「もう、響のバカぁ!」
「ご、ごめん未来ぅ!!」
響と未来は息を切らせて走りながら互いにそんな声を張り上げていた。
息苦しさ以外の理由で眉を吊り上げる未来に、響は走りながらも器用に微妙な泣きを入れている。その間も、疾走する形で手足を動かしている様は必死としか言いようがない。
彼女らの格好はピンクのふわりとしたワンピーススカートやパステルな水色のキャミなど、常よりも割と気合の入っている感のあるお洒落な様相だ。だがそれも、こうして駆け抜けていると着崩れて台無しになっていないかが心配になってくる。
そんな二人が向かっているのは市内のある大型公園内の橋のふもとで、そこで待ち合わせをする予定であった。にもかかわらず全力疾走しているのは、既に待ち合わせ時間を若干過ぎてしまっているためである。その原因はというと。
「楽しみすぎて眠れなかったって……子供じゃないんだから!」
「だって、楽しみだったんだもぉーん!!」
呆れる未来に、泣き言を叫ぶ響。
そんな言い合いをしながらも、ほどなくして二人は目的の場所に辿り着く。そこにはやはり、待ち合わせをしていた三人がすでに佇んでいた。
その中の一人、一番背の高い唯一の男性……士郎が最初に気付いて振り向いた。
「来たか……というか、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ」
「です」
「いや、正直そうは見えないんだが」
ゼェハァゼェハァと息を切らすというか今にも途絶えそうに喘鳴する二人に、士郎は頬がひきつるのを自覚した。
ちなみに今の彼の格好はというと、黒のスラックスに薄紅色のワイシャツ、更に赤のラインが入った黒灰色のブルゾンを羽織っている。
冷や汗を禁じ得ない彼の後ろから、すっかり響たちにも聞きなれた声が飛んできた。
「まったく……遅いわよ、二人とも」
「す、すみません翼さん!」
「も、申し訳ありません。お察しの事とは思いますが、響の寝坊が原因でして……」
苛立ちを含んだ声を浴びながら、二人はようやく息を整えていく。そして未来の弁明と共に揃って顔を上げて見て、思わず二人は目を丸くした。
そこには、青い半袖のジャケットに淡いベージュのハーフパンツ、そして顔の露出を抑えるためだろうやや大振りな白い帽子を被った、長く蒼い髪の少女が手にバッグを提げて佇んでいた。
立ち姿も颯爽としているその正体は、言わずもがな翼である。普段の雰囲気とそして今の不機嫌な様子に反して、その出で立ちは響や未来にも負けず劣らず気合が入っている。
有体に言って、これからのことをものすごく楽しみにしていた人の姿だ。
そんな彼女は後輩たちの反応に気恥ずかしさが出たのか、フン、と鼻を鳴らして顔を背けるが、その頬や耳は若干赤い。
「ほらほら、あんまり言ってやるなって」
そんな相方の様子こそが微笑ましいのか、奏が笑みを浮かべて彼女を宥める。
こちらの方は、ダメージジーンズにノースリーブのシャツとチェック柄のタイ、そこへ黒にカーマインのワンポイントが入ったパーカーの袖を結んで腰に巻き付けていた。また、顔には薄く色の入った小振りな丸型のサングラスをかけ、癖の強い赤髪は首の後ろの辺りで一纏めにされている。
翼もそうだが、普段と違う様相というだけで受けるイメージがだいぶ変わってくる。そんな彼女は、響たちへと苦笑を向けた。
「悪いな。見ての通り、すっごい楽しみにしてたからさ」
「な、奏! 私は別に……ただ、待たされた時間の分を取り戻したいだけで……」
「まあ、その辺にしとけ。あんまり騒いでいると、お前たちに気付くのが出てくるぞ」
ムキになって言い返そうとする翼をとりなすように割って入ったのは士郎だ。若干の苦笑を浮かべながらも、その声はやや潜まされている。
翼と奏―――ツヴァイウィングは今や世界にも羽ばたかんとしている歌姫たちだ。その知名度は言うに及ばず、休日の公園は家族連れを中心に人も多く、もし正体がバレればあっという間に人だかりの中心となって身動きが取れなくなってしまうだろう。それでは本末転倒だ。
それよりなにより。
「ただでさえキレイ所が四人も揃ってるんだ。防波堤にはなるつもりだが、それでも変な輩に目を付けられかねないからな」
あまりにもさらりと混ぜられた誉め言葉に、全員が思わず頬に朱を差して身を捩らせる。響と未来は未だ慣れていないというのもあるが、奏と翼からしても不意打ち且つ無自覚にそんなことを言ってくるからタチが悪い。
そのくせ本人は悶える少女たちに首を傾げる始末である。この朴念仁め。
閑話休題。
士郎の言葉ももっともだ。時間ももったいないし、それではさっさと行くとしよう。……そう決意して、響が音頭を取るように声を張る。
「それじゃあ、行きましょうか! みんなでデート!!」
***
話は遡って数日前。
「…………………………………………………………はぁ」
二課の本部で、立花 響はテーブルに顔を埋めて突っ伏していた。両腕はダランと垂れ下がり、指の背が床に触れている。
暗雲でも纏っているかのような雰囲気を醸し出すその姿は、死体どころかドロドロに溶けだしてしまいそうな勢いである。
そんな人型スライム三歩手前な響を遠巻きに眺めながら、士郎と奏、未来の三人はヒソヒソと話し合う。
「………まだ落ち込んでるのか、立花」
「気持ちはわからんでもないけど、ちょいと沈みすぎやしないか?」
「ごめんなさい。あの子、一度決めたら迷わず一直線なんですが、その分、引きずるときはとことん引きずる性質なので……」
言いつつ小さく頭を下げる未来。その姿は言い回しと相まってまるで母親のそれで、それが妙にしっくり来ている。
その後ろで、響は相変わらず暗黒をまき散らし続けていた。
さて、どうして彼女がこうなっているかというと、原因は言わずもがなデュランダル覚醒からの暴走の一件だ。
すでに大まかな後処理は終わっているのだが、生じた被害は決して小さいものではなかった。
幸いにも事前の人払いのおかげで一般人の被害は皆無であったのだが、代わりに参加した実働要員……護衛車に乗り込んでいた者たちの被害は甚大だ。それ以外でも護衛車への襲撃時に道路や建物などへの損害も大きい。
そしてなによりも薬品工場の損害が目立つ。
ノイズやネフシュタンの少女との戦闘もさることながら、覚醒したデュランダルとそれを止めようとしたカリバーンとの衝突の余波は、工場の各施設を蹂躙していた。
復旧そのものは可能ではあるようだが、通常どおりに稼働するには三か月ほどかかると目算されている。
無論、デュランダルがそのまま振り下ろされていればそれこそ工場は跡形もなかったかもしれないので、そういう意味では軽微に済んだと言えなくもない。だが、それは響の心痛を和らげることには繋がらなかった。
また、彼女の懊悩の理由はそれだけではない。
(あの子……)
ネフシュタンの少女。名前も聴けなかった誰か。
―――ともすれば、自分が殺してしまうところだったかもしれない相手。
ほんの少し前に病室であれだけ啖呵を切ったというのに、この体たらく。
士郎が文字通りに体を張って止めてくれなければ、取り返しがつかないことになっていたかもしれない。
皆はデュランダルの覚醒も想定外なら、それを手にしたことによる暴走も不可抗力だと慰めてくれているが―――責められないほうがつらいというのは、贅沢すぎる悩みなのだろうか。
「私って……ホントにダメダメだなぁ……」
幾度目かもわからない溜息と共に吐き出される自虐。彼女の周囲だけ湿度が上がり、明度が下がっているような気さえする。
そんな響にさてどうするかと士郎たちのほうが困って溜息をついてしまう。
と、その時だった。
パシュン、と軽い音と共に扉が開き、三人の人物が入ってくる。それは慎次と弦十郎と、もう一人………
「「「あ」」」
気づいた士郎たちが声をかけるよりも前に、その三人目は確かな足取りで泥濘に沈んでいるかのように突っ伏す響へと歩み寄り、溜息を小さく一つ。
「―――いつまで落ち込んでいるんだ、立花?」
「え?」
その聞き覚えのある声に響は額をテーブルに付けたまま呆けて、一瞬の間の後に勢いよくその顔を上げた。
見上げた先に居るのは、すらりとした肢体に青みがかった長い髪、怜悧でありながらもそれが美々しさとなっている眼差しの持ち主。
そう―――
「翼さん!!?」
―――防人、風鳴 翼。
満を持しての帰還である。
彼女はなだらかな胸の前で腕を組み、呆れ半分の半眼で見下ろしていた。
「まったく。話は聞いていたが、予想以上だったな」
「ご、ごめんなさい……」
委縮し、再び消沈し始める響。しかし、そんな彼女へ翼は言葉を続ける。
「それで? あなたはこれで諦めるの?」
「、……諦める?」
言われて、初めて気付いたように息を飲んだ。
そこへ更に、追い打ちの発破がかけられる。
「たった一度、上手くいかなかっただけで……それだけで、もうあきらめるというのか?」
その言葉を、頭の中で反芻しかけて―――そうするよりも前に『否』と答えが出てくる。
「いやです。諦めたくない……ううん、諦めない!!」
俯きかけた顔を上げ、響は立ち上がった。それこそ、身も心も。
そうだ。
確かに起きてしまったことはもうどうしようもないのかもしれない。
けど、だからってこれからできることを投げ捨てる理由にはならない。
あの少女は、いずれまた姿を現すだろう。
その時こそ、彼女の目的も……あの時見せた怒りの理由も、教えてもらうために。
―――今度こそ、正面から向き合うために。
「こんなところで、落ち込んでる場合じゃない……ですよね!」
「その通りだ、立花」
改めてこちらに笑顔で振り向く響に、翼もまた笑みと共に力強い頷きを返した。
そんなやり取りを見届けて、弦十郎と慎次を含めた外野の面々も、安堵に笑みを見せあった。
(まあ、そういう翼も割と引きずる性質だけどな……)
未来以外の付き合いの長い面々は概ねそんなことを思ったりもしていたが、口に出す者は誰もいなかった。
まさしく言わぬが花というものであろう。
さて、場の雰囲気も明るくなったところで各々が腰を下ろしての談笑が始まった。
「それじゃあ、もう仕事始めてるんですか!?」
「ええ。といっても、まだほんの少しずつだけれどね」
響が驚きの声を上げると、翼は紙コップの茶を啜りつつそう返した。一方で、眉根を寄せて難しい表情を浮かべたのは士郎だ。
「だとしても、少し早すぎないか? 病み上がりにもほどがあるだろう」
「その辺りは、僕のほうでちゃんと調整しているよ」
苦言を呈する士郎に慎次がフォローを入れる。マネージャーとしても超一級に有能な彼がそう言うならば、なるほど大丈夫なのだろう。
それに、と続けるのは翼だ。
「歌や振り付けも剣と同じです。僅かな遅れでも、取り戻すには相応以上の時間が必要になってしまいますから」
「……そう言われると納得するしかないな」
自身も鍛錬に鍛錬を重ねて剣を振るっている身であるためか、その言葉には共感を抱かざるを得なかった。
何気にかつては陸上部に籍を置き、短距離走に血道をあげていた未来にもその言葉には覚えがあるらしく、納得したように頷いていた。
一方で運動神経は良いものの、実は運動部などとは縁のなかった響は「そういうものですかー……」と、微妙な表情で首を傾げている。
この辺り、第一印象からのイメージとは逆の反応であるのが面白いというべきかどうか。
「ま、ついでにアタシのほうもしばらくは休みがちょいと多めに入ってるけどな。
―――その分、翼の復活祭兼ねたステージは派手にやるから、期待しててくれよ」
「ホントですか!?」
頭の後ろで両手を組んで背もたれにがっつりと身を預けている奏の発言に、響が大きく食いついた。ブンブンと振り回されている尻尾を幻視してしまいそうな後輩の反応に、彼女はニッカリと笑って返す。
「今度やるアーティストフェスに緒川さんが頑張ってねじ込んでくれてんだよ」
「私が倒れて中止になったライブの代わりというわけだ」
「なるほど」
「んで場所が―――っ!」
少しだけバツの悪そうな翼に、感心するかのような声を上げたのは未来だ。そこへ更に続けようとした奏が、何かに気付いたように唐突に止まる。
翼もまた、そんな彼女の反応で同じことに思い至ったのか暗い表情で目をそらした。
何事なのだろう、と響と未来が顔を合わせていると、奏は重い息を深く長く吐く。
「………その場所がさ。二年前のアソコなんだよ」
二年前。
それだけで、全てを察した二人は驚きに息を詰まらせる。
かつて、ツヴァイウィングがライブを行った会場。
裏でネフシュタンの鎧の起動実験が行われた場所。
ノイズの出現と襲撃により、万に届く人間が命を散らせた舞台。
―――立花 響と、衛宮 士郎の転機。
たまさか士郎が目を細める横で、響は身を強張らせていた。未来も、一気に表情を強張らせて押し黙る。
無理もないだろう。不意打ちにトラウマをほじくり返されるなど、言ってしまえばカサブタをいきなり剥がされるようなものだ。
つかの間、皆が一様に押し黙り、空気が重く沈み込む。
「―――――――――、なら」
だがその沈黙を破ったのは、誰よりもその不意打ちに心乱されただろう響だった。
皆が注目する中、彼女はにっこりと―――周りを照らすような、そんな太陽の笑顔でこう言った。
「なら、今度こそツヴァイウィングのステージを最後まで応援しますね!!」
それに対し、その場にいた全員が静かに瞠目した。
誰よりも……それこそ、中心にいた奏と翼よりも身も心も傷ついたと言える響。そんな彼女の、あらゆる憂い消し去る真っ直ぐな笑顔。
それは奏と翼からしてみれば、本当に輝いているのではないかと思えるほどに眩しかった。
「―――っ、ああ……」
呆気に取られ、押し黙ること数拍。
何かを堪えるように息を飲んだ奏は、どこか絞り出すように頷いて、
「ああっ、楽しみにしてくれよな!!」
一度鼻を啜り、もう一度頷いてからそう笑い返した。翼も、無言でこそあったが同じような気持ちなのだろう、浮かぶ笑みは柔らかいものだ。未来もまた、安堵に目を細めている。
周りの士郎たちもまた、そんな彼女たちのやり取りに自然と表情が安堵と微笑ましさの混じったものへと緩んでいく。
場の空気が払拭され、温かいものに変じていく中、そのことに気恥ずかしさを感じたのか響が照れくさそうに頬を書いて目線を逸らした。と、何かに気付いたのかさっと周りを見ると、はて、と首を傾げる。
「そういえば、了子さんは?」
「ああ、それは私も気になっていた」
「了子君なら、今はデュランダルの解析をしているはずだ。……それに、本部施設の改修作業の進捗にも携わっているからな。
今は、それなりに忙しいはずだ」
響と翼の質問にそう答えたのは弦十郎だ。
休眠状態から覚醒した完全聖遺物……しかもその経緯も経緯のため、デュランダルは改めて精査な解析を行うことになったのだ。
その為、移送計画は完全に白紙。それに伴い、警戒を厳なものとするために本部の防衛システムと強度の向上を目的とした改修が行われる運びとなった。
そこでふと彼が思い出すのは、すでに瞼の人となってしまった広木防衛大臣の存在だ。
元々、二課本部は設計の段階からすでに限定解除からの機能向上を織り込んだ設計が為されていた。そのため、今やっている改修作業自体も前々から提案はされていたものである。
それに歯止めをかけていたのは二課に当たりの厳しい議員連であり、その筆頭が広木防衛大臣だった。
だがそれは二課を疎んでのものではなく、非公開且つ超法規的な存在である二課に敢えて法令を遵守させることで他所からの余計な横槍を封殺するための措置でもあった。
そんな広木防衛大臣の後釜に座ったのは副大臣であり、本部の改修を後押しした一人でもある。それだけならば二課にとっては心強い支援者に見えなくもない。
だが、それを手放しで喜べない理由があった。それは彼が親米派であり、米国との協調路線を強く唱えているということだ。
これが意味することは、日本の防衛対策に米国の意向が通りやすくなってしまったということである。
それを思えば、広木防衛大臣暗殺に米国が関わっているのではないかという疑念も、あながち邪推であるとは言い難かった。
(そしてその場合、それを直接的に手引きした者がいるとするならば……)
「師匠?」
考えの連鎖するまま、更に深く思考に沈みかけたその時、いきなり押し黙った師に響が首を傾げながら呼びかけた。
気づけば、彼女を含める少女四人が訝し気な眼差しを集中砲火しているところで、弦十郎は慌てて思考を切り替える。
「いや、なんでもない。
ともあれ、相手側がこれから何をするつもりかはわからんが、それまでは英気を養っていてくれ。
……特に翼たちはいい機会だし、存分に羽を伸ばしてくれ」
気を取り直して言った言葉には、確かな気遣いがあった。
ツヴァイウィングは今やその名の如く世界へと飛び立つ事も秒読みと目される、稀代のアイドルユニットである。故に、その日々は相応以上の激務に彩られていた。
そこへ更に二課としての裏の仕事もあるのだから、心身への負担は計り知れない。
こう言ってはなんだろうが、翼の負傷を契機としてスケジュールを見直せることができたのは不幸中の僥倖と言えなくもない。
と、それを聞いた響が、妙案が浮かんだと言った様子で手を挙げる。
「それでしたら、良い考えがあります!」
一気に視線が集中する中、彼女は喜色満面といった笑顔で一言。
「翼さん、デートしましょうよ!! みんなで!!」
***
―――と、そんなこんなで響が言うところのデートをする運びとなった。
正確にはデートと言うよりも集団で遊びに行くという感じであるのだが、息抜きには良いだろうということで奏が強く賛成を示したこともあり、特に異論もなく決定となった。
しかし。
(まさか俺も付き合うことになるとは……)
ここではない彼方へと視線を投げる士郎。
そんな彼を尻目に、翼たちは大きな立方体の機材の前に立っている。透明な強化ガラスの向こうに覗くのはなにやら珍妙な風体のぬいぐるみたちの山であり、その頭上では鋼の爪を持ったアームが指示を受ける時を待ちわびていた。
その名もUFOキャッチャーならぬUMAキャプチャー。なるほど、デフォルメされた妙なビジュアルのナマモノたちは確かに未確認生命体だろう。
この手の筐体としては昔ながらのオーソドックスな構造であるが、電子マネーに対応している辺りは時代に沿ったものを感じさせた。
それにいま挑んでいるのは響で、彼女は強い決意に焦燥感を添えて戦場に立つときよろしく眼差しを強く尖らせている。
それもそのはず、すでにこれで何度目に挑戦となったのか、あまり数えたくはない。主に金銭的な意味で。
「翼さんのために、今度こそ……キェエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「い、いきなり変な大声出さないで!?」
気合の怪鳥音を雄叫びと上げる響に、間近でガラスを掻き鳴らしたような声を聞かされた翼と未来、奏の三人が反射的に耳を抑える。
どうやら熱を上げすぎてテンションが可笑しくなりつつあるようだ。修行のカンフー映画も悪い方向で影響が出ているのだろう。
果たして叩きつける様なボタン操作の結果、彼女が狙ったぬいぐるみをその銀色の爪にかけ、
「おお!! ……、あー」
歓声を上げるも、直後にスルリと滑り落ちた。ポテリ、と山の頂に仰向けで横たわる姿は、ぬいぐるみの表情も相まって非常にふてぶてしい。
「―――このUMAキャプチャー壊れてる!! 私、呪われてるかも……」
(ホントに元気だなー、立花)
一瞬呆然としていた響であったが、直後に憤りに吠え、そして落胆に肩を落とした。その喜怒哀楽の乱高下が激しい姿に、士郎としては自然と苦笑が浮かんでしまう。
なにせここに至るまでに、既に雑貨屋、ブティック、映画に軽食の屋台などを行脚し、更には合間にはツヴァイウィングであることに気付いた若者たちからのちょっとした逃走劇を挟んでいるのだ。
その過密気味なスケジュールを全力で楽しんでいる姿には、思わず感心せずにはいられなかった。
(そんな風に考えていると、自分が歳くったように感じるな……いや、まだそこまで老けこんじゃあいない、はず……だが)
特に意味もなく内心でそんな言い訳をする士郎。逃走劇の最中、追撃の手を逸らすために若者たちにブラフの情報を流した際、その内の一人の少女に『おじさんありがとー』と、ナチュラルに言われてしまったことが尾を引いているのかもしれない。
ともあれ、なんやかんやで士郎も響たちと共にそれなりに満喫しているようではあるが、そもそも当初は彼女たちについていくつもりは微塵もなかった。
というより、十代の少女たち(しかも大半が現役女子高生)が遊びに行くのについていこうと考えるほど、彼は図々しくもなければ面の皮が厚くもない。……もっとも、彼女たちくらいの時分には、姉貴分やら義姉やらあかいあくまやら後輩やらと似たような構図で買い物やらに繰り出していたことは多々あったのだが、それとこれとは別の話である。主に年齢差が。
閑話休題。
にもかかわらず、こうして彼女たちと行動を共にすることになった理由はというと、慎次からの要請によるものだ。
―――ツヴァイウィングの二人が揃って街に繰り出しているのがバレれば、それだけで大騒ぎになる。かといってそのフォローを響と未来の二人に全て任せるのは難しいし、なによりも心苦しい。
そう主張した慎次本人はというと、予定が詰まっているらしく無理であるらしい。それに奏や翼にとっては、普段仕事で共にいる自分がいては気が休まらないだろうという思いもあった。
そこで白羽の矢が立ったのが士郎というわけだ。
(仕事云々で言うなら俺も変わらない気もするが……まあ、ツヴァイウィングの活動とは一切かかわっていないから、そういう意味では仕事を感じさせはしないか?)
士郎はそんな風に考えていたが、実のところは慎次のお節介半分の気の回しようであると言える。どうやらかの敏腕マネージャーは、担当アイドルのためになるならその恋心を後押しするのも厭わないらしい。
もっとも、その根底には少女たちの恋愛的な奥手さとか士郎の良識とか、なによりもどうしようもない朴念仁っぷりなどを信用してのことであろうが。
「……どうせ壊れてるなら、もっと壊れても問題ないですよね?」
「いや問題しかないっての!?」
ふと気づけば、なにやら響の雰囲気が危険な方向へシフトしようとしていた。俯きながらふるふると拳を持ち上げ、次の瞬間にはギアを纏いかねない様子の彼女に、奏も思わず鋭いツッコミが飛んでしまう。闇堕ちするにしても、あまりにも理由が情けなさすぎた。
士郎は溜息一つ、彼女たちへと歩み寄ると響の肩をポンと軽く抑える。
「立花、選手交代。ちょっと貸してみろ」
「ふぇ?」
キョトンとした表情で振り返る響を脇に置き、士郎はスマホを翳して電子マネーを投入。すると軽快な電子音のメロディーと共に筐体が操作可能な状態になる。
「………フゥー」
士郎は細く息を吐き、たまさかガラスの向こうをじっと見据える。
そして。
「っと」
タン、タン、と迷いなく軽い手つきの操作でアームが動かされ、
「「「「オォーッ!!」」」」
あまりにもあっさりと、そしてすんなりと、響が苦闘していたぬいぐるみが士郎の手の内に収まる結果となった。その鮮やかと評すべき手際に、少女たちの口から感嘆と羨望の声が揃えられる。
特に、悪戦苦闘に極まっていた響からのキラキラとした視線は一入だ。
「スゴイ!! スゴイです衛宮さん!! 衛宮さんって、料理だけじゃなくてUMAキャプチャーも達人!?」
「あんまり持ち上げないでくれ。ぶっちゃけ、種も仕掛けもあるんだから」
興奮気味に詰め寄る響だが、士郎からすれば苦笑が浮かぶばかりだ。なぜなら、彼からすればちょっとしたズルをしたようなものだからである。
どういうことか、と首を傾げる彼女たちに士郎は強化ガラスをほんの軽くノックして見せる。
「魔術でコイツの構造を【解析】したんだよ。要は、3Dスキャナーみたいなもんだな」
士郎の使う【解析】は、対象の構造や材質、果てはそこに刻まれた経験などの概念的なものすら認識することができる。
学生時代などは学校の備品などの修理の際や、最近ではリディアン音楽院での壊れた楽器の破損個所を分解せずに解き明かしていたものだが、今回は筐体の構造を立体的に認識して、どのように動かしたらぬいぐるみを取ることができるか調べていたのだ。
この手の遊戯での一番の障害は、ほぼ一方向からしか見ることができないがための距離感の測りにくさである。彼の場合はそのハンディキャップが存在していないようなものであるので、なるほど反則といえば反則だろう。
だがそれでも、ぬいぐるみを掴み上げた手腕そのものは彼自身のものであるので、その器用さ自体は彼の実力だ。
なんにせよ、士郎は自身がゲットしたぬいぐるみをそのまま翼へと手渡した。
「あ……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ハハッ。良かったじゃん、翼。
若大将、ついでにアタシのもなんかとってよ」
「そうだな。まあ、せっかくだし全員分とってみるか」
腕の中に収まったぬいぐるみを、若干頬を染めて見つめる翼。憎からず思う相手から贈られたことにより、そんな相方に奏が冗談めかしておねだりしてみれば、意外に乗り気になった士郎が再び筐体に手を掛けた。
士郎のチャレンジを眺めながら、響はぐぬぬと若干の悔しさを込めて唸っている。
「むぅ、仇を取ってくれたのはありがたいけどやっぱり悔しい……よし! それじゃあ次は私がリベンジ!!」
「はいはい、響はもうやめときなさい」
拳を振り上げて宣言する響を、未来がインターセプトする。不満げに頬を膨らませて振り向いてくるが、未来としてもここで引くわけにはいかなかった。
なぜなら、店員らしき人がこちらのほうをチラチラと見ているからだ。そのギラリとした眼差しは客に向けるものではなく、『今度叫びやがったらそのまま退場からの出禁コンボだからな?』と如実に語り掛けてきていた。
ゲームセンター自体は頻繁に足を運ぶわけでもないのだが、だからと言ってそういう扱いを受けたいわけでもない。そもそも、変なケチがついてしまうのも勘弁してほしいところだった。
故に、未来はひそかに冷や汗を流しながらも、代替案を提案するのだった。
「そんなに叫びたいんだったら、いいところ連れてってあげるから」
***
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~!!!!!」
かくして、未来が連れてきた場所に、響は興奮に堪えきれない声を上げながら満面の笑みを浮かべた。
まるでバースデイプレゼントとクリスマスプレゼントを同時に差し出された子供のように瞳をキラッキラに輝かせている響たちが辿りついた場所、そこは。
「カラオケか……随分と久しく来てなかったけど、今こんな風になってるんだな」
「若大将、言い草がオッサンくさいぜ?」
「ぬぐぅ!?」
そう言って物珍し気に個室やマシン、選曲やドリンクなどの注文をするための端末を眺める士郎。振り返れば、この手の場所にやってきたのはそれこそ響たちくらいの年頃以来である。
そんな彼に、奏は思わず失笑気味に呟いてしまうが、その言葉は予想以上にクリティカルなものであったようだ。士郎は喉を詰まらせたように呻いた後、そのまま真っ白になってしまうのかと言わんばかりの体勢で項垂れてしまう。
が、そんな一人の男の哀愁をよそに、響の興奮は収まらない。
ちなみに言ってしまえば、別段彼女はカラオケが物珍しいわけではない。むしろ未来を始めとして友人たちと共に遊ぶときは良く足を運んでいる。にもかかわらず、このハイテンションだがそれもむべなるかな。
今日はいつもと事情が違うのである。
「スゴイ!! 私たちってばスゴーイ!! トップアーティストと一緒にカラオケに来るなんて!!」
「ハイハイ、もうちょっと落ち着こうね響」
鼻息の粗い親友をどうどうと宥める未来であるが、そんな彼女自身も高揚に胸を高鳴らせていた。
なにせあのツヴァイウィングと一緒にカラオケにやってきているのだ。普段は元気の有り余っている響が目立っているが、二人のファン歴ならばむしろ未来のほうが長いのである。
盆と正月が一度にやってきたという例えがあるが、彼女にとって今の状況はそこへさらにクリスマスとハロウィンを加えたくらいの一大イベントであると言っても過言ではない。
その時、そんな二人を現実へと引き戻すように誰かが入れただろう一曲目が始まった。
「「え?」」
そのメロディに、二人は同時にポカンと呆けた表情を浮かべる。奏でられる曲調は耳に慣れない類のもので、和のイメージを強く彷彿とさせるものだ。
というか、ぶっちゃけるとガチのド演歌である。
キョトンとする二人は『そちらが選曲したのか?』と問うかのように互いを指さし合う。
違う。ならば誰がと視線をずらし、士郎と奏のほうへと巡らせれば、二人は揃って前を示した。二人は気付かなかったが、この時の奏は目の前で悪戯が成功するのを待ちわびる悪ガキのような、何かの期待を押し留める様な含み笑いが漏れ出ていた。
それはさておき。促されるままに顔を向けて見れば、モニターを伴ったカラオケマシンの前に立ち、恭しく一礼をしてみせるトップバッターの姿が。
「「翼さん?」」
「―――一度こういうの、やってみたいのよね」
ポカンとして名を呼ぶ後輩たちに、翼は顔を上げると口元に持っていたマイクでそんな言葉を響かせる。少し恥ずかしげな、はにかむ様な笑顔も含めて初めて見る姿だ。
「実は翼のやつ、この曲が大のお気に入りなんだよ」
「俺も小耳に挟んだことはあるが、実際に歌うところを見るのは初めてだな」
「……渋い」
サプライズを成功させたように笑う奏と、興味深げに眺める士郎。そして披露される意外な事実に未来は思わず唸る。
そんな観客を尻目に、翼は自分のルーツともいえる曲を情感たっぷりに、コブシをきかせて歌い上げている。
「~~♪」
女の愛憎の情念を刃に乗せる……そんな歌を、手振りすらつけてノリノリで熱唱する姿に、呆気に取られていたはずの響と未来も、いつしかキラキラと目を輝かせる羨望の眼差しを浮かべていた。
そんな三人の姿に今度は微笑まし気な表情を浮かべていた奏は、次は自分が歌うつもりなのか端末で曲を探し始めていた。
そして士郎はというと、こういう情景を……或いはその日常をこそ尊ぶように、まるで宝箱に仕舞った大切なものを眺める様に目を細めていた。
***
「っっっあ~、仕事抜きで歌うのってのも久々だったけど……楽しかった~」
「私はちょっと疲れたわ……」
「翼さん、へばりすぎですよ~」
「………むしろ、立花はなんでそんなに元気なんだ?」
高台の上にある公園。
最後にそこへ足を運んだ一行は、手擦りに身を預けながら赤から藍へと変わり始めている夕空に包まれていた。
肉体的な疲れというより、強い気疲れに体を重く感じる翼は、ピンシャンとしている響に呆れ半分な視線を向けてしまう。
実際、こういう遊びには翼よりも慣れているというのもあるだろうが、むしろこれは体力が続く限りはしゃいで電池が切れたようになるタイプではなかろうか。夏休みの子供と同じ理屈である。
「しかしまあ、こうして遊ぶのはなんだか新鮮だな」
「おっと、サンキュ。―――確かに、こういう風に遊んだのは何年振りかね」
士郎が買ってきた缶ジュースを受け取り、喉を潤しながら奏は遠い目でしみじみと呟く。
家族を喪い、復讐を胸にシンフォギアの装者となってからこっちは訓練に実戦と忙しく、またそれ以上に精神的な余裕がなかった。
心にゆとりのようなものを持てた頃には、ツヴァイウィングとしての活動もありゆっくりする時間も少なかった。
前者はさておき、後者についてはそれはそれで充実した日々ではあったが……さて、こういう日を過ごしてみれば、はるか昔に失くしてしまった日常が戻ってきたようだった。
それは彼女の胸を暖かくも寂しく、くすぐったく疼かせた。
「―――私は、何もかも初めてだったな」
と、隣からぽつりと零れた言葉に望郷から呼び起こされる。
見れば翼もまた、遠い眼差しをたたえていたが、その質はどこか奏とは違っていた。
それもそうだろう。
なぜなら、この日の出来事に奏が懐かしんでいたのに対し、翼はその新鮮さにどこか寂莫としたものを抱いてしまったからだ。
風鳴 翼は幼い頃から防人たらんと鍛錬を重ねていた。
とみに装者としての力を手に入れてからは、それこそ常在戦場を自身に刻みつけていた。
―――そう、常に戦場に在りて刃を振るい続けてきた自分。
人類守護の刃、それこそが風鳴の姓を持つ己の役目なり。
別段、そうして生きてきたことには些かの不満もない。
己の矜持も人生も、誰に憚ることなく胸を張れると断言できる。
けれど。
「戦場にしかいなかった私にとって、今日はまるで知らない世界ばかりを見てきた気分だ」
だからこそ。
そこは己の居場所ではないと言われているような気がして、
「そんなことありません」
あっけらかんと。
誰よりも真っ先に紡がれた、そんな響の言葉でそれは即座に否定された。
え? と戸惑うよりも早く彼女は手擦りの向こう側を指さした。そこに広がるのは、水平線に沈みゆく夕日で赤く彩られた街並みだ。
その光景に、何故だか翼は自分でもわからず息を飲んだ。
「あそこが待ち合わせした公園です! そこからあっちの方に雑貨屋があって、その近くに映画館があって、ソフトクリームのお店があって……。
みんなで今日遊んだところも、遊んでいないところも、ぜーんぶ翼さんの知ってる世界です!」
そう、知っている。
風鳴 翼は、防人として、装者として、戦場で戦い続けてきた。
この街を、そこに住む人々を、世界を、その日常を護るために。
それは要するに。
「昨日に翼さんたちが戦ってくれたから、今日にみんなが暮らせてる世界です」
全て、繋がっているのだ。
戦いも、日常も―――そこにある全て、断絶しているものなど一つもない。
繋がっているからこそ、刃を振るって護ることができて。
繋がっているからこそ、護れたものを知り、触れ合うことができるのだ。
だから。
「だから、知らないなんて言わないでください」
そう言ってのける響に、翼も、そして奏も言葉が出なかった。
そして士郎は、感嘆を胸に抱きながら彼女を見る目を細めていた。まるで、太陽のように眩しいものを見つめるかのように。
(衒いなく、そんなことを言ってのける……か)
そういう考えは、自分にはなかった。
そも戦うことにも誰かを護ることにも迷いはなく、そうして生きてきたことに後悔はない。
ただ、手から零れ落ちたものがある事が悲しくて、それがどうしても我慢できなかった。
それをどうにかしようとして、只管に足掻き続けてきた。
だから、こんな風に護ったあとのものを見ることなど、そういえば今までにあっただろうか。
誰に言われるまでもなく、ごく当たり前のようにそんなことに気付けるということ。
(きっと、そういうところが……お前の一番スゴイところなんだろうな)
ある種の尊敬すら抱く士郎をよそに、奏もまた改めて街並みを眺めていた。
それはどこか、照れ隠しのようなものかもしれない。
「そうだな……お、さっきまでいたカラオケボックスも見えるって、あ゛!?」
「ど、どうしたの!?」
何かに気付いたようにいきなり大きな声を上げた奏に、翼のみならず全員が注目する。
と、なぜかか彼女はくるぅりと振り返って士郎に半眼を向けた。その眼差しに、思わず士郎はギクリと背筋に悪寒を感じてしまう。
「今気づいたけどさ……さっきのカラオケ、若大将だけ歌ってないだろ?」
「むぅ!?」
「あ! そういえば!」
「たしかに……」
図星を差され、硬直する士郎。
確かに先ほどのカラオケボックスにて、彼はうまく立ち振る舞ってごく自然に己が歌う番を流していたのだ。
そもそも利用時間があまり長くなかったというのもあるが、それでもこの瞬間までそれを気付かせないのはある意味で見事であると言える。
それこそ気配遮断のスキルでも使ったのではないだろうかという隠形っぷりだ。
だが、それも認識されてしまえばそこまで。
奏から不満げに見られてしまっている士郎だが、彼にも彼で言い分があった。
「そうは言ってもな……カラオケで歌えるような曲とか、ろくに知らんし」
敢えて言うなら、ツヴァイウィング本人たちから贈られたCDの曲くらいだが、それを本人たちの前で歌うのは憚られた。
というより、同性同年代も多くいる様な場合ならともかく、歳離れた黒一点で半ばネタのような真似をして空気を冷やす真似ができるほど図太くはないのである。
だが、そんなチキンな意見は奏にとっては全く関係なかった。
「だーめーだー! そんな若大将には罰ゲームとしてここで一曲歌ってもらいまーす」
「ここで歌えとな!?」
突然の提案に驚愕する士郎。だが見てみれば、響も未来も翼さえもどこか期待するような目でこっちを見ていた。
そこでどうするかと困りながらも、なにが歌えるかと思案し始めるあたり、後ろめたかったのかそれとも単に人がいいのか。
だが、っここで歌えるようなものなどそれこそ奏たちの曲か、大昔に学校で習った歌くらいしか―――
「―――あ」
そこでふと、思い出した。
一つだけ、それらとは別に歌える歌を。
幾ばくかの沈思を経て、士郎は観念するかのように溜息を一つ吐き、降参というように肩を竦めて見せた。
「わかった。一つだけ、歌えるのがあったからそれでいいな? あんまりうまくないし、ぶっちゃけ裏声になりそうだけど」
「おお!」
「まってました!」
「もう響ったら」
「謹んで、拝聴させてもらいます」
言いながらピシリと身を正し、速やかに訊く姿勢を取る四人。そんな彼女たちの眼差しの集中砲火を受けながら、こみ上げてくる気恥ずかしさを散らすように咳払いをする。
それから士郎は、深呼吸を一つして、もう一度だけ深く息を吸った。
そして。
「―――Die Luft ist kühl und es dunkelt,Und ruhig fließt der Rhein;~」
紡がれるのは、異国の歌。
英語とも少し違う発音の聞き覚えのない歌は、どこか物悲しく、けれど優しい響きを感じさせた。
「―――Ihr gold'nes Geschmeide blitzet,Sie kämmt ihr goldenes Haar~」
その旋律に、四人は静かに聞き入っていた。
無論、特段に上手いわけではない。むしろ時々入る調子はずれから、歌いなれていないことは明らかだった。
それでも、確かになにか心惹かれるようなものを感じていた。
―――ただ、奏だけはどこか泣きそうに目を細めていたのだが、それに気づくものは誰もいなかった。
「―――Er schaut nicht die Felsenriffe,Er schaut nur hinauf in die Höh'~」
歌い紡ぐ士郎もまた、いつしか目の前の四人のことがいつの間にか意識から外れていた。
代わりに脳裏に浮かぶのは、この歌をよく口ずさんでいた一人の少女の姿。
雪の似合う白い少女。
雪そのもののような真っ白な少女。
―――雪のように儚くも、確かに共にいた小さな義姉。
その姿も、言葉も、今もこの胸に確かに刻まれている。
彼女もまた、彼が愛した騎士とはまた違う意味で決して忘れえぬ大切な存在だ。
「―――Und das hat mit ihrem Singen,Die Lorelei getan……」
そうして。
歌う側も聞く側も、予想以上に強く心に響かされた斉唱は締められた。
最後に、残心のように細く息を吐くのはある意味ではクセと言えるのか。
いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開き、士郎は新ためて四人に向き直る。
「………お耳汚しを致しました」
「い、いえいえ! なんか聞き入っちゃいました!! ね、未来!」
「う、うん!!」
「ま、微妙に音が外れてたけど、中々よかったぜ」
「もう、奏……けど、確かに技術は拙かったですが、強く心に響くものがありました。
なにか、強い思い入れがあるんですか?」
照れくさそうに頭を掻く士郎に、響と未来はなぜだか頬に熱を感じながらパチパチを拍手を送った。
一方で奏は、冗談めかすように大仰に肩を竦めて見せ、翼はそんな彼女に苦笑しつつも賞賛と質問を贈った。
士郎は翼の問いに、手に持っていた缶コーヒーで喉を潤しながら答える。
「ああ。義姉が良く口ずさんでた歌なんだ、コレ。おかげでいつの間にか耳で覚えちまってな」
「お姉さんっていうと……虎の人」
ブボッ、とむせた。
脳裏に映っていた雪の少女が、横合いから飛び込んできたタイガーに弾き飛ばされる。
そのまま脳内で虎となぜかブルマにドレスチェンジしたホワイトロリータがボカスカし始めた脳内劇場を、息を整えながら無理矢理シャットダウンする。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ。………俺が言ってるのは姉貴分のほうじゃなくて、義理の姉の方。別人だよ」
いきなり咳き込む士郎に狼狽える響たちを、手で制する。そうして息を整えながら答えれば、響はコテンと首を傾げた。
「えっと、お姉さんが二人いるんです?」
「ああ。といっても姉貴分のほうとちがって、義理の姉の方はずっと後になってから出会ったし、一緒に居た時間も随分と短かったんだけどな」
返した言葉に、むせたのとは別の意味で胸に痛みを覚える。
内側から針で引っ掻くようなそれを抱えながら、彼は懐かしむ笑みを浮かべた。
「……キレイな歌でしたけど、どこの歌なんですか? 英語とはちょっと違う感じでしたけど」
その表情に何かを感じたのか、未来はすこし話を逸らすように、或いは引き戻すように歌について尋ねた。
そんな彼女に士郎はああ、と頷いて返す。
「ドイツの民謡だよ。―――たしか、ローレライって名前だったかな?」
言って、コーヒーを飲み干した士郎は少し離れたところにある屑籠へと空き缶を放り投げた。
きれいな放物線を描いた缶は、そのままダイレクトに屑籠へと吸い込まれる。
「ナイッシュー」
「行儀が悪いですよ、士郎さん」
「マネしないでね、響。絶対はずすから」
「い、いろいろひどいよ未来ぅ!?」
響の拗ねる様な泣き言を皮切りに、明るく笑いあう声が響く。
それを以ってこの日のデートは締められ、全員は心地よい疲労感と共に帰路につく。
―――そうなる直前。
ここまでの日常も、士郎が紡いだ歌の優しい残響も、最後のささやかなじゃれ合いすらも千々に散らすように、けたたましい電子音の呼び出しが五人から同時にこだました。
二課本部からの呼び出しだ。
瞬間、全員の表情が一変する。
士郎も、奏も、翼も……響さえも、瞳に戦意と決意を宿らせた戦士の顔つきになり、対して未来はこれからのことに不安と驚愕と哀切で表情を歪ませた。
五人は一斉に呼び出し音を掻き鳴らす通信端末を取り出し、ほぼ同時に繋げる。
「弦十郎、ノイズが出たか?」
『いいや違う!! だが、気を付けろ!!』
代表して士郎が問いただせば、返ってきたのは否定と警告。繋がっている先は同じため、それは他の四人にも余さず伝わっていた。
弦十郎は明らかな焦燥を声音に乗せ―――
『ネフシュタンだ!! 反応は既にすぐちk
―――ドッッッッッガァアアアアアッッッッッッ!!!!!!!、と。
それを掻き消す、轟音と衝撃が破城槌のような形となって彼らの真正面の大地に叩き込まれた。
「っ、きゃぁああああああああああああああああああああっっ!!?」
「未来!」
悲鳴を上げる未来を庇うように、響が彼女の肩を抱くようにして下がらせる。
公園中心の大地を抉り砕き、粉塵を巻き上げたそれの正体は、何の変哲もない乗用車だ。
恐らくはただの自由落下以上に勢いを付けられたのだろう。セダンはその前面をワゴン車のように平らにへこませ、後部部分すら外装もシャシーも関係なく歪ませ傾げさせていた。
周囲には砕け散ったガラスの細かい破片が夕日に星屑のように光を返し、遅れて外れた後輪がゴシャッ、と音を立てて落ちてジャリジャリと転がりながらさらに細かく潰していく。
それは日常を非日常へと強制的に塗り替える、あまりにも無慈悲な一撃だった。
「………」
士郎は静かに、鷹のような眼差しを前に向けながら、確かめるように掌を握り、開くことを二度三度と繰り返した。
奏も翼も、油断なく身構えながら周囲に視線を巡らせる。
そして。
「………聞こえてたぜ? 今のヘタな歌声」
嗤うような声と共に、白い人影が降り立った。
カンッ、と存外に軽い音を立てた先は、直立したままのセダンの上だ。まるで趣味の悪い曲芸のような構図で、赤い刃鞭をショールを羽織るように両肩から垂らす少女が夕日に強く照らされている。
白い装甲と髪を朱に染めながら、非日常を齎す少女は士郎を真っ直ぐ見下ろした。
「女に囲まれてご機嫌ってか? なあ、アンちゃんよぉ?」
射抜くどころか貫くような視線に込められているのは、怒気を孕んだ燃え上がるような敵意と戦意。
それに対し、士郎は刃のような眼差しで真正面から相対した。
【年末特別企画ともいえないオマケ】
※シンフォギア装者のサーバントクラス適正(筆者の独断と偏見)
・立花 響:アルターエゴ、セイヴァー?
・風鳴 翼:セイバー
・雪音 クリス:アーチャー、アヴェンジャー(ネフシュタンの鎧装備時)
・マリア・カデンツァヴナ・イヴ:セイバー(アガートラーム)、ランサー(ガングニール)
・暁 切歌:ランサーorアサシン
・月読 調:ライダー
・小日向 未来:キャスター、アルターエゴ(シェムハ)
・天羽奏:ランサー、アヴェンジャー?
・セレナ・カデンツァヴナ・イヴ:(敢えて言うなら)ルーラー
●番外
・暁 切歌&月読 調:ライダー(アンメアみたいな二人一組で一騎扱い)
・フィーネ:アヴェンジャー、ムーンキャンサー(ルナアタック事変)
・シェムハ:ビースト
……あとは心象変化とかで微妙に変化したり。
ちなみにバーサーカーについてはほぼ全員適正あるので省いてます。
XV考えると、響たちにもムーンキャンサー適正あるかな?
というわけで、ギリギリ年内に更新できました。デート回です。
ぶっちゃけ短くまとめるためにデート部分だけにしたのに、気が付いたらいつもと変わらない文量に。
なんで?(三代目並感)
それはさておき、内容について。
○待ち合わせ。
ファッションとか欠片もわかりません。
どんくらいわからないかというと、パンツと聞いたらぱっと思い浮かべるのが下着なくらい。(ベタ)
なので、士郎と奏の格好はもしかしたらおかしかったりするかも……(冷や汗)
できれば軽く流してあげてください。(哀願)
○発端回想
アニメ本編だと確か会場のことは軽く流されてましたけど、ここではこんな風にしてみました。
○デート:ゲームセンターとカラオケ
ホントは他の場所言った所もダイジェストみたいに書く予定だったんですが、上手いこと思いつかなかったのでこんな形に。
いちいち士郎とか奏とか絡めて書き出すほどの内容が思いうかばなかったんですよ……でも、最終的な文字数考えればむしろ丁度良かったかもしれません、結果論的に。
○デート:公園
こういうことを素で言えちゃう辺りが響の長所なんじゃないかと思います。
少なくとも、士郎はこういう風に後ろ振り返れなかったからあんなふうになったような気もします。
そして士郎のDie Lorelei斉唱。
正直、この流れはちょっと苦しいかなと思いましたが、個人的にイリヤにも響たちに触れてほしかったので。
さわり程度でしたが、こういう積み重ねが後々の伏線になったりならなかったり。どっちだ。
ちなみにDie Loreleiは楽曲検索で出なかったのですが、民謡だからそのままでも大丈夫扱いですかね?
○クリス襲来
そして一年のシメにクリスちゃん降臨。
……あっれ、去年もこんな引きでしたよ?
次回、激闘必至!!
……一月中には出したいなぁ……(遠い目)
さて、それでは雑談としてソシャゲのイベ関係でも。
艦これは現在のイベは丙でクリア。
現在ヒューストンをのんびり掘ってます。
ただ、最近は艦これのほうは意欲が減ってきたので、イベが終わったら次のイベまでは遠征&演習のみの予定。
ぶっちゃけ使ってない勲章が溜まってんの見たら萎えてきた……戦闘詳報は全然手に入らないし、ちかたないね。
XDU。
ゴジラ系は全種類は出せました。
……まさかゴジラがコラボに来るとは……
その内、サンリオってかキティ姐さんも来そうっていうか、その可能性すごく高いよね、ガンダムやFGOともコラボれちゃう大御所ですし。
ディ○ニーやマー○ルがハリウッドスターならキティ姐さんは言わば出川哲朗的存在……(キティファンの方、申し訳ありません)
そしてFGO。
ストーリーは現在、オケアノス真っ最中。黒髭が死んだところ。
なので、スペースイシュタルイベは勿論参加できず。
ダーティペアネタも個人的にはそこまで刺さらなかったのであんまり回さず、スペイシュもジェーンも出ませんでした。
クリスマスのほうは、最初は不安でしたがレベルアップ祭りで途切れることなくクエができたこともあって景品関係は一部のピースを除いてほぼ取得できました。
サンタ婦長も宝具マックスで最終再臨済みです。これが初の最終再臨でした。
で、現在の内のカルデアがコレ(前回のからの追加分のみ)↓
【セイバー】
・カエサル、黒セイバー、アストルフォ
【アーチャー】
・エウリュアレ、巴御前、ビリー、ダビデ、サンタ婦長、超人オリオン
【ランサー】
・ガレス、宝蔵院胤舜、ヘクトール、ディルムッド、ロムルス、クー・フーリン
【ライダー】
・ブーディカ、牛若丸、メドゥーサ、アン&メアリー、黒髭、エウロペ
【キャスター】
・メディア、バベッジ、ジェロニモ
【アサシン】
・ファントム、百貌、ジキル、荊軻、呪腕、望月千代女
【バーサーカー】
・カリギュラ、清姫
……………………はい。
出ちゃいました、剣トルフォとエウロペと超人オリオン。
………素で変な声出ました(白目)
ちなみに、特別再臨は悩みましたが超人オリオンに使いました。
や、動画で見た宝具使った後の攻撃ダメージがすごかったんで。
剣トルフォ取ったときはそっちに使おうかかなり迷ったんですが、ふと『あれ、イベの時限定ならイベ報酬の素材で最終再臨まで行けるようになってるんじゃないの?』→『いけました』ということで、こちらは自力で最終再臨。
エウロペは種火も足りないので第一再臨もしばらく無理。なのでこっちはまだあんまり使ってないですね。
まあ、第二部五章まで行かないとどっちみち素材揃わないので、それはそれで仕方なし。
……でもちょっと覗いた五章のプレイ動画で微妙に心折れかけた自分ががが……アレ勝てるんか?
それはさておき、こんな感じでのんびり進めてます。
さて、今回はこの辺で。
できれば早めに上げたいといつも思いながら、叶わなそうな気がひしひしと。
―――皆様、2019年は大変お世話になりました。皆様の応援は本当に励みになっております。
2020年も宜しくお願い致します。。
それでは、良いお年を。