河原の囲碁   作:西風 そら

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~その年の12月の続きの続き~ AKIRA

AKIRA―4

 

 対局が思いの外長引いているのは、ヒカルがー手に手間取り始めたからだ。

 

 盤面が止まっている間、アキラは、三年前のある対局を思い出していた。

 自分が進藤ヒカルと初めて会った、駅前の碁会所。

 

 進藤ヒカル・・師匠もいないのに、石の持ち方も知らない地点から、二年足らずでプロになり、今や、幼児の頃から父に指導を受けている自分に追い付こうしている。

 

 それだけなら『類希なる才能があった』で、ギリ納得してやる。

 問題は、それ以前、初めて会った時、素人だった時点で自分に勝利した事だ。

 しかも『sai』を彷彿させる打ち筋で。

 

 今は、プライベートでも対局し囲碁論を戦わせる仲になったけれど、その時の確執はまだ消えない。

 彼も意識して、過去の事は話題から外している感じだ。

 そういう、心を割って本心を聞いたり話したりするスキルが、自分には決定的に欠けているのだろうな。

 囲碁だけで生きて来たんだし。多分これからもそうだし。

 

 何故今更そんな事を思い出すのかというと、今目の前で展開される対局が、その時そのまんまなのだ。

 どうしたって初心者以前の素人にしか見えない女性がゴトゴト不器用に置く石が、プロの進藤を翻弄している。

 まったく、なんなんだ、これは……

 

「ほお、アキラ君、この石」

 緒方の声で呼び戻された。

「どこかで見た配置だと思っていたんだよ。ほら、見覚えはないか?」

 

「『sai』ですか? いや、やっぱり『sai』では無いけれど・・あっ、そうか、先日の」

 

「ああ、俺がハメられた奴だ、うぅむ……」

 緒方は、口一杯の苦虫を噛み潰したような顔になった。

 そう、この、気が付いたらいつの間にか蛇のとぐろの中にいたような、嫌な感覚……

 

「呼んだか?」

 

 想像した人物が召喚されたように顔を出し、二人を飛び上がらせた。

 

「く、桑原先生!」

「呼んでません! まったく、俺を索敵する超音波でも出しているんですかっ」

「人を妖怪みたいに……」

 

 桑原は、二人が並べている検討中の盤に目をやった。

「・・ほお」

 それから、対局中のカヤコの方へ歩み寄った。

 

「あ、おじいちゃん」

 カヤコが手を止めて顔を上げた。

「ご用は終わったの?」

 

「ああ、じゃが……」

 桑原は今一度盤面を見渡し、そしてカヤコの耳元に口を近付けて、短く何かささやいた。

 

「うん、そう」

 カヤコが小声で返事した時、老人の顔がこれ以上ない程に変化したのを、対座しているヒカルは見ていた。

 

「構わん、決着付くまで打ち切れ。小僧、負けるなよ。まあ勝てないがの」

 

 変な励まし方をして立ち去ろうとする桑原に、アキラが声を掛けた。

「お孫さんだったんですか。どうりでこの打ち筋、よく似ていらっしゃると」

「惚れたか」

「いえ、特には」

 

 ち、カラカイがいのないと、肩をすくめて老人は、奥の喫煙スペ―スに行ってしまった。

 盤上の行方に興味は無いのだろうか?

 

 

 

 老人が愛用の両切り煙草をくわえると、火を差し出す者が隣に居る。

「見ていなくていいのか? 進藤の小僧がこてんぱんにやられる様など、滅多に見られるモンじゃないぞ」

 

 緒方は自分の煙草に火を灯し、ゆっくりと煙を吐いた。

「彼女は囲碁はやった事が無いと、伝え聞いていたんですがね」

「ひょひょ」

 

「桑原先生も、彼女に囲碁の手ほどきなどしていないでしょう? 棋道を突き詰めていらっしゃる貴方が、幾ら可愛い孫娘でも、あんな不細工な打ち方を許しておく筈がない」

「ふぉふぉ」

 

「いったい誰が彼女の師匠なんです? いや、質問が違ったか。いったい、ナニが、進藤ヒカルの相手をしているんです?」

 

「ひゃっひゃひゃひゃひゃ・・」

 

 

 


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