巨影を知らない都市   作:ギガンティック芦沢博士

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stage3:湖に咲く巨影 ③

 鼓膜どころか横隔膜まで揺らすような、一瞬眩暈を起こすほどの咆哮を浴びながらも、湖に進入するゴジラに焦点を当てシャッターを切る。

「ゴジラ……核実験によって生まれた怪獣。ビオランテに組み込まれたG細胞の持ち主です」

「そうか、ビオランテの牙にどこか見覚えがあると思ったら、そういうことか」

 ゴジラは曳き波を巻き起こしながらビオランテの正面に移動し、二体の怪獣は向かい合った。そこが潮時と判断し、再び水上バイクのハンドルを握る。ビオランテはゴジラに気を取られているのか、こちらに見向きもしていないようだった。その隙に脱出を図ったのだが、結果からすればもっと早くに決断すべきだった。

 レバーを引こうとした瞬間、進行方向を遮るようにデッドゾーンが出現する。それはビオランテからゴジラまでを、僅かに湾曲しながら長々と結ぶもので、抜け道らしき箇所は一切見当たらない。急いで背後を確認すると、こちらも同じようなデッドゾーンがゴジラまで引かれており、俺は今や完全に袋小路に陥っていた。しまった、と思わず叫んでしまうがもう遅い。

 頭上で視線を交わしあっている様子の二体。しかしゴジラの咆哮をきっかけにビオランテが動いた。デッドゾーンから出現した、触手のような無数の蔓がゴジラへと殺到し、腕や胴体、首元へ次々に絡み付いて締め上げた。鬱陶しそうにゴジラが暴れるたび、揺さぶられる蔓が湖面を激しく波立たせ、それに囲まれている俺たちを激しく揺さぶった。

「カメさん、しっかり掴まっててください!」

「言われ、なくても……!」

 膝で機体をグリップし、ハンドルに食らいついてバランスをとることに集中しなくては、あっという間に転覆してしまうだろう。しかし泣きっ面に蜂、足元の湖面が赤く色づいたことに気づき顔を上げると、ゴジラの口元からビオランテの下腹部までを赤い直線が結んでいた。それは光線が放たれる数秒先の未来を簡単に予期させた。

「くそっ、イチかバチかだ!」

 ゴジラの口元から撃ち下ろすように放たれる光線、いや熱線であるからして、ビオランテの近くに留まれば、その威力も相まってまず巻き込まれるだろう。左右を塞がれているなら道はただ一つ。

レバーを全力で握り締め、蔓の間に生じた僅かな隙間を掻い潜り、ゴジラへ向かって一直線に接近した。

 ゴジラの背びれが発光し、牙の向こうから青白い光が漏れ出す。頭一個分の回避など無駄と知りつつも、祈るように頭を下げずにはいられなかった。恐怖に竦む体を律するべく、意図しない雄たけびを本能が上げる。

「うおぉぉぉぉっ!」

 途端に、凄まじい光の奔流が頭上を通過し、圧し付けるような熱気にうなじの産毛が焼けていく感覚を覚えた。すると後方でスパークの弾ける音、そして悲鳴のようなビオランテの声が響いた。それらが聞こえたことによって自分がまだ死んでいないことを自覚し、スロットルを緩めつつ振り返って見やる。

 痛覚の有無は定かではないが、ビオランテは身を捩り、全身から青い火花を散らしていた。血液か樹液か、緑色の体液が下腹部の発光器官から噴出している。やがて撃ち込まれたエネルギーが飽和したように爆発を起こし、白煙がビオランテを中心として低く湖上に垂れ込めた。

「カメさん、今のうちに!」

 ユーコの声に反応して周囲を見回すと、ゴジラを縛めていた無数の蔓は力なく落ち、引きずられるようにビオランテ本体の下へと後退していた。警戒しているのかゴジラもその場を動かず、武道家の残心のように弛みなくビオランテを見据えている。この機を逃していつ脱出するのかと、レバーを握り全速力で二体の中間地点から遠ざかる。

 ふと横目に見ると、ビオランテの蕾は力なく項垂れ、表層の花弁がひらひらと抜け落ちていく。その姿には一種の哀愁さえ感じられた。

 やがて二体から充分距離をとった位置に到達すると、水上バイクの向きを変えカメラを構える。二体を順繰りに写真に収めていくが、動きのないビオランテが気にかかった。

「なあユーコ、ビオランテはまだ生きているのか?」

「なんとなく、そうだとは思います。まだ何か“気配”のようなものを感じ取れます」

 彼女の力を利用して生み出された巨影だからか、なんとなくにも感じるものがあるようだ。ならばいつ動き出すのかとビオランテに焦点を当て観察していたその時、ゴジラが鳴き声を上げてその巨体を水面に横倒しにした。いや、倒れた際に足元に巻き付いた蔓が一瞬見えた。水中を通った蔓にひっくり返されたのだろう。高く上がった水しぶきの迫力をカメラに収める。

 間もなく、ゴジラが苦もなく立ち上がると、今度は先端に大口を開けた蔓が数本、水面を滑りゴジラへ向かっていく。近づけまいとゴジラも熱線で横なぎに焼き払うが、それらは囮だったらしく、ほど近い所から浮上した蔓の一本がゴジラの腕に食らいついた。ゴジラが怯んだ隙に別の蔓が口を広げ、緑色の液体をゴジラの顔に散布した。

「あれは、酸か!」

 付着して煙を上げる液体に肉を焼かれているのか、あのゴジラが苦悶に喘ぐように顔を上げ、がむしゃらに光線を放った。それは命中せず夜空へ伸びて消えたが、そのまま口に蔓を咥え、光線のエネルギーを口腔に留めることによって焼き切ってみせた。

「凄い、あんなことまでできる知性があるのか」

 俺が感嘆を漏らし次々に写真を撮っていく最中も、ゴジラは手近な蔓を強靭な腕でむんずと掴んでは、ゼロ距離からの熱線によって殲滅していった。

 やがて最後の一本が焼け落ちると、再び蔓はビオランテの下に退いていく。追撃するようにゴジラは熱線を放ち、それはビオランテの横一寸を通り抜け後方で高くしぶきを上げた。

 そこで戦力差を認識したのか、ゴジラは胸を張り勝鬨のように咆哮した。ビオランテは最後の足掻きなのか、悲壮な声を上げながら幾本もの蔓をより合わせ、自分とゴジラの間に壁を構成する。しかしゴジラがトドメとばかりの熱線を放つと蔓の壁はあっけなくも爆散し、緑の体液をまき散らした。

 追撃となるダメ押しの熱線がビオランテに直撃すると、スパークが全身に走った後激しく爆発し、下腹部の発光器官は完全に破裂したように見えた。更に煙を上げて炎上し始め、いよいよビオランテの最期という、見ようによっては哀れな姿を晒した。

 ビオランテの巨躯が完全に飲み込まれるほど炎は激しく燃え立ち、湖面全域が赤く染まった。視線を向けるだけで眼球が乾いてくるようで、目を窄めながらシャッターを切っていると、炎の中に何かが()()ように見えた。ズームしても光量の都合で鮮明には捉えられなかったが、一瞬見えたそれは明らかにビオランテの姿ではなかった。

 ワニのような巨大な口を広げ、苦痛に喘ぐような声を轟かせると、その巨影は金粉となって姿を消し、炎で生じた上昇気流に乗るようにしてゆっくりと夜空に昇っていった。

「ユーコ、今のはいったい……?」

「私には声しか聞こえなかったのでなんとも……でも、新しい巨影の反応はありませんでした」

「じゃあ、あれはビオランテだったのか? ……だとしても、もう確認はできないか」

「はい、ビオランテの反応は……もうありません」

 一瞬見えたあの姿がなんなのか、それはビオランテの死によって永劫の謎となってしまった……普通に考えればそうだ。しかし俺はなぜか、いつか再び相対するのではないかと、心のどこかでそう思っていた。

 一連の光景を俺たちと同じく注視していたゴジラが湖から離れ始める。戦いの後だというのにゆったりと歩く姿は、まさに勇壮と言うに相応しいものだった。

 

 幸いゴジラは以後暴れることなく、長いこと地響きを効かせて去っていった。

 俺は手近な岸に着くと、よろめきながら林道に出でて四つん這いになる。

「ああ、地面だぁ……やっぱり人間、陸から離れちゃ生きていけないのだ」

 大仰に薄っぺらなことをのたまうが、姿勢は土下座のそれに近く、我ながらみっともない姿だった。

 地面に耳を当て遠ざかっていくゴジラの足音を聞いていると、むっと眉間に皺を寄せたユーコと目が合った。美人の怒り顔というのはなかなか迫力がある。

「どうしたユーコ、なんで怒ってるの」

「カメさん、さっき言いましたよね。“俺が死んだら”……って」

 内容を察し、慌てて姿勢を正座に切り替える。彼女は目に涙を浮かべながら俺に迫った。

「なんで諦めてしまったんですか! 私、あなたの死ぬところなんか見たくありません!」

「す、すまん。デッドゾーン……危ない場所が俺には赤く色づいて見えるんだが、それが逃げようも無いくらい広がっていて……」

 彼女は怪訝に目を細めた。

「その力、本当に確実なんですか? 信頼性は? あの時はゴジラの横入りで、デッドゾーンには何も起こらなかったじゃないですか」

「確かにそうだが……思うにこの力は第六感の延長にあるようなもので、完全な未来予知というわけじゃないんだ。だからこっちの努力次第、あるいは外的要因でも回避できる。一つ確実に言えることは、バルタン星人もビオランテの触手も、ゴジラの熱線も全てこの力で回避できたってことだけ」

 ユーコは思案する様子から、どこか自責的な表情に移り変わった。

「やっぱり、私との一体化が原因でしょうか……」

 優しい彼女は恐らく、俺が人としての範疇を超えつつあることを気に病んでいるのだろうが、そんなことは完全に見当違いだ。

「なあ、そんなに気にするなよ。俺はこの力に何度も助けられたし、今後も助けてもらうはずだ、巨影を追う限り。むしろ感謝してるくらいさ。キミと出会ってから、確実に良い方向に俺は向かってるよ」

 心から、打算も含めてそう思っていることを打ち明けると、彼女もようやく解けた笑みを見せてくれた。

「ありがとうございます。そうですね、考えようによっては凄く便利な力です。私たち二人の力を合わせれば、きっと誰よりも凄い写真が撮れますよ! 微力ながらお手伝いします!」

 力強く頷いて返す、が。彼女が巨影を察知し、分析し、変身して機動力になり。俺は――危なそうな場所から逃げる。どちらが微力かは一目瞭然だが、まあ種族の差だ。黒人の身体能力を羨むようなものだ、人間割り切りが肝心。

 ようやくユーコが普段の調子で快活に笑ってくれて一安心だが、誰よりも、という言葉で昼川のことを思い出してしまった。

 今しがた撮影したばかりの、会心の出来栄えの写真をモニターで眺めながら呟く。

「確かに凄い写真だ……けど、あっと言わせたい奴はいなくなってしまった。嫌な奴だったけど、こんな結末とは……」

「カメさん……」

 重苦しく湿っぽい空気の中、ユーコは俺の手に自らの手を添えた。触れられはしないが、彼女の体温を少し感じられたような気がした。

「カメさん、誓ってください。最後まで絶対に諦めないって。きっと二人でならどんな場面も乗り越えられます。ね……?」

 俺を上目に見る彼女の瞳に吸い込まれるような気がして、一瞬立ち眩みのような症状を覚えたが、強く頷いてみせた。

「ああ、誓うよ。諦めたりしない。何があっても――」

「おい、そこにいるのは誰だ!」

 心臓を締め付けるその声の方へ振り向くと、二つの光が遠くからこちらを眩く照らしていた。

「警察……かな」

「あ、背負ってるの鉄砲ですよ鉄砲。湖畔にいっぱい居た人たちです」

 なるほど、自衛隊ね。

 

「おい、そっちは道もない山だぞ! 諦めて戻ってこい!」

 諦めない、俺は決して諦めないぞ!

 半分涙目になって藪をかき分けながら、今しがた交わしたばかりの約束を早々に履行するのだった。

 




予告(NA:ユーコ)

逃亡に成功したカメラマンと幽体の少女。
だが彼らを待っていたのは無人の街。
そこへ二つの巨影が出現し、壮絶な死闘が始まった。
真実の一端に触れ、シャッターボタンは重みを増す。
次回『影、逃げ出した後』

この次も、サービスサービスゥ!
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