巨影を知らない都市 作:ギガンティック芦沢博士
良いことが二つ、悪いことが一つ起こった。順序立てて説明すると、まず追手から逃れることはできた。良いこと1。しかし深入りしすぎて下山できず、一夜を山中で過ごす羽目になった。悪いこと1。幸いにもユーコの変身した車の中で夜を明かせたことが、良いこと2だ。
夜の山中、月明かりも星明りも届かない鬱蒼と茂った森の中、なだらかである程度開けた場所を発見しユーコに変身してもらった。その車内に入った時は心から安堵し、極度の疲労感と緊張感からの解放でそのまま入眠となった。
しかし小鳥たちの合唱に目覚めた朝、車種の選択を誤ったと今更ながらに後悔した。2シーターのスポーツ車とは、そのストイックな作りからして余分なスペースなど無い。つまりリクライニングがほとんど利かなかったことが腰に効いた。
朝露の中、呻き声をあげてストレッチする俺に、ユーコは心底不思議そうに聞いた。
「一番最初、コンビニでコピーした車になればよかったのでは?」
言ってくれない彼女を責めるべきか、思いつきもしなかった俺の低能を自責するべきか。後者かな、後者だろうな……
草木をかき分けながら道なき道を登り続ける。山を下って湖に出てはまた逃亡の身となり果てるかもと考え、そう険しい山でもないし、いっそのこと山越えしようかと思い至ったわけだ。
かなり苦労はしたが予想を上回るほどでもなく、やがて山の稜線へと到達すると、枝葉の隙間から僅かに街が覗けた。
「ああ、やっぱりほっとするな。普段は自然を増やそうとかのたまうくせに、人工物を見ると落ち着く。性分だな」
長いこと自然に揉まれていたからか、普段は感じることのない、角ばった街並みへの愛着を感じてならなかった。
「だって街が人間の“テリトリー”ですよね? それって普通のことです」
そういえばユーコって宇宙人だったな、と、
「テリトリー、確かにそうだ。ならそれを荒らす巨影は外敵ってところか」
あるいは自然や、地球にとっては俺たちこそが……
ユーコに幻滅されそうで、これは口にしなかった。
街を目指し下山を始め、中腹辺りまで差し掛かったところで木々の合間から広場が見えた。まさかと思い急いで近づくと、そこは街を見下ろす神社の境内だった。
立派とは言えない木造の本殿だけが、そう広くもない敷地の中央にポツンと立ち尽くし、なんともうら寂しい風情がある。しかし山の中腹に建つだけあって景観は素晴らしく、山麓から広がる街並みが一望できた。
木製の鳥居をくぐり、手すりもない石段へ腰かけると、上体を反らし青空に浮かぶ綿雲を見上げて息をついた。日を浴びた石畳が温かかった。
「はぁ~……やっぱり素人が登山なんてするもんじゃないな」
「お疲れ様です。私もお役に立てればよかったんですが……」
「山の中じゃ仕方ないだろ。車中泊できただけ充分だよ。まあ、まだ少し腰が痛いかな?」
「あ、もう! まだそれ言うんですか!」
もちろん責めてはいないが、じゃれつく気持ちでからかえば、ユーコも笑いながら反撃してくる。心地いい雰囲気はやはり、人間の生活圏に到達したことによる安心感からくるものだろう。しかしふと眼下の街を眺めていると、妙な違和感に差し当たった。
ビルやその他家屋も立ち並ぶ、普通と言えば普通の、しかし立派な街だったが、なぜだか人気や活気のようなものを感じない。
「なんだこの街、何か妙だぞ」
立ち上がって、より見晴らしが良い境内の端へと移動し、カメラのズーム機能を使う。すると道路上には車の一台、それどころか人っ子一人見受けられなかった。
「カメさん、巨影です! 街から巨影の気配がします!」
それを聞くと同時に俺も、静止した街の中で唯一動くその巨大な影を発見した。滑るようにして低い位置を飛ぶ紫色の巨体が、ビルの隙間から顔を覗かせる。のっぺりとした質感の表皮に、まるで青虫の模様のように分かりやすい、丸々とした目が一対ある。
「捉えた! 撮影する!」
カメラの動画機能を使い巨影を撮影し始める。覗き見る限り巨影は細長い個体のようで、やがて頭をもたげて身を起こした時にそれはよく理解できた。
なんとも形容し難い姿は、イカというかコケシというか。足もない円筒状の胴体に大きな三角形の頭が付いており、大雑把なその外観は総体として情報量が少ない。頭との接続部付近に赤い水晶のような玉があり、その下では肋骨のような多脚が蠢いている。肩口と思わしき箇所から伸びる、腕とは言い難い短さのY字の器官が特徴的だが、何のためのものかは理解できない。
神のイタズラによって創られたかのような、おおよそ生物的とは言えない姿のその巨影を見たとき、件のフラッシュバック現象が発生した。
「こいつは使徒……そう、使徒と呼称されていたはず。名前は……」
「シャムシエル。正体不明の生物ですが、人間に対しては敵対的です」
そうだ、この個体は五年前にも出現した。しかしその時は……“何者か”との戦闘によって爆発という最期を迎えたと記憶は語るが、同一の個体なのだろうか? そしてシャムシエルと戦った者とはいったい……
その疑問に答えるように、“何者”かは唐突に現れた。
普通のビル群の中に、突如として地中から謎の建造物が出現した。他の高層ビルにも引けをとらないような大きさの、窓もない武骨な白いそれは、世俗的に例えるなら角ばった冷蔵庫だろうか。しかしその上部に描かれた文字をクローズアップした時、脳のどこかに引っ掛かりを覚えた。
「“EVA-LIFT”……エヴァ?」
そしてシャムシエルからは見えない反対側の壁面が開くと、記憶のつっかえは完全に取れた。
「紫の巨人……そうか、エヴァだ!」
「正確には汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。あれはその初号機です」
現れたのは紫色の巨体。手足は長くスマートな体型で、額から伸びるユニコーンのような角と高く伸びる肩のパーツが特徴的だ。
「人造人間? あれはロボットじゃないのか?」
「厳密に言えば違うようです。もっとも、普通はパイロット無しには動かないのでほぼ同じですが」
ユーコの口から次々に新事実が明かされていく。このエヴァンゲリオンに関しては五年前にも情報統制が敷かれ、その詳細が市井に広まることはなかった。人類側の兵器ということ、使徒と呼称される敵と戦っていること、そしてどこからかリークされたか、“エヴァ”と呼称されていること、この程度しか手持ちの記憶にはない。
だからこそユーコの明かす情報は非常に貴重で気にかかったが、戦闘の開始により追及はできなかった。
エヴァは自身の出現したビルの影から飛び出すと、手にしていたライフルを構えて撃ち放った。高回転で放たれる銃弾はその激しい着弾音を、数瞬遅れて俺たちにまで響かせる。
しかし威力ゆえか爆煙が高く立ち上り、またエヴァもトリガーを切らず撃ち続けたため、シャムシエルの姿は完全にそこに隠れてしまった。やったか! と言いたいところだが、煙に隠れる前のシャムシエルに動じている様子が見られなかったことから、期待薄だろう。
幾ばくかの間を置き、煙の中から光る鞭のようなものが飛び出してエヴァを襲った。幸いにもエヴァは倒れ込んでライフルの先端を両断されるにとどまったが、その隣の搬出用ビルまでもが一刀両断にされて崩れ落ちた。
「えっ、もうやられちゃったんですか!?」
「いや、大丈夫。しかしなんて切れ味だ、あんなのまともにやりあってられんぞ」
その時エヴァの後方に、今度は少々小ぶりなビルが出現し、同じように展開すると、そこには同型のライフルが収められていた。恐らく戦局を観て後方で支援する組織、それも国家絡みの大々的なものが存在するはずだ。街を改造して迎撃体勢を造るなど並大抵の組織ではない。情報の統制も得心がいく。
しかしどうしたことか、エヴァが座り込んだ姿勢のままなかなか立ち上がらない。
「ど、どうしたんですか、やっぱりやられちゃったんですか?」
「分からない。くそっ、早く立て、立て……!」
動かぬエヴァに、煙から出でた使途が徐々に接近していく。肩口から伸びたY字の器官から一対の光鞭が垂れ、エヴァを見定めるように揺らめいていた。
そしてエヴァめがけて鞭をしならせた一瞬、エヴァは弾かれたように動き出し紙一重で回避するが、立ち上がった土煙が鞭の威力を如実に表していた。
その後しばらくエヴァは防戦一方となり、唸る光鞭を必死の様子で躱し続けるが、その度にビルが破壊されて煙が立ち上る。数分と経っていないはずが既に街は黒煙に包まれており、改めて『巨大な生物が動く』ということの脅威を教えられているようだった。
使徒は本体の動きこそ緩慢なものの、伸縮性に長ける光鞭は目で追うことも難しく、ビルを細切れにしながらどこまでもエヴァに迫り続けた。その最中、エヴァの背面から伸びているケーブルが切断された。
「ユーコ、あのケーブルは!?」
「アンビリカルケーブル! あれが切れるとエヴァは最大五分しか活動できません!」
ここにきて時間制限まで発生したエヴァを心中で応援するが、ビルを背に追い詰められた姿勢のエヴァが、突然に激しく倒れ込んだ。いや、ゴジラとビオランテの戦いでもあったように、ビル群に紛れて伸ばした鞭に足を掴まれ引きずり倒されたようだった。
シャムシエルはエヴァの巨体を軽々と持ち上げ、無造作に空へと放った。カメラでエヴァを追っていた俺はその軌道にゾクリと身を震わせた。
「こっちに来るっ!」
足元に視線を落とせば予想通り、赤いデッドゾーンの上に俺は居た。
こんな巨影が見たかった
・「宇宙戦争」より“トライポッド”
スケール、不気味さ、絶妙な速度。あれから逃げるなんて考えただけで堪らない。
問題は即死技がきつ過ぎるという点。舞台を大阪に移せば勝ちフラグ。
あのアポカリプティックサウンドじみた不気味な低音はなんなのだろう。凄く好き。