巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
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前回までのあらすじ
ネルフへの協力に迷う主人公。
ゼーレへの返答のタイミングで使徒が襲来、その騒ぎに乗じて主人公は拘束を解く。
撮影のため発令所に行くと、ゼルエルが現れ光線を放とうとする。
そこに横入りした初号機がゼルエルとの戦闘を開始。
主人公は撮影のため、そして初号機パイロットの少年に助力するため、二体を追う。
壁に開いた大穴を抜けると、そこは巨大なドックだった。サイズ感からしてエヴァを格納するための施設だろう。
ワイヤーが音を立てて巻き取られる。壁に衝突する寸前にガスを噴射し、そこへ張り付いてカメラを構える。
湧き立つ白煙の中、ゼルエルを押し倒した初号機が拳を振り上げるが、ゼルエルの発射した光線がその腕を肩口から切断した。
傷口から血を噴き出させながらも、初号機は気迫を滲ませて止まらない。残った右腕でゼルエルを引き起こし、強烈な前蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされたゼルエルをそのまま押しやり、ドックの奥へと二体は猛進していった。
「行くぞ!」
アンカーを射出し、二体の後を追う。
間もなく、更に広い空間へと出でて、突き当りの壁に差し掛かかった。ゼルエルはその壁面に叩き付けられ、抑え込まれる。見れば、壁面にはレールのようなものが縦に走っていた。
「射出口か!」
シャムシエルとの一戦のように、エヴァが地上に出る際に使われるものだろう。
俺が再びカメラを構えた途端、二体を乗せた足場が勢いよく上昇し、壁面上部の射出口へと消えた。
「ユーコ、追えるか?」
「問題ありません!」
他の射出口はゲートによって蓋をされていたが、ユーコがその付近にアンカーを突き刺すと即座に左右に開く。彼女の機械操作の能力の応用だろう。
「よし、頼むぞ!」
応とばかりに、ワイヤーが高速で巻き上げられる。重力に逆らい体が引き上げられていく感覚は、遊園地の逆バンジーを彷彿とさせた。何重にも閉じられたゲートを順に開けながら、俺たちは上へ上へと昇っていった。
轟音が上方から響く。地上に射出された二体が改めて激突したのだろう。
果たして何百メートル昇り、いくつのゲートを潜ったか。一際厚みのあるゲートを抜けて飛び上がった途端、豊かな自然の香りが鼻腔を突いた。
「なんだ、ここ……!?」
上昇から下降へ移り変わる滞空中に、周囲を見渡す。辺りは深い森に覆われ、その中央には湖まで見える。その中にあって、湖の畔に立つピラミッド型の建造物は異質な存在感を放っていた。
「まだ地上じゃありません、上を!」
重力を帯びながら見上げる。頭上を覆うのは濃紺の夜空のようにも見えるが、よくよく観察すればそれが巨大なドーム型の天井であると分かった。その頂点、中央付近には幾棟ものビルが
「地下にこんな所が……!」
打ち付けるような重低音がその広大な空間に響く。見やれば、初号機がゼルエルに馬乗りになり、執拗に拳を振り下ろしていた。
木々にアンカーを撃ち込み、柔らかい土の上に着地する。そこは林の中に拓けた畑の一角で見晴らしも良く、俺は初号機とゼルエルにカメラを向けた。
「初号機に加勢、するんですか?」
「いざとなれば。けど、今は近づけんよ」
二体の巨影が激しくぶつかり合う最中に、人一人が飛び込む余地はない。機が訪れるまでは、と心中で誰にともなく言い訳がましく、そう呟いて俺はシャッターを切る。
初号機はゼルエルの白い仮面のような顔を鷲掴みにし、引きちぎろうと満身の力を籠める。ぎちぎちと音を立てて顔の周辺部位が引き伸ばされ、ゼルエルはされるがままだ。
「これなら、いけるんじゃ……!」
ユーコが期待を滲ませてそう呟く。俺も同じ思いだった。
しかし一方的に攻勢に出ていた初号機が、突如全身を脱力させ動きを止めた。目に灯っていた光も消え果て、先ほどまでの力強い生命力を全く感じさせない。
「なんだ!?」
「エネルギー切れです!」
確かに初号機はアンビリカルケーブルも無しに動いていたが、ここまでエネルギー効率が悪いとは。
ゼルエルが帯のような手で初号機の頭を包み込み、高々と持ち上げる。初号機はされるがまま、その四肢はだらりと垂れ下がっていた。
反動をつけた後、初号機が投げ飛ばされる。湖畔のピラミッド型の施設に背中から叩き付けられ、頭を垂れて座り込んだ。やはり指先一つ動く気配は無い。
「これ、まずいんじゃ……!」
ユーコの不安通り、ゼルエルの腕が初号機の胸元に突き刺さり、そこから大量の鮮血が吹き上がった。続けざまにゼルエルは眼孔から光線を発射し、今しがた付けた傷口を爆破によって更に抉った。
俺たちの立つ位置にまで爆風は及び、吹き荒ぶ土煙が収まった後に顔を上げる。初号機の剥き出しになった胸部には、使徒の持つ物とほぼ同一の、赤黒い球体が現れていた。
「あれは……!?」
「初号機のコアです!」
そのコアに、ゼルエルは一定のテンポで腕を打ち付け始める。相当な硬度なのか一撃で破砕はされないようだが、いつまで持つものか分からない。
「まずいです、あれを壊されるわけには!」
「だよな! ユーコ、ドローンだ! 俺が乗る!」
「はい!」
以前、ゴジラ対ビオランテ戦において用いた大型ドローン形態にユーコが変身する。改良として、腰の高さの手摺が新たに設置されている。これである程度の無茶な挙動にも耐えられるはずだ。
俺が飛び乗ると同時にプロペラの回転数が増し、一気に視点が上昇する。手摺を強く握りしめながら、見る見るうちに接近するゼルエルを見据える。
「とにかく、時間を稼ぐぞ! あの子が脱出して、ネルフが次の攻撃に移れるくらいに!」
「はい!」
とは言いつつも、ネルフにそのような準備があるのかは甚だ疑問だった。地上で仕留めきれずこの地下施設にまで侵入を許しているからには、今こそ限界寸前の瀬戸際なのでは、との考えがよぎるのは無理からぬことだろう。
「でも、引けないよな」
自らに言い聞かせるように小さく呟き、手摺を握る。
ゼルエルの眼前に出でる。その黒くのっぺりとした巨体が視界をほぼ全て覆い付くし、思わずのけ反ってしまう。しかし俺は深く息を吸いこむ。
「っおいデカブツ、こっちだ!」
本当にその声に反応したのか。ゼルエルの暗い眼孔がこちらを見据える。ゾクリと全身が粟立つが、身を乗り出してまた叫ぶ。
「動かない相手じゃなくて、こっちを狙ってみやがれ! そのトイレットペーパーみたいな薄っぺらい――!」
その瞬間、刃のようなデッドゾーンが俺の体を貫いていた。
手摺に全力で体重をかけユーコを誘導する。それと同時にゼルエルの腕が伸ばされ、プロペラを掠めるような距離で空気を切り裂いた。その音だけで察する、紙一重の死。
ゼルエルは腕を収縮すると、俺たちの移動に合わせて体の向きを変えた。今や、初号機に見向きもしていない。
「そ、そんな怒らせたか!?」
「とにかく気は引けました! 全力で躱しますよ!」
進行方向に再びデッドゾーンが出現し、全体重によって制動をかける。そしてまた紙一重で腕を躱し、数秒先の命を拾う。
これを無我夢中で繰り返した。徐々に初号機から離れつつ、ゼルエルの繰り出す攻撃を躱す。その全てがほんの僅かな差で死を招くような、瀬戸際の攻防だった。体感時間においては既に十分は経とうかという感覚だが、恐らくまだ数分、最悪一分も経過していないのだろう。
しかし集中力を研ぎ続け、目と脳、全身を余すところなく使い続けていれば、疲労も溜まるというもの。更にゼルエルもフラストレーションを溜めているのか、徐々に手数は増していた。
そしてとうとう、躱しきれない絶妙な位置・タイミングで出現したデッドゾーンが、俺たちを貫いた。研ぎ澄まされた感覚は皮肉にも、一瞬の後に散る自らの命を悟らせた。
そして放たれたゼルエルの帯のような腕は――横から伸ばされた巨人の手に阻まれた。
「――え?」
巨人の指だけでゼルエルの腕は火花を上げて引き裂かれ、まるで先端からシュレッダーをかけられたような有様を晒す。
そして巨人は――エヴァ初号機はゼルエルの腕をむんずと掴み、思い切り引っ張った。
ゼルエルはその力に抗えず、宙を滑るように初号機の元へと引き寄せられる。その勢いを利用するように初号機は荒々しい前蹴りでもってこれを迎え、凄まじい衝撃を放ち黒い巨体を蹴り返した。掴まれたままのゼルエルの左腕は反動で引き千切られ、ゼルエルは森を押し潰しながら倒れ込んだ。
「な、なんだよ、何が起こってる? なんで初号機は動いてるんだ?」
「初号機……これは、もしかして」
ゼルエルの腕の残骸を、自らの切断された肩口に押し当てる初号機。ぼろ切れのようだった残骸が泡立つように蠢き、一瞬の後に人間のような腕に変化し、同化した。
「な、んだ」
言葉が途切れる。初号機がこちらに振り向き、俺たちを横目で見据えたからだ。
その目はまるで人間のようで、口元には獣のような歯が生え揃っていた。
「人造人間、エヴァンゲリオン……」
この言葉の意味を、俺は今こそ察した。これは決して、ロボットなどではない。
「あなたは、いったい何を……!?」
ユーコの声が、何者かへの警戒と疑問を持って発される。
「ユーコ、今誰と」
「初号機です!
その言葉の続きは、初号機の咆哮によって掻き消された。
咆哮を合図としたようにゼルエルは残された腕を伸ばし、初号機を狙う。しかし初号機が右腕を振り下ろしただけでそれは散り散りに千切れ、更にはゼルエルのATフィールドと本体諸共、一撃のもとに引き裂いた。弾け飛んだゼルエルの鮮血がATフィールドの内側に付着する。
倒れ伏すゼルエルを見据えた初号機は腰を落とし、獲物を前にした獣のように呼気を荒げた。そしてまさに獣のような四足歩行でゼルエルへと向かっていく。
ゼルエルは最後の抵抗なのか、
初号機は目を細め、ゼルエルの体を……
無我夢中に獲物を貪る肉食獣のような様相で、ゼルエルの――使徒の肉に食らいつき、引き千切り、咀嚼する。肉が裂け血が滴り、ゼルエルが
「うっ……!」
凄惨な光景に吐き気がこみ上げる。森の一角を血染めにしながら、初号機は一心不乱にゼルエルを貪り続けた。
やがて初号機は野生動物さながら、周囲を見渡しながら立ち上がる。薄闇の中、眼孔だけが際立って光を放っていた。
そして初号機の体表の装甲板が、まるで内側から圧迫したように弾け飛んでいく。背中の、胸部の、各部の装甲板が破壊されるたび、エヴァ本来の生体とも言うべき体表が露になっていく。
「拘束具が……!」
「拘束具?」
「はい、あれは装甲板ではありません。エヴァ本来の力を人が抑え込むための拘束具なんです。その呪縛が今、自らの力で解かれていく……もう誰にも、エヴァを止めることはできません」
初号機の咆哮が地下空間に響き渡る。血に染まった顔を上げ、勝鬨を上げるように叫び続ける。
その光景をカメラに収めながら、俺は漠然とした恐怖を感じていた。
「エヴァって……何なんだ」
ユーコは黙して、俺の疑問に答えはしなかった。
次回予告
深い森に閉ざされた街。響き渡る不気味な足音。
主人公たちを狙う巨影が、その姿を現す。
次回「追走する女型の影」