巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回のあらすじ

機龍が暴走を始めるが、その真意はゴジラと共に自らも果てようというものだった。
主人公たちは機龍から脱出、機龍は海中でアブソリュートゼロを放つ。
それはゴジラに深手を与えるに留まったが、撃退に成功。
機龍も損傷を受けながら生還した。
その時、ユーコに異変がある。
彼女の力は巨影に注がれ続けており、消滅は時間の問題だった。
主人公は巨影を追うことをやめ、首都にて残りの日々を過ごすことにした。


stage19:調停と裁定の巨影 ①

 首都の外れ、時代に取り残されてしまったような下町。高くとも二階建て程度の木造家屋が所狭しと立ち並ぶここは、しかし奇妙なほどに静かだった。

 まだ営業している希少な商店へと向かう途中でも、すれ違うのは高齢者ばかり。かつてここにあった活気、響き渡る子どもの声は、今はしんとして聞こえない。

「あれ、あんたまだおるんかい」

 商店のおばあさんが意外そうに俺を見た。

「俺は最後までここにいますよ」

「肝が据わってるねぇ。みんな逃げちまったっていうのに」

「仕方ないですよ。これだけ被害が出ればナイーブにもなります」

 巨影による壊滅的な被害が全国各地に出る中、首都に大きな被害が無いことは、逆に人々の不安を煽り立てた。

『次にゴジラ級の災難が降りかかるとすれば、首都である可能性が高い』などという根拠のない論調がなまじ広がり、集団疎開よろしく首都住民の地方への避難が流行りだす頃には、もはや消火のしようもない状況だった。

 燎原の火の如く混乱は広がり、首都は現状を晒している。すっかり過密は解消され、過ごしやすいと言えば確かに過ごしやすい。この下町も空き家だらけになり、ハウスキーパーとしての役目も買われて、下宿先は格安で見つかった。

「ふん、地方に行こうがどこ行こうが、巨影ってのは出てくるじゃないか。……ま、老い先短いババアの度胸にゃ誰も敵わないだろうけど!」

 彼女は豪快に笑う。久々に人の笑い声を聞いた気がして、俺も口元が緩む。傍から見れば引きつった笑顔だったかもしれない。

 

 食料の買い出しを済ませ、下宿先の民家の戸をくぐる。

 畳が敷かれた居間の窓辺に腰掛け、心中で静かに彼女を呼ぶ。ぼんやりと浮かび上がった女性の輪郭が、俺の隣に静かに座った。

「どうだい、調子は」

「ええ、良いですよ」

 ユーコはこちらを見て、薄く微笑んだ。彼女は淡く光を纏い……その光が俺には、中空に融け出していく命を思わせて、見ているだけでふとした焦りを覚えてしまう。今にもこの時間が終わってしまいそうで……

 俺の開きかけた口は呼吸を繰り返すだけで、何を言うこともできない。ここ最近ずっとこの調子だ。以前はユーコとどんな会話をしてきたのか、まるで遠い過去のようだ。

 そんな俺の様子を察してか、ユーコは笑みを浮かべたまま、そっと俺の手を握った。その感触が、実在を感じさせない体温がとても()()()て……俺はしばらくされるがままに、子どものように彼女と手を繋いでいた。

『カメさん、ユーコさん』

 突如響いたコスモス姉妹の声に、思わず繋いだ手を離そうとしてしまうが、それをぐっと引き留めたユーコの手を、俺は思わず見つめてしまう。

「お久しぶりです、お二人とも」

 コスモス姉妹は畳の上でカーテシーの礼を取る。

『ユーコさん、その後はいかがですか』

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 二人と会うのは、港湾都市での戦い以来になる。全てが終わった後、この状態のユーコを見た時の姉妹の表情は、今思い返しても胸が締め付けられる。

 姉妹がユーコに近づき、手をかざす。曰く、これは簡単な触診のようなものらしい。

『やはり、ですね』

「……そうか」

 彼女らは言葉を濁したが、要するに何の変化もなく……ユーコは消滅へ向かっている、ということだ。

 俺もそれ以上聞きたくなくて、話題を逸らした。

「そっちはどうだい」

 姉妹の表情が曇る。

『状況は悪化しています』

「巨影の出没は範囲と頻度を上げ、今や世界中がパニックです」

「中でも人間を積極的に襲うギャオス、巨人の増殖は、非常な脅威です」

「だろうな……」

 俺がここに籠ってからというもの、特に被害が広がっているのがこの二種だ。その恐怖は人類全体に蔓延し、大規模な混乱は歯止めが効かない状況にある。

「統制が敷かれてはいますが、使途の襲撃も重なり、この国の戦力は疲弊しています」

「そうか。機龍の修理中はエヴァくらいしか手札がないし……かなりキツくなってきたな」

『モスラも、全力で戦っています』

 四つの小さな瞳は強い光を湛えていた。

「ああ、ありがとう。おこがましいけど、人類代表として」

「でも、危なくなったら逃げてくださいね」

 俺たちの言葉に、姉妹もようやく朗らかな笑顔を見せてくれた。しかしすぐに、その表情も陰る。

『これから戦いは更に激しさを増すでしょう。私たちも、しばらくはお二人にはお会いできないかもしれません』

「……今日はその挨拶でもあったわけか」

『はい』

 一瞬、場を静寂が支配した。

「いろいろ、ありがとうございました」

 明るく声をかけたのはユーコだった。彼女の言葉を聞いて、姉妹の目元が悲しげに落ちる。

「お二人とモスラのおかげで、私もカメさんも助かりました。本当に……」

『こちらこそ、助けていただきました』

 姉妹はユーコの手に自らの手をかざす

『あなた達の日々にどうか安寧を……さようなら』

 

 姉妹が姿を消した後、俺たちは同じ姿勢でぼんやりと座り込んだままだった。窓から差す陽光は既に赤みを帯び、畳に落ちる俺の影を引き延ばしていた。

 その時、携帯がメールの着信を知らせた。その鳴動する様を、俺はぼんやりと眺めていた。

「カメさん」

「いいんだ。叔父さんも義理で送ってるだけさ。気にしてないよ」

 あれから叔父には、短い文章だけを送っていた。

『俺は降りる』

 たったこれだけの内容に、叔父もただ一言『分かった』とだけ返信をよこした。

 それ以降もこうして巨影の情報を事務的に送ってくるあたり、俺の心変わりを期待している節もあるだろうけど、その乾いた態度が今はありがたかった。

 

 日が沈み、空に紅と紺のコントラストが生まれ始める頃、おもむろにユーコが言う。

「覚えてますか?」

「何を?」

「私たちが一つになった理由」

 そう問われて想起する、俺たちの出会い。謎の黒い巨人に力を奪われたユーコと、深い傷を負わされた俺。お互いが助かるには、一体化しか(すべ)はなかった。俺の傷を癒す傍ら、彼女は俺の体を媒体とすることで生存し、徐々に力を回復させる……そのはずだった。

 頷くと、ユーコは視線を逸らし俯いた。

「その、カメさんの傷は……」

「……傷は?」

 彼女が一つ息を吸う。

「もう治ってます。いえ、実を言うと……もっと早く治ってたんです」

 意外というか、全く意識の外にあった事柄だけに、少し反応が遅れてしまった。その沈黙をどう捉えたか、彼女は正面からこちらに向き直った。

「ごめんなさい。私……」

「待ってくれ、謝ることないだろ」

「いいえ。私、その……私自身も、治ってたんです。少なくとも地球から逃げ出せるくらいには」

 堰を切ったようにユーコは言い、また沈黙が部屋に満ちた。その言葉の意味を考えるが、彼女の瞳に映る俺の影がやけに気にかかった。

「逃げていれば、こんな事態にならなかったかもしれないのに、私は……」

 彼女の瞳が水気を帯びて、俺の影が揺らぐ。

「キミは……」

「……一緒にいたかったんです。あなたと駆け回る日々が楽しくて、終わらせたくなくて、わたし――」

 それ以上の言葉を紡ぐ前に、彼女の細い体を抱き寄せた。喉が震えて声も出ない。ただどうしようもなく、離れがたく、華奢な肩を掻き抱いた。ユーコも震えながら俺の体に手を回し、互いに強く引き寄せあった。

 既に空には星が瞬き、寂寞に沈む都市を見下ろしていた。

 

 何日も、そのように過ごしていた気がする。呆れるほど簡素な食事を取り、彼女と並んで座り、旅路の思い出を語らい、小さく笑ったり……

 夜になると、互いに抱き合って眠った。いや、そうすることでしか俺は眠れなくなっていた。

 朝になれば、すぐに彼女の存在を確かめた。お互いの目が合うと、微笑んで挨拶を交わし……この繰り返しだ。

 穏やかな時間だった。近しい人との唐突な別れもあることを考えれば、このような日々も悪いものではないと思えた。

 しかし俺は――恐らくは彼女も、この時間が長く続かないことを直感していた。理由は無い。ただ漠然とそう思えただけだった。

 

 果たしてその日はやってきた。

 ユーコが木目の天井を、その先の遥か天上を見上げ、息を呑む。それがこの日々の崩壊の合図だった。

 

 光を帯びて空を覆い死を運ぶ(おお)いなる(つわもの)の神――巨大な炎がやってくる。

 

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