事故で翼に怪我を負った龍と、空に憧れる少女の物語

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銀翼の凶星と少女

 

「バル〜、私もう疲れたー。歩きたく無いー。シオリちゃんはか弱いんだから運んで〜」

「グルッ」

 

 かれこれ一時間ほど歩いただろうか。ある程度整えてからそれっきりの道を歩きながら、私は愚痴をこぼす。ガックリと項垂れる私の背中を、「早く進め」と言わんばかりにぐいぐいと押してくる私の相棒はフンスと鼻を鳴らし、私を置いて進んでいく。

 

 くっ……基礎体力からして違う……!負けてたまるか……!

 

 私の方を向いてドヤ顔をするバルの鼻を明かしてやるために、残りの全体力を振り絞って走る。疲れすぎて若干走ってる足の感覚が薄いけど、ここで敗北を認めるのは私のプライドが許さない。

 鼻歌でも歌いそうなほど軽快な足取りで余裕綽々なバルへ必死に追い縋って───

 

「あ、ダメだ」

「!?」

 

 倒れ込んだ先にある相棒の尻尾にしがみつくと、突然の重みに驚いたのかバルの背中がビクッと跳ねた。それでもバルは止まることなく進む。

 私は大きく揺れる尻尾からなんとか背中へよじ登り、バルの首元に座ることに成功した。

 

 この子ったら、尻尾を掴まれるのが嫌いだからって振り落そうとするのは無しでしょ。せめてもの仕返しとして、バルの鱗を触れるか触れないかの絶妙な距離で手を動かしていると、擽ったいのか体が震えている。

 

 これはこれで良いなと思い、バルの頭を撫でる。お世辞にも気持ちいいとは言えないが、癖になる感触だ。触れば触るほど深みにハマる。

 そのままバルの鱗の感触を堪能していると、いつの間にか空が暗くなり始めていた。

 

 いけないいけない。バルと過ごしてると時間の流れが凄く早く感じる。鱗の感触と歩く時の振動で眠くなってきちゃうのも原因の1つだけど。

 

 名残惜しさを感じるが、バルの首から降りて別れを告げる。

 

「また、明日ね」

「グルッ」

 

 私が手を振ると、それに合わせて翼を振るバル。

 私の相棒は、相変わらず可愛い。

 

 

 

******

 

 

 

「バルー?準備良いー?」

「グルゥッ」

 

 よろしい。

 私の呼びかけに翼を軽くバサバサと羽ばたかせて返事をするバルを確認してから、リュックの中にあるゴム製のボールを数個取り出す。チャックはキチンと閉めて、木に寄せて置いておく。

 

 準備を終えると、背後でくしゃみをしているバルの目の前でボールをちらつかせる。そうすると、一瞬だけボールを見て目をそらす。けど私は、それが「早く遊びたい」の仕草であることを長年の付き合いから熟知している。翼が若干上下に揺れるのもポイント高い。

 

「グル、グル」

 

 小さく唸って急かしてくるバルの期待に応えて、大きく振りかぶってボールを投げる。私の手から離れたボールは勢いよく飛んでいき、バルがモンスターとしての身体能力を存分に発揮して、大人気なくボールを取りに行く。

 

 突風が発生して、倒れそうになるのをなんとか堪える。

 ボールが地面に落ちる前にキャッチされるものだから、この遊びもそろそろ潮時だな、と思った。昔は「タタタッ」って感じで可愛かったのに、最近は「ブォン!」だからね。

 

 私が鬼の鬼ごっこやキャッチボールといった様々な遊びを一通り終えると、散歩の時間になる。意気揚々と歩き出すバルの横に並んで一緒に歩きながら、もう数年前になるバルとの出会いを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───当時は引っ込み思案で、友達と呼べる存在がいなかったシオリは、モンスターが入ることのできない遺跡平原のエリア10でアイルーと戯れることが日常だった。

 そして、シオリの父がハンターということもあり、10歳にしてジャギィ程度からなら逃げ切れるほどの身体能力と判断能力を持っていた。もちろん大型モンスターが出現した際は家でモンスター図鑑や、月刊『狩りに生きる』を読むことで暇を潰していた。

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉ……!三郎丸(さぶろうまる)ちゃんモッフモフ。超モッフモフ。ずっと抱きしめていられるよ」

「離すにゃ!身の危険を感じるにゃあ!」

「ふへへへ、私とあなたは一心同体。もう離さない……!」

「涎が垂れてるにゃ!」

 

 そんなシオリだが、アイルーに対してのコミュニケーション能力は抜群だった。シオリは同世代の人間より大人びていたせいで、中々周りに馴染むことができなかった。だからこそ、自身より長生きしている大人やアイルー相手なら気兼ねなく話すことができた。

 

 因みにアイルーたちの名前はシオリが勝手に付けたものであり、名前の無かったアイルーたちは名前を付けられたことを大層喜んでいた。

 

「にゃにゃ!兄弟がピンチにゃ!」

「あ、太郎丸(たろうまる)ちゃんだ。こんちにわ」

「こんちにわにゃ。……って違うにゃ!今日という今日は覚悟にゃ!」

「そういえば、次郎丸(じろうまる)ちゃんは?」

「アイツなら通りすがりのハンターさんに貰ったマタタビで酔い潰れてるにゃ」

「ありゃりゃ」

 

 三郎丸を抱きしめていると、その兄弟である太郎丸がシオリに突撃するがあえなく捕まった。シオリは自身の腕の中で必死にもがく太郎丸もろとも頬擦りをして、その至福の感触を堪能している。

 だが、三郎丸たち自身も本気で抵抗していないことから、本当に嫌がっているわけでは無いということが伺える。

 

 

 ───幸せな時間を過ごしていると、突如飛来した何かが地面を揺るがし、轟音が響いた。シオリはその衝撃と驚愕で三郎丸は気絶してまった三郎丸を付近にあったベッドに優しく寝かせた。

 太郎丸は驚きのあまり叫ぶ。

 

「な、なんにゃ!?」

「……なんだろうね。ちょっと見てくる」

 

 何事かと立ち上がって様子を見に行こうとするシオリを止めようと、必死に腕を引っ張る太郎丸の腕を優しく引き剥がし、しゃがまないと通れないほど狭い道を歩く。そこを抜けた先───エリア6───を覗くと、そこにはモンスターとしては非常に珍しい銀色の鱗で全身を覆われて、通常の飛竜と違った、独特な形の翼を有する龍が倒れていた。

 

 どうやら飛行中に何かあったらしく、翼からは絶えず血が流れ出していて、苦悶の表情を浮かべている。そんな龍を見たのは初めてだったのか、こっそりと後をついてきた太郎丸は腰を抜かす。

 

「太郎丸ちゃん、大丈夫だから待っててね」

「うにゃあ……」

 

 普通の人間なら今すぐこの場を離れ、ギルドに討伐依頼を出すのだが、シオリは違った。心配のあまり声が漏れる太郎丸とは対照的に、倒れている龍に躊躇無く近づく。

 龍の目の前までくると、腰のアイテムポーチに入っている回復薬グレートを使い治療を試みた。

 

 龍は大怪我をしているため、シオリを襲うどころか威嚇することもできず、成されるがままだった。結果としてそれは良い方向へ向かい、翼の痛みが和らいだことに気付いた龍はシオリに襲いかかることは無かった。そこからはトントン拍子で進み、アイルーたちの懸命な治療により一命をとりとめることができた。

 

 

 

 ───シオリには、夢があった。けれど、村の大人たちは口を揃えて「諦めなさい」と、優しく否定する。シオリはそれが嫌で嫌で仕方が無かった。

 この行動は大人たちに対するシオリの精一杯の反抗なのか、それともその龍に希望を見出したのか。

 

 

 

 その日から、シオリは定期的に龍に会いに行くようになる。その龍は凶暴性が極めて薄く、アイルーたちはおろかシオリに牙を向けることは無かったため、アイルーの住処に住んでいた。アイルーたち自身もそれを否定することなく寝床と食料を提供し、龍は外敵が寄り付かないようにと、上手く共存していた。

 

 アイルーと戯れて、龍の翼を治療する。そんな日が続いて半年が経った。無事翼の傷は完治し、遂にお別れかと悲観するシオリだったが、いつまで経っても龍は遺跡平原から離れなかった。

 

 何故離れないのかと思案するシオリだが、龍の様子を観察して答えに辿り着くことができた。

 

「そっか……怖いんだね」

「グルゥ……」

 

 この龍は飛行中になんらかの事故で怪我をした。なら、そのことに対してトラウマを抱えていてもおかしくはない。なまじ龍自身が強大な力を持つ古龍であることも関係しているだろう。

 

 今まで生きてきてここまで大きな怪我をしたことが無く、しかも怪我をしたのが得意とする飛行中であったことから、傷は深いだろう。

 

 シオリはその結論に至り酷く落ち込んだが、それでも龍に会いにくるのをやめなかった。諦めるという選択肢が無かったためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルル」

「うわっ、急にどうしたの?」

 

 回想に耽っていると、バルに軽く体を押された。どうしたんだろうか。もしや構ってもらえないのが寂しいのだろうか。そう考えると途端に撫で回したい衝動に襲われたので、バルの頭に抱きついて頬擦りしながら頭を撫で回す。バルも満更でもなさそうだし、しばらくこのままでいよう。

 

 むふふ〜、冷たいけど暖かい〜。

 

「グルルッ」

 

 おっと、バルったらツンデレなんだから。

 振り払われてしまったが、それはバルの照れ隠しだと知っている私は微笑ましい気持ちでいっぱいだ。バルって恥ずかしくなると目を細めるんだよね。可愛いのう。

 

 

 

 

「あ、もうこんな時間だ。バル、私は帰るね」

「グルル」

 

 空が暗くなり始めたのを見て、いつも通り別れを告げようとしたら、バルに呼び止められた。何だろうと思い振り向くと、

 

「グルゥッ!」

「バル、どうしたの……?」

 

 翼から赤いエネルギーを噴出しているバルがいた。私は何がなんだか分からず、ただその光に魅力されていた。

 今までのバルからは考えられないような事態に私は困惑しながらも、回らない頭を回転させる。そして、バルの唸り声を聞いて1つの可能性に至った。

 

「グル、グルル」

「……乗れ、って言ってるの?」

「グル」

 

 ありえないと思いつつも放った言葉は、バルが頷くことで現実となった。私は声が震えるのを自覚して、再度問う。

 

「本当に、良いの?だってバルは───」

「グルゥ……!」

 

 しつこいと言わんばかりに強く唸ると、私の体は無意識のうちにバルの背中を目指して歩いていた。ざらついた鱗を全身で感じながら、バルの体をよじ登る。

 よく見ると、バルの体は僅かに震えている。恐怖を抑え込んでまで、私に付き合ってくれるなんて。

 

 落ちないようにしっかりとしがみつく。それを確認すると、徐々に噴出する赤いエネルギーが強くなって───。

 

 

 

 

 

 

「あはは!バル凄い!こんなに速く飛べるなんて!」

「グルルゥ!!」

 

 少女の発する歓喜の言葉を聞いて、龍は更に速度を上げる。最高速度には達していないものの、それでも一般的な飛竜の数倍の速度だ。

 

 

 

 

 

 

 ───闇一色の空に、一条の赤い光が尾を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人を繋ぐ『空』

 少女は憧れを。

 龍は恐怖を。

 

 

 

 互いに正反対な2人だったが、『空』をきっかけに2人はより深く───

 


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