巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回のあらすじ

ユーコの警告を聞き首都から逃げ出す主人公の前に、巨神兵が舞い降りる。
圧倒的な力で首都を破壊しつくす巨神兵。
逃げる主人公たちを巨神兵が捕らえ、ユーコのことを母と呼ぶ。
その時、光の巨人が現れ、主人公たちの脱出の援護をしてくれる。
脱出の直後、首都に巨大なキノコ雲が立ち昇った。


stage20:雲上、激突する巨影

 雲海の水平線に夕日が沈みゆく。コックピット内に充満するジェットエンジンの音にもすっかり慣れ、俺はいつしかそこに静穏すら見出していた。風防を通して臨む雲海の景色が――出力を落としているからとは言え――夜空の浸食以外に何の代わり映えもしないことも、それを助長していた。

 ずっと前から、コックピットには重苦しい沈黙が垂れ込めていた。それを破ったのはユーコだった。

「光の巨人は……無事でしょうか」

「……そう祈るしかない。どちらにしても、もう首都(あそこ)には戻れない」

 話が途切れる。楕円の夕日が目に見える速度で沈んでいく様。それが首都に昇った赤色のキノコ雲を彷彿とさせて、口元に卑屈な笑みが浮かんだ。

「あんなの反則だよな。無茶苦茶だ……。首都はもう、ダメだな」

 操縦桿を握り、俯く。

「次の首都はどこだろうな、やっぱり西かな? ああでも……もう無駄なのか」

 全てを手放し、背もたれに体を預ける。

「どこもかしこも、もう巨影の餌場か。国の終わりだな。その次は世界の終わりか」

 頭の後ろで手を組んで、星が瞬き始めた濃紺の空を見上げる。今日という日に限って、馬鹿ゝしいほどに美しかった。

「……なあユーコ。あの巨人に貰った力、まだ残ってるかい」

「……はい。しばらくは」

「そう。ならさ……逃げちゃおうか」

 ユーコの声がしない。俺は軽口を装って笑う。

「海外でもどこでもいいからさ、人の少ない所に行こうか。終末の日ってやつまで粘ってみよう」

 たっぷり間を置いて、ユーコの声が聞こえた。

「カメさんがそれを望むなら。私はあなたを最後のときまで守り通します」

 目を瞑って深く息を吸う。喉が震えていた。身の底から湧き上がってきた、ない交ぜの感情のままに拳を振り上げ……当たるものがユーコしかないと思い至り、震える拳を開いて風防に触れる。

「ありがとよユーコ……」

 そう言って首を横に振る。

 俺たちは当て所も無いまま、落陽の国の空を飛び続けた。東の雲海には真円の月が顔を出していた。

 

 俺はしばらく月を眺めていた。太陽が沈めば月を見る。これは一種の現実逃避だと思考の片隅にはあった。

 夜の帳が天球を覆い、眩い月光が雲海に深い影を落とし始めた頃。その満月の出ずる場所、遥か遠方の雲の動きに違和感を覚えた。じっと目を凝らした瞬間、ユーコが呟く。

「……来た」

 雲海を割り、巨大な影が飛び出した。極彩色に輝く皮膜を広げ、まるで浮かぶように月光にその姿を晒す。

「掴まって!」

 叫ぶや否や、機体は最大出力でその場から離れる。巨影は皮膜を大きく羽ばたかせ、雲海の上を滑るように接近してきた。その圧倒的な質量に雲の表面が波立つ。

「あれは!?」

「イリス! ギャオスの変異体です……!」

 イリスは凄まじい速力でこちらとの距離を縮めつつあり、次第にその異形も見え始めた。

 ギャオスの変異体と言ったが面影は薄く、シルエットは人間のそれに近い。前腕部は槍状の外骨格に覆われ、頭部もまた鋭利な外骨格がヘルメットのように覆っている。その奥に潜む単眼が不気味に光っていた。

 複数の長大な触手を持ち、その間に張った皮膜で飛行しているらしい。触手の先端は鋭利な矢じり状で、まさに全身を争いに特化させた姿と見て取れた。その特性は、かつて見たレギオンを彷彿とさせる。

「追いつかれる……!」

「やっぱり、こいつもその手の奴か……!」

「はい、間違いなく!」

 イリスは見る間にも近づき、やがて戦闘機の真後ろに位置取られた。

「触手が、避けて!」

 イリスが一本の触手を伸ばし、その軌跡には真紅のデッドゾーンが引かれた。機体をロールさせて回避するよう念じれば、ユーコはそれを汲み即座に回避行動をとった。

 その瞬間、触手の先端から放たれた金色の細い光線が機体を掠める。

「この光線!?」

「超音波メス! また来ますよ!」

 ギャオスの変異体というのは間違いではなく、かつてガメラとゴジラに対峙した個体が放ったものと瓜二つの光線だった。

 それを絶え間なく放つイリス。俺は時折振り返りつつ、デッドゾーンを頼りに上下左右に躱し続ける。全く運が良いことに、常に紙一重ではあるが直撃は免れていた。

 しかしイリスは触手を更に一本伸ばし、二本同時にエネルギーを蓄え始めた。

「嘘だろおい、クソッ……!」

 悪夢のような光景に悪態が漏れる。二本の触手は照準を定め、一層眩く光を放った。

 その瞬間、ユーコが息を呑んだ。

「下に!」

 言葉を言い切るよりも早く、雲を巻き上げて巨大な影が浮上した。イリスはその巨体に押され、体勢を崩し後退する。

 コックピットの横に巨大な顔が並ぶ。鋭利な牙が覗く口を開き、鼓膜を響かせる声で巨影は鳴いた。

「ガメラ!」

 両腕を翼のように広げたガメラが出力を落とし、後方のイリスに接近していく。

「ガメラはギャオスと戦っています、その強力な変異体であるイリスとも……!」

「何にしてもありがたい! 今のうちに!」

 ガメラは巨躯に見合わぬ機敏さでぐるりと反転し、ジェット噴射による急制動でイリスと激突した。イリスは脳髄に響くような声音で鳴き、またも体勢を崩される。

 しかし今度はいち早く立て直し、ガメラを振り切ってこちらに最接近してきた。

「また来ましたよ!」

 ふと疑問に思う。なぜこの場において最大の脅威であるガメラを無視してまで、こちらに接近するのか? 

 その答えは得られぬまま、追いすがるガメラの横からの体当たりを受けて、イリスの追走は再び妨害された。しかし今度は耐えかねたのか、イリスも負けじと体当たりを仕掛けた。

 二体の巨影は苛烈なレースを繰り広げるように衝突を繰り返しながら、俺たちを追走する。その衝撃を背に感じながら、思わず笑みが零れた。

「生きた心地がしないよ、ったく」

 その時、状況が動く。ガメラはひと際強くイリスに衝突し、反動で二体に距離が生まれた。その距離を使いガメラは旋回し、吹き飛ばされたイリスに正面からの体当たりを仕掛けた。

 体勢を崩されたイリスは真正面からこれを受け、ガメラの勢いに押し込まれ続ける。ガメラは体当たりしたまま腕部と頭部を甲羅に収納し、四肢の穴からのジェット噴射によって高速回転を始めた。この攻撃にはイリスも苦悶の声を上げる。

「おお!」

 感嘆の声を上げるのも束の間、イリスの触手がガメラの背後に回り超音波メスを放った。ガメラは回転によって逆に傷を広げてしまい、苦痛の鳴き声を上げる。

「ガメラ!」

その時、戦闘機の主翼に緑色の液体が付着し、衝撃で機体が僅かに揺れる。

「ガメラの血、です」

「ガメラ……!」

 不利を悟ったガメラが距離を置いた途端、逡巡も無くこちらへ迫るイリス。

「来やがった!」

 再び背を向けるように逃避を図る俺とユーコ。

 徐々に距離を縮められるが、イリスの背後にも回転を続けるガメラが迫りつつあった。誰が真っ先に対象に追いつくか、という状況の中で、ガメラの後方に煙を引く二つの光を見る。

「あれは?」

 ユーコの疑問に答えられないまま、それがガメラに命中し爆炎を放ったことで、ようやく正体を悟る。

「ミサイル!?」

「そんな、なんで!」

 悲痛な鳴き声と共に、ガメラが爆炎に包まれる。

「繁華街か……! 犠牲が出すぎたんだ」

 思い当たるのは、首都の繁華街で突如勃発したガメラとギャオスの戦い。ガメラは周囲に気を配る余裕も無く、結果として数千という犠牲者を出すに至った大惨事。これで人間側も黙っているわけにはいかなくなった、ということか。

 その一瞬、ガメラを案じ視線が逸れた数秒が致命的だった。視界の端が金色に染まる。

「ああっ!」

 ユーコの悲鳴が聞こえると同時に、機体が大きく揺れる。そして天地が入れ替わり、俺たちは急激に落下していった。逆向きのGを浴びながら外を覗けば、片側の主翼が中ほどで切断されていた。

「ユーコ!」

 叫ぶや否や、全身に冷風が打ち付けられる。俺は着の身着のまま、遥か上空に放り出されていた。夜空の中のイリス、その後方から迫るガメラの無事な姿を見届けながら、重力に引かれ落下していく。

「カメさん!」

 声の方を見やれば、変身の解けたユーコがこちらに手を伸ばしていた。俺は体勢を変え彼女の手を掴み、俺たちは互いに抱き寄せ合った。

 満月が照らす雲の海を頭上にして、ただ粛々と、定められたように地上に向け落ちる。その中で俺は、彼女の存在をこれ以上無いほどに実感していた。彼女の頭を胸に掻き抱きながら、この存在を守りたいと強く願った。

 やがて雲海に没し、ユーコ以外の何物も見えなくなった時、彼女と俺は目を合わせた。

「カメさん……私、楽しかったです」

 一体となっている俺たちの間に、風切り音など介入できない。彼女の声は耳で捉えるわけではない。

「俺の方が楽しんだ」

「そうかも」

 俺が笑って言えば、彼女もくすりと笑う。しかし、その表情に混ざる感情はもっと、別の……

「私、あなたが好きです」

 ユーコの目が真っ直ぐに俺を射抜く。彼女の言葉に、俺は……

「ああ、俺もキミが好きだよ」

 そう返した。それは家族や友人、恋人に向けるそれとは、また違うものだろう。

 ユーコは柔らかく微笑んだ。彼女から俺に、何か温かいものが流れ込んでいるように感じた。

「ユーコ?」

「私の力の一部です。それで少しでも長く――」

 ひゅっ、と息を呑む間に、ユーコが俺の腕を振りほどいた。

「――生きて、カメさん」

「待っ……!」

 必死に腕を伸ばすが、ユーコの姿はすぐに霧中に消える。

「ユーコ、どこだ! ユーコ!」

 聞こえない。風切り音しか、俺に聞こえるものはない。

「ユーコぉぉぉぉっ!!」

 寒い、あまりに寒い夜空を落ち……やがて雲を抜ける。

 そこは古都。この国の歴史が綴られ、受け継がれてきた場所。その都には今、赤い焔が点々と灯り、黒々とした煙が立ち昇っている。

 古都が、燃えていた。

 




今回の選択肢

ユーコの目が真っ直ぐに俺を射抜く。彼女の言葉に、俺は……
①「俺もすきだよ」→本編通り
②「俺も好きだよ」とキスをする→恋愛ルート
③しどろもどろになる→穏やかに笑う
④「俺は別に」と突っぱねる→悲し気に笑う
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