巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回までのあらすじ

一進一退の攻防を繰り広げるサーガとゼットン。
主人公は偶然助けた自衛隊員の作戦にのっとり、ゼットンの妨害を画策する。
果たしてそれは成功し、無人在来線爆弾が炸裂。
サーガは優位をとり、ゼットンをせん滅。
ゼットンに吸収されていた人々は帰ってきたのだった。


stage18:巨影大戦争 ①

 

 あの時――三人のウルトラマンが去った後。俺が少し振り返ってユーコを見ていれば……何かが変わったか。

 ……ずっと、そんな栓の無いことを考えている。

 自分の掌を見て、息を呑んでいる彼女にあの時、気付いていれば……

 

 

 流星のような無数の光が地上に降り注ぎ、人の形をとる。ハイパーゼットンが取り込んでいた、街の住人が一斉に現れた。

 取り込まれた当時の姿・場所に現れた彼らは、皆一様に混乱しているようだったが、やがて歓声を上げて生還を喜びあった。街に命が宿ったように、家々に明りが灯っていく。

 ビルの屋上からそれを見下ろす俺にも、歓喜が沸き上がる。

「やったなユーコ! キミのおかげなんだろ? ……ユーコ?」

「え、ええ、そのようですね」

 彼女は何を考えていたのか、少し詰まりぎみに頷いた。俺はさしたる疑問も抱かず、異変の収束を記録すべく街へ降りた。

 

 浮ついた様子の人たちを掴まえ、カメラを向けてインタビューを試みる。

「通勤中、いきなり変な光に呑まれて……妙な、黒いもやのかかった、夢の中みたいな場所に居たと思います」

「暗くて寒くて。今思えば悪夢みたいな場所だった……」

「ウルトラマンが助けてくれたの!?」

「あんた、巨影サイトのカメラマン!? すげえ、いつも観てます!」

 インタビューに応えてくれた人たちの中でも、八割近くが巨影サイトを知っていた。巨影を追ってばかりで世間との接点が希薄になっていたが、ようやく俺たちの活動が周知されているという実感が沸いて、足取りも軽くなる。

「カメさん、嬉しそうですね」

「ああ! ここまで頑張ってきた甲斐もあるってもんだ。もちろん、ユーコの頑張りが大きいけどな。キミなしじゃ何度死んでいたか」

「……はい、頑張りました」

 ユーコの柔和な声に思わず振り返る。宙に浮いた姿勢で俺を見下ろす彼女の瞳は、夜の街灯を映して煌めいていた。

「ユーコ?」

 彼女の纏っていた不思議な雰囲気が霧散し、俺の背後に顔を向けた。

「あれ、あの方はどうしたんでしょう?」

「ん?」

 つられて道端に振り返って見ると、俯いて座りこむ男性が目に入った。周囲を通りがかる人々も心配そうに視線を送り、何名かは立ち止まっている。

「なんだろ、声かけてみるか」

 男性に歩み寄り、しゃがんで語り掛ける。

「あの、どうかしましたか? どこか気分でも?」

「……ああ、最悪だよ」

 少し顔を上げたことで顔色を窺えたが、確かに血色は失われ、今にも倒れそうだった。巨影に取り込まれる、という未知の体験だ。体調を崩しても不思議はない。

「楽にしててください、今救急に」

「いらないよ、病院に入っても無駄だよ。いやむしろまずいのか? 病院にだって現れたんだし……」

 彼は独り言のようにそう呟き、肩を揺すり始めた。

「現れたって、何が」

「……巨影だよ、奴らはどこにだって現れるだろう!」

 突如声量が上がり、それに気を取られた周囲の人々の視線が注がれる。

「都市でも地方でも、あいつらには何の関係もない! どこに居たって巻き込まれる! 病院にだって現れて、ひ、酷いことになったじゃないか! ああ、なんで俺は帰ってきちまったんだ……!」

 彼は頭を抱えてうずくまる。

「あそこは……暗かったけど、でも巨影の恐怖は無かった……俺は、そうだ、俺は安心してたんだ。こっちの方がよっぽど地獄じゃないか……」

 遠巻きに事の成り行きを見守っていた人々は、彼の言葉に思うところが……有り体に言えば共感したのだろう。俯いたり、溜め息、中には涙を流し始める人もいた。彼らの表情に今や歓喜は無く、漂うのは多大な疲労感と不安感。

「五年前よりずっと酷い……いつになったら終わるんだ。俺は……もう嫌だ! 眠ろうとするたび、寝てる間に、いつ、巨影に踏みつぶされるか、震えて待って……!」

 それ以後の言葉はもう、言葉とは捉えられなかった。唸るように慟哭する彼を、駆けつけてきた警官に預け、俺はふらふらと歩きだした。行き先は決めていなかった。

 

 人気のない路地と、そこを照らす自販機。人工的な明りに照らされる段差に腰掛け、カメラと携帯を接続する。

「……まぁ、そうだよな。普通怖いよ。と言うか、俺だって怖いし」

 巨影サイトに立ち入り、撮影したての写真をアップロードしていく。ふと気になってアクセス数を調べれば、並みの企業サイトでは歯が立たないほどに膨れ上がっていた。

「カメさん……」

「ああ、ここが温床なんだな。恐怖と絶望、だったか」

 ハイパーゼットンはそれらを取り込むことで成長した。

 人々は巨影の存在を、俺の撮影した映像を通して深く味わう。赤裸々に明かされる脅威は世界中に拡散され……つまり、俺は恰好の餌場を作った形になる。

 目を瞑り、深く息を吐く。

「なあ、今後同じような巨影が出てくるかな」

「……私にも分かりませんよ。でも、言える事があります」

 ユーコが俺を正面から見据える。

「カメさんのやっていることは、間違ってません。知らない、知れないこともまた恐怖です。そこに空想の余地があると、人は実際以上に怖がります」

 俺が返事できずに俯くと、携帯の画面の光が消えた。

「それに、今の文明レベルなら情報を伝えるのもすごく簡単でしょう? カメさんがやらずとも同じようなものですよ、きっと」

「……そう、かもな。うん。ありがとう」

 アップロードが終了する。早速アクセスが集中し始めたか、心なしかサイトが重くなった。

 間もなく、着信画面がサイトを塗りつぶした。

「叔父さん」

 大塚秀靖の名を見て、三回ほどコールさせてから通話する。

『おう、見たぜ! よくやった、と言いたいところだが……今日は入れ食いだ』

「ってことは」

『外洋上にゴジラ出現、現在首都に向け進行中……だそうだ。悪いが今夜は眠れねえぞ』

「ああ、そうだな……夜も眠れないな」

『ワクワクでな!』

 

 ユーコが変身するスポーツカーを走らせながら、スピーカーを通して叔父と通話する。

『ウルトラマンはもう、どっか行っちまったんだよな? あーあ、ゴジラとやりあってくれねえかな』

 その勝手すぎる物言いに苦笑が漏れる。

「そう都合の良いものじゃないだろ。人間だって……ギリギリまで頑張らなくちゃ」

『ま、そうだな。で、だ。また頑張ってくれるよな?』

 叔父が軽薄に笑いながらそう問いかけてくる。普段なら二つ返事だけど……

「なあ叔父さん、ちょっと質問させてくれ」

『あ? なんだよ』

「叔父さんはさ、巨影を追い続けて……どこかで迷ったり、辞めようとか」

『ねえよ』

 至極きっぱりと、被せるようにそう言い切った。

 高速道路の街灯が規則正しくボンネットに流れる。

『皆目ねえ。五年前、俺の生き方は決まった。……当時、変な奴らに会ってな。そいつらとつるむと、不思議なほどに巨影と遭遇したんだ。あの経験は一生を決めるに充分だったぜ』

「……そう」

『今回はどうも、お前がそうらしい。不思議と巨影に出会うラッキーボーイ……羨ましいぜ』

 最後の叔父の言葉は、こちらを揶揄う風でもなく、奥底から絞り出されるような声音だった。

 通話後、しばし車内にはエンジン音だけが流れた。

「……うん。よし。腹ぁ決めた」

「はい」

 ユーコの声音は微笑みを浮かべるそれだ。

「撮るよ。巨影を伝える。確かに怖いけど……でも絶望ばっかりじゃなかったよな」

「そうですね」

「ガメラにウルトラマン。エヴァ、モスラ、あの男型の巨人……希望に繋がる光景だって、ずっと撮ってきた。きっとこれからも、そうなる」

 まったく根拠は無いがそう断言し、口元に笑みを浮かべる。これから向かう先で何が見られるのか、やっぱり“ワクワク”するものだ。

「カメさん、楽しそうですね」

「ああ。やっぱり、これが本心だな。恐怖なんて目じゃない」

「私、カメさんのそういうところが好きです」

 ……突然、そう褒められたものだから、うまく言葉が出なかった。

「これからもずっと、そうであってくださいね。私もできる限り、助けになりますから!」

「……ああ! て言うかおんぶに抱っこだけどな! 向こうでも頼むぞ!」

「はい!」

 気恥ずかしさはあるが、車内の空気は心地よかった。対向車線の長い車列が、猛烈に後ろへ流れていった。

 

 ゴジラは首都を逸れてその手前、首都南方に隣接する港湾都市へと上陸した。俺は規制線を潜り抜け――すっかり慣れたもんだ――その港湾都市へと侵入していた。

 そして現在……バイクのアクセルを全力で捻っていた。原付の。

「ユーコォ! 何で今これ(原付)なんだよ!?」

「す、すいません! 私もちょっと疲れちゃって……!」

「なに、大丈夫なのか!?」

「大丈夫ですから! 今はカメさんの方が大丈夫じゃないです!」

 その時、俺が走る大通りの真後ろ、T字路の正面のビルが、まるで発泡スチロールのように弾けた。激しい衝撃と巻き上がる粉塵の中から姿を現したのは、黒く巨大な影……ゴジラだった。

 いかにも機嫌が悪そうな唸り声を上げながら、猛然と大通りを踏みしめ、接近してくる。

「もっと出ないか!?」

「コ、コピー元がちょっと悪かったです! これ以上は!」

 原付にしたって非力だ。ゴジラはそれほど速力も無いのに、なかなか引き離せそうにない。

 ゴジラの一歩一歩に軽く車体を跳ね上げながら逃れていると、正面に浮かぶ丸い月に影がかかった。

「……ゴジラ?」

 その遠方に浮かぶ影は、ゴジラと見まがうようなシルエットをしていた。

 “それ”を吊り上げるワイヤーが航空機から外されると、“それ”は背面からジェットを噴射し、真っすぐこちらへ突っ込んできた。

 徐々に大きくなる白銀の威容。ピンと、脳裏に浮かんだのは五年前の巨影の記憶。

「メカゴジラ……いえ、あれは三式機龍!」

「そうか、機龍……!」

 思い出した。前回五年前、ゴジラに対し投じられた人類の兵器。

 ゴジラを模倣した姿が、月光を浴びてギラリと光った。機龍は凄まじい暴風と共に俺の頭上を通過し、ゴジラへと突進した。

 

 

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