安全圏へと移動し、窮地を脱した。

 もちろん、それもあくまで一先ずのこと。数度の呼吸の間を挟んだ後、このような紙一重がまた始まり……

 果たして何分間そうしていただろうか。レイバーたちは殆どが広間の端まで移動を終えていた。衝突などで不能まで追い込まれた数機と、膝を突いて呼吸を荒げる俺だけが散り散りに取り残されていた。

「や、やったぞ俺は……」

「お疲れ様です、大丈夫ですか……?」

「全然。まあ、生きてるだけ、ましか……」

 早鐘のような鼓動が収まるより前に、立ち上がる。足はやはりズキリと痛んだ。

 全身に傷を負いながらも歩き続けた俺は、階段近くの柱に寄りかかり、振り返って暴走するレイバーたちを遠目に見る。

「暴走って割には、整然と動いてるような」

「いったいどこへ向かってるんでしょうね?」

 そのレイバーたちは通路へ殺到し、皆一様に、何か目的があるように移動している。そこに疑問を呈していたその時だった。

 一体のレイバー、確かあれは、下町でも暴走したタイラントだったか。最後尾に位置していたそれが、正面から突進してきた廃棄物になぎ倒された。

「まずい!」

 慌てて柱の陰に身を隠し、慎重に顔を覗かせる。廃棄物は仰向けのタイラントに跨り、発光する一対の触手を蠢かして俺たちを探しているようだった。

「まずい、今動けばバレそうだ……」

「……カメさん、私を信じて、少しの間待っててください」

 その言葉に思わず振り返る。ユーコの姿は既に無かった。

「……分かった、信じる」

 そう独り言のように呟き、柱の影で呼吸を整える。思えば、ユーコが体に宿ってからというもの、常に会話をしているような気がする。一人でいた日々がすっかり遠くにあるようで、そこはかとない心細さが俺を包む。

 顔を振り、弱きを振り払う。そしてもう一度顔を出して様子を探ると、廃棄物の姿が消えていた。

「なに……?」

 掠れ声で独り言ちて、暗闇に目を凝らす。どこに、奴はいったいどこに……

 その時、背後で何かが揺らめいた。ゾクリと全身が粟立ち、錆び付いた人形のように振り返る。眼前でゆらりと、闇の中で光る触手が揺れていた。

「あ……」

 いつの間にか背後をとられていた。廃棄物が柱の影から姿を現した。もはや俺は逃げられないと考えてか、ゆっくりと。

 口元から涎が漏れ出し、獲物を前にして口角が上がっているような、そんな気がした。廃棄物はどこか生臭い匂いがした。

 廃棄物が腕を振り上げる。俺はそれを茫然と見上げていた。

 そして次の瞬間――巨大な白い影が俺の背後に立ち上がり、廃棄物を殴り飛ばした。

 振り返れば、そこに居たのは第二小隊のイングラムに間違いなかった。

「イ、イングラム!? いや、これは……!」

 肩に記さているはずの数字が、“U”となっている。これが意味するところは非情に単純で……この上なく頼もしかった。

『乗ってくださいカメさん! こいつは、ここで倒します!』

 イングラムに変身したユーコが屈み、胸元のコックピットを開いた。

 




なんで暴走してるはずのレイバーたちが的確に第二小隊に襲い掛かってたんですかね
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