巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
吹き飛ばされたバルタン星人はいくつもの家屋を巻き込み転倒していたが、残像をその場に残しヌラリと立ち上がった。そしてまたも両のハサミを構えると、ウルトラマンとその背後に位置する俺たちに向かって無数の光弾を発射した。
思わず顔を覆うが、ウルトラマンが宙をなぞると、その形に壁のようなバリアが発生し、光弾は全て跳ね返された。反射した光弾はバルタン星人を襲い、爆炎と黒煙によって姿が見えなくなる。
「おい、ボーっとしてんじゃねえ! お前も撮れ、撮れ!」
俺と同じ位置まで前進してきた叔父は、ウルトラマンの背中に向かって幾度となくシャッターを切る。俺もそれに倣いカメラを構え、炎と黒煙に包まれる街、そしてバルタンのいる方向を写真に納めていく。
ウルトラマンは未だ戦闘体勢だが、なかなか姿を見せないバルタン星人の生死が気になり、俺はファインダーを覗き込んだままユーコに聞く。
「ユーコ、バルタン星人はどうした。やったのか?」
「いえ、まだです……来ます!」
その声と同時に、黒煙を切り裂いてバルタン星人が走り寄ってきた。地震のような振動が一歩ごとに内臓を跳ね上げる。二体の衝突を撮り逃すまいと、シャッターボタンにかける指に力が入る。
バルタン星人の振り上げたハサミをウルトラマンは平手で弾き、懐に潜って突進の勢いを押し殺した。鈍い轟音が辺り一帯に響き、風圧で前髪が揺れる。
ウルトラマンはすかさず手刀を首元へ叩き込んで怯ませると、押しやるように前蹴りを放った。バルタン星人は堪らず数歩後退し、後方のビルに腰を打ち付けもたれ掛かる。
「ハハ、すげえ、すげえ! これを待ってたんだよ俺は!」
叔父が子どものように興奮して叫んでいるが、口にこそ出さないものの俺も同感だ。叔父の仮定した巨大生命体による災害という事象が、まさに今目の前で繰り広げられている。その圧倒的なスケールと迫力に俺も魅了されていた。
ウルトラマンが一歩踏み出すと、バルタン星人が一瞬にして消える。
「おい、どこに消えた!」
辺りを見回す俺や叔父と同様、ウルトラマンも素早く周囲へ視線を配り警戒している。最初にそれを発見したのは俺だった。
「上だ!」
ウルトラマンが俺の声に反応し構えをとろうとするが、それよりも速く降下してきたバルタン星人が彼に衝突した。衝撃は空気を伝わり、凄まじい暴風が屋上に吹き荒れる。
ウルトラマンは砂埃を巻き上げながら道路に倒れ込み、バルタン星人は再び上昇して夜空を旋回し始めた。
「くそ、あいつ空まで飛べるのか!」
身を起こしカメラを構え、旋回するバルタン星人をレンズの中央に捉えようと追う。やがてウルトラマンも立ち上がり、バルタン星人を目で追いつつ体の向きを変えていた。
やがてバルタン星人は下降と共に加速を始め、俺たちから見て横合いの上空から襲い掛かってきた。ウルトラマンは両腕を胸の前で水平に構えると、その手に丸ノコのような形の青白い光輪を作り出して投擲した。
高速で放たれた光輪はバルタン星人の頭から正中線を一刀両断し、一拍遅れてその体はくす玉のように真っ二つに裂けた。
やった、と思うのも束の間、両断されたバルタン星人の巨体は慣性と重力に従って落下してくる。片方は俺たちのいるマンションに向かって。
「おいおいおい!」
叔父の取り乱した声が聞こえるものの、同時にシャッターを切る音も聞こえる。この状況にあって撮影を続けられるとはさすがの筋金入りだ。
俺にはそんな真似はできず、落ちてくるバルタン星人の半身をただ眺めていたが、視界の端から飛び込んできた青白い光線にそれは穿たれ、頭上で爆発した。
打ち付ける風圧から身を守りながらウルトラマンを見やる。彼は右手首に左手を添える構えから再び光線を発射し、もう片方の半身も落下前に爆破した。
花火の後のような残響が消えると、途端に辺りは静寂に包まれる。しかしその中からか微かに家屋の燃える音が聞こえてくる。赤い炎をつるりとした銀の顔に映したウルトラマンは、火災発生個所に腕を突き出し、指先から水流を発生させて瞬く間に消火していった。
その姿を撮影しながら、俺はヒーローという存在に感銘を受けていた。このウルトラマンは間違いなく人類に与してくれている。その心強さ、頼もしさが、涙が出るほど嬉しかった。
やがて完全に鎮火したことを確認すると、ウルトラマンは俺たちに向き直った。俺は思わずといった形で言葉を紡ぎ出した。
「ありがとう、ウルトラマン……」
「ありがとよ。あんたのことは悪くは書かないぜ」
少し傲岸な態度ではあるが、叔父はこれでも最大級の感謝をしているのだ。それを分かってくれたのか、ウルトラマンもゆっくりと頷いてくれた。
彼は天上を見上げ膝を曲げると、掛け声と共に飛び立って夜空の中に消えた。
すぐにでも行動したい俺たちは警察の捜査によって拘束されることを嫌い、最低限の荷物を持ち出して近場のビジネスホテルで一夜を明かすことにした。出立前の大盤振る舞い、と言うには大げさだが、常に金欠の叔父にしては珍しく二部屋分の料金をドンと支払ってくれた。
就寝前に俺の部屋で今後についての打ち合わせがされる。ベッドの端に腰掛けた叔父は二枚の写真をシーツの上に放り投げた。
「同志から寄せられた二つの巨影情報だ。一つはお前も知ってる。俺は写真を見たとき完全に思い出したぜ」
ベッドの中央に胡坐をかきながらその写真を見る。どこかの百貨店らしき建物の屋上を破壊し、巨大な蕾のようなものが根を張っていた。その時、甲高い耳鳴りのようなものが頭を貫き、一瞬たじろぐ。そしてフラッシュバックする失われた記憶の数々。そうだ、これは……
「草、体。これはレギオンの草体だ」
「その通り。ウルトラマンの時と同じ、やっぱり“見る”ことが記憶のトリガーだな」
蘇った記憶によれば、これはレギオンという巨影によって発生したもの。放っておけば大爆発を引き起こす危険極まりないものだったはずだ。しかし人の手による排除は、これを守るレギオンたちに阻まれ困難だったはず。
「肝心のレギオンが思い出せない……見なくてはダメか」
「だろうな。で、もう一つはそいつだ」
その写真はどこかの湖で撮られたものらしく、山に囲まれた水面の中心、そこに巨大なシルエットが浮かび上がっていた。人のようにも見えるが、それにしては歪で、どちらかと言えばこれも植物のようにも見えた。しかし夜の湖では光源に乏しく、判別は難しそうだった。
「これは分からないな……よく見えないから思い出せないってことは?」
「それもあるかもしれん。だからお前、こっちを撮ってこい。俺は草体の方をあたる」
「危なくない? そっちが爆発することは覚えてる?」
「もちろん。だが危険を恐れて巨影が追えるかってんだ」
叔父の啖呵に俺も頷く。
「それにこれは予感、いや予言としておくが、危険じゃない巨影なんかいねえはずだ。お前も充分気をつけろよ」
これにも首肯すると話は進み、ベッド上に地図を広げながら、二つの巨影の発生地点について意見が交わされた。
「今いる首都から北上して俺は草体へ、お前は西へ向かい湖へ。こうして見ると結構離れてるな」
「もし両者が同じ植物系としても相関性は無いのかも。……叔父さんの方が遠いのか」
「おお、そうだよな。じゃあやっぱり――」
「だが車は一台だけ」
俺たちの間に緊張感が走り、お互いが相手の出方を窺うような微妙な空気が流れる。
「俺の方は山に囲まれたカルデラ湖、公共交通のアクセスが悪い。叔父さんの方は高速鉄道が乗り入れてるよね」
「だが遠いのは俺だし、いざというとき避難できる足がねえのは怖えなあ」
「危険はどちらも同じ、だよね? 第一、規制線が張られてそんなに近づけないに決まってる」
「掻い潜るに何がいるか? それは足だよ、あ・し」
次第にヒートアップしていく不毛な議論。
「そもそもあの社用車は大部分が俺の金だろうが」
「俺も出資した。で、仕事を頼めるようになったら共用するって約束した」
「まだ結果も出してねえひよっこがナマ言うな。俺には車が必要だ」
「そんなの俺も同じだ」
お互い一歩も譲らず平行線を辿り、叔父は溜め息をついて話を一旦打ち切った。
「分かった分かった、これは明日の朝決めよう。お互いそろそろ眠らねえと持たねえぞ」
時計を見れば確かに、すっかり真夜中と言える時間帯になっていた。俺も一時休戦を受け入れ、今は体を休めることに賛同したのだった。
叔父が自分の部屋に戻った後、明かりの消えた照明を見つめていると、まさしく幽霊のようなユーコが天井付近に現れた。
「ユーコ、途中からずっと奥に引っ込んでたな。どうしたんだ?」
「なんでしょう……ウルトラマンに見られたとき、何か、いやーな感じがしたんですよね」
「嫌な? ウルトラマンが?」
全く理解しがたい感覚に首を傾げるが、ユーコは首を横に振った。
「今思い返すと自分でも不思議なので、気のせいかもですけど。あ、あと大塚さんはただ苦手なだけです」
本当に嫌そうな顔をして言うものだから、俺は少し噴出してしまう。大人らしい美貌を持ちながら、感情の現れ方が幼子のような彼女は見ていて飽きが来ない。
「それより、もう寝た方がいいのでは? 明日も早いんでしょう」
「そうなんだけど、なかなか興奮が抜けなくてさ……。なあユーコ、キミはあの写真の影、何か分からない?」
ユーコは腕を組みながら空中で逆さになって思考にふけった。
「いいえ。どうも、私に湧いてくる謎知識は直接目にしないと駄目みたいです。草体っていうのもサッパリでした」
「そうか。キミのその知識の出どころもよく分からないなあ」
「私もそうです。ただ思い浮かぶだけなので」
二人してうんうんと唸っていると、ユーコは思い出したように「あ」と声を上げた。
「どうした?」
「いえ、話題が変わるんですが、確か人って眠れない時に歌ってもらう習慣がありますよね。カメさんが眠れないなら歌って差し上げようかなと」
嬉しそうに喉の調子を確かめる彼女に、俺は嫌な予感をひしひしと感じていた。なぜこんな微妙な知識ばかり持っているのだろう。
「それって、子守歌ってこと?」
「ああ、そうですそれ」
「冗談! 俺をいくつだと思ってるんだよ」
背を向けるように横向きになった俺に、彼女は残念そうに抗議した。
「えー、なんでですか。どうせ寝れないなら一曲だけでも聞いてくださいよ」
「目的を見失ってるぞオイ。そもそも、キミ歌なんて知ってるのか」
「はい、又聞きですけど地球の歌も知ってますよ! では早速……」
誰を中間に挟んだ又聞きかは気にかかったが、もはや問答は不要とばかりに歌い始める彼女を、もう止めることはしなかった。心底楽しそうにして歌い始めたメロディーは思いのほか切なげで、まろやかに透き通る彼女の声も相まって、次第に瞼が重くなっていく。
地球外言語なのか、それとも又聞きでうろ覚えなのか、歌詞はまるで聞き取れなかったが、どこか聞き覚えのある曲調だった。もしかしたら俺も知っている曲なのかな、などと考えながら、クッションに沈み込むように意識は沈殿していった。
翌朝、待てど暮らせど現れない寝坊助の叔父を叩き起こしに部屋へ行くと、既に清掃係が掃除を始めているところだった。清掃員のおばさんは、机に置かれていたという封筒と手紙を唖然としている俺に押しつけ、部屋の戸を閉めた。
『我が甥へ
若いうちの苦労は買ってでもしろという。しかし俺はその苦労をお前へ売ってやろうというのだ。以上、健闘を祈る。呪ったりするなよ。
p.s. 撮った写真はちゃんとクラウドに保存しとけよ』
茫然自失のまま封筒をひっくり返すと、滑り落ちた五百円玉が床に転がり、一枚の千円札は木の葉のようにひらひらと揺れて落ちた。
徐々に力の籠っていく手が封筒と手紙をグシャグシャに握り潰し、目には涙さえ浮かんできた。
「俺が今までどんな思いを……若者の熱意と善意を弄びやがって、あのクソ中年……!」
「カメさんかわいそー……」
「呪ってやるぅぅぅぅ!」
腹の底から噴き出した怨嗟の叫びは、ホテルの廊下に空しく響き渡った。
巨影都市の“逃げ惑う一般人”というコンセプトは良いんですが、逃げるときは当然背を向けるわけで、巨影という折角の大物タレントたちが画面に映りにくいんですよね。そういう意味で劇中最も巨影に沈む都市を楽しんでいたのはカメラマンたちだと思うんです。車の屋根に立ってゴジラを撮影していた彼とか特に。
そこで提言したいのが主人公カメラマン設定です。この設定さえあれば巨影を追って画面の中央に捉えることが自然になります。いわば「巨影スナップ」です。64にあったでしょう「〇ケモンスナップ」。あれみたいなゲーム性がぴったりだと思うんです。