巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回のあらすじ

イリスに先んじるため中央駅へと急ぐ一行。
犠牲を払いながらも、何とか先着。
既に空挺レイバー部隊が戦闘を開始していた。
続々と集う巨人たちとの戦闘を尻目に、主人公と第二小隊は駅舎内に突入。
内部に侵入していた小型の巨人をイングラムが相手取る間に、主人公はユーコの下へ。
衰弱したユーコを発見するが、時をほぼ同じくしてガメラとイリスも駅舎内へと突入してきた。


stage21:巨影に沈む都市 ④

 凄まじい轟音と衝撃、舞い飛ぶ瓦礫によって、もはや歩行すら困難な状況だった。咄嗟にユーコを背に庇い、ATフィールドを展開して瓦礫を凌ぐ。が、その最中にユーコが物理的な干渉を受けないことを思い出し、こんな状況だというのにふと笑みが零れてしまった。あるいは、こんな状況だからこそか。

 そんな中、巨大な吹き抜け構造の駅舎内で、ガメラとイリスは再び組み合っていた。二体は位置を変えながら立ち回り……ひと押し、上回ったのはイリスだった。ガメラの巨体がガラス張りの壁面を突き破り、駅舎の外へと押し出されてしまう。

「ガメラ……!」

 轟音と共に、駅前のロータリーに仰向けで倒れ伏したガメラは、そのまま立ち上がらなかった。イリス、そして人間にまでも傷を負わされ、もはや限界が来てしまったのか。

 残心の如くガメラを見下ろすイリス。その隙に少しでも遠ざかるため、ユーコを担ぎ上げようとした、その瞬間だった。

 足元に広域なデッドゾーンが出現し、弾かれるように駅舎の天井を見上げる。二体の突入によってガラス張りの天井は損傷しており、その一部がまさに崩落する瞬間だった。格子状の巨大な骨組みが落下し、視界を覆っていく。

「くっ!」

 ユーコを抱きかかえてデッドゾーンの外へ跳ぶ。安全圏への離脱と同時に、背後から落下の衝撃と砂塵が押し寄せ、身を丸めてそれをやり過ごした。

「カメ、さん」

 ユーコが俺の名を呼ぶ。目を瞑っているため彼女の表情は分からないが、不安を少しでも晴らすため、俺は小さく笑っておいた。

 全てが収まった後に辺りを見渡せば、今いる階層から逃げ出す道が全て塞がれていた。階下へ向かうエスカレーターはガメラとイリスの戦闘により全て破壊され、屋上まで続く大階段との間には、ひしゃげた天井の骨組みが鎮座していた。

 そして何より……逃げ出すほどの時間は無いらしい。

 イリスの巨大な上半身が、俺たちの眼前に立ちはだかっていた。イリスは外骨格の奥の単眼を光らせ、じっとこちらを――ユーコを見下ろしていた。腹部と胸部の複数の発光器官が、これまでの青色から黄金色に変じている。それはイリスの歓喜を表しているようで、俺たちを照らす柔和な光は、ひどく悍ましいものに感じられた。

 座り込んだままのユーコを背に庇い、イリスを睨みつける。

「駄目です、逃げて……」

「……嫌だ。絶対嫌だ」

 右の拳を握りしめ、ぐっと腰を落とし構える。巨影に立ち向かうなど馬鹿げているが、それで良かった。逃げ出すより遥かに良い。

 その時、イリスの視線が俺に向けられた、そんな気がした。すると金色の発光が止み、通常の青色に戻る。恐らくだが、イリスの機嫌が損なわれたのだろう。

 そして、六本のデッドゾーンが俺に集約されるように現れた。ぞくりと全身が粟立ち、逃れようのない死の恐怖が津波の如く押し寄せる。今にも踵を返しそうになる足を、背に庇っている存在が止めた。

「AT、フィールドッ!」

 俺が叫ぶと同時にイリスの側腹部、三対の発光器官から計六本の触手が飛び出し、同時に襲い掛かってくる。

 これまでに類を見ない硬度のATフィールドを前に、ドラム缶ほどはありそうな太さの触手たちが弾き返されていた。

「ぐ、う……!」

 しかし、凄まじい勢いで体中のエネルギーが燃焼され、赤紫の防壁に徐々にノイズが生じていく。

「もうやめて!!」

 ユーコの声音が、悲痛な感情を乗せていた。

「迷惑です! 最初から迷惑だったんです! 私なんかに……!」

 視界がぼやけていく中、彼女の声だけはどこまでも鮮明に耳に届いた。

「黙れよ……!」

 だからこそ、俺は憤りを隠せなかった。

「ふざけるなよ、俺はキミと――!」

 パリン、と、それはあまりに呆気なかった。視界が急にブレて……気付けば全てが逆さになり、遠ざかっていった。ユーコが振り返り、俺に手を伸ばしている。全てがスローモーションだ。ゆっくりと、彼女の表情が歪んでいく。

 ああ……そんな顔だけはさせたくなかったんだけどな。

 突然現れた大階段が俺の体を打ち付けた……違う、俺が階段に落ちたのか。

 次に激痛が全身を巡った。口からは生温かいものが零れ出している。思考が痛みに集中しそうになるが、聞きなれた声にようやく意識が浮上した。

「――さん!」

 その声だってうまく聞き取れない。しかし……

 聞きたくなかった声を、出させてしまったな……

 イリスの腹部のひと際大きな発光器官が、まるで開花するように開いた。その中央に渦巻く黄金色の流動体が、周囲の空気ごと吸収を始めた。

 ユーコの体がゆっくりと、そこに向かって吸い込まれていく。彼女は必死に抵抗している。もう殆ど動かないであろう足を懸命に張り、命に食らい付いている。

「ゆー、こ……」

 彼女に向かって、血まみれの手を伸ばす。彼女も同じように俺に手を伸ばし……その足が地を離れた。声を出す間もなく、彼女は黄金色の渦の中に消えた。

 そしてイリスが腹部を閉じると、辺りは何事も無かったかのように静まり返った。イリスは最高のディナーの余韻に浸るように、じっとそこに佇んでいた。時折喜ばし気な鳴き声を発しながら……

「ゆ……こ……」

 未だに手を伸ばし続ける俺の周囲に、どこからともなく小型の巨人が二体、集まってきた。イングラムが処理しきれなかったのだろうか。彼らは、ちゃんと避難できただろうか。

 すいません、俺は……結局、こんな結果しか生めなくて……色んな人を巻き込んで、結局……

 意識が闇に沈殿していく。巨人たちが面白がるように、俺を至近距離から観察している。それもすぐに飽きたのか、やがて俺に手を伸ばした。

 食われて死ぬか、このまま逝くのか……どちらが早いかという状態。でも、なぜだか……

 ドクン、と心臓の音がうるさい。

 

 バチュン、という水音と共に、巨人たちが細切れになる。その異変にイリスも顔を上げた。

 巨人たちの死骸が蒸気を上げるその只中に……赤紫の光を放つ、一対の瞳があった。

「ユーコを……」

 その光は零れ落ちる涙のように、俺の頬に線を引いた。それはまさしく、機龍の如くに。

「返せッ!!」

 機龍、そしてエヴァを混ぜ合わせたかのような、到底人間のものではない凄まじい雄たけびを発し、半壊した駅舎内を怒りで満たす。

 イリスが本能で危機を察知したか、巨大な触手をちっぽけな人間に殺到させる。しかし銃弾の如く飛び出した俺を捉えるに能わず、触手の切っ先は全て空を切った。

『GURUAAAAAAA!!』

 もはやそれは言葉でも、声でもなかった。ただ猛りのまま、獣のように叫んだ。

 天井の残骸をひとっ飛びに越え、一気にイリスの腹部へと肉薄する。イリスは再び三対の触手を展開し迎撃を計ったが、両の手を振るえばそれも無数の肉片と化した。いつの間にか右腕はエヴァの、左腕は機龍の、それぞれの形を模した赤紫のオーラに覆われている。

 そのままユーコが吸収された腹部の発光器官に組み付き、右腕を大きく振り上げる。

『オオオオオォォッ!!』

 全力で振り下ろせば、表面を覆っていた皮膜の層が一挙に破裂し、かの黄金色の渦が露出した。イリスが苦し気に呻くが、それは俺にとって何の意味も無い情報だった。俺が求めたものはたった一つ。それを返してもらう。

 俺は躊躇いなく、黄金色の渦に飛びこんだ。

 

 そこは水底のように静かな場所だった。ユーコの気配を辿り進むうちに、彼女と歩んだ旅路が脳裏に想起される。

 衝撃的な出会いを経てから、ずっと巨影を追い続けた。いつも傍には彼女がいて、俺を支え、叱咤し、励ましてくれた。そんな日々も人生の中で言えば僅かな時間なのだろう。それでも、もはや俺には耐えがたいほどの孤独感があった。僅かな時間でも、俺たちはそういう絆を培ってきたんだと信じている。願わくは彼女も……

 そして、とうとう彼女を見つけた。眼球と瞼だけの巨大な瞳が見つめる、薄暗く不気味な空間に降りると、彼女はその中央に漂っていた。

「ユーコ!!」

 俯いていた彼女は、俺の声に顔を上げ、そして目を見開いた。

「カメ……さん」

「目ぇ覚ませユーコ! 帰るぞ!」

 その時、凪のように静穏だった空間が、途端に凄まじい暴風へと変じた。その風は俺を押し戻そうと強く吹き荒れ、しかしユーコは捕らえて離さなかった。

「駄目です、カメさん……」

「ユーコ……!?」

「これ以上、一緒にはいられません」

 彼女が目を瞑る。全てを諦めるかのように。

「なんでっ……!」

「どうせ、出たところでまた狙われるだけです。そしてまたあなたを……だから、もういいんです」

「いくらでも、巻き込めばいい!」

「嫌です、もう嫌なんです……」

 ユーコの目の淵から光るものが零れ、風に乗って飛来し、俺の頬で弾けた。

「だから、もう逃げてください」

「……ふざけるなよ」

 思わず顔を伏せる。

「どこか遠くへ。そこで最後まで、なるべく幸せに、生きてください」

「キミが言ったんだぞ……!」

「楽しかったです、カメさん。本当に……今まで、ありが――」

「俺に言ったんだ、ユーコ!」

 ユーコが息を呑む。

 巨影を追い始めたばかりの頃――湖の畔で、ゴジラの背を見送りながら、キミは言ったんだ。

 

『誓ってください。最後まで絶対に――』

 

「諦めるなあぁぁぁッ!!」

 ユーコが再び、目を見開いた。

「カメ、さ……」

「うおおぉぉぉぉぉっ!!」

 雄叫びを上げながら、吹き荒ぶ風を割いて進む。ユーコは泣き出しそうな顔で俺を見つめていた。

 僅かずつ、少しずつ距離を縮め……俺は右腕を伸ばした。

「ユーコ……っ来い!」

「……っ!」

 ユーコが恐る恐るといった様相で手を伸ばす。また繋いでいいのか、一緒にいていいのか、自惚れでなければそんなことを逡巡しているのだろう。

 応えはこうだ。

 俺は一層手を伸ばした。

「おおぉぉぉぉっ!!」

 エヴァを模したオーラと共に、ユーコの手を掴み、引き上げる。二度と離さないようにと腕の中に掻き抱くと、彼女も俺の背に手を回した。

 風が止まない。吹き荒れる猛威の中、俺たちは互いを確かめ合うように抱き合っていた。

「ごめんなさい……」

「……何が」

「あなたに……最後に、迷惑だなんて」

 思わず笑みが零れる。

「最後じゃなかったろ。だから、いいんだもう。これでいいんだ……」

 その時、外界に強い気配を感じ、顔を上げる。

 俺はこうなることをどこかで見越していたのかもしれない。あの巨影が、不屈の影が、そう簡単に負けるはずがないんだ。

「ここだ、俺たちはここだ……! ガメラーッ!」

 暗闇の中、白く輝く巨大な手が振り下ろされ……俺たちを包み込んだ。

 

 外界において――死の淵から立ち上がったガメラの左手が、イリスの腹部に深々と突き刺さっていた。イリスが痛みに叫び、ガメラが怒りに吼える。

 二体の巨影の咆哮に、古都が震えた。

 




今回の選択肢

 座り込んだままのユーコを背に庇い、イリスを睨みつける。
「駄目です、逃げて……」

①絶対に嫌だ→本編通り
②「一人でっていうなら、お断りだ」とニヒルに→本編通り
③「よし分かった!」と逃げ出す→背中から貫かれ死亡
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