戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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9:デュランダル/覚悟と焦燥

 

 

 

 特異災害対策機動部二課―――その本部のとある一角。

 前方に大型のスクリーンが供えられた大型のブリーフィングルームに、二課所属の職員たちが詰めかけ、肩を並べて席に座していた。

 横列を基準として各部署ごとに纏まっているのか、同じ服装の者が横並びになっている。

 例えば最後列は現場の実働部隊なのか武骨な作りの制服を纏った厳つい集団であるし、その前列のグループは黒服に身を包んだ別の意味で物々しい者たちだ。

 その更に前の最前列グループはあおいや朔也といったオペレーターたちだ。

 そんな中で、一番前の中央の席……スクリーンの真正面に座っている少女が、首をキョロキョロと巡らせながら物珍しそうな視線を辺りへと投げかけている。

 

「響、恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないの。……というか、なんで初めて来た私よりも響の方が挙動不審なの?」

「あ、あはは。ゴメン、私もここは初めてだし、それにこんなに人が集まってるのも珍しくって……」

 

 呆れ半分といった様子で諫める未来に、バツが悪そうに後ろ頭を掻く響。ちなみに席の並びとしては響の右隣に未来、左隣には微笑まし気な苦笑を浮かべる士郎と、その士郎の隣に堪えるような笑みを漏らす奏が座していた。

 余談だが、本来は未来までこれから行われるブリーフィングに参加する必要はない。だが彼女本人の希望と、彼女が響の精神的に重要な支えである事から守秘義務を前提として参加を許可されていた。

 そんな風に話し合っていれば、スクリーン前の壇上に立つ弦十郎の咳払いが響く。すると途端に場の空気が引き締まり、彼へと視線が集中する。

 それは響と未来も同じで、いつにない緊張感に鯱張って身を竦ませている。壇上から見ればそんな二人の少女の様子に頬が緩みかけるが、弦十郎は意識して表情を引き締めながらその場の全員を睥睨する。

 

「皆、揃っているな。それではこれから次の作戦についての説明に入る。―――了子くん」

「はい」

 

 言って、一歩下がる弦十郎と入れ替わりに前に出たのは了子だ。声の調子は弦十郎と比べれば軽く感じるが、それでも常と比べれば引き締まっているものだ。

 と、そこでスクリーンに光が灯る。映し出されるのは大仰な機械の塊で、その中央には横倒しのシリンダーが存在していた。

 画像ではすぐにはわかりづらかったが、よくよく見れば機械の根元には円形に張り巡らされた手摺の付いた足場が見え、そこから比較すればその機械が巨大なものであることが伺える。

 

「私立リディアン音楽院高等科……つまり特異災害対策機動部二課本部を中心に頻発しているノイズ発生の事例から、その狙いは本部最奥区画【アビス】厳重保管されているサクリストD……【デュランダル】の強奪目的と政府は結論付けました」

 

 そこでスクリーンの場面が切り替わり、シリンダーを大きく映し出したものへとなった。同時に、シリンダーに納められている代物の姿も明らかになる。

 

「デュランダル……」

 

 それは長大な一振りの西洋剣だった。

 柄頭から切っ先に至るまで大理石のような素材で出来ていて、巨大な岩塊から一刀彫で作られた代物だと言われたら信じてしまいそうな印象を受ける。長い年月によるものか、全体を染めるように覆う錆にもくすみにも見える汚れがそれを猶更のものにしていた。

 武器の種別としては両手剣であり、柄を半分に分割するような括れがまるで瓢箪を彷彿とさせる。鍔から刀身の根元に繋がる部分の装飾も複雑なもので、一見するとタービンのようにも見えた。

 そして一番の特徴は切っ先であり、形状としてはそのまま『凹』の形をしていてまるでジグソーパズルのピースに近い。造形から察するに、破損によるものではなく最初からそういう形状であるらしい。

 

 これこそがデュランダル。

 特異災害対策機動部二課が秘する、世界にも数少ない完全聖遺物の一つ。

 EU連合の経済破綻の折り、不良債権の一部肩代わりを条件として日本政府へと移譲され、管理・保管されることとなった代物である。

 

「よって政府はこれをより安全な場所へと移送することを決定しました。それが今回の作戦の目的よ」

「しかし、移送するって言ってもどこに? ここ以上の防衛システムなんて……」

 

 朔也の懸念はもっともだ。なにせデュランダルが現在納められているアビスは地下千八百メートル……数年前に開業した巨大電波塔【東京スカイタワー】に換算して約三本分という深さである。

 それこそ、そこらのシェルターや大金庫などとは比較にならないほどの堅牢不可侵の領域だ。それをよく知る彼からすれば、更に防備の固い場所など見当もつかない。

 その疑問に対し、答えたのは壇から降りて脇に立っていた弦十郎だ。

 

「永田町最深部の特別電算室……通称【記憶の遺跡】。そこならばということだ」

「よーするに、政治家の先生様方はアタシ達のところよりも、自分たちが税金で作った宝箱に納めたいってわけだ」

「「か、奏さん」」

 

 始まる前までとは打って変わって慇懃無礼に口をへの字に曲げる奏に、響と未来が頬を引きつらせる。どうやら、暗に自分たちが頼りにならないと言われているようであるのが気にくわないらしい。。

 そんな彼女には、隣の士郎も溜息と共に肩を小さく竦めるばかりである。

 

「そう腐るな、奏。どの道、俺たちが木っ端役人である以上はお上の意向には逆らえないさ」

 

 一方で、慣れきっているとばかりに皮肉気な笑みを浮かべる弦十郎。豪放磊落が服を着ているような外見に反し、あっさりと受け入れている様子であるのは、やはり一組織を率いる長であるが故か。

 と、そこで了子がパンパンと両手を甲高く打ち鳴らす。それで話が脇に逸れていたことに気付き、響たちが慌てて佇まいを直した。

 その様子に満足げに頷くと、了子もまた本題へと戻っていく。

 

「よろしい。……では改めて、これから機密資料を基に作成された作戦の概要を説明します」

 

 直後、スクリーンの画面が切り替わった。真ん中に太いラインが縦に走り、そこに五つの丸が並べられたシンプルな図だ。

 丸は真ん中の一つが赤く、それを四つの黒丸が四方を囲んでいるという形になっている。また、ラインの枠外には三角形が一つポツンと記されていた。

 

「真ん中の丸がデュランダルを乗せた車両、その周りの四つが護衛の車両よ。そしてこちらの三角は上空からの援護と警戒のためのヘリね」

 

 了子はどこからか取り出した指揮棒でそれぞれを指し示しながら説明していく。内容がシンプルなのは、事そのものが大掛かりなものであるからか。

 だが、本命はここからだ。

 

「当日には襲撃が予想されるわ。恐らくはノイズ……そしてネフシュタンの鎧の少女も」

 

 その時、ギリという歯軋りが響の耳にかすかに届く。恐る恐る視線を左に向ければ、士郎の向こう側で奏が凄絶に目を細めているのを見てしまい、思わず表情を引きつらせてしまった。

 病室では多少の呵責を考えてくれるようなことも言っていたが、それでもやはり腹に据えかねるものはあるようだ。否、それこそ当然であるというべきか。

 了子もその様子には気付いているだろうが、敢えてそれには触れずに話を続けている。

 

「従って、この作戦には当然ながら装者二人と衛宮くんにも出張ってもらうわ。よろしくね」

「は、はい!」

「おう!」

「了解だ」

 

 三者三様の応答に了子は満足げに頷くと、彼女はおもむろに指揮棒を赤丸に突きつける。

 

「それじゃ三人の配置だけど、響ちゃんはデュランダルと一緒ね」

「はい! …………はい?」

 

 名指しに威勢よく返す響であったが、間を置いてポカンと呆けたように訊き返した。

 そのまま目をパチクリとして呆気に取られていると、ニッコリ笑顔の了子はペシペシと赤丸を音を立てて叩きながら、

 

「だから、響ちゃんにはデュランダルの移送に直接同乗して守ってほしいの。

 ―――あ、ちなみに使うのは私の車だから、そういう意味でもよろしくね」

 

 そうウィンク交じりに首を傾げられた。

 それにつられるように首を傾けた響は、そこから更に三秒ほどの時間を置き、

 

「――――――え、ええええええええええええええええええええっっ!!?」 

 

 驚愕の叫びと共に思わず立ち上がった。いきなりの大音声に隣の未来が仰け反りながら耳を塞ぐが、当の響はそれに気づく余裕もない。

 とはいえ、それも仕方がないだろう。確かにやる気に満ちてはいたが、それでもいきなりそんな重要な位置に付けられるとは彼女からすれば予想外にも余りある。

 しかもそれを運ぶのが戦闘能力のない了子本人なのだと言うのだから、驚きは二重だ。

 無論、それらにも理由はある。

 

「先日現れたのネフシュタンの鎧を纏った謎の少女……彼女の口ぶりから、響ちゃんの身柄も狙っていることはほぼ確定。

 ならいっそ一纏めにした方がこっちも対処がしやすいって結論に至ったの」

「ああ、そういう……」

 

 つまり、デュランダルの護衛であると同時に彼女自身も護衛対象であるということだ。それを聞いて複雑な表情になる響であったが、そこで疑問に挙手をする者がいた。

 あおいだ。

 

「なにかしら、友里ちゃん」

「了子さん、それなら相手の本命は響ちゃんの方で、デュランダルではないという可能性もあるんじゃないでしょうか?」

「確かにその可能性も考えられたけど……ノイズの頻発自体は響ちゃんが覚醒する前からあったものだし、そも融合症例っていう事態そのものが予測可能な範囲から逸脱してるわ。

 だから、そもそもの目的はやはりデュランダルであるっていう結論に至ったの。

 恐らく向こう側にしても、響ちゃんのことは『本命ではないけれど、あまりにもイレギュラーな存在だから可能なら確保しておきたい』ってところなんじゃないかしら?」

「なるほど……」

 

 納得して頷くあおい。

 立花 響―――融合症例という存在は先史文明の研究者であり、シンフォギアの生みの親である了子をして想定外且つ想像外の存在だった。

 彼女が二年前のライブでガングニールの破片をその身に宿したことも、この春にノイズの事件に巻き込まれて覚醒したことも完全に偶発的なものである。

 『偶然が二つ続けば必然』というような言葉もあるが、狙いすまして引き起こすには確率は極小に過ぎ、発想は突飛どころか異次元に過ぎた。

 それを思えば、敵方が何者であれ最初から彼女を狙ってことを起こしていたと考えるのはまずありえないと断言できる。

 そしてその響本人はというと、別の疑問に手を挙げていた。

 

「あ、あの! そういえば運ぶのは了子さんだって言ってましたけど……それって危ないような気が。

 こういうのって、普通はなんかこう、スンゴイ装甲車みたいなので運んでいくんじゃ……?」

 

 ややふわっとしてあやふやな言い草だが、内容としてはもっともだ。

 了子の車はあくまでも普通の乗用車であり、何か特別な改造を施しているというわけではない。とてもではないが重要な代物を運ぶのに適しているとは言えない。

 しかし、それは通常の護送をする場合だ。今回に限ってはそもそもの条件が違う。

 それというのも。

 

「響ちゃん。たとえどんな最新の装甲車であっても、ノイズ相手じゃ盾にも壁にもならないわ」

「あ!」

 

 言われて、ようやくその通りだと納得した。

 ノイズは物質を透過することができる。故に、どれほどの堅固な防備であっても薄紙を張るのと大差はない。

 更に言えば、相手がネフシュタンの鎧であっても、先の襲撃で見せた戦闘能力を鑑みれば例え戦車であっても頼るには不安が勝ちすぎた。

 そうなれば、取り回しの悪い大型の装甲車などはカカシほどの役にも立たない。ならばいっそ機動力を期待し、普通の乗用車に任せた方がマシという判断なのだろう。

 だが、響の疑問はまだ晴れていない。

 

「で、でも、それだったら他の人の方が? わざわざ了子さんがやるなんて、いくら何でも危なすぎ……」

「響ちゃん」

 

 と、了子は唐突に響の言葉を遮った。

 その顔に浮かんでいた、ニッコリとした笑顔。それが、

 

「―――私のドラテクは凶暴よ?」

 

 不意に、獰猛なものへと変質する。

 囁くようなその言葉は低く、それでいて力強いもので、マイクも使っていないのに最後列にまでしっかりと届いていた。

 その迫力は、どこか肉食獣が喉を唸らせているかのような雰囲気を醸し出している。

 理由らしい理由になどなっていないはずなのに、どうしようもない説得力というものを否応なしに叩きつけられている気がするのは果たして錯覚なのか否か。

 威圧ともいえる雰囲気を誰よりも近く、真正面から受け止めた響や未来は思わず表情を引きつらせて身を竦ませた。彼女たち以外も、それこそ最後列に位置する修羅場をダース単位で潜っていそうな猛者たちすらも冷や汗を禁じ得ない。

 平然としているのは弦十郎や士郎、慎次といったごく一部くらいのものである。

 と、気を取り直すかのようにコホンとわざとらしい咳払いをして、了子は表情を戻した。

 

「まあ、それをさておいても響ちゃんが最終防衛ラインなのは変わらないから頑張ってね。頼りにしてるわよ?」

「は、はい!」

 

 どもりながらも威勢の良い返事に、彼女は満足げに頷きながらスクリーンへ再び指揮棒を指していく。

 

「それじゃ他の二人だけど、まず奏ちゃんが先頭車両。そして衛宮くんはヘリの方にお願いするわ」

「そしてヘリには俺も同乗し、指揮を出す。よろしく頼むぞ、みんな」

「おうよ!」

「了解だ」

 

 了子と弦十郎に対し、奏も士郎も戦意の籠もった返事を上げる。

 この辺りの戦力配分は妥当というべきだろう。

 まず奏だが、彼女の機動力ならどの車両からでもフォローは可能だし、ならば前方に対する突破力として最前に配するのは自然の成り行きだ。

 そして士郎の方は奏以上に適した位置である。彼の射程と精密さを鑑みれば、ヘリで上空から移動しながらの援護射撃はそれこそ鬼に金棒と言っても過言ではない。

 更に弦十郎がヘリで現場にまで出張るという辺り、この作戦に対する力の入れようが解かるというものだ。

 

「デュランダルの移送日時は明朝、〇五:〇〇……作戦参加者は開始時刻まで十分に休息を。それ以外の者は、指示に従って準備を進めてください。

 ―――広木防衛大臣の遺命、必ず成功させましょう。解散!」

 

 最後に、了子は表情を引き締めて皆の顔を睥睨しながらそう締めくくった。

 そんな中で、士郎は静かに瞑目する。

 まるでその視線から何かを探られることを防ぐかのように。

 

(……さて、これで見定めることができるか?)

 

 胸中のその疑問は、今はただ秘するのみ。

 叶うならば杞憂であってほしいという願いは、その更に奥にしまい込んでいた。

 

 

 

***

 

 

 

「―――ぷっはー。なんかちかれたー」

「何もしてないでしょ……って言いたいところだけど、私も同感」

 

 休憩スペースのソファーにもたれかかる響に、未来も苦笑を浮かべて同意する。その両手には自販機で買ったお茶が紙コップの中で湯気を淡く立てていた。

 

 ブリーフィングの終了後、慣れない緊張感に気疲れを感じた二人は手持無沙汰もあってこちらに身を寄せていた。

 響は作戦の実働要員であり開始時刻までは十分に英気を養うことこそが責務であるし、未来に至ってはそもそもが一般人で、二課内の立場は身も蓋もない言い方をすれば新人バイトに過ぎない。当然、割り振られるような仕事なぞなかった。

 慌ただしく動き回る周囲に若干の後ろめたさを感じたのも、人気のないこの場所を選んだ理由の一つだろう。

 

 響が紙コップの片方を受け取って口元に傾けようとしたとき、備え付けのテーブルの上にあるものが放られていることに気付いた。

 

「新聞?」

 

 一度紙コップを置いて手に取れば、ゴールを決めた直後のサッカー選手が浮かべる、汗だくの歓喜の表情がフルカラーで大々的に掲載されていた。

 どうやら誰かが置き去りにしたスポーツ新聞のようだ。

 響は気まぐれにそれを拾い上げ、広げてみる。すると真っ先に目に飛び込んできたのは、一面のそれにも負けぬ大きさで鮮明に移された女性の艶やかな下着姿だ。

 

「ひゃわぁっ!?」

「きゃっ!?」

 

 思わず顔を赤らめて短い悲鳴を上げてしまう響。どうやら意図せずしてピンク面と呼ばれる部分を開いてしまったらしい。

 響につられて覗き込んでいた未来も、不意打ちに同じような赤面を果たしてしまう。

 

「お、男の人ってこういうのとかスケベ本とか好きだよね」

「………あ。響、これ」

 

 照れ隠しに呟く響に、困ったような苦笑を浮かべていた未来であったが、ふと目敏くあるものを見つけた。

 ん? と響が未来の指さす所を見れば、それは置かれていた時には伏せられて見えなかった一面記事だった。

 そこにはライブ時の翼が、裏面のサッカー選手よりもさらに大きくピックアップされて掲載されていた。見出しには、『ツヴァイウィング・風鳴 翼、過労で入院』と大きな字で銘打たれている。

 

「情報操作も、僕たちの役目ですから」

「「緒川さん、奏さん!」」

 

 記事を眺めていた二人が視線を上げれば、そこには響にとっては既に、未来にとってはここ数日で漸く見慣れた顔が二つあった。慎次と奏だ。

 

「悪いな、なんかバタバタしててさ。特に、未来なんかは入ったばかりなのにほったらかしみたいにしちまってるし」

「い、いえ、そんな!」

「むしろ、みんな忙しそうなのに何もできなくて申し訳ないです」

 

 そんな風に揃ってブンブンと手を振る二人に、奏はソファーに腰を下ろしながら苦笑を浮かべた。

 それは慎次も同じだ。

 

「それこそお気になさらず。特に響さんは奏さんともども明日が本番です。

 今は英気を養っていただくことこそが仕事かと」

「そうそう。アタシだって、さっきまで話してたのは作戦の事じゃなくてツヴァイウィングの打ち合わせだしな」

 

 カラカラと笑って見せる奏だが、対して未来の顔は一層暗い。おそらく、自分だけそういった理由もなく何もできない現状をことさらに苦く感じているんだろう。

 だが、そこへ真っ先にフォローを入れたのは奏でも響でもなかった。

 

「未来さん。自分が役に立っていないと考えられているなら、大きな間違いですよ」

「え?」

 

 こちらへと小さく驚いた表情を見せる未来に、慎次は微笑みから真摯な表情へと顔を引き締めて向き合う。

 

「響さんを支えること……これはあなたが思っている以上に重要な役目です。

 ツヴァイウィングを長く傍から見てきた僕が断言します」

「奏さんたちを?」

 

 そこで二人が引き合いに出された理由が解らず、未来は思わず首を傾げた。それは響も同様であったが、当の奏はというと「あー……」と、声と表情に納得を乗せながら、眼差しを遠くへと放っている。

 その頬は先ほどよりも僅かに赤く染まっており、どうやら思い出すには恥ずかしい記憶ではあるようだ。

 

「緒川さん、勝手に引き合いに出さないでくれよ」

「これは失礼しました。ですが、一番参考になると思いまして」

 

 にこやかに頭を下げる慎次に、奏も苦笑を浮かべてしまう。そんなやり取りを眺める響たちの視線には、興味の色が宿っていた。

 それに気づいた奏は、小さく溜息をつく。どうやら観念することにしたようだ。

 

(ま、これも先輩の役目ってやつかね)

 

 内心の呟きの割に、浮かぶ表情に忌避はない。彼女は後輩たちに改めて向き直った。

 

「……アタシの家族がノイズにぶっ殺されたのは若大将が言ってて聞いてたよな?」

 

 その確認に、二人は戸惑いがちに首を縦に振る。さすがに、デリケートな話題だと察したのか揃って身を竦ませてしまった。

 だが当の本人は「気にすんなって」と敢えて軽めの調子で手を横に振って苦笑を浮かべている。どうやら奏なりの気遣いらしく、そのまま流しながら胸元からシンフォギアの核であるコンバーターユニットを取り出し、掲げて見せた。

 

「最初はとにかく、ノイズが憎くて憎くてしょうがなくてさ。コイツを起動させるときも無茶したもんだぜ」

「無茶?」

「具体的に言うと、LiNKERの過剰投与で口から血の海つくったくらい」

「「ヤバいじゃないですか!!?」」

 

 アッハッハッハ……と軽い調子で笑い飛ばして見せた奏だが、響たちからすればそれこそ笑いごとには聞こえなかった。そしてそれは事実である。

 その時の情景は慎次すらも知るところではないが、それはまさに幽鬼の如き有様であった。目を爛々と輝かせ、己の吐いた血に塗れながら狂気を含んだ笑みを浮かべる奏の姿は、凄絶というにも余りあるものだ。

 そんな当時へと思いを馳せているのか、奏の眼差しは不意に細く遠くへ投げかけるようなものに変じていた。

 

「ま、そんな風にノイズをぶち殺すことだけ考えて戦ってきたんだけどさ。……そのうち、違う想いも浮かんできたんだよ」

「違う想い?」

 

 そこで奏は小さく頷き、一拍置いて、

 

「誰かに歌を聞いてもらうのも、思ったよりも気持ちがいいもんだ―――ってね」

 

 しみじみと、感慨深げにそう告げた。

 始めはただ復讐のために求めた力……歌は、その手段であり付随物でしかなかった。

 だが、その歌で誰か勇気づけ、或いは救うことができて。

 黒々と燃え盛っていた胸の内に、違う暖かなものがいつの間にか芽生えていた。

 そしてそれを自覚した時、真っ先にこう思ったのだ。

 

「これからもずっと、翼と一緒に歌っていたい。

 ……それが今のアタシが戦う理由で、アタシ達がツヴァイウィングとなった原点さ」

 

 改めて言うと気恥ずかしいと、奏は大仰に肩を竦めて見せた。

 そうしてから、彼女は未来へとまっすぐにその瞳を向ける。

 

「未来。アンタは翼とちがって響と同じ場所には立っていないかもしれない。

 けど、アンタの存在が響が戦える理由さ」

「戦う、理由?」

 

 呟く未来に、だが奏は首を横に振った。

 

「『戦う理由』じゃなくて、『戦える理由』だ。そいつは似ているようで、全然違うものだよ」

 

 それまで抱いていたイメージとは違う、しかし決して不自然でも似合わないものでもない穏やかで優しい微笑みを湛えながら、彼女はそう語った。

 それを受け、未来は改めて響と向き合う。二人はしばらく見つめ合い、やがて響は小さく笑って頷いた。

 

「フフ……」

 

 未来もまた、笑みを返しながら目を細める。

 まだ、奏の言葉を実感できたわけではない。

 だが、先ほどまでよりもほんの少しだけ、ここに自分がいることの意味と理由を掴みかけたような気がした。

 

 そんな二人を奏と慎次が優しく見守っていると、不意にそこへ新たに声をかける者が現れた。

 

「なんだか仲良さげな様子だが、なにかあったのか?」

「あ、衛宮さん」

 

 気付いた響が見れば、そこにはスーツの上着とネクタイを外してラフな様相になった士郎がいた。見るからに通りがかりといった風の彼に、奏は若干照れくさそうな様子を誤魔化すように笑いながら右の掌をパタパタと振る。

 

「まあ、ちょっといろいろとね。……それより、若大将はこれから帰るのか?」

「いや、逆だ。一度帰ってたところだ」

「なんでまた?」

「ネコの世話。メシもやってなかったからな。それで色々と細かなところを済ませてから、またこっちに戻ってきたんだ」

 

 もっとも当の白猫は家主が帰ってきた時、気にすることなど何もないといったお気楽な様子で爆睡をしていたのだが。この辺りは猫らしいというか、ある意味逞しい。

 と、今度は慎次が不思議そうな表情になる。

 

「それだったら、そのまま時間まで休んでればよかったのに」

 

 士郎もまた明日の作戦の実働要員だ。弦十郎と同じ配置のためか打ち合わせが長引いたようだが、一度帰れたと言うならそれも終わったのだろう。

 にもかかわらず、こうして戻ってきたことに疑問を抱かざるを得なかった。

 それに対し、士郎は小さく笑って返す。

 

「いや、どうにも手持無沙汰でな。どうせだから今忙しい連中に夜食でも作ろうかと思ったんだが……」

 

 その答えに、響たちはキョトンと顔を見合わせてから、小さく吹き出した。

 なんとも彼らしいというかなんというか。まだ大して付き合いが長いわけでもないのに、自然とそう感じてしまった。

 と、そこで未来がスクと立ち上がる。

 

「それなら私もお手伝いさせてください、先生」

「私もやりますッ!!」

「ま、気分転換にはちょうどいいかもね」

「それじゃ、僕は食器とかを用意するよ」

 

 続くように口々に呟きながら立ち上がる面々に、士郎はキョトンと目を丸くしてから小さく吹き出した。

 

「物好きだな、皆」

「「「「(衛宮さん/先生/士郎/若大将)には言われたくない」」」」

 

 声をそろえて指摘され、いよいよ面を食らった士郎に笑みをこぼしながら、一同は食堂へとそろって足を運んでいく。

 その道中でも、明るい声が絶えることはなかった。

 

「衛宮先生、なにを作るんですか?」

「ああ。とりあえず、豚汁あたりだな」

「豚汁か……いいねぇ、定番って感じだな」

「あと、一度帰る前に米の用意はしてたから……奏と立花にはおにぎりを頼んでいいか?」

「士郎って、そういうところがさらりとそつがないね」

「豚汁! おにぎり!! 私大好きです!!」

「……響、私達が食べるんじゃないんだからね?」

「や、やだな~。それくらいわかってるよ~」

「……目、泳いでるわよ」

「まあ、食いすぎるなよ」

「はい!!!」

「衛宮先生、甘くないですか? というか響、太っても知らないよ」

「ふ、太らないよ~!!」

 

 

 

 ―――そんな談笑の中、未来はふと気付くことが一つあった。

 それは先ほどまでの話題の延長線上にあるもので、

 

(……そういえば、衛宮先生にも支えとなる人って居るのかな?)

 

 どうしようもなく、衛宮 士郎の過去と歪みに触れ得るものであった。

 

 かつての響との激突の折、傍からそれを見守っていた未来も、その時にこぼしていた士郎の言葉は聞いていた。

 だがそこに含まれていたモノの、さらに奥……それを推し量れというのは、ただの少女である彼女にはあまりにも酷な話であろう。

 

 結局、その疑問が言葉として口から出ることはなかった。

 それはあるいは、幸いというべきものであったのかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

 そうして。

 作戦が開始された。

 

 まだ日の光が淡い朝の空気を、五台の車両が引き裂くように駆け抜けていく。前後左右の黒塗りのセダンが取り囲むのは、拍子が抜けてしまうように緊張感のかけた淡いピンクのクーペだ。

 愛車であるクーペを運転する了子の隣で、響は引っ切り無しに後部に載せた物々しい長大なパレットに気をやっている。……正確には、それに納められたデュランダルに。

 正面へと向きなおれば、自分たちが突き進むブリッジの遥か向こう側に、朝焼けに照らされた街並みが眩しく映る。そこへ壁になるかのように、前方を奏のいる車両が走っている。

 窓を閉めているが、それでもわずかに潮の香りが鼻に気になるのは緊張で神経が過敏になっているからだろうか。

 と、そんな彼女の耳朶がすぐ真上を通過するローター音を捉えた。さすがに見えないが、そのヘリの中には弦十郎と士郎が乗っているだろう。

 

 この五台の他には、前にも後ろにもほかの車両は走っていない。それどころか、中央分離帯を挟んだ対向車線にすら走る車の姿はない。

 これは早朝という時間帯もあるだろうが、それ以上に防衛大臣殺害犯捜索の名目で敷かれた検問の効果である。おそらく、予定のルートに沿う形で街中までこの状態が続いているはずだ。

 閑散とした光景は過疎化したオンラインゲームのフィールドのような光景だが、無関係な人間を巻き込まないで済むという意味でならこれ以上はない。無論、何か起きた際の周囲への被害はまた別であろうが。

 

「……『天下の往来独り占め作戦』も、ここまでは順調みたいね」

「そうですね」

 

 口から出てきた単語の割に、了子の声は緊張のためかどこか硬い。いささかシュールに過ぎる作戦名は開始前に了子自身が提示したものだが、緊迫して空気まで張りつめていそうな雰囲気の中では空回りに虚しい。

 そんな彼女に返事をしながら、響は助手席の窓を開けて顔を出した。前方をより克明に見るためだ。

 だからだろう。

 次の瞬間に起きた異変に、響は発生と同時に察知することができた。

 

「っっっ!!?」

 

 息を飲む響。その視界の先で、ブリッジの左車線の一部がまるで卵の殻のようにひび割れ、破砕音を鳴り響かせながら海へと崩れ落ちていったのだ。

 固焼き煎餅を齧ったような断面をさらして出来上がった即席の落とし穴に、戦慄が背筋を泡立たせる。

 

「了子さん!!」

「ヅッ!!」

 

 直後、ハンドルを右に切られたクーペが、甲高いタイヤの鳴き声を潮騒に混ぜながら分離帯側へと身を寄せていく。それは護衛の車たちも同様であったが、一つだけ例外が存在した。四台のうち、左側を走っていた一台だけが位置が悪かったためか間に合わなかったのだ。

 下方への緩やかな放物線を描きながら落ちていく車両……響には、それが砕けて爆ぜる轟音を聞くことしかできなかった。

 

「ああ……!!」

「響ちゃん、しっかり捕まっててね」

「え?」

 

 了子の低い声音に、響の意識が引き戻される。次いで返される言葉は、どこまでも剣呑だ。

 

「言ったでしょ……私のドラテクは凶暴だって」

 

 直後、彼女の足はアクセルを底まで踏みつけた。直後、彼女の愛車はその求めに応えるように唸りを挙げてエンジンを最大駆動させていく。

 護衛車両ともども、鋼の行軍は全力疾走の様を呈していった。

 

 

 

***

 

 

 

「本部、敵襲だ!! 索敵はどうなってる!?」

 

 通信先に怒鳴りつける弦十郎の眼下で、四台が街中へと突入していく。声を張らずとも口元のマイクはしっかりと声を拾ってくれるのだが、切迫した状況に思わず下腹に力が入らずにはいられない。

 その後ろでは、拘束具のような大仰なベルトを身に着けた士郎が、半身と言わず足元以外を機外からさらけ出していた。その視線は、地上のみならず周囲の上空にも向けられている。

 鷹のごとき鋭さを持った眼差しに、焦燥と苛立ちの色がわずかに差した。

 

「弦十郎、周辺にノイズはいない! 空にも、地上にもだ!!」

『ノイズの反応を検知、接近して……いえ、反応が車両と重なりました!』

「なんだとォッッ!!?」

 

 士郎と朔也の二人から立て続けに届いた報告に、弦十郎は目を剥いた。彼の外見に反して明晰な頭脳は、報告を疑うという無駄を一切挟まずに一瞬でそれらの示す答えを導き出した。

 地上からでも空からでもなく、デュランダルへと接近できる道筋―――即ち。

 

「下水道だ!! ノイズは下水道を伝って攻撃してきている!!」

 

 言うなり、それを証明するかのように下水道の真上を通ったセダンの一台が盛大に打ち上げられた。大量の水飛沫とともに宙を高く待った車両は、やがて遥か後方でけたたましく耳に堪えない破砕音を響かせて墜落する。

 地雷のような役割を担ったマンホールからは、澱んだ緑色のナマコかウミウシのような姿のノイズがいくつか這い出てくるところであった。

 大の大人ほどの大きさを持ち、頭部らしき先端部からは触覚のような器官が幾本もウネウネと伸びている。そんなモノが狭い穴からまとめて複数もぞろぞろと出てくる光景は、それだけで生理的嫌悪に怖気と鳥肌を禁じ得ない。

 と、次の瞬間にはそのすべてに矢の雨が降り注ぎ、アスファルトもろとも砕いて塵芥と散らせていく。それを為した士郎は、戦果に反して忌々し気な舌打ちを強く弾いた。

 

「布陣が完全に裏目に出た……これじゃあ、後手にしか回れん!!」

 

 当初の想定において、この人員の配置の一番の強みは士郎が上空を自由に移動しながら抑えているという点だ。

 遠くまで見渡せる高い視力による索敵と、超長射程による狙撃……それをヘリという航空機動で用いることにより、最大限に発揮できるはずだったのだ。

 事実、これが予測通りに地上や空からの襲撃であったならば、どのような微細な動きも早期に察知し、即座に対応ないし迎撃からの殲滅すらも可能だったろう。仮にヘリへと集中攻撃されたとしても、士郎と弦十郎ならば操縦士の存在を加味しても脱出することは難しくはない。

 だが、それらすべては下水道からの襲撃という搦め手というには単純すぎる一手で覆されてしまった。

 

 蒼穹から獲物を捉える鷹の目も、地中を掘り進むモグラを見つけることは能わない。モグラ叩きは、モグラが頭を出してはじめて成立する。

 ―――そう、察知できないものを狙うことはできないのだ。

 

 と、その時。

 さらに一台の護衛車が空を舞った。それは先頭を走っていた車両だ。

 さて、それにはいったい誰が乗っていたのだったか。

 

『っっ、奏さん!?』

 

 通信が、響の悲痛な叫びを突き刺してくる。そしてそれが示す通り、風に巻き上げられた厚紙のようにくるくると宙を舞っているそのセダンは、奏が護衛として同乗している車両だ。

 それが、先ほど火を華と咲かせた車両と同じ憂き目にあっている。ならばこの後に待っているだろう凄惨な未来を、その場の誰もが思い浮かべ―――

 

 

 

『―――Croitzal ronzell Gungnir zizzl』

 

 

 

 ―――絶望が脳裏を染める前に、黒く染まった金属の塊が内側から輪切りにされた。

 そのまま飛び出してきたのは、ガングニールを纏った奏だ。彼女は右に槍を携え、左に運転手を小脇に抱えながらアスファルトの上に軽やかに降り立つ。それから一拍の間を置いて、前後に分かたれた車両が地に落ちて拉げて弾けた。

 

「奏、無事か!?」

『無事じゃねぇーよ!! デコも後ろ頭もついでにこめかみもぶつけまくって頭クラクラだっての!!』

 

 ちくしょー、と元気に気炎を吐くその様子に、士郎はほんの一瞬だけ安堵に頬を緩める。響も、おそらくクーペの中で胸を撫で下ろしているだろう。

 それはさておき、と奏は声音を引き締めて続ける。

 

『アシがなくなっちまったし、アタシはここでマンホールから湧いた奴らを掃除する。みんなは先に行ってくれ!!』

『……奏ちゃん、なんかそれ死亡フラグっぽいわね』

『縁起悪いこと言わないでくれよ、了子さん!? アタシも言ってて、ちらっとそう思っちまったんだから!!』

 

 ともあれ、確かに奏はここで脱落だ。襲撃を受けてしまっている以上、自分たちが足を止めるわけにはいかない。

 

「奏、無理はするなよ」

『あいよってか、若大将には言われたくないよ、それ。どう考えてもそっちの方が大変だろ』

 

 軽口を返しながら、眼下の奏は槍の穂先をノイズへ向け始めた。運転手のほうも弁えているのか、すでに素早く退避をしている。

 遠ざかるそれを見届けて、士郎は改めて意識を進行方向へと集中させる。

 

『……奏さん、大丈夫ですよね?』

「あのくらい、アイツなら平気だよ」

 

 不安げな声を漏らす響に即座にそう返す。それは励ましでもあったが、まぎれもない事実でもある。

 すでに遠くなっているが、出てきたノイズの数は決して多いものではない。あくまでも狙いがデュランダルであるなら、多少の増援はあっても足止め以上の規模にはならないだろう。

 

『むしろヤバいのは私たちのほうじゃない? この先の薬品工場で爆発でも起きたら……』

 

 完全聖遺物とはいえ、起動していない未覚醒状態ならばそこらの骨董品と変わらない。もし了子の危惧が現実となった場合、デュランダルが喪われる危険も十分にあり得た。

 敵に奪われるか、破壊されるか……どちらの結果も、こちらにとっては敗北に他ならない。

 

「わかっている。さっきから護衛車を的確に狙い打ちしてくるのは、ノイズがデュランダルを損壊させないよう、制御されているとみえる!」

 

 その予測に、了子のものだろう苛立たし気な舌打ちが漏れ聞こえた。だが弦十郎は、そこにこそ天啓の如きひらめきを見出していた。

 

「だからこそ、そのまま突き進む!」

「なに?」

 

 その言葉に、士郎は耳を疑って振り向く。正気を疑いかねない案であったが、弦十郎の眼差しは力強く確かなものだ。

 

「敵の狙いがデュランダルの確保なら、敢えて危険な地域に滑り込み、攻め手を封じるって寸断だ!」

「勝算はあるのか?」

 

 思わず訝し気な声音で問いかけてしまう。それもそうだろう、下手をすれば自分から袋小路に潜り込みかねない選択だ。博打になっているのかすら曖昧である。

 だがそれに対し、弦十郎は肩越しに振り向いて迷いなく言い放った。

 

「思い付きを数字で語れるものかよ!!」

「―――、確かにその通りだな」

 

 あまりにも突き抜けた物言いに、士郎をしてこの状況でも思わず小さく吹き出しかけてしまう。

 虎穴に入らずんばというべきか。すでにこちらの思惑を崩されている以上、敢えてリスクを承知で相手の意表を突きに行くのも手であるかもしれない。

 

 そうしている内に、眼下の風景は件の工場地帯へと差し掛かるところだ。二台だけになった車両も、そこへ真っ直ぐ突入していく。

 と、その時。

 

「ッ!」

 

 マンホールを弾き飛ばし、文字通り飛び出してきたノイズが最後の護衛車両の天井へと取り付いていく。乗っていた運転手たちは咄嗟にドアを開けて飛び出すことで難を逃れたが、制御を失った車はそのまま工場の巨大なタンクの一つに衝突し、爆散して果ててしまう。

 これで本丸までは丸裸となってしまったかと思いきや、ノイズはまるでたじろいでいるかのようにその場に留まり、或いは後退ってさえいるように見えた。

 それはまるで爆発の煙や炎を嫌っているようにも、薬品工場そのものを忌避しているようにも映る。

 

『狙い通りです!!』

 

 作戦の成功を確信したのか、喜色ばしった声を上げる響。だがその直後に、クーペはなにかに乗り上げたのか、天地をひっくり返してしまう。

 

『うわ、わわわわぁ―――っ!!』

「っ、南無参!!」

 

 コンクリートに擦りつける天井から火花を散らしながら、独楽のように回転する車内で悲鳴が上がる。そうして動きを止められてしまったクーペの姿に、弦十郎も思わず唸ってしまった。

 と、そこへダメ押しとばかりにノイズたちがわらわらと姿を現していく。

 次の瞬間、前列に並んでいた数体のノイズがその形状を細長く変化させ、逆さになったクーペへ矢のように飛びかかっていった。

 

 本来ノイズは聖遺物やシンフォギアなど、フォニックゲインないしそれと類似する力で干渉しなければ物質による物理的な干渉は不可能である。だがそれはノイズがモノに触れられないということではない。事実、彼らは地を踏みしめて歩行しているのだから。

 つまりこれは、ノイズがその思考能力……それが生物的なものか機械的なものかはさておき……によって、物理的に干渉するか透過するかを取捨選択しているということに他ならない。

 そしてノイズがこのような形状変化を以って対象へと攻撃を仕掛けた場合、確実に物理的な破壊を引き起こすものになっている。

 

 とどのつまり、何を言いたいのかといえば。

 

「響くん!! 了子くん!!」

 

 装甲と言うには薄紙に過ぎるクーペの外装では、ノイズの突撃に対して盾にも壁にもなりはしないという事実である。

 次の瞬間にはハチの巣を経て散華して果てるだろう結末に、弦十郎はデュランダルよりも二人の安否に声を荒げる。

 そして―――

 

 

 

『―――Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 

 

 ―――最悪の予想図が現実になるその寸前、黄の装甲を纏った響が両脇に了子とパレットを抱え、仰向けになったクーペの腹を突き破って飛び出した。

 更にその直後、大穴を開けられたクーペはダメ押しとばかりに本当にハチの巣にされ、盛大に爆散して果てた。

 そうして生じた黒煙がヘリのいる高さにまで立ち込め、弦十郎の視界から戦場を隠してしまう。

 

「クソ、なにも見えん!」

 

 悔しげに呟く弦十郎。その時、背後でガション、と金属の擦れあう重苦しい音が聞こえた。振り向けば、士郎が腰に装着していた拘束具のような固定ベルトを外し、常の赤い戦装束を強い風にバタバタとはためかす姿がある。

 

「士郎!?」

「俺はこのまま降りて、立花たちと合流する。すでに前提が崩れている以上、初期の配置に拘泥している場合じゃない」

 

 言いながら開け離れたままの出入り口の淵に手を掛ける士郎。その背を弦十郎は止めやしない。ただ、己よりも身軽に、己よりも近く少女たちを支える戦友に、ただ一言。

 

「―――、スマン。頼んだぞ」

「ハ、謝罪は要らないよ」

 

 僅かに滲んだ、忸怩たる想いを気にするなと笑って返し、赤い弓兵はその身を向こう側へと投げた。

 各施設やそれを繋ぐパイプなどが複雑に入り組み、俯瞰からはまるで電子回路の基盤のように広がる工場設備。その一角から立ち昇る黒煙が、グングンと近付くのを目の当たりにしながら、士郎は焦燥を喉奥で押し殺す。

 

(立花……無事でいろよ)

 

 そして、同時に思い浮かぶのは共にいるだろう同僚の存在。

 響よりも長い付き合いであり、しかし胸中に疑惑を抱かざるを得ない相手。

 

(……櫻井)

 

 無事を祈りつつ、それでもそこに違うモノを混ぜ込んでしまう苦みに、士郎は寒気にも似た気持ち悪さを覚えずにいられなかった。

 

 

 







 大変長らくお待たせしてすいませんでした。(焼き土下座)
 いや、なんか今までになく文章が書けなくて焦りました……(滝汗)
 展開は考えついてるんだけど、気に入った文章を全く出力できないという……
 んで、気付いたらシンフォギアXVが放送開始から終了までブッチですよ、どうなってんだ(素)

 ちなみに、今回のお話は実はこの次の話と合わせて一本でお送りする予定だったのですが、予想以上に長くなったのと、更新が遅れすぎてしまっているのでそろそろ出したいなという欲目からの分割です。
 次回分も半分以上は書けているので、遅くとも今月中には出せる……と良いなぁ(希望的観測)

 それはさておき、今回の話。

〇ブリーフィング
 配置説明。
 原作だと戦闘要員が響しかいませんでしたが、この作品だと奏と士郎がいるのでこんな感じに。
 響が原作通りの立ち位置なのは、彼女が明確に狙われてるって知られちゃってるからですね。でなかったら、響も護送車の方に行ってかもしれませんね。…

〇休憩スペースでの駄弁り
 『戦う理由』と『戦える理由』の差は似てるようで大きいような気がしないでもないような?(なぜ疑問形)
 ちなみに、士郎謹製の差し入れを持っていった時の一幕↓


むくつけき黒服ども「「「オカンと呼んでいいですか!?」」」
士郎「なんでさ」
未来(残当なんだよなぁ……)


〇作戦開始
 実際問題、精密射撃・精密爆撃が可能な士郎がヘリに配置されてるって、かなり反則級に強い気がします。
 ……で、それをあっさり覆しちゃう原作展開。
 意図せずしてうまい具合に擦り合わせができてしまうときっていうのはクロスオーバー物つくってるときの醍醐味の一つかもしれません。


 さて、次回はいよいよデュランダル争奪戦本番。
 ……エクスカリバーは(まだ)出ないよ? 少なくとも一期では。
 どうなっていくか、楽しみにしていただけたら幸いです。

 それでは、この辺で。


【追伸】
 このすばの映画、公開初日に見に行きました。
 原作知ってる人でなければ分からないところが結構あるとか言われてますが、アニメしかほぼ知らない自分でも結構楽しめました。うん、映画久しぶりだったけど、良かった。
 ……個人的に、チラッと出てきた猫神社の御神体(?)が調に見えたのは自分だけだろうか。



【注意書き】
 せっかくなので、XVの感想でも。
 ぶっちゃけ、割と不満な部分も言ったりするので、気を悪くされる方も出てくると思います。
 なので、気になる方はこの下は無視してください。
 注意書きしたんで、読んでから文句言われても受け付けられませんのでご了承ください。

























 ……ガチ百合エンディングかぁ……いや、明確な描写はないけど、あれってそうゆうことですよね?
 いや、シリーズ初期からそんな空気出てたじゃんとか言われればそうなんですが……それでもその手の属性持ってない身としてはキッツイです……物語としては好きなだけに。

 解かりきってるなら文句言うなという方も多いでしょうが、一つだけ主張させてください。
 ―――属性持ってない身としては、望んでもないのに一般誌でも普通にそういう展開出てくるのが半分デフォになってる昨今の風潮はホントにツラいねん。
 よさげだと思ったアニメとかもキャラ紹介見たら女の子オンリーで「あっ(察し)」ってなって一気に観る気失せちゃうし……つらたん。

 ……ちなみに、あくまでもこれは自分の個人的な思考であって、百合そのものを否定してるわけではありませんのでご理解ください。
 あと、こんな自分ですが―――

 ―――百合なヒロインがユダったり、百合ップルを攻略するとか、そういう展開は大変大好物でございます(ゲス笑顔)
 百合好きな人には邪道で外道かもですが。


 これだと感想にならないんで、もうちょっとちゃんとやります。
 割と一番きつかったのは翼関係。
 うん、モチベが上がらなかったのはあそこら辺にも理由があったり。
 あと、もうひとつ気になったのは、ノーブルレッドが割とあっさり許されてる感があったのが微妙。
 正確には許しているとは違うのでしょうが、(風鳴のジジイの命とはいえ)がっつり十万人殺しておきながらアレはどうかなと少し気になりました。

 あと、フィーネも最後になんか出番あるかなと思ってたんですが、最後のあれだけだったのはぶっちゃけ意外。OPでしっかり出てたんで、なんか役割持たされるんかなと思ってたもんで。
 ただ、これでフィーネの扱いは現状の想定通りで問題なくなりそう。
 どういう風になるかは気長にお待ちください。

 そしてなにより燃えたのはキャロル&オートスコアラー。
 もうほとんど主役級の活躍でしたよね、キャロル。

 風鳴のジジイに関しては……次のあとがきで気が向いたら(覚えてたら)語ります。

 なんだかんだ言いましたが、最後までとても面白く、熱くさせていただきました。
 本当にありがとうと言いたいです。
 ……劇場版、やってもいいのよ? 観に行くから。(爆)


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