「えー、今日の実技演習何だが……特別講師の方が来てくれる事になった。ここに居る一同も、一度は耳にした事がある筈の人だ。くれぐれも、無礼な事をしないように」
『はい!』
今日も何時も通り訓練を終え、仕上げに実技演習をするものだと思っていたけど、少し違うみたい。
ルームメイトのスバルの方を見ると、子供みたいに目を光らせてそわそわしていた。……知り合いなのかしら?
改めて、教官の隣を見る。そこに居るのは顔だけは年を取った老年の方に見えるけど、それより下は下手な大人よりも若々しさというか、力強さに溢れた体があった。皺や染みが余りない顔は苦笑いの形になっている。
他にはもう二人、あの特別講師の使い魔だろうか。九本の尻尾を生やして、簡素な服……確か第九十七管理外世界『地球』で昔使われていた『きながし』っていう服を身に着けた、それぞれ細部は違っても似た要素を持つ男性と女性。
一度は耳にする有名人らしいけど……私には全く覚えが無い。
でも、昔は最前線で活躍していたらしい教官が言うからには、有名人なのだろう。ちらりと周囲に目を配ると、殆どのクラスメイトは分かっていないような顔をしている。でも、ほんの一握りは羨望や驚愕の視線を送っていた。スバルもその一人だ。
何者だろうか。
「では、アーバンカルトスさん。何か一言あれば……」
「では……若人の諸君。こんな老いぼれだが、先達として諸君らの力になれれば嬉しいと思う。実技の事で分からない事があれば、可能な限り私達が対応しよう。……武器の扱いを教えることは出来ないが、受け手としての対処くらいは教えられる筈だ。よろしく頼むよ」
沈黙。幾ら教官の前だからと言って、おかしい位の静けさがあった。
え、なに? アーバンカルトス? 兄さんからもよく話に聞くこの人が、元管理局最強とか、管理世界の闘犬とか、『拳王』等、凄まじい二つ名で知られている、あのアーバンカルトス・ルドスリゾティ?
一瞬、分かっていなかった組の大多数が固まって、瞬間。
『――――!?』
大歓声。声にならない悲鳴。私も周りにまじってきゃあきゃあわあわあ言っていた。
というよりも、パニクっていた。
「こ、こらお前ら! 煩いぞ!」
「……ははは、気にしないでくれ、ガイス君。君とて、昔は似たような――」
特別講師がどうやら教官の昔の事を指摘しようとして、それに被せるように教官が私達に指示を出した。
面白い話が聞けるかと思ったけど、残念ながら聞けないようだ。
「さ、さて! これから、特別講師の三人と模擬戦を行ってもらう!異論はないな!?」
『は、はい!』
「よし、ならアーバンカルトスさんに挑みたいものは一人、もう二人の特別講師――クオンさんとセツナさんに挑みたいものは二人一組で整列しろ! 十分以内だ!」
『はい!』
「スバル、アンタはどうするのよ? 一人で挑む? それとも二人で?」
ルームメイトに尋ねれば、さっきのキラキラとした目は為りを潜め、「どうしよう」と言わんばかりの表情をしていた。
それなりに仲良くなって結構経つけど、やっぱりこいつにはこういう顔よりもさっきの無垢な顔があう――いや、私は別にそんな趣味を持ち合せている訳でも無いけど。
「んー、一人で挑むのは止めておく。あの人にタイマンは絶対無理。勝てないよ。クオンさんとセツナさんなら、まだ大丈夫…………だと思う。たぶん。きっと。……大丈夫だよね?」
「知らないわよ。ていうか、知り合いなの?」
「うん。お父さんがお世話になってたんだって。あたしもあの三人のトレーニング……というか、朝の日課かな? それにギン姉と一緒に参加したことあったけど……もう思い出したくないよ」
「……」
苦笑いを隠そうともせずにスバルはそう言った。
スバルのお姉さんって強いって話をよく耳に挟む。この間も何だか大きい事件を解決したって、とてもいい笑顔でスバルが騒ぎながら語って来た事だ。
正直私はスバルと接近戦をやれなんて言われても絶対いやよ。すぐにボコボコにされるわ。きっとお姉さんも同じような戦闘スタイルなんだと思う。姉妹だし。
となると、やっぱりそんな姉妹をボコボコにしたアーバンカルトスさんに挑むのは得策ではないようね。兄さんも「気が付いたら全身打撲とか、吐いてるのが普通だったよ」とかなんとか訳が分からない事言っていたような人だ。
……冗談だと思いたいけど……。
あれだけ哀愁が漂ってると、本当の事としか思えない。
「よし、私はペアでいくわ。スバルと」
「うん。……大丈夫だよね?」
だから、知らないわよ。そんな事。
あたしたちの一つ前――というか、挑戦する事になったペアの中で、あたしとティアは二番手という中々なポジションに落ち着くことができたのは、運が良いのか悪いのかあたしにはよくわからない。
ただ、少なくとも――あたしの顔は、その、絶対青ざめながら引き攣った顔をしていたのは、確か。
「スバル、あんたホントに大丈夫?」
ティアに声を掛けられても、薄くうなずく事でしか返事を返せない自分がいたけど、気にする余裕もない。
気にし過ぎてもいけないのだ。あくまで訓練の一環なのだから、別に勝つことを強要されているわけでもない。でも……完全にトラウマみたいな状態になってる。
思い出すのは、徐々に実力を付けてほんの少し――内心強くなっていく実感があって、少し高揚していたくらいだったんだけど――天狗になっていた時期、お父さんに、『ギンガと一緒にある人の家まで行って、修行するか?』と聞かれて、あたしは躊躇いも無く頷いた。
――人って、あんなに長く魔法も使わずに空中に浮かせられるんだって、身をもって知りました。
……いや、クオンさんが加減をミスしたみたいであたしとお姉ちゃんがボッコボコにされただけなんだけど。……その後、あたし達をボコボコにしたクオンさんがアーバンさんにボッコボコにされてたんだ。
セツナさんに悪いことしたなあ、あんなに真摯に謝ってくれたし。――なんて現実逃避をしていても、目の前の光景は変わらなかった。
大柄な男子――あたしと少し似たインファイター型の生徒――がセツナさんに突っ込み、その間に後ろから女子が珍しいスリング方式で魔力を打ち出す簡易ストレージデバイス――――で援護をする――悪くはない戦術だろう。何気にクオンさんにも数発魔力弾を飛ばしている。フォローもある程度形になっている。
……あくまで、通用するのはあたしたち、という注釈が付くけどね。
「――ふっ!」
「え――お、が!?」
ティアの顔が若干引き攣っているように見えた。セツナさんは、迫ってきた魔力弾――弾、ということもあって比較的面制圧的なものにも見える――をすりぬけるようにあっさりと避け、少し右足を後ろに引いて、右手で左腕の裾を掴み、左手で襟を掴んで、地面に叩きつけた。
……彼が気絶しているのは、あたしにははっきりわかった。ティアには見えていたか定かじゃ無かったけど、襟を左手で掴む直前、顎を掠めるよう掌底を打ち込んでいるのが、あたしの目にははっきり映っていたからだ。
女子の方を見ると、既に投了していたらしい。あ、でもクオンさんの尻尾でもふもふしてる。何か、すっごいうっとりしてる。……気持ちはわかるから仕方がない。
「……スバル。接近は任せたわ」
「え、ティ、ティア!?」
それはあたしに暗に「死ね」って言ってるのと同じだよ!?
焼き入れを行う前の刀剣。挑みかかってきた子供達を、私とセツナはそう評した。
荒削りでこそある。しかし柔和な発想や攻め手はセツナも三発ほど貰ってしまった。一発は見知った顔のペア、もう二つは知らない顔のペアだった。だが、最初のペアもなかなかいい筋をしていた。そうすると、良くない子供達のほうが全くと言っていい程いない気がする。
私は被弾数ゼロに抑えた。私の場合、回避にも力を入れているが為だろう。それでも、掠めることがあったというのは、荒があったということだろう。ひとえに戦い方がそうさせている部分も無くはないだろうが、それではアーバンカルトス様には届かない。軽快に動き回る重装兵。それでいて攻撃はどれもこれもが常識を遺脱する一撃。成程、笑えない。
セツナの方を見れば、肘から手首にスナップを効かせた、腰も乗せていない軽い裏拳を数回素振りしていた。
シュ、という音が空しく響いただけだ。私以外なら? アーバンカルトス様であれば、空気を力技で裂くような音が聞こえるだろう。私は、セツナと同じ位の筈だ。
昔の主であれば? ……腰すら回さずに――炸裂音をけたたましく鳴らせた一撃を繰り出してきそうだ。
「……、鍛え直さねばならんな」
「それ、私も絶対混ぜろ。姉命令だ」
「姉上……御意。その内、第9管理世界にでも行きましょう」
あの世界は基本的に接近戦で戦う者たちにとっては天国のようであり、同時に地獄のような場所だ。蜥蜴人間のような姿の原住民たちに頼み、共に混じって、修行するだけ。字面だけなら、あまり危険には感じられないが、あの世界に一度でも行き、一週間でも過ごせばあの世界の接近戦闘における原住民の強さが嫌でも分かる。私たちでも少し油断すればすぐにやられてしまう様な化け物ぞろいだからだ。
体も強いが、それ以上にその技術が素晴らしい。
一度お父様に連れて行かれ、一月あの世界に籠ったが、未だにあの世界からは学ぶべき部分が多くある。
……問題は、いつ行くべきか。
その事を考えながら、私は簡単ながら生徒たちへ指導をしていた。流石に、こんな宝石の原石が目の前にごろごろいて、放っておくのはもったいない。
私たちで出来る範囲で、少しでも輝いてほしいと願いつつ、気が付けば笑顔を浮かべていた。
次回は早く更新できるといいなー(棒)