巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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前回のあらすじ

主人公はザギの交渉を蹴り、光線をネクサスに照射した。
力を集約させたネクサスは巨大な光の弓を放ち、ザギを完全に滅ぼす。
崩壊した古都の中で主人公とユーコは一瞬の再開を果たし、別れた。
そんな主人公を、自らの内世界へと誘うネクサス。
そこで主人公は、ネクサスと一体化を果たしていた“自分自身”と出会う。
彼曰く、最善の未来を導くべく、ネクサスはこの巨影災害の時間を何度となく巻き戻し、戦っていた。
その基点として、巨影災害のキーポイントである主人公の魂が選ばれた。
主人公が選択を誤り死に陥る度、ネクサスはその魂を取り込んで時間を巻き戻す。
それを聞いた主人公は、自分の魂を使いもう一度過去に遡れば、ザギが巨影を生む前に倒せるのでは、と提案した。
渋りはしたがネクサスはそれを受け入れ、主人公の魂は過去へ、あの日の首都へと帰って来た。


"THE NEXT"stage1:影の英雄

 頬に水滴が弾けるのを感じ、ビルの合間の空を見上げてみると、予報を裏切る雨が降り始めていた。家路を行く人々は慌てて走り出したり、用意のいい者は折り畳み傘を広げたりしている。俺はそのどちらもせず、相変わらずぼんやりと歩いていた。

 雨粒が地を打ち、けたたましく往来する車の音を聞きながら、灯り始めた街灯をふと見やるも、俺の心を占める単語はただ一つ、『巨影』だ。叔父から幾度となく聞かされた、解答無き問いかけ。その答えを薄い意識下で探っていた時だった。

 狭い空を一杯に覆いつくした暗雲に一瞬、枯れ木のような紫電が走ったような気がした。道行く人もそれを見ただろうかと気にかかり視線を下げると、ぼうっと、彼らの輪郭がピントずれを起こしたように鈍っていく。人だけではない、ビルも、車も、何もかもが俺の焦点に結ばれない。

 俺が唯一認識できる像は、人波の向こうに女性の形で佇んでいた。不自然なほどに波打つ長い髪、しなやかな肢体を含め、彼女は女性の形をした()だった。影のように輪郭だけがあり、顔つきやその他の情報は何も読み取れない。それなのに、くすんだ風景の中で輝く彼女は、俺を視線に捉えているような気がした。

 え? と、気づけば間の抜けた声が洩れていた。あまりに非現実な光景。しかし彼女が歩き出し遠ざかっていくのを見るや、彼女を追いかけなくてはと、俺の中に異様な焦燥感が生まれる。

「ま、待ってくれ!」

 みっともなく、年甲斐も無く走り出し、人々の間を縫って彼女を追いかけていく――

 

 

「……来た」

 かつて俺とユーコが出会った首都の片隅。そこを遠目から見下ろせるビルの屋上に、今や半幽体と化した俺は立っていた。輪郭は淡く光を放ち、半透明の体は雨粒にも当たらず、向こう側が薄っすらと透けて見える。

 目の前で今、常人には観測し得ない異空間――ダークフィールドが展開された。半球状で、夜闇を煮詰めたような暗色のそれは、一瞬で膨張し街を一区画まるごと呑み込んだ。

「こんなことになってたんだな」

 ネクサスと一体化した今だからこそ知覚できる、ザギの作り出した異空間。ユーコを追い詰めるため作り出された、閉ざされた狩場。道行く人はそのドームに気付きもせず、平然と通過していく。次元ごと隔離され、外部からの干渉を一切受け付けない空間となっているのだろう。その中に居るのはユーコとザギ、そしてあの日の俺だけ……

 手に握られたエボルトラスターを見つめ、ぐっと握り締めると、俺の脈動に合わせるように光を放った。

 

 

 ビルの壁面を走るパイプが雨露に濡れている。空調のうめきがどこからか響く。こんな人通りの無い裏道に、得体の知れない存在と二人きりでいる。その現実が徐々に不安感を煽り立てた。

 雨が止んだことに気づいた時、彼女が振り返る。すぐ近くで見れば分かる、人間に極めて近い造形の……光。表情など判別できるものではないが、しかし俺はなぜか、彼女が不安の中にあって、助けを求めているような気がしてならなかった。俺の中にあった不安は立ち消えていた。

「えっと、俺は怪しいものじゃなくて……そう、キミを知りたいんだ」

 なるべく柔らかい声音を意識し語り掛けるが、反応は芳しくない。どうするべきか、そもそも自分はどうしたかったのか、根本的なところから悩んでいると、彼女に反応があった。

 大きく身じろぎした彼女は、しかし俺ではなくその後方、遥か高い位置を見上げているようだった。何かと思い振り向いてみると、そこにいたのは……黒く、巨大な影だった。

 

 

 ……例えザギを倒したとして、肉体もなく、魂だけとなった俺はその後、どうなるのか。消え去るのか、それ以外の道があるのか――どうでもいいことだった。ネクサスに尋ねようとも思わない。

 無力に苛まれた旅だった。欲深にも俺は、目の前の人を救いたくなり……結果は砂の如く、全てが指の隙間から零れ落ちるだけだった。一番身近で、半身とも感じていた存在すら失って……

「……感じるよ、ユーコ」

 だが、失ってなお。

 この力は、光は、何百という軌跡を辿りここにある。全てを救うとは言わない。俺は完全無欠の英雄じゃない。ただ一人、せめてユーコだけは……

「キミとの……(ネクサス)を」

 居合のようにエボルトラスターを腰に構え、一気に鞘から引き抜く。流星の如く瞬いたそれをもう一度腰まで引き、天に向け大きく振りかざす。

「おおおぉぉぉぉぉっ!!」

 光が溢れた。

 

 

 黒い巨人が腕を振るうと、俺たちの前で道路が爆発する。鼓膜が破れそうな轟音、熱と爆風に思わず顔を庇う。煙が晴れると、そこには捲れ上がったアスファルトで壁ができていた。巨人は俺たちを殺しはせず、しかし逃がすつもりも無いようだ。

「くそっ!」

 せめてと彼女を背に庇い、黒い巨人を強く睨みつけるが、まるで意に介する様子はない。その足が踏み出されようとした、まさにその瞬間。

 黒い巨人に巨大な火球が衝突し、彼は大きく横に弾かれ視界から消えた。突如横から飛来し、なお交差点に留まり続ける太陽のような火球は、やがて収束し人の形になっていく。片膝を突いた状態からゆっくりと立ち上がったそれは、黒い巨人とは対極的な、光の巨人とも言うべき姿だった。

 その光は徐々に収束していき、全身像が明瞭になる。兜を被ったような頭部。銀色の体表。胸で赤色に輝く、羽ばたく鳥のようなエムブレム。

「あれは……?」

 

 

 巨影を忘れ生きていた、あの日の俺。その背に庇われる、懐かしく、愛おしい人の姿……俺を見上げる彼らに、力強く頷いてみせた。

 轟く咆哮に振り向けば、興奮状態のザギが獣のように駆け寄る姿があった。

 恐怖は無い。あるのは、ここから一歩も通さないという、強い覚悟だけ。

『来いッ!!』

 腰を低く落とし、構えをとる。大丈夫、この高すぎる視点も機龍で経験済みだ。

 ザギが大きく横に振るった拳を屈んで躱し、無防備な脇腹に蹴りを叩き込む。怯んだザギに追撃をかけようとするが、ザギは即座に切り返し、顔めがけて横蹴りを放ってきた。瞬時に上体を反らしダメージは軽減されたが、ザギは立て続けに後ろ回し蹴りを放った。両腕でそれを受け止めはしたものの、あまりの威力に思わずよろめく。

『くっ!』

 よろめいた姿勢を活かし上段回し蹴りを放つも、ザギは軽い足取りで後退し距離を取った。両手に残る痛みを押しやり、拳を構えてザギを見据える。奴は余裕を感じさせる態度でゆったりと歩み寄ってくる。

 やはり一筋縄にはいかない。いくら巨影たちから貰い受けた力がネクサスにあっても、時間を巻き戻すため多分に消耗もしている。だが、そんな言い訳に何の価値も無い。

『これは――絶対に、勝たなければならない戦いなんだ!』

 俺の声に応えるように、幾重にも折り重なった記憶の断片が溢れ出してくる。

『これは……!』

 気づけばザギは眼前に迫っており、その拳を突き出す瞬間だった。しかし俺は異様なまでに落ち着き払い……その拳を、円を描くように受け流した。体勢を崩したザギの足を払い、容易く地に転がしてみせる。

 ザギは受け身をとりすぐに立ち上がるが、その雰囲気に隠し切れぬ驚愕が見て取れる。

『コスモスの……技』

 ルナモードのコスモスの構えをとりながら、俺自身も驚いていた。しかし同時に、自分に起こっていることは全て理解していた。

『そうだ、“俺”は集積体。あらゆる分岐の中で俺は……!』

 ネクサスを例外として、俺が扱える巨影の力は、エヴァ初号機、機龍、ガメラの三種のはずだった。俺が赤紫の光で彼らを助けたからこそ、与えられた力。

 しかしそれは、直近のたった一周だけの話。幾百の時間軸、分岐の中で“俺”は、あらゆる巨影を救っていたんだ。そして今のネクサスの状態ならば、彼らの力を十全に使いこなせる!

『来い……! 本当の戦いは、ここからだ!!』

 ザギが猛り、暗色の光弾を連続して放つ。それをバク転で回避すれば、逸れた光弾がビルや道路を爆砕させた。しかしついぞ命中することなく、俺はそのまま空中へと飛び上がり、両の掌にウルトラマンの光輪を生成する。

『ダァッ!』

 両手を交差させて投合した光輪を、ザギは大きく飛び上がることによって回避した。憎々しげにこちらを睨んだザギが咆哮を上げると、その全身から無数の光弾が発射され、全てが俺へと飛来する。

 俺は最高速で上昇、旋回と回避行動をとるが、光弾の雨はホーミング機能付きのミサイルの如く、執拗に俺を付け狙う。

『キミなら……余裕だろ、モスラ!』

 華麗に舞い飛び敵を翻弄するモスラのように、急制動、急加速、急旋回を織り交ぜ、優美とさえ見えるほどに鮮やかに、光弾の爆発を回避し続ける。最後に、モスラと同様の金色の鱗粉を後方に散布すれば、その層に当たった光弾が全て誘爆した。

 下方の中空に浮遊するザギが、少なからず驚いた様子を見せている。

『ザギィィィッ!』

 叫びながらザギへと突進し、腹部に肩を突き入れ、そのまま抱えるように上空へと連れ去る。互いに掴み合い、ゼロ距離での乱打戦へともつれ込んだが、やはり正面から打ち合うのでは分が悪そうだった。

 俺はザギの拳を浴びながらも両の掌を突き出し、ガメラの火球を生み出す。ザギは咄嗟に回避しようと身を捩ったが、間に合わない。

『喰らえぇ!』

 一発、二発と赤熱の火球を打ち込んでいく。ザギは痛みに吠えながらも、二発目の火球には両腕を交差させ、しっかりとガードしていた。

 しかし間髪入れず、燃え盛る右足による飛び蹴り――レオキックを突き入れる。

『ハイヤァァァァッ!!』

 ザギの腹部に叩き入れた右足を更に押し込み、高速で地上へと突っ込む。激しい衝撃と共に全てが黒土の中に消え、進路上のいくつものビルが倒壊する。勢いを殺し振り返れば、激しく立ち上る黒煙の中にザギはいるようだった。

 これが俺に与えられた、俺が持ち得る唯一の力。旅路の中で結んできた、巨影(かれら)との絆――

 ちらりと、ユーコたちを確認する。接近させないよう気を遣ったこともあり、相当以上に離れたドームの壁際に二人は居た。

 しかしその時、ザギのいる場所から悍ましい悪意と力の高ぶりを感じ取り、俺は迷わずユーコたちの方へと跳ぶ。それと同時に放たれた黒と赤の混在する光線は、間違いなく彼女たちを狙って放たれたものだった。

『ATフィールドッ!!』

 間一髪で間に入り、輝く八角形の光壁を展開する。次の瞬間には光線が直撃し、そこに込められた力の強大さ、凶悪さに気付く。

『ぐ、うぅ……ッ!』

 純粋な威力に圧され足元がずり下がり、アスファルトの道路が捲れ上がる。

『やら、せない……!』

 奥歯を噛み砕くほどの渾身の力を込めて耐え忍ぶ。

 脳裏に浮かぶのは――走馬灯か、ユーコと過ごした日々だった。信頼と親愛に溢れ、笑い合い、庇い合い、駆け抜けた日々を……

 その時、明滅を繰り返す視界の端に、小さな光の粒が写り込んだ。

『……こ、れは』

 気づけば、俺の体――ネクサスの体に、柔らかく、温かな光の粒子が降り注いでいた。光を辿って背後に振り返って見れば、手を組み、祈りを捧げるユーコの姿があった。この時間軸の俺が、目を見開いて彼女を凝視している。 

 この現象は、そう、サーガを生み出したあの時の……

 俺に、こんな俺にまだ、くれるんだな……

 信頼を。祈りを。勇気を。

――諦めないで――

 ユーコのそんな声が聞こえた気がした。

『はああぁぁぁぁッ!!』

 絶叫し、全ての力を解き放つ。全身から白銀の光が溢れ出し……ネクサスが、姿を変える。

 光が収束し、人の形をとる。鈍く輝く銀一色の体表。胸に赤く輝くエナジーコア。背中には天へと伸びる一対の翼。

 ネクサスの真なる姿……ウルトラマン、ノア。

 ザギは目に見えて警戒を強め、威嚇する獣のように吠えた。だが、もはやそれを脅威とも思わない。この身の底に湧き上がる絶対の力は、何者にも負けはしないと確信している。

『うおおぉぉぉぉっ!!』

 一気に駆け寄り、ザギに拳を繰り出す。ザギは両腕でそれを受け止めようとするが、たった一度の衝撃だけで、黒い体は宙に浮かび上がった。そこで手を休めず、二発三発と連続で拳を叩き込み、ダメ押しにと前蹴りでザギを吹き飛ばす。

 地面を抉りながら大きく後退させられたザギが、片膝をついた状態から憎々しげに立ち上がる。その感情を多分に含んだ咆哮を轟かせ、こちらに駆け寄ってくる。

 俺は腰を低く据えた姿勢で構え、右手で左腕の上腕をなぞる。すると見覚えのある青白い光が左腕に宿った。いつの時間軸かは定かではないが、俺は……状況によってはゴジラにさえ力を与えたらしい。

 ぐるりと回転して勢いをつけ、ゴジラの力を宿した左拳をザギに叩き込む。まるで星の怒りを体現したかのような、強靭な力が溢れ出る。

地球(ここ)から、出ていけぇ!!』

 左拳から放たれた熱線が、ザギの体を一直線に押し上げていく。その暗色の体はドームの屋根を突き破り、現実世界の空に低く垂れ込める暗雲を、一瞬で突き抜けていった。

 ものの数秒で大気圏外にまで打ち上げられたザギが、ここでようやくゴジラの熱線を振り払った。

『終わりだ……ザギ!』

 胸の前で腕を触れ合わせた後、大きく広げる。その軌跡はエナジーコアと同様の、緩やかなV字を描く。両腕に集約されたエネルギーを、ウルトラの戦士と同様、スペシウム光線の構えで上空へと放った。

『ハァァッ!!』

 温かな暖色の光線が、ドームに空いた穴を通過し、暗雲に穴をあけ一直線に伸びていく。

 宇宙空間のザギもまた同様の構えで光線を放つ。二極の光線は正面からぶつかり合い、鍔迫り合いの様相を呈した。

 だが……俺に宿る力は、ザギのそれとは比較にもならない。ノアのそれだけではない。受け継いだ想い、背負った定め、紡いだ絆――それが全て、俺を支える。

『はぁぁぁっ……!』

 光線が更に輝きを増す。こうなればもはや、ザギに為す術は無かった。

 自らの光線が押しやられる様を見たザギは驚愕し、そのコンマ数秒の後、温かな光線に全身が包まれ……消滅した。

 宇宙空間で大規模な爆発が発生し、夜空を覆う暗雲がその余波で円形に押しやられていく。瞬く星々が地上に光を落とした。

 俺は深く息を吐いて構えを解き、全ての終わりを見届けた。

 

 並んで俺を見上げるユーコたちを、俺もまた見下ろした。彼女らの様子は安堵に溢れているが……“俺”はやっぱり、光の巨人を巨影と結び付けて興奮しているようだった。

「ありがとう……な、なあ。キミがもしかして、その、巨影ってやつなのかな?」

 俺はその問いに少し思考を巡らせ……ゆっくりと首を横に振った。

 それ以上の質問をされる前に、ドームの天井に空いた穴を目掛け、力強く飛び去る。体が一筋の光となり、一般人には知覚されない状態となってドームを抜けた。

 星が煌めく夜空、それを塗り潰してしまうばかりの眩い首都が眼下に広がる。滅びの影も無く、ただ淡々と日常を刻む都市が、遥か遠方の山々の裾野にまで広がっている。

 怪獣も超人もいない。巨人もいなければ、それに対抗する組織も無い。巨大人型兵器も、それを運用する秘密組織も無い。人々を守る警察は人型ロボットなど使わないし、工事現場には普通の重機だけがある。

 そうだ、これこそがこの世界の姿。それでいいんだ。この街の灯が消えないのなら、誰も知らないままで……

 とある日の首都。この都市は未だ巨影を知らない――

 

 

 あっという間に姿を消してしまった巨人を惜しみ、肩が落ちる

「ああ……くそ、おじさんめ。だから早くカメラ寄こせって言ったのに……」

 撮影し損ねた悔しさからそう愚痴を吐いていると、目の前に光の彼女が歩み出た。その雰囲気はどこか、微笑みを湛えているようだった。

「……その、お互い無事でよかった」

 ふと、彼女が俺の手を取った。不思議な感触で、そこに体温というものは無く、温かくも冷たくもない。でもなぜだか、俺にはほんのりと温かく感じられた。少しの間、俺たちは心を通わせ笑い合えていた……そんな気がする。

 やがて彼女の放つ光が増し、思わず目を閉じる。そして次の瞬間には手から彼女の感触が消え……目を開いて見上げれば、直上の夜空に枯れ木のような紫電が走った。

 

 気づけば、空を覆っていたあのドームが影も形も無く消え去っており、いつの間にか周囲には帰路を歩む人々が姿を現していた。街にも先ほどの戦いの余波など見られない。まったく普通の日常がそこには広がっていた。

 歩道上にぼんやりと立ち尽くしていた時、携帯がいつの間にやら鳴動していたことに気付いた。急ぐ気になれず、ゆったりとした所作で携帯を耳元にあてがう。

「……もしもし」

『おせぇ! どこほっつき歩いてんだ!』

 その喧しい叔父の声に、脳が薄っすらと現実感を取り戻していく。

「なあ……俺さ、今、巨人と会ったんだよ」

『あ? どこで』

「首都のど真ん中で」

『……お前、今日は休むか?』

 らしくない妙な気遣いが逆に癪で、すぐに行くとだけ言って通話を切った。

 歩き出した俺は、しかしすぐに立ち止まり、掌を見下ろす。

「夢……だったのかな」

 そんなことないよな、と、彼女を思い出すように手を握り、また歩き始めた。

 

 

 地球から一つの光が飛び出し、際限なく広がる宇宙の暗黒へと飛び去って行く。

「さよなら……ユーコ」

 その輝きが見えなくなるまで、俺はじっと見上げていた。いや、宇宙に上も下も無いのだから……とにかく、見つめ続けた。これで見納めだから。これで……永遠の別れだから。

「ありがとうネクサス。いや、ノア」

 振り返れば、銀色の巨人が薄っすらと姿を現す。彼は一つ頷き、地球へと目を向けた。俺もそれに倣い、影に覆われた夜の地球を見下ろす。先ほどまでいた首都は、その中でもひと際眩い場所だった。

「彼女を見届ける時間と、こんな時間をくれて」

 こうして、宇宙の只中の地球を視界いっぱいに味わうなど、誰もができる体験じゃない。

 ふと見下ろすと、俺の全身から淡い光の粒子が漏れ出していた。徐々にではあるが、俺という存在が消えようとしている。消えた後どうなるのか、気にならないではないが、まあ、ノアの事だ。そう悪いことにはならないだろう。

「彼女も守れたし……悔いは無いな。欲を言えば、朝日が見たいかな」

 かの巨影たちが必死に守り抜いたこの星に、朝日が昇る瞬間が拝めたなら文句なしだ。

 それだけでいいはずだった、のだが。

 

「カメさん」

 

 あまりにも突然、穏やかに微笑みながら俺を呼ぶ、懐かしいその声がして、呼吸も忘れて振り返る。

「ユーコ……!」

 そこに居たのは紛れもなく、俺の知るユーコだった。上品な白いワンピースと、そこから伸びる白磁のような美しい四肢。カラスの濡れ羽色をした長い髪が白い肌によく映える。長いまつ毛に縁どられたガラス玉のような目が、俺の姿を映している。

「なんだか、とってもお久しぶりですね」

 微笑むユーコが歩み寄り、俺の目の前に立つ。あまりに久しいその姿に胸が詰まり、今や半幽体の身だというのに、視界がじんわりと水気を含んだ。

「ああ……そうだな。でもどうして……? キミは俺と一緒にいたユーコ、だよな?」

「はい。ノアが時間をくれました」

 ユーコがそう言って見上げたノアは、静かに頷いた。

「ありがとう、ノア。本当に……」

 ユーコが俺の腕を取って、優しく地球へと振り向かせる。夜闇に覆われた星の輪郭が、僅かに明らんできているようだった。俺たちは二人並び立って、その静かな光景を見つめていた。

 どちらが言い出すでもなく、自然と、俺たちは互いの手を握っていた。

「奇麗ですね。この星は」

「ああ。本当に奇麗だ」

「……あ、あの辺ですかね。ゴジラが出た湖」

「え、あれかな? 小さすぎて分からないよ」

「初号機とウルトラマンが一緒に戦ったのは……」

「あの辺じゃないか? 結構首都から遠いな」

「それで、古都はあの辺り……色んな所に行きましたね」

「ああ……行ったな。キミのおかげだよ」

「へへ、そうですかね……」

「……」

「……」

「……あの」

「ん?」

「私と……一緒で、一緒に旅ができて、良かったですか?」

「……俺は」

 そっと、囁くように答える。俺の選んだ答えに、ユーコは瞳に少し涙を溜め、一層深く笑った。これもまた、分岐の一つなのだろう。

 やがて、地球の輪郭に光の線が引かれた。新たな朝を迎えるべく、この星が廻っている証拠だ。

 体が徐々に、光の粒子となっていく。ゆっくりと宇宙に溶け出し、間もなく消滅するのだろう。見れば、ユーコも同じ状態にあった。だからだろうか、自分が消える恐怖も、彼女を失う恐怖も、今は全く持ち合わせていない。これで別れなどと、少しも思えなかった。

 俺が少し強く手を握ると、彼女も同じだけ力を込めて握り返してくれた。

 そして、この星に朝日が昇った。水平線の向こうから泡の如く溢れ出す陽光が、炸裂したように眩い光を放つ。

 その時には既に、そこに俺たちの姿は無かった。朝日を浴びて煌めく光の粒子が、宇宙の何処かへ向けて、さらさらと流れていった。

 

 

 




この後、主人公たちは……
①宇宙に溶け出し、消滅した
②別の生命として生まれ変わり、また巡り合った
③ノアに連れられ、惑星ジュランの一員となった
④現時間軸の自分自身と魂が融合し、記憶を保持する存在となった



お付き合いいただいてありがとうございました。
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