巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回のあらすじ

戦局は有利に進み、ザギをも追い詰め始めた。
しかしザギは最後の手段として、自身が解き放った巨影、ギャオスを吸収し始める。
攻撃を一切寄せ付けず、強化を進めるザギ。
しかしネクサスもまた奥の手として、巨影たちの光線を受け止め、自らの力に変換しようとする。
それに気づいたザギは妨害を図るが、ゴジラとガメラに阻まれる。
だがネクサスに集う力が僅かに足りない。
そこで主人公は残るユーコの力と、ネクサスに与えられた力を使い光線を放とうとする。
ところがザギは交渉として、撃たなければユーコの復活に尽力すると言う。
主人公は大きな選択を迫られた。


stage22:闇を祓う光の巨影 ⑧

 ……おそらく、それは数秒の逡巡だった。ネクサスに集約する光線、ザギを縫い付ける火球と熱線。それらの轟音が降りかかる環境にあって、俺は奇妙なまでの静けさの中に居た。それはこの凪いだ心の表れだろう。

 走馬灯のように、ユーコの姿がいくつも脳裏をよぎっていく。カメさん、カメさんと、人懐こく俺を呼ぶ。時に笑い、怒り、悲しみ……目まぐるしく移りゆく表情。しかし最後に浮かぶのはやはり、あの柔らかく温かい笑顔だった。

 俺は一つ、焦げ臭い空気を鼻から取り込み、少し自嘲を込めて呟く。

「嘘は……つけないよな」

「ハッ……!」

 ザギが喉の奥で笑う。

「カメさん……」

 コスモス姉妹の声には失望と、多大な憐憫が含まれていた。ウルトラマンたちの視線も肌に感じる。

 俺は微笑みを浮かべたままザギを見上げ……拳を握った両腕を、胸の高さに掲げた。喜色に溢れたザギの雰囲気が一転する。

「何の真似だ……?」

「ウルトラマンの……真似だ」

 掲げた上腕の間に電流のような、赤紫色の光が迸る。そこに感じるのは、中央駅舎で譲り受けたネクサスのエネルギー。これにユーコの残した力の残滓が注ぎ込まれていくのを、感覚で把握していた。

「ば、馬鹿が! 俺が死ねばユーコとは――」

「いいや、よく見ろザギ……!」

 腕の間を走る光が増幅されゆく中で、俺の肩から胸にかけて腕が回される。白く細い、淡く透ける愛しい手……

「そんな、馬鹿な……」

 唖然とした様子でザギが呟く。

 背後に感じる暖かな気配。彼女の――ユーコの手が、俺の胸元で結ばれた。俺を背後から抱きしめる形で、彼女はそこに確かに()()。無言のまま、語らぬまま、しかし僅かに微笑む彼女と、俺は再会を果たした。

「ユーコ……いくぞ!」

 溜まったエネルギーを左右の腕に取り込み、大きく広げる。

 胸元の中央で結ばれたユーコの手。それはちょうど、ネクサスの胸に輝く発光器官――“エナジーコア”とよく似た、翼を広げる鳥の形を思わせた。

 本能の察するまま両手を大きく回す。そしてウルトラマンたちと同様、立てた右手に左手を添える形で構え――

「ハァァッ!!」

 放たれたのは、赤紫色の光線。猛々しさや激しさといった言葉から縁遠く、まるで流れ落ちる一条の砂のように、滑らかに古都の上空へと伸びる。

 他の光線と同様、それはネクサスのエナジーコアへと命中した。その瞬間、ネクサスに集う幾筋もの光線が凝縮され、コアへと吸収される。極彩色の発光を始めたネクサスを見て、巨影たちは光線の照射を止めた。

 ネクサスが胸元に右手かざすと、その手首にコアの形の、光の弓が装着された。虹色に輝く弓からは濃密でかつ温かく、何より力強い、巨影の気配が感じられた。

 ネクサスはザギへと振り返りながら右腕に左手を添わせ、まさに弓を引く形で構える。

「ふ、ざけるな、俺が……!」

 ザギは何やら怒りを滲ませるが、もはや言葉が届く段階にない。

 ネクサスは弓を引き絞り……そして解き放った。巨影の力を集約した必殺の一射。“アローレイ・シュトローム・オーバー”。

 極彩色の弓そのものが超高速で射出され、瞬きの間もなくザギの胸元へと命中した。

「ぐおあぁぁぁぁっ!!」

 ザギの絶叫が轟く。そこにガメラとゴジラが練った特大の火球も押し寄せ、ザギの全身を呑み込んでいく。

「ば、かな……! こんな、こんなぁぁぁッ!!」

 最後に聞こえたのは叔父の声ではなく、まるで獣のような、ザギそのものの悲鳴だった。そのことに、俺はどこかで安堵した。

 ザギの体を光の弓が貫いた瞬間、古都に一瞬の静寂が訪れ……そして次の瞬間、目も開けていられないほどの閃光がザギの全身から溢れ出した。光が全てを呑み込み、巨大な影たちを照らしていく。

 

 ……気づけば俺は、崩壊した古都の只中で、仰向けになって藍色の空を眺めていた。すっかり見晴らしの良くなった東の空に、朝日が昇り始めていた。

 寝ころんだまま見渡すが、巨影たちの姿が無い。まるで夢だったとばかりに……。残骸に溢れる滅びた古都だけが、それを否定してくれた。

 ふと、俺の体から抜け出し、明け方の澄んだ空に立ち上る光の粒に気付く。それはユーコとの残された時を告げる砂時計のようだった。

「ユーコ……ごめんな……」

 右手を伸ばす。小さくて弱弱しい、煤けた人間の腕。その指先を摘まんだのは、白く輝く彼女の手だった。

「さよなら、ユーコ……」

 白み始めの空を背に、彼女が微笑む。ゆっくりと、ユーコの体が光の粒子へと変じ……やがて空へと()()()いった。

 必死に伸ばしていた右手が地に落ちる。

 ……静かだった。風もなく、人も動物も、何者もいない都市。寂寞が込み上げて、嗚咽を止めることができなかった。

 誰もいない。叔父も、仲間も、ユーコも……皆、もうこの世界にはいない。押し寄せた孤独に胸が抉られ、幼児のように、泣きながら声さえ上げた。まるで全てが死に絶えたような静寂に、むせぶ声が残骸の片隅に響いた。

 しかし、唯一応える者が現れた。不意に、赤色に輝く光球が真上に出現し、瞬く間に俺へと降りかかって、視界は閉ざされた。

 

 次に目を開くと、そこは()()のようなものに満ちる薄暗い空間だった。そこにぽつんと、俺一人だけが立っている。

「ここは……いや、どこかで……?」

 その既視感がふと、答えに辿り着く。俺とユーコが出会ってすぐの事。ザギによって死にかけた俺に、彼女が一体化を申し出た、夢の中のような不思議な空間。

「なんでまたここに……、ッ!」

 眼前に現れた巨大な人影に息をのむ。しかしその緊張も一瞬で、正体を悟った俺は肩の力を抜いた。

「ネクサス……キミが俺を呼んだのか?」

 そこに立っていたのは、僅かに燐光を放つネクサスだった。彼の瞳が俺を見据えている。

『そう、彼と……俺だ』

 背後から聞こえたその声に、俺は目を剥いて振り返る。

「……俺、か?」

 そこに居たのは……“俺”だった。そうとしか言い様がない。同じ顔、同じ体格。しかし雰囲気だけがどこか、人間性を超越したものを感じさせる。

 “俺”は薄く笑い、こちらに一歩歩み寄る。

『そう、お前だ。正確には今日ここに至るまでの何十、何百もの分岐の集積体』

「集積……? 一体、どういう事だ?」

 わけも分からずそう問えば、彼もまた頷いた。

『そうだな、順を追って説明しよう……。簡潔に言えば、この巨影災害の時間は何百回と繰り返されている。ネクサスの力でな』

 “俺”がネクサスを見上げる。振り返れば、ネクサスは首肯で返した。

「繰り返す、分岐……まさか」

『そうだ。いくつもの危機を潜り抜けてお前は生き残ったが……それは本当に奇跡的な事なんだ。この時間軸に至るまで、何十何百と“俺”は……死んだ』

 その言葉のもたらした衝撃に、俺は口をつぐんだ。

 ネクサスを見上げる“俺”の目が、懐かしむように細められた。

『ネクサスはザギを追ってこの地球までやって来た。が、ユーコの力を取り込んだヤツには勝てず……そこで目を付けたのが、分岐を誤り、死にかけている俺だった』

 ネクサスと再び目を合わせる“俺”。

『ネクサスは死にゆく俺の魂を取り込み、基準となる“座標”に設定することで、僅かに地球の時間を巻き戻すことに成功した。ユーコとザギが接触する少し前にだ。もちろん俺も否は無かった。そのまま死ぬよりずっといい』

 だが、と“俺”は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

『生半可な道のりじゃなかった。ネクサスが時を巻き戻すには大量のエネルギーを使う。その状態でザギとやるんじゃ、とてもじゃないが勝ち目は無い』

 ネクサスが深く、重く頷いた。

『ザギを倒すために休息をとりつつ、しかしその時間軸の俺を救わなくちゃならない。俺が死ねばユーコは脆弱な存在として投げ出され、すぐにもザギに吸収される……その時点で詰みだ』

「だけど、そんなの……」

『そうだ。俺って奴は何周目だろうが馬鹿で無鉄砲で、とても守り切れたもんじゃない。我ながら呆れたよ……』

 はあ、と深々とため息をついた。

『俺が失敗する度にその魂を取り込み、ネクサスは時を巻き戻す。これを繰り返した……何度も』

「だからお前は、“集積体”なのか。……だから、ネクサスに俺が混じっていたから」

 ネクサスは赤紫の光を操り、俺に力を与えることができたのか。

 “俺”は頷き、腕を振るう。すると、暗い空間にいくつもの映像が浮かび上がった。

『分岐によっては、いろんな結末があった。巨人が、ギャオスが、レギオンが。地球を埋め尽くし、人類を滅ぼす世界』

 それらの映像は酷くおぞましく残酷で、俺はすぐに目を逸らした。

『他にも、ハイパーゼットンに支配された世界。初号機が人類補完計画のキーにされ……これは二度と見たくないな』

 その映像から響いた、初号機パイロットの少年の叫び声……凄惨極まる絶叫が、この世界の地獄を表していた。

「一歩間違えば、俺もこんな……?」

『そう。まさに薄氷の上だったが……お前はやり遂げた』

「……やり、遂げた?」

 “俺”は薄く笑い、手を広げた。そのニヒルな立ち振る舞いは、不本意ながら叔父とよく似ていた。

『ザギは倒され、人類は生き残った。お前、いや俺もな』

「それで、やり遂げただと……!?」

 自分の言ったこととはいえ、いやだからこそ、腹の底から煮え滾るものがせり上がった。

「どこがだ! 叔父さんは死んだ、ユーコも……! これで何が、何を! 俺はできたんだ!」

 “俺”は憐れむような視線を投げかけた。

『……だが、一番()()だ。最善の結果だ』

「お、お前だって俺だろ! ユーコを守れない俺によくもそんなこと!」

 叫びながら詰め寄るが“俺”は動じることなく、こちらの瞳の奥まで覗き込もうとしているようだった。

『……すまん。だが本当にマシなんだ。“俺”たちの味わった地獄からすれば』

 彼の纏う雰囲気に、重苦しい疲労の色が浮かぶ。

 そうだ。彼は、いや()()は、巨影のもたらす地獄を全て覚えているんだ。だからこそ、こんな結末ですら救いと思えてしまうのだろう……運よく生き延びただけの俺には、想像もし得ないことだった。

 ……だけど。それでも。

「魂を……取り込めば。過去に戻れるんだな?」

 ネクサスを見上げ、そう問いかける。その雰囲気から隠し切れない驚愕が伝わってくる。それは“俺”もそうだった。

『まさか……本気なのか?』

「分かるだろ、俺なんだから」

 ネクサスを再び見上げる。

「ネクサスはたぶん、今までで一番良い状態なんじゃないか? あれだけみんなから力を預けられたんだ。時間を巻き戻しても、今なら余力があるんじゃないか?」

 僅かな間を置いて、ネクサスは渋く頷いた。“俺”の表情も苦々しく歪められていた。

『……俺もネクサスも、それを明かすつもりはなかった』

「ああ、ありがとう。でもさ、こうなるのも分かるだろ」

 彼らの気遣いは有り難いが、()()()()()()だ。成すべきことはもう決まっていた。

「どうすればいい。一回死ななきゃダメか?」

『いや、魂だけあればいい。体は遡る時間に巻き込まれ、ユーコと出会う直前に……全てを忘れた状態で、目覚める』

 ああ、と得心する。あの日、雨も降り出そうかというのに俺は傘も差さず、ぼんやりとした思考のまま街をふらついて……そういうことだったのか。

 となると、俺から抜き出されるのは魂より“記憶”と言うのが正しいのかもしれない。魂に刻まれた時間の記憶を読み込み、ネクサスは時を巻き戻す……原理はこんなものだろうか。

 とは言え、理屈はどうでもいい。必要なことは全てを塗り替えるだけの力、そして覚悟だ。

 “俺”が歩み寄り、何かを差し出した。白を基調としたそれは、鞘に収まる短剣を思わせた。

「これは?」

『エボルトラスター。ネクサスに変身するための道具で……絆の証』

「絆……」

 差し出されたそれを、ゆっくりと受け取る。その瞬間、脳から溢れ全身にまで流れ込む“俺”の記憶。絶望と涙と、僅かな希望で象られた、遥かなる旅路の痕跡。その傍らには常にユーコの姿があった。

『ユーコを……諦めない。それでいい。俺は、“カメさん”は、そうでなくちゃな……!』

 “俺”が光となって吸収されていく。諦観を捨て去り俺の一部となる、全ての記憶たち。

「これで、いい……ネクサス!」

 一つとなった俺はネクサスを見上げれば、彼は力強く頷いた。

 すると、もやの掛かった薄暗い空間が突如、光の奔流に溢れる。まるで巨大な穴に落下していくような、強力な引力を感じながら、俺の意識は走馬灯の中に混在していった。

 

 

 ウルトラの戦士……彼らが来てくれた時、俺は絶望を抱くことなどなかった。敬愛すべき、温かな光の巨人たち。

 

 ゴジラやモスラ、機龍……生命の域を超えた、超常的な存在。彼らには畏怖を覚えたものだが、言い様の無い親愛もまたあった。あのゴジラにさえ……

 

 エヴァンゲリオン初号機。パイロットの少年、ネルフの人々……人類の生み出した業。でも、あの子は……そんな大人の身勝手を置き去りに、大きく成長した。複雑ではあるけど、どうしようもなく嬉しかった。

 

 人類と言えば、特車二課第二小隊、イングラムとパイロットたち。ある意味……彼らが最も絶望から遠い場所にいた。どこまでいっても、彼らは日常の延長にいた。それがどうにもホッとして、居心地が良かった。

 

 彼らは、最後までよく分からなかったな。巨人と相対する人々、そして巨人を駆逐する巨人……だけど、彼らに宿る闘志、圧倒的な敵手に立ち向かう勇気は、しっかりとこの胸に刻まれている。

 

 そして、ガメラ……地球を守るため、人類との敵対も厭わない覚悟。それでも失えない慈しみを持ち続けた、この星の守護神。俺は、彼の覚悟すら背負っていかなければならない。

 

 いくつもの場面が目の前に現れる。そう思えば次には消え、消えては現れ……

 

 

 ……こうして、今に至る。

 長い夢を見ていた気分だ。全てを想起すれば、なんて無茶な旅だったものか。

 だけど……楽しかったな。焦がれ続けた巨影を追い、ユーコと二人駆け回った日々。今となってはどこを切り取っても輝く、人生最良の記憶たち。

 自然と、口が笑みを浮かべていた。不安も恐怖も無い。ただあるべき場所へ、全てがあるべく、行動するだけ。

 光のトンネルに、暗幕のような終点が見え始める。ここを抜ければそこが……旅の出発地にして、全てを終える場所。

 キミと俺が出会った、あの日の首都。

 

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