戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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12:Blade Art's/Forbidden Trigger

 

 

 ある森の奥……鋼に半分を侵食された巨大な館。

 そこに臨む、大きな湖畔の岸から伸びる桟橋の先端に、クリスはポツンと佇んでいた。

 その左手には、濃い灰色をしたアーチ状の何かが握られている。弧の両端を弦のように繋げる紫色の柄の存在もあって、それは弓を象った小振りなオブジェのようにも見えた。

 

「………」

 

 何処に向けるでもなく投げ出されている眼差しで彼女が見るのは、眼前に広がる夜明け前の美しく雄大な自然ではなく、先に行われた戦いの回想。

 より正確に言うなら、そこで戦った一人の少女と、その少女を結果として止めた一人の男の存在だ。

 まず、真っ先に思い浮かぶのは前者……立花 響。

 ほんの少し前までは、ガングニールの欠片を宿しただけの何もできない無力なド素人。

 だがそのド素人が【デュランダル】を一気に覚醒状態にまで押し上げ、猛り狂うままに全てを薙ぎ払いかけた。

 

「完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要……」

 

 漏れ出た呟きは、クリスが身を預けている者から聞いた知識であり、それ以上に彼女自身が身を以って痛感した事実だ。

 クリスはおもむろに左手を胸前にまで持ち上げ、握りしめているオブジェのようなもの……否、待機状態の【ソロモンの杖】をジッと見つめる。その気になれば今ここでそれを展開し、湖を埋め尽くすほどのノイズを呼び出し、自由に操ることができる。

 クリスがソレを目覚めさせるまでにかかずらった期間は―――約半年。

 よくよく考えれば、凄まじい話だ。かつて【ネフシュタンの鎧】を覚醒させた折、そのために取られた手段は、装者であるツヴァイウィングのコンサートにて、観客たちのボルテージをも利用することで二人のフォニックゲインを増幅させるというものだった。

 つまりクリスはそれと同等の出力のフォニックゲインを、半年掛かりとはいえたった一人で賄ったということだ。

 ―――だがそれすらも、一瞬にしてデュランダルを覚醒させ、狂乱のままにすさまじいほどの破壊力を顕現させるに至った響と比すれば見劣りしてしまうものでしかない。 

 

「っ、化け物が!」

 

 恐れを噛み殺すように、吐き捨てて顔を背けた。

 丁度、その時だ。山の稜線から朝日が昇り始め、クリスや湖を煌々と照らし始める。

 露わになる湖面は凪いでおり、写し出されるクリスの顔は鮮明なものであった。

 だからか。

 続く連想はひどく自然に心象に浮かび、そして荒れ始めていた彼女の精神を安らかに宥めていく。

 

「ぁ―――」

 

 暴虐を抑え、鎮めてみせた黄金に煌く剣。

 眼を焼くような閃光の最中においてさえ、なお陰りないその輝き。

 綺羅星のような、安らかな光。

 その眩さが、あまりにも………そう、思わず口から付いて出てしまうほどにキレイだったから―――

 

「~~~ッ、クソがっ!!!!」

 

 我に返ると同時、先よりも強く感情の込められた罵倒と共に、厚い靴底で桟橋を蹴りつける。

 振動が伝わったのか、水面が揺れて写り込んでいた少女の像は崩れて消える。息をやや粗くしたクリスの胸に、すでに響への恐怖も、星光への安らぎもなかった。

 むしろ、そんなものを感じてしまったことに不覚を感じ、湧き上がる自噴をどこまでも加熱していく。

 

 恐怖に膝を屈しかけた自分。

 何一つ事を成し遂げられなかった自分。

 そしてなによりも、否定しつくさなければならないものに身も心も救われたという事実を、認めざるを得ない己自身。

 その全てが、彼女の精神を焼き焦がさんと、薪や油どころかガソリンよりも激しく滾らせる燃焼材として憤怒という炉心にくべられていた。

 それはまるで液体のまま鉄鍋でグラグラと煮られるニトログリセリンのよう。いつ爆ぜるともしれぬ激情が、華奢な体躯の豊かな膨らみの内側で熱く熱くへばりついていた。

 その耐え難い熱を鎮める方法は、もはや彼女には一つしかない。

 

 ガツ、と音を立てて振り返れば、いつの間にか見知った相手が立っていた。

 

「………フィーネ」

 

 喪に服しているかのような黒い洋服、鍔の広い丸帽子にそこから覗く長い金髪の女。帽子と髪にその表情は半ば隠れていたが、覗く口元には僅かな微笑みが浮かんでいる。

 クリスの目には、その微笑みが自身を嘲っているかのように見えた。それを振り払うように顔を背けると、舌打ち一つ吐き捨てながら手にしていたソロモンの杖を放り投げる。

 弓のオブジェのようなそれを軽々と受け止め、表情を崩さない女にクリスは叩きつけるように言い放った。

 

「コイツはもう必要ねぇ。 こんなモンがなくても、アンタの言うことくらいやってやらぁ。

 ―――けどその前に、やんなくちゃなんねぇことがある」

 

 威勢よく言いながら、クリスは桟橋を渡って女の横を通り過ぎていく。そのまま振り返らず、進みながら続けられる言葉には、滾り続ける灼熱が確かに込められていた。

 

「あの剣……あの力……あの男!! アイツだけはこの手で叩き潰す!!

 その次はあのガングニールも、他の奴らも……いいや、アタシ以外のチカラの全部、ひとつ残らず消し去ってやる!!!」

 

 言葉だけならば、ただの妄言でしかないだろう。

 どのようの力があれ、どれだけの力があれ、己以外の全てを排するという考えの時点で幼稚の誹りは免れまい。

 だが、そこに込められているのは、混沌と渦巻く計り知れないほどの憤怒と憎悪と呪詛。

 故に本気。クリスは、世に跋扈するあらゆる武力と暴力を己のそれで駆逐すると誓っている。

 目の前の女が、その同志であると心の底から信頼して。

 

 だが、クリスは知らない。

 振り向くことなく、その場を後にした彼女に知る由はない。

 真正面から彼女の誓いと怒りと憎しみを受け止めて、

 

「―――フン」

 

 気のせいなどではなく、心の底からの呆れと嘲弄で口元に歪んだ笑みを浮かべた女がいることを。

 

 

 

 かくして、憎悪の少女は魔術使いと相対する。

 これを降し、否定しつくすことで今度こそ己が道を邁進せんがために。

 ―――その道の先が、彼女にとって断崖に等しいものであることを知らないまま。

 

 

 

***

 

 

 

 士郎が見上げる先、逆立つセダンの残骸の上でネフシュタンの鎧を纏った少女がこちらを見下ろしていた。

 その口元には白い歯を晒した笑顔が浮かんでいるが、向けられる眼差しは濃い色のバイザー越しからでも明確にわかるほどの赫怒と戦意が込められていた。

 そこに愉悦はなく、侮蔑もない。ならば浮かび上がっているのは笑みなどではなく、牙を剥いているに等しいものなのだろう。

 その時、未来をその身で庇っていた響が弾かれるように前へと躍り出る。ギアを纏うでもなく、両手を広げ立ち塞がる様には戦う気はないと告げるかのようだ。

 

「お願い! 話を聞い―――」

「テメェじゃねぇ!! 引っ込んでろバカ!!」

 

 が、話し合わんと投げかけた言葉は、半ばでバッサリと断ち切られた。出鼻を挫かれ、押し黙りながら呆気に取られる響には目もくれず、少女はびしりと士郎へ指をさす。

 

「今日、用があるのはそこの男だ!! テメェにゃカリも用もあるが今はお呼びじゃねぇ。解かったらすっこんでろ、このバカ!!」

「バ、バカバカ言わないでよぉ!!」

「……響、子供の口ゲンカじゃないんだから」

 

 無碍な扱いに涙目になる響に、思わず呆れ顔になる未来。そのおかげで、脅威に緊張していた体も良い具合に力が抜けたのは不幸中の幸いか。

 そんなやり取りをよそに、身構えていた奏と翼がギアのコンバーターを取り出しかけて、しかしそれを士郎が手で制した。彼はそのまま一歩前に出ると、肩の力を抜くように一息吐く。

 

「どうやらご指名のようだけど、何の用だ?」

 

 すると、クリスは殊更にきつい眼差しで、「うるせぇ!!」と怒鳴り返してこちらを睨みつけてきた。バイザーと夕日の光でろくに見えないとはいえ、肌に突き刺さるような雰囲気でそれがどんな類のものなのかを自覚する。

 彼女は獣の唸りのように低く息を吐き、正に気炎というべき赫怒を吐露していく。

 

「あんなモンを見せつけやがったんだ……テメェはアタシがこの手で潰さねぇと気がすまねぇんだよ!!」

「なにを見せつけたんですか、士郎さん」

「なにをやらかしたんだ、若大将」

「公序良俗に反するような真似はしていない」

 

 士郎は、何故だかやけに平坦な声音になった翼と奏をよそに、クリスから視線を逸らさずそう返した。彼女の纏う雰囲気はまさに一触即発。まるで表面張力でギリギリまで抑えつけられた溶岩だ。目を逸らした瞬間には噴火し、その場の全員を飲み込んでもおかしくない……そんな激情を、肌に突き刺すような勢いで感じさせていた。

 ………決して、妙な威圧感を醸し出し始めている二人にあくまの影を見そうだからとか、そんな理由ではない。断じてない。

 

「―――弦十郎、ノイズの反応はないんだな?」

『ああ、今のところはな』

「周辺の避難誘導は?」

『既に慎次が動いている』

「流石。仕事が早いな」

 

 そう言って小さく笑うと、士郎は通信を切って端末を仕舞う。そしてバサリ、とブルゾンを脱ぎ去り、

 

「小日向」

「え? わっ……」

 

 未来に一声かけて、それを投げ渡した。彼女は咄嗟のことに驚きつつも、何とかそれを受け止める。

 

「衛宮先生?」

「悪いけど、預かっててくれ。ソレ、買ったばかりであんまり袖通してないからな」

「士郎さん!?」

 

 ぱちくり、と目を瞬かせる未来に軽い調子で返すと、士郎は改めてクリスのほうへと踏み出す。その背に、翼が思わず声を上げた。

 敵の誘いに悠然と乗ろうとする士郎に驚くも、当の彼は振り返らないままなんでもないというように右手を振る。

 

「大丈夫だ。少し試したいこともある。ここは誘いに乗らせてもらおうか」

「あ、あのっ、衛宮さん!」

 

 その背へ、更に切羽詰まったような声をかけたのは響だ。その声の意味を、士郎は正しく認識していた。

 だから、みなまで言う前にただ一言。

 

「心配するな、立花。―――ひどい結果にはしないさ」

「………お願いします」

 

 響は向かっていく背中に深々と頭を下げた。ただ託してしまうだけの自分の不甲斐なさを、しかしスカートを強く握りしめて堪えながら。

 士郎はやはり振り向かないまま、それでも彼女の気持ちはまごうことなく受け取っていた。

 そして―――

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 ―――両の手に顕現するは陰陽の夫婦剣、その贋作。それを手に、彼は青銅の蛇(ネフシュタン)の前に立つ。

 

 さぁ、回路を回せ。

 意思を巡らせろ。

 今までのように、いつものように。

 克てる己を創り出せ。

 

 

 

 

***

 

 

 

「二人とも、こっちだ」

「は、はい! 響」

「う、うん」

 

 未来に促され、響は後ろ髪を引かれつつも翼たちの呼ぶ方へと避難する。

 この公園は高台に造られたもので、麓と繋がる階段はそれなりに長く、そして家族連れ同士がすれ違っても問題がない程度には幅広い。

 そこへ潜むように身を隠しながら、少女たちは顔だけを出す形で戦場を見守り始める。

 と、そこで戸惑いがちに疑問を上げたのは、未来だった。

 

「あ、あの……ところで衛宮先生って、どれくらい強いんですか?」

「え? そりゃあ……あれ?」

 

 響はそれに答えようとして、しかし首を傾げてしまう。

 というのも、彼女の知る範囲では士郎の戦闘とは概ね長距離からの精密射撃であるからだ。辛うじて姿を目視できる程度に離れたところからの爆撃じみた弓矢の狙撃は舌を巻かんばかりではあるが、距離を詰めた状態での戦闘はどれほどなのか。

 一応、拳を交えたことはあるし、初めて会ったときや最初にシンフォギアを纏った日に剣を使ってノイズを切り伏せたところは見たことがある。だが、それが具体的にどれほどの腕前であるのかは響の経験値では測りきることはできない。いわんや、あのネフシュタンを纏った少女と渡り合えるか否かなどは未知数だ。

 そんな風に答えに窮していると、代わりに口を開いたのは翼だった。

 

「そうね……例えば、私と士郎さんが互いに竹刀を持って、全く同じ条件で純粋に剣技を競ったなら……十中八九、私が勝つわ」

「「えぇっ!?」」

 

 驚愕に思わずといった風に声を揃える響と未来。だが、それは純然たる事実である。

 純粋な剣士としての翼の技量は、控えめに評しても達人と言って余りある。才気に溢れた身が幼い頃から鍛錬を重ね続けた結果、年若くして凡百では生涯到達しえない領域にまで足を踏み入れんとしている。

 対し、士郎の方は戦闘経験こそ翼とは雲泥の差があるが、その身に宿る才は恵まれたものではない。常人が努力して身に着けられる限界にこそ達してはいるが、逆を言えばそこで頭打ちだ。

 故に、翼が言った通り本人の剣椀だけでは士郎は翼に決して届かない。

 

「な、なら、士郎さんだけじゃ! 今からでも加勢に―――」

「大丈夫だって」

 

 階段を駆け上って戻ろうとする響の肩を、場違いなほどに軽い声と共に奏が掴んで止める。

 振り向けば、そこにあるのは些かの不安も浮かんでいない顔がそこにある。

 

「奏さん?」

「安心しな。若大将は負けない」

 

 そう、確かに衛宮 士郎の剣技では風鳴 翼に届くべくもない。

 故に、彼女に一度は土を付けた相手との戦いに不安を抱くのも当然だろう。

 だが、それでも。

 

「本当の真剣勝負………なんでもありのガチンコだって言うなら、翼やアタシはおろか弦十郎の旦那にだって勝ちうる。

 ―――それが、アタシ達がいつも肩を並べて戦っている【衛宮 士郎】って男さ」

 

 呟く瞳に、絶対の信頼と共に仄かな熱を込めながら、天羽 奏は剣を構える士郎を見つめていた。

 つられるように響もまた視線を映せば、そこにあるの見慣れたものとは装いを異とする後ろ姿。だがそれは、いつも見ている……そしてかつて焼き付いた雄々しい背を幻視させる。

 

 そう、血よりも紅く、夕日よりも朱く、錆などよりもなお鮮やかに赤く。

 不屈で、力強く、剣のように研ぎ澄まされた―――赫い鋼。

 

 それを見つめる響の胸に、いつの間にか不安も焦燥も消え去っていた。

 だが代わりに、灯火のような熱がそこに生まれていたことに、今の彼女は気付いてはいなかった。

 それが決して不快なものではなく、むしろどこか心地いいものであることも、全く。

 

 

 

***

 

 

 

「………………オイ」

 

 背後からわずかに聞こえるそんな言葉に、くすぐったさを感じて苦笑しながらもさらに一歩出る。すると、上から降ってたのはそんな言葉だ。

 高くから投げかけているくせに、這っているかのように低い声音は明らかに怒気を先ほどよりも増大させていた。

 彼女は今にも舌打ちか、それこそ唾でも吐きかけそうな様子でこちらを指さす。いや、正確には士郎の両手にある夫婦剣……干将と莫邪か。

 

「ンなガラクタにゃあ用はねぇ。

 ―――デュランダルを止めたあの剣を出せ。アレをブッ潰さなきゃ意味がねぇんだよ」

 

 その言葉に、士郎はやはりと改めて納得する。

 目の前の少女の目的は先の言葉通り響でもなく、そして士郎自身ですらない。あの時、デュランダルと抗して見せた黄金の剣こそ、彼女は怨敵と見定めたようだ。

 それを示すかのように、士郎に突き刺さる鬼気は近くに潜んだ獲物の気配を探る獣のそれである。

 どこにいる、でてこい、この爪と牙で引き裂いて噛み砕いて喰らい尽くす―――飢餓にも似た貪欲な殺気が、見えない泥のように対峙する士郎に纏わりついていく。

 それこそ、鉄火場に縁などなかった未来が、自身に向けられたわけでもなく離れて見ているのにもかかわらず、訳も解からないままに肩を震わせて竦んでしまうほどに。

 だが士郎はそれを真正面から受け止め、その上で些かの痛痒も見せない。彼からすれば彼女の言葉を酌量する義理もなければその気もなく、そして必要すらない。

 

「悪いけどそれは聞けない。アレはそうそう振り回していいほど軽い剣じゃない。それに―――」

 

 言葉を区切り、士郎は二刀をそれぞれ旋回させ、改めて構えた。

 手の中で甲高い音と共に高速回転する白と黒の刃は、空気もろとも夕映えの光すら切り裂いてしまっているような錯覚を与える。残音の余韻すら断ち切って突きつけた切っ先の名は干将。赤い亀甲模様を黒い刀身に刻んだ刃を煌かせ、その鋭さに負けない鷹の眼差しを真っ直ぐ向ける。

 

「お前に刃を届かせるには、コレで十分だし最適だ」

「―――――――、そうかよ」

 

 ほんのかすかに、硬いものが擦れあう音が聞こえた気がした。それは憤りに噛み軋まされたクリスの奥歯か、それとも彼女の踝で踏みしめられたセダンの外装か、或いは握りしめられた赤い茨のような鞭刃か。

 

「なら」

 

 トン、と隠し切れぬ怒気と比して存外に軽い動作で白い肢体が後ろへと跳ぶ。伸身のサマーソルトは一瞬で鼻先立ちの廃車の向こうに消える。

 更にその動きで押されたのか、車体の前方が軽トラのようになったセダンがゆっくりと士郎へ向けて倒れていく。といっても、そのままなら離れている彼には届きようもない位置ではあるが。

 しかし、

 

 

 

「引きずり出してやるから―――その前にダルマになるんじゃねぇぞォッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 少女の口から発せられた開戦の号砲と共に、障害物を裁断しながら二閃が奔った。

 巨大な鉄塊を幾つもの屑鉄の塊へと加工して、赤い刃がその蛇身を糾うように鎌首をもたげさせて襲い掛かる。

 幾何学模様じみた軌道と、迅雷の如き速度。そして嵐を凝縮したかのような攻撃力は、当たればその事実を知覚するよりも早く命を刈り取るだろう。それはもはや悪夢というよりいっそ慈悲深い。

 

「フッ―――」

 

 だが、そんな凶刃は彼には届かない。小さな呼気と共に振るわれた二つの刃が、剣戟を轟かせながら一対の脅威を退ける。弾き逸らされたネフシュタンの鞭刃が、士郎の左右の敷地を大きく抉っていく。

 と、そこへ遅れて降りかかってくるのはざく切りにされたスクラップのスコールだ。黒々とした油に塗れた塊が迫ってくるのに対し、士郎は右へと跳躍することで回避した。

 後ろへ飛び退かなかったのは、避難した響たちを少しでも巻き込まんとしたためか。

 

 その時。

 士郎の耳朶を叩いたのは、大質量が地面にばら撒かれる音ではなく、危機感に切羽詰まった響の叫びだ。

 

「衛宮さん、上ッッ!!」

 

 その言葉通り。

 白い装甲に身を包んだ小柄な体躯が、ただの跳躍ではありえない位置にまで高く高くその身を広げている。

 そうしてそれを見上げた士郎の瞳は、確かにそれを捉えていた。こちらを睥睨する少女の口元が、獰猛さを伴った牙を覗かせる笑みを浮かばせたのを。

 

 次の瞬間。

 クリスは腕を振り上げ、弓なりに大きく身を逸らして―――

 

「ちょせぇえっっっ!!!」

 

 ―――残像を生むかのような速さで彼女の腕が連続で振るわれ、二条の刃が一瞬で無数の赤い閃きとなって降り注ぐ。

 

 先だって、彼女の攻撃を『迅雷』と例えたが、それは誤りだったといえよう。

 なぜなら。

 例えどれほどの嵐だろうと、どれほど発達した積乱雲であろうとも。

 極局地的な一点に、スコールのような稲妻が降り注ぎ続けるなどあり得ない。

 

「衛宮さんっっっ!!?」

「っっっっ!!?」

 

 響が身を乗り出しながら悲鳴のような声音で士郎を呼び、その隣で未来が口元を手で覆って息を詰まらせる。双方とも、その顔は色が抜け落ちかのように蒼白なものへとなってしまっている。

 同じく見守っている奏と翼も、表情を強張らせ固い唾を飲みこんでいた。

 そんな彼女たちの見守る士郎の姿は、怒涛のような鞭刃によって生じた土煙によって完全に隠れてしまっている。

 脳裏に思わず浮かんでしまうのは、ずたずたに引き裂かれた青年の体。下手をすれば、それすら通り越して挽肉のような有様になってしまっているかもしれない。目の前の怒涛は、そう思わせるに十分すぎるほどの威力の集合であった。

 だが。

 

「―――あれ?」

 

 ふと、響が首を傾げる。

 あることに気付いたらからだ。それは、

 

「これ、音?」

 

 立て続けに響く、鐘の音にも似たながしか。

 気付いて、よくよく見てみれば、土煙の中で何かがチカチカと光っていた。それが瞬くと同時に、その甲高い音が轟音の向こうから耳朶を叩く。

 直後、土煙の切れ間の向こうから垣間見えたのは、猛攻を完全に防ぎきる士郎の姿だ。

 極小の隕石が連続で降り注いでいるかのような破壊の豪雨は、しかし彼が黒白の剣閃を振るうたびに弾かれ、逸らされていた。

 響や未来の目では攻撃そのものは目に捉えることは叶わず、SF映画のレーザーのような赤い光線にしか見えない。だが、だからこそ攻撃の軌跡そのものは把握することはできた。

 そんな彼女たちからは、士郎の眼前で黒と白が閃くたびに光線の軌道が捻じ曲がり、公園の敷地へと叩きつけられているという光景が目に映っている。それは現実離れこそしているが、魔的と評するには勇壮で、いっそ幻想的にすら見えた。それこそ、まるで何かの英雄譚の一場面に自分たちが入り込んでいるかのように。

 だがそれは、攻め続けている側からすれば噴飯と戦慄を禁じ得ない。今見下ろしているこの男が、ただの一歩すら動かずに全ての攻撃を防ぎきっているのだから猶更だ。

 

「ッッッッ、ヂィッッ!!」

 

 耐え切れず、クリスは口元を歪めて舌打ちを鳴らしていた。そこには優位に立っている者の余裕はなく、むしろ焦りと苛立ちがない交ぜになっているものだ。

 と、彼女は唐突に正中線を軸にして体をぐるりと回転させ、

 

「ンなら、これでぇっっ!!!」

 

 改めて振り上げた右の鞭刃の先に、巨大な光球を生み出した。

 白濁した輝きの中に、黒い稲妻のようなものが迸っている破壊力の結晶に、翼が思わず悲鳴じみた声を上げる。

 

「っ!? あの技は!!」

「っっ!?」

 

 苦みと共に想起するのは、あの一夜の闘い。

 己の身で以って味わった脅威に、翼は思わず肩が強張っていくのを自覚した。

 声にこそ出していないが、響もまたその力を目の当たりにした者として息を詰まらせる。

 そうして常識外れの破壊力を内包した、現実離れの輝くモーニングスターが振り上げられ、解き放たれる瞬間を待ち望むように殊更に電光を迸らせる。

 

「シッ」

 

 対し、士郎は白い刃を呼気も短く投げ放った。円盤のように旋回する莫邪が土煙を内側から裂いて飛翔する様は、どこか猛禽を彷彿とさせる。

 クリスは己のへと迫るその刃をしかと捉え、その上で口の端を持ち上げて笑った。

 

「ナめんな、そんなもの………!!」

 

 纏めて砕いて吹き飛ばすと、彼女はそのまま光球を振り下ろして―――

 

「―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 ―――触れ合う寸前、白刃はその身と同じ白色に爆ぜた。

 その炸裂は、今まさに飲み込まんとしてた光球に逆に喰らいつき、諸共に弾けていく。

 

「ぐ、あああああああああっっ!!?」

 

 士郎の莫邪と自身の光球。二つ分の爆裂を至近に受け、クリスは全身を叩く衝撃に絶叫を上げる。

 撒き散らされる破壊力は、まるで破裂した風船の中身を可視化したかのよう。全方位に広がった衝撃は暴風となって地を舐め、見守っていた響たちの髪や服をなびかせ、立ち込めていた土煙を一掃していく。

 

「こ………の……!!」

 

 風に舞い上がる紙のように爆発に煽られていたクリスだったが、それでも意識を飛ばすことなくギリギリで態勢を整え、なんとか着地する。

 同じ状況なら、熟練の軽業師でも難しいだろう身のこなし。だがそれを為した彼女が身構えるよりも先に、士郎は追撃を始めていた。

 

「ハァッ!!」

「っっっ!?」

 

 クリスの着地した場所まで、凡そで十メートルほど。ネフシュタンの鞭刃によりシフォンケーキの型のように抉れた地点から、それだけの距離を士郎は刹那でゼロにしていた。

 眼前に出現した青年の体躯、そこから振り下ろされんとする黒い一太刀に、クリスの半ば揺らいでいた意識は一瞬で引き戻される。

 夕映えに煌めく一閃―――唐竹に迫るそれを、クリスは仰け反ることで紙一重に躱した。

 そして。

 

「っ!!?」

 

 ギィィィィイイン!!!、と壊れかけた鐘を突いたような尾を引く鈍い音が響くと同時、士郎の顔に驚愕がにじみ出る。

 音の出どころは左手に握られた干将……ではない。

 無手であったはずの右の手だ。そこには今、陽炎のような何かが揺らめている。よく見ればそれは剣のような形をしていたが、やがて砂絵が風に吹かれるように散り消えていく。

 どうやら、追撃とばかりになにがしかを仕掛けようとした士郎を、クリスが仰け反ったまま左の刃で阻止したらしい。不安定な姿勢であるために威力は皆無であったが、防御としては十全だ。

 

 それに対しての士郎の瞠目は一瞬。硬直ともいえない微かな間。

 だがそれを、クリスは決して見逃さない。

 

「くらいなっ!」

 

 気勢と共に、今度は右の鞭刃が毒蛇が這うかのごとく宙を征く。素通りさせれば首を断たれかねない暴威を弾かんと干将を逆手に翳せば、

 

「ぬぅ……!?」

「ハッ、かかりやがったな」

 

 刃鞭は切っ先を鎌首ともたげさせ、火花を散らしながら干将の刀身へ巻き付いていく。そして鞭刃が引かれ、綱引きの態を為すよりも早く士郎は刃を手放し―――その僅かな間で、クリスは元から近かった間合いをゼロにして彼の懐に潜り込んでいた。

 

「―――ガラ空きだぜ? アンちゃんよぅ!」

 

 言うが早いか放たれた拳が目指すのは、士郎の顎。当たれば脳を揺らすどころか、骨肉諸共に潰して飛ばすだろう一撃。まともに受ければ防御ごと砕くその打撃は、しかし横からの掌底で阻止された。

 軌道を逸らされた拳は、士郎の耳元を素通りして風切り音を鋭く鼓膜に響かせるに留まる。

 放たれてから……いや、クリスに懐に入られてから反応したのでは確実に間に合ってはいなかっただろう防御。それが成功したのは、取りも直さず今の攻防が完全に士郎が想定したままのものであったということだ。

 その事実を即座に察して、クリスは屈辱に喉奥を唸らせた。

 

「っのヤロォッ!!」

 

 拳を放った勢いのまま、身を回しての肘打ち。こめかみに吸い込まれていくそれはだが拳に比べれば苦し紛れに近く、先ほどとは逆の掌で軽く受け止められてしまう。

 だが、それは牽制。本命はこちらと身体強化任せの膝を脇腹に叩き込もうとして、

 

「え? ―――わっ!?」

 

 支える足が一本になった瞬間を、払われて転がされる。強制的に天を仰がされそうになるところで、しかしクリスは抗うのではなく逆に自分から倒れこんでいく。

 勢いのまま天地を逆転し、更には掌で地を掴んで風車の回転のように両足を振り回す。しかも、いつの間にかネフシュタンの刃を蛇のように絡みつかせていた。

 蹴りの勢いのまま放たれる一閃は、士郎の鳩尾を薙がんとする軌道だ。

 

「くっ……!」

 

 これに関しては、先読みがあっても流石に回避に距離を空けざるを得ず、士郎は僅かに唸りながら後方へと跳んで大きく間合いを取った。

 対し、クリスはそのままさらに一回転、

 

「返す、ぜ!!」

 

 振り回した足の、鞭刃の更に先。絡めとっていた干将が、その動きで放たれた。

 先の莫邪の投擲にも劣らぬ勢いと鋭さで持ち主を裂かんと迫る刃は、

 

「……、」

 

 しかし触れる寸前に粒子となって夢幻の如く散っていく。あとは太刀風の残滓が、風となって彼の前髪を僅かに揺らしただけだ。

 その結果に、クリスは舌打ちを小さく漏らしながら腕の力で跳躍、両足で軽やかに降り立ってみせた。

 

「………」

「………」

 

 残心のような膠着に、自然と視線を絡ませ合う両者。

 と、その時だ。

 キン、と指でコインを弾くような音を立てて何かが軋んだ。

 

「―――!」

 

 無言のまま息を飲んだのは、クリスの方。……その顔を覆っていたバイザーが、軽い音と共に縦に割れて地に転がったのだ。

 どうやら、先の干将の一閃は僅かにその装甲を掠っていたらしい。露わになった顔はやや幼げでありながらも彫りが深く、サラサラとした長い銀髪と合わせどこかビスクドールじみた印象をうけなくもない。

 或いは、欧米の血でも混じっているのか。だがその端正な面立ちも、今は屈辱と苛立ちに歪まされている。

 そんな眼差しを真正面から浴びせかけられている士郎は、しかし受け止めながらも小動ともせずに口元を固く結んでいる。

 

 ここに至るまでの攻防において、互いに一つの決定打もなく。

 図らずも至った仕切り直しに、両者はただ静かに睨みあう。

 

 

 

 

***

 

 

 

「――――っ、はぁ!」

 

 まるで水に顔を沈めていたかのように、未来がいつの間にか止めてしまっていた息を再開させる。どうやら士郎とクリスの闘いに傾注するあまり、息を詰まらせてしまっていたらしい。

 その隣では、響が口をポカンと丸く開けて放心していた。

 

「…………………………スゴイ」

 

 ようやくまろび出た言葉に、なぜか逆隣の奏や翼が得意げな顔つきになり、

 

「あの剣、爆発するんだ」

「「そっち!?」」

「………まあ、たしかにそっちもビックリよね」

 

 直後に、声を揃えてツッコんだ。

 その裏で、未来は脱力して苦笑しながらも、親友の言葉に頷いていた。

 

 

 

***

 

 

 

(このヤロウ……かすり傷すら無ぇってか)

 

 ―――強い。

 忸怩たる想いに腹の底を焦がされながらも、クリスは冷然とした思考と判断力で士郎を評した。

 彼女自身がそう思ったとおり、彼女の放った攻め手の悉くは彼に届くことは叶わず、服にすら裂け目一つ刻めてはいない。

 

 先日の記憶と比して鑑みれば、剣による一撃の速さと鋭さはアメノハバキリの装者のほうが幾分か上だろう。だが、この男はそういった武の技術とは別の部分……戦闘という行為そのものが非常に巧いと感じられた。

 それはつまり、この男は自分やあの装者たちよりも遥かに戦う者としての経験値が上であるということだ。

 

 自身の猛攻を完璧に防ぎ切った防御の妙手は言うに及ばず、こちらが大技を繰り出さんとした瞬間を隙と見るやの反撃、そこからの息もつかせぬ猛追……それら全てが繋がっているところから透けて見えるのは、この男が築き上げてきた戦闘理論。微に入り細を穿つその精緻さは、造形からあらゆるバランスにまで神経を砕いた彫刻を彷彿とさせる。

 そしてその全貌は未だ計り知れず、ともすればこの男を形作るほんの一角でしかないのかもしれない。

 

 ならば勝てないか?

 脳裏によぎった弱音めいた自答を、

 

(―――ンなワケねぇだろうが)

 

 彼女は全力で『否』と拒絶した。

 

 潰す。

 潰す。

 潰す!

 なにがあろうとぶっ潰してやる!!

 

 相手の実力が計り知れなかろうが知ったことか。

 戦闘経験の差など関係あるものか。

 この身は自分からすべてを奪った力と闘争を須らく打倒せんと決意した。

 故に。

 

(見えねぇ部分も積み重ねてきたモンも関係ねぇ。まとめて押し潰して叩き潰して否定しつくしてやるだけだ……!!)

 

 手繰るように掴んだ鞭刃を握りしめ、クリスは改めて戦意と闘志を瞳に乗せて漲らせていく。

 

 

 

 それらの思考を、士郎は露わになった少女の表情から凡そ把握していた。

 

(さて、まいったな……)

 

 その上で、士郎は内心こみあげてくる苦笑を面の皮一枚下に押し留め、しかし瞳だけは鷹の鋭さを保ち続けている。

 空になった右手を確かめるように閉じたり開いたりしながら思い浮かべるのは、先の攻防だ。

 

 確かに、ネフシュタンの力はすさまじい。膂力も速度も規格外、そしてこの少女はそれを使いこなしている。

 だが、それだけならば翼が後塵を拝することなどなかっただろう。両者を比して、技量と経験値ならば翼のほうこそが上回っていると士郎は戦ってみて確信していた。

 少女の挙動は強力ではあれど粗削りというべきもので、翼ほどに精錬されたものではないからだ。或いは、実戦経験そのものは響に毛が生えた程度なのかもしれない。

 ならば、なぜ彼我の勝敗が覆ることになったのか。

 突然の出現に動揺していた?

 戦う相手として、あらゆる意味で未知であったがためか?

 或いは、立花 響が捕らわれ、人質も同然であったためか?

 ―――そのどれらも無関係ではないだろうが、彼我の差を埋める決定打となったのが実際のところ何であるのか、士郎は概ね察しがついていた。

 それは。

 

(バトルセンス―――経験によらず最適解を導き出す直感。……天賦の才、か)

 

 単純な努力とは別のところにある、可能性の突端。

 衛宮 士郎が持ちえない、無形の原石。

 その何よりの証拠が、今も右手に感触として残っている。

 

 先の一撃によって、形を成す前に消え失せた一振り―――それは士郎にとっての『本命』の投影だったものだ。

 投影を邪魔されたことも、投影したものが通じずに砕かれることも、この世界に来る以前から数えきれないほどに経験してきた。

 だが、投影の途上を阻害されて砕かれるなど、果たしてどれほどあっただろうか。

 

(恐らく、それは彼女がこちらが思っていた以上に広く視野を持っていたということ。それこそ、視界の端程度に感じた違和感を的確に察知していたんだろう)

 

 身を置いた場所以上に広く戦場を俯瞰し、猛禽の如く小さな違和すら逃さない。

 それは素質として、射手に向いているともいえる。

 そう考えれば、鞭状の刃というある程度離れた間合いまで広範囲に攻撃できる武装は相性として悪くないのか。

 

 閑話休題。

 改めて士郎はまいった、と内心で呟く。

 先の攻防から鑑みれば、生半可な攻めでは届かないだろう。無論、単純に攻め落とすだけならばいくらでも手はあるが……目的はそれではない。

 ならば。

 

「―――投影、開始(トレース・オン)

 

 一息、細く吐いて瞑目。再び干将と莫邪をその手に取る。しかし、そこで終わらない。

 士郎は更に意識を集中させ、瞬きの間に深く深く沈み込む。

 手にした一対の刃、そこに込められた概念を引き出さんがために。

 

 そしてここに。

 陰陽の夫婦剣が深奥、その一端がここに顕現する―――!!

 

 

 

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 

 

***

 

 

 

 直後、バイザーが無くなったことでクリアになったクリスの視界の中で、二つの刃が羽撃いた。

 描く軌道は曲線。突き進めば十字を描くだろうそれは、明らかに己を交差点としている。

 

「っ、ナめんなってんだろうがっ!!」

 

 両の手が握りしめた鞭刃を振るい、弾く。

 高速の刃と高速の刃、二対の激突は同時。まだ夕日の赤が強い光景の中で、なお目映い火花が轟音と共に二か所で炸裂する。

 手首に返ってくる痺れる衝撃は、ネフシュタンの防備がなければそれだけで手首を砕いていただろう。

 

「づ……っ!!」

 

 呻きそうになる喉を無理矢理に抑え込んだのは、僅かでも力を抜くわけにはいかないという判断からだ。

 その危惧は正しく、目前にまで迫っていた。

 

「―――心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

 姿勢の低い、前傾で躍りかかってくる男の体躯。眼差しは鷹を思わせるくせに、こちらへと詰めるその動きはまさに狼の如く。

 手にはすでに新たな双剣が握られ、交差した腕を広げる動きでこちらを斬り上げにくる。

 

「ッッ、アァッ!!」

 

 即座に鞭刃をそれぞれの両手に巻き付かせ、握り込み、刃を纏った拳を作る。叩きつける様な打ち下ろしが斬撃を相殺し、先ほどのような炸裂を間近に生み出した。

 

「っっっ!」

「オォォ―――!!」

 

 直後、繰り広げられたのは双剣と双拳の応酬。

 互いの繰り出す一撃一撃、その全てがぶつかり合う様はまるで互いの間にある空気そのものを粉砕しているかのよう。

 連打故か、響いてくる反動は先ほどよりも小さいが、発散の暇もない積み重ねは枷のように腕に重い。

 そうして数秒、或いはそれ未満の間に十合を超える数を交わし、

 

「―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

 直後に感じた寒気を、クリスは刹那たりとも疑わなかった。

 

「ッラァアアアアアアア―――!!!」

 

 より強く、剣戟を払って作った僅かな間。それを使って溜めを入れ、腰を使って放つ右のブロー。

 ほんのわずかでも誤りが入ればそこから突き崩されただろう動作は、機械以上の精密さで完遂された。

 士郎はこれを交差させた刃で受け止め―――

 

「グ、ガァッッ!!?」

 

 ―――ドォッッ!! と、生じた『爆発』に、その身を後ろへと飛ばされる。

 生じた白い爆煙に包まれながら、辛うじて引っ掛けた踵で短くも轍を刻んでいく。

 

 今のクリスの一撃。

 その拳の刃には、光球を生み出す要領で鎧のエネルギーが込められていた。それが衝突と共に文字通り弾けたのだ。

 とはいえ、練り上げられたのは雀の涙ほど。しかも無理矢理に繰り出したためか、放った衝撃は彼女の右腕に骨までしみ込んできてしまった。

 そのくせ、戦果としては僅かに間合いを空けられた程度で、到底割に合う結果とはいえないように見える。

 だが、今はその間合い―――正確には、それが生み出す僅かな時間が欲しかったのだ。

 

「ッッッ」

 

 右腕が音叉になったかのような疼痛を、奥歯を削るほどに噛みしめて無理矢理に無視。自身が生み出した爆発の反作用を利用して身を翻す。

 同時に拳を解きながら両腕を振るえば、鞭刃がその蛇身を糾えさせながら伸びていく。そうして天を仰いだその視線の先には、

 

「あっちにも双剣!?」

「衛宮先生、いつの間に!?」

 

 上空から襲い掛からんとしていた三組目の双刀。クリスの動きによって初めてその存在に気付いた響と未来の言葉は、そのままクリスが内心で叫んでいたものと同じだ。

 予測されるタイミングとしては、一組目を投げ放った直後か。そのまま気付かなかったならば、背から装甲を切り裂かれていただろう。僅かに感じ取った悪寒から、これに辿り着けるのもまた生来のバトルセンスの賜物か。

 クリスは引っ掛けた地面を抉りながら、腕を振り上げる動きと共に糾える刃を天へと唸らせる。

 

「ちょっっせぇ―――っ!!!」

 

 気勢と共に龍もかくやという勢いで天を上る双頭の蛇。唸るかのようにその身の刃を掻き鳴らしながら空を裂き、果たして双方の切っ先が夫婦剣へと喰らいついた。

 バギャアッッ!! と岩塊が爆ぜたかのような轟音と共に、黒と白の回転刃が弾かれて墜ちていく。

 

「あぁっ!?」

 

 見守っていた響の口から悲鳴が上がる一方、クリスは会心の笑みに口の端を釣り上げた。

 これでよし。

 あとはこのまま重力すら味方にし、この両の鞭刃を叩きつけてればそれで終わると、手の中の刃を軋ませて―――

 

「―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

「な、あっ!?」

 

 ―――振り返るよりも先に、その展望が眼前で否定されたことに愕然とする。

 

 たった今、弾き飛ばし墜ちるだけであったはずの黒白の刃が、しかし些かも衰えずそれどころか勢いと鋭さを増して文字通りに舞い降りてきていた。

 しかもそれだけではない。いつの間にか、周囲を舞う双刀がもう一組増えていた。クリスを中心に衛星のように廻る様は、まるで鳥の群れが一つの獲物を一斉に啄まんとする鳥葬の前触れのようだ。

 

(ま、さか……最初に弾き飛ばしたはずの!?)

 

 驚愕と混乱に両目を限界まで見開きながら、クリスは見事に正答に辿りついていた。

 彼女の察したとおり、増えたように見えたもう一組の夫婦剣は、この攻防における冒頭でネフシュタンの刃によって弾かれたものだ。それがここに、投擲されたときの脅威をそのままに再び参陣を果たしていた。それを彼女の視点から見たならば、悪夢と評する以外になんと言えばいいのか。

 そこへ更に追い打ちをかけるのは、背中に叩きつけられた圧倒的な鬼気。視線を逸らしていた間に巨人にでもなったのかと錯覚するほどの、脅威を伴った存在感に背中が粟立ち、喉が干上がっていく。

 

「――――――両雄(われら)、」

 

 声が響くなり、地にヒビすら刻みながら一歩が踏み出される。それだけで士郎の体を覆い隠していた爆煙のヴェールは払拭され、一対の刃に紫電を迸らせて構える姿が露わになった。

 そして。

 

共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)―――!」

 

 生身で音すらも置き去りにして、刃を携えた男の体が砲弾もかくやとばかりに疾駆する。

 同時に、周囲を舞う二対の刃もクリスへと殺到―――合わせて六つの刃が前後左右上下から襲い掛かっていく。

 その刃の一つとして、ネフシュタンの装甲を突破できないモノはないだろう。

 しかもクリスは今、士郎に背を向けた上に鞭刃ごと両腕を上へと振り上げた体勢だ。この状態から、士郎を含めたすべての刃を叩き落すことはまず以って不可能。

 故、この戦局はすでに決した。

 次の瞬間には雁字搦めに糸の絡まった粘土の如く、全身に刃を食い込ませた少女の姿があるだろうことは自明の理で―――

 

 直後。

 多重に重なって響いたのは、幾つもの刃金同士がまったく同時にぶつかり合うという、出来の悪いオーケストラのような大合唱だ。

 

 

 

 ―――そう、『刃金どうしがぶつかり合う音』である。

 

 

 

「――――――念仏は終わりかよ、アンちゃん?」

「……っ!?」

 

 今度こそ。

 士郎は驚愕のあまり、その身を強張らせた。

 大きく見開かれた瞳は先ほどのクリスのようで、そこに映る当の本人は先ほどよりも決定的に勝利を確信した笑みを浮かべている。

 

 全方位からの同時六連斬撃。まさに必殺というべきそれを阻んだのは、当然ながらネフシュタンの赤い鞭刃。

 だがクリスはそれを振るったのでも、払ったのでもない。まして白い光球の破壊力で無理やりに押し返したのでもなかった。

 彼女がやったことは至極単純にして明快。フィギュアスケーターのスピンのようにその場で回転し、己の身に赤い鞭刃を巻き付かせて纏うことで襲い来る刃の悉くを防ぎきってみせたのだ。

 螺旋状に刃を這わせたその姿は螺子のようで滑稽であるが、ほんの少しでもズレていれば黒白の刃のいずれかは届いていただろう。それを鑑みれば、脱帽としか言いようがない。

 何より、すでに確定されていただろう勝敗を覆したのは、紛れもなくクリスのバトルセンスが想像の埒外にまで至っていた証拠。

 つまりはこの瞬間、彼女の才覚は確かに衛宮 士郎を凌駕していたのだ。

 

 そして、必勝の一手が破られたならどうなるかなど、自明の理。

 

「っっらぁああああああああああっっ!!」

「づぅッ!!」

 

 クリスは、鞭刃を巻きつかせた時とは逆であろう方向に高速で回転。それで以って刃の連なりを振りほどいてゆく。

 ギャリンッッ、と鉄板を乱雑に引っ掻くような音が幾つも重なりながら、鞭刃で受け止めらえていた干将と莫邪が巻き込まれて弾き飛ばされていく光景は、まるで蛇蝎が翼を捥ぎ取っていくかのようだ。

 士郎の手にあった二刀もまた例外ではなく、彼は剣を腕ごと弾き飛ばされる。まるで抱擁の直前のように胴と胸を無防備に晒す姿に、クリスは回転を止めると同時に引いた右腕に力を込めた。直後、バギンッッ!! と噛み砕くような音を立てて茨のような刃の連なりが直列する。出来上がった歪な直剣は、まるで枝を削ぎ尽くした針葉樹のよう。

 その先端を、クリスは士郎の胸の中心へとまっすぐ向けて、

 

「―――アバヨ」

 

 手向けというには軽すぎる言葉とともに、流星が逆巻くような一刺しが、夕日よりも赤い軌跡を残して繰り出される。

 直後、肉を貫き、鮮血がまき散らされる凄惨な旋律が奏でられた。

 

 

 

 ………

 ………………

 ………………………………

 

 

 

 たまさか降りた沈黙が、その場を席巻していた。

 事態を見守っている響たちも、またもや完全に言葉を失っている。飛び交う刃に囲まれたときのクリスよりも、その刃の悉くを防がれたときの士郎よりも、強く驚愕に身を強張らせて今度こそ呼吸を止めていた。

 本当に時が止まっていると言われても信じてしまいそうな一時は、静寂というよりもそのまま静止と言い表すべきだろう。

 

 瞬きを忘却した響の視界には、莫邪の白い刀身が映っていた。先ほどクリスが弾き飛ばしたものの一つが、彼女たちの程近くに突き刺さったのだ。

 それはややもすると、まるで吹き消される砂絵のように煌めく粒子となって崩れながら空気に融けていく。

 そうして完全に消え去った後、改めて目の当たりにするのは立ち尽くす二人の姿。

 

「え……衛宮、さん」

 

 確かに、切っ先は胸元に突き立っていた。赤い刃が貫いた衛宮士郎の肉体からは、夕日ですら誤魔化せないほど赤黒い鮮血が滴り落ちている。

 しかし、それらは一瞬前の彼女たちの未来予想図とは大きくかけ離れていた。

 

 ネフシュタンの刃は衛宮 士郎を肉体を貫いている。

 胸元には切っ先が突き立っている。

 だがこの二つの事実は、イコールで結ばれてはいなかったのだ。

 

「―――浅く当てる程度に抑えていたとはいえ、完璧に防ぎきられるとは思わなかったよ。

 だが、漸く【本命】を届かせることは叶ったか」

 

 そんなことを呟く士郎は、ちょうどその顔の横に右手を持ち上げていた。

 その掌は中央を貫く刃と、その傷口から滝のように流れ出る血によって二種類の赤に染め上げられている。

 

 彼はネフシュタンの切っ先が胸を貫かんとした刹那、右手でそれを阻んで貫かせた上で、腕を引くことで無理矢理に軌道を捻じ曲げたのだ。

 無論、そんなことをすればただでさえ貫通した傷口は刃が捻じれてさらに抉られることになる。そこから生じるだろう激痛は、察するに余りある凄惨なものに違いない。

 だが士郎の表情は、そんな痛痒を一切感じさせない。ともすれば、すでに残心に至っているかのような涼しげな表情は、冷静にその事実に気付けば怖気を催させるに十分な異常さだ。

 果たしてそのことに気付ける余裕のある者が、その場にいなかったのは幸であるのか否か。

 

「な……ん……?」

 

 一方で。

 そんな彼と間近で対峙しているクリスは、呆然と自身の胸元に目を降ろした。

 彼我の体勢としては、突き上げたこちらの右腕が士郎の胸前を通り、身長差からその右腕と平行になる形で士郎の左腕が伸びて、クリスの胸元に裏拳近い形で刃が叩きこまれている。

 逆手に握られているその刃は、直前まで目にしていた白の刃とも黒の刃とも違う。ごく短い刀身はデフォルメした雷のような、出来損ないの釣り針のような形状をしていて、暗い紫を基調とした極彩色に染まっている。左右に広がる鍔の両端にはそれぞれ鈴のような役割を果たすだろうリングが三つずつついており、全体的な意匠と合わさって文字通り神秘的な妖しさを醸し出していた。

 そんな歪な刃が突き立ったのは胸元の碧い結晶の部分で、刺さっているのはほんの先端……痛みどころか、装甲に対してさえひっかき傷でしかない程度である。

 極度の混乱で却ってフラットになっていた思考がそれを認識した途端、クリスは大きな舌打ちと共に顔をあげて士郎を睨みつける。

 

「……、嘗めてんのか? こんなモンがなんだって――――ッ!!?」

 

 苛立ちが多分に含まれた言葉が、唐突に途切れた。

 眼差しに険の載せられた表情が、強い驚愕に強張るのは果たして何度目だったか。だが、ガチリと硬直した体は別の理由からによるものだ。

 

「体、が……いや、鎧が動かない!?」

 

 身に纏う完全聖遺物【ネフシュタンの鎧】。それが今、先ほどまでの全能ともいえる力が嘘であったかのように沈黙していた。

 手足が重い、という話ではない。最初からそういう形の彫像の内部に入り込んでしまったかのように、ガチガチに固まった全ての間接はもはや身動ぎすらも不可能なほどだ。

 あまりにも埒外に過ぎる事態に、クリスは士郎を追求する余裕すらもなく必死で体を動かそうと鎧の内側でもがき続けている。そんな、掌の中に握りしめられた小動物同然の有様を見せる彼女を尻目に、士郎は最後の仕上げと言葉を紡ぎ出した。

 

「―――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 直後。

 カシャァン、と空の花瓶を叩きつけたような音を山彦のように響かせて、純白が四方に弾けた。

 

 

 

***

 

 

 

「―――あ、」

 

 淡く光を纏いながら辺り一面に散らばったのは、少女が纏っていたネフシュタンの装甲。

 己が先ほどまで振るっていた力の成れの果てを、クリスは呆然と眺めながら膝から崩れ落ちて俯いた。一糸纏わぬその身を隠そうともしていないのは、そうするだけの余裕すらないということか。

 そんな彼女に、投影で生み出した白いシーツを頭から大雑把にかぶせて、士郎は散乱する数多の破片を睥睨する。

 

 あらゆる契約と束縛を破戒する短剣の権能は、世界を跨ぎ体系を異にした聖遺物に対しても十二分にその力を発揮した。

 だが士郎は右手に残った切っ先を引き抜いて放りながら、生じた結果にやはり、と内心で小さく溜息をつく。

 

(………内包する力そのものは健在、か)

 

 それ自体は最初から予想していたものだ。その辺りは世界間の神秘の差異というよりも、ルールブレイカーその物の能力の限界といった方が正しい。

 元より、ルールブレイカーでは宝具そのものを無効化することはできない。ならば、それに等しいといっていい存在である覚醒状態の聖遺物を鎮めることができないのは当然の帰結だ。

 にも拘わらずネフシュタンを少女の体から引き剥がすことができたのは、『装着』というある種の契約そのものに干渉したためである。

 

(ともあれ、どうにか収めることはできたか)

 

 ちらり、とだけシーツを被せられただけの姿になっている少女を見やって、すぐに視線を逸らす。先ほどまで戦っていた相手であるとはいえ、素っ裸の少女の体をまじまじと見ることになるのは流石に道理にもとる。

 なんにせよ、ネフシュタンの鎧はすでに彼女の手から離れている。あとはもう少し事態が落ち着けば、話を聞くこともできるだろう。

 そんな考えを抱いたこと自体は、成り行きとして自然なものだ。

 だが、結果だけを見ればそれは紛れもなく……そしてどうしようもないほどの『油断』であったのだろう。

 

「――――――衛宮さん!! その子!!!」

 

 真っ先にそれに気づいたのが響であったのは、ある意味当然のことであったのかもしれない。

 位置的に全体を見やすいというのもあるが、それ以上にこの場において最も少女のことを気にかけていたのは、紛れもなく彼女であったからだ。

 だからこそ、誰よりも先んじてそれに気付くなりほぼ反射的に叫び、

 

「な、に……?」

 

 最も近くにいた士郎が、しかし致命的に出遅れた。

 

 いつの間にか、シーツの内側からは細い両腕が突き出されていた。

 祈るように掲げられた両手からは細い紐が垂れ下がっている。恐らくは、最初から首に提げられていたのだろう。

 ふと、組むように握りしめられていた両手が緩み、その中にあったものが揺れながら姿を現す。夕日に強く煌くそれは、特徴的な赤い円柱状の物体で―――これ以上なく、見覚えのある代物だった。

 

 直後、士郎が反射的に響たちを背にするように距離を取った瞬間、

 

 

 

「―――Killter Ichaival tron」

 

 

 

 赤い輝きが、収斂した。

 轟! 、と土煙を巻き上げ、即座にそれを散らした衝撃の向こう側からみせた姿は、赤と黒に彩られている。

 まず目を引くのは腰裏から大きく覗かせるユニット。燕尾を大げさにしたような形状は、黒く縁どられた赤い装甲を露わにしており、見ようによっては花が開いたようにも、傷口を曝け出しているようにも見える。

 白いアーチ状の装甲が膨らむように太ももを覆っており、その造形はどこかスカートを彷彿とさせた。インナースーツは黒に赤が差し込まれ、胸元のコンバーターユニットから延びる白い装甲が豊満な膨らみを簡素に包んでいる。

 両腕は篭手にも似た形状の装甲が手の甲までを護り、ヘッドセットはどこか蜂の巣を思わせる大きな形状で、その赤い煌きは他のどの部分よりも鮮烈だった。

 完成された姿に、士郎は眼差しも鋭く低く唸り、その眼光が魔術による解析で以って神秘のルーツをつまびらかにする。

 

「イチイバル……イチイの弓、ウルの武具か!!」

「―――…………」

 

 狩猟と決闘―――そして弓術を司り、その名に光輝の意を持つ北欧神話が一柱。その力を文字通りに身に纏った少女は、しかし俯いて動かない。

 変容を終え、衝撃の残滓すら残さず消えてなお黙する凛とした立ち姿。士郎がそこに感じたものは残心ではなく、むしろその逆。

 つまりは、嵐の直前や台風の目に入り込んだかのような、崩れる直前の軋む様な静けさだ。

 

「…………歌わせ、たな」

 

 果たして、その認識は正しかった。彼女はポツリと、そんな風に小さく呟いたかと思えば、次の瞬間には俯かせていたその顔を勢いよく上げた。

 

 

 

「アタシに!! この【雪音 クリス】に!! 歌を、歌わせたなァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 

 

 

 先ほどまで見せていた激情など、恐らくはただの癇癪に過ぎなかったのだ。

 彼女の憎悪と赫怒は、身の裡で黒々と渦巻くように燃え続けていたのだろう。

 そして今、卵の殻を破るように内包していたものが表へと溢れ出す。

 それは可憐な表情を歪ませ。

 それは瞳を燃え上がるように滾らせ。

 それは激昂を魔獣の咆哮のように轟かせた。

 ならばそれこそ、今の彼女が核として抱くものである。

 

 そして少女は、クリスは―――雪音 クリスは、荒ぶるままに己の真芯を叩きつける。

 

「アタシは歌が………大っ嫌いなんだよォ―――――――――ッッ!!!」

 

 それはもはや、彼女が言うような単純な好悪ではない。

 触れ得ざるもの。触れるべからざるもの。そして触れた者を決して赦さない絶対の禁忌。

 言うなれば逆鱗であり、ならばそれに触れたものがどうなるかなど、言うまでもない。

 

「―――!! ―――、―――!!!」

 

 歌われるのは、否定と拒絶と破壊。

 忌むべき行為で顕現するのは、これもまた忌むべき破壊と暴力と暴虐を生む鉄風雷火の申し子たち。

 腕の装甲が多連装のガトリングガンへ、腰のスカート状装甲が多弾頭ミサイルランチャーへとそれぞれ変貌/展開していった。

 

「―――!!?」

 

 誰かが挙げただろう悲鳴すらも消し飛ばしながら。

 次の瞬間には、その場の全てを紅蓮が繚乱と咲き乱れながら飲み込んだ。

 

 






 前に自分が書いた話を改めて読んでみると、この頃のほうが文章書けてた気がする今日この頃。
 皆様、今年最初の更新、あけましておめでとうからそろそろ四か月が過ぎようとし、遅くなって誠に申し訳ありませんでした。

 まずは、今回の内容振り返り。

○冒頭、クリスとフィーネ
 この作品でのクリスの来襲目的はこんな感じ。
 この時点での彼女は武力の一切を否定しているので、それに助けられた上に美しいと感じて安らぎすら覚えたカリバーンはアイデンティティを根本から揺らしかねない存在です。
 なのでそれを振るう士郎に襲い掛かるのは流れとしては自然にできたんじゃないかなと。

○士郎VSクリス(前半戦)
 アーチャーもそうでしたが、二刀流ってやっぱり防御力に特化したスタイルなんだなぁとしみじみ思います。
 ちなみにこの辺りの闘いは当初はもうちょっとシンプルなものになる予定だったのですが、激闘って感じがしなかったのでいろいろ追加しました。(足に鞭絡ませてスピニングバードキックからの干将投げ返しとか、バイザーが真っ二つになって転がったりとか)
 ……うん、それで余計に時間かかったんですどね(目逸らし)

○士郎VSクリス(後半戦)
 鶴翼三連、それを防ぎきるクリスちゃんカッケー、からのルルブレ強制アーマーパージ。
 ここら辺は連載前から頭の中で出来上がってた部分なので、なんとか書き切れてよかったです。
 ちなみに鶴翼三連の表現が原作とちょっと違うのはわざと。
 私見ですが、この技って融通無碍というか、自由度が高そうなイメージがあるし、そういう『状況に応じて自在に変化を付けられる』ほうがアーチャーっぽいイメージがあるので。
 ……まあ、ぶっちゃけ各メディア(及び使用者)で微妙に違うので、今更かもしれませんが。
 ちなみに、手加減バージョンなのでオーバーエッジじゃありませんん。
 オーバーエッジ使うのもいつかは書きます。
 ルールブレイカーに関してはこんな感じ。
 ちなみに、シンフォギアも同じように無効化できると思われます。(というか、あっちは聖遺物そのものではなくその欠片から引き出したエネルギー体みたいなものだし)
 ただ、それだとルルブレ投影すりゃ勝てるじゃんになっちゃうので、そこら辺もこじつける予定です。
 ……ところで今更ですがセイバー編でルルブレ見る機会あったっけ?(台無し)

○イチイバル覚醒
 イチイバルのギアの文章表現に地味に悩みました。
 下手な書き方すると緊張感が消えちゃうし。
 ちなみに、同じ理由でウルという神様がスキーも司ってるのは敢えて省きました。


 ……とりあえず、ざっとこんな感じ。
 毎度ながら詰め込みすぎた感はある……次回はもう少し短めになるはず。(早く更新できるとは言っていない)



 こっから先は雑談で。

 まずXDU。
 これ書くまでに未来がガングニールみたいになったり、並行世界の翼&クリスが出たり、進撃の巨人とコラボったり、4.5期やったり、メックヴァラヌスやったりしましたね。
 並行世界のクリス可愛い(LV70にした)とか、進撃コラボ結構シナリオよかったな(メモリアのリヴァイと翼の話とか笑ったわ)とか、並行世界でもジジイはやっぱりジジイだったよ(こいつがメイン出張ると胃に重い展開が続くよね)とかいろいろありますが、とりあえず敢えてノーブルレッドについて改めて語りたいかなと。

 この三人、根本的なキャラの方向性としてはFateにおける間桐 桜・メドゥーサ・アステリオスと同じで『被害者のまま加害者になる』というキャラクターなんですよね。
 ただ、あくまでもスタートラインが同じなだけで、その後のキャラクターとしての特徴は正反対な感じがします。
 まず、Fate側の三人は自分が加害者(化け物)であると強く認識していますが、ノーブルレッドはどこまで行っても自分たちが被害者(人間)であると考えている気が。
 また、Fate側は内向的なようで人間に対して強い憧れを抱いて機会があれば外界に踏み出るのに対し、ノーブルレッドはヴァネッサとかが一見社交的なように見えるんですが、その実自分たちだけで完結していてそれ以外を拒絶してるところが強いんですよね。
 その証拠のように、ノーブルレッドの三人はことあるごとに『人間に戻る』といい続けていたんですが、『人間に戻ったあと具体的になにをするか』っていうのは本編中でも外伝でも一切なにも言っていないんです。
 そう考えると、こういう意味でも『シリーズ通して一番弱い敵』だったのかなぁって気がします。
 ……ちなみに、言うまでもなく自分の勝手な解釈ですので、ご了承ください。



 次にFGO。
 アマゾネスドットコムとかバレンタインとかアイアイエーとかあって、今はアポクリファ復刻でジーク君とバリバリやってます。
 ちなみに、アマゾネスは極の40階でタイムアップ。
 一番の強敵は30階の石像でした。フォーリナーもルーラーもいないんだよ、ウチのカルデア。
 アヴェンジャーはアンリ・マユ出てきたけど。

 前回更新から大分時間があったこともあり、ケイローン先生やアスクレピオス先生やジャガーマンなんかが増えましたが、星5は増えてません。
 楊貴妃が欲しかったです藤村先生。
 それと最終再臨や第三再臨のサバも増え、前回のあとがきではノータッチって言っていたエウロペさんも今は最終再臨でライダーの火力担当としてブイブイやっています。
 この人のヴァレンタインシナリオはすごい好き。すごくほっこりした。

 ちなみに、現在のうちのカルデアの全体的な傾向↓

・セイバー:アストルフォと黒セイバーがツートップで火力は安定。三人目はフェルグスかカエサルかだったけど、最近になってベディヴィエールが出てきてくれたのでそれ育ててる感じです。

・アーチャー:超人オリオンとサンタ婦長、それにロビンと抑えでアーラシュがいてくれるので実はある意味一番充実してるクラス。特に超人オリオンはクラス相性なくても高火力出してくれるので本当にありがたい。

・ランサー:水着茨木、ワルキューレ、哪吒と星4が三騎いる唯一のクラスなのにあんまり強くない……どれも最終再臨じゃないかだろうか。おかげでアーチャー相手だと苦戦しやすいんのがつらい。

・アサシン:こっちも打たれ弱くて火力低い感じ。専ら使ってるのは静謐、呪腕、千代女、シャルロット。全体宝具が欲しかったので最近は小太郎を改めて育ててます。ところでマタハリさんて育てたほうがいいのだろうか?

・ライダー:エウロペさんのおかげでランサーとかよりは火力高めで安定力ある。ただ、その次がアンメアでいまいち安定しないっていうのがつらい。牛若を最終まで持っていけばマシになるだろうか?

・キャスター:アンデルセン、アスクレピオス、陳宮、ナーサリーライムで持久力はある。恒常的な火力が欲しい場合はナーサリーライムを陳宮と変える感じです。

・バーサーカー:ペンテシレイアさんが割と使いやすい。撃たれ弱いのは変わらないけど、スキルのおかげでゲージは比較的溜めやすいし。あと、アステリオスを最終再臨まで育てたのはいいけど、礼装で下駄はかせても宝具発動までもたない……アステリオスの上手い運用法、アドバイスプリーズ。あと、スキル&宝具封印のためにカリギュラ育て始めてたり。

・エクストラ:マシュのほかにはアンリしかいない……育てたほうがいいのかこちらもアドバイスプリーズ。


 
 ……と、こんな感じで。
 うん、とりあえず結論として星5欲しい。
 刑部姫とかジャックとかカルナとか。
 というか、ランサーとかアサシン補強したい。

 ちなみに、メインシナリオは第一部の第五特異点に突入しました。
 なお、自分はフリークエクリアしてから先を進めるタイプです。(どうでもいい)



 とりあえず、今回はこの辺で。
 次回の更新は未定ですが、短めになる分、もうちょっと早めに更新できたらいいなとは思ってます。

 最近はコロナでいろいろ大変ですが、皆さまお体にお気をつけてくださいませ。
 それでは。 
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