巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
方舟の奥へ進む主人公たち。
巨大な通路に入り、目的の区画を目指す中、廃棄物13号が迫り来る。
間一髪のところで襲撃を躱し、目的地を目指す。
人一人分の細い通路を抜けた先は、またレイバーサイズの巨大な通路だった。隔壁が降りて分断できる構造になっているようで、等間隔の
痛む足を庇いながら、その一つ目の節に駆け寄った時、ユーコが叫んだ。
「来ました、急いで!」
顔だけ振り返って見れば、高い壁の上辺には配管を通すための空間があり、先ほど居た通路と繋がっているようだった。そこからあの廃棄物13号のおぞましい顔が、ぬらりとした質感をもって現れた。
奴は触手を動かしていたが、やがて確信を持った動きで壁を下ってきた。まさにトカゲのような挙動で、その速度に焦燥感が沸き上がる。一つ目の節を超えようとした途端、ユーコが叫んだ。
「カメさん、一瞬止まって!」
「な、なんだよ!?」
疑問を呈しつつも、ユーコの言葉に従い足を止める。そうしている間にも廃棄物はかなりの速さで壁を下り、とうとう床へと到達した。
「OKです、行って!」
何が何だか分からないまま、言われるがまま再び走り出す。その時、頭上で何か巨大なものが動き始める気配がした。
「隔壁が!」
「急いでカメさん、あいつを閉じ込めるんです!」
ユーコの狙いはそれだった。節の壁際に設置された危機に入り込み、隔壁を稼働させたのだ。
「俺たちまで、閉じ込められないか!?」
「私が個別に開けられます! とにかく、13号と同じ区画に入らないで!」
隔壁が手前から順に降りていく。その速度は中々のもので、挟まれれば人間などまず助からないだろう。二つ目の区画を超え、三つ目に差し掛かった時、ユーコが叫ぶ。
「もっと急いで!」
「無茶を言う……!」
足の痛みなどとうに吹き飛んでいるが、体は思うように動かない。背後から迫りくる足音と振動が、いよいよ近づいてくる。
三枚目の隔壁が閉じる寸前、俺の体をデッドゾーンが貫いた。
「ATフィールドッ!」
振り返りながら赤紫の光陣を形成すれば、既に廃棄物は視界を覆うほどに接近していた。
「あ」
このとき口から漏れた『あ』は、死を読みとって漏れ出した声だった。
そして凄まじい衝撃が全身を貫く。足が地を離れ、俺の体は弾丸のように空を裂いて飛んだ。
「ごはっ」
落下と共に背中を強打し、肺から空気が押し出される。慣性に乗ってゴロゴロと転がり、天地の境が分からなくなる。全身に擦り傷を作り、呼吸困難に陥りながらも、すぐに上体を起こした。
目にしたのは、三枚目の隔壁が完全に閉じられる瞬間だった。それを見てもまだ、体の緊張は解れることは無い。
間もなく、廃棄物の低い唸りが壁越しに届き、そして奴は体当たりを始めたのか、閉じられた区画内に轟音が響き渡った。
そこで一気に、肩の力が抜けていく。
「すいませんカメさん、あまりいい作戦ではなかったのかも……」
「何言ってるんだ、どっちにしても追い付かれてたんだ。助かったよ。それに奴も閉じ込められ――」
その希望を打ち砕くように、厚い隔壁が僅かに歪み始めた。
「――て、はないようだけど」
「は、早く行きましょう!」
ユーコが四枚目の隔壁を開き始める。その先にはもう、真っ直ぐ続く道があるだけだった。俺たちを守ってくれる壁はこれで全てだった。
辿り着いたのは、作業用レイバーの保管場だった。かなり広大な空間のはずだが、等間隔に並ぶ無数のレイバーの圧迫感がその印象を打ち消していた。
「あれですね!」
ユーコの指さした方を見れば、並び立つレイバーの奥に階段を示す誘導灯が光っていた。
「この中を歩くのか……」
「時間がありません、頑張ってください!」
第二小隊による方舟の解体と、いつ壁を破るかも知れない廃棄物13号。この二つに追われている中、迂回路を探す余裕はない。
階段まで百メートル程度だろうか。レイバーの足元を縫って歩み、その距離を縮めていく。轟々と鳴る風を聞きながら、しかし異様に静まり返ったこの空間を、汗を流して進む。巨大なレイバーを見上げていると、巨人に見下ろされているような、そんな心許ない不安が沸いた。
風が一層強く吹いた、その瞬間だった。甲高い電子音がふと闇の中から聞こえ、それだけで心臓が大きく跳ねた。
「な、なんだ」
それは絶え間なく、次々に、あちこちから鳴り始めた。モーターを温めているようなその音は、間違いなくレイバーの起動音だった。整然と並ぶレイバーの目元に光が灯る。それはまさに“目覚め”の瞬間だった。
「嘘だろ、今かよ!」
右手奥から激しい衝突音と、次いで火花が散る瞬間を目撃する。恐らく、いの一番に動き始めたレイバーが隣接する機体を薙ぎ倒したのだろう。気付けば、それはあちこちで発生する現象となっていた。
それは俺の居る位置でも同じだった。目の前に現れたデッドゾーンを見て身を引けば、そこにレイバーの巨大な足が踏み込んできた。そのレイバーは他の機体と衝突することも厭わず、一直線に歩き続け、次々に火花を散らしていく。
そして衝突を食らったレイバーは当然、バランスを失った。優秀なオートバランサーを持ってしても復帰しきれず、そのまま俺の元へ倒れ込んできた。真っ赤なデッドゾーンが視界を覆う。
「っだあぁっ!」
痛む足を堪えて大きく跳ぶ。眼前を機体が覆わしめた瞬間、凄まじい衝撃と音が俺の体を打つ。ほんの十センチ足らずの距離でレイバーに潰されずに済み、心臓が激しく拍を刻んだ。
「まだ来ます!」
「おい、ほんとに、死んじまうぞ!」
パイロットも無いまま起動したレイバーたちが、続々と移動を始めている。それはまさに下宿先の下町で起こったかのレイバー暴走事故、いや
絶え間なく踏み出される巨大な足を、デッドゾーンの目視によって紙一重で躱し続ける。これほどまでに濃密なデッドゾーンに包囲されたことなど、未だかつてなかっただろう。踏み潰されミンチにならぬよう、極限まで集中力を高め続けた。
しかし怪我もあって、如何ともしがたい場面は訪れた。頭上に迫る圧倒的質量の足を捉え、俺は迷わず手をかざした。
「ATフィールドッ!」
赤紫色をした正八角形の光陣が、レイバーの体重を受けて軋む。瞬時に理解する圧倒的質量差と、一秒後の結末。真正面から受けては
そのレイバーは少し上体をよろけさせたが、この程度ならばさすがのバランサー性能、持ち直して転倒を避けた。その間に俺は一先ずの安全圏へと移動し、窮地を脱した。
もちろん、それもあくまで一先ずのこと。数度の呼吸の間を挟んだ後、このような紙一重がまた始まり……
果たして何分間そうしていただろうか。レイバーたちは殆どが広間の端まで移動を終えていた。衝突などで不能まで追い込まれた数機と、膝を突いて呼吸を荒げる俺だけが散り散りに取り残されていた。
「や、やったぞ俺は……」
「お疲れ様です、大丈夫ですか……?」
「全然。まあ、生きてるだけ、ましか……」
早鐘のような鼓動が収まるより前に、立ち上がる。足はやはりズキリと痛んだ。
全身に傷を負いながらも歩き続けた俺は、階段近くの柱に寄りかかり、振り返って暴走するレイバーたちを遠目に見る。
「暴走って割には、整然と動いてるような」
「いったいどこへ向かってるんでしょうね?」
そのレイバーたちは通路へ殺到し、皆一様に、何か目的があるように移動している。そこに疑問を呈していたその時だった。
一体のレイバー、確かあれは、下町でも暴走したタイラントだったか。最後尾に位置していたそれが、正面から突進してきた廃棄物になぎ倒された。
「まずい!」
慌てて柱の陰に身を隠し、慎重に顔を覗かせる。廃棄物は仰向けのタイラントに跨り、発光する一対の触手を蠢かして俺たちを探しているようだった。
「まずい、今動けばバレそうだ……」
「……カメさん、私を信じて、少しの間待っててください」
その言葉に思わず振り返る。ユーコの姿は既に無かった。
「……分かった、信じる」
そう独り言のように呟き、柱の影で呼吸を整える。思えば、ユーコが体に宿ってからというもの、常に会話をしているような気がする。一人でいた日々がすっかり遠くにあるようで、そこはかとない心細さが俺を包む。
顔を振り、弱きを振り払う。そしてもう一度顔を出して様子を探ると、廃棄物の姿が消えていた。
「なに……?」
掠れ声で独り言ちて、暗闇に目を凝らす。どこに、奴はいったいどこに……
その時、背後で何かが揺らめいた。ゾクリと全身が粟立ち、錆び付いた人形のように振り返る。眼前でゆらりと、闇の中で光る触手が揺れていた。
「あ……」
いつの間にか背後をとられていた。廃棄物が柱の影から姿を現した。もはや俺は逃げられないと考えてか、ゆっくりと。
口元から涎が漏れ出し、獲物を前にして口角が上がっているような、そんな気がした。廃棄物はどこか生臭い匂いがした。
廃棄物が腕を振り上げる。俺はそれを茫然と見上げていた。
そして次の瞬間――巨大な白い影が俺の背後に立ち上がり、廃棄物を殴り飛ばした。
振り返れば、そこに居たのは第二小隊のイングラムに間違いなかった。
「イ、イングラム!? いや、これは……!」
肩に記さているはずの数字が、“U”となっている。これが意味するところは非情に単純で……この上なく頼もしかった。
『乗ってくださいカメさん! こいつは、ここで倒します!』
イングラムに変身したユーコが屈み、胸元のコックピットを開いた。
なんで暴走してるはずのレイバーたちが的確に第二小隊に襲い掛かってたんですかね