戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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16:Avenger's/そして月の下で

 

―――あぁ、こりゃダメだな。

 

 あの公園で間近にクリスを見たとき、奏はそう思った。

 それは彼女に対してではなく、自身の忍辱に対してだ。

 

 翼が無事に回復し、後輩が対話を望み、なにより彼女自身に並々ならぬ事情があるらしいことを知った。

 ならば主となる部分は後輩に任せ、自分はそれを手助けでもしつつその結果とクリスの態度に応じて斟酌してやるのも吝かではないと考えていた。

 だが、そんな甘ったるい考えはその姿を直に目にした瞬間に消え去った。

 

 自分でも些か狭量に過ぎると呆れてしまうが。

 どうやら自分はそんななあなあで流せてしまえるほど彼女を赦してはいないらしい。

 それは彼女が裏切られ、孤立無援となった一部始終を目の当たりにしても変わらない。

 

 心の中で、最も昏く黒い部分が応報せよと叫んでいる。

 飢えた獣の遠吠えのように、牙を剥いて高らかに咆哮を上げている。

 

 それは彼女の原点ゆえか。

 歌を以って余人に希望を与え、その槍を奮う理由が正道を征くモノに変わっても。

 その根本……力を欲した始まりの在り様が消えたわけではない。

 ―――即ち、『復讐』。

 彼女は己が遭った不幸と理不尽に対し、膝を屈することなく因果を返さんことを選んだ人間だ。

 

 

 

 とどのつまり。

 天羽 奏という女は、やられたならば返さずにはいられない女であるということだ。

 少なくとも、彼女なりの納得を得られるまでは。

 

 

 

***

 

 

 

「―――まあ、なんだ。我ながら響に病院であぁ言った手前、格好悪いとは思うんだけどよ」

 

 その口から出る声の調子は存外に軽く、ともすれば世間話のようにも感じられる。

 だが、離れたところで対峙するクリスは押し黙るばかりだ。話の内容が自分の知りえぬ内輪のモノであったからというだけではない。そんな会話で気を抜くことが許されないほどに、奏から感じられる鬼気は冷たくも恐ろしいものであったからだ。

 

(コイツ……ッ)

 

 背筋に冷たい汗が滲み出て、喉がヒリヒリと干上がっていくのを自覚する。

 下手に逃げようとすれば、背を向けた瞬間に潰される……なんの根拠もなく、クリスは確信にも近い直感を得ていた。

 故に、彼女は両腕のガトリングガンの銃口を奏へと向けて構える。だが、その姿に奏は舌打ちを強く響かせて、苛立ちに表情を歪ませた。

 

「オイオイ……ンだよソレ、腰が引けてんぞ」

「っ、うるせぇ!」

 

 彼女の言うとおり、今のクリスには覇気がなく、戦意に乏しいのが露骨に現れていた。もし翼に土を付けた時の姿を見ていれば、別人かとも疑っていたかもしれない。

 立つ姿に芯は無く。

 眇める眼差しには迷いが見え。

 返す言葉には虚勢が満ち。

 向けられる銃口は微かに震えている。

 総じて、過日の覇気というべきものが失われていた。

 

 それもそうだろう。

 なぜなら今のクリスは正と負、その両面において築き上げていた価値観というものを崩されていた。

 フィーネへ向けられていた、信頼と親愛。

 他の大人たちへ向けていた、不信と侮蔑。

 信じていた者に裏切られ、信じていなかった者に救われた。

 言ってしまえばそれは、自身を取り巻く世界そのものが根本から揺らぎ、壊されてしまったようなものだ。

 そんなものはもはや、歩行器を外された赤子とさして変わらない。

 カードの表と裏がごちゃごちゃに混じってしまったような心中では、歩むべき先が定まるどころかその場に立ち続けることすら難しい。そこへ物言わぬノイズならばいざ知らず、明確な意思を以ってこちらに闘志をぶつけてくる者を前に気圧されてしまうのは無理らしからぬことだろう。

 それでもシンフォギアが解除されていないのは、彼女の持つ矜持の最後の一線とみるべきか。

 

 だがそれを知らぬ奏から見れば、今の姿はあまりにも無様に過ぎた。

 故に彼女は槍を突き立てたままこれ見よがしとばかりに大仰に溜息をつき、空いた手で顔を覆って俯いてみせた。

 

「ったく……期待外れっつぅーか、肩透かしっつぅーか」

「――ッッ」

 

 あまりにもといえばあまりにも辛辣な奏の言い様に、しかしクリスは歯噛みするだけで言い返すことができない。

 言われるだけのことをしたし、言われてしまうだけの無様を晒している……そんな自覚があったのもある。だがそれ以上に、言い返すだけの意気が固まらなかったからだ。

 だが、クリスの事情も精神状態も―――奏にとっては、心底どうでもいいことである。

 

「………。まあ、いいや」

 

 ギシリ、と奏の手の中で槍の柄が軋む。

 響いたその音に、クリスは一瞬で総毛立った。全身を流れる血液が、刺激を受けた過冷却水のように一瞬で凍り付いた……そんな錯覚に、酩酊のような眩暈に襲われそうになる。

 その反面、卓越した天性のバトルセンスが奏の挙動を逃さんと感覚を鋭敏化させ、体は反射的に両腕のガトリングガンを構えなおさせる。

 何かあれば、すぐさま銃弾を嵐と叩きこめるそんな状態へと一瞬で移行したあたり、鈍くはなれどやはり戦闘者としての才は優れているのだろう。

 ……だが、真に奏を警戒しているならば、クリスは猶予も与えずに全力で一斉射するべきであったのだ。

 

 ゆらり、と奏の顔が上げられる。その美貌に張り付いていた表情は、笑顔。

 ―――牙を剥く獣のような、しかしそれよりもなお獰猛で凶暴な満面の笑みだ。

 

 

 

「テメェがどんな状態だろうと―――ブチのめす分には関係ねぇッッ!!!」

 

 ―――SATURN∞BREAK

 

 

 

 言うが早いか、奏が槍を引き抜きながら大きく振り上げる。

 そうすれば、天に広がる夕焼けのような輝きと共に土壌を瓦礫と巻き上げる陸の津波が一直線に巻き起こった。

 フォニックゲインを纏ったそれは、岩盤の如き瓦礫は砲弾、無数の砂利は弾丸、波涛の如き土砂や砂礫すら刃となって凶悪な巨鮫の如くクリスに食らいつかんと迫っていく。

 

「ッッ!!!? チィッッッ!!!!」

 

 驚愕も一瞬。残した舌打ちをかわりに飲み込ませながら、クリスは横へと大きく跳んで回避する。一瞬後に真横を過ぎ去っていく陸の怒涛、飛沫のような余波だけで肌を焼かれるように叩かれていく感触に、むしろ肝が冷えていく思いだ。

 そうして、着地するよりも前に反撃を開始する。空中でのガトリング一斉射は連続する反動だけで振り回されかねないが、クリスはシンフォギアによる強化と元々のバトルセンスでそれをねじ伏せた。

 結果、放たれた弾雨は今度こそ敵手を千々に砕かんと襲い掛かり、

 

「―――、―――!!」

 

 それを、奏は歌唱と共に跳躍して空振らせる。更に手に持つ槍は片手で逆手に、捩じる体を弦として引き絞り―――解き放つ。

 

「弾幕! テメェだけと思うなよッ!!!」

 

 ―――STARDUST∞FOTON

 

 直後に放たれた槍が無数に増殖し、まさしく流星群となって天より穿たんと降り注ぐ。対しクリスは地に足をつけると同時にそれを睨み返した。

 

「そんなザッルザルでェ――――――――――――――ッッッ!!!!」

 

 ―――MEGA DETH PARTY

 

 叫ぶなり、サイドスカートの装甲が展開。噴射煙を尾として舞い上がる小型ミサイルの群れが、降り注ぐ槍衾へと殺到していく。

 瞬きほどの間もなく、真正面から衝突しては弾けて散る槍と榴弾の雨。一斉に開く爆花の繚乱が、陽を落とし始めた場を照らし上げる。

 相殺によって生まれた空隙は、しかし刹那もなく。

 

「―――――!!」

 

 ―――GRAVITY∞PAIN

 

 名残と漂う白煙を裂いて現れるのは、苛烈な歌と共に飛来する槍の一撃。穂先の付け根に足を掛け、体重をかけるというよりは自身の飛び蹴りに槍の突きを融合させていると言った方が正しいか。

 暁光を軌跡に残した墜天は、まさしく彗星そのものという姿だ。

 これの前には小さな弾頭などなんの痛痒にもならない。迎撃のための追加は、鎧袖一触という有様で無為に破裂させられていく。

 

(っ――――!?)

 

 クリスは思わず歯噛みしながら、少しでも身軽にならんとガトリングガンを放棄しながら飛び退いた。その直後に奏という星が河原に衝突し、河川と砂利を区別なく大きく抉って吹き飛ばしていく。

 

「グゥウッ!!?」

 

 爆煙の如き粉塵が周囲もろとも己を飲み込み、同時に襲い掛かる礫の嵐に全身を叩かれて、クリスは呻きながらもなんとか堪える。

 そうして文字通りに煙に巻かれて潜むも刹那。

 

「―――!」

 

 或いは、カワセミに啄まれる小魚とはこのような心持ちであったか。

 土煙のカーテンを引き裂いて、鋭い穂先がクリスを穿たんと襲い掛かってくる。

 

「う、ぉあああああああああああああああ!?」

 

 心臓が縮まる思いをしながらも、紙一重でこれを避けたクリスは、その一瞬に奏と目が合う。

 向けられる眼光の鋭さは先ほどから些かの揺るぎもなく、むしろより烈しさを増してなによりも真っ先に怨敵を貫いている。

 

「避けてんじゃ、ねぇええええええええええ!!」

 

 虚空に突き出された槍が、横薙ぎのフルスイングに変移する。土煙を両断しているかのような錯覚さえ生むその一閃は、切り裂くというよりも叩き潰すという暴虐が込められていた。

 突撃をかろうじて回避したクリスに、それを避ける暇はない。

 故にその一撃は違いなく抉らんと彼女の腹目掛けて振るわれ、

 

「―――!! ―――!!!」

 

 ―――RED HOT BLAZE

 

 ガッギャア!! と乗用車同士が真正面から衝突したかの如き轟音と共に阻まれた。

 

「ヅゥッッ!!!!」

 

 噛みしめた歯の奥から、苦悶が低く小さく漏れる。だが、槍の穂先はクリスの細く括れた胴に食い込んではいない。

 彼女が刹那の間に装甲を展開/変形させて構築したのは、巨大で真っ赤な長銃。さほど高くはないクリス本人の身長と比してしまえば、或いはそれを越えてしまっているかもしれない全長を有する大型火砲だ。

 ルビーのように目映くも武骨な装甲に覆われたその形状は近代的でありながら、先端の銃口部は元々の存在を示すかのように三日月のような弓の形状をしており、ともすれば左右両方に刃の突き出た鎌のようにさえ見える。

 それで以って受け止めた槍の一撃はどこまでも重く、受け止めたクリスはまるで槍の何倍もの太さと長さを持つ大木で打撃されたのかという錯覚を抱きかける。

 その証拠に、踏み止まった足元は砂利と敷かれた小石が圧し砕け、その下の土に厚い靴底がめり込んで埋もれていくほどだ。

 

 圧し合い、拮抗することほんの数秒。

 互いに互いを弾きあい、槍と長銃がそれぞれの使い手を軸として旋回する。

 

「「オォラァアアッッッ!!!!!!」」

 

 双方の気迫と攻撃は、二つの小さな竜巻がぶつかり合うようなせめぎ合いとなった。

 時に腕の運びと指の動きで武器だけを、時に己の身体ごとその武器を、振り回してぶん回して、裂いて巻き込んだ空気を唸らせながら力の限りにぶつけあう。

 奏の攻撃に応じるクリスに、既に弱気は消え失せている。いや、奏がぶつけてくる闘志と覇気に、たまさかそれを忘却させられているのか。

 なんであれ、今二人は互いに互いを本気で潰さんと全霊を尽くしていた。

 

 鉄槌じみた銃床の一撃を穂先の腹で受け止め、不意を打って突き出された石突を逆さの月牙のような銃口で絡めとって肩から体当たり。

 相手の鳩尾に膝を突き入れんとするときもあれば、目つぶしの様に砂利を鋭く蹴り飛ばすときもある。

 正面からの衝突から意識外からの搦め手まで、その全てをぶつけ合い凌ぎ合い防ぎ防がれ続けながら、決定打も互いにないまま高まり続けていく様はまるで相手を全く省みないジルバのようだ。

 ダンスとしては不出来以前であるはずなのに、拮抗している様は熟練のペアの様に息があっている様にも見える。

 と、その時だ。

 示し合わないままに同じタイミングで双方が殊更に速く強い回転を繰り出し、それで以ってまともにぶつかり合った穂先の先端と銃床の底が爆撃の如く盛大な轟音を響かせ、河の水面にさざ波を生んだ。

 

「づぅッ!」

「こ、のぉ!?」

 

 無理矢理密着させられていた磁石の同極が反発していくかのように吹っ飛ぶ二人。砂利に叩きつけられながらも、双方は示し合わせたかのように同時にその体勢を立て直す。

 クリスは一度バウンドして、もう一度落下した時に踵で地面を噛み、そこを軸に長銃を振り回す形で回転。グルリとターンを決めれば、身を止めると同時に構えは整えられ、銃口は過たず奏に向けられていた。

 

「ちょせぇっ!!」

 

 弓状の銃口から放たれる、深紅の光条。その的中の是非など、論ずるまでもなく。

 対し、奏もまた『矢』で以ってそれに応じる。

 

「でやあっ!!」

 

 ―――SAGITTARIUS∞ARROW

 

 奏は着地して踏み止まった反動を身に溜めつつフォニックゲインを増幅、溢れるほどの輝きを満身の力と諸共に槍に込めて投げ放った。

 射手座の名を冠した一撃は、オーロラの如く極彩色の煌きを凝縮させて疾空する。

 奇しくも二つの『矢』は正面から衝突し、せめぎ合うもつかの間―――その軍配は奏の方へと上がる。

 

「ッッ! チィッ!!」

 

 迫る極光の鋭さに、クリスは舌打ちもそこそこに身を翻す。先にクリスの攻撃とかち合ったためか、軌道のズレた槍はそれだけで彼女の横を素通りして河の中へと勢いよく沈んでいった。

 直後、河の流れを抉り取るかのような爆発が天を衝くような巨大な水柱を生み出し、人工的なにわか雨へと変じていく。

 背後からの衝撃の余波と降り注ぐ大量の水飛沫にクリスが怯んだその瞬間、

 

「ッラァッッ!!」

「なぁ!?」

 

 水のベールの向こうから奏が肉薄し、固めた拳をすくい上げる様な軌道でぶつけてきていた。その両腕には、立花響のものに似た……より正確に言えばこちらこそオリジナルだが……装甲を新たに精製し、装着していた。

 繰り出される打撃に目を見張るクリスであったが、

 

「ナめんな!」

 

 即座に長銃を盾と翳して受け止める。確かに虚をつくものではあったかもしれないが、ただそれだけならば何の脅威でもない。

 この程度の防護くらいは楽に滑り込ませられる。クリスがそう思って余裕を感じていると、

 

「フッ―――!」

 

 ドッ、と更に奏が拳を突き立てる。それも、先に打った拳を引き戻さないまま、その隣に添えるかのようにだ。

 瞬間、

 

「、ッッ!?」

 

 クリスは、背骨の内側が氷に変わったのかというほどの怖気に背筋を蹂躙され、思考を挟む暇もなく本能的に砂利に転がる形で身を投げた。

 そして砂利を褥に、無数の小石の感触を背中全体に感じながら目の当たりにしたのは、

 

「―――チッ、カンが良いじゃねぇか!」

 

 舌を打ちながらこちらを見下ろす奏を尻目に、射出された両椀の装甲が槍へと合一/変形して、長銃を吹き飛ばしつつも大きく抉りながら穿っていく光景だった。

 あと一秒足らずでも行動が遅ければ、貫通した穂先がクリス自身の身を啄んでいただろう。

 だがそれに戦慄する間も安堵する間もクリスには与えず、奏が更に動く。

 彼女は更に飛んでいこうとする槍の石突を辛うじて掴み取るとブォン! と大気を裂いて振り回しながら大上段に振り上げる。

 生じる風も渦を巻いて、つむじ風となり果てそうな勢いだ。

 

「ッッ!!」

 

 背中に粟立つものを感じるのは、この戦いだけで何度目だろうか。

 砂利の上を転がった直後、振り下ろされた穂先に砂利が爆散しながら砕かれていく。奏が更に追撃せんとした瞬間、無数の赤い光の矢が撃ち込まれてきた。

 

「クッ!!」

 

 槍を盾にしてどうにか防ぎきるも、そこから伝わる衝撃に足が縫い付けられる。

 攻撃の流れはそれでどうしようもなく止められてしまった。

 弾いた矢が生んだ白煙が晴れてみれば、クリスは膝立ちで赤い弩を両手に構えていた。

 

「ハァ、ハァ、ン、ハァ……」

「ハァ、ング、ハッ、ハァ……」

 

 息を切らし、肩を大きく上下させながら唾を飲み込む二人。首筋や頬を流れる汗の筋は艶やかに見えなくもないが、それ以上に瞳の奥で燃える戦意と闘志が凄まじい。

 互いを炙るような睨み合いもつかの間、

 

「―――!!」

「―――!!」

 

 雄叫びに代わって歌声を捧げながら、二人は同時に相手へと踏み出していく。

 

 激突再開。

 槍手と射手の、互いの威と意をぶつけ合う競演の幕引きは未だに遠い―――。

 

 

 

***

 

 

 

 その激突を、衛宮 士郎は少し離れた所から見届けていた。

 左袖の部分が殆ど破れて無くなり、所々に血の跡が残っている服は傍目から凄惨なものであるが、腕の傷自体は既に癒えていた。

 

「………」

 

 そんな彼の刃を交える二人へ向ける眼差しは平静そのもの。先ほどまでノイズ相手に戦っていたこともあり、なにがあっても動けるよう油断なく気を張ってはいるがそれだけだ。

 彼がその場に到着した時、すでに二人の闘いは始まっていた。

 やろうと思えば、奏に加勢することも、二人の間に立って止めることもできたが、彼は敢えてそれをしなかった。

 するべきではないと、判断したからだ。

 そんな時だ。

 覚えのある気配が二つ、近付いてきているのに気付いて振り返る。

 

「衛宮さん!」

「士郎さん!」

 

 響と翼だ。二人はギアを纏った状態で、こちらへと駆け寄ってきていた。走る姿に不自然なものはなく、どうやら怪我も変事もなくノイズを駆逐できたらしいことに小さく安堵を得る。

 と、響が士郎の姿を見て目を丸くする。それもそうだろう、良く知っている相手がボロボロの衣服をはためかせ、あまつさえそこに血を滲ませている状態で立っていたら、驚くなという方が無理筋というものである。

 

「ソレどうしたんですか、衛宮さん!?」

「ん……まあ、ちょっとな」

 

 そう言えば彼女も知らなかったか、と今更ながらに思い至りつつはぐらかす様に言葉を濁す士郎。

 対照的に眼差しを鋭くするのは翼のほうだ。この辺りは付き合いの差か、即座に彼がなにをしたのかを察したらしい。

 そんな彼女の反応に気付いた士郎は、ギクリと背筋を震わせた。

 

「士郎さん、またですか?」

「む……」

「『また』?」

 

 

 咎めるように鋭くなった翼の目つきに、士郎は思わずバツが悪そうに唸ってしまう。

 そんな二人の様子に響が首を傾げるが、すぐに遠雷の様に腹の底を響かせる爆音に肩を竦ませてそちらを見やった。

 

「―――って、そうだ。奏さんとクリスちゃん!!」

 

 元々そのつもりでやってきたのだろう、響は慌てて二人の闘いに介入しようと足を踏み出しかけて、

 

「っと、悪いがちょっと待ってくれ」

「っ、衛宮さん!?」

 

 それを士郎が腕を伸ばして阻んだ。寸前で降りてきた遮断機の様に足を止められて、思わず厳しい目で彼を見てしまう響。

 対し士郎は、静かに問う。

 

「立花、お前はどちらの味方をするつもりだ?」

「っ、それは……」

「一応言っておくが、ただ止めようと間に入れば双方から袋叩きに合いかねないぞ」

「うぅ……」

 

 言葉に詰まってしまう響。実際に指摘されて考えてしまうと、どちらをどうすればいいのか迷ってしまう。

 立場を考えれば奏に加勢してクリスを捕らえるべきなのだろうが、彼女自身の心情としてはクリスを護りたい気持ちも強い。

 止められずにそのまま乱入できていれば悩まずに済んだかもしれないが、いったん足を止めさせられて考え始めてしまうと、いざ介入しようとしてもどうすべきかわからなくなってきてしまった。

 悩み始める響の肩を後ろから翼が叩いて掴む。

 

「翼さん」

「立花……ここは少し奏に任せてもらえるだろうか」

 

 振り返り、真摯な目でこちらを見る翼の姿に今度こそ響は押し黙る。翼はそんな後輩に申し訳なさそうに苦笑を浮かべ、

 

「大丈夫だ。きっと奏にも考えがあって―――」

 

 

 

「オラァッッ!! いい加減クタバレやゴラァアアアアッッ!!!」

「ッけんなテメェこそぶっとんじまえっっ!!!」

 

 

 

 チュドンチュドンドカンドゴンズッドォオオオオオオン!!!!!!!!! と連続する爆音轟音破砕音。

 それを引き裂いて聞こえてくる奏とクリスの啖呵の切り合いに、翼は盛大に表情を引きつらせて硬直する。後輩を諭そうとする言葉は完全にどっかに言ってしまった。

 ぶっちゃけここまで届く言い回しはヤンキーとかヤクザとかそんなレベルではない。というか放送禁止用語は使っていないだけでアイドルとしてアカンレベルの台詞を吠えまくっている気がする。

 目の前で固まってしまった憧れの存在の片割れ(もう片方は離れたところで元気に大乱闘真っ最中)に、響は違う意味で押し黙ってしまう。ぶっちゃけ、かなり居た堪れない。

 

「まあ、細かい考えはなさそうだな」

「えぇ……」

 

 士郎の口からぶっちゃけられた結論に、さすがに困惑を浮かべざるをえない響。やはり乱入して止めるべきだろうかと再び思案し始めて、士郎が更に続ける。

 

「細かい考えはないんだろうが……必要なことではあるんだろうさ」

「必要なこと、ですか」

「少なくとも、奏にとってはな。

 だから、せめてもうしばらくは見守ってみてもいいんじゃないか」

 

 そうして、彼は再び視線を衝突する二人へと移す。

 それに倣う形で、他の二人も奏たちを見やった。

 

 そんな風に、二人の装者を見守る中で、翼はがポツリ。

 

「………それはそれとして、あとでちゃんとお話はしますからね。士郎さん」

「………………、むぅ」

 

 デカい釘をキチンと刺されてしまった士郎は、もはや喉の奥で唸ることしかできないのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 そうして。

 二人は果たして、幾度その力をぶつけ合っただろうか。

 

 ―――QUEEN's INFERNO

 ―――LAST∞METEOR

 

 吹きすさぶ嵐のように、全方位から光の矢が降り注いだ。

 その悉くを、回転する穂先が生んだ苛烈な豪風が掻き消した。

 

 ―――SPEAR∞ORBIT

 ―――BILLION MAIDEN

 

 巨大化した槍が、振り下ろされる天罰の様に墜落してきた。

 その大質量を、怒涛の如き鋼弾の奔流が砕き散らした。

 

 吹きすさんで飲み込む旋風が、飛燕の如く飛翔する斬光が。

 影も落とさぬ弾雨が、弾けては咲き乱れる爆炎が。

 

 ―――そしてなによりも。

 それらの全てを顕現し、発揮せんと紡がれる歌唱の調べが。

 剣戟よりも鋭く、爆撃よりも烈しく、逢瀬よりも熱くただ目の前の相手へと紡がれる。

 

 

 

「フゥーッ……フゥーッ……フゥーッ……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 たまさか、同時にその動きを止める両者。

 身に纏う装甲のあちこちはひび割れ、それ以上に泥にまみれている。

 乱れ切った呼吸と今にも膝から崩れ落ちそうな疲労に、それぞれの顔は汗で濡れきっている。にも拘らず、むしろそれこそが己を際立たせるエッセンスであるかのようにその若い青さを残した美貌は輝いていた。

 

「………フゥ――――――………………」

 

 と、奏はひと際に長く息を吐いたかと思うと、顔を上げて曲がりかけていた背筋をまっすぐ伸ばし、天を衝くように槍を真上に翳した。

 

「――――――!」

 

 そこへ、先ほどまでと比してなお力強く歌い上げられるのは、明日への決意の嘔。

 例え何を失い嘆くことになったとしても、それに囚われず未来へと羽撃かんとする希望の調べ。

 それこそまさに、天羽 奏が胸の内に抱き、奉じる祈りの形に他ならない。

 

「―――な、ぁ」

 

 それが生み出したものに、クリスは絶句するとともに目を見開いた。

 その瞳に映るのは、巨大な炎球―――凝縮された炎の結晶が、小規模な太陽の如き姿となって掲げた穂先の真上に誕生していた。

 それは陽が落ちきって夜の帳が落ちた一帯を昼よりも煌々と照らし、戦闘の余波で泥と川水で滴っていた周囲を瞬く間に乾かして、土手の斜面に敷かれた芝生を急速に萎れさせていく。

 余波だけで環境を激変させるほどのその威容は、紛れもなくこの戦闘においての最大出力。それはつまり、この一撃こそが最強最後の一手であるという暗黙の決定だ。

 

「最後に、一つだけ訊かせてもらうよ」

「っ!?」

 

 耳朶を叩いてきた問いかけに、クリスが弾かれたような過敏な反応で視線を小太陽から奏へと移す。そうして絡み合う眼差しは、先ほどの憎悪と憤怒のそれとはまるで違うまっすぐで真摯なもので。

 

「アンタは―――今、何のために戦っているんだ?」

「―――」

 

 そこから目を背けることができなかったから、その言葉をはぐらかすことも無視することもできなくなってしまった。

 途端に思い出してしまうのは、この戦いに没頭することで忘れることができていた諸々のこと。

 己の歩んだ道と、それまでに関わったあらゆるモノ。

 

「それ、は」

 

 父と母の死。

 バルベルデの地獄。

 手に入れた力と、積み上げた罪。

 フィーネの裏切り。

 

「…………ンなの」

 

 傷付けたのに、それでも話したいと手を伸ばしてきたバカがいた。

 危険の中に飛び込んできてまで、己を叱咤しに来たが少女いた。

 命を懸けてでも、敵だった自分を助けようとする大人たちがいた。

 ―――文字通りに身を削って血を流してでも、自分を助ける誰かがいた。 

 

「、ンなの」

 

 湧き上がり、渦巻く判然としない感情。

 正負の区別すらあやふやとなって、胸の内のみならず足先から頭のてっぺんまで満遍なくかき混ぜられているような錯覚。

 だが、回遊しているかの如く堂々に巡る懊悩は、やがて摩擦の様に熱を持っていく。それはまず苛立ちとなり、滾りながら激情と呼ぶべきものへと燃え上がり始める。

 

「――――――――――――――――――――――そンなのッ」

 

 思わず、強く強く拳を握りしめる。

 素手のままであったなら、間違いなく爪が掌に食い込んで血を滴らせていただろうほどに。

 その痛みで、ようやく意識が纏まった。

 そして。

 

「そンなの!! アタシだって分かんねぇ――――よォッッ!! バァ―――カァ――――――――――!!!!」

 

 ヤケになって叩きつけるように、その赤心を唸る憤激の炎に乗せて、ありのまま正面からぶつけにいった。

 それはまるで、生まれ変わるために高らかに上げる産声のようだ。

 

 直後、彼女もまた奏の歌に呑まれないとでも言うかの如く己の歌を強く紡ぎ、その背に全霊の威を創り出す。

 それは、一対の巨大な柱。

 白い本体に真っ赤な弾頭が燦然と輝く、二つの大型ミサイルだ。

 

 向けられる歌と力と、なによりも先に叩きつけられた言葉と想いに、奏は、

 

「………ハ」

 

 楽しいのか、あるいは嬉しいのか。

 口の端を上げて、力強い笑みを浮かべた。

 そうして―――

 

 

 

―――SUPERGIANT∞FLARE

―――MEGA DETH FUGA

 

 

 

 ―――跳び上がっての槍の一突きで以って解放された灼熱の閃光と、鋼に包まれた巨大な爆砕の象徴。

 双方最後の全霊が、真正面からぶつかり合って弾けながら全てを飲み込んでいった。

 

 

 

***

 

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、

 

「………………あ、れ?」

 

 いつの間にか、星空を眺めていた。

 それを自覚するのに、目が覚めてから更に一分ほどの間が必要だった。

 パチパチ、と思わず目を瞬かせていると、視界に上からにゅうっと割り込むものがあった。

 

「お! 目が覚めたか?」

「ぅぉわぁああっ!!!!?!?」

「ぅお!?」

 

 突然視界に現れたソレに、クリスは割と本気の恐怖を滲ませた絶叫を響かせる。

 というのも、夜闇の中で街灯もやや離れて薄暗い状態では、それが何者かであるということしかわからなかったのだ。起き抜けで定まってない視界では、はっきりしない顔立ちの中で目の部分だけが僅かに煌めいてみえるという映像にしか認識できない。

 そんなものが突然現れれば、ホラー映画の哀れな犠牲者よろしく悲鳴を轟かせてしまうのもやむなしというものだ。

 しかしながら、それはあくまでもクリスの視点での話であり、覗き込んだ側の方からすればいきなりのことにこちらの心臓が止まりかねないほどだった。結果、慌てて身を仰け反らせて退く羽目となった。

 そうして息を乱す双方、身を起こしたクリスはゆっくりと振り向いてようやくその人影の正体を認識する。

 

「ハァ、ハア……ア、アンタ……天羽 奏?」

「あービックリした……そうだよ。なんだと思ったんだ一体」

 

 呆然とした様子で呼ぶ声に、奏は憮然とした表情で振り返る。その眼差しは不機嫌なものだが、しかし最初にまみえた時のような赫怒や憎悪の色は見えない。

 それこそがクリスにとっては得体が知れないように感じられてしまう。故に、クリスは強い警戒心と共に彼女を睨みつけながら身を竦ませる。

 一方の奏はというと、呆れた様子で肩を竦ませてみせた。

 

「ビビるなよ。どっちみち今日はもうやんない……ってか、できないだろ? お互いさ」

「、チッ」

 

 指摘されてようやく気付いた事実に、思わず舌打ちが出てしまう。

 全霊を振り絞った先の闘いは、激しいどころではない心身の消耗を生み出していた。流石に生命の危険が生じるほどではないが、戦闘以前に走ることすらままならない。頑張れば歩き回るくらいはできるだろうが、それだけだ。

 それはどうやら奏の方も同じなようで、動きの端々がどことなくふらついている。

 そんな状態で、しかしクリスは振り絞った気力を眼差しに乗せて睨みつける。そんなやさぐれたノラ猫のようなクリスに、奏は深い溜息を吐いて見せた。

 

「だからやらねぇって言ってるだろ?」

「借りを返すんじゃなかったのかよ?」

「そいつはさっきやり合った分でとりあえず、ってところだな。残りについては執行猶予ってところさ」

「……ンだよ、ソレ」

 

 肩を竦める奏に、クリスの眼差しは解けない。だが戦いを始める直前との落差に、思わず肩の力が抜けそうになるのは否めなかった。しかし奏はそこで、表情を静かに引き締めてクリスを見つめ返す。

 

「残りをどうするかは、お前さん次第さ」

「え?」

「―――『なんのために戦うか』」

「っ」

 

 息が、詰まる。

 答えを返す返さない以前に、それを考えるだけで胸中が激しくかき乱される。まるで内側から巨大なミキサーが切り刻みながら回転しているようで、ともすれば今の状態ではすぐにでも倒れ込んでしまいそうになる。

 だが、だからと言ってそれを無視することはできなかった。

 そんなことをしてしまえば、自分はそれこそ本当に何もできなくなってしまいそうな気がして―――

 

「それが答えられるようになったら、残りに関しては決めてやるよ。それでもし、またアタシたちの敵に回るってんならそんときゃ容赦なく取り立てるさ」

「ま、まってくれ!!」

 

 そう言い捨てて、踵を返して歩きだす奏。颯爽と……というにはやや足元が頼りないその背に、クリスは慌てて声を張った。

 それで足を止めた奏に、クリスは問う。

 

「そういうアンタは、どうして戦ってるんだ?」

 

 言ってから、同じ質問をするのは今日だけで二回目だなと、心のどこかでそう考えていた。

 その問いに、奏は振り返らないまま暫く黙っていた。何か悩んでいるのか、しばらくして頭の後ろをガシガシと掻くと「……フゥー」と深く息をついてから、

 

「最初は復讐……けど、今はそれだけじゃない。翼とか、若大将とか、二課のみんなとか、アタシたちの歌を聞いてくれる人達のこととか……あぁ、最近だと響のこともだな。まぁ、いろいろだ」

「欲張りかよ」

「欲張っちゃダメなのかよ? ま、人生進んでいきゃそんなもんさ」

 

 カラカラと笑いながら、そう返す奏。しかし言葉そのものはどこまでも真摯で、嘘偽りのないものだ。

 それでも、とクリスは気付く。

 

「……それだけじゃない、ってことは復讐は消えてないのか」

 

 そんなふとした疑問に、奏は一拍の間を置いて。

 

「消えないさ。………ああ、消えるわけがない。そいつはノイズをどんだけ倒しても、アタシが戦い続ける限りきっと消えない」

 

 家族を殺したノイズが憎い。

 己の全てを壊した不条理が赦せない。

 それはきっと天羽 奏の原点(オリジン)で、ずっと抱えていくもので、死ぬまで消えないものだろう。これからを生きてどれだけのものを抱えたとしても、どれほどに古ぼけて色あせたとしても、無くなる事だけは決してない。

 だけど。

 

「それでいいのさ。憎いし、恨んだし、悲しかったし、赦せない。

 ―――けれど、呪うことはもうしない」

 

 なぜなら。

 自分はそのために歩いた道で、それだけではないものをたくさん手に入れたから。

 片翼たる友も、歌と紡ぐ夢も、支えてくれる仲間も―――そして、胸を焦がすこの想いも。

 始まりが夜闇よりも昏くて泥濘よりも重いものだとしても、そこから芽吹いたものはこんなにも煌いて暖かいものだから。

 だから。

 

「だからアタシは、正も負も表も裏も、ぜぇんぶ抱えて羽撃いてやるのさ。翼と一緒に、若大将たちと共に―――アタシと、みんなのために」

 

 それが、それこそが『天羽 奏』なのだと。

 彼女は顔を半分だけ振り返って、憚ることなく笑ってみせた。

 

「………………………………………………………、」

 

 その答えに、クリスは再び言葉を失った。

 けれど、昏倒してしまいそうな胸騒ぎはもはやない。ただ、蟠りの残る胸中に確かな熱のような物を感じて、自然と胸元を握りしめていた。

 そんな彼女を尻目に、今度こそ奏はその場を後にしていく。

 

「じゃあな。風邪ひくなよ?」

 

 そうやって、土手の芝生に時折足を滑らせそうになりながらも去っていくその背中を、クリスは黙って見送った。

 そして街灯の下を通り過ぎて、その姿が夜闇の向こうに消えたのを見届けると静かに空を見上げる。

 

 満月の近い、歪な形。雲一つなく、街の明かりからも離れているのに星の光が乏しいのは、その輝きの目映さからか。

 他にはただ、一等星の瞬きがちらほらと覗くだけだ。

 それらを横たえた身に浴びながら、クリスは体と心に感じる重みを少しでも軽くするかのように深く息を吐いた。

 

「アタシは……どうしたいんだろうな」

 

 

 

 ―――少女の懊悩は未だ晴れず。

 その行く手を照らしてほしいかのように、今はただ静かな光を見つめ続けていた。

 

 

 

***

 

 

 

「よう、お疲れ」

「若大将、それに翼と響も」

 

 しばらく進んで、奏はそんな士郎の言葉に出迎えられた。すぐ傍には翼と響の姿もある。ふと、気付いたように士郎の姿をまじまじと見た。

 まるで爆ぜたように破れて無くなった左袖。傷はないものの、血が滲んだ衣服。

 それらを見て、奏はなにがあったのかを即座に察するとその表情を非常にフラットなものへと変貌させた。

 そのことに気付いた士郎が再び背筋にギクリと嫌な予感を感じるが、それに備えるよりも早く奏は一歩踏み出していた。

 

「ていっ」

「った!?」

 

 ガッ、と軽い調子で奏の爪先が士郎の右脛中央にクリティカルヒット。さほど力は入っていない(というか入れられない)が、不意打ちとの合わせ技で存外にダメージが入ったようである。

 さしもの士郎も、非戦闘時で予想外のダメージに浅く身を折ってしまう。

 

「いきなり何するんだ」

「うっさいバカ大将。またアレやったんだろ、っと?」

「か、奏!?」

「奏さん!?」

 

 言葉の途中で唐突によろめき、膝から崩れ落ちそうになる奏を翼が慌てて支える。どうやらなけなしの体力を今の一撃で使い切ったのか、足腰に力が入らないようだ。

 

「大丈夫ですか、奏さん!?」

「あー、だいじょーぶ。平気だってこれくらい」

「まったくもう。士郎さんは論外だとしても、貴女も無茶をしすぎよ」

「そこで俺を引き合いに出すか。……ま、仕方がない。ほれ」

 

 士郎は苦笑いの表情で溜息一つ漏らし、奏に背を向けてしゃがみ込んだ。一方の奏は士郎の意図を察するとニンマリと笑って遠慮なく彼の背中に身を預け、両腕を首に回した。

 そのまま士郎が彼女の膝裏を抱えて立ち上がれば、しっかりと奏が背負われる形になる。

 

「ヘッヘー、らくちんらくちん」

「言っとくが、慎次が待ってるところまでだぞ」

「わぁってるよ」

 

 言いつつも、奏の声は弾んでいる。今にも鼻歌の一つでも披露しそうな様子だ。

 そんなやり取りをしつつ、歩き出す士郎に翼と響も横に並びながら続いていく。

 そのまま歩くこと数歩、士郎は背の奏にぽつりと尋ねる。

 

「―――、お前の気は済んだか?」

「ん? ………まあ、な。アイツにも言ったが、あとはアイツ自身がどうするかサ」

 

 ざっくばらんな奏の答えに、響が思わず顔を俯かせる。クリスのことが気がかりなのだろう、或いは今からでも彼女のもとに行きたいのかもしれない。

 そんな彼女へと、奏は士郎の背から振り向いた。

 

「悪いな、響。お前さんに任せるみたいなこと言っておいて、結局テメェのわがまま通しちまった」

「あ、いえ、そんな……」

「で、わがままついでだけどよ。今はやめとけ。多分、余計に拗れるだけだよ」

 

 言われて、図星を付かれたように声もなく驚く響。やがて、肩を落としながら深く息を吐いた。

 

「私じゃ、ダメなんでしょうか」

「今は誰だってダメだよ。アイツも、もう少し自分で自分を見つめたいだろうしな」

「……随分と、彼女のことが解かるのね」

 

 響を励ましながら告げる言葉に、翼が反応する。その声音に、どこか苛立ちのようなものが入り混じっているように聞こえるのは気のせいではあるまい。

 奏もまたそれに気づいたのか、肩を揺らして笑って見せる。

 

「なんだよ、翼。妬いてんのか」

「べ、別に妬いてなんて……」

「なんてことはないさ。―――多分、アタシとアイツはどっか似てるんだよ」

 

 その言葉に、翼と響は戸惑いを浮かべて互いの顔を見合わせたが、士郎の方は静かな驚きを得ていた。

 ノイズによって家族を喪いノイズへの復讐のために力を求めた奏と、紛争によって両親を喪い戦う力を奪い去ろうとしたクリス……なるほど、妙に符合するといえばその通りだった。

 ただ、前者は周囲の人間に恵まれたことによって前を向いているが、後者は傍にいた者に裏切られて失意に落ちている。得た力を奮った結果としては、皮肉というにも無残な差だ。

 クリスの過去を未だ知りえないはずの奏が、なんとなしにそれを察していたその感性の鋭さには舌を巻く想いだった。

 

「だから、まあ。どうしてほしいか、どうするべきなのか……なんとなくだけど、解かる気がするのさ」

 

 だから。

 

「きっといつか、アイツの手を取れるときってやつが来る。

 そんときゃ響……アンタは遠慮なく、その手を掴んで、繋いで、アタシ達の方に引っ張ってきてやりな」

 

 かつて、復讐に囚われていた自分が、翼や二課の皆に救われて共に歩き出したように。

 暗く冷たい場所などではなく、日の当たる暖かい場所へと雪音 クリスという少女を導けるように。

 

 そう告げられた響は、ほんの少しだけ考えこんだ後、深く頷いて俯かせていた顔を勢いよく上げる。

 

「―――はいっ!!」

「うしっ、良い返事だ!」

 

 その力強い言葉と、それ以上に強い輝きを湛えた瞳に、奏は満足そうに笑って士郎の首元をより強く後ろから抱きしめた。

 そんなやり取りを翼は微笑まし気に見守りつつ、ほんの少しだけ奏にうらやまし気な視線を送っていた。

 奏はそれを知ってか知らずか、肩の荷は下りたといわんばかりに抱えられている両足をブラブラとさせながら士郎の首横に顔を埋める。

 

「それはさておき、帰ったら忘れずに若大将を説教しなきゃな~」

「ハイハイ、わかってますよっと」

 

 耳元に感じる吐息にこそばゆさを感じながら、士郎は小さく溜息を漏らす。翼を含め、ここまで再三言われていることだけに既に覚悟は決めていた。

 更に言えば、未来のこともある。本部で別れる前までのことを考えると十中八九、彼女も説教に加わってくるだろう。それを思うと憂鬱ではあるが、致し方がないことではあると諦めている。

 一応、そうされるだけのことはしているという自覚自体はあるつもりだ。………それでも改善される気配が皆無なせいで余計に気を揉まれ、説教が激化していることには気付いていないのが悪循環ではあるが。

 ともあれ、クリスともども庇った時の彼女の姿が脳裏に甦り、

 

「小日向も泣かしちまったからな。その分、今まで以上に反省はしてるつもりなんだがな」

 

 思わず、そんな言葉を漏らしてしまった。

 すると、

 

 

 

「待ってください。―――未来を泣かせたって、どういうことです???」

 

 

 

 すぐ隣からなのに、地の底から這い出る様な声が耳朶を叩いた。

 あ゛、と失言に気付くもすでに遅し。ちらりと見てみれば、なんということでしょう。―――先ほどまで決意と希望に満ち輝いて居た瞳が、まるで奈落の底のような深淵を象って士郎に向けられているではありませんか。

 そこから放たれる凄まじい威圧は、士郎のみならず同じように真正面から見てしまった奏や傍にいた翼まで軒並み気圧されてしまうほどであった。

 その瞳の奥でチロチロと燻ぶる憤怒の炎を垣間見て、翼と奏は即座にアイコンタクト。ほぼ同時に同じ結論に達する。

 

「若大将、極刑で」

「往生してください、士郎さん」

 

 即ち、士郎マストダイ。

 弁護もなにもあったもんじゃねーと完全に丸投げである。実際、彼女たちはなんも関係ないし、仕方ないね。

 

 事ここに至って、士郎はもはや『なんでさ』も言えなかった。

 そも、原因のほとんどというか十割は士郎の行いとか日頃の有り様の賜物である。無論、今回も含めて不可抗力なども多くあるのだが、それはそれとして心配させたことや悲しませたことを赦せるか否かは別問題なのだった。

 そして彼は自身が逆鱗に触れるどころかくしゃみの拍子にべりッと引っぺがした様な真似をしてしまったことに気付き、言葉を失っていたが、やがて絞り出すような声でぽつりと一言。

 

「………………………………………………………………………………………オテヤワラカニ、オネガイシマス」

「「「無理」」」

 

 奏と翼も含めてのにべもない即答の否定。

 士郎は思わず悟りを開いた僧のような表情となって、夜天を仰ぎ見た。

 

(―――嗚呼、月が綺麗だな)

 

 すぐそこに迫る弾劾。

 それを前に、彼の心持ちは諸行無常を儚むかのようであった。

 まあ、やっぱり全て自業自得なのであるが。

 

 

 

 かくして。

 迷い惑う一人の少女を主軸とした一日は、彼女とは全く関係のないところで行われる説教大会という名の公開処刑にて幕を下ろすのであった。

 

 

 





 八月どころか九月までブッチしてすいませんでした。
 この調子だと年内の第一期終了は無理っぽいかな……せめてフィーネとの最終決戦突入までは行きたい。
 なんでかあんまり長時間文章書けなくなってるのはあれか、最近あんまり小説を読めてないからだろうか。
 ぶっちゃけ、FGO勧めるの優先してしまってる……鎌池先生の買っといて未読の本が積まれまくってる現在……(汗

 閑話休題。
 今回はオリジナルバトルの奏VSクリス。
 双方の技はXDUで実装されているのを参考にしました。特に奏。

 奏がクリスと戦う理由は冒頭の通り。
 当初はこのまま原作をなぞる形で流そうとも思ったのですが、奏的には蟠りは残したままよりサパッと解消する方がらしいかなと。
 でも、発散されていくにつれて姉御肌が見えてくるあたり根本的に面倒見が良い人です。

 〇士郎「アァ、オワッタ……」
 士郎、無事死亡確認。なお、残念でもなく当然の模様。
 でもそれで行動悔い改めるかといえばそんなことはない。そういうところやぞ。
 ちなみに、第二期でも同じことやらかす予定です。ホントそういうところやぞ。



 さて、ここから余談です。
 前回から今回までの間、XDUもFGOも色々ありましたね。
 XDUは並行世界の調がグルグル眼鏡(ただし頭に引っ掛けてるだけ)だったり、切歌がロボ(ただしエピローグで生身と交代)だったり、綺麗なウェルだったり。
 グレ響が本当に響オルタになったり。……いじめすぎやろ公式……
 テイルズとコラボったり。……ちなみに自分は初代PSのファンタジアとデスティニーとエターニアしかやったことありません。
 新OPも公開されてましたね。個人的にOPアニメはもうちょっとスピード感が欲しかったところ。相変わらず歌は素敵だが。
 チラ見せしていた並行世界のセレナ&マリアは次かその次辺りのイベントでしょうか。……とりあえず、セレナはエッッッ&マリアはメスガキ臭がする。(酷)

 そしてFGOの方は福袋、五周年キャストリア実装、夏イベ、バニー師匠と目白押しでしたね。あと音ゲー。
 特にキャストリアと水着には皆さん悲喜交々であったでしょう。
 そんな自分ですが、まず………


 キャストリアに二万ツッコんだけど出てくれなかった。(絶望)



 しかも実際すごいアタリ鯖というか壊れ鯖というか……なんで一人も来なかったんや(嗚咽)
 いやまあ、その過程で青セイバーとエミヤ出てくれたから完全に外れたってわけじゃないんですけど……でもほしかったよ、キャストリア。

 そして水着。
 こちらはPU1・2でそれぞれ一万ずつ。
 で、結果として出てきたのはキアラさんと巴さんでした。
 ……アビーと紫式部ほしかった。
 ちなみに内訳としては最初のPU一万が完全に爆死。
 PU2で巴さんがようやく出て残り十一連一回分だったからどうせでないやろってキアラさんのほうにシフトしてポチポチ押してたら出たという……
 ちなみに出るとは思っていなかったので、召喚時特殊演出もスキップしちゃってたという。でたのは嬉しいけど、嬉しいけど………!!!

 ついでに福袋はカーマさんと水着牛若が。カーマはかなりほしかったので超嬉しい。
 スカサハ師匠狙いは代わりにフィンが出てきました。

 で、最終的に新規入手はこんな感じ↓
・カーマ
・水着牛若丸(手付かず)
・青セイバー
・デオン(手付かず)
・エミヤ
・水着ぐっさま
・水着巴
・水着キアラ
・槍書文(手付かず)
・ニトクリス(手付かず)
・フィン

 ……カーマと水着キアラは大活躍してもらってます。
 とくにキアラの方は黒セイバーに変わって種火用に入ってもらったので、どのクラス相手でも安定して3ターンで終わらせてくれます。

 ストーリーの方は現在亜種特異点は全部終わらせて、第二部のゲッテルデメルング攻略中。

 あと、最後に水着イベ感想。
・式部さん、ノリノリですね。
・しかしこの北欧神話ップル、ラブラブである。
・エミヤ「担々麺おまち!!」
・やめろイリヤ、その言葉はオレに効く(震え声)
・殺生院、リリィ……(居た堪れないものを見る目)
・アゴヒゲラムアタック&オッサントーテムポール
・パイセンがまた死んでおられる定期
・ダーク★ラン
・アビー可愛い
・徐福ちゃん実装まだですか
・最後に全部持ってくふじのん


 ……とまぁ、こんなかんじで今回はおひらき。
 次回でクリス関係はシメになります。
 士郎も大活躍の予定なのでお楽しみに。
 ……公式では欠片も使ってないけど使えてもおかしくないアレを投影予定です。
 それでは。
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