巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
機龍が暴走を始めるが、その真意はゴジラと共に自らも果てようというものだった。
主人公たちは機龍から脱出、機龍は海中でアブソリュートゼロを放つ。
それはゴジラに深手を与えるに留まったが、撃退に成功。
機龍も損傷を受けながら生還した。
その時、ユーコに異変がある。
彼女の力は巨影に注がれ続けており、消滅は時間の問題だった。
主人公は巨影を追うことをやめ、首都にて残りの日々を過ごすことにした。
首都の外れ、時代に取り残されてしまったような下町。高くとも二階建て程度の木造家屋が所狭しと立ち並ぶここは、しかし奇妙なほどに静かだった。
まだ営業している希少な商店へと向かう途中でも、すれ違うのは高齢者ばかり。かつてここにあった活気、響き渡る子どもの声は、今はしんとして聞こえない。
「あれ、あんたまだおるんかい」
商店のおばあさんが意外そうに俺を見た。
「俺は最後までここにいますよ」
「肝が据わってるねぇ。みんな逃げちまったっていうのに」
「仕方ないですよ。これだけ被害が出ればナイーブにもなります」
巨影による壊滅的な被害が全国各地に出る中、首都に大きな被害が無いことは、逆に人々の不安を煽り立てた。
『次にゴジラ級の災難が降りかかるとすれば、首都である可能性が高い』などという根拠のない論調がなまじ広がり、集団疎開よろしく首都住民の地方への避難が流行りだす頃には、もはや消火のしようもない状況だった。
燎原の火の如く混乱は広がり、首都は現状を晒している。すっかり過密は解消され、過ごしやすいと言えば確かに過ごしやすい。この下町も空き家だらけになり、ハウスキーパーとしての役目も買われて、下宿先は格安で見つかった。
「ふん、地方に行こうがどこ行こうが、巨影ってのは出てくるじゃないか。……ま、老い先短いババアの度胸にゃ誰も敵わないだろうけど!」
彼女は豪快に笑う。久々に人の笑い声を聞いた気がして、俺も口元が緩む。傍から見れば引きつった笑顔だったかもしれない。
食料の買い出しを済ませ、下宿先の民家の戸をくぐる。
畳が敷かれた居間の窓辺に腰掛け、心中で静かに彼女を呼ぶ。ぼんやりと浮かび上がった女性の輪郭が、俺の隣に静かに座った。
「どうだい、調子は」
「ええ、良いですよ」
ユーコはこちらを見て、薄く微笑んだ。彼女は淡く光を纏い……その光が俺には、中空に融け出していく命を思わせて、見ているだけでふとした焦りを覚えてしまう。今にもこの時間が終わってしまいそうで……
俺の開きかけた口は呼吸を繰り返すだけで、何を言うこともできない。ここ最近ずっとこの調子だ。以前はユーコとどんな会話をしてきたのか、まるで遠い過去のようだ。
そんな俺の様子を察してか、ユーコは笑みを浮かべたまま、そっと俺の手を握った。その感触が、実在を感じさせない体温がとても
『カメさん、ユーコさん』
突如響いたコスモス姉妹の声に、思わず繋いだ手を離そうとしてしまうが、それをぐっと引き留めたユーコの手を、俺は思わず見つめてしまう。
「お久しぶりです、お二人とも」
コスモス姉妹は畳の上でカーテシーの礼を取る。
『ユーコさん、その後はいかがですか』
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
二人と会うのは、港湾都市での戦い以来になる。全てが終わった後、この状態のユーコを見た時の姉妹の表情は、今思い返しても胸が締め付けられる。
姉妹がユーコに近づき、手をかざす。曰く、これは簡単な触診のようなものらしい。
『やはり、ですね』
「……そうか」
彼女らは言葉を濁したが、要するに何の変化もなく……ユーコは消滅へ向かっている、ということだ。
俺もそれ以上聞きたくなくて、話題を逸らした。
「そっちはどうだい」
姉妹の表情が曇る。
『状況は悪化しています』
「巨影の出没は範囲と頻度を上げ、今や世界中がパニックです」
「中でも人間を積極的に襲うギャオス、巨人の増殖は、非常な脅威です」
「だろうな……」
俺がここに籠ってからというもの、特に被害が広がっているのがこの二種だ。その恐怖は人類全体に蔓延し、大規模な混乱は歯止めが効かない状況にある。
「統制が敷かれてはいますが、使途の襲撃も重なり、この国の戦力は疲弊しています」
「そうか。機龍の修理中はエヴァくらいしか手札がないし……かなりキツくなってきたな」
『モスラも、全力で戦っています』
四つの小さな瞳は強い光を湛えていた。
「ああ、ありがとう。おこがましいけど、人類代表として」
「でも、危なくなったら逃げてくださいね」
俺たちの言葉に、姉妹もようやく朗らかな笑顔を見せてくれた。しかしすぐに、その表情も陰る。
『これから戦いは更に激しさを増すでしょう。私たちも、しばらくはお二人にはお会いできないかもしれません』
「……今日はその挨拶でもあったわけか」
『はい』
一瞬、場を静寂が支配した。
「いろいろ、ありがとうございました」
明るく声をかけたのはユーコだった。彼女の言葉を聞いて、姉妹の目元が悲しげに落ちる。
「お二人とモスラのおかげで、私もカメさんも助かりました。本当に……」
『こちらこそ、助けていただきました』
姉妹はユーコの手に自らの手をかざす
『あなた達の日々にどうか安寧を……さようなら』
姉妹が姿を消した後、俺たちは同じ姿勢でぼんやりと座り込んだままだった。窓から差す陽光は既に赤みを帯び、畳に落ちる俺の影を引き延ばしていた。
その時、携帯がメールの着信を知らせた。その鳴動する様を、俺はぼんやりと眺めていた。
「カメさん」
「いいんだ。叔父さんも義理で送ってるだけさ。気にしてないよ」
あれから叔父には、短い文章だけを送っていた。
『俺は降りる』
たったこれだけの内容に、叔父もただ一言『分かった』とだけ返信をよこした。
それ以降もこうして巨影の情報を事務的に送ってくるあたり、俺の心変わりを期待している節もあるだろうけど、その乾いた態度が今はありがたかった。
日が沈み、空に紅と紺のコントラストが生まれ始める頃、おもむろにユーコが言う。
「覚えてますか?」
「何を?」
「私たちが一つになった理由」
そう問われて想起する、俺たちの出会い。謎の黒い巨人に力を奪われたユーコと、深い傷を負わされた俺。お互いが助かるには、一体化しか
頷くと、ユーコは視線を逸らし俯いた。
「その、カメさんの傷は……」
「……傷は?」
彼女が一つ息を吸う。
「もう治ってます。いえ、実を言うと……もっと早く治ってたんです」
意外というか、全く意識の外にあった事柄だけに、少し反応が遅れてしまった。その沈黙をどう捉えたか、彼女は正面からこちらに向き直った。
「ごめんなさい。私……」
「待ってくれ、謝ることないだろ」
「いいえ。私、その……私自身も、治ってたんです。少なくとも地球から逃げ出せるくらいには」
堰を切ったようにユーコは言い、また沈黙が部屋に満ちた。その言葉の意味を考えるが、彼女の瞳に映る俺の影がやけに気にかかった。
「逃げていれば、こんな事態にならなかったかもしれないのに、私は……」
彼女の瞳が水気を帯びて、俺の影が揺らぐ。
「キミは……」
「……一緒にいたかったんです。あなたと駆け回る日々が楽しくて、終わらせたくなくて、わたし――」
それ以上の言葉を紡ぐ前に、彼女の細い体を抱き寄せた。喉が震えて声も出ない。ただどうしようもなく、離れがたく、華奢な肩を掻き抱いた。ユーコも震えながら俺の体に手を回し、互いに強く引き寄せあった。
既に空には星が瞬き、寂寞に沈む都市を見下ろしていた。
何日も、そのように過ごしていた気がする。呆れるほど簡素な食事を取り、彼女と並んで座り、旅路の思い出を語らい、小さく笑ったり……
夜になると、互いに抱き合って眠った。いや、そうすることでしか俺は眠れなくなっていた。
朝になれば、すぐに彼女の存在を確かめた。お互いの目が合うと、微笑んで挨拶を交わし……この繰り返しだ。
穏やかな時間だった。近しい人との唐突な別れもあることを考えれば、このような日々も悪いものではないと思えた。
しかし俺は――恐らくは彼女も、この時間が長く続かないことを直感していた。理由は無い。ただ漠然とそう思えただけだった。
果たしてその日はやってきた。
ユーコが木目の天井を、その先の遥か天上を見上げ、息を呑む。それがこの日々の崩壊の合図だった。
光を帯びて空を覆い死を運ぶ