巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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stage3:湖に咲く巨影 ①

 コンビニでおにぎり二個とお茶だけの寂しい朝食を買うと、行儀は悪いが店先の駐車場の端に座り込み、がっつくようにして食べる。いわゆるやけ食いというやつで、俺の怒りに沈静化の目途は立っていない。

「大体あの人はいっつもこうだ、自分だけおいしいところ持っていきやがるんだクソォ」

「あのーカメさん、そろそろお控えになった方が……さっきからお客さんにチラチラ見られてますよ」

「いいんだよ見せとけ見せとけ、哀れで愚かな男の無様をさぁ」

 今の俺に取り付く島は無いと見たか、ユーコは溜め息をつき、駐車場に停められているセダン車に目を向けた。

「そんなにこの、車っていうのに乗りたいんですか? 電車でも行けるんでしょう?」

「途中でバスに乗り換える必要があるし、何より! 千五百円ぽっちでどこへ行けるかってんだ、あの畜生が!」

 また怒りがぶり返す俺に、ユーコは顎に指を当てながら言った。

「私、たぶん車になれますよ」

「おーなってくれなってくれ、それで俺を攫ってくれ。ハァ、気持ちだけもらっておくよ」

 ユーコの発言を軽くいなし、ラッパ飲みに茶を飲み干すと、ユーコの姿が消えていた。うじうじと拗ねる俺に愛想を尽かしてしまったかと悔やみ、中空に向け頭を下げる。

「ユーコ、悪かったよ。もう切り替える」

 返ってこない声に不安が増し、頭を上げる。

「ユーコ?」

「ここですカメさん、私です」

 声のする方を見ると、そこには単なるセダン車が……二台並んでいた。間に鏡でも置かれているかのように、二台は車種も色も全く同じだ。

「ん、んん?」

「左が私ですよ。ちょっと真似してみました」

 俺の耳と気が確かなら、その声は明らかに車が発したように思えた。カートゥーンアニメにでも迷い込んだような気分で、俺はその声がした車のボディに触れた。

「こ、こっち?」

「そうです。あんまり感触無いですけど、今触ってるのが私です」

 平然と起こった超常現象に俺は一瞬気が遠くなる。

「とりあえず、戻ってくれる?」

「え? はい」

 車が姿を消し彼女に変わる。

「……全く理屈が分からん」

「私もよく分からないんですけど、私ってこの星の機械と結構相性が良いみたいです。中に入って観察できますし、真似すれば物質として存在できるみたいです」

 あんまりな内容に目頭を押さえていると、コンビニからスーツ姿の客が慌ただしく飛び出してきた。

「い、今私の車が二つになってなかった?」

「あー、お疲れなんですよ。運転の際はお気をつけて。それじゃ」

 痛む頭を押さえながら適当にはぐらかすと、俺は駆け足でそのコンビニを去った。

 

 やがて落ち着くと、俺はむしろ高揚感に溢れかえり、歩調はスキップを刻みそうになる。しかしユーコは不安げな声で聞いた。

「あの、私じゃお役には立てませんか……?」俺は即座に否定した。

「ユーコ、はっきり言ってキミは最高だ、本当に! 車だけでなく、機械に? ああ、キミって天から遣わされた天使とかじゃないだろうな?」

 クサい言葉も、傍からすれば一人芝居をしている痛い奴に見えることも気にならず、思いつく限りユーコを褒め称える。実際、それだけの価値が彼女の能力にはある。

 ユーコも褒められて気分を良くしたのか、胸を張って得意げに笑った。俺はその無防備に強調された胸から目を逸らした。

「へへーん、そうでしょう! もっと頼ってくださっていいんですからね! それじゃあ早速……」「待った!」

 意気揚々と変身しようとする彼女に掌を突き出し制止する。

「良いこと思いついた。せっかくだから、一つ頼むよ」

 

 近場のカーディーラーに立ち寄る。しかも単なるカーディーラーではなく、高級車専門の、だ。

「いらっしゃいませ。何か気になる車種はございますか?」

 店内を見て回っていると、髪も服装もびしっと決まった、まさしく高級車を扱うに相応しい風貌の店員が、物腰柔らかに声をかけてきた。今の俺のような身なりなら普通は冷やかしだと判断するだろうが、今は朝早い時間で他に客もいないため話しかけてみたのだろう。

「いや、近々友人からおたくのメーカーの車を譲り受けるので、その下見にですね」

 購買意思は無いと打ち明けるがさすがに訓練が行き届いており、彼は嫌な顔一つせずに答える。

「それはなんとも、豪気なご友人で。車種はどちらになりますか」

「ええ。その前に聞きたいんですが、これってどういう車なんですか?」

 は? と、意図を図りかねたように彼は一瞬怪訝な顔をするが、俺が笑顔で促すと疑念は一先ず置いたか、示された車について朗々と語り始めた。

「元は当時として類を見ないロータリーエンジンの傑作車ですが、これはその復刻版になります。外装と内装はほぼ再現されていますが、エンジンを含め内容は完全に最新式。ハイブリッド化によりロータリーエンジンの弱点を克服し――」

 云々と続いたが、専門性の高い説明は馬耳東風、素人にとって何より大事なのはパッと見のフィーリングだ、と言い切ってしまおう。

「うん、良いですねこれ」

「そうですか。それであの、結局譲渡されるのはこの車種なんですか?」

 商売っ気なしの純粋な質問という感じだったので、笑顔で返す。

「そうですね。()()()()()()と思います」

「これにしようって――ははあ、凄いご友人ですね。我々足を向けて寝れません」

「ええ、凄い友人なんですよ、彼女」

 車体を軽く撫でながら、そこに溶け込むように消えた“彼女”を褒めそやした。

 

 白のラインが走るキャロットオレンジの車体が太陽を映し輝いている。まさにネオクラシカルといった独特の流線型を描くボディ。重心は低く振動は極小、走るというより飛ぶ感じ。

 ルーフを開き、爽快に晴れ渡った海岸沿いの自動車道を快調に飛ばせば、俺の心を覆っていた恨みつらみも晴れ渡る。

 調子に乗って買ったサングラスに青空を映し、車外へ放り出した手で有線から流れるゴキゲンなナンバーにリズムをとれば、見た目はまさに馬鹿丸出し。しかし有頂天極まる俺には恥も外聞も無いようなものだった。

「カメさんどうですか、私の乗り心地は!」

「もう最高だな! でもその言い方はやめろ」

 首都を離れ快調に道を行く俺たちだったが、目的地に近づいてきた頃、対向車線が平時より多分に混み合っているのが見て取れた。

「向こうは随分混んでますね」

「観光客だろうな。これから行く湖の周辺は有名なレジャースポットなんだ。でも巨影のことを昨夜に突然思い出して、早速あれが現れたとなれば、みんな観光どころじゃないさ」

「でも、まだ動きはないんですよね。湖の巨影」

「ないけど、ニュースで散々流れてる映像からみんな草体を思い出したんだ。同じ植物系ってところで混同しているんだろう」

「爆発するかもしれないって?」

「ああ。もっとも、それが間違いとは言い切れないけどな。なんせ五年前には見たこともない巨影だ、誰も正体を知らない」

 排気音が一つ唸りを上げる。この手の現象はユーコの気分思考と密接に関係しているらしい。

「なら私の謎知識の出番ですね! 任せてください!」

「まあ、あまり張り切りすぎないでくれ。正体が分かっても大々的に公表するわけにもいかないし」

「え、なんでですか?」

「なんでって、俺は一介のカメラマンだぞ。詳細な情報を垂れ流せば疑われるだろ、色んな所から。今は良い軌道に乗っているんだ、余計な面倒ごとは抱え込みたくない」

 良い軌道、というのは、世間からの注目度についてだ。叔父の開設した巨影に関するホームページは、つい先日までは奇怪な都市伝説を垂れ流すオカルトサイトと認識されていただろうが――それも極々一部のマニアから、という注釈がつく――今やそのアクセス数はうなぎ登りに上昇している。

 叔父の提唱していた説が概ね肯定されたうえ、ウルトラマンとバルタン星人の対決を超至近距離から撮影した独自映像と写真の数々。サイト運営を同好の士に任せなければ、アクセスの集中により接続すら困難になっていただろう。そんな状況に水を差すような行動は控えたかった。

 やがて曲がりくねった山道へと差し掛かった。この峠を越えればすぐに湖に到着する。その中央でじっと待っているまだ見ぬ巨影に、坂道を登ると同様に高まっていく興奮を感じていた。

 

 人目につかない場所に車を止め、ユーコに変身を解除してもらう。人目につかない、というのが盲点で、良くも悪くも派手派手しい高級車はどこへ行っても注目の的だった。そのため若干離れた場所から湖畔まで歩くことになったが、やがて岸辺にたどり着くと俺は感嘆の溜め息を漏らした。

 霧の低く立ち込める湖の中心に、巨大な“花”が鎮座していた。しかしそれは花と言うにはあまりに動物的で、シルエットだけを見れば人間のそれに近いものがある。大木の幹のような蔓が寄り集まって体を作り、腕は肩口から生えた二枚の葉、そして頭部は真っ赤なバラの蕾。下腹部に当たる位置には暖色に発光する球状の器官が見える。

 末広がりに根を張っている蔓は、見ようによってはワンピースドレスのスカートのようでもあり、頭部のバラも相まってどこか女性らしく妖しい雰囲気を薫らせた。

 無作為に宙へ伸びる幾筋かの蔓と、腕のような巨大な葉が鷹揚に動いている。更に時折響き渡る、どこか悲壮感漂う甲高い鳴き声が、この巨影が単なる植物でないことを示していた。

「凄いな、こいつは……ユーコ、何か分かるかい」

「はい。あれはビオランテ。科学によって生み出されたバイオ怪獣です」

 怪獣、これも記憶と共に蘇った懐かしい言葉だ。五年前の巨影災害時も人間体以外の巨大生物を総称としてそう呼んでいた。

「科学によって? ということは、あれを生んだ奴がいるのか」

「この個体がそうかは分かりませんが、しかしあれは自然に生まれるものではありません。人間、植物、そしてもう一つ……何かの細胞が組み合わさっています」

 人間の細胞を持つという点にも驚かされたが、聞き逃せないのは末尾の方。

「その何かっていうのはいったいなんなんだ? 人間と植物だけでああはなるまい」

「それがどうしても思い浮かばなくて……すいません」

「いいよ、また何か気づいたら言ってくれ」

 会話もそこそこに、既に雁首揃えてカメラを構えるプロアマ問わずの集団に俺も混じる。三脚に据えたカメラで引きの絵を撮り、次に蕾をズームアップする。

「……牙?」

 蕾の中央奥、雌しべに当たる位置に、噛み合わさった状態の牙のようなものを捉える。白く鋭いそれは花の持つたおやかなイメージとの違和を感じさせる。そして俺はその牙を、なぜだろうか、どこかで見たような気がした。

 記憶の奥を探り込んでいると、俺の肩を誰かが叩いた。

「よう、今更来たのか。あの大塚ってのはいないのか?」

 俺はその中年の男にしかめっ面を隠さなかった。

「ええ、叔父は草体の方に行ってるので。で、あなたは早速鞍替えってわけですか。反巨影論者の昼川さん」

 皮肉たっぷりに言うと、昼川は臆する様子もなく口角を吊り上げた。

「相変わらず口の利き方のなってねえ奴だな。仕方ねえだろ忘れてたんだから。ま、これからは競合相手として一つよろしく」

「よろしくの前に謝罪の一つくらいあってもいいのでは? いくら記憶が無かったとはいえ、コラムでは酷い言われようでしたし」

 昼川は溜め息をついて周囲のカメラマンを見回し、顔を近づけて声を落とした。

「あのなあ、マスコミなんてみんなそんなもんだ、ムキになるなよ。プロレスみたいなもんだって」

 その言い様に苛立ち鋭く睨んでいると、彼は肩をすくめて離れた。

「ま、いいや。これからは俺も巨影が食い扶持になる。あんたら今は注目の的だけどな、うかうかしてると追い抜いちまうぜ」

「叔父さんの代わりに言っておきます。やってみやがれサンピンが」

 昼川は声を上げて笑うと、背を向けて去っていった。その後ろ姿を睨んでいると、周囲からまばらに拍手が送られた。

「いやぁ良い啖呵だったよ。あいつ感じ悪くてねえ」

「なあ、あいつさっき大塚って言ってたけど、それって巨影論のあの大塚?」

「キミ、あの花について何か知ってるか?」

「ウルトラマン、間近で見てどうだった!?」

 少しの賞賛と、怒涛のように押し寄せる質問の数々。もちろんユーコから聞いたことを話すわけにもいかず、むしろ今しがた到着したばかりで情報不足の俺から積極的に質問をしていく。その中で話題は昼川へと波及した。

 一人からタブレットを手渡されると、ニュースサイトに大きく掲載されたビオランテの写真に目がいく。

「くそ、良い写真だなぁ。どこから撮ったんですかね」

「規制線が張られてる場所だよ。あいつ忍び込んでまで撮ったんだ。執念っちゃあそうだが、やり方がダーティだよなぁ」

 撮影者の名は昼川。被写体に近く煽るようなアングルの写真は、悔しいが見事なものだった。

 




今回の選択肢

「~うかうかしてると追い抜いちまうぜ」
①叔父の分も挑発で返す→本編通り
②無言で睨む→ニヒルに笑って昼川去る
③散々悪口を言って全部叔父の言葉ということにする→昼川と叔父の仲が更に悪化する。ユーコに白い目で見られる
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