AKIRA―2
―― パチン
―― コト
―― パチン
―― ゴト
―― パチン
―― ペソ
「いい加減にしろっ!」
アキラが頭を抱えて立ち上がった。
「もっとこう、ピシッと打てないのか! ちょっと持ってみろ、こうだ、こおっ!」
「はあ、すみません」
「塔矢、対局中だ。静かにしていてくれ」
進藤にたしなめられるのも腹が立つが、盤面がかなりイイ勝負なのも何気にムカつく。
「まあまあアキラ君、こちらで並べてみよう」
緒方が後ろの机に碁盤を置いたので、アキラもゼイゼイ言いながらそちらへ移動した。
現役タイトル棋士と若手カリスマの実況解説が始まるぞと、ギャラリーは喜んで場所を空けた。
「俺、最初から見ていましたから、再現しましょうか?」
先程の少年が、両の碁笥(ごけ)を引き寄せて、パチパチと石を並べる。
「あの……」
並べながら少年は、遠慮がちに喋った。
「今の時代って、パソコンやスマホの影響で、常識がどんどん更新されて行くじゃないですか。囲碁だって、相手を求めて外出しなくても、ネットでゲーム感覚で色んな人と対戦出来る。石も碁盤も知らないで、マウス操作だけで強くなる人も、意外と沢山いたりして……って思いました」
並べられて行く石を見つめながら、アキラは彼の言葉も聞いていた。
それは一概に悪い事……ではないのだろうが……やはり少し寂しい。
「ここが今です」
少年が石を並べ終わった。
『石を打たない→ネット囲碁』の言葉で、アキラは脊椎反射のように、ある人物を連想していた。
「違うな」
同じ事を考えていたであろう緒方が、先に結論を述べた。
「『sai』とは違う。あきらかに囲碁の性格が違う。それに……」
この娘が『sai』だったなんて日には、囲碁の神様を速攻ぶん殴りに行きかねない自分がいる。
『sai』・・二年前の夏、ネットの某有名囲碁サイトに登場し、世界中の強者相手に無双して、一ヶ月で消えた。
と思ったら、今年の春に一度だけ復活して、日本のトップ塔矢行洋をなで斬りにして、また消えた。
世界中の囲碁関係者の関心の的で、緒方も例外ではない。
アキラに至っては一昨年の夏に無双を喰らった一人であり、あまつさえ尊敬する父親に土を付けられた。個人的にも、『sai』に対する執念はハンパない。
二人とも、収集出来うる限りの『sai』の棋譜を集め、研究はし尽くしている。
「そうですね、僕もそう思います。『sai』ではない」
では、このカヤコという女性は、あの少年の言うように、ネット等で対局を積み重ねて強くなっただけなのだろうか?
ふと、『sai』もただ、たまたまそういった人物だったのかもしれないと頭を過(よぎ)って、目眩がした。
「アキラ君、考えている事はだいたい予想出来るけれど、多分違うぞ」
少年が報告してくれる新たな一手を置きながら、緒方が言った。
「囲碁に限っては、強い相手が居ない所では、絶対に強くなれない。塔矢先生が、棋道無き世界で育った、そんな温(ぬる)い相手に負けたと思うのか?」
「……」
囲碁界のトップ塔矢行洋を父に持って生まれたアキラは、当然のように父と同じ道に入った。
囲碁という遊戯が強いばかりではなく、『道』としてそれを極める姿に、憧れ尊敬し、後に続きたいと思っている。
そんな途中で、『sai』という道を無視した異質な存在に出逢ってしまったのだ。
今までの自分が総て否定されるような……
「しかも『sai』は、現れた瞬間、強かった」
いつ何処で棋力を育てたのかまったく不明で、世界中の囲碁組織にも該当者が見付からない。
「だから俺達は、ネットに潜む『彼』の実態を、必死で追い求めているんじゃないか」