巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
戦局は有利に進み、ザギをも追い詰め始めた。
しかしザギは最後の手段として、自身が解き放った巨影、ギャオスを吸収し始める。
攻撃を一切寄せ付けず、強化を進めるザギ。
しかしネクサスもまた奥の手として、巨影たちの光線を受け止め、自らの力に変換しようとする。
それに気づいたザギは妨害を図るが、ゴジラとガメラに阻まれる。
だがネクサスに集う力が僅かに足りない。
そこで主人公は残るユーコの力と、ネクサスに与えられた力を使い光線を放とうとする。
ところがザギは交渉として、撃たなければユーコの復活に尽力すると言う。
主人公は大きな選択を迫られた。
……おそらく、それは数秒の逡巡だった。ネクサスに集約する光線、ザギを縫い付ける火球と熱線。それらの轟音が降りかかる環境にあって、俺は奇妙なまでの静けさの中に居た。それはこの凪いだ心の表れだろう。
走馬灯のように、ユーコの姿がいくつも脳裏をよぎっていく。カメさん、カメさんと、人懐こく俺を呼ぶ。時に笑い、怒り、悲しみ……目まぐるしく移りゆく表情。しかし最後に浮かぶのはやはり、あの柔らかく温かい笑顔だった。
俺は一つ、焦げ臭い空気を鼻から取り込み、少し自嘲を込めて呟く。
「嘘は……つけないよな」
「ハッ……!」
ザギが喉の奥で笑う。
「カメさん……」
コスモス姉妹の声には失望と、多大な憐憫が含まれていた。ウルトラマンたちの視線も肌に感じる。
俺は微笑みを浮かべたままザギを見上げ……拳を握った両腕を、胸の高さに掲げた。喜色に溢れたザギの雰囲気が一転する。
「何の真似だ……?」
「ウルトラマンの……真似だ」
掲げた上腕の間に電流のような、赤紫色の光が迸る。そこに感じるのは、中央駅舎で譲り受けたネクサスのエネルギー。これにユーコの残した力の残滓が注ぎ込まれていくのを、感覚で把握していた。
「ば、馬鹿が! 俺が死ねばユーコとは――」
「いいや、よく見ろザギ……!」
腕の間を走る光が増幅されゆく中で、俺の肩から胸にかけて腕が回される。白く細い、淡く透ける愛しい手……
「そんな、馬鹿な……」
唖然とした様子でザギが呟く。
背後に感じる暖かな気配。彼女の――ユーコの手が、俺の胸元で結ばれた。俺を背後から抱きしめる形で、彼女はそこに確かに
「ユーコ……いくぞ!」
溜まったエネルギーを左右の腕に取り込み、大きく広げる。
胸元の中央で結ばれたユーコの手。それはちょうど、ネクサスの胸に輝く発光器官――“エナジーコア”とよく似た、翼を広げる鳥の形を思わせた。
本能の察するまま両手を大きく回す。そしてウルトラマンたちと同様、立てた右手に左手を添える形で構え――
「ハァァッ!!」
放たれたのは、赤紫色の光線。猛々しさや激しさといった言葉から縁遠く、まるで流れ落ちる一条の砂のように、滑らかに古都の上空へと伸びる。
他の光線と同様、それはネクサスのエナジーコアへと命中した。その瞬間、ネクサスに集う幾筋もの光線が凝縮され、コアへと吸収される。極彩色の発光を始めたネクサスを見て、巨影たちは光線の照射を止めた。
ネクサスが胸元に右手かざすと、その手首にコアの形の、光の弓が装着された。虹色に輝く弓からは濃密でかつ温かく、何より力強い、巨影の気配が感じられた。
ネクサスはザギへと振り返りながら右腕に左手を添わせ、まさに弓を引く形で構える。
「ふ、ざけるな、俺が……!」
ザギは何やら怒りを滲ませるが、もはや言葉が届く段階にない。
ネクサスは弓を引き絞り……そして解き放った。巨影の力を集約した必殺の一射。“アローレイ・シュトローム・オーバー”。
極彩色の弓そのものが超高速で射出され、瞬きの間もなくザギの胸元へと命中した。
「ぐおあぁぁぁぁっ!!」
ザギの絶叫が轟く。そこにガメラとゴジラが練った特大の火球も押し寄せ、ザギの全身を呑み込んでいく。
「ば、かな……! こんな、こんなぁぁぁッ!!」
最後に聞こえたのは叔父の声ではなく、まるで獣のような、ザギそのものの悲鳴だった。そのことに、俺はどこかで安堵した。
ザギの体を光の弓が貫いた瞬間、古都に一瞬の静寂が訪れ……そして次の瞬間、目も開けていられないほどの閃光がザギの全身から溢れ出した。光が全てを呑み込み、巨大な影たちを照らしていく。
……気づけば俺は、崩壊した古都の只中で、仰向けになって藍色の空を眺めていた。すっかり見晴らしの良くなった東の空に、朝日が昇り始めていた。
寝ころんだまま見渡すが、巨影たちの姿が無い。まるで夢だったとばかりに……。残骸に溢れる滅びた古都だけが、それを否定してくれた。
ふと、俺の体から抜け出し、明け方の澄んだ空に立ち上る光の粒に気付く。それはユーコとの残された時を告げる砂時計のようだった。
「ユーコ……ごめんな……」
右手を伸ばす。小さくて弱弱しい、煤けた人間の腕。その指先を摘まんだのは、白く輝く彼女の手だった。
「さよなら、ユーコ……」
白み始めの空を背に、彼女が微笑む。ゆっくりと、ユーコの体が光の粒子へと変じ……やがて空へと
必死に伸ばしていた右手が地に落ちる。
……静かだった。風もなく、人も動物も、何者もいない都市。寂寞が込み上げて、嗚咽を止めることができなかった。
誰もいない。叔父も、仲間も、ユーコも……皆、もうこの世界にはいない。押し寄せた孤独に胸が抉られ、幼児のように、泣きながら声さえ上げた。まるで全てが死に絶えたような静寂に、むせぶ声が残骸の片隅に響いた。
しかし、唯一応える者が現れた。不意に、赤色に輝く光球が真上に出現し、瞬く間に俺へと降りかかって、視界は閉ざされた。
次に目を開くと、そこは
「ここは……いや、どこかで……?」
その既視感がふと、答えに辿り着く。俺とユーコが出会ってすぐの事。ザギによって死にかけた俺に、彼女が一体化を申し出た、夢の中のような不思議な空間。
「なんでまたここに……、ッ!」
眼前に現れた巨大な人影に息をのむ。しかしその緊張も一瞬で、正体を悟った俺は肩の力を抜いた。
「ネクサス……キミが俺を呼んだのか?」
そこに立っていたのは、僅かに燐光を放つネクサスだった。彼の瞳が俺を見据えている。
『そう、彼と……俺だ』
背後から聞こえたその声に、俺は目を剥いて振り返る。
「……俺、か?」
そこに居たのは……“俺”だった。そうとしか言い様がない。同じ顔、同じ体格。しかし雰囲気だけがどこか、人間性を超越したものを感じさせる。
“俺”は薄く笑い、こちらに一歩歩み寄る。
『そう、お前だ。正確には今日ここに至るまでの何十、何百もの分岐の集積体』
「集積……? 一体、どういう事だ?」
わけも分からずそう問えば、彼もまた頷いた。
『そうだな、順を追って説明しよう……。簡潔に言えば、この巨影災害の時間は何百回と繰り返されている。ネクサスの力でな』
“俺”がネクサスを見上げる。振り返れば、ネクサスは首肯で返した。
「繰り返す、分岐……まさか」
『そうだ。いくつもの危機を潜り抜けてお前は生き残ったが……それは本当に奇跡的な事なんだ。この時間軸に至るまで、何十何百と“俺”は……死んだ』
その言葉のもたらした衝撃に、俺は口をつぐんだ。
ネクサスを見上げる“俺”の目が、懐かしむように細められた。
『ネクサスはザギを追ってこの地球までやって来た。が、ユーコの力を取り込んだヤツには勝てず……そこで目を付けたのが、分岐を誤り、死にかけている俺だった』
ネクサスと再び目を合わせる“俺”。
『ネクサスは死にゆく俺の魂を取り込み、基準となる“座標”に設定することで、僅かに地球の時間を巻き戻すことに成功した。ユーコとザギが接触する少し前にだ。もちろん俺も否は無かった。そのまま死ぬよりずっといい』
だが、と“俺”は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
『生半可な道のりじゃなかった。ネクサスが時を巻き戻すには大量のエネルギーを使う。その状態でザギとやるんじゃ、とてもじゃないが勝ち目は無い』
ネクサスが深く、重く頷いた。
『ザギを倒すために休息をとりつつ、しかしその時間軸の俺を救わなくちゃならない。俺が死ねばユーコは脆弱な存在として投げ出され、すぐにもザギに吸収される……その時点で詰みだ』
「だけど、そんなの……」
『そうだ。俺って奴は何周目だろうが馬鹿で無鉄砲で、とても守り切れたもんじゃない。我ながら呆れたよ……』
はあ、と深々とため息をついた。
『俺が失敗する度にその魂を取り込み、ネクサスは時を巻き戻す。これを繰り返した……何度も』
「だからお前は、“集積体”なのか。……だから、ネクサスに俺が混じっていたから」
ネクサスは赤紫の光を操り、俺に力を与えることができたのか。
“俺”は頷き、腕を振るう。すると、暗い空間にいくつもの映像が浮かび上がった。
『分岐によっては、いろんな結末があった。巨人が、ギャオスが、レギオンが。地球を埋め尽くし、人類を滅ぼす世界』
それらの映像は酷くおぞましく残酷で、俺はすぐに目を逸らした。
『他にも、ハイパーゼットンに支配された世界。初号機が人類補完計画のキーにされ……これは二度と見たくないな』
その映像から響いた、初号機パイロットの少年の叫び声……凄惨極まる絶叫が、この世界の地獄を表していた。
「一歩間違えば、俺もこんな……?」
『そう。まさに薄氷の上だったが……お前はやり遂げた』
「……やり、遂げた?」
“俺”は薄く笑い、手を広げた。そのニヒルな立ち振る舞いは、不本意ながら叔父とよく似ていた。
『ザギは倒され、人類は生き残った。お前、いや俺もな』
「それで、やり遂げただと……!?」
自分の言ったこととはいえ、いやだからこそ、腹の底から煮え滾るものがせり上がった。
「どこがだ! 叔父さんは死んだ、ユーコも……! これで何が、何を! 俺はできたんだ!」
“俺”は憐れむような視線を投げかけた。
『……だが、一番
「お、お前だって俺だろ! ユーコを守れない俺によくもそんなこと!」
叫びながら詰め寄るが“俺”は動じることなく、こちらの瞳の奥まで覗き込もうとしているようだった。
『……すまん。だが本当にマシなんだ。“俺”たちの味わった地獄からすれば』
彼の纏う雰囲気に、重苦しい疲労の色が浮かぶ。
そうだ。彼は、いや
……だけど。それでも。
「魂を……取り込めば。過去に戻れるんだな?」
ネクサスを見上げ、そう問いかける。その雰囲気から隠し切れない驚愕が伝わってくる。それは“俺”もそうだった。
『まさか……本気なのか?』
「分かるだろ、俺なんだから」
ネクサスを再び見上げる。
「ネクサスはたぶん、今までで一番良い状態なんじゃないか? あれだけみんなから力を預けられたんだ。時間を巻き戻しても、今なら余力があるんじゃないか?」
僅かな間を置いて、ネクサスは渋く頷いた。“俺”の表情も苦々しく歪められていた。
『……俺もネクサスも、それを明かすつもりはなかった』
「ああ、ありがとう。でもさ、こうなるのも分かるだろ」
彼らの気遣いは有り難いが、
「どうすればいい。一回死ななきゃダメか?」
『いや、魂だけあればいい。体は遡る時間に巻き込まれ、ユーコと出会う直前に……全てを忘れた状態で、目覚める』
ああ、と得心する。あの日、雨も降り出そうかというのに俺は傘も差さず、ぼんやりとした思考のまま街をふらついて……そういうことだったのか。
となると、俺から抜き出されるのは魂より“記憶”と言うのが正しいのかもしれない。魂に刻まれた時間の記憶を読み込み、ネクサスは時を巻き戻す……原理はこんなものだろうか。
とは言え、理屈はどうでもいい。必要なことは全てを塗り替えるだけの力、そして覚悟だ。
“俺”が歩み寄り、何かを差し出した。白を基調としたそれは、鞘に収まる短剣を思わせた。
「これは?」
『エボルトラスター。ネクサスに変身するための道具で……絆の証』
「絆……」
差し出されたそれを、ゆっくりと受け取る。その瞬間、脳から溢れ全身にまで流れ込む“俺”の記憶。絶望と涙と、僅かな希望で象られた、遥かなる旅路の痕跡。その傍らには常にユーコの姿があった。
『ユーコを……諦めない。それでいい。俺は、“カメさん”は、そうでなくちゃな……!』
“俺”が光となって吸収されていく。諦観を捨て去り俺の一部となる、全ての記憶たち。
「これで、いい……ネクサス!」
一つとなった俺はネクサスを見上げれば、彼は力強く頷いた。
すると、もやの掛かった薄暗い空間が突如、光の奔流に溢れる。まるで巨大な穴に落下していくような、強力な引力を感じながら、俺の意識は走馬灯の中に混在していった。
*
ウルトラの戦士……彼らが来てくれた時、俺は絶望を抱くことなどなかった。敬愛すべき、温かな光の巨人たち。
ゴジラやモスラ、機龍……生命の域を超えた、超常的な存在。彼らには畏怖を覚えたものだが、言い様の無い親愛もまたあった。あのゴジラにさえ……
エヴァンゲリオン初号機。パイロットの少年、ネルフの人々……人類の生み出した業。でも、あの子は……そんな大人の身勝手を置き去りに、大きく成長した。複雑ではあるけど、どうしようもなく嬉しかった。
人類と言えば、特車二課第二小隊、イングラムとパイロットたち。ある意味……彼らが最も絶望から遠い場所にいた。どこまでいっても、彼らは日常の延長にいた。それがどうにもホッとして、居心地が良かった。
彼らは、最後までよく分からなかったな。巨人と相対する人々、そして巨人を駆逐する巨人……だけど、彼らに宿る闘志、圧倒的な敵手に立ち向かう勇気は、しっかりとこの胸に刻まれている。
そして、ガメラ……地球を守るため、人類との敵対も厭わない覚悟。それでも失えない慈しみを持ち続けた、この星の守護神。俺は、彼の覚悟すら背負っていかなければならない。
いくつもの場面が目の前に現れる。そう思えば次には消え、消えては現れ……
*
……こうして、今に至る。
長い夢を見ていた気分だ。全てを想起すれば、なんて無茶な旅だったものか。
だけど……楽しかったな。焦がれ続けた巨影を追い、ユーコと二人駆け回った日々。今となってはどこを切り取っても輝く、人生最良の記憶たち。
自然と、口が笑みを浮かべていた。不安も恐怖も無い。ただあるべき場所へ、全てがあるべく、行動するだけ。
光のトンネルに、暗幕のような終点が見え始める。ここを抜ければそこが……旅の出発地にして、全てを終える場所。
キミと俺が出会った、あの日の首都。