巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回のあらすじ

首都の下町に戻った主人公たち。
激戦に身を投じるコスモス姉妹との別れの挨拶も済ませ、二人は穏やかに最期の時間を過ごしていた。
しかし、首都には滅びの炎が迫っていた。


stage19:調停と裁定の巨影 ②

「今すぐこの街から離れて!!」

 昼下がり、ユーコが叫んだのは突然だった。俺は事態を呑み込めず、目を丸くしていた。

「ど、どうしたんだ?」

「ここにもうすぐ……来る。災厄そのものが」

 ユーコの取り乱しようは尋常ではなかった。この能力に幾度となく救われてきた俺は、二の句を継がず家を飛び出した。カメラだけは置いていけなかったが……みみっちい未練というやつだ。

「私が今――」

「やめろ! ……俺が何とかする」

 ユーコに力を使わせまいと、思わず大きな声で制止をかけてしまう。黙って頷いたユーコを尻目に、前々から目星をつけていた駐車場へ向かう。

 砂利の駐車場の車列は既にオーナーが避難しているのか、一台でも抜けがある状況を見たことが無かった。その内の一台に近づき、躊躇いなくドアガラスを砕くと、ダッシュボードを破壊し、キーシリンダーごと配線を抜き出す。

「あの不逞の輩の話も聞いておくもんだ」

 不逞の輩とは当然我が叔父である。古い車種なら余裕だぜ、と語るその悪辣な面構えと言ったらなかった。

 間もなく、エンジンの鼓動が車体を震わせた。

「よし!」

「……すいません、こんなことを」

 ユーコが俯いているが、俺は叔父を模倣していかにも卑しく笑う。

「カメラマンに善悪なんか無い。必要かどうかさ」

 

 現在走行している首都高速道路は、人口減少の煽りで車両が少なく、平時にはありえない密度と速度で巡航していた。快調に盗難車を走らせながら、防音壁の向こうにそびえるビル群に目をやる。車を走らせて十と数分、まだ首都に異変は見られない。

「なあ、やっぱり勘違い……じゃないよな」

「もちろん……今にも、というくらいに」

 ユーコの透き通るような肌はそもそも血の気というものを感じさせないが、それにしても顔色が優れない。

 その時、車に影が掛かり、ふと窓の外に目を向ければ、()()は既に青空を覆いつくしていた。まるで垂れ込める暗雲のように巨大で且つ暗澹たる姿が、何の脈絡も無く街に覆い被さっていたのだ。

「え?」

 思わず呟く。

「ああ、来てしまった……! 調停と裁定の影……巨神兵」

 人の姿をとってはいるが、骨に薄い筋肉だけが張ったような異形。背部には光り輝く棒状の組織が三対六本、翼のように生えており、背後には宗教画の如く光輪が現れている。

 そんな異様な巨影が細長い四肢を鷹揚に広げ、ビル街の直上を漂っていた。

「こいつ、いったい全長で何キロあるんだ……!?」

 あまりに巨大、あまりに規格外。これまで出会ったあらゆる巨影を遥かに凌駕するその巨体は、目測だけでキロメートルを優に超えているように思われた。

「カメさん、早く! 早く離れて……!」

「わ、分かってる!」

 ユーコの呼吸が荒い。この巨影の出現でまた力を奪われてしまったのだろう。その上この巨体だ、かなり危ない状態なのかもしれない。

 それもあって、俺は正面に向き直り首都高を飛ばす。他の運転手も巨神兵に目を奪われているのか、皆一様にスローダウンし、一部は既に路肩に車を寄せていた。

 それらを左右に避けながら走行し、ちらと巨神兵を見やるが、サイズ感のせいで距離をとれているのかまるで分からない。

 更にここでカーブに差し掛かり、巨神兵との距離が一時的に縮まりそうだった。ユーコの顔が不安に歪む。

「このまま行こう。この先またカーブで離れるし、首都から出る。大丈夫だ」

 このまま漂っているだけならな、とは口にできなかった。

 果たして悪い予感の通りか、巨神兵に変化が現れる。突然眩い光に包まれたと思うと、それが収まれば、かの巨体は十分の一程度にか小型化したのだ。

「なんだ? 随分控えめになったな」

 それに油断してつい軽口を叩いてしまうが、ユーコの表情はまるで晴れない。

 小型化した巨神兵は体勢を変え、ゆっくりと地上に降り立った。地に足が付くと背部の翼が縮小し、光を放つ突起物となる。

 小型化したとは言え、まだ巨影の中では最大級を誇るであろうその姿は、住宅街に降り立ったこともあり際立っていた。

「どことなくエヴァに似てるな……」

 細身のシルエット、やや猫背の体勢、ヘルメットのような頭部の形状。似通った部分は散見されるものの、見ているだけで感じる悍ましさのようなものは、むしろ初号機の覚醒状態のそれに近いか。

 などと思っていると、巨神兵はゆっくりと移動を始めた。そこに能動的な破壊行動は無く、ただ目の前の障害物を避けずにいるだけ、というように見られた。

「なあ、あいつはいったい何を?」

 ユーコの返事が無く見やれば、その華奢な肩が震えていた。

「ユーコ?」

「あれは……小さくなったのは、ただそれで()()だと判断したから……」

「充分?」

 巨神兵がぴたりと歩調を止め、腰を落とす姿勢を取る。

「どうした、急に止まって……」

「この世界を……終わらせるには、あれで」

 巨神兵の口元に、喉奥から何かがせり上がってくる。あれは……砲身?

「ユーコ、それはどういう――」

 その瞬間、薄紫色の閃光が車内を照らした。そのコンマ数秒の後に、激烈な爆炎が遠方で巻き起こり、そして数秒の後に凄まじい爆音がフロントガラスを叩いた。

「なっ……!?」

「走って!」

 言われるがままアクセルを踏み込む。

 巨神兵の放つ薄紫の細い光線が、住宅街を撫でるように一閃すると、数キロに渡って大爆発を引き起こし、町一つが一瞬にして爆炎の中に消える。その光線は地の果てまで続くかと思えるほどの射程を誇り、遥か遠方のタワーマンションの上部を焼き切った。

「嘘だろ、最悪だ! どの巨影よりこいつはヤバい!」

 その時、巨神兵の光線が街を横なぎに払い、首都高の直上を通過した。一瞬にして頭上を駆ける紫の光に首をすくめる。

「うおっ!」

 それが意味をなすほど低くを通ったわけではないが、しかし首都高の横合いに立つビルは悉く一閃に伏され、その断面は熱を放って赤く溶けだしていた。次の瞬間には、ペンキをぶちまけたようなデッドゾーンが進路上に出現する。

「止まれない、突っ切る!」

 アクセルを更に踏み込んで加速する。デッドゾーンの中央に差し掛かったところで、横合いのビルが()()()()()。断面から溢れ出た赤色の溶解液が、首都高に降り注いできたのだ。

 死に物狂いでデッドゾーンを駆け抜けると、背後から鉄板に水を落としたような音がする。何台かの車両がもろに被ってしまったようだった。当然、生存は見込めない。

 しかし安堵も哀れみも束の間、首都高の前方遠くを光線が通過し、付近の高架は切断されたミニチュアのようにあっけなく落ちた。

「くそ、降りるぞ!」

「は、い」

 近場の出口から一般道へ下り、混乱する街中を往く。今やそう多くもない自動車は信号も無視し遮二無二走り回り、歩行者は近場の建物へと避難していた。中でも頑丈そうなビルに大勢の人が逃げ込んでいったが、サイドミラーで確認した途端、そのビルに光線が命中し、一瞬にしてミラーが炎に埋め尽くされた。

 しかし、やるせなさを感じる間もない。俺は必死に他の車を躱しながら、巨神兵と距離を置くことだけに集中した。

 前方に、首都のランドマークとなる巨大な真紅の電波塔が見えてきた。しかしそれも、遥か遠方から放たれる一本の線が引かれた途端、赤黒い爆炎に包まれた。

 塔の中ほどから倒壊する最中、ゆっくりと落下する先端部分を更に光線が追い撃ちし、首都の顔たる鉄塔はほんの数秒で鉄くずと化した。

「なんだ、これは……!」

 ハンドルを切りながら、浮かび上がる恐怖と怒り、そして悲しみ。ほんの数分で首都は回復不能なダメージを負い、そこに住まう人々も……

 荒れた呼吸を押さえ込んでいると、ふと、絶え間なく響いていた爆音が途絶えていることに気付く。

「どうした、巨神兵は?」

 ユーコがはっと息を呑み、見上げる。

「上に!」

 突然、眼前に巨大な柱が降り注いだ。急ブレーキをかけて見やれば、それは巨大な指と掌だった。恐る恐るフロントガラスから直上を見上げれば、そこに巨神兵は浮かんでいた。

 この距離だからよく見える、筋線維が剥き出しの体表。口を覆い隠すような牙は鋭く、緑の瞳はエメラルドの如く輝きを湛えている。

 息を呑む間に、巨神兵は巨大な手を伸ばし、俺たちの乗る車体をがっしりと掴んだ。至近距離で見る指の、その大きさに心臓を掴まれたような気分になる。

「うおっ!」

 車体はゆっくり持ち上げられ、見る見るうちに周辺の建物が眼科へ消えていった。

「脱出して!」

「指のせいで、こいつ!」

 ドアを押さえる指を窓から蹴ってみるが、当然の如く動く気配は無い。

 巨神兵は体勢を変え、垂直の姿勢で中空に浮かんでいた。そして車両を掌に置き、まるで玩具を貰った子どものようにじっと見据え……いや、これはどちらかというと……

「俺、いや、キミを見てるのか?」

 ユーコが息を呑む気配がする。

 その時、後輪が掌から滑り落ち、臓腑が一瞬浮かび上がる。

「やばい、一回降りるぞ!」

「巨神兵の手に!?」

「そこしかないからな!」

 ドアを開け、巨大な掌に身を躍らせると、間もなく車は重力に引かれ落下した。これで、我が身一つとユーコしかここにはいない。

 巨神兵はやはり車を気にも留めず、ユーコのことをじっと見据えている。呼吸すら憚られる緊迫感の中、おどろおどろしい声が降りかかる。

『……マ……マ』

 まさに呼吸を忘れる、という瞬間だった。

「今、キミのこと、ママって……?」

「そんな……いや、私の力で生み出されたなら、そうなるんですかね……?」

 その時、巨神兵が僅かに首を動かし、俺を見据えた。その緑の双眸に睥睨された途端、冷たい汗が全身に吹き上がった。

「な、なんだ……」

『ママ……コイツ テキ?』

 巨神兵の目の奥が光を放つ。

「いいえ、いいえ! 違います! 敵じゃない!」

 ユーコが前に立って俺を庇う。しかし巨神兵はどこか不満そうだった。

『ママノ テキハドコ? ママノ タメニ タタカイタイ』

 言うや否や、巨神兵は光線を放った。遠方でまた大規模な爆発があり、ユーコは声を張り上げた。

「やめて! ここに敵はいない! いい子だから!」

『テキ イナイ コロセナイ テキドコ? ココイヤダ』

 巨神兵は収まりを見せず、再び光線発射の構えを見せた。

 その時、俺たちの背後の上空で光が迸った。振り向く間もなく、気づけば俺たちは先ほどとは違う、温かく穏やかな掌の上にいた。

 巨神兵は吹き飛ばされ、高層ビルを押しつぶして煙の中に消えた。

 見上げた先にいたのは、長らく姿を見せていなかった巨影の一人、俺たちが最も恩を持つ、光の巨人だった。

「キミは!」

 光そのものといった姿の巨人が、ゆっくりと頷く。そしてユーコに目配せをして、彼女に掌をかざした。すると、ユーコの体がたちまちに光を纏う。

「ユーコ!?」

「これは……力が分け与えられた? 少なくともここから逃げられるくらいには……!」

 ユーコが光を放ち、気づけば俺は彼女の変身する戦闘機のコックピットに座っていた。

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとう!」

 光の巨人に礼を告げていると、地上から件の光線が放たれた。光の巨人は半透明のバリアを張りそれを凌ぎ切るが、声音からかなりの力を要するようだった。

 光の巨人が目配せし、俺は一つ頷く。ユーコがエンジンを点火し、俺たちは首都上空へと逃れた。

 雲を超えるほどの高度まで到達した時のことだった。激しい衝撃が大気に響き渡り、首都上空の雲が消し飛び、代わりに暖色に染まるキノコ雲が首都に立ち昇った。

「首都が……」

「……でも、生きてるよ、俺たち」

 それだけを支えに、遥かに昇る雲を見上げていた。

 




巨神兵の大きさが違いすぎるのはこういう解釈で
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